春が来て部屋はキレイになった 去年よりずっとキレイになった

■今、春が来て部屋はキレイになった 去年よりずっとキレイになった■
春になった。春休みで帰省していた在校生も寮へと戻り、この春から日高町民となる新
入生も不安そうな表情のまま入寮してきた。
新入生の殆どは入学式前の土日に入寮することになっていたため、愚輩はその土日めが
けて寮へと指導に出向いた。
玄関を入るといきなり段ボールの山と格闘している新入生がいる。横浜保土ヶ谷男子で
ある。
「お、新入生だね。こんにちは。出身はどこ?」
「神奈川です」
「神奈川のどこ?」
「横浜です」
「そうか。馴れるまで大変だろうけど、
ま、頑張って!」
握手の手を差し出すと
「ハイ」
と素直に応じる。実に初々しい。
「何か困ったことがあったら手伝うからね。声をかけてよ」
「ありがとうございます」
搬入した荷物の整理にはもう少し時間がかかりそうである。
「今日はあと何人入寮してくる予定でしたっけ?」
寮の管理をしてくれている舎監さんに尋ねると、
「あと2人かな。1人はもう荷物も入れて『買い物をしてくる』と云って出かけたんです
よね。夕方に男子1人と夜にもう1人、入ってくる予定ですね」
「了解しました。もし何か困るようなことがあれば声をかけるように伝えてください」
「分かりました。さっき荷物を入れていた女の子は、2年中央区女子と3年兵庫女子が荷
ほどきやボックスの組み立てなどを手伝っていたンですよ」
「へええ、エライですね」
「いや、ホント。2人とも一生懸命手伝ってやっていたから、あの新入生もかなり助かっ
たんじゃないかな」
「そうですか。不安いっぱいの新入生にしてみれば、ありがたいことですよね」
「ええ、そうですね」
どんなときでも生徒が褒められるというのは、嬉しいものである。
「夕食まで、一寸、生徒の部屋を覗いてきます」
そう云って舎監室から新3年生のフロアへと足を運んだ。
まずは、室内から話し声の聞こえる3年大阪男子の部屋に行ってみた。
「おおい。いるかい?」
「誰?」
「私」
「おお、コーチョー」
室内には3年大阪男子のほか、3年秋田男子と3年岩手男子がいたのだが、その様子を
見て思わず「ゲッ!」と叫んでしまった。
なんと3年大阪男子と3年岩手男子の2人が、折り重なるようにベッドの中でひとつの
布団にくるまっていたからだ。しかも3年大阪男子の上半身は素肌のままである。今冬、
3年大阪男子は、仮装スキー大会でスカートをはいて女装し、見事優勝賞金2万円を獲得
している。
―――ああ、そうだったのか。
一説によると、同姓を好きだという人は左利きの人と同じくらいの割合でいるという。
しかし、人の嗜好は千差万別であり、そのことによって差別を受けることがあってはなら
ない。
愚輩は戸惑いつつも、頭の中では冷静に対応しろと信号を送っていた。そうした愚輩の
動揺を察したのか、3年大阪男子は言い訳するかのように呟いた。
「上だけだよ。裸なのは」
そんなこと分かるものか。実は布団にくるまれていた下半身も、愚輩からは見えないが、
素肌のままだったのかもしれない。ましてや、部屋には「裸族」を自認する3年秋田男子
がいるのである。3年大阪男子に
「以前から君のことが他人だとは思えないくらい好きだったンだよ」
とでも云われ、気の優しい3年岩手男子はついつい、そんな嗜好はないけれど優しく接し
てくれるならまあいいか、と心を許してしまったという図がなんとなく想像できてしまう
ところがリアリティ十分だ。
しかしここで愚輩はきっぱりと断言するが、公共の福祉に反しない限り、生徒がどのよ
うな嗜好を持っていたとしても、それを否定したり排除する事はあってはならないと思っ
ている。「好きだ」ということに「変」なことはない。
うーむ、一寸格好いいことを書いてしまったが、もし愚輩が3年大阪男子から愛を告白
されたとしても、「ごめんなさい」と丁重にお断りするだろう。だが、その後の3年大阪
男子の様子をみていると、このことは全くの杞憂だったようだ。
禁断の部屋を辞した後は、生徒会長3年江別男子の部屋をノックした。TVの音が聞こ
えているので、本人は部屋にいるのだろうが何度ノックしても返答がない。またヘッドホ
ンをしてゲームに嵩じているのか、それとも居留守をつかっているのかもしれない。頭に
きたので、部屋のドアにオナラでもかけてやろうかと思ったが、品性がないのでやめた。
さらに、3年栗山旭台男子のところへ行くと、こちらはすぐにドアを開けてくれた。
「お、在室していたんだね。何をしていたの?」
「いや、特に何もしていませんでした」
「そうか。ところで、君には聞きたいことがあったんだ。例の、彼女、リンカちゃんとは
その後どうなった?逢いに行ったの?」
「いや……ハハハ、ま、その話は今度ゆっくりと」
ニヤニヤと笑いながら、はぐらかす。振られたな、瞬間そう確信した。本人が今度とい
うのだから、心の傷がもう少し癒えるまで待ってやろう。
3年生男子の他の部屋は、寝ているのか外出したかで、この時は様子を見ることができ
なかった。それにしても、室内を覗いた3部屋はどの部屋も、移動したばかりのためか1
月の時に見た部屋の様子と比べると見違えるほど整頓されていた。いずれも押し入れのあ
る部屋のため、収納スペースが増えたからだろう。春は寮生の部屋をキレイにさせる。
3年男子のフロアを回ると夕食の時間となった。愚輩も事務室で若干の事務処理をして
から、食堂へ出向くともう多くの生徒が食べ始めている。
愚輩も、唐揚げとパスタサラダ、白玉ぜんざいをトレイに運び、
「さて、誰と食べようかな……」
と、あたりの生徒を見渡すと女子の集団が愚輩と視線を合わせないようにサッと目を伏せ
た。授業中に教師の質問が当たらないように無意識に身を守る、あの行動である。
大勢の者がいるのに一人ぼっちで食事をするのはあまりにも侘びしい。
トレイを持ったまま途方に暮れていると
「ここ、いいですよ」
と2年栃木男子が自分たちのテーブルの椅子を勧めてくれる。いい奴である。2年栃木男
子は苦労人である。人の哀しみや痛みが分かる男なのだ。
「では、おじゃまするよ」
そう云ってテーブルに着いた。2年栃木男子の他に、2年岐阜男子、2年調布男子それに
2年奈良男子がいる。2年埼玉男子は隣のテーブルで食べている。
「あれ!?2年新琴似男子と木更津男子は?」
「2年新琴似男子はスキー検定を受けるため、実家に帰っています。2年木更津男子は寝
てるンじゃないですか」
「そうか……」
そんな話をしていたら、舎監さんが1年横浜保土ヶ谷男子を連れて食堂に来た。
「はい。今日、寮に入った1年生です。どこで食べたらよいか教えてあげてください」
と促したので、
「お、ここ、ここ。愚輩の隣が空いている。ここで一緒に食べよう」
と、今度は愚輩が2年栃木男子の役割を引き継いだ。1年横浜保土ヶ谷男子は素直に、愚
輩の隣に腰を下ろしたが、初めての場所の初めての食事で、全身が不安でコチコチになっ
ている。
「君は何か苦手な食べ物はあるの?」
緊張を和らげようと愚輩が質問すると、口の中のごはんをゴクンと飲み込み、
「特に……ありません」
と答える。
「そう。それはよかった。苦手な食べ物があると辛いからね」
「ハイ……」
「あ、そうだ。君から見て愚輩は何の教科の先生に見える?」
「???……社会?」
「おー、そうか。社会に見えるか。アハハハハ、でも残念。社会じゃないンだなあ」
常に学校改善を進める愚輩の姿が、何も言わずとも1年横浜保土ヶ谷男子には幕末の志
士・坂本龍馬とダブって見えていたのかもしれぬ。
「おい2年岐阜男子、彼に正解を教えてあげて」
「確か……理科?」
「えっ!?知らないの、愚輩の担当教科」
「理科じゃアリマセンデシタッケ?」
「違う」
「国語じゃなかったっけ?」
2年調布男子がさらに誤答を重ねる。なんたることか。
「誰も愚輩の担当教科を知らないのかッ!」
悲鳴のように叫ぶと、あろうことか2年奈良男子が自信たっぷりに
「家庭科ですよね」
と云ったから、ひっくり返った。家庭科の教師に間違われたのは初めてである。
敗北感にうちひしがれ、力なく
「数学だよ、愚輩の担当教科は」
そう告げると、誤答三兄弟の岐阜男子と奈良男子は
「あー、そうだった」
「そうそう。数学だった」
と思い出したかのように云った。
「え、コーチョーって数学だったの?」
と、これは2年調布男子の発言。
「オレ、ずっと国語だと思っていた」
「数学だよ」
「いつから?」
「いつって……君の生まれる前から数学教師だよ」
「うそ。国語だったンじゃない?」
こんなところで経歴詐称して愚輩に何の得があるというのか。
吹けば飛ぶような校長の存在感である。