こちら帝国海軍 横須賀鎮守府内酒保 ID:47083

こちら帝国海軍 横須賀鎮守府内酒保
雪だるまロケット
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP
DF化したものです。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作
品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁
じます。
︻あらすじ︼
これは艦娘でも提督でも、妖精でもない
一人の兵士の物語です
追記.
序盤は台詞のみの形態がつづきます。
苦手な方は⋮我慢して読んでいただけたら幸いです。
ここ最近になって小説らしい小説を書こうと努力を始めました。
ご注意、ご指摘等、寄せていただいている方々には絶大なる感謝を
⋮がんばろうとおもいます
!
まだまだ
感謝
感想や評価、ご指摘やご注意等
寄せてくださる皆様には多大なる感謝を
!
!
作者の大学生活で卒業に関わる重大な事に直面したため、大変長い
⋮
これからも作者もろともこの作品をよろしくお願いいたします
!
ご指摘等と同時に寄せていただけると嬉しいです
オススメの作品などを募集しております。
読んでおくといい作品や
筆者の文章力の向上のため
どんどん細かい描写を
まだまだ拙い物書きですが
!
間更新を止めていたこと、誠に申し訳有りません。
ある程度余裕ができたのでこれからポツポツと投稿を再開しよう
と思います。
読者様には大変長い間の連絡のない休載、誠に申し訳のない気持ち
でいっぱいです。
こんな無責任な作者ですが、これからもおヒマな時に目を通してい
ただけたら幸いです。
どうかこれからもよろしくお願いします。
﹁緊張の先で﹂ │││││││││││││││││││││
﹃思い出﹄ ││││││││││││││││││││││││
目 次 ﹁まみやと艦むす達﹂ │││││││││││││││││││
1
﹄ │││││││││││││││││││
﹂ │││││││││││││││││││││
﹁演習帰り 女難の相﹂ ││││││││││││││││││
﹁床 不器用なお姉さん﹂ │││││││││││││││││
﹁最後の記憶﹂ │││││││││││││││││││││
﹁忘れようとしていた感触 アイドルの優しさ﹂ ││││││
﹁家族﹂ │││││││││││││││││││││││││
﹁自責の念と長門の願い﹂ │││││││││││││││││
﹁寺田の過去﹂ │││││││││││││││││││││
﹁明石の医務室﹂ │││││││││││││││││││││
﹁設営 本格始動 ビック7という戦艦﹂ ││││││││││
﹁雷巡 北上とカステラ﹂ │││││││││││││││││
﹁あとぐされのないお開き﹂ ││││││││││││││││
﹁姦しい潜水艦たち﹂ │││││││││││││││││││
﹁危機一髪
﹃好きなお店って
﹁天龍の気まぐれ﹂ ││││││││││││││││││││
﹁陸軍さんの忘れ形見﹂ ││││││││││││││││││
﹁不沈艦﹂ ││││││││││││││││││││││││
﹁雪風﹂ │││││││││││││││││││││││││
﹃酒保﹄ │││││││││││││││││││││││││
﹁ただの女の子﹂ │││││││││││││││││││││
﹃かんむす﹄ │││││││││││││││││││││││
4
28
25
21
18
14
11
8
?
32
36
41
45
48
51
56
64
68
71
75
78
83
86
91
?
﹁天龍型姉妹 妹の心配性﹂ │││││││││││││││
﹁女難の相再び 陽炎型の元気印と島風﹂ ││││││││││
﹁みんな仲良く輪になって﹂ ││││││││││││││││
﹂ ││││││││││││││││││││
﹁兵士の朝 一航戦の朝食﹂ ││││││││││││││││
﹁石材が届いた
﹁生真面目
な不知火﹂ ││││││││││││││││││
﹁モザイク画﹂ │││││││││││││││││││││
﹁お姫様抱っこ﹂ │││││││││││││││││││││
﹁重巡 利根のカタパルト﹂ ││││││││││││││││
!
レーベレヒト・マース﹂ ││││││││
?
﹁どっち
﹂ │││││││││││││││││││││││
﹁レーベのニホン﹂ ││││││││││││││││││││
﹁ドイツの貴公子
﹁お嫁騒動 不知火はお姉さん﹂ ││││││││││││││
﹁艦むすとして 人として﹂ │││││││││││││││
?
そして⋮﹂ ││││││││││││││
!
﹁姉妹の帰投﹂ │││││││││││││││││││││
﹁近海掃海﹂ │││││││││││││││││││││││
﹁海軍特別警察隊 潮の香りのする煙草﹂ ││││││││││
﹁みんな知ってる﹂ ││││││││││││││││││││
﹁開戦の噂﹂ │││││││││││││││││││││││
﹁生き残った石材﹂ ││││││││││││││││││││
﹁Z2 マックス・シュルツという妹﹂ │││││││││││
﹁しみる優しさ レーベの友達⋮﹂ ││││││││││││
﹁真実と動揺と憤慨と⋮﹂ │││││││││││││││││
﹁両国のお風呂文化
﹁真っ赤なレーべとコーヒー牛乳﹂ │││││││││││││
?
205 200 190 187 183 180 176 172 168 164 159 156 153 149 142 135 131 128 124 121 117 110 106 101 95
﹁航空戦艦﹂ │││││││││││││││││││││││
﹂ │││││││││││││││││││││
﹁赤い帽子のお兄さん﹂ ││││││││││││││││││
﹁主役は何を
﹁騒乱の火種﹂ │││││││││││││││││││││
﹁長門との作業﹂ │││││││││││││││││││││
﹁長門のお願い﹂ │││││││││││││││││││││
﹁多摩起きる﹂ │││││││││││││││││││││
﹁多摩は多摩である 猫ではない﹂ │││││││││││││
﹁寝起きの多摩﹂ │││││││││││││││││││││
﹁たま﹂ │││││││││││││││││││││││││
﹁北上と﹂ ││││││││││││││││││││││││
﹁毛布の中の二人﹂ ││││││││││││││││││││
﹁仕事をしよう﹂ │││││││││││││││││││││
おかえりなさい ただいま ││││││││││││││││
﹁いつになっても﹂ ││││││││││││││││││││
﹁姉妹感覚﹂ │││││││││││││││││││││││
﹁治療﹂ │││││││││││││││││││││││││
﹁飴﹂ ││││││││││││││││││││││││││
﹁日向﹂ │││││││││││││││││││││││││
閑話休題 人物紹介 │││││││││││││││││││
﹁赤帽の紳士達﹂. ││││││││││││││││││││
﹁間宮にて 霰と﹂ ││││││││││││││││││││
﹁鎮守府の港﹂ │││││││││││││││││││││
﹁雪の香り﹂ │││││││││││││││││││││││
﹁来たぞ、霰ちゃん﹂ ││││││││││││││││││
?
297 294 290 287 284 281 279 276 271 268 264 259 256 252 249 246 239 235 231 228 225 222 216 213 209
﹁火がついた﹂ │││││││││││││││││││││
﹁青葉はどこだ﹂ │││││││││││││││││││││
現像室にて │││││││││││││││││││││││
307 303 300
﹃思い出﹄
﹁えーと⋮
では⋮﹂
そう急かさないでください
ごほん
僕も危うく名も知らない孤島にまわされるところだった
全国の海岸に配置された。
海軍志願者のほとんどは陸戦隊にまわされ
残ったのは旧式のオンボロ艦⋮これも沈んだ
度重なる反抗戦で残った最新鋭艦も使い果たした。
最初の海戦でほとんどが大破、撃沈され
海軍の保有する艦船は知らされている限り
そもそも乗る船がなかった。
しかし⋮
誇りを持って死ぬのだと思っていた。
国の窮地だ当たり前だ。
親の反対を振り切って海軍に志願した。
本土決戦が叫ばれる中
僕が志願したのはちょうどその頃。
開戦と同時に本土上陸戦が始まりかけたと聞いた。
冗談でもなんでもなく
小さな島国の帝国は海軍をほぼ壊滅させられた。
﹃深海棲艦﹄により人類は制海権を失い
突如現れた敵
戦争はある日突然始まった。
!
帝国はお先真っ暗、ケツに火がついていた
そんな時だ。
彼女たちが現れた。
軍が開発した新兵器
神が遣わした救世主
超能力者
1
!
様々な噂が飛び交った。
彼女達は圧倒的だった。
すぐに帝国の領海内にいた敵艦を一掃
占領された島々を解放し
前線を遥か彼方にまで押し広げていった
みんな歓喜した。興奮した。
僕なんか本当に小躍りしていたぐらいだ。
そんな時だ
僕は志願書通りに海軍に配属になり
横須賀基地に配置されることになった。
心底驚いたし、嬉しかった。
なんでかって
恥ずかしい話だけど僕はもう戦争に勝った気でいた。
戦況は見れば勝ったも同然
彼女たちのおかげで籠城戦どころか
相手の根城にまでに食い込んでいきそうな勢いだ。
募集されていたのは一部の技師か工兵のみ。
船のない海軍に人員は必要なく、
彼女たちのサポートにまわる技術者を必要としていた。
そんな中志願が通ったのが不思議だったし
嬉しかったし、誇りに思った。
選ばしもの気取りで横須賀行きの列車に乗った。
やっと国の役にたてると思った。
現地に着いてこわくなった、とても。
新しく配属されたのは僕ただ一人。
集合場所にまで乗った軍用トラックに僕ひとりしか乗っていたい
時点でおかしいと思ったし、胃が痛くなった。
同時に気の弱い自分を情けなく思った。
一人で通った鎮守府の門ほどでかい門はなかったし
すれ違う佐官にアホみたいに敬礼したのを覚えている
受付の軍曹殿の目が怖かったこと怖かったこと⋮
2
?
おどおどしながら説明すると
にっこり笑ってその基地の司令官
提督の執務室まで案内してくれた。
道中セイラー服の女の子にすれ違う度に挨拶され
なんとも言えないが、和やかな気持ちになった⋮
⋮今覚えばあの時、横須賀鎮守府の中にあんなに女の子がいたこと
を異常に思うべきだった。
3
﹁緊張の先で﹂
カッカッカッカッ⋮
コツ
﹁ここが提督の執務室だ
多忙な方ゆえあまり時間をとらぬよう
﹂ビッ
手短に紹介を済ませ、命令を受けるように﹂
﹁は、はい
﹁ハァ、敬礼はもいい⋮
貴様さっきからどれだけ敬礼をすれば気が済むのだ
﹂ビッ
それに海軍の人間ならもっと脇をしめんか﹂
﹁り、了解であります
﹁⋮もういい、入るぞ
﹂ガチャ
﹂
本日配属となった新しい特殊人員であります
あっつ
失礼します
﹁え
!
よろしくお願いいたします
﹂
﹁本日付で配属となった寺田ニ等兵であります
提督と呼ばれ、席を立ったのは男だった。
﹁うむ﹂
﹁提督
!! !
︶
目の前で止まった。
﹁⋮ゴクリ﹂
﹁⋮むーん﹂
︵で、でかい
頭一つ分でかいぞ
﹂ビクッ
﹁⋮ぷ﹂
﹁いっ
緊張しとるのか
?
!!
!!
!
!
﹁ぶわっはっはっはっはっはっ
なんだ
!
﹂
4
!
カツカツカツ⋮
!
!?
提督と呼ばれた男は席を立つと足早にこちらに歩み寄り
!
!
!
!
!?
﹂
唾を飲む音がこの執務室に響いたぞ
なぁ林田
﹂
!
﹁はっ
では失礼します﹂
ガチャ
﹁⋮﹂
﹁よっこらせ﹂ギシッ
﹁⋮﹂
﹁いや、歳をとるといかんな
座るだけで疲れてしまうわ、ガハッ
!
!
﹁⋮﹂だらだら
﹁なんだ風邪か
そんなわけではッ
冷や汗ダラダラ流しよって﹂
﹁い、いえ
﹁カハッ
そう緊張するな
﹂
!!
?
階級はまぁ気にすることはないが⋮少将だ﹂
﹁ワシの名前は緒形稔重︵オガタ トシシゲ︶
﹁⋮﹂ダラダラ
﹂
すまんが間宮に茶を届けるよう伝えてくれ﹂
﹁さがっていい
﹁はっ
まぁすわれ、あぁ林田﹂
ただ一人で配属されたのだからな
﹁まぁ無理もない
﹁えぇ、確かに﹂
!
!
﹁そういうわけには
﹂
﹁いずれはそう思ってもらうがの
⋮ところで君は﹂ギシッ
ガハッ
!
!!
提督はこちらに向き直ると
!
わしのことは親戚のジジイだとでも思えば良い﹂
ここに配属になった以上、皆家族だ
!
!
5
!
!
話を区切るように表情を変えた。
そうであります
﹁実家が商家だそうだね、相当大きな﹂
﹁はっ
﹁⋮そうか
それは良かった
!
父は反物、母はよろず屋でありました
!
﹂
﹁は、はっ
﹁はっ
⋮は
﹂
がどうにかする
﹂
﹂ポカーン
店については間宮にきけ
﹁え、あ、へ
ガチャリ
﹂
﹁提督、お茶をお持ちしました﹂
﹁おう間宮
来たぞ新入りが
ドタドタドタ
ガチャ
⋮あら
﹂
あ、お待ちくださ⋮提督∼
もう
?
﹁え
!
後はまかせる、俺は工廠にいく
!
!
!
﹂
!
?
!!
!
﹂
すまないが資材も金もない今は小さい部屋しか用意できんと思う
﹁今部屋を用意させる
﹂
﹂
?
承知しております
﹁⋮﹂ジー
よし
﹁﹂ダラダラ
﹁かはっ
!
お前、ここに住め
!
!
!
?
!
!
わかっておるな
⋮君は海軍に入隊した身だ、上官の命令には絶対
﹁寺田ニ等兵
﹁
まぁ、だからこそここに呼んだのだがな﹂
!
!
!
!
!
!?
6
!
?
﹁﹂ポカーン
﹁え、えぇと⋮
わ、私は間宮です
﹂
寺田二等兵であります
あなたが新しい人員でいいの
﹁あ、はい
﹂ビッ
!
?
︵綺麗な人だな︶﹂
﹁寺田さんね、よろしくお願いします﹂ぺこり
﹁よろしくお願いします
﹂
7
!
!
﹁来てくれてありがとう⋮助かったわ﹂ほぅ
﹁⋮
?
﹁まみやと艦むす達﹂
﹁⋮﹂
カツカツコツコツ
ガヤガヤガヤガャ
長い廊下に軍靴の音が鳴り響く
昼時だからだろうか
﹂
行き交う人は多く、皆せわしなく動いている
﹂
﹂
何が、でしょうか
間﹁すごいでしょう
寺﹁はっ
間﹁提督です
すごい方だったでしょう
間﹁お上手
まさに海のような方でした﹂
寺﹁は⋮貫禄があるといいますか
?
?
?
寺﹁⋮﹂
間﹁寺田さんはどういったかたなの
寺﹁わ、私ですか
﹂
海⋮そうね、あの人は荒々しい海に似ていますね﹂
!
﹂
まさか軍に入って家のことを聞かれるとは思っていな
かったもので⋮
あ、いえすいません実家の事でした
実家は商家でした、商人です﹂
﹂
?
そのおかげで多少の力仕事には自信がありますが﹂
寺﹁はい、それなりに大きい店でいつもこき使われていました⋮。
間﹁まぁ、お店をやってらしたの
!
寺﹁いえ
﹂
﹂
!? ?
間﹁どうしました
寺﹁実家ですか
ご実家はなにを
間﹁いえ、そういうのではなく
私はその⋮二等兵で、海軍に入隊して⋮﹂
?
?
8
?
!
!
間﹁まぁ﹂クスクス
⋮ソッチニイッタゾー
寺﹁ははは﹂
ドドドッ
ドドドドッ
なんでしょう
マテー
寺﹁は、ハッ
﹂
﹂
﹂ドガァッ
︵なんだ騒々し︶
ドドドドドドッ
寺﹁ん
あぎゃぶぅワッ
﹁おっそーい
﹁待たんかコラァーッ
ズドドドドドドドッ
間﹁こ、コラァーッ
島風ちゃんに天龍ちゃん
明石ぃー
大変
⋮って
明石
廊下を走るなー
寺田さん
だ、だれかー
⋮
﹁あ、起きた
寺﹁⋮ん﹂
間宮さん起きたよー﹂
間﹁本当
あぁよかったぁ⋮﹂
﹂
﹁甘味処﹃間宮﹄です﹂
寺﹁⋮ここは
﹂
寺﹁⋮足の速い巨大ウサギみたいのが
私達の仲間に跳ね飛ばされて⋮それで﹂
間﹁寺田さん、あなたは島風ちゃ⋮ええと
寺﹁まみや⋮﹂
﹂
間﹁そんな寺田さんにお願いがあるのですが⋮﹂くるり
!
⋮突っ込んで来て⋮﹂アイテテ
9
!
!
!
!
!
!!
!
!! !!!
!!!
!! !!
?
!
?
!
?
!!
!
!
!?
!?
!!
?
?
?
﹂
﹁むぅ⋮﹂
﹁∼
チェ⋮﹂
﹂
﹂
でなきゃ当分おやつは抜きですよ
﹃ごめんなさい﹄
寺﹁あぁ、いいんですよ
﹂
﹂
﹁ウサギじゃないもん、島風だもん﹂
﹁おぅっ
﹁お前は黙っとけ﹂ガッ
﹂
寺﹁あと⋮下着⋮パンツが⋮ハッ
﹁⋮パンツゥ
﹂ニジッ
見てないよ
見たの
﹁し、島風のッ
み、見たの
寺﹁み、見てない
間﹁島風ちゃん
天龍ちゃんも
﹁な、なんで俺まで﹂
ほら寺田さんに謝って
!
!
間﹁廊下を走ったのだから同罪です
!
間﹁元気そうでよかった⋮﹂
!
!?
!?
?
!?
﹁し、島風を撫でるなっ
﹂
!
!
﹂
?
﹂
!
寺﹁
﹂
じゃあ自己紹介してもらいましょうかしら﹂
間﹁⋮えーと、そうね
寺﹁⋮間宮さん、この人たちは
﹁優しい人みたいでよかったのです
﹁⋮ふーん、なんかいい人みたいだね﹂
?
?
10
?
?
君らくらいの年の子はそれくらい元気なほうがいい﹂わしゃわしゃ
!
!
!?
!?
?
?
!
!
?
?
?
?
?? ?
?
﹁ちょ、おま
天龍型の一番艦だ
⋮まあいいや﹂
天龍﹁俺の名は天龍
!
﹃かんむす﹄
﹂ダンッ
!
﹁じゃあまず俺からだな
?
﹁きゃー天龍ちゃんかっこいー﹂
?
軽巡洋艦
﹂バーン
︶﹂パチパチ
ふふふ怖いかー
寺﹁わー︵一番艦
!?
なんだようっすい反応だなー﹂チェッ
!?
﹂
雷﹁暁型三番艦
よろしくね
雷よ
よろしくなのです﹂
カミナリではないわ
電﹁電です⋮暁型の4番艦⋮なのです
!
島風﹁⋮﹂
﹂
吹雪﹁吹雪型一番艦の吹雪です
以後よろしくお願いします
︶
寺﹁よろしく﹂︵以下にも真面目って感じの子だな︶
!
!
寺﹁⋮よろしく﹂︵⋮まぁあんなことがあればね︶
よろしく⋮﹂
島風﹁島風型一番艦⋮島風です
間﹁島風ちゃん
﹂
寺﹁うん、よろしく﹂︵よく似た子達だ、姉妹かな
!
寺﹁どうも﹂︵仲が良さそうな二人だな、手なんか繋いで︶
⋮まぁ、よろしくお願いします﹂
大井﹁同じく球磨型四番艦の大井です
ちなみに三番艦ね﹂
北上﹁球磨型軽巡の北上だよー
寺﹁よろしくお願いします﹂︵物腰の柔らかい子だな︶
よろしくお願いします∼﹂
龍田﹁うふふ、私は天龍型二番艦の龍田
天龍﹁うぇっ
?
強いぞーッ俺は
世界水準を軽く超えた高性能軽巡洋艦様だ
!
!
!!
!
?
?
!
11
?
!
!!
?
﹂
間宮﹁私はもう知っていると思うけど
給糧艦のまみやです
よろしくお願いしますね
寺﹁よろしくお願いします﹂ぺこり
間宮﹁他にもここにいない子が大勢いるけど
とりあえず寺田さんも自己紹介、お願いします﹂
寺﹁はい
えーと、本日付でここ横須賀鎮守府に配属になった
寺田市之丞といいます
よろしくお願いします﹂ぺこり
一同﹃よろしくー﹄
間宮﹁はい、ではみなさん
さっき放送で流れた通り
第一艦隊及び第二、第三艦隊は演習準備のため
ドックへ集合﹂
﹃はーい﹄ゾロゾロ
間宮﹁みんなーまた来てくださいねー﹂
寺﹁いい子達でしたね﹂
間宮﹁えぇ、いい子達なんです
仲良くしてあげてくださいね
!
﹂きょとん
﹂
間宮﹁
寺﹁
間宮﹁提督から何もお聞きになっていませんか
寺﹁えぇ﹂
﹂
﹂
今の自己紹介を聞いても
12
?
これから接することも多くなるでしょうから⋮﹂
寺﹁
﹂
間宮さん、すいません﹂
間宮﹁なんでしょう
寺﹁あの子たちは一体
?
軍の関係者には見えませんが⋮﹂
?
?
?
?
間宮﹁わかりませんか
?
?
?
寺﹁え
﹂
寺﹁はい
﹂
間宮﹁だから⋮﹂
寺﹁
間宮﹁﹂こくこく
まるで自分のことを船みたいに⋮﹂
なになに型とか何番艦とか⋮
いやまぁ、確かに変でしたね
?
﹂
!?
寺﹁え
いや、まさか
﹂サーッ︵血の気の引く音︶
!?
間宮﹁⋮寺田さん
寺﹁﹂
また
﹂
﹂
寺田さん
間宮﹁て、寺田さん
?
?
明石ぃー
い、いやだ
あ、明石
!
!?
!!
!
寺﹁﹂ザーッ︵血が流れ落ちる音︶
間宮﹁艦むす、艦娘なんです﹂
!
古い艦船の魂をもち、その身に船を宿した﹂
間宮﹁あの子たち、いえ、私たちは
寺﹁え⋮え
間宮﹁そうなんですよ﹂
?
!
13
?
﹁ただの女の子﹂
林田﹁情けないやつだ
帝国男子が一日に二回も気を失うとは﹂
寺田﹁言葉もないです⋮﹂
林田﹁間宮さん、後は任せてください
寺田は責任持って私が面倒見ておきます﹂
間宮﹁すいません⋮
寺田さん、お体を大事になさってくださいね﹂
寺田﹁こちらこそ⋮手間をかけました﹂
間宮﹁では⋮﹂
ガチャリ
林田﹁立てそうか﹂
寺田﹁⋮なんとか﹂
﹂
⋮私も最初はめんくらったよ﹂
寺田﹁⋮
林田﹁彼女たちのことだ﹂
寺田﹁はっ﹂
林田﹁帝国の窮地を救ったのがあのような
年端もいかぬ娘だったなんて、とな
14
林田﹁ならついてこい
お前の職場に案内する﹂
⋮
カツカツコツコツ
寺田﹁⋮﹂
﹂
林田﹁⋮極秘だぞ﹂
寺田﹁⋮
肝に命じます﹂
!
林田﹁ならいい
寺田﹁⋮はっ
この鎮守府にいるということは極秘だ﹂
林田﹁彼女たちのことだ
?
?
情けなさすら覚えた﹂
寺田﹁⋮﹂
林田﹁一年も共に過ごせばわかる
彼女たちほど勇敢な者はいないとな
⋮まさに救世主だ﹂
寺田﹁⋮﹂
林田﹁だが、一人の﹁女の子﹂でもある﹂
寺田﹁⋮﹂
林田﹁あまり変な目で見てやるな
﹂
これこそよく肝に命じておけ﹂
寺田﹁はっ
林田﹁ふん、さあついてこい
彼女達には彼女たちの
我らには我らの戦場がある
それを教えてやる﹂
⋮
がやがや
どやどや
わやわや
寺田﹁﹂
林田﹁ここが食堂だ
常時300から500人が出入りし
作業員約1200名の腹を満たしている
食堂勤務が約50人
その50人を従え⋮いや、指示を出しているのが
鳳翔さんとよばれる空母の艦娘だ
﹂
⋮あとで必ず挨拶にいっておけ
今じゃなくていい
寺田﹁は、はい﹂
⋮
林田﹁⋮昼の食堂は戦場だ、いくぞ﹂スタスタ
!
15
!!
ジャジャッ
ジャーッ
ゴーンゴォーー
﹂
!
寺田﹁はっ
ギィッ
寺田﹁⋮
チュウ
﹂
暗くてなに見えん⋮︶
こんな廊下の中途半端なところに
寺田︵ここが仕事場か
!
ネズミか⋮﹂
タタタ
?
?
そこの扉から中へ入って待機しろ﹂
林田﹁よし、二等兵
⋮
寺田﹁⋮﹂
林田﹁今はな﹂
寺田﹁い、いえ自分は別に﹂
そこまで忙しくはないだろう﹂
林田﹁安心しろ、まだ試験段階の仕事場だ
寺田﹁⋮︵俺は一体どんな戦場に⋮︶﹂
後はお前の戦場だ﹂
林田﹁主な重要区画は案内した
⋮
寺田﹁は、はッ
今はダメだぞ、新造艦建設が修羅場らしい﹂
これも後で挨拶に伺え
ここは明石と呼ばれる感娘が指揮をとっている
主に新造艦の建設、兵器の開発や改修などを行う
!
!
林田﹁工廠と呼ばれる区画だ
寺田﹁﹂耳に手をあて
!
ギャギャギャギャッ
ギィーン
!
!
16
!
!
寺田﹁まったく⋮どっちにしろ掃除が必要だな
!!
ここは﹂
﹂
ギシ、ドタンバダン
寺田﹁な、なん
ギイイイィッ
!?
︶
寺田﹁林田さん
これは⋮カウンター
﹂
﹂
寺田﹁げほっげほっ
な、なんでしょう
!
今は使われなくなったが⋮寺田﹂
手紙や配達物の検閲を行っていた
林田﹁ここはもともと検閲所でな
現れたのは地元のタバコ屋のようなカウンターだった
シャッター状の壁が上に開き
?
!
林田﹁生きてるか二等兵﹂
まぶしっ
寺田︵な、なんだ壁が、開いて
!!
酒保をやってもらう﹂
林田﹁お前にはここで軍公認の商店
!
17
!
﹃酒保﹄
寺田﹁酒保⋮ですか
﹂
林田﹁そうだ寺田二等兵
貴様酒保がなんたるかをしっているか
﹂
寺田﹁陸海をとわず軍の施設や艦船の中で支給品や生活物資を販売
する施設だと聞いております﹂
林田﹁そうだ
一年前、艦むすが現れてからこの鎮守府は大規模に改装されてな、
﹂
前は酒保はあったんだが今はなくなっている。
だから再び再開する﹂
寺田﹁なるほど⋮﹂
﹂
﹂
林田﹁⋮他に別のわけもある。﹂
寺田﹁そ、それは
間宮さん⋮ですか
寺田﹁はい﹂
林田﹁あそこはいい店だ。茶はうまいし
間宮さんの作る菓子は評判がいい
﹂
⋮いや、よすぎたのだ﹂
寺田﹁と、いいますと
改装のおり、給糧艦であった間宮さんが
店を出したいとおっしゃってな⋮
﹂
酒保の代わりに甘味処まみやができたのだが⋮
間宮さんが気だてのいいのもあいまって
すぐに繁盛店になってしまったのだ﹂
寺田﹁いいことだと思いますが⋮﹂
林田﹁⋮ここの作業員は何人だと教えた
寺田﹁約1200人であります
?
18
?
?
林田﹁もともと菓子や茶は酒保で売っていたのだ⋮
?
?
林田﹁間宮さんだ﹂
寺田﹁
?
?
林田﹁甘味処まみやはもう知っているな
?
⋮ハッ
﹂
林田﹁ほぼ全員がまみやの常連化してしまってな⋮
仕事にならん事象が頻発した上
間宮さんの燃料不足が相次いで倒れてしまうという
最悪の自体になってしまった﹂
寺田﹁⋮﹂
林田﹁間宮さんの体を考え
一時的に店を閉じたのだが⋮暴動沙汰になってな
皆、最初は間宮さんとため我慢はしていたのだが⋮
禁断症状と言うべきか⋮﹂
寺田﹁それは⋮﹂
林田﹁押し返しはしたが戦争集結までまだ道は長い
士気をかんがえるとまみやを閉めるわけにもいかず
だが間宮さんを酷使するわけにもいかんという状況に
提督が考えに考えぬいた上、立案されたのは⋮
別の店を開くことだ﹂
寺田﹁﹂ぎょっ
﹂
林田﹁全国の海軍志願者から選りすぐりの商家の出の者を探し出
し、さらに選び抜いた者。
それがお前だ。﹂
寺田﹁つ、つまり
甘味処まみやに対抗する店をつくれと
林田﹁対抗しろとは言ってない
勢力を二分せよと言っているのだ﹂
寺田﹁⋮﹂
日用品なども並べる。
それに酒保には菓子以外にも雑貨や
酒保で済ませようとする者もいるだろう
だが中にはまみやより比較的安い
勝負にもならん
林田﹁大体新参のお前と間宮さんでは差は段違いだ
?
19
!?
ようは間宮さんの負担を減らすための策なのだ。﹂
寺田﹁なるほど﹂
林田﹁ちなみに⋮﹂
﹂
寺田﹁やらせていただきます﹂
林田﹁⋮ほう
寺田﹁確かに、それは﹃僕の戦場﹄です
それに少将殿にも言われました
上官の命令は絶対と。
林田軍曹、命令とあらばこの寺田
この戦を戦いぬいてみせます
寺田家の名にかけて。﹂ゴゴゴゴッ
!!
林田﹁⋮さすがは商家の一人息子だ。
!!
いいだろう、己の戦場を戦いぬいてみせろ
﹂ゴゴゴゴッ
この寺田
!
寺田二等兵ッ
寺田﹁ハッ
﹂ゴゴ
20
?
!!
この横須賀 鎮守府内酒保を海軍一の酒保にして見せます
ゴゴゴゴッ
⋮
﹂
!!
!
﹁こ、これは⋮
コッソリ
!
!
事件の⋮事件が起こりそうな匂いがするのです
!
?
﹁雪風﹂
ドカバキベシャ
ザッザ ドガァ
ブオオォッ
寺田︵兎にも角にも⋮
まずはここを掃除するのが先だな︶サッサッ
元は検閲場所であったここは
店を開くには十分な広さがある、
しかし店員が裏の扉から入り、
タバコ屋の売り場みたいな狭い窓口で応対するのは⋮。
寺田︵客を寄せるにはまずい店の形だ
タバコ屋の店舗の小ささはタバコという
単一の商品しか扱わないからこそ成り立つものだ。
多くの商品を扱う店にするなら
﹁ササッ﹂
このカウンターは撤去すべきだな︶フキフキ
何より照明が一つでは暗すぎる
もっと広く照らせる明かりが少なくとも10はいる
そもそもこのクソ長い廊下を有効活用して
横に長い店舗にした方が客の目を引くし⋮
しかしその案が通るかどうかは林田さん⋮
﹁ごそごそ﹂
いや、提督に聞く必要があるな︶キュッキュッ
寺田︵扱う商品もまだよくわかっていないからな⋮
林田さんはなるべく早く
商品のリストをよこすと言っていたが⋮
ネズミさんなのです
﹂
詳しくわからなければ下手に陳列棚を搬入できないし⋮︶
﹁うわぁっ
!
ちゅー
!
!!
21
!
!
寺田︵陳列棚も搬入しなければならないし
?
?
?
寺田﹁
﹂
あ、こら勝手に入っちゃダメだよ
﹂
﹁あ、見つかったのです
危ないんだから
!
親と一緒に来たのか
こんなところには入って来ちゃ
なんだ
横須賀基地に親子同伴で来て⋮﹂
﹂
﹂
なんだか馬鹿にされてる気がしますです
いいのか
﹁む
お兄さんこそ
ハヤシとなにこそこそしているのですか
あー林田さんか
君林田さんの娘さん
寺田﹁ハヤシ
なに
えーと、林田さんはね⋮﹂
!
雪風なのです
!
⋮何処かで聞いたような⋮
雪風は雪風なのです
雪風﹁違うのです
?
?
!
!
?
!
寺田﹁まったく⋮ダメだろう君みたいな小さな子が
!
!
!
?
まぁ、いいや⋮ほら取り敢えずどいたどいた
あ
雪風﹁へ
ほんとだ
!
﹂
﹂ヨイショ
那智のお姉ちゃんが言ってたのです
まず先に名乗るのです
﹂
お兄ちゃんお名前は
⋮はやぁ
寺田﹁ほらどいたどいた
お兄ちゃんは今忙しいの
遊ぶなら向こうで遊びなさい
雪風﹁⋮﹂
トテテテ チョン
寺田﹁⋮なんの真似だい
そこのベニヤをどかしたいのだけれど
?
!
!
!
雪風はお名前を言いました
と言うか
!
!
!?
!
?
?
君が今踏んでるベニヤを片付けなきゃいけないんだから﹂
!
?
?
!
寺田﹁ユキカゼ
!
!
?
!
!?
22
?
?
雪風﹁⋮二ヒヒ﹂
﹂きゃっきゃっ
﹂ヨイショ
高ーい
寺田﹁⋮ほら、どいたどいた
雪風﹁うわぁ
お兄さん力持ちなのです
﹂
寺田﹁ほいほい、よござんしたね
さぁ、ほら危ないから外に出て
あくまで邪魔をすると申すか﹂
⋮ほーう、この小童め⋮
寺田﹁あ、こら
雪風﹁キャハハハッ﹂トテテテッ
!
貴様をおそうであろう⋮﹂フフフフッ
﹂
雪風﹁へへーん、雪風は平気なのです
いいから早く高いやつやるのです
! !!
﹂ヨイショ
寺田﹁ふふふ、さいは投げられた
大コマ大車輪
にゃ
!
今すぐそこをどかねば⋮恐ろしい三つの災難が
寺田﹁ならこっちにも考えがあるぞ
雪風﹁ニシシシッ﹂
!
!
!
!
!
﹂
くらえ
高ーい
まずは第一の災難だ
雪風﹁わーい
高いやつなのです
!
!
﹂ぐぐっ
寺田﹁笑っていられるのも今のうちよ
食らえ
雪風﹁はぇ
!
!
!
!?
るぐるぐるっ
⋮
怖かったろう
﹂ウプッ⋮
こ、この技は術者の体力をも奪う危険な技
小童どうだ⋮
わかったらさっさと外へ出るがいい
!
﹂ぐるぐるぐ
23
!
雪風﹁﹂ぱちくり
!
?
!!!???
?
!
!
!
寺田﹁ゼェゼェ⋮ハァハァ
!!
にゃにゃにゃにゃにゃににゃにゃああああああああ
?
!
寺田﹁⋮
﹂オェッ⋮
楽しい∼い
雪風﹁うふっ⋮うふふっ
きゃはははははははっ
寺田﹁なん⋮だと
﹂
!!
雪風﹁ねぇもっとしてください
雪風これ楽しいです
もっとやってくださいよクルクル
ねぇねぇお兄さん
もっと
﹂
⋮この技は我が家では禁忌とまでされた荒技だぞ⋮
!
寺田﹁追加を求めてきただと
﹂
24
!
!
﹂
!!
!
なんなんだこの子
! !?
!
ありえん
!?
?
!
?
!
﹁不沈艦﹂
あっちか
⋮
クルクル
﹂ダダダッ
天龍﹁おい﹂
出ていくか
寺田﹁さぁどうだ
どうする
チョ
く、くるし
そこ
クルクルやってくださいよぉ
そう
﹂
﹂シャッ
クル
でていくのか小童ぁ ﹂ コチョコチョコ
ででいぎます
雪風﹁ニャハハハハッ
くる
にゃあははははっ
!
!
!
寺田﹁仕方ない、これだけは使いたくはなかったが﹂ギリッ
﹂
雪風﹁おにーさん
クルゥ
そこになおれ
寺田﹁お黙りなさい
いいからそこに
綺麗な布が敷いてあるところね
﹂
そこだ
雪風﹁ここですか
寺田﹁そう
﹂ゆらり
この技はまず足にくるぞ
覚悟するのだな
雪風﹁わくわく﹂
!
寺田﹁お前の快進撃もここまでだ小童ぁ
︶﹂
第二の災難こちょぐり拳
︵こちょぐりけん
⋮雪風の笑い声
キャハハハハハハッ
天龍﹁あん
?
!!
あいつまたどっかでいたずらしてんじゃ⋮
?
でていきますからぁ
!
!
!
?
25
!
!
!
!
!
!
!?
くらえ
雪風﹁
⋮
!
!
?
!
!
!!
!
天龍﹁俺の長ドス煌めけばーっと♪﹂トコトコ
!? !
!!
!
!
!
!
!
!
!
!
はひぃ
﹂バタバタバタ
天龍﹁⋮おい﹂
さぁ早くこの部屋から出ていくがいい﹂
寺田﹁ふふふ、最初からそう言えば良いのだ⋮
!
立てるか
雪風﹁は、はひ⋮はへぇ﹂
寺田﹁⋮大丈夫
ほらおぶされ﹂
?
﹂
!
寺田﹁﹂ダラダラ
天龍﹁話を聞かせてもらおうか﹂
⋮
天龍﹁なるほど﹂
寺田﹁そうなんです﹂
雪風﹁すやすや﹂
天龍﹁いやよかった
﹃朝来た新人が変態だったんで殺しました
なんてみんなに報告できないしな﹂
﹄
このお兄ちゃん⋮強いです⋮気をつけるです﹂ガクッ
雪風﹁あ⋮天龍おねぇちゃ⋮
寺田﹁﹂
天龍﹁⋮﹂
親御さんはどこか教え⋮﹂
ほら親御さんとこまで連れてってやるから
寺田﹁足腰立たないのに何言ってんだ
雪風、まだ、負けてないです⋮
雪風﹁お、おにいちゃ、ずる⋮ずるいです
?
天龍﹁あぁそうだ、沈まずの雪風
寺田﹁⋮この子も艦むすだったんですね⋮﹂
まったく恐れ入ったぜ﹂
雪風をこうもたやすくやり込めちまうとはなぁ
天龍﹁いやしかし
寺田﹁お分かりいただけてよかったです⋮﹂
!
26
!
奇跡の幸運艦だよ
まぁ、こいつはただの暴走サイクロンだがな﹂
寺田﹁まだほんの幼子なのに⋮﹂
天龍﹁実際はお前よりずっと生きてる
駆逐艦だから幼い姿で生まれたんだろう﹂
﹂
寺田﹁こんな幼い子が⋮深海棲艦相手に﹂
天龍﹁⋮怖いか
天龍﹁そうか⋮﹂ヨイショ
?
寺田﹁⋮﹂
﹂
天龍﹁⋮おい、なんかやることがあったんだろ
寺田﹁え
天龍﹁手伝ってやるよ
﹂
!
どうせ新造艦の建設で今日は出撃がないしな
暇だし﹂
寺田﹁あ、ありがとうございます
天龍﹁か、勘違いすんなよ
﹂
しかしだからこそ、そう思ってしまうからこそ⋮﹂
寺田﹁いいえ⋮この子はただの女の子です
?
暇なだけだからな、いつでも手伝うわけじゃねーから﹂
?
27
?
﹂
﹁陸軍さんの忘れ形見﹂
林田﹁寺田二等兵
寺田二等兵、いるか
﹂
﹂
?
林田﹁らいんなっぷ⋮
できるかどうかも怪しいところであります﹂
このラインナップでは⋮その収益に達する事が
寺田﹁それはありがたい話ではありますが
仕入れることを許可してくれるそうだ﹂
収益に見合うものであればある程度のものは
林田﹁そんな顔をするな寺田
寺田﹁⋮﹂
カステラなどはまだいいが⋮
迷彩柄のポンチョなんてものもある
陸軍の支給品であるはずの
ベルトのバックルに軍の支給タバコにマッチ
⋮以下にも軍隊の商店といったかんじだ
一通り目を通す
寺田﹁失礼します﹂
まみやのように好きに商品を並べるわけにはいかん﹂
商店とはいえ軍の施設だからな
林田﹁まあそうだ
寺田﹁たったそれだけでありますか
リストを受け取るべく、散乱する資材を飛び越えていく
寺田は中途半端な壁紙をとりあえず全部剥がし
渡されたのは一、二枚の紙切れだった
これが仕入れる全ての商品のリストだ﹂
林田﹁ご苦労
寺田は中途半端に剥がれた壁紙の向こうから顔を出す
寺田﹁ここにおります
!
⋮どうにかしろとまでは言わないが
?
28
!
!
できる限りの収益を出すように努力してくれ﹂
林田はニッコリ笑うと寺田の肩にポンと手をのせた
寺田﹁扱うモノさえわかればどうとでもしてみせます
ですが陸軍の支給品を扱うというのは⋮
よく陸軍さんが許しましたね﹂
林田﹁本土決戦の話が持ち出された時に
陸軍は大量に備品を増産したらしくてな
現状大量にあるあまりものを有効活用するためなのか
﹂
あちらさんから買取の依頼があった﹂
寺田﹁買ったんですか
林田﹁もちろんほとんどの海軍基地はお断りしたが
﹂
うちの少将殿は面白いといって大量に買い取ってな⋮
大淀殿が頭を抱えていた﹂
寺田﹁⋮いかほどお買い求めなったので
林田が顎で寺田の背後にある窓
その向こうにある倉庫をさす
寺田﹁あの一棟丸ごと
ほぼ陸軍さんの支給品で埋まっている﹂
隣にある兵器倉庫とほぼ同等の大きさだ
寺田は気付かれない程度に小さなため息を吐く
林田﹁どうにかしてもらえるとこちらも助かる﹂
あれをどうにかすることですね﹂
寺田﹁とりあえず最終目標は
林田﹁⋮﹂
提督殿がご存命なのですから﹂
寺田﹁その大淀殿はたいそう優しいお方なのでしょう
?
まさか海軍に入ってまで家の仕事の延長みたいなことを
やらされるとは⋮
天龍﹁デラさん
大量についてるんだけど
!
29
!?
この材木なんか卵の殻みたいなのが
!
なんだこれ
﹂
寺田﹁ああ、それはヤモリの卵です
﹂
ヤモリを見かけたら教えてください
殺しちゃダメですよ
﹂
これはどこですか
どこにおけばいいですか
これ
雪風﹁寺田のお兄さん
!
﹂トテテテッ
﹂
!
こんなものが発掘されるとは⋮
溜まり場にしてた連中がいるのか
?
﹂
!?
寺田﹁⋮掴み所のない人だ﹂
天龍﹁林田と何話してたんだ
なんだよそれ
早すぎます﹂
天龍﹁な
!
お見せするわけにはいきません
寺田﹁天龍さんといえどもこれを
⋮なんだそのピンク色の雑誌﹂
?
林田はニンマリ笑うと部屋から出て行った
林田﹁許せ﹂
寺田﹁林田さんのですか
まだここにあったのか⋮﹂
お前ぐらいの時にここに隠しといた奴だな
林田﹁おぉ、懐かしい
﹂
寺田﹁⋮女の子二人に手伝ってもらってる状況で
雪風﹁はい
今すぐその雑誌を床に置いて回れ右しなさい
寺田﹁はいはい、それは⋮それどこから持ってきた
! !?
!
!
﹂
雪風﹁雪風が見つけました
女の人がいっぱいでした
寺田﹁忘れなさい﹂
雪風﹁にゃっ
!?
!
30
!
ちぇっ、別に誰も見せろだなんて言ってねーよ﹂
!?
!?
!
!
!
!
はい⋮﹂
31
﹂サッサッサッ
﹁天龍の気まぐれ﹂
寺田﹁
中に残っていた机や作業台、
タイプライター
林田さんの秘蔵書︵寺田が死に物狂いで捜索︶
をある程度かたしおえた。
取り敢えず全ての窓を開け
一気に換気を済ませる
軍内部の廃品回収班に礼をすませると
寺田は掃き掃除を始めた。
⋮
塵ひとつなく掃き終え
ふと窓を見るとすでに水平線は紅に染まっていた
﹂
32
寺田﹁二人ともご苦労様でした
付き合わせてしまって申し訳ない﹂
天龍﹁まぁ、もともと掃除を一旦始めたら
やり終えるまで気が済まないタチだし⋮﹂
雪風﹁雪風は楽しかったのです
またお手伝いに来てあげてもいいですよお兄さん
寺田﹁あ、そうだ
⋮お礼と言ってはあれですけど﹂
寺田は背嚢の中から小瓶を二つ取り出すと
二人に差し出す
﹂
寺田﹁これ、どうぞ﹂
天龍﹁これは
﹂
お二人に差し上げす﹂
雪風﹁
!
!
!
自分は来る時列車の中で食べたので
寺田﹁実家からの選別です
?
二人は小瓶の蓋をゆっくりと開ける
?
するとだんだん甘い香りがし始めた
寺田﹁金平糖です
自家製で店の売り物だったんですが母がくれました
このご時世じゃあまり贅沢はできなくて
全部雪風が貰っていいんですか
﹂
!
小さい金平糖ですが﹂
雪風﹁これ
うわーっ⋮
天龍﹁あ、ありがとうな
その⋮大事に食べるよ﹂
寺田﹁対したものではないですから
気にしないでください
﹂
雪風﹁雪風また明日も来るのです
お手伝いします
天龍﹁お前は明日演習だろ﹂
雪風﹁あ⋮そうでした﹂
寺田﹁天龍さん⋮ありがとうございます
雪風
﹂
﹂ペシベシ
今日は本当に助かりました⋮﹂
﹂
天龍﹁⋮調子の狂うやつ⋮﹂
寺田﹁は
天龍﹁なんでもねーよ﹂
雪風﹁⋮ズルい
痛いってこら
!
雪風もお手伝いしたいのにっ
天龍﹁いて
ガチャ
!
俺がまた暇を見つけて手伝いに来てやるよ
天龍﹁ま、かわりといっちゃなんだけど
!
色鮮やかな勲章とシワのない軍服がみえる
のそりと体を傾け中に入ってきた
よほど身長が高いのか顔は遮られて見えないが男だ
﹂
⋮また手伝っていただけるとありがたいです﹂
!
音をたてて裏口のドアがゆっくりと開いた
!
!
!
!
33
!! !
!
!
?
いや感心感心
﹂
﹂ガハハッ
﹂
提督﹁ほう⋮流石に仕事がはやいな寺田くん﹂
寺田﹁緒形司令官
﹂
寺田君、提督でいいよ
雪風﹁提督なのです
提督﹁かはっ
⋮おお、雪風こんなところにおったか
全くお前という奴は⋮
﹂
天津風とかくれんぼの途中だっただろう
またなのです
⋮忘れていたのです
泣きながら探しておったぞ﹂
雪風﹁はっ
寺田のお兄ちゃん
ニャアッ
﹂
寺田﹁転ばないようにね﹂
雪風﹁はい
す、すいませんなのです
あぁ、体が埃くさいぜ⋮﹂
提督﹁天龍、珍しいな
﹂
天龍﹁じゃあ俺も風呂にいくかな
ユキカゼチャンマエミテアルケヨー
!
たまたま
お前が部屋掃除とはな⋮かはっ
天龍﹁うっせー、たまたまだ
!
提督﹁もう奴らと仲良くなったのか
バタン
天龍﹁うーい﹂
提督﹁龍田が探しておったぞ﹂
!
!
?
!
!
﹂
どのような店にするつもりだ
﹂
?
?
寺田﹁店の形態も私が決めて良いのですか
﹂
提督﹁しかし、こうして見ると結構な広さがあるな⋮
寺田﹁はっ
どうか仲良くしてやってくれ﹂
提督﹁個性は強いが根はいい奴ばかりだ
寺田﹁ははは、彼女たちには助けられました⋮﹂
!
34
!
!
!
!
!
!!
!
!
!
!
35
提督﹁かまわん、わしが許可する
どうせならとびっきり面白い店にしてくれ﹂がはっ
!
﹃好きなお店って
疲れた
とても疲れた
﹄
当たり前だ、こちとら配属されたて約8時間
ただでさえ気を使うのに
鎮守府の士気に関わる事を任され
なおかつ内容についてはほぼ丸投げときてる
商家の人間として血の騒ぐことではあるが
いかんせん、その⋮
ことが性急すぎるのだ
甘味処まみやと客を二分するのは
できる限り早めに策を講じたほうがいいだろう
林田さんの話では暴動沙汰にまで発展したそうだが
とても冗談話をする顔つきではなかった
早めに開店、集客率も高く
かつ検閲所という限られたスペースで開ける店⋮
⋮
⋮⋮風呂に入りたい
僕、寺田市之丞は真剣にモノを考えるときは
風呂に浸かりながらゆっくりと考える人間だ。
掃除をして汗臭いのももちろんだが⋮
あぁ、木の香り漂う湯船に身を委ね
ラムネでも飲みながら思案に耽りたい⋮
ビービーッ
5分後、第三艦隊が遠征から帰還、到着するとの事
繰り返す、第三艦隊が帰還する
担当の整備官は各自、ドックへ集合されたし
なお、イ号168潜水艦が輸送中襲撃を受け
小破したとのこと
36
?
ザザッ﹃管制室から作業員各班へ伝達
!
担当整備官は受け入れの準備を急げ﹄
﹁⋮潜水艦が輸送中に襲撃されるなんていつぶりだ
﹁さぁな、大事ないといいんだが﹂
﹁今回はだいぶ南の方だろう
⋮風呂はどこだろう
提督の命令はここに住み込みで店を開くことだが
風呂がなくては住み込みもクソもない
風呂は生活になくてはならないものだ。
⋮あそこにいる人に聞いてみるか
﹁お忙しいところ申し訳ありません⋮杉村上等兵殿
﹁⋮ん、なんだ
﹂
本日配属となりました
見ない顔だな⋮新入りか
﹁はっ
寺田市之丞二等兵であります
﹂ビッ
﹂
﹂
押し戻したとはいえ、まだ油断はできないということか
そこまで大きな損傷ではないらしいが⋮
すれ違った兵士の話から考えて
輸送中だった艦船が敵の襲撃をうけ破損したらしい
⋮詳しい話はわからない
じゃあ俺は整備班の補助があるからいってくる﹂
あっちの方から尻尾を出したのは事実さ
﹁どっちにしろ
まだ解放し切れてない小島にでも潜んでいたのだろうか﹂
?
﹂
どうして俺の名前を知っているニ等兵﹂
﹁ん、ご苦労。楽にしていい
⋮それで
いやな、私は名前を知らない奴が知っていると
大抵はいいやつだから名前を教えてくれるさ
ものを聞くときは階級だけで呼ぶといい
﹁なるほどそうか、これからは知らない上官に
僭越ながら襟章と配属札を拝見させて頂きました
?
37
?
?
?
!
!
﹁はっ
!
!
!
!
気味が悪いと思ってしまう性質でな
﹂
ははは
﹂
!
ご教授感謝します
最初の十字路を右だ﹂
﹁はっ
﹁うん、じゃあ頑張れよ﹂
﹂
﹁風呂か、それならここをまっすぐ行って左
風呂の場所がわからないのです﹂
私は住み込みの配属になったのですが
⋮この鎮守府に風呂というものはあるのでしょうか
﹁は
用件はなんだ
⋮すまないが、今呼ばれててね
私は杉村完介、整備副班長だ
﹁気にするな
﹁申し訳ありません⋮以後気をつけます﹂
!
⋮
﹁⋮⋮あ、まて
寺田ニ等へ⋮
⋮
ここか
⋮まずいな﹂ダッ
艦隊の帰還で忙しいのだろうか
⋮ほんのりと温泉の匂いがする
何やら薬品のような匂いもするが⋮
入浴剤でも入れているのだろうか
?
⋮この辺りは人の気配がいないな
みんな風呂に入ってもいい時間だが
間違いないだろう
でかでかと描かれた湯の暖簾が垂れている
!
⋮ええとこの道を真っ直ぐ、左、最初の十字路を右だな
いい人でよかった
変に気を使うと気味悪いと思われてしまうな、失敗だ⋮
⋮以後気をつけることにしよう
!
?
!
?
! !!
38
!
入浴剤はあまり好きではないが
背に腹は変えられない
とりあえず汗を流そう
⋮途轍もない数のカゴが一つ使われている
先客がいたのか
まぁ、一人だけなら気にならないだろう
見た感じ流石に広そうだ
⋮しまった
湯浴みタオルもないな
⋮と思ったらここで貸し出されてるのか
帝国男子とはいえ、前は隠さねばな⋮うん
石造りの風呂場とは
ガララッ
おぉ
実家の風呂とはまた趣が違って素晴らしいな
⋮何処かに洗い場はないか
一刻も早く肩まで湯に浸かりたい⋮
⋮おいおい
露天風呂まであるのか
軍の施設にしては豪奢すぎないか、まったく
あとで絶対入ろう
ジャーッ
⋮足が動いてくれない
39
!
⋮この場から一刻も早く立ち退かねばならないのに
⋮足が動かない
⋮どうしよう
⋮
⋮
⋮
挨拶はしておくか
先客がいる
お、あそこが洗い場か
!
!
!
﹂
ジャーッ
﹁∼
⋮幸い、相手は今、髪を、洗っている
⋮ゆっくり体の向きをかえ
⋮目を岩のように閉じ
⋮五感研ぎ澄まして出口を目指せ
⋮決して音はたてず
﹂
⋮周囲の湯気とどうかする気持ちで
⋮動くのだ
誰かいるのか
ジャーッ
﹁んぁ
神よぉッ
! !!!!!!!!
この時ばかりは光を越えろ
∼∼∼∼∼ッ
我が足よ
!
シタタタタタタタタタッ
40
?
!
滑ったら何もかもが終わるっ
﹂
感覚を全て足の裏へ
キュ
﹁イムヤか
⋮
﹁⋮気のせいか﹂
?
!!!!
!
!
!
!
?
﹁危機一髪
﹂
あ、あぶねぇええええええああぁっせたぁぁあぁ
あ、足がつるっ
とりあえず第一の厄災は去ったッ
が⋮油断はするな⋮
何故、天龍さんがここにいるのか
何故、裸で髪を洗っているのか
⋮天龍さんの髪、うなじ、背中⋮
そんなことはとりあえず頭の戸棚にしまいこんで
南京錠でもかけておけッ
そう、まず最悪のパターンを考えろ
第一に天龍さんは髪を洗っていた
洗い場にいたということはおそらくは
湯船に浸かる前
この国の撫子なら風呂に入る前に身を清めるだろう
もしそうでなければその場で射殺はまぬがれない
⋮よし、シャワーの音が聞こえる
おそらくはこのまま身を清めて
湯船に浸かるコースだろう
一つは天龍さんが烏の行水並みに風呂から上がるのが
早い可能性
もう一つはこの場に第三者が現れることだ
前者なら今無駄にしているこの時間が惜しい
!
現状、最悪なことに女性はそういうタイプは多いと聞く
体を洗うという可能性だ
第二に天龍さんは湯船に使った後も
目撃者はできる限り少なく、いや皆無にしたい
出るタイミングを伺う必要がある
後者なら着替えを素早く済ませるのはもちろんのこと
!
41
!
!
!
もしその方向で行けば最悪な展開は二つに絞られる
!
!
!
!
!
!
!
!!
?
もし天龍さんがそうなら⋮
僕の命は時間の問題だろう
とりあえず今この場でしなければ
ならないことはただ一つ
とりあえず下を着よう
ガララッ
﹁∼♪
やっぱり一番風呂はいいもんだなー﹂
⋮
﹁ふんふーん⋮♪﹂
シュルシュル
⋮
息を⋮ぶち殺せ
大丈夫、見えてない、見えてない
とりあえずこのロッカーで正解だった
ちょうどあの位置からは死角となって見えないはず
確認はできない
今、僕の中にいる男という僕は
良心という僕に完膚なきまでに叩きのめされてないる
今なら仏の説法、文言を全て理解できそうだ
まずい
洗面台がすぐそこだ
半裸の男がロッカーを背にして固まっている姿が丸見えに
僕だったら恐怖のあまりトラウマになること必死だ
﹁後は部屋で乾かすか
⋮さてと﹂ギシッ
⋮神、仏よ
感謝します
42
!
どうやらこのまま出ていくみたいだ
!!
!!
!
鏡をのぞかれたら最後
!
!
!?
だがまだだ
まだ安心するな
⋮
⋮
いったか
﹁おい﹂
ドガシャーンッ
ズザザザザザザザザザッ
﹁﹂ビクッ
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮お﹂
﹁どうか楽にしてやってくださいお願いします
どうか脳天に一発ぶち込むだけで許してやってください﹂
﹁﹂ビクッ
﹁海軍に入隊した時から覚悟はできていました
どうかそのてでこの大馬鹿ものに引導を渡してやってください﹂
﹁わ、わかった
わかったから落ち着け
⋮もう服は着たから﹂
﹁なぜこんなことになったのかわからないんです
でもこうなってしまったのは事実なので
どうかこの超低能クソ馬鹿大アホ野郎に鉄槌を﹂
﹁わかったって
いいから顔をあげろ
﹂
!?
!
いつまでもここで土下座されたら俺も困るんだよ
な
イムヤのやつがもうすぐここへ来るから
とりあえず出よう
!
!
!
!!
43
!!
!
?
!!
!
﹁もういっそ燃やしてください﹂
﹁肩かせ
!
⋮しっかり踏ん張れ根性無し
いい加減にしねぇと窓から放り出すぞ
﹁いつまで顔隠してんだ
服はもう着たってのに
いいから肩をかせって
ほら、歩け﹂
手伝います⋮﹂
﹁ったりめぇだ
﹂
!!
﹂
﹁﹃風呂﹄と言われるとついいつものくせで⋮
﹁一足も二足も遅ぇよ
﹁一足、遅かったですか⋮﹂
﹁杉村ぁ⋮てめぇの仕業かこの野郎﹂
﹁⋮﹂
⋮
﹁それはこっちのセリフだこの野郎⋮﹂
﹁どうしてこんなことに⋮﹂
! !! !
﹁頭だけを狙ってくれるなら銃殺でもいいです﹂
!
!
﹂
44
!
とりあえず談話室に運ぶぞ
!!
﹁姦しい潜水艦たち﹂
﹁本ッ当に申し訳ないッ
大丈夫か寺田﹂
﹁⋮べ、べつに、減るもんじゃねぇし
﹂
裸を見られたわけじゃねぇから
気にしてねぇけどよ⋮⋮
﹁⋮﹂
⋮おい、まさか﹂
﹁⋮どうした寺田﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮へ
?
﹁∼ッ
﹂
?
?
天龍さん、本当に申し訳ありませんでした﹂
﹁ちゃんと確認をしなかった私にも責任があります⋮
まだ少しふらつく体を鞭を入れて起き上がった
杉村さんだけに謝らせておくわけにはいかない
﹁⋮
﹁⋮杉村さん、すいません﹂
⋮本当にすまん﹂
呂﹄と聞かれてついいつもの癖でな⋮
﹁頭の中が第三艦隊の入渠のことでいっぱいになってしまって⋮、
﹃風
あの世行きだぞ⋮﹂
すぐに頭がぷっつんくる奴らだったら寺田は今頃
俺だけだったからよかったものの
﹁⋮ったく
杉村上等兵が天龍さんに頭を下げていた
頭の血がある程度下がってきたところであたりを見渡すと
今回の一件は全て私の責任だ⋮﹂
!
⋮まさか、あんときもう中に
﹁⋮﹂
﹁ッッッッ
!?
45
!
まずい、頭にまた血が登ってきた
?
!?
て、てめ
﹂
中に入ってたならせめて声をかけ⋮
いや、叫ぶぐらいしろよぉ
じゃねぇ
泣きてぇのはこっちだぁ
﹂うわあぁん
やくあの場から消えないといけないという考えしか頭になくてぇ
うわあぁん
﹁なくてぇ
﹂
頭に登った血がさらに重く感じる
﹁なんのさわぎでち
﹁天龍さんが男の人を引きずり回してる⋮﹂
ブレる視界の端で、水着姿の少女が談話室の中に
入ってくるのが見えた
﹂
﹁イク、もうお風呂入りたいー
杉村ぁ
﹂
こんなところで何してんのよ
はやくいこうよー
﹁あ
﹂
私の水着、もうボロボロなんだけど
﹁まるゆは別に故障してないです⋮
なんで連れて来られたですか⋮
﹂
﹁まるゆは潜れますよぉ⋮﹂
﹁天龍さん何してるの
一体この子達は⋮
﹂
﹁⋮えー⋮うん⋮その⋮なんだ﹂
﹁お風呂覗かれたの
﹁んぐふッ
ど、ど、どどど
﹂
うなのかなーと思って
﹂﹂
お兄さん変態さん
﹁﹁へんたいさん
!?
!
﹂
﹂
﹁そのお兄さんが入渠所から二人に引きずられてくのを見たから、そ
し、しおい
﹂
なんかもう衝撃で頭がいっぱいで一刻もは
!!
!
ゾロゾロと扉の向こうから水着の少女がでてくる
!
!
!!
?
!!!
!!
天龍さんに肩を掴まれて揺さぶられているせいか
!!
﹁まるゆはゴーヤと潜る練習するのでち
?
!!
!
!!
!
﹁すいませんすいません
!!
!!
!! !
!?
?
46
?
!
?
!
!!
﹁い、いや、違うんだ
その⋮これにはわけがあってな
﹂
﹁⋮もういっそ殺してください﹂めそめそ
﹁寺田⋮すまん⋮本当にすまん
俺が間違えたばっかりに⋮こんな⋮﹂
!
﹁変態さんと一緒になぜか天龍さんも泣いてるのでち﹂
﹂
﹁杉村はやく水着変えてよー
イムヤ風邪ひいちゃう
47
!
!
!
﹁あとぐされのないお開き﹂
﹁このさいお互い開き直ろうぜ﹂
﹁はい﹂
﹁お互い裸を見せあったもの同士だ
まだ出会って半日とはいえ
これ以上ない絆の深め方だと俺は思う﹂
﹁同感です﹂
﹂
﹁だから俺たちはたった今から深い絆で繋がれた仲間だ﹂
﹁えぇ﹂
⋮⋮
﹁あの二人は夕陽を見ながら何を真剣に語り合ってるの
﹁やっと落ち着いたんだ、そっとしておいてやれ﹂
まるゆはちゃんと沈めたですよ
﹁あぁ、ありがとう﹂
﹁ごめんなさい⋮
﹂
﹂
しおいがなんか余計なこと聞いちゃったみたいだね⋮﹂
﹁⋮俺が言えることじゃないが
多分あれでよかったと思うぞ
お互い、吐き出した方があとぐされもないしな﹂
﹁⋮ならよかった﹂
﹁あぁ、湯冷めはするなよ﹂
﹂
48
﹁⋮とても女の人とは思えないくらい
﹁ゴーヤさん
﹂
聞いてないですよー
﹁私のほうが長く潜れたから私の勝ちでち
﹁し、勝負だったんですか
!!
!
!!
天龍さんが男らしい会話だね﹂
﹁はっちゃんもそう思う
?
やっぱり提督指定の水着は新しい方がキュッとくるわね
﹁あー、さっぱりしたわ
さすが天龍さんだよね﹂
?
!
﹁杉村さん、しおいはこの子達を連れて部屋に帰ります﹂
!
!!
!
﹁うん、じゃあね﹂
⋮⋮
何故だか今日の夕日はとても目に染みる
﹁それじゃあ、お互い見たものは
心の奥底に封印しよう
今日は普段と何も変わらない一日だった
それでいいじゃないか﹂
﹁ええ、僕もそれでいいと思います
⋮なんだか今日の一日全て
あの夕陽の美しさだけでいいと思うんです﹂
﹁⋮意味はわからないが⋮深いな﹂
﹂パン
﹁えぇ、自分で言っていても意味はわからないです﹂
﹁⋮うし
﹂
天龍さんが膝を叩いて勢い良く立ち上がる
﹁デラさん
お前、風呂はまだだったろ
﹁はい、そうです﹂
それがすんだら食堂に飯でも食いに行こう
そういうと天龍さんはにっこりと笑った
﹁ええ⋮
じゃあ⋮そうだな
ぜひ、御一緒させてください
﹁おう
﹁はい
じゃあまた
﹂
﹂
﹁こんどは入る風呂を間違えんなよ
⋮
﹂
﹂
﹂
悟られないように負けじとこちらも全力の笑顔で答える
あまりにいい笑顔だったので目の端に涙が浮かぶが
!
﹁ありがとうございます⋮﹂
49
!
﹁ならちゃんと作業員用の風呂場でひとっ風呂浴びてこい
?
!
お前の店の場所で待ち合わせようぜ
!
!
!
!!
﹁責任をもって作業員用の風呂場まで送らせてもらうぜ﹂
!!
!
!
!
!
﹁礼なんかよしてくれ、なんどもいうが
これは俺の責任だ。
この一件でお前に被が及ぶようなら
俺の名前を出してくれていい
⋮俺はそれくらいのことをしてしまったからな﹂
﹁いえ、何もそこまでは⋮﹂
﹁⋮もしあのままうまく抜け出せていたら
どうするつもりだったんだ﹂
﹁⋮そう言われるとちょっと困りますね
今となってはどうするつもりだったのかはわかりませんが⋮﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮きっと心労ですぐに罪を告白するでしょうね
でも⋮さっきみたいに天龍さんと
仲直りはできなかっただろうと、思います。
そうなのです
﹂
50
そう思うと、見つかってよかったと心のそこから思えます⋮﹂
﹂
﹂
﹁⋮そうか、貴様はいい意味で﹁男﹂ではないやつだな﹂
﹁ははっ⋮
﹁
﹁個室のトイレは音がよく響く
使うなら作業員用のトイレがいいぞ
﹁⋮
ハハハハッ
﹂
それは冗談にしては度が過ぎますよ
⋮⋮⋮⋮バッ
杉村さん
﹂
ああ⋮先輩としてこれだけは言っておくが﹂
まったく、一日目から災難だな貴様は
人間としてはそれで正解だ
﹁ふふっ
﹁男﹂にはなりきれない﹁男﹂なのであります
!
!
﹁はははっ
冗談ッ
!!
わかってるじゃないか
冗談だ
!!
!!
!
!
!
!
!
!
!! !
!?
?
?
?
﹁雷巡 北上とカステラ﹂
﹁⋮﹂
ギュイイイィィィン
ガガガガガガッ
!!
﹂
﹁そのカウンターを丸ごと取り外したら
﹂
おいバールもってこい
!
バール
その棚をそこに据え付けてくれ
﹁おう
この支柱引っこ抜くぞ
﹁⋮ふぅ﹂
!
冬の季節は手袋や、マフラーは売れると思うが⋮
むしろ陸軍のポンチョをどうさばくかが悩みの種だ
服は⋮うん、衣服は特にいらないだろう
もう少し、浮いたものが欲しい
まみやという対抗店の存在を考えると
いくら軍の施設だからといって物が偏りすぎだ
⋮なんど見ても頭が痛い
手元にある商品リストを見直す
﹁⋮まずは報告できるぐらいの店にしなくてはね﹂
自然に笑みがこぼれる
ちゃぶ台をひっくり返しながら驚く父を想像して
父さんが聞いたら腰を抜かすな﹂
﹁⋮まさかこの歳で店を持つことになるとはなぁ
自分の店を持つなんて早々任せられることでもないからな
心地よい疲労とともに胸が踊る感じがする
このまっさらの空間にどんな店をつくるか考えると
コンクリートの壁がむき出しの部屋を見回す
安全のためのヘルメットのベルトを少し緩めながら
!
鎮守府の中の狭い一室では重々しい重機の音が響いている
春の陽気な空気とは逆に
!!
飲み物や菓子も欲しい
51
!
!
洋上の船や絶海の孤島の酒保というわけではないからな
整備や開発で疲れた作業員にとっては甘いものは必須だろう、甘味
処まみやがいい例だ。
﹁ふーん、カステラかー
びっくりした⋮
えぇと、きた⋮
﹂
懐かしいなあ、といっても食べたことはないけど﹂
﹁うわっ
⋮あ
﹁や、北上だよ
提督からお茶だってさ
﹁あ、ありがとうわざわざ
北上さんでしたね、ごめんなさい﹂
﹁やー、別にいいよ気にしなくて
あ、でも私もちょっともらっていい
﹂﹂
﹁いやー助かりました
﹁﹁うーす
皆さーん休憩にしましょう
﹂
﹁あ、じゃあ僕たちも休憩にしますよ
ここまで来るのに喉乾いちゃってさー﹂
?
確か﹁まみや﹂で自己紹介を受けた人だ
北上さんはでかいやかん片手にニコリと笑う
春先だってのに今日は暑いね﹂
?
!
!
﹂
﹂
?
試験的に作られたやつを海軍が艦内に備え付けるために
ようはでかい冷凍庫なんですが
﹁アイスボックスというやつです
﹁なにそれー﹂
﹁ええ、これです﹂バン
あるの
﹁お、いいねー
あ、氷いります
流石に暑いですからね。
窓を開けているとはいえ、狭い部屋で作業すると
!
!!
?
52
! !!
改良したものなんですけど⋮﹂
﹁あー、よくわかんないけど使わなかったかんじ
﹁備え付ける船がなくなっちゃったらしくて⋮
﹂
?
埃をかぶっていたのをいただくことになりました
今、試験的に動かしてみてるんです﹂
﹁へー、いいじゃん
﹂
夏はアイスが溶けなくてすむね
で、氷はー
﹁あ、はい
﹂
﹁カステラです
⋮あ、これ﹂
まってましたよー
﹁お、きたきたー
﹁お待たせしましたー﹂
⋮⋮
﹂
﹂
!
﹁水筒に入れてくれー
﹁俺もー
﹁あ、俺もらいます
皆さんもどうですかー
﹂
いまコップをとって来ますね
?
﹂
なかなかに気が利くねぇ君ー
私が狙ってたやつー﹂
﹁あ、だめだよそれ
﹁カステラかぁ﹂
﹁おぉ﹂
皆さんも食べましょう
﹁お褒めに預かりまして⋮
んふふー⋮﹂
﹁おぉー
んで食べましょう﹂
商品として支給されるものを試食用に頼んでおいたんですよ、皆さ
食べたことがないとおっしゃってたので
!?
!
53
!!
!
!
﹁えぇ
北上さんずっけぇ
見直しちゃったなー﹂
﹁ッ
﹂ブーッ
﹁うおぉッ
﹂
﹂
﹂
﹁ふーん、お兄さんただの覗きじゃないんだねー
氷にだってピンからキリが﹂ごくごく
﹁ありますよー
﹁氷にいいも悪いもあるんだねぇ﹂もぐもぐ
搬入して正解でしたね﹂
この氷も溶けにくくていい氷だし
﹁あはは、それはよかったです
﹁これは⋮なかなかに甘くて美味しいものだね﹂
⋮⋮
﹁うふふー、私の方が上官だぞー﹂
!
どこでそれを
﹁だ、だだ大丈夫です
兄ちゃん大丈夫か
!!!!!
⋮き、北上さん
﹁どこでって⋮
!?
!!
﹁⋮﹂
は
覚えていない
楽しく飯食って酒入って
気持ち良く帰ったんじゃなかったっけ
﹁二人で暴露大会始めちゃってさー
杉村は速攻、龍田に連れてかれていなくなったし
提督は大笑いしたまま止めようとしないし
?
隼鷹が久々に楽しい奴が来たって喜んでたよ﹂
んんんー
あれえー
そういえば普通に朝ベッドにいたから
? !!??
54
!?
昨日あれだけ食堂で天龍と語り合ってたじゃん﹂
!
! !?!?
!!!???
?
あまり考えなかったけど
な、なにも思い出せない⋮
いや、よく考えたらそのベッドも人様のだったんだよな⋮
飲んだくれて記憶飛ばしたの俺
﹁潜水艦たちに担がれて窓から
﹁∼ッ
お恥ずかしいところを⋮
﹁いや楽しかったよー
それにのぞきだって
﹂
記憶飛ばしたのはもしかしたら酒のせいじゃないかも
案外丈夫だわ﹂
やー、人間て凄い
叩き落とされた時はどうなるかと思ったけど
!?
⋮ノーカンてこれであってるっけ
まぁいいや﹂
﹁はぁぁあ∼⋮﹂ぐったり
?
わざとじゃないんだったらノーカンだよノーカン
!!!
﹁気にすることないってばー﹂
55
!!!
﹁設営 本格始動 ビック7という戦艦﹂
北上さんはある程度僕を慰めてくれると
放送で提督に呼ばれて部屋から出て行った
無気力そうな人だと思っていたが
﹂
案外、面倒見のいい優しい人なのかもしれない
﹁寺田ー
﹂
作業員再開してんぞー、手伝えー
﹁は、はい
今行きます
今はへこんでいる場合ではない
目の前のことに集中しなければ⋮
さて⋮
⋮⋮
大体20畳くらいか
だんだんと広げて行けばいいか⋮
﹂
﹁商品陳列用の棚が届いたぞー
受け入れ作業急げ
﹁﹁うーい﹂﹂
あのトラックか
お、棚が届いたか
えーと、お
!
!
!
?
拡張工事もできなくはなさそうだし
店にするには少し手狭に感じるな
広いと言われれば広いが
?
えらいこざっぱりしたな⋮
カウンター撤去して壁ぶち抜いたら
!!
!
﹁組み立てと設置は私が行いますので
﹂
みなさんは棚を運び込んでください
﹂
﹁その台車借りて行っちまえ﹂
﹁うす
!
注文した数は⋮4、5、6⋮うん8つあるな
!
56
!
!
!
!
﹁階段に傷つき防止マットひいたか
﹁機材搬入用のエレベーターの
使用許可がおりましたんで
﹂
マットを使う必要はないとのことです﹂
﹁そか、んじゃ俺とお前はあの棚な﹂
⋮⋮
ガシャガシャッ
﹁⋮まずは一つ目
﹂ガシャン
これは飲食物用の棚ですね﹂カキカキ
﹁よっこらせっと
!!
﹁リベット入ってた袋しらねぇ
﹁おらどけぇ
第二陣くるぞー﹂
﹁あ、そう⋮焦ったぁ﹂
﹁内藤が拾い集めてたぞ﹂
⋮落としてきちまったかなぁ﹂
?
耐震機能を持った優れものです﹂
﹁軍の備品ですからね
﹁ふーい⋮結構ゴツい棚だな﹂
!
承知しねぇからな⋮
﹂
﹁ははは⋮気をつけます﹂
気をつけよう
ん⋮
ガヤガヤザワザワ
あーもう
やめてくださいよもー
﹂
!
!!
﹁こんな雑用私たちがやりますから
﹁なーに気にするな
﹂
⋮なんか間違いがあって全部返品なんてことになったら
﹁おう、おめえはしっかり帳簿つけとけや
﹁がんばってくださーい﹂
﹁うーす﹂
﹁おう、ほら次だ﹂
!
57
?
!!
﹁⋮さん
! !!
?
!
たまたま通りかかっただけの事
戦い以外ではこのぐらいしか
私にできることなどないからな
﹂
⋮ところでこれはなんなのだ、新型の対空機銃か
﹁⋮
何やら廊下が騒がしい
運ばれてきた棚を飛び越えながら
﹂
おぉ貴様か、期待の新人というのは
﹂ヒョコッ
廊下の様子を伺いにいく
﹁
﹁ん
どうだ、準備は進んでいるか
随分上の方から声がする
﹁⋮﹂ちらり
﹂
?
背の高い下駄のようなものを履いていて
和装に身を包み、美しく艶めく長い黒髪を後ろで結わえ
見上げるとにっこり微笑んだ女性の顔がそこにあった
?
﹂ドタッ
この国の撫子を絵に描いたような美人だった
いぃっ
!!
﹁あ、どうも
⋮
!?
ほら、手をとれ
⋮自分で立てるか
!!! ?
無言で手を掴めと催促する手も普通の女性のものだ
﹁⋮﹂くいくい
女性が4つ、肩に抱えて立っていたのだから
男二人掛かりでやっとこ運べるバラの棚のパーツを
何せ、自分より一回り背が高いとはいえ
これは驚いても仕方がないと思う
女性の手から離されたそれが恐ろしい音をたてて落下する
ガシャアアアンッ
﹂
﹁むぅ⋮人を見て腰を抜かすとは⋮情けない奴だ
驚きのあまり腰が抜けた
!?
58
?
?
?
﹁あ、ああああありがとう、ございますっ
自然と口から敬語が出てしまうほど
威厳と貫禄に満ちた女性だ
﹁うむ、きっと疲れが出たのだろう
無理はするなよ﹂グイ
手のひらの感触も普通の⋮柔らかい手だ
﹁⋮どうした
あ、その⋮それ
これか
﹂
!
﹂ギュ
!
申し訳ありません
﹂
階級は違えどもそこに垣根は存在しない﹂
﹁⋮は、はっ
﹁あ、ありがとうございます﹂
﹁そうかではここに降ろしておくぞ﹂
﹁あ、それはそこに⋮﹂
﹁うむ⋮ところでこれはどこにおけばいいのだ
!
﹂
﹁礼はいらない、困ったことがあればいつでも
﹂
私を頼るといい⋮ん
﹁⋮
﹁これは⋮カステラか
﹁は、はい
﹂
﹂
?
!
酒保で扱う商品の試食品であります
!
?
?
﹂
同じ海軍の同士、ましてや同じ屋根で暮らす家族だ
!
くべきだぞ、なぜ私を呼ばん﹂
これは我々雑用の仕事で⋮﹂
﹁そ、そんなことあなたに頼めるわけありませんよ
﹁そうです
﹁己を雑用と卑下するなッ
﹂
⋮遠慮もいいが貴様ら、こういう大事の時は上官の助けも借りてお
てな、鍛錬ついでにここまで運んできたのだ
艦装を点検に頼んだ帰りにトラックから降ろしているのを見かけ
﹁ん
﹁え
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして﹂
?
?
⋮お互い尊敬することも大事だが
!!
!
!
59
? !?
?
﹁む⋮そうか﹂
﹂
﹂
﹁⋮よろしければ召し上がられますか
﹁⋮いいのか
﹁試食品ですので
いま、お茶をお持ちします
﹁そうか
﹂
﹂
?
﹂
我々は先ほど頂きましたので
貴様達もどうだ、休憩しては
﹁あ、いえ
﹁残りのものを片付けて参ります
﹁うむ、そうか
﹂
では、すまないがいただこう
どうぞ
ここに座っていいのか
﹁はい
﹂
あ、ちょっとお待ちください
いま敷物をお持ちします
﹁⋮あまり気をつかうな
このままでいい﹂
﹁いいえ
!
﹁ん、おぉ⋮そうか、悪いな﹂ビクッ
⋮⋮
﹁はぁ∼⋮
甘いものはやはりいいな
そうですか
心が落ち着く﹂
﹁ははは
お茶はいかがですか
﹁ありがとう
﹂
あいつめ、抜け目のないやつだ
﹂
﹂カッ
⋮そういえばお前の名前を聞いていなかったな﹂
60
?
ただいまお持ちしますのでお待ちくださいッ
!
?
!
!
?
北上も来ていたのか
?
?
!
!
北上さんも同じことをおっしゃっていました
!
!
!
!!
!
!
!
!
﹁あ、失礼しました
﹁ありがとうございます
⋮失礼ですが⋮﹂
﹁私か
私の名前は長門
﹁え
﹂ビクッ
﹁どうした
﹂
失礼ですが、戦艦とおっしゃる割りにはその⋮
せ、世辞など言っても何もでんぞ
とてもお綺麗だったので⋮﹂
﹁⋮
⋮⋮
な、何を
﹁そ、そんなことは
ただ戦艦の艦むすと想像していたものがその⋮
違っていたといいますか⋮﹂
﹁そ、そうか
おい
私も手伝うぞ
﹂
!
あぁだから仕事は我々がやりますから
そこのお前
⋮や、やはり少し鍛錬が足らんのかもしれんな
?
長門さんはお休みに⋮﹂
﹁いぃっ
!
!!
!
!!
﹁その⋮
男2人がかりで運ぶ代物を4つも肩にのせて運ぶのか
﹁ふふっ、お前のいう普通の女とは
あまりにその、普通といいますか﹂
﹁いえ、その
艦むすは別に始めてではあるまい﹂
!!
長門型のネームシップで、戦艦だ﹂
!
市之丞か、いい名前だ﹂
﹁あぁ、階級は別にいい
階級は⋮﹂
寺田市之丞といいます
!
!
!?
﹂
61
?
!?
!? !
?
?
!
?
いいから手伝わせろ
﹁体が火照って敵わん
これを組み立てればいいのか
﹁だ、ダメです
﹂グラッ
﹂
﹂ガシャンッ
﹂ダッ
ここで立てると天井に当たってしまいます
﹁なに
﹁ッ
バシャアッ
﹂バンッ
長門さん、下を向いてくださいッ
﹁
ガキン
⋮⋮
大丈夫か
⋮⋮⋮⋮
おい
裸足の奴は近づくな
﹂
ガラスが撒き散らされてる
医務室から医者を連れてこい
﹂
!!
﹂
お怪我ありませんか
﹂
﹂
気をやってるだけだと思うが
どうした
!
!!
﹁おい
﹁なんだ
︵⋮くそっ
︶
62
!!
!!
どうしてかばうような真似を⋮
!
ガラスのカバーが頭に⋮
私は艦むすだぞ
﹂
?
!!
﹁ながとさ⋮お怪我は
﹁馬鹿者
!!
!?
!!
上を見れば中途半端に電灯のカバーがぶら下がっている
!
!
どうした
!?
﹁寺田が怪我した
!!
頭から血が出ている
﹁長門さん
寺田
!!
﹁ぐ⋮ん
⋮おい
﹁⋮ッ﹂
﹂
!
長門の周りには細かいガラス片が散らばっていた
⋮ッ
﹁な、何が⋮
!?
!
!
!
!
!
!!!
!
!
?
!
!!!
?
!
!
!
!
!!
!?
あれぐらいの電灯で
﹂
私がどうにかなるものか
それより大丈夫か
お前⋮頭から血が⋮
﹁へいき⋮です
寺田が私をかばって⋮
﹂
ガラスが⋮目に入っていたり⋮しませんか
﹁今は自分の心配をしていろ
⋮すまん、私のせいだ⋮
﹂
私のせいでこんな⋮﹂
﹁何事だ
﹁提督
寺田が
﹁⋮まったく
医務室に運ぶぞ
﹂
﹂
次々から次へと災難に見舞われる奴だのぉお前は
手を貸せ
!!
傷口をみせろ
⋮⋮長門
﹁あ、あぁ﹂
﹂
63
!
!!
! !!
?
!!
!
!!
﹁⋮大丈夫、頭をかすめてるだけだ
!
そんなに気負うな﹂
﹁⋮くそ
!
!
!
!
!!
!
!!
﹁明石の医務室﹂
﹁提督ぅ⋮あたしもそんなに暇じゃないんだけどなぁ﹂
﹁そう言わんでくれ、こいつに関しては
申し訳ないほどに重責を背負わせている
⋮しかし、まだ配属2日目でこれだけとはな⋮
前途多難と言うべきか﹂
﹁そうなんですよ⋮
この人の件で間宮に散々泣きつかれた後はなんですか
?
?
今度は長門さんにタックルされなくちゃいけないんですか
いやですよ私修理艦なのに修理される側にまわるの﹂
﹁う⋮だからその件については申し訳ないと﹂
﹁わかってますよ⋮もう
64
長門さん
﹂
その上人員の足らない医務官も担当してるんですよ
あと少しで新しい艦装が完成したのに⋮うぅ﹂
﹁わかったわかった
こんどお前が行きたがってた
!?
優しいのは大変結構ですけど
周りをちゃんと見て行動するように
怪我人一人、医務室に運ぶのに
﹁うぅ⋮柔らかいものが﹂
﹁おしつぶされる⋮﹂
﹁なかちゃんが⋮センターなのに⋮﹂
﹁⋮申し訳ない﹂
﹁まぁそれについては明石⋮
私が責任を持つのでな
﹁カリカリもします
そう、かりかりしてくれるなよ﹂
?
工廠の人員もやっとこさ回してるのに
!
!?
!
怪我人が三人増えるってどういうことですか
!
?
﹂
﹂わーい
買い物に付き合ってやるから⋮﹂
﹁⋮ほんとですか
⋮ほんとにほんと
﹁あぁ本当だ﹂
頭が少し痛む⋮
⋮えぇと、僕は、何を
﹁お、おきた﹂
﹁⋮ゆう
﹂
この見慣れた感じ
だかなんだろう
女の子が揺らいで見えた
見るとそこに、ベッドに腰掛けている
﹁⋮﹂
隣のベッドから声をかけられているらしい
?
﹁⋮﹂
﹂
﹁お兄さん、頭、大丈夫
﹁⋮
﹂
またこの医務室のお世話になってしまったらしい
﹁⋮また﹂
僕はその匂いに覚えがあった
よく干されたシーツの匂いが鼻をくすぐるが
!
﹁⋮じゃあ
がんばっちゃおうかなぁー
﹁うむ
﹁はーい
任せちゃってください
⋮⋮
﹂
じゃあよろしく頼むぞ、明石﹂
!!
?
?
目の奥に少しづつ光が差し込んでくる
!
!
?
﹁⋮you
?
65
!
目が少し霞む
?
私は那珂ちゃんだよー
お兄さんこれ何本に見える
﹁⋮6本﹂
﹂
﹁⋮ふざけてんだよね
5本だよ
﹁⋮そうか﹂
﹂
?
﹁はいはい⋮って、起きたの
﹂
⋮うん、まだ意識ははっきりしなだろうけど
大丈夫
男の子だったらなんともない
大丈夫
?
患者さんが半笑いでこっち見てくるよぉ⋮﹂
﹁むぅ⋮明石さーん
﹁⋮﹂
戸棚の奥に菓子が⋮
なら手を洗って来るといいよ⋮
今日は学校が早く終わったのか⋮
?
!
﹁⋮え
﹂
﹁2回は間宮が連れて来た時にね
工廠が忙しくてすぐでていったから
顔を見せられなかったけど⋮
君も災難ねぇ﹂
﹁⋮﹂
﹁でもこれは勲章になったわね
女の子をかばって受けた傷だもの
生きててそうもらえるものじゃないわよ
﹁⋮いたいですよ﹂
﹁あはははっ
﹂ぺしぺし
わたしね、実はこれであなたと会うのは3回目なのよ
大丈夫⋮
﹁少し縫ったけど、傷も目立たないだろうし⋮
﹁⋮﹂
?
ごめんね、あんまり人の治療は慣れてないのよ
?
!
﹂
66
?
?
!
?
!
?
だから私を怒らせると怖いぞぉ﹂
﹁⋮明石さん、提督と買い物に行けるからって
はしゃいでるなぁ⋮﹂
﹁ふふふ⋮当たり前よ
﹂
﹂
提督持ちで色々と材料買ってもらわなきゃね
﹁⋮君は﹂
﹁ん、なに
﹁⋮君は、ゆう⋮なのか
﹁な、那珂ちゃん
﹂ガバッ
﹂
﹂
私は那珂ちゃんだよ、お兄さん﹂
﹁
﹁ひんっ
にゃ⋮な
﹁ち、ちょっと寺田君
⋮僕は、何をしているんだ
目なんて瓜二つだ
⋮この子はあの子にとても似ている
?
﹂
⋮⋮だけど、あの子は⋮もう⋮
ガインッ
ピェッ
﹁⋮﹂
﹁あ、明石さん⋮
﹁はぁっはぁっ﹂
!!
﹁ご、ごめん、つい⋮﹂
?
!?
﹂
67
﹁⋮﹂ジー
﹁お兄さん⋮那珂ちゃんの⋮ファン⋮なの
那珂ちゃんは⋮その⋮魅力的だけど⋮
!
!
!?
!!
その⋮一人のファンのものじゃ⋮にゃいのですけど⋮﹂
?
?
?
?
!?
!?
!?
﹁寺田の過去﹂
﹁すいませんでした⋮驚かせてしまって﹂
﹁頭打っておかしくなっちゃったのかと思ったわよ﹂
そう言うと明石さんは照れ臭そうに
﹂
大きな分厚いお盆のようなものをうちわのようにあおいだ
﹁那珂ちゃんは別に⋮平気だけどさー﹂
那珂という女の子は⋮機嫌が悪そうだ
﹁ごめんよ、びっくりさせたね⋮
君があまりにもその⋮﹂
﹂
ちが、いや違わないけど
﹁⋮可愛かったから
﹁⋮
あぁ
そういうことじゃないんだ﹂
﹁えぇー⋮なんだか那珂ちゃん傷つくなぁ﹂
﹁君が⋮僕の妹に瓜二つだから
﹂
つい、懐かしくなってしまってね﹂
﹁あら、そうなの
﹁へぇー
﹁⋮うん、2つ歳が離れていてね
とても可愛らしい子だったよ﹂
﹂
︶寺田君はとても妹思いなのね
﹁⋮な、なんだか照れくさい、かも⋮﹂
﹁︵⋮だった
妹さんは今どちらに
﹁え⋮﹂
﹁⋮ごめんなさい寺田君、私ったら⋮﹂
﹁いえ、気になさらないでください
⋮こちらこそ、後味の悪い話を聞かせてしまって⋮﹂
!!
68
?
﹁えぇ、だから寝起きの時はびっくりしました﹂
?
妹さんも那珂ちゃんみたいにキュートな子だったの
!
﹁⋮5年前に⋮事故で亡くなりました﹂
?
?
?
!
?
﹁そんなこと⋮
﹂
﹂
!
﹂
﹂
⋮この子は妹じゃないぞ
?
明石さん、ありがとうございました
僕は僕の仕事に戻ります
﹁⋮じ、じゃあ意識もはっきりしたし
﹁寺田君⋮﹂
何をするつもりだ
髪にふれる寸前でピタリと手の動きが止まった
自然と那珂さんの頭に手が伸びる
考えただけで嬉しくて
こんな可愛い子になったんだなって⋮
⋮妹が生きていたら
今、とても嬉しいんです
﹁それに僕、不謹慎かもしれないですけど
﹁で、でも⋮﹂
元はといえば僕が悪いんですから
本当にいいんです
﹁那珂さん
ここにいない方が⋮いいかな⋮
﹁じ、じゃあ⋮那珂ちゃん
!
﹂
﹂
顔を耳まで真っ赤にしてうつむきながら那珂さんは
だから⋮﹂
ファンサービスは当然だもん⋮
﹁那珂ちゃんは⋮アイドルだから
﹁那珂ちゃん⋮﹂
﹁⋮﹂
頭を撫でるくらい⋮﹂
﹁⋮いいよ、別に
袖を引っ張られる感触がする
﹁まって
これ以上この子を目にしていたら⋮泣いてしまいそうだ
情けない話だけど
!
!
!
69
!!
!
!
?
!
!!
絞り出すように言った
⋮勇気がいることだろう
恥ずかしいことだろう
初対面の男に頭を撫でさせるなど
優しい子なんだ、この子は
それに比べ、僕はこんな子に身の上話など聞かせて
気を使わせてしまって⋮
﹁⋮ありがとう⋮とても、とても嬉しいよ
でも、だめなんだ、ごめんな
⋮ごめん﹂
そして⋮こんなにも簡単に
自身の﹃割り切り﹄のために
親切を、優しさを裏切ることができてしまう
優しく、とても優しく
袖をつかむ手を振りほどいた
﹁あ⋮﹂
最低だ、僕は
ギィ
ガチャン
﹁⋮﹂
⋮⋮⋮
﹁⋮ッ﹂
カッカッカッカッカッ⋮
70
﹁自責の念と長門の願い﹂
僕は何を浮かれていたのだろう
横須賀勤務になり
職務を全うすることに息巻いていたものを
人に迷惑をかけて、ろくに酒保の準備もできていない
⋮一兵卒が女性と働けることで浮かれ職を怠るなど
父が聞いたら何と言うだろう
店を任せられるどころの話ではない
まして他人であるあの子に⋮
⋮あんなことを喋ってしまうなんて⋮
﹁⋮寺田、まだ傷が響くなら座っていていいぞ﹂
﹁⋮いいえ、大丈夫です
あ、その箱の中身は出さないでください
71
割れ物なので、後で慎重に取り出します﹂
﹁そ、そうか
それで心が揺らいで
一瞬でも、あの子に妹の面影を見てしまった自分
自分に対しての怒りだ
そんな焦りにも似た怒りが僕の中にある
妹の件で、何か肩に釣り糸でもかけられたような⋮
﹁⋮﹂
⋮心配にもならぁな﹂
﹁⋮戦地でもねぇのにあんな顔してよ
医務室から帰ってきてから様子がおかしいんだ﹂
﹁⋮おい、あんまり構うな
﹁⋮そうか﹂
⋮遅れは取り戻さないと﹂
でも、心配をおかけしたのは自分です
﹁そんな、ありがとうございます
⋮悪いな、変な気を使って﹂
?
今も周りに嫌な空気を感じらせるまでに
僕の心はさっきまでと打って変わって
重く、暗くなっている
僕は、こんな気持ちで⋮この先やっていけるんだろうか
⋮那珂と呼ばれたあの子は
おそらく艦むすだろう
⋮この先、あの子を目にするたびに
こんな気持ちになるのなら
⋮いっそ、この任務を辞退して⋮どうなるのかな
ポン
﹁怪我の調子は
もういいのか、寺田﹂
﹁⋮
な、長門さん
すいません、ご迷惑をおかけしまして⋮﹂
﹁その件について話がある
ちょっと顔を貸せ﹂
﹁え
あ、はい⋮﹂
⋮⋮
﹁那珂と一悶着あったそうだな﹂
﹁⋮﹂
﹁明石が知らせに来たよ
私にはどうしていいかわからない⋮とな
﹂
⋮当たり前だ、我々は人間ではないから﹂
﹁⋮
そ、そんなことッ
﹁ふふ、そうだな
己がなんなのかですら﹂
だがな、私たちにはわからんのだ
もしかしたら、人⋮なのかもしれんな
!
72
?
!
!
?
!?
﹁⋮﹂
﹁明石の後にな、那珂が私のもとに来たんだ
⋮泣いているのか、笑っているのか
本人にもわかっていないようだった
那珂はお前の妹に瓜二つなんだそうだな﹂
﹁⋮﹂
﹁那珂はな
我々艦むすの中でもとびきり人懐こいやつでな
ここに呼ばれた時もすぐに周りの者と仲良くなった
我々を珍奇なモノを見る目で睨む連中もいる中
あいつはあいつなりに﹃人間﹄であろうと
我々の中でも人一倍努力していた﹂
﹁⋮﹂
﹁そんな那珂がな、泣き笑った顔で私に聞くんだ
﹃自分が何になろうとしてるかわからない
人のために何が出来るのかわからなくなった﹄とな﹂
﹁⋮ッ﹂
﹁あいつはきっと、妹に似てると言われて
人として見てもらえた嬉しさと
それによって傷ついたお前を
人として慰める方法がわからない悔しさで
頭が混乱してしまったのだと思う﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮お前はこの鎮守府に配属になって
たった2日ですでに何隻もの艦むすと顔を合わせ
彼女達を特別視せずに普通に交流している
⋮私も含めてな
それはとてもすごいことだよ﹂
﹁そ、そんな、最初の日なんて
驚いて気絶しましたし⋮﹂
﹁⋮天龍がな
73
酔って真っ赤な顔をして提督に漏らしていたんだ
あんなに邪気のない会話は始めてだ、嬉しい⋮とな﹂
﹁⋮ッ﹂
﹁今日なんて雪風が演習でいやに張り切っていてな
なぜかと聞いたら、お兄さんに雪風の本気を見せるんだと息巻いて
いたよ﹂
﹁⋮﹂
﹁北上なんぞは仲間連中にカステラを初めて食べたと
自慢げに話していた
あの時の大井の悔しそうな顔を見せてやりたかったよ﹂
﹁⋮グスッ﹂
﹁寺田⋮これは一方的な願いだ
﹂
﹂
お前に何も得があるわけではない
だが、頼む
﹁な、長門さ、何を
﹁この鎮守府にいる時だけは
⋮妹達を人として、家族として見てやってくれないか﹂
74
!!
!
﹁家族﹂
﹁⋮長門さん頭を上げてください
﹂
僕にも言いたいことがあります
﹂
!
せんよ
黙って聞いていればなんですっ
自分たちを人じゃないとか、人の気持ちがわからないとか⋮
﹁お、おい⋮﹂
﹁こんなに優しくて⋮親切で
﹂
自分のことより人のことを考えられる人たち
をどうして⋮人間じゃないなんて思えますか
自分の気持ちがわからないのは僕です
﹁⋮﹂
﹁ここにきてまだ二日なのに
天龍さんも雪風も、北上さんも間宮さんも
それに長門さんも⋮
周りに変化がおきすぎて、前しか向けなかった僕に⋮
見ず知らずの僕に優しくしてくれて⋮
それがどれだけ⋮どれだけ﹂
﹁⋮わかった、すまなかった
﹁さっきのことだって僕が至らなかったせいで
私にもまだわからないことだらけだ﹂
人として生きているつもりだったのだけど
もう、長いこと
!!
!
!
くだらない意地のために関係のない子を傷つけてしまって⋮
!!
人を笑顔に出来て
!
﹂
僕は一度も、彼女達⋮あなた達を人ではないと思ったことはありま
少しばかり⋮正直、大分沈んだのは事実ですが⋮
﹁確かに那珂さんの面持ちをみて衝撃を受けて
﹁⋮なんだ
だから頭を上げて
!
?
いつまでたっても心の整理がつかなくて
!!
75
!
!
!!
!
あんなことになったのに、
⋮僕なんかが彼女達を⋮
家族と思っていいのでしょうか⋮
﹁もちろんだ
⋮提督に言われなかったか
﹂
﹂
ここに配属になった以上、我らは皆家族だ
例外はないぞ
﹁⋮はい﹂
﹁⋮ふふ
提督の期待通りの男だよ、お前は﹂
﹁グスッ⋮へ
そ、それはどういう⋮﹂
﹁気にするな、ほら、まだ日は高いぞ
さっさと働け⋮って私が呼びたしたのだったな
すまないな忙しいところを⋮﹂
﹁ははっ⋮ありがとうございます
長門さんには助けられっぱなしですね﹂
﹁⋮じ、じつをいうとだな⋮
﹂
私にも言いたいことがある⋮﹂
﹁⋮
なんです
﹁その⋮なんだ
⋮嬉しかったんだ、かばってもらえたのが⋮
なんだか、仲間のかばうとは少し違う
変な感じがしてな⋮
君には申し訳ないことをしてしまったが
改めて礼を言わせてくれ⋮ありがとう﹂
﹁⋮ふふ
まだまだ少女なんですね、長門さんも
﹂
!
やはり君はとんでもない速さで通過儀礼を済ませたな
?
もう少し大人な方だと思っていましたよ
?
76
?
?
!
?
?
?
﹁ば
﹂
き、きさま、何やらその言い方では
とても馬鹿にされている気がする
﹁ば、馬鹿になんてとてもとても
﹂
⋮ただ案外可愛らしいところもあるのだなと 思っただけです﹂
﹁∼ッ
き、きさまぁっ
!
﹁んぐ
さ、早速それをだしに使うとは⋮
﹂
﹂
これからは褒めるのも、怒るのも⋮容赦はしませんよ
﹁ふふ、家族ですから
上官を愚弄するのもいい加減にしておけよ
!
﹁長門さん、お願いがあります﹂
﹁⋮なんだ
?
﹁僕にはやることがあります
﹂
77
!
!!
!?
今、なによりも優先すべきことが﹂
?
!
!!
!!!
!?
﹂
﹁忘れようとしていた感触 アイドルの優しさ﹂
川内型の宿直室
﹁⋮﹂
﹁⋮﹂チラチラ
﹁やせん⋮やせん⋮﹂
﹁⋮姉さん、川内姉さん
﹁⋮⋮ん
なに⋮どした神通
心配じゃないの
﹁⋮ちょっと姉さん
⋮おやすみー﹂
ほんとだ⋮珍しいこともあるもんね
﹁⋮んぅ
ずっと机に座ってまるで元気ないみたい⋮﹂
﹁⋮那珂ちゃんが変なの
起こす時間、間違えてるわよぉ﹂
ん∼⋮まだ昼じゃない⋮
!
?
﹁⋮でもなにか怪しいわ
ねぇ、姉さん⋮姉さん
姉さんってば
﹁⋮んん⋮やせん﹂
﹁もう
﹂
﹁⋮あれは天龍がちがうっていっへたひゃない⋮ふぁ﹂
もしかしたら那珂ちゃんになにかひどいことをしたのかも⋮﹂
あの人天龍さんのお風呂も覗いたらしいし
﹁⋮もしかして、最近来た新人の人のせいかしら
いつものボイストレーニングやってないね﹂
那珂のやつ今日はまだ
﹁⋮ん、そう言われてみれば
るような気がするの⋮﹂
いつもはあんなに元気な那珂ちゃんが今日はちょっと落ち込んで
!
78
?
?
?
?
!
﹂
﹂
真面目に聞いてくださいよぉ
コンコン
﹁⋮
⋮はーい
⋮
﹁どちらさまでしょう⋮
あぁ、長門さん⋮あっ
﹁すまんな、休憩中に﹂
寺田市之丞といいます
⋮那珂さんはおられますか
﹁⋮わ、私は神通
﹂
﹂
僕は2日前にここ、横須賀基地に配属になった
﹁おやすみのところ申し訳ありません
!
﹁⋮はい、伝えておきます﹂
﹁⋮お姉ちゃんまって﹂
﹁⋮
那珂ちゃん⋮﹂
?
﹁ありがとうお姉ちゃん
那珂﹂
⋮寺田さん、那珂ちゃんに何か用があってきたの
﹁うん、ちょっと付き合ってもらえるかな﹂
﹁⋮うん、わかった﹂
﹁お姉ちゃんはついていかなくていいんだね
﹁せ、川内姉さん⋮﹂
﹁うん、平気だよ
﹂
⋮那珂さんにはお大事にするよう、お伝えください﹂
それは大変申し訳ありませんでした
﹁⋮そう、ですか
ただいま那珂は体調が優れていなくて⋮﹂
⋮どのようなご用事か存じ上げませんが
川内型二番艦、那珂の姉です⋮
?
寺田さんは悪い人じゃないもん﹂
?
79
!
!
?
!
﹁うん、そう
じゃあ行っておいで﹂
﹁姉さん⋮﹂
﹁これは那珂の﹃こと﹄だよ
私たちがあまり口を出していいことじゃない⋮
﹂
と、お姉さんは思うな﹂ニッ
﹁⋮何かあったら⋮
﹁神通、こいつはその何かをしでかすような奴じゃない
私が保証するよ﹂
﹁⋮﹂
﹂
神通という女性は、無言で部屋の奥に戻ってしまった
⋮妹思いの姉なんだろう
﹁⋮﹂
﹁⋮じゃあ少しだけ、付き合ってくれるかい
﹁⋮うん﹂
⋮⋮
﹁ひゃ
はい
﹂
ガタッ﹁那珂さん﹂
⋮呼んでおいて待たせるのは失礼だな
那珂さんは落ち着かないのか指先をすり合わせている
二人ならんで座っている
那珂と僕は今、ひとけの少ない廊下のベンチで
?
﹂
⋮すみませんでした﹂サッ
﹁⋮へ、へ
﹁言い訳になってしまうが、あの時⋮
君を見た途端、脳裏に妹のことがよぎってしまって
君にとても失礼なことをしてしまった
まずはそれを謝らせてください﹂
﹁そ、そんな
﹂
80
!
﹁まずは謝らせてください
!?
!
べ、別に那珂ちゃんそんなこと気にしちゃいないよ
!
?
!
!
﹁いや、謝らせてください
⋮僕がもっと謝罪しなきゃいけないのはその後のことです自分勝
手に身の上を話した上
それを聞いて僕を慰めようとした君の親切を僕は
自分の中の踏ん切りをつけるためだけに無下にした⋮
﹂
それがよって君を大きく傷つける事とも知らずに⋮
申し訳ありませんでした
﹁寺田さん⋮﹂
﹁僕は自分の今後のことを考え
あまつさえ君を理由に軍を辞めることさえ考えた⋮
僕は、僕は最低な奴だ⋮
虫のいい話なのはわかってる
だが、僕は君に許して欲しい⋮﹂
﹁⋮ううん、寺田さんは最低なんかじゃないよ
だって、寺田さんはお兄さんなんだもん
妹のことを思って、怖くなるのは当たり前だよ
那珂はお姉ちゃんがいるからよくわかるよ﹂
﹁でも、僕は君を傷つけて⋮﹂
﹁那珂ちゃんはアイドルだもん
アイドルはファンの前じゃ涙は見せないの
⋮たまに裏で泣くことはあっても
それは絶対ファンのせいじゃないよ﹂
﹁⋮那珂さん﹂
﹁んふふっ
!
!
突撃訪問する予定だったのに
あ∼あ、残念だなぁ﹂
どうしたの寺田さん﹂
﹁⋮もし、君が良かったら﹂
﹁へ
⋮君の頭を撫でさせてくれないか﹂
!
81
!
⋮寺田さんが仲直りにこなかったら那珂ちゃんが
!
﹁⋮もしよかったら、改めて
?
﹁⋮⋮⋮いいよッ
﹂
にっこりと笑うと那珂さんはベンチに
チョコンと座り込んだ
僕もその隣に座り
一呼吸おいてゆっくりと右手を伸ばす
髪の一本も傷つけ無いように
ゆっくり、ゆっくりとその手を伸ばす
髪に手が触れる瞬間
僕は思わず目を閉じた
⋮ふわりとした感覚が指先に伝わる
スルリと一回、表面を撫でた
﹁お兄ちゃん﹂
⋮那珂さんが言ったのだろうか
それとも僕が作り出したのだろうか
耳元で誰かが、そう呟いた
何かが僕の中で音をたてて弾けた
僕は溢れそうになる涙を堪えるのに強く左手で膝を掴んだ
震える膝を隠そうともせず強く強く掴んだ
唇を噛む力も強くなる
﹁⋮﹂
那珂さんはそんな僕をただ
柔らかい笑顔で眺めていた
﹁やっぱり、お兄さんなんだね﹂
そう言われた瞬間
耐えきれなくなった僕は
一筋、一筋だけ、涙を流すことを己に許した
あの子がいなくなって5年
始めて流す涙だった
82
!
﹁最後の記憶﹂
﹁那珂ちゃんはさ、よく覚えていないんだけど
船だった頃にお姉ちゃんが
二人ともいなくなっちゃったんだよね
最後に覚えてるのは飛行機の音だけでさ﹂
ベンチに座って語る那珂の姿はにこやかだ
しかし、彼女達の前の姿は船⋮しかも軍艦だ
それの最後ということは⋮
﹁⋮﹂
那珂の笑顔に胸がキリリと締め付けられる
﹁あの時
もうこの姿だったのかはわからないんだけど⋮
すごく深くて冷たいところにいてさ
﹂
人間に生まれ変わったのかなって思ったくらい﹂
⋮彼女達はここ、帝国とは違う
別の国、世界から来たという噂だった
確か⋮ニホンというのだったか
﹁⋮那珂は知らない土地で
83
⋮やりきったなぁと思えたんだけど寂しくて⋮
でも、ここに来て
またお姉ちゃん達に会えた時
そんなの吹き飛ぶくらい嬉しくてさ
満面の笑みを浮かべて語る那珂
⋮本当に嬉しかったんだろう
﹁うん﹂
って思えたことが
!
﹁ここはさ⋮私たちがいたところにそっくりだよ
﹁そっか⋮﹂
すっごい嬉しかった∼⋮﹂
お姉ちゃん二人にまた会えて嬉しいっ
﹁船のときはそんなこと考えたこともなかったのに⋮
!
知らない人達の為にたたかって⋮怖くないのか
﹁怖くないよ﹂
そう言い切る那珂の目には嘘も偽りもなかった
﹁土地が違くたって人は変わらないよ
﹁そうだよ
﹁ふふ、そうかな⋮﹂
﹂
⋮寺田さんが聞き上手すぎるんだよぉ﹂
一人のファンを贔屓しちゃいけないのに⋮
﹁⋮わ、私としたことが⋮
俯くと、何かを思い出すように目を閉じた
﹂
なぜか那珂の瞳には先ほどまでにはない悲しみがあった
﹁⋮﹂
ぜんぜん怖くなんてない
そんな人達のために戦うんだもん
なにも、何も変わらないよ
優しくて、思いやりがあって⋮最後まで諦めない
この国の人たちは私達の国の人たちと変わらない⋮
?
こんな話、提督ぐらいにしかしたことなかったなぁ﹂
﹁⋮愚痴ぐらいならいつでも付き合うよ﹂
﹁うん
にしし
﹂
﹂
﹁⋮なに笑ってんだ
?
﹁那珂ちゃんはアイドルだから
元気がない時はいつでも呼んでね
﹂
そう言うとキレのいい動きでポーズをとり
!
!
曲がり角に差し掛かるとこちらに振り返る
廊下を走り出した
那珂はベンチから立ち上がって
﹂
﹁なんでもないよー
!
!
84
!
まったく⋮でもありがとう
!
⋮これは優秀なマネージャーを手に入れたかも⋮
!
お姉ちゃんの言った通りだったろ
廊下の向こうへ走って行ってしまった
⋮⋮
﹁⋮﹂
﹁なぁ∼
那珂なら大丈夫だってぇ⋮ふあぁ⋮﹂
﹁⋮ちっとも大丈夫じゃありません
?
﹂
?
﹁あの子はそうでも
寺田さんはどうだかわからないですよ⋮
﹁いやぁ
﹂
会ってその日に惚れるなんてことはないでしょうよ﹂
﹁いくらなんでも⋮
変な気を起こさなきゃいいけど⋮﹂
⋮あぁ、大丈夫かしらあの子
﹁妹の心配をするのは当たり前です
あの子だって女の子だぞ∼
﹁神通は少し過保護なのがなぁ⋮
あの子に⋮那珂ちゃんに変なムシがついてしまうぅ⋮﹂
!
!!
?
﹂
きっとあの人は那珂のことをそんな目で見ちゃいないよ﹂
﹁え
⋮ねぇ、もう帰ろう
眠いよぉ⋮﹂
?
85
?
﹁提督と似たような人種なのかもしれないわね
?
﹁床 不器用なお姉さん﹂
一週間後
﹁床をフローリング⋮板張りにするか
石材⋮ツヤツヤの大理石にするか⋮
それが問題だ﹂
﹁大理石は現実的じゃねぇだろ
ここ3階だぞ﹂
﹂
﹁奇襲を受けた時、被害を抑えるために
必要最低限の鉄筋と木材以外は
使っちゃいかんのじゃなかったか
﹁いや、見てくださいよこのカタログ
かっこいいじゃないですか﹂
﹁⋮俺なら軍の施設にこんな店あったら絶対入らねぇ﹂
﹁右に同じ﹂
﹁同じく﹂
﹁な、なんでですか﹂
﹁こんなどこぞの高級割烹料理屋みたいな店
畏れ多くて入れんわ﹂
﹁俺は暖かい感じの木が好きだな﹂
﹂
﹂
﹁どうせなら実家を思い出すような店がいいよな ﹂
﹁ふーん﹂
﹁只今戻りました
どうですか
﹁⋮﹂
86
?
﹁以外ですね⋮大理石が残ったんですか
﹁⋮だそうです﹂
﹁西川の大理石案はボツですわ﹂
﹁寺田さん﹂
話はまとまりそうですか
!
﹁西川がかっこうがいいといって譲らんのですわ﹂
?
?
?
﹁て、寺田さん⋮ダメですかね﹂
﹁⋮大事な意見ですから尊重したいのですが
ふむ⋮﹂
﹁無理はせんでください
⋮しかし、だいぶ進みましたな﹂
﹁⋮そうだな
この短期間でここまでできるとは思わなんだ﹂
﹁そうですね
最上階という利点を生かして
明かり取りの窓のために屋根をぶち抜いたり﹂
﹁その上、今や貴重な白熱灯をこれだけつけたからな
⋮参謀さんたちが
夜中は砲撃の的になるのではないかと
愚痴を漏らしておりましたわ﹂
87
﹁カーテンなるものを使って光を外に出さんようにするのでしょう
よく考えましたな寺田さん﹂
﹁遠い隣国や同盟国ではよくやっていることなんです
それに早く進んでいるのは皆さんがいらしたからです
僕一人ではここまで早くはできませんでした﹂
﹁よしてくださいよ寺田さん﹂
﹁毎日使わん対空砲を磨くより
こういう仕事をしてる方が新鮮味があって楽しい﹂
?
﹁寺田さんが的確に指示を出すからノルマはだいたいその日のうちに
終わるし⋮
他の隊からは結構羨ましがられてるんですよ﹂
﹁⋮そう言ってもらえると嬉しいです﹂
﹂
?
﹁ですがね、寺田さん
⋮あれはどうにかならんものですかね
寺田ぁー
!! !!
⋮
﹁て、寺田
な、何かの部品が
!
﹂
ちょっと力を入れただけでこう⋮
グニャッてしまったのだが
﹁⋮はは﹂
﹂
﹁て、寺田
﹁どうしました、長門さん﹂
⋮⋮
﹁ふーい、暑くなってきたのぉ﹂
﹁私等もすぐにもどります﹂
﹁はい﹂
助けられてばかりです⋮ではちょっと﹂
﹁えぇ、本当に
﹁本当によくやってくれますね、あのお方は﹂
﹁ははは
なんだか私等まで偉くなったように感じますわ﹂
ああまでド偉い方が一緒に働いていらっしゃると
﹁案外人懐こい人だとは聞いておりましたが⋮
!?
﹂ ここが取れたんですか
﹁⋮﹂
﹁あ、あぁ⋮そうでしたね﹂
﹁め、面目ない⋮﹂
﹁この知恵の輪がそうですー﹂
﹁寺田さーん﹂
ドライバーは⋮﹂
﹁指先でキュッと
指先でキュッと⋮﹂
﹁⋮こう、穴に入れて⋮
ど、どうやったんです
﹁へ
⋮頭の部分が取れてしまったのだ﹂
ここに差し込んで回すらしいのだが
!
?
!?
88
!
見てくれこの部品
!
?
?
﹁お気になさらないでください
姉として敬わんか
﹂
だとしても私の方が年上だぞ
⋮ふ、ふん
き、貴様二言目には家族、家族と⋮
﹁ぐッ
﹁家族、ですから﹂
上官を馬鹿にするのもいい加減に⋮﹂
き、貴様またそのようなことを
﹁
本当に少女のような戦艦さんですね、長門さんは﹂
﹁大丈夫ですって⋮ふふ
﹁すまん⋮﹂
⋮工務課に頼んで穴の中の部分を取らないいけませんね﹂
このリベットなら替えがあります
!
細かいことは兄に任せればよいのです﹂
﹁べ、別に不器用なのでは⋮
﹂スッ
私より背が低い癖によく言うわ
﹂
﹂
そ、それに今また私のことを妹扱いしたな
⋮ふん
﹁ほら、頬にススがついていますよ
兄が拭いて差し上げましょうか
﹁なに
ダメだダメだ
⋮す、すまん
⋮って
!!
これ以上お前に兄貴ヅラさせてなるものか
﹁いいから﹂
!!
!!
?
!
!?
!!
いつもドシンと、胸をはってらしてください
僕が長門さんを尊敬しているのには変わりありません
﹁⋮手先が不器用でも
﹁んぎぎぎぎぎ⋮﹂
﹁手のかかる姉など妹のようなものです﹂
!!
!
!
!!
!?
?
89
!!
!
﹁⋮﹂⋮スッ
﹁はい、取れましたよ
⋮確かこのあと一航戦の方々と会議でしょう
キリのいいところで切り上げてお休みください
飲み物でもお持ちします﹂
﹁⋮うん﹂
⋮
﹁寺田さんは相当な女ったらしですな﹂
﹁しかも下心もなしにあれをやってのけるらしいぞ﹂
﹁天然か⋮厄介なものを持っとりますなぁ﹂
90
?
﹁演習帰り 女難の相﹂
﹁下心がないんだからたらしとは違うさ
本当に変な奴だよ﹂
﹁年下なのにかしこまっちまうよな﹂
﹁⋮あれは内地勤務だからやっていけるのさ
あぁいうやつは戦地ですぐ死んじまう﹂
﹁⋮いい奴から死ぬ⋮か﹂
﹁⋮まぁな﹂
﹁わかんねぇぞ
﹁ぶっ
﹂
﹂
⋮て、天龍殿
﹁気にすんな
失礼な物言いを⋮﹂
﹁も、もうしわけありません
﹁おう、進んでるか
!?
⋮ありゃ長門の姉さんか
﹁あ、はい
﹂
?
?
おーい
﹁へ
デラさん
演習はどうでした
もうお帰りに
天龍さん
あ
!
﹂
﹁へぇ、不器用な姉さんがねぇ⋮
暇を見つけられては手伝いに来てくださるのです﹂
ここ2日ほど
!!
そういうやつらを乗せてたからな﹂
﹁⋮わかるさ
⋮戦争を知らん今の世代が何を偉そうに﹂
﹁けっ
なんだかんだで生き残るかもな﹂
結構あれで逞しいやつだからな
?
? !!
﹂
!
?
?
91
!!
!
!
﹁おう、上々だ
手柄は別のやつに譲ったけどな⋮
お前の方はだいぶ進んだんじゃねえか
﹁えぇ
﹁ぶふっ
﹂
﹂
たまには会いにいくか
﹂
⋮それはそうとここには何用で来た
それに報告はもう済んだのだ
何時もの調子で構わん﹂
﹁そうですか⋮おほん
﹂
﹂
武蔵の姉さんがお前のも揉ませろと言ってたぜ、姉御
?
﹁⋮もう武蔵とは1年はあっていないからなぁ
長門は今日はこないのかと寂しそうでしたよ﹂
出番がないとこのことで不満を漏らしていました
!
﹁あはははっ
﹁なはははっ
﹁ははっ
そうか、揉ましてもらったか
武蔵は元気そうだったか
大分佐世保の空気に染まったなと見えるな
!
!!
借りるどころか揉ませてもらう勢いでした﹂
﹁武蔵姉さんの胸を借りるつもりでしたが
佐世保を相手になかなかの戦果だったそうだな﹂
﹁うむ、提督から聞いた
第十八戦隊の天龍、只今帰還しました﹂
遅れてすいません姉さん⋮
﹁そうか
⋮同じ寺の字仲間とのことでよくしてもらっています﹂
後藤小隊配下の寺井分隊の方々にお手伝いしていただきました
?
!
天龍どのは冗談が達者でござるなぁ
! !!
﹁先月の北方の小競り合い以降
?
92
!
!!
!
!
!
あと、ここには姉さんと同様
デラさん⋮寺田の手伝いに来たんだ﹂
﹁け、ケダモノ
な、何もしとらんわ馬鹿者
﹂
﹁うむ⋮あいにく私のモノは武蔵のよりは揉み応えにかけると思うが
︶
⋮まぁ近いうちに文でもしたためておくとしよう﹂
︵本当に揉んでるのかよ
︵は、鼻血が︶
︵ふむ、戦艦同士でなぁ
⋮秋雲さんにネタとして頼んどくかな︶
﹁しかし、お前が店の設営の手伝いにくるとはな
少々意外だぞ﹂
﹁べ、別に
﹂
気が向いたら来てやると約束しただけだッ
﹂
デラさんとそう約束したんだよ
﹁ほーん
デラさんを傷物にしたんだってな
﹁あ、姉さんだって
聞いたぞ
!
何をしたんだ
﹁ほーらみろ
なんだ
﹁へ⋮こぺっ
﹂
﹂
﹁て、寺田の体がくの字に
﹁材木がとんできたぞ
﹂
﹂
﹁き、傷物にしたというのはそういう意味ではないぞ
大丈夫なのか
﹂
﹂ブンッ
寺田が私を落ちてきたガラスカバーから庇って怪我をしたのだ﹂
﹁え
お、おまえ
!?
93
!
⋮お前も人の風呂覗いておいてどういうつもりだぁ
!
﹁の、のんきに作業続行しやがってぇ⋮
!!
!!
!
!
!
!
!
!
!
⋮正確には何もしていないというわけではないが⋮﹂
!
!?
!!
!
?
配属1ヶ月もない新兵になにしたんだこのケダモノ
!?
!
!
!?
!
?
親指グッ
﹁⋮﹂ビクッビクッ
﹂
﹁無理するな寺田ぁ
あ
!
﹁え
﹂
ご、ごめんデラさん
﹁明石は必要か
﹂
﹁それよりほら、お前が今まさに⋮﹂
そういうことなら⋮安心したぜ﹂
﹁な、なんだ⋮
!
!?
﹁⋮﹂ふるふる
94
!
?
?
﹁天龍型姉妹 妹の心配性﹂
﹁いやぁはは⋮
ごめんなさい⋮﹂
﹂
天龍さんが申し訳なさそうに頭を下げる
﹁もう、何回あやまるんですか
気にしないでくださいよ⋮
それよりほら、手を動かして
﹁だ、だって⋮
うん⋮わかった﹂
店の準備は今のところ、床板のしたに敷く
断熱材やら、耐湿材やらを敷き詰めている最中だ
これが終われば次はいよいよ床材を決めねばならない
﹁あ
く、くそっ⋮
﹂
あ、そこシワになってますよ﹂
﹁そうですよ
﹁⋮そうかな⋮﹂
あれぐらい可愛いものですよ﹂
⋮まぁ、まいど材木を投げられちゃたまりませんけど
!
﹁うぅ⋮俺はどうしてこう馬鹿力なんだろう⋮﹂
﹂
﹁ははっ⋮そうじゃないと戦えないじゃないですか
僕たちはその力に助けられてるんですよ
﹁で、でも
?
⋮すこし嗜虐趣味でもはいってるのか、俺は
﹁⋮なにみてんだよ﹂
﹁ふふ、なんでもないです﹂
?
95
!
心配してくれてのことだそうじゃないですか
﹁聞いてみたら僕のことを
さっきだってお前に⋮﹂
!
顔を真っ赤にして直す天龍さんを見てると心が和む⋮
!
!
﹁いいや嘘だ
﹂
今俺のこと不器用な奴だなって思ってただろ
﹁い、いやいやまさか
﹁いーや
﹂
く、首は勘弁を
馬鹿にしやがってこの
﹁ゲ
天龍さんってば
﹁あ
﹂
﹂
⋮なんだか楽しそうなことをしてるわね∼﹂
確か彼女は⋮
部屋の入り口に女性が一人顔をのぞかせた
あら
﹁私のことを呼んだかしら∼
この体制だと胸が当たる
!
結構探したのよ、天龍ちゃん
そうだ、まみやにいた⋮
﹂
龍田というおしとやかそうな娘⋮
﹁失礼します∼
あら、天龍ちゃんだめよぉ
殿方の首を絞めたりしちゃ⋮大丈夫
﹁あ、いえ
僕は別に平気です
﹁⋮む﹂
﹁あら
そうだったの
⋮私には天龍ちゃんの胸があたって
?
顔が自然と赤くなってしまう⋮
⋮近くで見るとまた⋮綺麗さが際立つな
?
?
これは戯れのようなものでして⋮﹂
﹂
﹁演習がおわって真っ先に何処かに行っちゃうから
た、龍田⋮﹂
!
!!
!
龍田のやつと同じ顔してたぞ
!
!
!
!
96
? !!
!!
!
!
!!
?
?
﹂
鼻の下を伸ばしているように見えたけど
﹁へ
﹁そ、そんなことは
ない、ですけど⋮
﹂
﹁ふふ⋮そうならいいのだけど
﹂
天龍ちゃんにひどいことしたりしたら∼
指⋮あぁ⋮ん⋮こほん
私が許しませんからね
﹂
指⋮いま指っていったぞ
﹁⋮肝に命じますッ
﹁天龍ちゃんもよ∼
寺田さんにご迷惑をかけないこと
お手伝いはけっこうだけど
あんまりお手を煩わせてはだめ、い∼い
﹂
﹂
﹂
﹁⋮べ、べつに迷惑をかけてるわけじゃねーよ﹂
﹁返事は∼
﹁⋮はい﹂
﹁ふふ
﹁え
手伝っていただけるのですか
﹂
すいません、やっぱりそこに
そこに⋮あっ
﹁それははい
⋮⋮
﹁⋮﹂
では⋮﹂
﹁そんなことは
あまりないとは思うけれど⋮﹂
﹁もちろん∼、といっても私に出来ることなんて
!?
手際よく運んでくれるから助かる
﹂
やっぱり資材運搬の類は工務課を呼んで正解だな⋮
﹂
⋮大丈夫です
!
!
97
?
じゃあ寺田さん、私も何かお手伝いしましょうか
?
!
!
?
!
?
?
! !!
?
!
さて、あとは床材の決定か⋮
﹁⋮おいデラさん﹂
﹁あ、天龍さん
﹂
どうですか⋮て、すごいな
ほぼ完璧じゃないですか
﹁お、おう
これでもがんばったと思うぜ
⋮ほぼってなんだよ﹂
﹁そこ
隙間がしっかり埋まっていませんよ
﹁⋮っ
し、知っててやってんだよ
お前を試したんだよ、もう
﹁ああ、そうでしたか
﹂
﹂
期待には応えられましたかね
﹁⋮まぁよしとしとく
﹂
﹂
﹂
﹂
﹂
って聞きたいのはそんなことじゃねえ
﹁はい
聞きたいこととは
﹂
﹁⋮龍田のことだ﹂
﹁龍田さんですか
⋮
﹁⋮﹂ぴくっ
⋮
﹁そうだ
﹁
それはどういうことですか
﹁あいつに釘を刺されたろ
⋮あいつ、俺のことを心配しすぎる癖があるんだ⋮
それであいつはその⋮みんなに怖がられやすいというか
98
!
!
お前、さっきあいつのことどう思った
?
?
?
!
?
!
?
!
!! !
!
?
!
!
!
?
?
?
⋮お前にはあいつのことをそんな風に思われたくない﹂
﹂ ﹁なんだ、そんなことですか﹂
﹁そんなことって⋮﹂
﹂
﹁なんでいけないんです
﹁え
﹁長門さんから聞きました、妹さんですよね
⋮妹が姉のことを心配して何がいけないんです
それで周りが怖がる
あの脅し⋮といっては失礼ですが
それで怖がってあなたの周りから遠ざかるような輩なら
﹂
遠ざけて正解です﹂
﹁え、え
ふぇ
﹂スッ
!? !
胸が当たっていましたよ
先ほどもそうですが、僕の首を絞めている時に
﹁胸元が開きすぎです
な、何を⋮﹂
﹁⋮美人
⋮ほら、襟元
あなたは女性にしては男だらけのここで開放的すぎる
﹁それがちょっと抜けた美人の姉なら尚更です
?
?
⋮どうしてそのような人を怖がることがありますか﹂
私は友を色目で見るような男ではありません
言っては失礼ですが
﹁いい妹さんではないですか
﹁べ、べつにいつも胸を当ててるわけじゃ⋮﹂
釘を刺すのは当たり前ですよ﹂
不可抗力とはいえ、風呂を覗くという大罪を犯している
まして、私は一度
心配なのはあたりまえでしょう⋮
規律の取れた軍とはいえ、ここは男ばかり
勘違いする奴が出たらどうします
?
99
?
?
?
?
?
﹁⋮うん﹂
﹁純粋にあなたを心配してのことです
寺田さん⋮か﹂
﹂
﹂
!
誇りに思いこそすれ
姉であるあなたがそれを疎ましく思ってどうしますか
﹁⋮うん﹂グスッ
﹁家族、友だと言ってくれたのは
天龍さんじゃないですか
もっと僕を信用してください﹂
﹁⋮ごめん﹂グスッ⋮ヒグッ
⋮
﹁⋮いいことを言うじゃない
ふふ、提督もなかなかの人を引き当てましたね⋮
⋮私ももらい泣きしそう﹂グスッ
﹁⋮どうした龍田
こんなところで⋮泣いているのか﹂
﹂
﹁長門さん⋮今はそっとしておいてあげてください﹂
﹁⋮なるほどな
お前的にはどうだ、彼は
﹁少なくとも⋮ ?
天龍ちゃんの友達としては認めてあげます﹂
﹁ふふ、初めてだな
⋮お前としてはどうだ
﹁⋮さぁ
?
100
?
でも、私も⋮友達になれるかしら⋮
?
﹁女難の相再び 陽炎型の元気印と島風﹂
﹁んー⋮そうですね
この棚は雑貨の所で使うので戻さなくていいです﹂
﹁うす﹂
﹁それにこれ、誰が納品したのか知りませんが
成人向けの雑誌は返品するか、納品者が買い取るか
今すぐ燃やすかしないと提督に軍の私財を無断に使用しようとす
る馬鹿がいると報告します﹂
﹁う、うす﹂
﹁⋮まったく、無垢な乙女もいるというのに
覗き見ない
﹂
﹂
このような注文書を忍ばせるとは⋮
ほらそこ
!
提督も手がかかるが優秀だと言っていたぞ﹂
﹂
?
﹁そ、そうですかね⋮嬉しいです
って林田さん、なんですかその重そうなの
﹁ちょっと別の課からな⋮
﹂
で、おれの書物なんだが⋮﹂
﹂
﹁⋮まさかあれですか
﹁⋮
あっ
貴様らなにを⋮
?
中からまぁ、様々な趣味嗜好を網羅したであろう
怪しく思い開封したところ
﹁建築資料としか書かれていない物資が届きましたので
!
!?
101
﹁おい、寺田
﹂
!?
ここに届くはずの書物をしらんか
﹁ん
いつからそこに
!
﹁おう、設営はだいぶ進んでるみたいだな
?
!
は、林田さん
?
?
いかがわしい本が出てきまして
今、彼等に、返すか、買い取らせるか、燃やすか
﹂
してくださいと頼んだんです﹂
﹁⋮﹂
﹂
﹁まさかあれではないですよね
﹁⋮﹂
﹁どこへ行くんです
﹁⋮﹂
﹁飛んだな﹂
﹁おぉ﹂
⋮
﹁げへっ﹂
﹁どっせーい
﹂ドガァッ
﹁⋮これで懲りるといいのですが﹂
⋮⋮ヒュウウゥ⋮
と被った者が持って行ったとか⋮まさか﹂
気づいたら消えていたとか、郵便局を名乗る帽子をそれはまぁ深々
受取人不明の資料がまぁ結構ありまして
⋮他の課の明細を見て気づいたのですが
﹁その荷物もとても重そうですね
?
﹁み、皆さん
﹁わしゃ女難の相の深いやつには
⋮心配もしなくなりましたね﹂
!!
あまり近寄らんようにしとるんだ﹂
﹁同じく﹂
﹂
﹁嫁が怒るでな﹂
⋮
﹁こ、腰⋮
﹁あははははっ
102
?
﹁よく飛ぶやつだな﹂
!!
お兄さん元気だった
!?
!
!
雪風だよー
﹂
﹁ゆ、雪風⋮
飛び込むのはよくないが⋮
﹂
来る時はせめて前にしてくれ⋮ッ
こ、腰が
﹁んふふ∼♪
﹂
そういうのをなんじゃくものっていうのです
ねー
立てるかしら⋮﹂
﹁⋮流石に今のはきついと思うわ
大丈夫
﹁ほら、手、貸したげる﹂
﹁あ、ありがとう⋮
君は確か⋮島風、だったよね﹂
﹁ん、よく覚えてるじゃん﹂
﹁あいてて⋮
こら、雪風
結構痛いんだぞ
﹁ふぇッ⋮
﹂
ご、ごめんなさい
い、痛かったですか
!
⋮でもお前は女の子だろう
ごめんな、怒鳴ったりして
もうどこも痛くないよ
ふぅ⋮いいよ、もう大丈夫だ
﹁⋮
どこが痛いですか、見せてください
?
﹂
来る時はせめて声をかけてからにしろ
!
﹁⋮はい﹂
しゃ
元気なのはいいが、それも少し抑えるのも大事だぞ
?
!
!
﹂わしゃわ
103
?
?
!
?
﹁⋮痛いことしたのに撫でられてる
?
!
!
!
!
!
!
不思議な人ね﹂
﹂
﹁島風の時もそうだったんだよ﹂
﹁ふーん﹂
﹁ふふ、変な人ー﹂
﹁ん
﹂ 二人共、その二人は
﹁お友達なのです
﹁うん、お友達﹂
﹁そうか
﹁はーい
二人ともー﹂
自己紹介をお願いできるかな
ん、おほん
!
﹁うん、大人びてて素敵な女性だ
天津風ね、覚えたよ﹂
﹁す、素敵
⋮ま、まあね﹂
﹁ふふ、天津風の奴
赤くなっちゃって⋮
私の名前は時津風
天津風と同じ、陽炎型の十番艦だよ
!
うん、これならすぐに覚えられそうだ﹂わしゃわしゃ
綺麗な色合いの髪だな
﹁うん、よろしく
司令から話は聞いてたけどいい人そうでよかったよ﹂
!
⋮まぁこの三人とは、腐れ縁みたいなものね﹂ 陽炎型九番艦の天津風よ
!
﹂ すまないが、僕はここに来てまだ日が浅い⋮
!
私の名前は天津風
!
﹁い、言われなくてもするわよ
﹁自己紹介∼﹂
ほらほら
!
?
!
!
?
104
!
?
?
﹁へ
⋮ん、ありがと﹂
﹁⋮﹂
﹂
﹁雪風もわしゃわしゃして欲しいですー
﹂
105
してくださいわしゃわしゃー
﹁お前はさっきしたろうが
!
!?
!
!
﹁みんな仲良く輪になって﹂
﹁島風はまた鎮守府を走り回ってるのか
﹁うん、寺田さんにぶつかってから
雪風もぉ∼
﹂
﹂わしゃわしゃ
﹂
﹂バシバシッ
えぇ
今は前より人を避けるのがうまくなったよ﹂
﹂
﹁お前に走らないという選択肢はないのか
﹁だ、だから
頭を撫でるなといってるのに
雪風も
﹁島風ちゃんにもわしゃわしゃしてる∼
痛い
ねぇお兄さん
﹁いた
ってやめろこら
﹁あ、あれはちょっと⋮
﹂
!!
はいなのです⋮﹂
﹁ふふーん﹂
﹁⋮時津風が何やら誇らしげなのです
﹂
﹂
?
?
雪風だってさっきしてもらいましたもんねー
なーに天津風﹂
﹁ね、ねぇ﹂
﹁ん
﹂
﹁あれって⋮その⋮どんななの
﹁あれ
﹁あ、あれはあれよ
﹁うーん⋮島風は嫌だけど
悪い気はしないかな﹂
﹁そ、そう﹂
﹁ん、なんだ
どうした、天津風
なんか聞きたいことがあるのか
﹂
!
?
お前いい加減にしないとまた腰を抜かさせるぞ
いだだだだ
!
!
﹁べ、別になんでもないわよ
!
?
?
106
!
⋮その、頭をわしゃわしゃーってするやつ﹂
!
?
?
!!
!!
!! !
!
!
!
!
!
?
﹁こっち見てそわそわしてたら誰でも気になる
なんか聞きたいことがあるなら遠慮するな
その代わり僕からも何かしら質問させてもらうぞ
﹁⋮べ、別に
﹂
?
﹁⋮
﹁⋮ふん
﹂
拒むやつなんてここにはいないよ﹂
して欲しいことは素直に頼めばいい
﹁子供が遠慮をするな
﹁ん⋮﹂わしゃわしゃ
ああっ
⋮なるほどな﹂スッ
私にはしてくれないのかなーって⋮思っただけよ﹂
?
﹁
⋮へへへ
⋮⋮
﹁うわぁ
﹂わしゃわしゃ
﹂
これすごいのです
黒くてかっこいい
雪風ちゃんもそう思うだろ
﹁可愛いよ
﹂
それに少し値が張るな⋮﹂
﹂
﹂
その木はちょっと色が明るすぎやしないか
﹁時津風
﹁私はこれがいいかな﹂
﹁甘やかさんでくださいよ﹂
﹁いえ、これも貴重な意見ですよ﹂
﹁西川よぉ、子供に賛同されて喜ぶなや﹂
﹁な
!
!
﹁ちょっとこれを見てもらえるか
!
﹁予算の関係がありますし⋮
折角だから徹底的に明るくするのもいいかもしれん﹂
?
﹁ほれ、じゃあお前達にも聞きたいことがあるぞ﹂スッ
﹁⋮﹂シュン⋮
!
!
﹁うん、そうだな
?
107
!
?
!
?
?
!
この木の材質だと長門さん
﹂
あなたの自重を支えられるかどうか⋮﹂
﹁ぎ、艤装を外せばそんなに重くないぞ
﹁やりーっ
これは決まりじゃねぇか
なぁ
﹂
棚の色合いと合うし何より汚れが目立ちにくい﹂
﹁⋮うん、それは僕もいいと思ってました
﹁俺はこれかな、渋くていいじゃねぇか﹂
!!
湿気に強いって書いてあるし
?
そうか⋮耐水性も重要か⋮
﹂
ありがとうございます龍田さん
これは大きな発見ですよ
﹁あらあら∼
﹁べ、別にヤキモチなんて⋮やいてねぇよ
天龍ちゃんがヤキモチやいちゃう﹂
あまり褒めないでくださいな
!
なによ﹂
﹁ねぇねぇ、天津風見てよこれ﹂
﹁ん
﹂
!!
﹁⋮よ、よくこんな小さな字に気づきましたね
色味もそう悪くないんじゃないかしら∼
﹂
ここは港だし水に触れる人が多いはずよ∼
﹁私は⋮天龍ちゃんの隣のやつがいいかも
!
!
﹂
⋮すごーいこんなに薄く切れるんだ﹂
﹁⋮ちょっとそれを見してくれるか
﹁うん、はい﹂
石の材質も選べるのか⋮﹂
﹂
﹁雪風は石がかっこいいと思います
﹁私も
﹂
﹁なるほど⋮通常使う石材の量を3分の一に⋮
?
!
108
?
!
﹁こんなに固そうな石が切り餅みたいに真っ二つだよ
?
﹁西川⋮﹂
!
﹁⋮石を使うのには利点があるんですよ
腐ることはないから湿気に強い
そのため水をつかって掃除ができるし
何より汚れもつきにくい
⋮ネックなのはその重さですが⋮﹂
﹁重さってさ
﹂
ここまで薄くしたらもう木の重さと
変わらないんじゃないの
﹁そうすると強度が落ちる⋮
﹂ゴンッ
ある程度の柔軟性と硬さを持たなければ
艦むすの人たちの重さで⋮あで
﹁⋮あまり重い重い言うな﹂
﹁す、すいません
仕事となるといろいろと忘れてしまうもので⋮
﹂
109
!!
デリカシーがありませんでしたね⋮﹂
﹁わかればよろしい﹂
﹁うんうん﹂
﹁⋮しかしこれは⋮
﹂
?
!
?
皆さんのおかげて少し道が開けたかもしれませんよ
﹁え
﹁はい
﹁つまりそれは⋮﹂
?
一度この石材の端材を全部送ってもらおうと思います﹂
!
﹁兵士の朝 一航戦の朝食﹂
チチチッ
⋮
﹁⋮スー⋮スー﹂
バサバサッ
チチチッ
コン⋮コン
⋮
﹁スー⋮﹂
パーッ
﹁⋮
﹂ガバッ
﹂バサバサ
パッパパッパッパッパパッパパッパパッパパーッ
きしょーッ
﹁⋮っし﹂ガチャガチャ
パッ
﹁⋮早いな﹂
﹂
配属されてから2週間近く
起床時刻ほぼトップです
服装問題なし、目ヤニ、クマ、充血
顔の吹き出物等無し﹂
﹁初めは寝てないのかと思ったが⋮
﹂
昨日は死人のような目をしてたからな
﹂
快眠であります
よく眠れたか
﹁はい
﹁よろしい﹂
﹁おはよぅございます
!
!!
!
パッパパッパパッパパッパパッパパッパパッパパーッ
﹁ッ
バサバサッ
!!
﹁えぇ、寺田二等兵
! !!
!
110
!! !!
?
!!
!
!
﹁おはようございます
!
!
⋮ってまたお前かいな⋮﹂
﹁場数が違うのだよ
商人だからね﹂
﹁わいかて浪速の商人や
⋮歯磨き、貸してもらえるか
昨日切れてしもてん﹂
﹁あんがとはん
﹁だから言ったろうが﹂
甘いような苦いような⋮﹂
始めっ
﹁別にいいわ⋮なんとも言えん味やな
﹁支給のまずいやつしかないけど⋮﹂
?
それができたらコツなんて聞かんわ
﹁その最初のラッパで起きるゆぅのがなぁ
着替え終わってるんだ﹂ジャー⋮
﹂
ラッパの音で起きてラッパの音が鳴り止んだらもう
﹁そんなことはないさ
﹁お前の早起きのコツは参考にならんねん﹂
ガヤガヤ
洗面所
⋮⋮
﹁ふふ、皆そろそろ疲れを見せる頃だな﹂
﹁起床時刻まで残り30秒﹂
それを当たり前とするやつには弱いものよ﹂
!
﹁沙苗、帽子の着用が認められん
よってその場で腕立て30回
⋮やらかしたぁ
﹁あっ
!
⋮こう何回も負けてると腹もたたんわ﹂
!
?
!
﹁一つの勝負ことで頭が一杯になるやつは
﹂ジャッ
⋮1
!
うと今から肩が痛くなるわ⋮﹂ガシャガシャ
⋮ふぅー今日もまたあの業突く軽空母の整備に奔走するんかと思
!
111
!
﹁貴重な子だろ
しっかり整備してやれよ﹂
﹁無論や、浪速の整備士は自分の仕事に誇りを持っとる
手ぇなんて抜くかいな
⋮だがそれも喋らん船ならの話や﹂
﹂
﹁⋮仲がよくないのか
髭剃りある
﹂
?
﹁難儀なことしとるなぁ
わいやったら発狂するわ⋮﹂
﹁一からものを作ることは楽しいだろ
お前も整備兵の端くれならさ﹂
﹁⋮わいらは直すのが仕事やからなぁ
﹁じゃあその子にお前の整備するの
がめちゃくちゃ楽しいって
?
それ﹂
わかるように行動したらどうだ
﹁⋮なんか、きしょわるないか
﹁そんなことあるもんか
?
⋮⋮
﹂
!
﹁⋮今だにこれだけはほんま慣れへん
﹁おぉ、大丈夫だった
﹂
飯んとこでまっとれよ
﹁⋮ほんまなんもかんも早いやつやなぁもう
先いくぞー﹂
﹂
ものをつくるのとはまた別な楽しさやな﹂
?
今日は多分石と睨めっこして終わるんじゃないかね﹂
﹁うん、まぁね
店の準備、順調なんか
﹁お前さんはあの子らと上手くやってるみたいやないか
﹁ほーん﹂
なんちゅーか、相容れん﹂
﹁あるで⋮そういうわけとは違うが⋮
?
?
112
?
?
なんやねん
﹂
﹂
みんな鮭の切れ端相手に目ぇ血走らせよってよぉ⋮﹂
﹁鮭取れたか
﹁浪速の商人なめんな
この通り﹂
﹁今日は2切れか
すごいな、初日は皮だけだったろ
﹁赤城さん、お米が顔についてます
﹂
﹂
もう食べとるか⋮﹂タタタッ
﹁おう﹂もぐもぐ
やるんですってね
﹁寺田さん寺田さん
お店
﹂
﹁えぇ、今の所は遅くても7月ごろに開店出来たら
!
﹂
﹁ここの連中は並ぶってこと⋮は知っとるんやけどなぁ
なんで毎度こう激戦になるんやろ⋮﹂
﹁見た目は綺麗に並んだ列だけど
手元はまるでチャンバラだからな﹂
お、おはようございます
﹁よっこいせっと⋮おぉ、おはようさんです﹂
﹁ングッ
﹁おはようございます﹂
﹁一航戦の御二方が揃って朝食とは
﹂
なんや華があっていいですなぁ
お隣よろしいですか
﹁どうぞ
!
今日の朝はお米がたってて美味しいですよ
?
⋮私がとりましょうか
﹁い、いいですよう
もう⋮﹂
﹁はははっ
?
ちょっと取ってくるわ、先食べててや⋮て
!
!
113
?
?
あ、箸忘れたな
!
!
!
!
!
いいかなってところですかね﹂
﹁いいですねぇ
﹂
﹂
﹂ガタッ
﹂
私、マミヤ以外にも美味しいもの食べられるものが出来ないかなっ
て思ってたんですよ
楽しみですね、加賀さん
﹁私は別に⋮﹂
﹁お菓子は売られますかね
﹁シベリアかぁ
私はシベリアっていうやつ食べてみたいです
いいですね
確かめておきますね﹂
﹁やった
やりましたね加賀さん
﹂
﹁私は別に⋮﹂ガクガク
﹁わーい
﹁⋮ふふ﹂
﹁赤城さんそれ6杯目⋮はぁ﹂
﹁記念におかわりしてきましょう
﹁赤城さん落ち着いて⋮﹂ガクガク
!!
﹂
私が彼女に甘えさせてもらってるんだと思います﹂
﹁⋮多分、違いますね
﹁どうですかね
﹁そうでしょうか⋮﹂
あえて甘えているように見えたのですよ﹂
赤城さんはあなたの前では
﹁そういうわけではないのですが
そこまで歳は離れておりませんが⋮﹂
﹁母娘、ですか
﹁いえ、まるで母娘を見てるようだなと﹂
﹁⋮人のため息を聞いて笑うとは失礼な人です⋮﹂
!
!
!
?
!
仕入れ先のリストにあるかどうか
!
?
?
114
!
!
!
!
﹁⋮なるほど
やはり一概にはわからないですね
若輩が出過ぎた口を叩きました﹂
﹁まぁ、すこし不快には思いましたが⋮﹂
﹁⋮はは﹂
﹁彼女と母娘の関係に見られたのは⋮
⋮少々嬉しくは感じられました﹂
﹁⋮ありがとうございます﹂
⋮
﹁いやー、まさか箸がなくなっとるなんてなぁ
﹂
食堂のおばちゃんに割り箸もろうてきたわ⋮て
赤城さんは
﹁ん﹂クイッ
⋮
一杯だけ
﹁お願いします鳳翔さん
あといっぱい
﹁やったー
﹂
﹂
たくさん食べてくれるのは嬉しいですが⋮﹂
﹁赤城さんこれで⋮何杯目です
?
﹁もう⋮これで最後ですからね
!
!
整備班の連中も頭傾げとったぞ﹂
﹁空母ですから⋮﹂
﹁あれでしっかり昼も食べとるんやから驚きやで﹂
﹁空母ですから⋮﹂
﹁⋮なんか、すんません﹂
﹁いいえ⋮﹂
﹁クククッ⋮﹂
﹁⋮何を笑っとるんやお前は﹂
115
?
?
!
﹁あの人の胃袋はどうなっとるんや⋮
﹂
お米ー
!
⋮
!
﹁皆さん
カニクリームコロッケ
食べちゃいますか
余ってますよ
食べます
﹁赤城さん⋮はやく席に﹂
﹁⋮はい
うぅ、カニ⋮﹂
﹁もらってくればいいのに﹂
﹁変なところで律儀な方なんやろ
﹁はい⋮﹂
﹂
﹁赤城さん⋮コロッケ、5つ目ですよ﹂
﹁じ、じゃあ私のも⋮﹂
わいがもらってこようかな⋮﹂
⋮なんや、うまいなこのコロッケ
!?
!
︵母娘にしか見えないけどなぁ⋮ふふ︶
116
?
!
!
﹁石材が届いた
﹁あ∼腹一杯や﹂
島風
﹂
おおーい
﹂
﹁うおぉ⋮流石にはやいな
まさに風やな﹂
﹁噂の島風ちゃんか
一瞬見えたあの特徴的なリボン、あれは⋮
横を一陣の風のようなものが駆け抜ける
ビュンッ
﹁おう、じゃあ俺も上がる⋮﹂
あ、あと一周走ったらあがるわ﹂
食い過ぎたなこりゃ
﹁⋮う、気持ち悪ッ⋮
交代前に体をあっためてるんだよ﹂
﹁今日仕事始めの人が結構いるからな
﹁⋮今日は結構走っとるな﹂
食後の運動で鎮守府裏の運動場で走っている
僕達二人は朝の点呼、朝食を終え
厨房の気合が違かったな﹂
﹁今日は鳳翔さんがいたから
!
?
こちらの声に気づいたようだ
﹂
ものすごい勢いで戻ってくる
ずざざざっ
﹁やっ
お兄さん達も走ってるの
﹁食後の運動ってやっちゃ﹂
﹁そういうこと﹂
﹁ふーん⋮おっそーい
?
!
117
!!
!!
もうだいぶ先にいたが
!
!
ププー
﹂
﹂
﹂
﹁そりゃお前に比べられちゃあなぁ⋮﹂
﹁調子はどうや
﹁うん
﹂
今日も島風は一番だよ
﹁おろ
﹂
今日は一緒とちゃうんか
﹁連装砲
﹁天津風のとこにいるよ
!
?
お前さん連装砲は
!
﹂
!
﹂
!
活躍できんと思うわ
今後も期待しとるで
﹁当然
﹂
﹁そうやな、あれもお前のとこじゃなきゃ
すごくて当たり前だよ
島風の連装砲ちゃんは大事な相棒だからね
﹁ふふーん
もうわけ分からんわ﹂
その補給の仕方も口からモグモグゴクゴクや
一応使用する弾丸や燃料はうちらので互換可能やけど
完全にオーバーテクノロジーや
﹁やろ
﹁す、すごいことじゃないかそれ
サポートにまわったりしてくれるんや﹂
﹁簡単な話が自分で考えて攻撃したり
﹁自立型の移動砲台⋮﹂
通称﹃連装砲ちゃん﹄ゆーんや﹂
島風や天津風とかが装備しとる自立型の移動砲台や
⋮あぁすまん、連装砲はな
前提としたものやからなぁ
﹁そりゃあれは海上での使用を
走ってる時はついて来れないからさ﹂
!
?
!
!
118
!
?
?
?
?
?
!
じゃああと20周走ってくる
ビュンッ
﹁おぉ、はやいはやい﹂
⋮⋮
﹁林田さんがなぁ
わしにも一冊くれんかな
﹁⋮借りるつもりなら
﹂
じゃね
ここにいたら邪魔になるしな﹂
﹁じゃあ、俺たちもはやく抜けるか
!
﹂
!
﹂
届きましたか
﹂
﹂
!
50種類ほど送っていただきました
﹁西川さん
⋮はい、どうもお疲れですー
間違いないです⋮ここにサインですね
﹁ああ、はい
⋮⋮
⋮お
﹁自信がないならやめとけよ
情報探索能力は馬鹿にできんからなぁ﹂
⋮でも駆逐艦どもの
﹁わあってるって
彼女達の手の届かないとこに置けよな﹂
?
?
厚さ3センチの板にカットしてあります﹂
﹁じゃあ早速⋮グッ
ウニニニニッ
⋮あぁ、重いですね⋮﹂
!
⋮お、おもてぇ∼⋮﹂
!?
なるほど、これはキツイ﹂
どうせなら3階まで運んでくれないかなと思いましたが
﹁郵便課の人が三人がかりで運ばれてましたよ
⋮ハァッ
!!
﹁どれ⋮グヌヌヌヌヌッ
⋮グァッ
!
119
!
20センチの正方形型
﹁えぇ
!
!
!
!!
!
!
!
まるで動く気配がしない⋮
﹂
仕方ない、三階まで三人で⋮
﹁お困りかな
﹁んぁ
⋮嬢ちゃん⋮だれやったっけ﹂
﹁⋮見たことない子ですね⋮
もしかして新しい艦むすの方ですか
﹁ここが始まってからおるわい
ほれ、どいたどいた
これも我輩の未熟さ故か⋮まぁいい
この鎮守府にまだ我輩を知らぬものがおるとはな⋮
⋮むぅ
﹂
振り返ると不敵に笑うツインテールの女の子が立っていた
後ろの方から女性の声が投げかけられる
?
﹁ちょ
それ本当に重いですよ
﹂ひょい
あなたみたいな人が⋮﹂
﹁何か言ったか
﹁ひ、一息で⋮
﹂
﹁あ、ありがとうございます
﹁ひょう⋮えらいこっちゃ﹂
!?
!
その名も利根である
よく覚えておくといいぞ
﹂
我輩は利根型重巡のネームシップ
﹁ふふふん
できればお名前をお教え願えますか
﹂
失礼ですが僕は最近ここに配属された新米でして
!
両手で軽々と重いダンボールを持ち上げる少女
?
?
我輩がその重そうな荷物を運んでしんぜよう∼﹂
!
!
!
!
?
120
!
?
?
!
﹁重巡 利根のカタパルト﹂
﹁カタパルトの不調⋮ですか﹂
﹁うむ、そうなのじゃ
我輩は船の頃はよく覚えていないが
多分その頃の問題を引き継いでしまったのだろう
何かにつけてガタがきてな∼
最近はほとんどドックに入り浸りじゃ
おかげで戦果が乏しくて妹に顔がたたん⋮﹂
﹁⋮重巡に艦載機を載せる計画はうちにもあったんやけど
あれはなにぶん高度な計算と設計が必要やからな
あちらの方じゃとっくに実現してたってことかいな⋮﹂
﹁狭い滑走路で飛行機を飛ばすための機械⋮であってるのか
﹁大体あっとるわ
最近の北方や遠い東の国なんかじゃ
﹂
もうすでに戦艦や巡洋艦に水上偵察機を載せるのは当たり前なん
﹂
やけど、あれは釣竿で水面におろしてから飛ばすアナログな方法やか
らなー﹂
﹁もちろんそっちでも問題ないのだ
事故も少ないしな
だが⋮なんか聞いただけでも面倒くさそうであろう
﹁たしかに⋮﹂
﹁我輩もカタパルトの技術提供を求められたが⋮
出せんのだ﹂ガチャッ
﹁仕方ありませんよ﹂
﹁人に教えてもらって作るなんて技術屋としては
嫌な話やからな
血反吐吐いても自分らで作って見せますわ﹂
﹁⋮うむ
ふふ⋮ひとつ、覚えていることがある﹂
121
?
如何せんこんな⋮ちまこくなってしまったら思い出そうにも思い
?
﹁え、なんです
⋮⋮
﹁ここです﹂
﹁ほぉ⋮﹂
﹂
﹂
﹂
﹁なんや、もうほとんどできとるやないけ﹂
﹁沙苗、足元気をつけろ
そこは昨日糊付けしたばかりのところだ﹂
﹁おうっ
﹁いいのう、すごいのう
﹂
﹂
﹁我輩を作った者達もお前と似たようなことを言っていた自分の仕事
に誇りを持った連中だった﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮まぁそいつらが手抜きをしおったせいで
今度文句をいってくれるわ
わしが今戦場に出られんのも事実じゃがの
まったく
﹁逞しい人だな⋮ははは﹂
﹁⋮で
我輩にいつまでこれを運ばせる気じゃ
﹁あと1階上ですわ
ほんま、すんまへん﹂
!
我輩はこれでも力仕事という奴が嫌いではないぞ
﹁気にするな
!
外のお店はみなこのようになっとるのか
﹁え
?
!
見えますが﹂
﹁我輩は外に出たことがないからのう
﹂
!
!
ここに店ができると聞いて楽しみにしておったんじゃ
﹁⋮そうですか﹂
﹁楽しみじゃ楽しみじゃ
!!
122
?
そーいうのはもうチョイはやく言えや⋮﹂
!
!
!
!
?
?
えぇまぁ⋮少しこちらの方が外の文化を入れているので目新しく
?
筑摩も連れてきてやらんとのう⋮
﹁⋮おい﹂
﹁⋮なんだよ﹂
﹁絶対いい店にしろよ﹂
﹁言われずともそうする﹂
﹁⋮おい
﹂
わしはいつまでこれを持っておればいいんじゃ
肩が凝ってきたぞ⋮﹂
﹁あ、ああすいません
﹂
じゃあ⋮その木箱の上にお願いします﹂
﹁うむ
わかったぞ
ガチャガチャ
﹁工場の方に余った人員はいないか
床の準備もあるが、他にも色々と人が欲しいんだ﹂
﹁わしらもギリギリでまわしとるからなぁ
!!
流石に今から二足の草鞋ってわけには﹂
﹂
﹂
ガシャアアァンッ
﹁ウォッ
﹁ナンッ⋮
﹂
﹂
!?
﹁⋮す、すまん⋮やってしまったのじゃ⋮﹂
﹁怪我は
﹁利根さん
﹁⋮あ、あぁ﹂
⋮⋮パラパラ
!?
!?
!?
123
!
?
!
!
?
!
!
﹁お姫様抱っこ﹂
﹂
﹁怪我はないかと聞いとるんじゃ
怪我ないか
﹁う、うむ⋮我輩は大丈夫
⋮だが﹂
﹁木箱が箱の重さに耐えられなかったのか⋮
すいません利根さん、危ないことを⋮
⋮僕の責任だな﹂
﹁ち、違う
我輩がちゃんとゆっくり置いていればこんな
﹂
﹁利根さんのせいじゃありませんよ﹂
﹂
中身はなんだったんじゃ
﹁立てるか
﹁中身は
﹁そ、それはな⋮﹂
﹁何か大事なものだったんじゃろ
﹂
﹁利根さん﹂ポン
﹁⋮⋮
ただの石です﹂
﹁⋮
そうや、ただの石ころや
なんだってそんなものを
だから気にすることあらへん﹂
﹁石ころ
う、嘘だ
﹂
﹂
あんな大きな音じゃ⋮中身は⋮我輩は⋮ぐ⋮﹂
!?
﹁⋮しらん﹂
を作る装飾技法です
⋮僕は一度それを海外で見たことがありますが
124
!!
?
!
?
﹁モザイクというのは、小石やガラスの欠片、砕けた石などを使って絵
﹂
!
?
!?
!!
!?
?
﹁⋮安心してください
?
﹁利根さん、モザイクアートって知っていますか
!
!
びっくりするほど綺麗なんですよ
﹁じ、じゃあこの箱の中身は⋮﹂
﹁はい
⋮ほら、ただの石ころですよ
結構手間なんですよ
﹂
金槌でくだくの﹂
もっと鮮やかなモザイクが作れるようになりました
⋮むしろ利根さんが落としてくれたおかげで
﹁だから気にしないで
﹁⋮石じゃ﹂
石材店から出た廃材を頂いたんです﹂
?
﹁泣いてなどおらん
こ、こまったなもう﹂
﹁な、泣かないでくださいよ
⋮
よかった、我輩⋮また皆のじゃまをしたのかとおもった⋮﹂グシッ
﹁そうか⋮ただの石じゃったか⋮
?
⋮フツー顔に石投げるかぁ
﹁うるさい﹂
﹁あで
?
﹂
﹁これくらいの手間だったらいつでも
手間をかけてすまんかった⋮﹂
⋮大事なかったとはいえ
﹁む、無論じゃ
これからも手伝ってもらいますよ
﹂
利根さん、ここまで付き合ってもらったからには
﹁僕は寺田、寺田市之丞といいます
⋮まだお前の名前を聞いておらんかったな﹂
﹁⋮ありがとう
﹂
こいつは女の子の涙にゃ滅法弱いんや﹂
﹁泣いたれ泣いたれ
⋮ちょっと安心しただけじゃ﹂
!!
!
⋮腰が抜けちゃいました
?
?
!
!
125
!
!!
﹁う、うううるさいッ
﹂
安心したら、足に力が入らんのじゃ
﹁ようあるようある
手ェ貸したれや﹂
﹁うん
ほら、手を貸して﹂
﹁⋮ふん
﹂ガリッ
足元見んかい
別に一人で⋮﹂
﹁ば、馬鹿
﹁へ
ぬわぁっ
ボスッ
﹂
﹁⋮足に力が入らないのを忘れたんですか
﹁平気じゃ
﹁だめです
平気じゃからおろしてくれぇ
﹁ええぞーやれやれー﹂
﹁ば
やめろぉ
﹂
﹂バシバシ
!
!
こんなところ誰かに見られたら
!!
﹂
危ないから入り口まで連れて行きます﹂トコトコ
!!
!?
こんなところで顔から転んだら大怪我しますよ﹂
﹂バシバシッ
!
﹁⋮
⋮⋮
!
﹁あだだだ
だから足元
靴飛んでますよ
提督にもこんなことっ
離せェ
は、離せ
ば、ば、ばばば馬鹿者
⋮⋮⋮
?
この石ころだらけのところ裸足で歩く気ですか
!!
!
!!
!!
!?
!
!!
!
126
?
!!
!
!!
!
!
!!
!?
?
!
⋮
﹂
﹁あ、利根姉さん﹂
﹁あ
﹁あ、どうも﹂
﹁い﹂
﹁え
!
﹂ダダダダダダダダッ
﹂ドゴォッ
﹂
﹂
!!
グボォアッ
利根姉さん
﹁イギャアアアアアアァ
﹁ちょっ
﹁なんやなんや
!?
⋮なんでこいつか鼻血出して倒れとるんや
利根のやつは
127
?
﹁姉さんってば⋮もう﹂
?
!?
!
!!
!?
"
?
﹁モザイク画﹂
﹁はい、私が利根の妹の筑摩と申します
⋮利根姉さんがとんだご迷惑をおかけしました﹂
﹁ええですよ
助けてもらったのは、むしろこっちなんやし﹂
﹁はい、ここまで運ぶのは
﹂
僕達ではだいぶ骨が折れたでしょうから﹂
﹁⋮鼻、大丈夫ですか
﹂
正直言うと本当に骨が折れてるんじゃないかってくらい痛いが、泣
き言は聞かせるものではない、うん
﹁生来痛みには強いのです
こんな傷今日中に治ってしまいますよ﹂
﹁⋮本当に利根姉さんったら
なんであんなことしたのかしら⋮
あんなにお姫様抱っこに憧れてたのに﹂
﹂
﹁その憧れのお姫様抱っこを他にして欲しかった人が
いたんちゃいますか
﹁⋮うぅ、いたたまれない﹂
﹁⋮どうしてあぁなったのかは大体検討がつきます
利根姉さんったら靴を忘れちゃって⋮
⋮何か姉さんがしでかしてしまったのではありませんか
﹁いいえ、なにも﹂
﹁手伝ってもろうただけですわ﹂
﹁⋮そうですか
ありがとうございます
⋮では、私はこれで﹂
?
!
﹁利根さんによろしくお伝えください
助かりました、と﹂
﹁よろしくたのんます﹂
﹁はい、ではまた﹂
128
?
?
⋮⋮
﹁ありがとうございますやて⋮
ありゃあ、なんとなく気づいとるな﹂
﹁⋮勘のいい子なら気づくかもしれないな
﹂
ちゃんとみれば原型をとどめてるものもある﹂
﹁あれはナイスフォローやったと思うで﹂
﹁⋮利根さんも気づいてたんじゃないかな﹂
﹁それはないとは思うで
あの口調やし、何より安心した顔やったろ
﹁⋮ならいいけど﹂
﹁問題はあれやな
⋮モザイク作らなあかんくなってしもうたことやな﹂
﹂
﹁とっさに割れた石をごまかすにはそれしか思いつかなかったんだよ
⋮
一回見たことがあるのは確かだけど
﹂
作るとなるとなぁ⋮﹂
﹁結構難しいんか
ちょっとやそっとじゃできないんじゃないかな﹂
﹁別の意味で石とにらめっこする日になりそうやな
﹁まぁね﹂
﹁⋮はぁ
﹂
仕事終わったら手伝いにきたるわ﹂ボリボリ
﹁いいのか
ごまかすにはいろいろ方法があるやろうけど
取り敢えず返品したことにしとくか
?
﹁あのペタンコの整備なんぞパパッと終わらせたるわ
すまないな﹂
﹁⋮なるほど、そうなるか
⋮作業するのは実際このこと知っとる俺とお前だけやで﹂
?
129
?
?
﹁まあね、ちゃんとした絵に見えるようにするには
?
﹁⋮割れた石どうみんなに説明すんねん
?
⋮あんまり夜遅くまでは付き合えんぞ
それだけはゆーとくわ﹂
﹁うん⋮ありがとう﹂
﹁⋮けッ、こっちのもんはすぐそれや
﹁はいよ
その子にちゃんとお前の整備は楽しいってアピールするんだぞ
あ、おい
いいか
後片付けは任せたからな﹂
﹁⋮んじゃ、俺は仕事いくで
﹁いいんだよ、ありがとう﹂
男がそうやすやす礼いうもんやないで、おい﹂
?
﹂
﹂
130
!?
﹁でっけぇ声で恥ずかしいことを抜かすな
!!
!
!!
﹁生真面目
な不知火﹂
さて、どうするか
小石の散らばる室内を念入りに掃きながら
考えを巡らせる
⋮があまりに突然の路線変更だったので
考えてもあまりいい考えが浮かばない⋮
﹁モザイクかぁ⋮
幼稚所の貼り絵を思い出すなぁ﹂
皆にはあまりモザイク絵を作ることを知られたくない
なぜならみんなお試しの石材が今日届くことを知っており
そんな中突然砕けた石でモザイクを作るなんてことを伝えたら、下
手に勘ぐられて利根さんがそれに気づき傷ついてしまうかもしれな
い。
それだけは絶対に避けたい
⋮とりあえず今日一日は何もすることがない
部屋には床を入れない限りは、ものをいれることは出来ないし、壁
紙は床に合わせて変えるので床を決めない限りは下手に内装に手は
出せないのだ。
﹂
﹂
﹁⋮どうしたものか﹂
﹁何がです
﹁ウワァイッ
気づかぬうちに真後ろに誰かいたようだ
﹂
人が入ってくるのに気づかないほど考えこんでたのか⋮
﹁き、君は
﹁緒形司令の秘書を担当しております
﹂
陽炎型二番艦、不知火と申します﹂
﹁あ、し、失礼しました
寺田市之丞二等兵であります
﹁はい、存じております﹂
﹁は、はぁ﹂
!
!
131
?
!?
?
?
﹁⋮﹂
﹁⋮
﹂
⋮⋮
⋮
﹂アセアセ⋮
﹁⋮﹂ジー
﹁⋮
﹂
﹁普通ですね﹂
﹁⋮は
﹂
?
そして無言でお盆を渡され
無言で並ばされ
無言で配膳を受け
無言で席に着き
無言で食事をとっている
﹁⋮﹂チラッ
﹂
﹁⋮﹂もぐもぐ
﹁⋮
思わず首をかしげる
﹂
﹁⋮カレイ﹂
﹁⋮はい
やっと口を聞いてくれた
﹂
無言で食堂に連れて来られた。
僕はあのあと、この不知火という子に連れられて
なんなんだろう
﹁⋮﹂⋮モグ
﹁⋮﹂モグモグ
ガヤガヤ
⋮⋮
﹁⋮はぁっ⁉
これから5時間ほど、あなたの身体を拘束いたします﹂
﹁提督の命令でお迎えにまいりました
?
﹁カレイはお口に合いませんか
?
?
132
?
?
?
?
?
﹁え
あ、あぁ
いえ、カレイは好きですよ
母がよく煮付けにしてくれました﹂
﹂
わ、私は⋮﹂
﹁⋮﹂⋮コクリ
⋮あんみつ、どうでしょう
﹂
﹂
私の地元でもよく仲間と食べに行きました
﹁女の子で甘いものが嫌いな子はいないと聞きます
﹁え
﹂
﹁その割りには箸が進んでらっしゃいませんが﹂
﹁あ、その⋮すいません﹂
﹁⋮﹂もぐもぐ
どうしろと
﹁は、はい
⋮⋮
﹁あ、いらっしゃいませ
⋮って、あら
⋮と不知火ちゃん
﹁お久しぶりです間宮さん
﹁うふふ
﹁あ、そうですか
じゃあそれを⋮二つで﹂
⋮じゃあ別のにします
﹁不知火は結構です﹂
﹁へ
﹁不知火は⋮結構です﹂
?
⋮じゃあ、あんみつにしましょうか
﹁⋮ふむ
﹂
今の季節なら草餅が美味しいですよ
何か食べていかれます
﹂
﹁⋮あと2.3分で次へとまいります﹂
!?
相変わらず盛況ですね⋮﹂
!
寺田さん
!
!
?
?
?
!
!
!
?
!
?
133
!
?
?
?
⋮⋮
﹂
﹁どうしてですか
﹁⋮何がです
﹂
﹂
?
﹁そうでしたか⋮﹂
﹁⋮﹂
﹂
﹁草餅は美味しかったですよ
あんみつはいかがです
﹁⋮何分初めてなもので
﹁⋮
﹂
﹁⋮﹂
やはり、甘いものは疲れている時が一番美味しいですね﹂
?
﹁そうですか⋮
⋮あ﹂
⋮一口いただいても
﹁え
﹂
どう言葉で表せばいいのかわかりません﹂
?
?
鎮守府内を案内しろとの指示でした﹂
﹁⋮そろそろ疲れが出る頃だろうと
具体的にはどんな指示を
﹁提督の指示だと聞きましたが
?
﹂
﹁⋮美味しいです﹂
﹁⋮はい
!
134
?
﹁うん、美味しいです
﹁⋮﹂
﹁⋮では﹂
?
?
﹁艦むすとして 人として﹂
﹁不知火って名前
僕はとてもかっこいいと思いますよ
﹁そうですか﹂
﹁幼いころにあこがれた英雄譚に
﹁そうですか﹂
﹁⋮不知火さんは駆逐艦でしたよね
僕たちは今、不知火さんの案内で
﹂
何分言葉数が少なく、話のタネに事欠いてきたところだ
⋮のはいいのだが、この不知火という少女は
談話室に来ている
﹂
子供ながらに胸が高鳴ったのをよく覚えています﹂
そのような名前の方が出てきましてね
?
﹂
手持ちの茶も少ないが⋮そう何回もお茶を取りに逃げることはで
きないだろう
﹁ええ、それがなにか
﹂
子供っぽい連中ばかりなので﹂
﹁⋮不知火に落ち度でも
ま、まずい
?
驚いたのです﹂
﹁そうですか﹂
⋮またそっぽを向かれたしまった⋮
﹁⋮僕としては子供はよく笑ったほうが好ましいですがね﹂
﹂
そういうと不知火はとても驚いたような顔をした
﹁し、失礼しました
何か気分を害しましたか
?
!
135
?
﹁いえ、僕の周りにいる駆逐艦はなんといいますか、その⋮
?
不知火の目に鋭いが、重く鈍い光が宿る
?
怒らせてしまったか
﹁ま、まさか
!
こんな小さな子がとてもしっかりしているので
!
﹂
﹁⋮いえ、全く同じことをある方に言われたので﹂
﹁え
﹁⋮
﹂
不知火は艦むすです、人としてここにいます
わりません
不知火のしてきたことだけでは⋮それでは船だったころと何も変
﹁⋮わかっていました
だがこの子は本当に⋮心から笑うことのできない子なのだろうか
残酷だが、正しい
﹁⋮﹂
人に本心から好かれることはないのだと﹂
いつか心から笑えるようになるまで
⋮ですが同時に言ったのです
﹁提督はそんな不知火を許しました
発せられる言葉には、悲しさが宿っていた
不知火の口は淡々と話しているが
でも、笑えと言われて、命令されて、できなかった⋮﹂
今まで、命令されればすべて完璧に近い形でこなしてきました
⋮笑えと
﹁そんな折、提督が言ったのです
なんて悲しい顔をするんだ、と思った
﹁⋮﹂
提督の秘書という立場になっていました﹂
それだけを考え行動しているうち
⋮いかに効率よくみんなを支え、導き、戦うか
物事について考えさせられることが増えました
⋮人間という身になってから
﹁不知火はこの体になってから
﹁はい
⋮⋮どうすればいいのでしょう﹂
?
⋮そのはずなのに﹂
136
?
⋮絶対にそんなことはない
この子は笑える、そのための心を持っている
﹁⋮人に好かれる笑い方とは
どうすればできるものなのでしょうか⋮﹂
⋮うつむき加減にそうつぶやく彼女の横顔は
冗談ではなく、本当に笑うということがわからない
そう言っているような気がした
⋮⋮
﹁⋮私の家はですね﹂
﹁⋮え﹂
﹁山を背にした古民家だったのですが
寒くなるとですね、居場所を失った野生動物が山を下りてくるので
す
137
シカやイノシシ、ハクビシンに狸
!
それはもう祭りのようでして、一日中、屋根裏部屋で巣作りの音が
響いていました﹂
﹁⋮あの⋮﹂
﹁僕が6歳のころのちょうどそんな時期
僕は友達と川に寒中水泳に行ったのですが
調子に乗って裸で家まではしって帰ったのです
⋮木枯らしが肌に刺さるようで、寒いというより痛くて
今考えるととんでもない話ですが、いやはや
若いというのすごいです﹂
﹁⋮﹂
﹁その日の夜のことでした
⋮案の定、体を冷やしてしまい
腹を下しまして⋮
夜中に何度も便所と部屋を往復したのを覚えています
便所は離れにあるのですが、これがまた暗くて
怖いのなんのったらなかったですよ﹂
﹁⋮﹂
!
﹁もう何回か往復した時でした
便所で気張っていたところ、みしみしと真上で音がするのです
⋮僕はそんなことは気にせず気張っていたのですが
﹂
不意にぱっと明かりが消えましてね﹂
﹁⋮
﹁驚いて飛び出そうとしたのですが
ひどい話ですよ、ドアノブがぽろっととれちゃいまして﹂
﹁⋮﹂ジロッ
﹂
﹁ははは、そんな顔をしないで下さいよ
これは怪談話ではありませんよ
﹁⋮別にそんなこと﹂
﹁ふふ
上でみしみしと音がしていて
それでですね、そんなことをしてる間にも
?
もうこわくてドアをたたきながら助けを呼ぶのですが
離れなので届くはずもなく
ただただ泣き叫んでいました﹂
?
﹁⋮﹂ふむ
﹂
お、結構興味出てきたかな
﹁次の瞬間です
﹂びくっ
バリバリバリーッ
﹁
!!!
もう、渾身の力で叫びましたよ
振り返っても真っ暗で何も見えない
しかもなにやら背中でもぞもぞうごめいてる﹂
﹁⋮あの﹂
﹁火事場の馬鹿力といいますか
渾身の力で木の扉を蹴破って母屋に走ったのですが
その間も背中でもぞもぞしてるんです
母屋の扉を開けると音で起きたのか母が心配そうに立っていまし
138
!
﹁⋮と後ろで大きな音が鳴りまして
!!
てね
思わず飛びつきましたよ﹂
﹁⋮﹂
お化けがいるんだよぉ
﹁もう下はいろいろと漏らしてひどいことになっていました
とりあえず母に背中にお化けが
ついて
みてもらったらですね⋮﹂
﹁⋮﹂
と泣き
!
すが﹂
﹁⋮﹂
﹂
﹁ハクビシンは人にはなつかないのですが
そいつには妙になつかれちゃいましてね
父にベンと名付けられて飼ってしまいました
⋮ベンなんて嫌味ったらしい名前だとおもいません
﹁⋮﹂
﹁⋮面白くなかったですか
﹁⋮﹂
﹂
﹁そうですね⋮ほかには⋮﹂
﹁⋮どうして﹂
﹁え、なにがです
﹁どうして、不知火にそんな話を⋮
﹁⋮やっぱり面白くなかったですかね
?
﹂
やはり笑い話にするには無理がありましたかね⋮﹂
すが⋮
﹂
ううん⋮けっこう僕にとっては生涯の汚点でもあったりするので
?
?
便所に落ちたハクビシンを助けるために⋮まあこれ以上は控えま
⋮翌日なんてひどかったですよ
どうやら子だくさん過ぎて板がもたなかったんでしょう
﹁便所の屋根裏でハクビシンが巣を作っていたららしくて
﹁⋮え
﹁なんと、背中のお化けの正体は,ハクビシンの赤ん坊だったんです﹂
!
?
?
139
!
?
そうですね⋮ぼくはあなたと友達になりたいんです﹂
﹁⋮どうしてそんな
不知火なんて⋮﹂
﹂
﹁不知火さんはきっと怖いんです﹂
﹁⋮え
﹁笑わない自分が友達になったところで⋮とか
人とうまく話せない自分が⋮とか
そんなことばかり先に出てしまう
そんなことではいつになっても
人に好かれる笑いなんてできやしません﹂
﹁⋮﹂
﹂
﹁笑うことはそこに誰かいなければ一生できないことなんですよ
﹁⋮﹂
﹁笑うことは無理矢理にすることじゃありません
でしょう
恥ずかしかったら僕でも構いません﹂
﹁⋮
⋮グスッ
⋮⋮エグッ﹂
﹁⋮泣けるなら笑えます
﹂
140
仲間、友、家族と接するうちに自然に身につくものです
無理に笑おうとしないでいいんです
⋮提督のそれはきっと命令ではありません
人は根で、作り笑いと本当の笑いをわかるものです
あなたが心から笑う時、きっと仲間や友がそこにいます﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮失礼かもしれませんが、まずは僕から始めてみませんか
﹁⋮﹂ぎゅ
﹁まだ子供なんですから
何から何までため込んでどうしますか
?
提督だってきっとあなたのことを心配して今回のことを任せたの
?
?
提督だって喜んで胸を貸してくれるはずです
仲間だってあんなにたくさんいるじゃないですか
みんなそんなに薄情な方たちだと思っているんですか
﹁そ、そんなことっグス⋮ないッひぐ⋮
でも⋮私なんか⋮﹂
﹂
141
﹁勇気がないのならつけましょう
大丈夫、不知火さんは強い人です﹂
?
﹁お嫁騒動 不知火はお姉さん﹂
まさかあのまま2時間もぶっ続けで泣きつかれるとは⋮
いやはや⋮そうとうため込んでたと見えるな
﹁⋮スー⋮スー⋮﹂
﹁子供⋮か﹂
泣き疲れて寝てしまわれた時はどうしようかと思ったが⋮
今日一日お世話になったしな
⋮ここか
コンコン
﹃はーい﹄
?
ガチャ
﹂
﹁どちら様でしょうかー⋮ってあれ
本当にどなた
﹁突然申し訳ありません
寺田市之丞ともうします
ご相談があって参ったのですが
﹄
﹂
お客さんや、男性の
ガチャン
はよ来たほうがええよ
タタタタッ
何か御用
﹂
﹁はい、私が陽炎ですけど⋮
!
﹁寺田⋮ああっ
陽炎型の⋮そうでした
﹁⋮え
雪風がいつもお世話になってます
!!
﹁寺田さんやて﹂
?
﹂
﹂
142
?
陽炎型一番艦の陽炎殿はいらっしゃいますでしょうか﹂
﹁陽炎殿
誰
⋮姉ちゃん
﹃え
!
?
!?
﹁うちにもわからん∼
!
!
!!
!! !
!
?
﹂
雪風にはいつも助けれています
雪風のお姉さんでしたか
こちらこそ
中に上がって
﹁やんちゃな妹でごめんね
どうぞどうぞ
﹁あ、いいえ
今回はすぐにお暇させていただきます
﹂
この子を送りにきただけですので⋮﹂
﹁⋮スー⋮スー﹂
ぴたっ
⋮⋮
⋮⋮⋮
⋮なんだ
固まっちゃったぞ
がばっ
﹁し、不知火ちゃん
み、みんなぁ
え
﹂
﹂
話し疲れて眠ってしまわれたようで﹂
﹁一日⋮お世話に
﹂
﹂
こうして伺ったのですが⋮お邪魔でしたでしょうか
﹂
陽炎型の保護者のような立場にいらっしゃると聞いて
﹁ええ、話を聞けば陽炎殿が
話し疲れた⋮
﹂
不知火姉さんがえらいことじゃ
ダダダダダダッ
﹁え
こんな
う、うちの不知火がなななななにを⋮
どどどどうして
﹁ああいやその⋮
!!
ちょっと今日一日お世話になったのですが
!!??
?
143
!
﹁ど、どどどどどどどういうことでしょうか
!!
!!!
!
?
﹁し、不知火姉さんが⋮
!?
!!
?
!
!!
!
!
!
!
!!
!? !?
!!
?
ガチャ
バタン
ダダダダッ
﹂
﹁姉さん私ちょっと小豆ともち米買ってくる
﹂
ちょっと失礼します
﹁おっと⋮
﹁姉ちゃん
くぅーッ
﹂
ウチ、近くの寺に行って予約してくるわ
たまらんなあ
﹁私は白無垢の発注に行ってきます
大丈夫、サイズは頭にはいってます﹂
ドドドドド
﹁えっ
⋮え
﹂
﹁まかせた
﹂
!
私は今すぐこの子のお色直しをッ
ちょっと失礼します
﹁は⋮
﹂
﹂
﹂
144
!!
ああすいません、お願いします
お色直し
すっ
﹁ささ上がって
﹂
さあさあさあ
上がって
﹁あ、いえ
あの⋮﹂
﹁あがれッ
﹁ひぃッ
﹁今日はめでたい日だー
⋮
⋮⋮
!!
!!
!!
!!!
!!!
!!!
!! !!
?
!
!!!
な、何がどうなって⋮﹂
!
!!
!!
!! !!
!! !! !
!!
!? !?
?
﹁⋮﹂
﹂
﹂
﹁姉さん説明をしていただけますか
﹁⋮ははは﹂
﹁初風ちゃん、その赤飯は何です
﹁⋮うぅ、だって﹂
﹁黒潮ちゃん、このお坊さんはどなたですか
﹁ほっほっ﹂ニコニコ
なぜここに
﹂
どこから持ってきたんです
﹂
?
﹁⋮姉ちゃん⋮この人は⋮その、なんや﹂
﹁浜風ちゃん、この白無垢はなに
﹁⋮そのぅ﹂
﹁ま、まあまあ⋮﹂
﹂
﹁あなたは黙っていてください﹂ギラッ
﹁はい
⋮エライことになってしまった
﹂
145
﹁なんで私は化粧されているのです
﹁そ、それはお姉ちゃんがね﹂
﹁わかっています
誰が、ではありません
どうして、化粧をされているのかと聞いているのです﹂
﹁⋮だって﹂
﹁だってではありません
なにを勘違いしたのか知りませんが
寺田さんにご迷惑をお掛けしてどういうつもりですか
﹂
⋮雪風たちがまだいなかったからいいものを⋮
﹁言い訳は聞きたくありません
姉さんのあの姿みたら⋮﹂イジイジ
﹁じゃって⋮うちかて
あなたのおかげでみんなが勘違いしてしまったのでしょう﹂
﹁もうすこし頭で考えてうごきなさい
!!
﹂
⋮浦風
!
ごめんなさいぃ
﹁ひぃん
!
?
?
?
?
?
?
!
妹という立場とはいえ
彼女たちよりおおきいあなたたちがしっかりしなくてどうするん
です﹂
﹁﹁﹁﹁ごめんなさい⋮﹂﹂﹂﹂
﹁私に謝ってどうしますか﹂
﹁不知火さん、それくらいに⋮
これもあなたを思ってのことですし⋮﹂
﹁内容に悪ふざけがすぎます
もし本当にあなたたちが思っていたような事態だったら
私はあなたたちを許しませんよ﹂
﹁﹁﹁﹁はい⋮ごめんなさい﹂﹂﹂﹂
﹁⋮寺田さん、ご迷惑をお掛けしました
146
姉や、妹たち
﹂
?
ひいては私の無礼もお許しください﹂
気にしないでください
﹁気にしないでください
﹁開店するときは是非遊びに来てください
﹁⋮えぇ、まあ﹂
それよりも、僕が酒保をやろうとしているのはご存知ですか
!
後日改めてご挨拶に伺います﹂
﹁本日はいろいろとご迷惑をお掛けしました
⋮
案外僕が心配するほどの子ではないのかもしれないな
⋮この子も立派なお姉さんか
﹁﹁﹁﹁⋮はい﹂﹂﹂﹂
⋮あなたたちはそこで正座して待機なさい﹂
玄関までお送りします
﹁時間をとってしまいすいませんでした
こちらこそ、誤解させてしまってすいませんでした﹂
!!
﹁﹁﹁﹁すいませんでした⋮﹂﹂﹂﹂
﹁いえ
!!
すぐにわけを話さなかった私にも責任があります
!
﹂
﹂
﹂
いろいろと用意して待ってますから﹂
﹂
﹁はい⋮わかりました﹂
﹁では
﹂
﹂
ガチャ
﹁⋮あの
﹁
はい
﹁⋮ありがとう⋮ございました
今日はその⋮すっきりしました
それに⋮楽しかったです﹂
﹁⋮はい
今度は私からお誘いしますよ
﹂
またあんみつ、食べに行きましょう
﹁⋮はい﹂
﹁あと⋮お気づきですか
﹂
いま、笑えてますよ
﹁⋮え
﹁⋮﹂
⋮
﹁仲はよさそうだったわね﹂
﹁⋮なんでそんな人と姉さんが
三階でお店の設営やってる人や﹂
﹁しっとるで
﹁だ、だれなんだろうあの人﹂
?
﹁⋮もう膝しびれてきた﹂
﹁しっ
ガチャ
﹁﹁﹁﹁⋮﹂﹂﹂﹂
﹁⋮﹂
?
147
!
ガチャリ
﹁では﹂
?
!
!
!
!
!
?
﹂
ガチャ⋮バタン
﹁⋮あれ
﹁今日は怒らないのかしら
﹁ウチもう立っていい
﹂
陽炎姉さん﹂
⋮もうぶちつかれたぁ﹂
﹁⋮﹂
﹁どうしたの
﹂
?
﹂
あの子のあんな顔﹂
⋮お姉ちゃんも見たことないなあ
だから勘違いしちゃったのよねえ⋮
なんだかとてもいい寝顔をしていたの
﹁ううん、あの子
﹁不知火姉さんに怒られなかったこと
でも、今度あの人にお礼を言いに行ったほうがいいみたいね﹂
﹁初風⋮ううんなんでもない
?
﹁⋮お姉ちゃん
?
﹁⋮ちょっと悔しいかなって⋮思っちゃったのよ﹂
148
?
?
?
﹁ドイツの貴公子
レーベレヒト・マース﹂
陽炎さんたちの部屋を後にしたときは
もうすでに日は地平線の彼方に沈みかけていた
鎮守府の木目の廊下に紅の光が入り
時間がもうすでに夕刻を迎えていることを実感する
﹁⋮大変ではあったけど
なかなかに楽しい時間を過ごさせてもらったな﹂
ふとそんなことを口にしてみる
確かに、今日一日、ハチャメチャといえば簡単だ
⋮胸の芯が温かくなるような一日だったと考えれば
一日無駄になるはずだったところを
不知火さんに楽しく過ごさせてもらった、そう思える
この鎮守府についてまだ日は短いが
!
上官や同じ釜の飯を食う仲間たち
はじめは不安だった艦むすの人たちとも
そこそこよくやれているのではあるまいか
胸がときめくのを感じながら
靴の音を高らかに鳴らして廊下を歩く
⋮
気づけば曲がるはずの角を通り過ぎていた
⋮調子に乗るとすぐこれだ
周りが見えなくなる
声に出さずに自分を責めながら
下っ腹のあたりに軽い衝撃が走る
どうやら誰かにぶつかってしまったようだ
﹁ご、ごめんよ
考え事をしていて、周りが見えてなかったみたいだ
149
?
来た道を戻ろうと振り返る
﹂
﹁⋮んッ
!
﹂
﹁ひぶっ
!
ケガはないか
﹁イタタタッ⋮
うん、大丈夫
﹂
なんともないよ、オデコが少し痛いだけ
僕のほうこそ、ちゃんと前のほうを見てなかったみたいだ﹂
それに⋮白い髪
⋮相当小さな子だな
北のほうの人か
それに⋮どっちだ
﹁⋮大丈夫か
﹂
見た目と違って僕は結構丈夫だからね
お兄さんこそ、けがはない
僕、結構石頭だから⋮﹂
これは君の帽子だろ
﹁ふふ、大丈夫だ
⋮っと
﹁いや⋮誇りあるマリーンの帽子を
こんなのちょっと払えばすぐに取れるさ﹂
﹁気にしないで
やはり海外の⋮
これは帝国海軍の水兵の帽子じゃない
すまない⋮少しホコリがついてしまったな﹂
?
?
﹁うん、大丈夫さ
?
!
ケガはないのか
相当な勢いでぶつかってしまったろう
﹁本当にすまないな
どっちともとれるくらいに目鼻立ちの整った子だ
どうしたものか⋮顔を見てもどっちだかわからん
⋮ありがとう﹂
ダン⋮ゴホン
﹁う、うん
たてないなら手につかまれ﹂
?
声音で聞いてもよくわからん
?
?
!
!
150
?
?
!
汚してしまったこと、正式にお詫びする
申し訳ありませんでした﹂
﹁え⋮
﹁だからいいって
﹂
﹂
﹂
﹂
﹂
僕本当に気にしちゃいないから
⋮まるで提督みたい﹂
﹁え
﹁ううん、なんでもないよ
お兄さんの名前は
﹁レーベ⋮か、いい名前だ
ああ、うちは代々商人だから
へー⋮ふふッ
﹁⋮ふーん、そうなんだ
⋮なぜか子守を任されることもあったんだぞ
外の人とは接する機会が多くてね
﹁ん
僕の名前を聞いて﹂
﹁⋮驚かないの
なぜかレーベは驚いたような顔をした
そう返すと
よろしくな、レーベ﹂
僕の名前は寺田市之丞、階級は二等兵だ
!
レーベレヒト・マースっていうんだ
﹁僕の名前はレーベ
ニコッと笑って見せた
帽子を僕の手から奪い取り
そういうと、その子は
﹂
⋮もう⋮ふふ、変わった人だなぁ
!
この非礼はいつか必ずお詫びするよ﹂
﹁そうか⋮いや、すまないな
頭を上げてよ
いいんだよ別に
!?
そういうとレーベは笑った
!
!
!
!
?
151
!
?
!
?
!
?
?
⋮なんか変なことを言っただろうか
﹁ねえねえお兄さん
﹂
﹂
一発殴らせろくらいは覚悟していたが⋮それに
﹁何を言ってるんだ
さっき名前を教えてくれたし、僕も教えたろう
僕らはもう友達じゃないか﹂
﹁え
⋮そうか、そうなんだ
ふふふ、そっかー⋮﹂
⋮今度は嬉しそうにくるくる回りだした
そんなに僕と友達になったのがうれしいのか
⋮少し照れるな
﹁そうだぞ
僕らはもう友達だからな﹂
﹁⋮うん
?
!
やさしく手を握る
⋮本当にどっちなんだ
?
小さな手を傷つけないように
友情のあかしだな﹂
﹁うん、これからよろしくなレーベ
そういうとレーベはすっと右手を差し出してきた
?
海軍の帽子を汚すことは結構な⋮というか大分失礼に当たる
⋮驚いたな
﹁お兄さんに⋮僕の友達になってほしいんだ
いいぞ、どうしてほしいんだ
あぁ、帽子のことか
﹁⋮
さっきのこと、今返してよ﹂
!
?
帽子の件はもっと必要な時に頼んでくれ
?
ええと、その⋮ありがとう﹂
!
152
!
?
?
?
?
﹁レーベのニホン﹂
少し話を聞いてみると
レーべもこの鎮守府に来てから日が短いらしい
友人とはぐれ
﹁なんだ
﹂
レーべは風呂に入ったことがないのか
﹁し、失礼だな
﹁ん、まぁいいさ﹂
﹁それで
なぜ風呂なんだ
﹂
変な質問をした⋮﹂
﹁それはそうだな、すまない
失礼だったか
確かに今の質問は⋮ポッと口に出してしまったが
⋮肌が白いから赤くなるとすぐにわかるな
僕はこれでも綺麗好きなんだよ
﹂
ある場所を探してフラフラしていたらしいのだが⋮
﹁僕、お風呂に入ってみたいんだ﹂
お風呂
お風呂とは風呂のことか
⋮まぁ、当たり前か
?
だがどうしてそんなものを
?
いつもなぜか驚嘆の声をあげていたな
⋮いや、うちの風呂に入る外の人は
特別変わったところはないと思うがなぁ﹂
﹁ん、そうか
同盟⋮
ニホンの風呂には憧れててね﹂
しては気になる話だったのさ
﹁この国の風呂はニホンの風呂にそっくりだって聞いたよ、同盟国と
?
153
?
!
?
?
?
?
?
?
単にうちの風呂が立派だからと自負していたが⋮
案外、外の人にとっては広い風呂は
珍しく感じるのかもしれない
ニホンの風呂と似ているか⋮
どんな国だったんだろうな、ニホンという国は
﹁レーべはどんな国から来たんだ
﹂
この国の言葉も達者だし
さぞかし勉強したろう
﹁僕は⋮その
?
お前はニホンのことに詳しそうだな
﹁そういえばレーベ
だから
彼女達は自分たちの守った国に瓜二つの国を守ってくれているの
⋮因果な話だ
完璧に一緒、一致するらしい
ニホンと帝国の言語はほぼ、というか
不思議な話だが⋮
﹁それは⋮そうだな﹂
⋮また一から勉強しなくていいからね﹂
﹁この国もニホン語を喋るみたいでよかったよ
⋮そんなに遠い国なのか、ドイツは
レーべはそういうと少しさみしそうに笑った
それはちょっと⋮嬉しいな﹂
﹁そうかい
素敵な響きの国だな﹂
﹁ドイツか⋮聞いたことはないが
日本語は⋮うん、大変だったよ﹂
ドイツっていう国から来たんだ
?
僕にもちょっと教えてくれよ﹂
﹁え、えぇッ
そ、そんな⋮僕が
?
!?
154
?
﹂
いいのかなぁ⋮他の子に聞いた方がいいんじゃ﹂
﹁だめか
﹁⋮ううぅん⋮
えっと⋮まず、フジヤマでしょ
ゲイシャに⋮スシ﹂
﹁スシ
スシはうちの国にもあるなぁ
そうか、ニホンにはスシがあるのか⋮
まぁ、帝国のスシに勝るものはないけどな﹂
世界にも類をみない我が国の伝統料理だからな
⋮最近は食べてないなぁ
﹁そうなのかい
﹁え
悪いよ
﹂
!
お前にその恩返しがしたいんだ﹂
﹁⋮でも﹂
﹁友達の誘いは素直に受けるべきだぞ
特に子供はな﹂
⋮なんだ
?
気にするな、外の人には小さい頃にお世話になった
﹁値も張るって⋮お前は本当に帝国の言葉がうまいな
結構値も張るって聞いたよ
!
じゃあ、僕の給料の入った時にでもご馳走しようか
﹁⋮そうか
僕は食べたことはないからなぁ⋮﹂
?
!
⋮しかし本当にどっちなんだ
﹁そっか⋮いいんだ
ふふ、ありがとう
!
﹂
楽しみにしてるよ
!
今更だが
?
﹂
155
?
?
急にモジモジしだして、置いて行ってしまうぞ
?
?
?
⋮そ、そんな
!?
﹁どっち
﹂
﹁すっかり話し込んでしまったが
レーベは風呂を探していたんだったな﹂
﹁あ、そうだ
この子は本当にどっちなんだ
﹂
⋮話によってはこの質問は銃殺ものだぞ⋮
レーべは⋮
﹁い、一緒にかい⋮
おぅ⋮固まってる
?
これは⋮女の子だったか
﹁す、すまん
いらぬことを聞いた
これはまずいかもしれない
うん
今すぐ撤回しないと⋮
﹁ううん
い、一緒に入ろう
﹁え
!
﹂
!
何やら独り言をいうようになってしまった
僕はまた時間をずらして⋮﹂
!
予想はしていたけど⋮うん⋮﹂
﹁⋮そうか、この国にもやはりあの文化が⋮
?
⋮みるみるうちに真っ赤になっていくぞ⋮
?
!!
!
?
またまた忘れて、ポッと口に出してしまったが
⋮あれ
どうだい、一緒に﹂
﹁もう日も沈むし、僕も風呂にしようかな
⋮夢中になりすぎたな
同じ廊下をぐるぐると回っていたみたいだ
⋮話に夢中ですっかり忘れてた﹂
!
僕なら平気
平気さ
!
156
?
?
!
?
⋮その、お前は⋮﹂
⋮あれ
﹂
大丈夫なのか
⋮火がたちそうなほどに真っ赤だぞ
﹁なんだい
﹁その⋮なんだ﹂
いっそのこと性別を聞いた方が⋮
実際スカート履いた人もいたし⋮
うーん、服装はどちらとも取れるしなぁ
⋮男の子だったのか
入ろうって言ってしまったぞ
いいのか
?
﹁ぼ、僕なら平気だよ
いくぞ
﹁う、うん
よし
﹂
おし、じゃあいくか
﹂
﹁⋮いいや、なんでもない
聞かずとも自ずとわかるじゃないか
女湯と男湯があったな
ここの風呂は確か⋮
⋮まてよ
﹁いや、そういうことじゃなくてな⋮﹂
じ、実際に入るとは思ってなかったけど
?
⋮心配になってきたぞ
⋮
⋮⋮
!
﹂
お風呂の文化もしっかり勉強してきたんだ
!
⋮性別など聞かれたら傷ついてしまうだろうか
大分たいしたことだ
﹁いや、たいしたことじゃないんだが⋮﹂
?
!
!
157
?
?
?
!?
!
﹁え、えらい気合入ってるな﹂
!
⋮⋮⋮
﹁⋮﹂
現在、両室とも男湯]
ぬ、ぬかった⋮
[注意
この時間帯はそうだったぁ⋮っ
だ、だがしかし
この状況でもはっきりすることがあるじゃないか
そう
レーベがどっちなのか
さぁどうする
入れば男だ
なったら女の子
これで﹁残念⋮まだ僕は入れないみたいだ⋮﹂と
!?
⋮我ながら己の気の弱さにうんざりする
最初から性別を聞けばよかったものを⋮
気疲れするな⋮﹂
﹁ふぅ⋮まったく
男の子だったのか⋮
行ってしまわれたぞ⋮
暖簾を見事に払いのけられて
⋮行ってしまわれた
﹁大丈夫⋮大丈夫⋮﹂テクテクテク⋮バサッ
!
まぁ、結局男の子だったのだ
158
!!
今は風呂で汗でも流して
!!
!?
明日することを考えながら湯船に浸かろう⋮
!
!
!
!!
!
!
﹁真っ赤なレーべとコーヒー牛乳﹂
暖簾を手で払い、更衣室の中に入る
⋮お、誰もいないみたいだ
このカゴが一つも使われていないという
状況は少し、胸が踊る
大きな浴槽を独り占め、この世にこれほど
贅沢なことはあろうか
まぁ、今回は二人占めだけど
﹁なぁ、レーベ
おまえ、コーヒー牛乳は知ってるか
この国の伝統でな、風呂上がりに⋮と、はやいな
カポーン
小気味いい風呂桶の音が浴室に高らかに響く
⋮これが噂に聞く早着替え
﹂
目を離したスキにいつの間にか消えているという⋮
まぁ、そんなことはともかく
俺も早く風呂に入ろう
⋮
⋮⋮
159
!?
初日はひどい目にあった⋮いや、あわせてしまったが
やはり風呂はいいものだ
この鼻腔をくすぐるお湯の香り
たまらんものがある
﹁⋮ふんふん♪﹂
鼻歌が抑えられなくなるのもまた然り、だ
もう風呂に浸かってるのか
﹂
?
!?
⋮お、いたな
本当にはやいな
﹁も、もももちろんさ
!
湯船に浸かる前にちゃんと体を洗ったか
﹁今日は人がいなくて大きな風呂を独り占めだな
!
僕はお風呂に詳しいんだ
﹁⋮お、おうそうか
﹂
!
﹂
うん
﹂
⋮そんなに山の絵が珍しいか
﹁え
ま、まぁね
フジヤマと似てるかも
?
!
﹂
?
﹁ぴっ
こ、ここここれを外すのはちょっと⋮
﹂ビクッ
ザバン
﹁⋮っ
!!
多分、この時間帯は普通より熱めだからな﹂
あまり無理しないで出てくれて構わないぞ
﹁レーベ、僕は長風呂だから
まぁ、そこはあまり触れない方がいいだろう
こちらに体を向けようとしないな⋮
⋮やはり恥ずかしいのか
⋮⋮⋮っ
﹂ザバザバッ
ふむ⋮モザイク画の参考になるかも﹂
﹁ふぅーっ⋮確かに綺麗に描かれてるなこの山は
!
﹁⋮
ペタペタ
人が一人もいないのも嬉しいな﹂
﹁本当にいつ来ても立派だなここの風呂は
入るとするか
⋮よし、体も洗ったし
まぁ、僕にもそんな時期があったからな
やはり恥ずかしいのか
﹂
⋮男同士なのだから体まで隠すことはないとは思う
まぁ、子供だから恥ずかしいのかもな
普通は湯船にタオルは入れちゃダメなんだぞ
﹁それとな⋮まぁ、お前は外の人だからしょうがないが⋮
!
!!
!?
!
160
!!
!?
!!
﹁ひ、ひゃい
だ、だだいしょうぶ
﹂
﹁⋮平気かお前、背中まで真っ赤だぞ﹂
﹁そ、そそそそんなこと
﹂ブクブク⋮
湯あたりしてんじゃないのか
な、ないよ
!
﹁⋮んー
﹂ブクブク
﹂ブクブク
?
外で待っていてやるから
﹂ザバン
ゆっくり浸かってあったまれよ
﹁⋮
ぶはぁッ
やはり意地を張ってたのか
﹁わ、わかった
外だよ
﹁お、おう⋮わかった﹂
⋮⋮
んじゃまぁ、あがるか⋮
えらい恥ずかしがりようだな⋮
﹂
外
?
外で待ってて
!
勢い良く飛びたしたな
!
!
!
﹂
悪いがもう僕はあがることにするよ
今日は本当に熱めだな⋮
﹁⋮いや、それにしても
結構、負けず嫌いな奴なのかもしれない
⋮気を使って早めに上がった方がいいかもな
潜ったまま、出てこない⋮
﹁⋮むー
﹂
⋮すぐにあったまりたい時はいいが﹂
すぐに暑くなっちまうからな
﹁あまり、肩まで浸かるなよ
その状態で潜水開始は体に悪いぞ⋮おい
?
!
﹁⋮無理そうなら上がれよ
!
!
?
!
!
!
161
!
!
!!
!
⋮⋮⋮
ガチャガチャ
ビッ
ゴトンッ
自販機かぁ⋮この国も発展したものだなぁ
これなら人を使わずとも機械が勝手に商いをしてくれるものな⋮
﹂
案外、使えるかもしれんな自販機
ガラガラッ
ピトリ
﹁ひゃっ
﹂
とりあえず、ほれ
顔も真っ赤だし
反応がないな⋮湯あたりしたか
手を目の前で振ってみるが⋮
おーい、レーベ
﹁ん
﹁⋮﹂ポケー⋮
﹁お、でてきたな﹂
!
つ、つめたッ
?
?
?
湯あたりでもしたんじゃないか
ほれ、コーヒー牛乳﹂
﹁へ⋮
な、なんだいこれ﹂
﹁だから、コーヒー牛乳
﹂
?
やはり情緒が大事だな
最近のはもっと簡単に開けられるらしいが
この紙の栓を開けるのは小さい頃は結構難しかったな
ほれ、開け方、わかるか
僕は子供の頃からこの甘いコーヒ牛乳が一番だ
風呂上がりは牛乳って奴もいるが
?
﹁だからあまり無理をするなと言ったろ
!!
!?
162
!!
!
?
﹁⋮﹂キュポッ
一発かよ
﹁んっんっんっんっんっ⋮
お、おいおい
⋮ん﹂
﹂ゴクゴクゴクッ
!
﹂
まぁ、正しいのかどうかはわからないけどな
どうだ
風の噂も結構あてになるもんだな
首にかけたタオルでまだすこし水滴のついた
レーべの髪を拭いてやる
﹁髪も濡らしたままだとすぐに湯冷めするからな
﹂
早いとこ部屋に帰って乾かしてもらえ
⋮えぇと、部屋まで送るか
﹁う、うん
⋮お願いします﹂
﹁あいよ、ほれ瓶かせ
返しといてやる﹂
?
?
﹁こうするとな、頭の痛いのが早く引くらしいんだ
﹁へ
ほら、頭に瓶をあてろ﹂
あんなに早く飲むからだよ
﹁あーあー言わんこっちゃない
﹁うん⋮あいたたた⋮﹂
風呂上がりはこれが一番だよな﹂
﹁なあ
⋮⋮美味しい⋮﹂
ぷはぁっ
﹁んっ
そんなはや飲みしたら頭が痛くなるぞー⋮
!!
!
!!
!
?
﹁⋮うん、そんなに痛くなくなった﹂
?
163
?
﹁両国のお風呂文化
そして⋮﹂
この時間になると廊下ですれ違う人もまばらだ
ツナギを着た作業員、巡回を始める夜警
遅めの夕飯に食堂へ向かう者たちもいれば
これから作業の交代を行う人もいる
僕はこの時間帯が、結構好きだ
今日の終わりではない
﹂
明日のための準備をしているこの時間が
なんとも言えなく好きだ
﹁なぁ、レーベ
日本の風呂はどうだった
﹂
刺激的だったよ
明日も頑張れそうか
﹁⋮はぇっ
⋮う、うん
思っていた通り
﹁つ、次もかい
僕としても湯船に頭から浸かりたくなる日もあるけどね
次回はゆっくり浸かる方法も教えてやる﹂
!
?
そうでもないぞ
楽しかったぞ
!
近くを滝が流れてたり
猿が一緒にはいって来たりしてね
﹂
17くらいの時は貯めた小遣いと旅行カバン片手に国を巡ってな、
若い頃は⋮というか今も若いが
﹁ふふ、まぁな
全身でその全てを堪能すべきなのだ
風呂は偉大な文化だからな
ただ風呂というものが好きなだけなのだ
?
⋮うー⋮寺田さんはすごいなぁ⋮﹂
!?
!
?
164
!
?
﹁そりゃあ潜ったりしたらな
!
!
!?
﹁へー⋮
猿と一緒に風呂かぁ⋮それはちょっと見て見たいかも
﹂
﹁ドイツの風呂ってのも気になるなぁ
ドイツはどんな風呂なんだ
﹁⋮んー⋮ドイツにいた頃は
﹁⋮
﹂
⋮⋮あ、ありがとう﹂
⋮急に赤くなってどうしたんだ
﹁もちろん、誰か友達でも連れてさ
いきなり二人旅行ってのは急すぎたか⋮
うーん、さっきあれだけ恥ずかしがってたからなぁ
?
お気に入りのところに連れて行ってやる﹂
時間ができたら言ってくれな
猿のくる温泉、見て見たいんだろ
﹁風呂だよ、温泉か
﹁え
連れてってやってもいいんだがなぁ﹂
⋮長い休みでも取れたらなぁ
﹁ふーむ⋮そうか
船についていたお風呂は結構広かったよ﹂
まだこの体じゃなかったから⋮
?
俺も何人か連れて行ってもいいし⋮﹂
﹁ち、ちょっとそれは
⋮いや、かも⋮﹂
⋮どっちなんだよ⋮
﹂
!
!
﹁そういうことじゃなくて⋮
友達じゃなければ兄弟でも姉妹でも⋮﹂
誰でもいいんだぞ
﹁ん、そうか
少し、やりづらいと言うか⋮女々しいというか
うーむ、男の子と付き合うのは慣れてるはずなんだがなぁ
!!
?
?
165
?
?
?
﹂
⋮⋮その、恥ずかしいし⋮さ﹂
﹁え
何が恥ずかしいんだ
﹁⋮だ、だって⋮
⋮
⋮⋮
﹂
⋮⋮⋮く、だし﹂
﹁
﹁だって⋮だって⋮﹂
⋮どうたのだ
﹂
なんでさっきからそんなにモジモジしてる
﹁ん、どうした
耳元に口をもってきた
﹁⋮だって
⋮だってさ
⋮
⋮んと
⋮んとね
⋮
?
レーベもそれに気づいたのか
耳を近づけてみる
あまりに聞き取りにくいので
?
⋮恥ずかしいよ⋮﹂
⋮
⋮
⋮
⋮
166
?
?
?
⋮⋮こんよく⋮でしよ
?
?
?
?
あれ
なんか
音が
遅れて
167
聞こえるぞ
?
﹁⋮﹂カーッ⋮
こんよく
⋮
⋮こんよく
⋮⋮⋮
⋮混浴ぅッ
!?
!
⋮こん、よく⋮
?
?
?
?
?
﹁真実と動揺と憤慨と⋮﹂
﹁⋮ニホンには混浴っていう文化があるのは知っていたけど⋮まさか
﹂
自分が経験することになるなんて思ってもみなかったよ⋮や、やっぱ
り恥ずかしい⋮ね
⋮このこは
⋮⋮⋮⋮⋮こんよく⋮けいけん⋮
⋮なにをいってるんだ
お兄さんだから平気だったっていうか⋮
﹁⋮でも友達なら平気っていうか⋮
⋮
混浴だなんて、ま、まるで自分が女の子のような口ぶりじゃないか
?
⋮へへへ、おかしいよね⋮会ったその日にさ⋮﹂
⋮
撲殺
轢殺
?
⋮うーん
刺殺
?
?
お兄さん⋮
﹁⋮どうしたの
﹁あ、あぁその⋮すまない
!
今はレーべにとって最上となる答えを⋮
⋮死ぬことなんていつでもできるしな、うん
まずは現状をどう切り抜けるかを考えよう
一旦、落ち着こう、己をどう断じるかはともかく
⋮お、落ち着こう
⋮はっ
ブツ⋮
⋮ブツブツ⋮
⋮ブツ
⋮ブツブツ
⋮か、かたまっちゃった﹂
?
168
?
?
⋮どんな死に方がいいだろう
⋮絞殺
?
?
ははは、よりどりみどりだぁ⋮
?
!?
﹂
その⋮よくよく考えたらその⋮そうか⋮
お前、艦むすだったか⋮そうだよな
﹁え
うん、そうだよ
駆逐艦のZ1、レーベレヒトマース
だって女の子なんだものっ⋮
恥ずかしがるのも当然だよ
﹂
僕はなんでこう⋮こんなことばかり起こしてしまうのだ
思わず目頭を抑えるほどに頭が痛い
⋮女の子しかおらんかあぁぁあ⋮⋮
おむすびの︽むす︾なわけねぇよなぁ
きっと︽むす︾は娘の︽むす︾だものなぁ⋮
そうだよな⋮艦︽むす︾だもんなぁ⋮
僕よ⋮今まで会話でなぜ気づかなかったのだ
﹁⋮﹂
忘れたくても忘れられんさ﹂
その⋮お前みたいなかわいいやつ
﹁そ、そんなわけないだろ
⋮お兄さんってば、もう名前忘れちゃったの
?
だとしても、だとしてもだ
女の子相手に一緒に風呂に入ろうなどとッ⋮
地獄へ落ちろッ
二人で旅行に行こうなどとッ⋮
クズの所業だ
⋮落ち着こう
現状、最もしてはいけないこと⋮
!! !! !!
!!
女の子の絹ような心に汚物を見せることはなかった筈だ
幸いずっとそっぽを向かれていたので
湯船に入ってからはとってしまうという愚行を犯したが
この世で最も崇高な行為を許してくださった
幸い神は僕に下の前をタオルで隠すという
!!
!
閻魔に逸物抜き取られてしまえ
!
169
?
?
?
それを考えよう
レーべの様子は⋮
﹁⋮エヘヘ⋮
⋮⋮可愛いだって⋮
⋮嬉しいなぁ⋮﹂テレテレ
相も変わらず真っ赤になりながら少し前を歩いている
⋮部屋までは彼⋮いや、彼女について行った方がいいな
その間に考えを巡らせよう
⋮まず第一に⋮もっともしてはいけないこと
それは今、彼女に罪を告白することだ
天龍さんのときとは度が違いすぎる
我ながら相当の鈍感さだが、まさか風呂に一緒に入ってまで気がつ
かなかったとは⋮
もしそのようなことを告白してしまったら
僕が殺される云々どころの話ではない
レーべの心に深い傷を残してしまうかもしれないのだ
⋮彼女の混浴というものに対する
好奇心に救われる形になるが⋮
ああああぁぁぁぁああッ
⋮混浴だと知っていて入ったことにするしかない
⋮⋮ッ
い
ガンッ
﹂ビクッ
﹂ガンッ
どうしたの
﹁お、お兄さん
﹁⋮ッ∼
﹁ヒッ
ガンッ
こんなことを考えてついてしまう自分の頭をかち割ってしまいた
クズすぎるわッ
!!!
痛いよ
ガンッ
やめなって
﹂
そんなところに頭、頭打ち付けたら
!
!! !
!
!
﹁あぁ、すまんレーベ驚かせたな
!
!
!? !
!
170
!
!!!
!!
!
!!
!!
どうやらさっきのコーヒー牛乳が
今になって頭に響いてきてな
﹂
ガンッ
ね
!
⋮だからほら、こうしてこう
冷たい壁に頭をつけているのだ﹂ガンッ
﹁え、えぇ
や、やめなよこんなの
それならほら⋮
ガンッ
﹁あああぁッ
ガンッ
⋮いい子すぎるわぁッ
⋮
僕のハンカチを濡らしてきてあげるからさ
!
お兄さんってばぁ
今冷やしてくるからさぁッ
ま、まってよ
いま
お兄さん
﹂
171
?
!!
!!!
!
!
!
!?
!!
頭壊れちゃうよ
!
!
!
!!
!!
!
!
﹁しみる優しさ レーベの友達⋮﹂
﹁⋮ほらー、結構腫れちゃったよ
なんであんなことしたのさ⋮﹂
﹁⋮だからだな、コーヒー牛乳の冷気によって頭が⋮﹂
﹁またそんな馬鹿みたいなこと言う
⋮
﹁⋮すまんな、少し考え事をしていた
もう大丈夫、ありがとうレーべ﹂
﹁⋮うん
もうあんなことしないでね
そういうとレーべはぱっと明るい笑みを見せた
﹁ううん
滅多にできない経験ができて楽しかったよ
⋮その、あのね
﹁レーベ、帰り道にもうひとつ自販機があったよな
!
僕的にはイチゴ牛乳がお勧めだぞ﹂
そこでまた飲み物でもおごってやる
何がいい
⋮あ、うん
これでいい
﹁え
﹂
?
⋮自分より小さな子に気を使われるのは恥ずかしいものがあるな
して頭に当てられるたびに心地よかったが
レーべが水に浸してきてくれたハンカチは淡い花のような香りが
結局、レーべにまた手を焼かせることになってしまった⋮
もう、突然あんなことするから怖かったよ⋮﹂
!
⋮おにいさんがよければ⋮その⋮また﹂
?
!
?
172
?
⋮ごめんな、時間をとらせてしまって﹂
早めに部屋に戻ったほうがいい
﹁あぁ⋮レーベ、もう夜も遅い
心配になっちゃうからさ⋮﹂
?
!
!
じゃあ、それがいい
!
?
⋮これでいい
﹁うん、そうか
じゃあそろそろいこう
﹂
同室の者が心配するぞ
﹁うん
﹂
それがレーベのためでもある
傷つくだろうな
友達として会うぐらいなら⋮
いや、いずれは⋮
⋮
僕は何て浅はかなんだろう
⋮
⋮とんだクズだ、大クズの所業だ
ろくな死に方をしないぞ
己の罪すら告白できんのか⋮
⋮
⋮意気地なしめが
﹂
ごめんな
﹁⋮寺田さん
﹁⋮あっ
手、痛かったか
﹂
﹁ううん、違うの
!
!
﹁⋮僕、何か嫌なことしたかな
﹂
その一言に頭の一部がひどく熱を持った
?
!
⋮多分、これからそう会うことも出来ないな
⋮
彼女の部屋のある方へ歩き出した
僕はその手を傷つけぬようにとると
そういうとレーべは遠慮がちに手を差し出してきた
?
わざとらしく顔を触る仕草をする
﹁⋮そ、そうかな﹂
⋮怖い顔してたよ﹂
?
!
?
!
!
173
!
﹂
立ち止まり、彼女の目線に合わせるように腰を落とす
﹁それはちが⋮
怖い顔なんてしてしまったのかな
ごめんな、いらん心配をかけた
﹁友達だもん
不意に腕に重みを感じた
⋮
⋮ろくな死に方をしないのには変わりないが⋮
友達というものであった方がいいのかもしれない
⋮たとえ偽でも⋮
そして軽蔑されるまで
この子に気づいて貰うまで
罪を償うのなら
僕はそれすらまちがっていたのか
⋮このこにとっての最上の策と言いながら
⋮こんな僕でよかったら、また誘ってもいいかな
なぁ、レーベ
﹁友達と遊んで嫌なことなんであるものか
⋮レーベの目が少し潤んでるのに気がついた
僕、何かしちゃったのかなって⋮﹂
⋮寺田さんさっきからちょっと怖い顔してるから
こっちこそ、ごめんね
﹁⋮うん
付き合ってくれてありがとうな、レーベ﹂
?
明日からまた仕事だなー、なんて考えてたから
﹁だからかな
荒げそうになった声を無理やりに落ち着ける
僕も今日はとても楽しかった﹂
⋮それは違うぞ
!
ともだち、だもん⋮
174
?
⋮始めてできた友達だもん
!
?
!
そんなの⋮あたりまえじゃないかぁ⋮﹂
腕が⋮彼女が顔を押し付けくるところが
湿るのを感じた
同時に僕がどんなに愚かなのかも
本当に僕は
この短期間にいくつ問題を抱えれば気が済むのだろう
175
﹁Z2 マックス・シュルツという妹﹂
コンコン
薄暗い廊下を照らすライトの下
扉をノックする音がこだまするように響いた
﹁マックスー、帰って来てる
僕だよー﹂
⋮
ゆっくりと部屋の扉が開く
﹂
中からレーベと似たような服を着た少女が出てきた
﹁随分と長風呂だったのね
本一冊読み終えちゃったわよって⋮誰
僕を見つめる
当たり前だな
挨拶と謝罪を兼ねたお辞儀をする
⋮小さく返してくれた
﹁ごめんね
最初に道に迷っちゃってさ⋮
この人はね、寺田さん
お風呂まで道を教えてくれたんだ﹂
﹁⋮それはいいけれど
﹂
﹂
短めに整えた赤毛の髪の中から睨めつけるように
?
なんでその人が部屋までついて来てるの
﹁あ、えーと⋮
か、帰りも一緒になっちゃって
?
⋮ほら、髪の毛乾かさないと風邪引くわよ﹂
仲間がお世話になりました
﹁それは⋮どうも
今度は返してくれなかった
もう一度会釈をする
レーべに友達に嘘を付かせるようなことをしてしまった⋮
!
176
?
その子は小さくしか開いていなかったドアを
レーべを入れるために大きく開いた
﹁うん
⋮寺田さん﹂
レーベは部屋に入る前に振り返ると
にっこり笑ってヒラヒラと手を振ってみせた
﹁⋮ばいばい﹂
﹁うん、またな﹂
そういうとレーべは嬉しそうに微笑んで
部屋の中へ入って行った
﹁それでは⋮﹂
赤髪の少女にお辞儀をする
レーべは送り届けた
僕も早く部屋に戻って⋮反省会でもするか⋮
酒保の設営を任されました
寺田市之丞2等兵であります﹂
﹁なるほど、私の名前はマックス
マックス・シュルツ
177
⋮罪が上塗りにされていく⋮
廊下を歩き始めようとしたそのとき
﹁待って﹂
後ろから声をかけられた
﹁名前、教えてくれないまま帰るの
失礼な人ですね⋮﹂
⋮それはもっともだ
?
﹁失礼しました、ここ、横須賀鎮守府で
少女の前に立つ
急いで向き直り、襟を直して
!
ちなみに少佐相当官、そこのところ、よろしく﹂
少佐相当官
そうか
!!
この子達は女の子だが同時に軍人でもあるのだった
自分より上官であると聞いて
癖になりつつある敬礼をする
﹁⋮あの子が男を連れて帰って来た時は不安だったけど
﹂
あなたなら平気そう、そんな度胸なさそうだもの﹂
﹁⋮はっ
以下にもお姉さんって感じだな
﹁まぁ、感謝はしておくわ
あの子はここに来てから日が浅いから
一人で行かせたのは不安だったの
⋮ありがとう﹂
﹁⋮勿体無いお言葉であります﹂
﹁⋮変なことはしないでね
姉さんは純粋なんだから
そんなことしたら承知しないわ
﹂
もぎ取るからね﹂
﹁はっ
⋮なにを⋮
え
⋮
⋮何をもぎとられるの
⋮失礼します﹂
うーん⋮
⋮指
⋮あれは本当はにもぎ取るかもな、何をか知らないけど
彼女はきっと僕がいなくなるまで見ていたのだろう
見えてはいなかったが
深くお辞儀をして彼女に背を向けた
﹁はっ
もう行っていいわよ、お疲れ様﹂
﹁⋮呼び止めて悪かったわね
?
178
!
⋮妹さんだったのか⋮しっかりしてるな
?
!
?
!
?
しょうもない思案にふけりながら
薄暗い廊下をあるく
時刻はもう、いつもの就寝時間を大きく過ぎていた
179
﹁生き残った石材﹂
次の日の朝
点呼をうけた僕は真っ先に酒保へ向かった
もちろん仕事のためだ
﹁うーん⋮﹂
真っ新、といけば聞こえがいいが
ようはまだ手つかずの床
出来る限りはやく、どうするのか決めてしまわないと
⋮いけないのだが
﹁うーん⋮﹂
いま、僕の手には一枚の白い石の大きな石板⋮タイルがある
つい先日、僕の指示ミスで割ってしまった石の端材の中
唯一1枚生き残ったものだ
180
当時は気づかなかったが破砕した石を
整理していて気がついた
数々の良石材が砕けているのにこれは無傷
カタログには新素材で出来た人造石とのことだった
とりあえず
床にほうりなげてみる
バンッ
これはすごいものを見つけたのかもしれない
びくともしない
ダンッ
飛びはねてみる
⋮
乗ってみる
これはそういうものにも強いのか⋮
それは石の特質の硬さゆえだと思っているが
普通の石はこういう瞬間的な衝撃には脆いイメージがある
⋮割れない
!
!!
この質の高さでこの安さ⋮
帝国の技術も向上しつつあるのか
やはり一から店を作ると学ぶことが沢山あるな⋮
﹁なんや、飯も食わんと
何処かに行ったとおもたら、やっぱりここかいな﹂
ってな
口の端に楊枝を加えた沙苗が入り口に立っていた
﹁沙苗﹂
﹁赤城さんが心配しとったで
ご飯を食わないなんで死ぬ気ですか
﹂
﹂
まぁあの人がお前の分も食っといてくれはったから﹂
﹁そうか、なんか朝は食欲がなくてね
それよりお前、その顔⋮どうした
﹁⋮猫にやられたんや﹂
﹁⋮そんなに手の大きい猫がいるかよ、誰にやられた
沙苗はバツの悪そうな顔をすると
照れ臭そうにソッポを向いた
﹁もっとキレのいいツッコミしろや
﹂
ってやつや﹂
⋮これは完璧にお前のせいやからな﹂
﹁は
﹁あれや、お前がゆーとった⋮
﹂
お前、整備するの超楽しーッ
﹁お、どうだった
段々顔つきが変わって来たと思ったら
﹁お、おう⋮そうか﹂
﹁おかげで寮監には勘違いされるわ
職場で笑われるわ災難や、責任とって夕飯奢れよ﹂ジロリ
﹁わ、わかったわかった﹂
﹁ならいいんや
181
!?
急に⋮それこそ猫みたいに飛びかかって来よったんや﹂
?
?
﹁⋮最初はまあ、かいらしいものやったんやけどな
沙苗はボリボリと頭をかく
?
!!
?
あぁ、これな
⋮お前、それ﹂
﹁ん
ほら、前の⋮﹂
﹁知っとるわ、どうしたんやそれ﹂
﹁生き残りだよ﹂
﹁⋮ほぉ、あれから生き残ったんかぁ
ちょいかしてみい﹂
足元の石板を取り
沙苗に投げてよこす
﹁ほれ﹂
﹁⋮お、かるい
なんやこれ、陶器かってくらい白いな﹂
﹁カタログにはあまり情報がのってなかったから
﹂
気づかなかったけど、これは当たりを引いた⋮のかもな﹂
﹂
それでいて結構硬さもある﹂
﹁⋮すごいやないかこれ
もうこれで決まりなんとちがうか
﹁今の所はそれが第一希望かな
﹂
﹁ほーう﹂
﹁石好きなんだよ﹂
﹁西川が
いま、西川さんに連絡とってもらってる﹂
?
﹁ふーん⋮ほれッ
バン
!
﹁普通よりだいぶ柔らかいんだと思う
﹁⋮われへんな﹂
!!
?
182
?
﹁開戦の噂﹂
﹁ふむ⋮モザイク画か﹂
所変わって提督の執務室
﹁えぇ
他にも、床材にするのに良質な石材を見つけたとか
現在、セメント車を要請中です
﹂
何やら考えがあるそうですよ﹂
わしらも参加しようか
﹁⋮なんか楽しそうじゃな
林田
﹁⋮司令、お茶です﹂
﹁⋮おお、すまんの
?
⋮ズズッ、ん、いい塩梅だ
﹂
わしを机に縛り付けたいのかのぉ⋮﹂
﹁⋮お偉方はどうしても
提督はあまり出過ぎた真似はできませんな﹂
どちらにしろ、当日は憲兵が多数警備に当たります
本当に一般人を基地の中に入れるのかはわかりませんが
期日はまだ決まっておりませんし
﹁モザイク画作りには一般にも募集するそうです
!?
なぁ不知火、お前は参加するのか
﹁⋮失礼ながら
参加させて頂こうか、と﹂
⋮⋮
⋮そ、そうか
﹁ブッ
そうかそうか
﹂
ちょっとこっち来い﹂
うんうん、良いことだ
んん
はい、なんでしょう⋮
﹁うむ﹂スッ
?
﹁⋮
!
!
?
183
!
!
!
?
﹁⋮⋮⋮
⋮⋮⋮ひれい、はにほ
﹂
⋮なにか良い友人でも見つけたか
﹁⋮⋮ほれだけ、ほさはりにはれば
⋮やはらはくもはります⋮
ん
⋮⋮ひつまでやっへるほつほりですか
﹁がはっ
﹁ん⋮はい、命令とあらば⋮﹂ペコ
がちゃん
﹁⋮林田よ、わしには娘がおらん﹂
﹁はっ、存じております﹂
﹂ぐにぐに
﹂ブニブニ
﹁娘をもつということはかくも難しいことなのかの
﹁父親とはそういうものかと⋮
あるいはあまりに歳が離れすぎてるのでは
?
﹁はっ
⋮
⋮⋮
﹂
酒保建設予定地
﹁ここの艦隊が出撃するのですか
昼下がりの休憩時間
﹂
あの子はもう大丈夫じゃな⋮秘書を変えるかの﹂
﹁ガハッ、言うてくれるな
﹂
⋮ついに最後までわしがあの子に笑顔を教えることは出来なんだ﹂
?
楽しんでくるといい、妹達も連れて行ってやれ﹂なでなで
⋮女の子らしい顔つきになったな
?
?
?
﹁知らぬ間に顔つきが柔らかくなったな不知火
?
?
おにぎりを食べている
﹁んぐ⋮ええ、石材を発注している時に小耳に挟みました
近々、発表されるのではないかと﹂
西川さんがおにぎりを飲み込みながら話を進める
184
!
僕たちはお茶を片手に厨房でつくってもらった
?
!
⋮頬に米粒ついてるぞ
西川さんは興奮を抑えながらに語りつづける
⋮そうか、長い演習期間ももう終わりか
﹁この辺りの近海の島々に敵の残党が潜伏しているようで
近く駆逐艦数隻を主力とした部隊が編成されるとのことです﹂
﹂
﹁てぇことは⋮龍驤のやつも出撃するかもしれんな﹂
﹁龍驤
知らない名だ、艦むすだろうか
﹁軽空母や、わいの担当しとる艦むすのな
﹂
⋮この基地のお財布事情から見て編成されるのは
あいつぐらいしかおらんやろな﹂
﹁航空機を持ち出すほどの勢力なのですか
西川さんが心配そうにつぶやいた
﹁残党の手がかりは潜水艦が襲撃を受けたことだけやぞ
やつら、ある程度の探知機だったら妨害する能力がある
だから飛行機を飛ばすんや﹂
なるほど、偵察のための航空機なのか⋮
⋮彼女達の飛ばす飛行機ってどんなのなんだろう
おもちゃみたいに小さいのだろうか
また知らない名前だ
﹂
﹂
﹂
日向⋮帰還するってことは結構遠いところにいるのだろうか
﹁⋮お、そうか
お前は知らんかったな日向さん
前に巡洋艦に飛行機を載せる話をしたやろ
﹁あ、あぁ
したな、そんな話﹂
﹁日向さんは戦艦なんやけど飛行機を飛ばせるんや
﹂
どや、こっちのことに疎いお前でも強そうに聞こえるやろ
﹁なんで戦艦が飛行機を飛ばす必要があるんだ
戦艦は主砲をばかすか撃てばいいんじゃないのか
185
?
﹁てことは⋮日向さんもご帰還なされるのでしょうか
?
?
?
?
?
?
?
?
?
?
﹁⋮かぁーっ⋮
これやから素人は
日向さんが聞いたらどやされるでおまえ
!
!
﹂
﹂
?
﹁
﹂
﹂
電探を載せれば航空機は戦艦の千里の目になる﹂
だけんど、その分高性能の通信
飛行距離を伸ばすために兵装もしょぼい
基本、発艦したあとはもとの艦に戻れんから
たしかに空母より数は飛ばせんし
﹁簡単に言えば便利なんや
﹁⋮いや
なぜやかわかるか
空母以外にも航空機を運用する必要性を主張してるんや
⋮でもな、日向姉さんは配属された日から
正直、今のところやっていけてるわ
﹁確かに戦艦の主砲、対空兵装、装甲の厚さだけで
し、素人なんだからしかたないじゃないか
!
相手に気づかれることなくな﹂
﹁⋮あ、なるほど﹂
航空機を出撃させ
位置を特定して砲撃⋮
なるほどなるほど
﹁もし、日向さんが参加するなら
龍驤はもう決定やな﹂
﹁戦艦の飛ばした飛行機の回収のためですか
﹁そういうことや﹂
﹂
﹂
?
﹂
﹁なぁ、沙苗ちょっと気になることがある﹂
﹁なんや
﹁彼女達の飛ばす飛行機はどんなのなんだ
?
?
186
?
﹁遠くからそれこそバカスカ撃てるようになるんや
?
﹁みんな知ってる﹂
﹁そうか、お前は見たことないんやったか﹂
﹁近海演習もこのところなかったですもんね﹂
﹁こればっかりは実際に目で見たほうが早いわ
﹂
龍驤のやつが港でしょっちゅう飛ばしとるから見てくるといい﹂
﹁
﹂
⋮二人とも、なんかもったいぶってないか
﹂
﹁いやいや、こればっかりは⋮の
﹁ええ、圧巻ですよ
いろんな意味で
うむ⋮この勿体ぶりよう
﹂
?
﹁ほうか
ここ最近はおとなしいやんけ
⋮このところ問題を起こしすぎるからね、僕は﹂
﹁今日はあまり出歩かずに酒保の設営に集中するよ
﹁そういやお前、この後何かあるんか
何かあるな⋮今度暇があるときにでも港に顔を出してみるか
?
お、何かのお誘いだったか
⋮だとしたら悪かったな
って龍驤に言われてたんやけど
!!
﹁なんじゃそら
その言い方はないやろ
﹂
誰のせいでこんな縦三本傷になったと思ってんねん
それにわいも仕事やぞ
!
!!
!!
!
じゃあ僕たちは仕事にするとしましょうか西川さん﹂
﹁そうか、それはよかった
断っていて正解だった
前言撤回
まあまた今度にするわ﹂
ウチの前に連れてこいーッ
﹁お前にそんなバカなこと吹き込んだやつ
?
今日は俺一人で行くとするか﹂
⋮まあ、お前にそう言われちゃあしゃあないわ
?
187
!
?
?
﹁愛しの軽空母が待っていますよ
⋮あ、西川さんこの間の石材の件ですが⋮﹂
そうですか⋮でもなんでこんなに安価なのです
﹁
どうしました
﹂
⋮寺田さん、あのですね﹂
﹁はい
そこのところ伺ってみてください﹂
もしれませんね⋮
﹁なるほど⋮なら広告料はこちら側でだすとなればもっと安くなるか
ん﹂
この計画が世に知れ渡るいい機会として見ているのかもしれませ
地方の石材店なのであまり大きな注文を受けることがなく
﹁開発されたのがごく最近のためというのもあるでしょうが
もっと高価でも問題ないと思うのですが⋮﹂
もあるあの性質⋮
企業秘密までもちだすほどですし、何よりあの衝撃やに強く耐久力
?
﹁なるほど、別に中身に関しては興味はありませんが
前日見せていただいた石材のようなものができるそうなのです﹂
何やら特別な材料を特別な配合で混ぜているらしく⋮
がうやむやになっとりますが
水で混ぜてできるものですが、この強化コンクリートは⋮このあたり
﹁通常コンクリートはセメントに様々な大きさの粒の砂利、砂などを
⋮⋮
⋮
﹁⋮なめくさりおって、今に見ておれよ⋮﹂
あれは⋮﹂
強化コンクリートの件ですね
﹁あ、はい
早く愛しの龍驤ちゃんのもとへ行ってやるといい⋮にっこり
沙苗整備官殿
?
!
!
﹁⋮どこかで情報が漏れていたようで
188
?
?
?
モザイク画の情報が鎮守府内に知れ渡っています﹂
﹁⋮想定内です
利根さんにはお教えしましたし、何より人目の多い立地ですから
絶対に秘密というわけではありません﹂
少しばかりサプライズとして発表したいな、という気持ちもあった
が⋮
知れ渡ってしまったものはしょうがない
﹂
﹂
﹁⋮それが、一般を巻き込んでの企画に発展してるとのことでして⋮﹂
⋮
﹁⋮へ
﹁失礼するッ
うわッ
び、びっくりした
﹁な、なんでしょう
﹂
﹂
189
﹁私は帝国陸軍憲兵隊の館林である
﹂
貴官が寺田市之丞殿でよろしいか
﹁は、はっ
寺田市之丞2等兵であります
り、陸軍
自然と敬礼に力がこもる
﹁おうおう、なかなかに立派なたたずまいだの
⋮職務中にすまんな、君が寺田君かね﹂
!
雰囲気からして相当な上官であることがわかる
てきた
憲兵の服に身を包んだ初老の人が軍靴の音も高らかに部屋に入っ
憲兵が礼をしたさきに視線を移すと
だってこの人目は笑っていないし⋮
⋮そういわれてもこわばる肩を元に戻せないんですが
我々はただの警護だ⋮どうぞ﹂
﹁⋮逮捕しに来たわけではない、そう怯えた顔をするな
陸軍の憲兵がなんでこの鎮守府に
!!
!!
?
?
!?
!? !!
!!
!!
?
﹁海軍特別警察隊 潮の香りのする煙草﹂
そういって前に出ててくるとその人は
﹂
僕の目をまっすぐに見てそういった
﹁は、はっ
自分が寺田であります
⋮少し声が上ずってしまった
無理もないとは思う
なぜなら今目の前にいるのは訓練生時代に散々仲間から悪口を聞
いた
悪名高き憲兵なのだから
﹁ふむ、そうか⋮わかいなあ
失念していた
その若さでこれほどの仕事、大変だろうに⋮
ああ、すまない
⋮おほん
!
﹂
ん、何本いる
﹂
おお、見た目によらず悪なのかね、君
﹁⋮
いただいておきます﹂
﹁⋮あ、ありがとうございます
﹁吸うかね
手袋をしているが⋮中指が根元から無いのがわかる
⋮煙草をつまむ手
こちらに細巻きの煙草を差し出してきた
ひげを触りながらにんまりと笑うと
まあ、君が思っているよりは若いと言っておこうかな﹂
少々ひげを蓄えているせいか年寄りに思われるが⋮うむ
私は海軍特別警察隊、少佐の望月⋮望月忠信だ
!
いえ、訓練生時代に少し口にした程度ですが
⋮偉い人の懐から出たものは返さないようにしているんです﹂
190
!
!!
!
?
﹁⋮一本だけにしておきます
?
?
!
⋮変なことを言ってしまっただろうか
﹁⋮面白いことを言うね、君は
ふふ、そうか
懐から出たものは返さない⋮か、うん﹂
うう⋮どちらとも取れない反応だ⋮
﹁⋮気に入った
君たち帰りたまえ
僕はこいつと話してから帰る
﹂
例のことも聞いておくから心配するな﹂
﹁⋮はっ
﹁望月少佐⋮この後は﹂
﹁⋮僕一人出なくとも会議は少しも揺るがんだろう
それに、僕は嫌味を言われるのは嫌いだ
お前が代わりに聞いといてくれ﹂
﹂
使えるは使えるんだが⋮まあそんな話をしてもつまらんか
⋮ここ、座ってもいいかな
﹁あ、どうぞ
すいません、汚いところで
﹁そ、そうですか
今お茶をお持ちします
﹂
﹂
﹁悪いね仕事中に、冷たいのはあるかい
!
あまり外には出んからわからんかったが、そうか
?
こういうところは結構好きなんだ、落ち着く﹂
僕はもともと﹃どかた﹄でね
﹁ん、ああ気にするな
?
!
!
191
﹁⋮そうでしたか、では失礼します﹂
﹁うん、たのんだよ﹂
⋮なんだかとんでもないことになってしまったぞ
!?
﹁ふう⋮あいつは気が利くんだか、利かないんだかわからんやつでね
僕一人で憲兵のお偉いさんとどうしろっていうんだ
西川さんは硬直して石像と化しているし⋮
?
!
!!
もう夏はすぐそこだな寺田君﹂
たしかに⋮このところはまだ梅雨時だっていうのに晴ればかりで
蒸し暑い日が続くな
⋮氷を作っておいてよかった
﹁⋮どうぞ﹂
﹁おう⋮麦茶かあ
家では家内が茶を出してくれるんだが
麦茶なんて何年ぶりかな
いやな
歳暮や見舞いとなると皆何かにつけ煎茶を送ってくるのでなあ⋮
ここ数年ずっと緑茶しか飲んでおらんかったわ﹂
⋮ふふ、結構庶民的な上官なんだな⋮この人は
﹁はは、わかります﹂
⋮しまった、なれなれしくわかりますなんて言ってしまった⋮
気分を害されただろうか⋮
﹁わかってくれるか
そうか
この味だ
⋮結構君もボンボンなのか、ははは
⋮ん、そうだそうだ
いやあ、懐かしいな
!
があるのだった﹂
あいつらは帰してしまったが僕には君に聞くこと
と、とうとう本題に入るのか⋮
一体何を聞きに来たのだろう⋮この人は
?
⋮あ、そうそう
急に訪れた身だ、そこまで贅沢はいえんさ
﹁僕は茶を飲みに来たわけではないし
﹁茶菓子も出せずにもうしわけありません⋮﹂
おいしい麦茶だった﹂
﹁うん⋮ありがとう
⋮結構好印象だったらしい、よかったあ
時がたつと、かえってそういうものが恋しくなるのだなあ﹂
若いころはもう一生いらぬとばかりに飲んだが⋮
!
!
?
!
192
?
!
﹂
﹁うーん⋮いや、まず礼から言わせてくれ⋮ありがとう﹂
﹁⋮へえ
え、なんでお礼
僕、何かしたか
﹂
﹁そう素っ頓狂な声をだすな
煙草のことだよ煙草﹂
﹁た、煙草でありますか
﹁そう、煙草だ
う﹂
﹁⋮
それは、どういう⋮いえ
﹂
頂いておいてその理由を聞くのも失礼ですがッ⋮
﹁ふふ、気にするな
﹂
頂いてしまってよろしいのですか
!?
﹁僕は煙草を吸わん﹂
そういうと望月少佐は一本の葉巻に火をつけた
偉い人ゆえの悩みというやつか
﹁は、はあ﹂
ほとんどいない﹂
﹂
お前のように素直に受け取ってくれるやつは少佐ともなるともう
うのでね⋮
階級というものは便利だが、偉くなるのと同時に友をなくしてしま
?
変なことを言ってすまないが⋮もらってくれて助かった、ありがと
?
!!
⋮これは戦友の形見でね﹂
⋮形見
﹁形見⋮ですか
﹁そう形見だ﹂
﹁⋮あ
?
そういうと葉巻を気だるげに口に咥える
193
!? !?
!?
?
﹁いいんだ、それに上官からもらったものは返さないのだろう
!
!
?
そんな大それたもの
!!
﹁⋮は
⋮
﹂
また変な声が出てしまった
﹁⋮ひい、ふう、み、よ⋮もう、あと30本か⋮
多いようで少ないような⋮それはそうだな
あれから結構な月日がたった
⋮悪いが、君も吸ってくれ⋮そういう決まりなんだ﹂
﹁⋮﹂
差し出されたマッチを擦ると
口にくわえた煙草に火をつけた
吸うのは3年ぶりか⋮
軽く口の中に入れる程度に煙を吸い込む
少し潮の香りがする
⋮さすがは葉巻、安物とは香りが違う⋮といいたいが
正直あまり違いは感じない
むしろ僕は苦手だ
﹁⋮僕は若いころ⋮今も若いがね
君と同じ海軍にいたんだ﹂
﹁
﹁ふふ、先輩っておまえ⋮学校の部活か
先輩と知っていればもっと礼を尽くしたのですが⋮﹂
?
﹁⋮﹂
気が付いたら苛めに合うほどに孤立していたんだ﹂
そんな僕だけど⋮いやだからか、友達がすくなくてね
んだ
上官に気に入られてその船のなかじゃあ結構気楽に過ごしていた
﹁そんなやつとは違って僕は優等生⋮
﹁⋮﹂
それも悪いほうの変わり者、しょっちゅう上官に殴られていた﹂
⋮そいつは海軍の中でも噂になるほどの変わり者でね
?
194
!!!
!? ?
⋮そうでしたか、すいません
!?
海軍のいじめは陰湿だと聞いたことがある
1年、あるいはそれ以上
船の中で他人と過ごすのだ、孤立していじめにあったら⋮
考えるだけでもぞっとする
﹁その日も僕は苛められていた
悲鳴をださぬように口に当て木をされて殴る蹴るの祭りさ
⋮正直その日は本当に殺されると思った﹂
﹁⋮﹂
﹁そんな時だ
不意に猿ぐつわが外されたと思ったら急に体が軽くなってね
朦朧とした意識でも抱きかかえられたのだと分かった
重い瞼で後ろを見ると、どこかで見たような後ろ頭でね
そう、その変わり者だったんだよ﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮ふ﹂
﹁それからは僕もなぜか友人が増えてね
どうもそいつが何か仕組んだらしいんだが⋮
結果いじめにあわなくなった、命の恩人だよ﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮ある日の朝だった
まだ霧も晴れない早朝にそいつに叩き起こされてね
話を聞いたら上官の部屋から葉巻をくすねてきたらしいんだ
195
﹁ぼこぼこにされたいじめっ子ともども上官の前に引っ張り出されて
ね
僕は上官に一発殴られた後は無罪放免
﹂
⋮いじめっ子は配属が変わったからどうなったか知らんが
それがそいつとの初対面かな
﹁⋮﹂
⋮友達がほしかったんだと
﹁理由を聞いたらまた変わっててね
?
つい笑ってしまってね、またそいつに殴られた﹂
!
⋮ばれたら殴られるだけじゃすまないような上官のね
そこまで行くと僕も楽しくなってしまって
彼に言われるまま、普段から夜警も通らない甲板の上の穴場へ連れ
てかれたんだ﹂
﹁⋮﹂
﹁煙草なんて初めてでね
せき込むたびにばれるからやめろと殴られたよ
⋮朝の霧の間に見えた島がきれいだったのを今でも覚えてる﹂
﹁⋮﹂
﹁そいつがさ⋮煙草を全部くれるっていうんだよ
怖いからいらん、と言っても聞かなくてね
僕のポケットの中に無理矢理に突っ込んだんだ﹂
﹁⋮﹂
﹁その瞬間だった
﹂
﹁⋮そう、ですか﹂
196
ふっと体が浮いてね、気づいたら僕は海に投げ出されてた﹂
﹁⋮
﹂
﹁⋮どうして﹂
﹁ん
﹁どうしてほかの人と一緒に吸うことにしたのですか
?
そうしたほうが彼の弔いになるんじゃないかと思ったのさ﹂
﹁⋮こう見えてロマンチストでね
﹂
まさか、そこでも友が少ないのが災いするとは思わなかったな﹂
⋮
これまで誰かと一緒にしか吸わなかったっていうのもあるんだが
⋮ここまで減らすのに結構かかってしまった
﹁その葉巻がまた結構な量なんだ
﹁⋮﹂
⋮たぶん、彼もいっしょにね﹂
船は僕の目の前であっという間に沈んでいった
﹁機雷に触ったのか魚雷を撃ち込まれたのかはわからないが
!
?
﹁うん
⋮おう、結構話こんでしまったな
なんだ
﹂
さっさと本題を聞いて帰るとするか﹂
﹁え
﹁うん
?
﹂
﹁ふむ、そうか
それだけ
﹂
?
⋮いや、すまんな
そう﹃え
あ、はい
これだけだよ﹂
?
﹁いや、普通のでいいんだふつーので
⋮では失礼する﹂
﹂
﹁⋮あの﹂
﹁⋮
?
﹂
きょとんとした顔をしている⋮こんな無遠慮なお願い、まずかった
﹁⋮またこんど、煙草⋮いただけますか
﹂
とびっきりのを用意してお待ちしてます﹂
﹁⋮ありがとうございます
そういうと望月さんは名刺をくれた
店が開いたときは文でも送ってくれ﹂
﹁ふふ、では近いうちにまた麦茶の堪能しに来るとしよう
思わず顔に手を当てる
気づかないうちに顔に出てしまったようだ⋮
﹁え
﹄って顔をするな
僕もさっき初めて聞きました﹂
それは単に噂話が独り歩きをしただけかと
﹁⋮い、いえ
当か
で、本題だが...モザイク画で一般からも応募、公開をするとは本
﹁ふふ、聞いてくれてありがとうとは言っておこう
﹁あ、すいません⋮失礼しました﹂
僕はここに昔話をしに来たわけじゃないぞ
?
!
197
?
?
?
?
?
だろうか
﹂
﹁⋮なんだよ
﹁ああ
お・れ・は﹂
そういうこと言いますか
?
それは卑怯だろ
﹂
!!
﹁龍田さん
こんにちは
!
?
﹁いいんですよ、そんなもの
そうなのですか
私は手伝いたくて来てるのだし⋮ね
﹁え
?
天龍ちゃん﹂
⋮すいません今日はお茶菓子がなくて⋮﹂
!
⋮こんにちは寺田さん﹂
﹁天龍ちゃんがそういう言い方するからよ
﹁ばっ
じゃあ天龍さんには今後お茶菓子はなしの方向で⋮﹂
!?
帰ってもいいんだぜ
人がせっかく手伝いに来てやったのにその言いぐさ
?
⋮て、天龍さんんん⋮脅かさないで下さいよぉ﹂
﹁ひっ
﹁何がだ
⋮あの人も十分変わり者だったな﹂
﹁⋮はああああぁぁぁぁぁ⋮疲れた
それにしても⋮
何やら軍人らしからぬというか⋮
不思議な人だった
た
そういうと望月さんは手をひらひらと振りながら部屋を出ていっ
⋮それまでに麦茶にあう茶菓子でも探しておいてくれ﹂
店が開いたときにまた来る
﹁⋮ふふ、そのうちな
?
?
﹁⋮そ、そう言い方はねーんじゃねーのか
!?
てんりゅう⋮ちゃん
﹂
くっそお⋮龍田の奴、いいところばっか持っていきやがって⋮﹂
﹁なあに
?
?
198
!!
!
!
⋮天龍さんはお茶菓子目当てに来てるのだとばかり⋮﹂
?
﹁変な呼び方するなあ
⋮
⋮⋮
ギャーギャー
﹁⋮寺田、市之丞か﹂
﹂
⋮⋮カツカツカツカツカツッ⋮
199
!!
﹁近海掃海﹂
﹁カッター引き上げー
カッター収納しろー
﹁弾磨きーッ
﹂
弾磨かねえでどこに行ったーッ
﹂
錆弾作る気かーッ
殺すぞーッ
鎮守府にほど近い近海を航行する巡視船 夕凪
開戦から行われてきた反抗戦に参加することなく
鎮守府近海の監視を主な職務とする船である
﹁本日は風浪ほぼ感じられずのべた凪⋮
船乗りには少しつまらん日と言えるでしょうな﹂
﹁⋮んなことはいいからさっさと
規定のポイントをまわって他にいくぞ﹂
駆逐艦より少し小型なこの船は喫水が浅く
機雷に接触する可能性が普通より少し低い
そのために戦闘には参加させてもらえず
機雷の掃討という泥を被っていた
﹁随伴の掃海艇三隻が早く仕事をよこせとの
無電を再三よこしています﹂
﹁帰って便所掃除でもさせろ﹂
機雷の撤去には主に特殊なソナーを使い、発見した後は掃海艇の機
銃により爆破、無力化する
のだが⋮
﹁奴らそこらの海女みてえにぽんぽん小型の機雷を落として行きやが
る⋮そこらのアワビと見分けがつかねぇ
上を走るあの子達は平気でも俺たちみたいな小型艇は命取りだっ
てのによ⋮﹂
﹁掃海艇の爆発担当は全員相当な
狙撃技術を身につけ始めてるそうですな﹂
200
!! !
!!
!!
!
!
﹁陸軍さんにでも貸してやったらいい⋮ったく
機雷の撤去にくらい派手に弾使わせてやれよな
なんだったら爆雷を1.2発落とせば
大部吹っ飛んでくれるのによ⋮
﹂
なんで小銃弾で撤去なんてアホな指令出してんだ
当たらねえよ
﹂
!
直接、接雷したのではないが⋮
﹁⋮くそッ
﹂
各部被害報告
﹄
﹃機関室異常なし
﹃電探室、雑音入っただけです﹄
﹄
﹄
﹄
﹂
バカが驚いて弾薬箱ひっくり返しました
﹃炊事室、火災の心配ありません
﹃了解
﹁時限装置でもつけてんのか
この時間帯はぽんぽん浮かびやがる
﹂
巡視船の甲板にいる奴は全員望遠鏡を受け取れ
﹃人手が足りない
﹃機銃弾装填
﹄
この付近で機雷の浮上が認められる
﹁⋮掃海艇、仕事だ
カモメが被雷したようです﹂
﹁浮上していた機雷に運悪く⋮
﹁⋮航海長﹂
応援よこしてください
﹃弾薬庫
!
がないのです﹂
﹄
﹁鹵獲しようにも今まで不発というものが出ていないため、調べよう
!!
!?
!!
!!
!
轟音と共に船全体に振動が走る、機雷が爆発したのだ
ドゴオン⋮
﹁機銃よこして弾数寄越さねぇんじゃ話にならん
﹁どうしても無理なものは機銃を使って良いとのことですが⋮﹂
!
!
!
!
!
201
!
!
!
!
!!
!
﹁くそ⋮ソナー
ご大層な名前つけてもらって何やってた
﹃やっと上が寄越してくれた
新型の高周波ソナーなんですが
﹂
相変わらずうんともすんとも⋮﹄
﹁ちっ
﹂
﹂
﹁実験機を寄越して貰っただけでも感謝せねば
﹂
⋮見つけたようですな﹂
﹁あ
ドゴオン
﹁⋮あいつか
⋮おい黒橋
ちゃんと確認とってから発砲しろ
﹁⋮頭を下げてますな、忙しなく﹂
﹁もうあいつ専用の無電でも持たせたらどうだ
﹁なるほど、検討しましょう﹂
⋮⋮
俺の名前は黒橋慎吾
まぁ、ただの船乗りだ
別に覚えてくれなくっていい
⋮今は機雷の撤去という仕事をしているが
元々は海軍陸戦隊の狙撃兵だった
入隊したのは五年前
士官学校にいた時から狙撃の腕は⋮まぁ
そこらの人よりはよかった
﹂
たのだが⋮彼女達の活躍でその話は白紙になった
感謝はしている
数人と顔を合わせたことがあるがみんないい人ばかりだ
俺が知らないだけで、何回も命を救われているんだろう
⋮多分、今も
202
!!
本土決戦が持ち出された時にこの基地の近くの海岸に配属になっ
?
!
!!
!!
!!
!!
?
今の仕事は結構好きだ
先輩方は俺が機雷に弾を当てるたびに小遣いをくれるし
何より死ぬ恐怖があまりない
普通の機雷より小型な奴らの機雷は
人が当たるとたまったものじゃないが
掃海艇でぶち当たっても少しフワッとするだけで
穴が空くことはない
⋮もはや嫌がらせ、爆竹と呼ばれてるくらいだ
だが連鎖するとやばい
俺の仕事は連鎖しそうなやつを見つけたら
当たる前に連鎖させる仕事だ⋮と思ってる
みんなの命のためなら命令違反なんて屁でもないし
みんなもそれを理解してくれている
⋮本当、いい職場だよ
203
⋮⋮
﹁⋮﹂
﹁今日はさっきのくらいかなぁ﹂
﹁⋮凪の日が最近多いから助かるな﹂
﹁べた凪だろ、それで外すなら今の仕事やめちまえ﹂
﹁⋮⋮いま、海面が光ったな﹂
﹁うん、僕も見えた
⋮あそこだ、500はあるかな﹂
﹁⋮楽勝﹂
俺の使うのは型式が少し古い97式だ
こいつの先代がいろいろといじっていたらしいが
それがどうにも、俺の感覚とピッタリ同じで
特注の4倍率スコープも曇りがなく綺麗
⋮相棒ってほどじゃないが気に入ってる
﹂
﹁2発だったら250円、1発なら500だとさ﹂
﹁⋮横須賀の鰻屋でも予約しとくか
﹁安いのを二人で食べようよ﹂
?
﹁⋮断る﹂
風はない、波も穏やかだ
﹂
⋮あと2.3センチ右に来い
⋮ここ
﹁シッ﹂
ズダァンッ
⋮ィィイン⋮
⋮ボシュ
⋮⋮ドゴオォンッ
﹁⋮フー⋮﹂
﹁ひょー⋮当てたよ
結構きわどかったろ
﹁⋮連鎖しなかったな﹂
﹁まぁな、次があるさ⋮
﹂
下げとけ
﹂
﹂
!
⋮おっと、でっけえ船からでっけえ声が聞こえるぞ﹂
﹁⋮あ、確認
⋮忘れてた﹂
﹁俺もだ⋮
とりあえず頭下げとけ
!
﹁⋮すんません、すんません
﹁あははは
⋮笑い事かよ⋮
!
204
?
!!
!
!
本来ならお前が報告するんだぞ
?
!
﹁姉妹の帰投﹂
﹁⋮ヒトヨンマルマル
こちらは夕凪、数分経ったら帰港する 掃海完了﹂
定時連絡を終えると
艦長は肺の空気を全て吐き出すように息を吐いた
﹃了解、お疲れ様でした﹄
⋮油断した
まだ返答が終わってなかった
お疲れ様って⋮ため息を聞かれたか
ビッ
﹁⋮やっと昼飯にありつけるな﹂
﹂
﹁港に帰らねば炊事室で昼食を取れないくせは
どうにかならないのですか
﹁うるさい、落ち着かないんだよ﹂
炊事班の連中は面倒だとうるさいがな
こればっかりは慣れん
﹁今日はいつもより数が少ないように感じます
﹂
掃海艇1.2.3番、合計35個⋮といったところでしょうか﹂
それでも他の鎮守府に比べればだいぶ上位の方だ
﹁⋮黒橋が18か⋮
?
?
今日は連鎖をお目にかかれんかったな﹂
﹁やはり、この辺りの潜水艦も撤退を始めたのでしょうか
﹂
﹁嬢ちゃん達が先月にバカスカ爆雷を投下したからな
!!
205
?
あれで随分減ったんじゃねぇか
あの元気っ子ども⋮
やたらに投げ込むからな
﹄
﹁⋮そうだといいんですが﹂
﹃見張りより緊急伝達
﹂
!?
右舷2時の方向
!!
﹁どうした
﹃艦長
!
﹂
⋮友軍です
﹁⋮予定は
﹂
﹄
﹁今日帰投する艦は⋮
⋮おぉ
⋮⋮
⋮⋮⋮⋮
弾磨きも立派な仕事だ
少し布で拭くだけでだいぶ違う
﹁18個爆破するのに20発⋮荒稼ぎしすぎだろ﹂キュッキュッ
﹁⋮それでも払ってくれるんだからいい先輩だよ﹂ガチャガチャ
しめて8500円⋮かけてくれたのが18人だから
⋮おぉ、ぴったりかぁ⋮8500円⋮
﹁まあなー、お前から振ってるわけじゃねえしなー
⋮くっそー、車買えるんじゃねえかもう﹂ガチャガチャ
!
﹁⋮車は嫌いだからなぁ
冷蔵庫をお袋に買ってやりたい﹂カチンッ
⋮撃鉄の落ちる時のひびきが悪いような⋮
﹄
﹂
﹁おお⋮聖人君子のようなやつだな﹂
﹃総員聞け
﹂
﹁うあっち
あっ
コロコロコロ
パシッ
﹁⋮貴重な弾だぞ
結構弾はあるが贅沢はできないからな
﹁す、すまん﹂
﹃手の空いたものは右舷に集まれ
繰り返す
手の空いたものは右舷に集合
206
!!
⋮女神の帰投だ﹄
!!
!
!
!
?
!
!? !!
⋮陸軍さんの横流しもあるから
?
!!
⋮
バッ
﹁女神って⋮おいおいマジかよ
⋮
⋮⋮
⋮⋮⋮
﹁でさ
あの時日向がはずしたじゃん
あの敵にさ、あの瞬間﹂
﹁あのが多いぞ、伊勢
﹁外したんだよ
﹂バッ
⋮まぁ、確かに外した⋮かもしれない﹂
!
﹁⋮そんな小さな傷でくよくよするな
﹁んぎ⋮まぁ、そうだけどさ
﹁そういうことだ﹂
﹁んぎぎ⋮
﹂
でも日向が外したのには変わりないじゃん
﹁⋮まぁ、そうなるな﹂
﹁ほらねー
ふーんだ
﹂
﹂
﹂
﹂
!
!
?
提督への言い訳に使わしてもらいますからねー
﹂
﹁別に構わないが⋮ん
﹁え
﹁あれは⋮﹂
⋮⋮
?
﹂
?
大丈夫、次があるさ﹂
!
﹁⋮あの時避けられたのに飛行甲板を盾に使ったろう
!?
⋮あの時当ててれば私が小破することなかったのになぁ﹂
!
だからさ
﹁うん⋮って
もーっ
!
日向が外したからこうなったんでしょーッ
!!
! !?
207
?
!
?
!
!
?
オーイ
オカエリナサーイ
オーイ
オカエリーッ
!!
!
ケガハナイカーッ
⋮⋮
208
﹁⋮帰ってきたね﹂
﹁あぁ⋮我が家だ﹂
!?
!!
!
﹁航空戦艦﹂
﹂
伊勢型姉妹を発見した夕凪は帰港しようとしていた進路を変更、急
遽彼女たちと合流すべく舵をきった
﹁⋮時刻通りに帰投せねば大目玉ですよ
﹂
﹂
﹁⋮面舵
﹁知るか、彼女たちに礼をせぬ方が罰が当たるわ﹂
?
⋮
﹂
﹁お、こっち来てくれたよ
﹂
﹂
こっちにきてる
﹁⋮ほんとうだ
まいったな⋮どうする
﹁え、何が
もっと喜ぼうよー﹂
﹁⋮伊勢、お前
⋮胸が出てるんだぞ
﹁⋮⋮
⋮⋮⋮⋮
﹂
?
伊勢はゆっくりと自分の体をみると⋮
すっかり忘れていたのか、
アーッ
﹂
せっかく出迎えに来てくれてるんだよ
?
ほら
!
!?
?
一直線、魚雷のように伊勢達の方へ向かう
それは頭をザブンと引っ込めると
⋮あ
⋮ここ、前に雷達が来てたところじゃない
﹁⋮えらい遠くまできちゃったわね⋮
その海面に一つ、ぴょこんと頭を出す者がいた
凪の海は昼時の高い日の光に照らされて輝いている
夕凪は大きく弧をえがくように曲がり出した
﹁面舵
!
!
?
!?
209
!
!
!
?
敵の攻撃を受け、もろくなった装甲⋮もとい服
それが、完全に出ているほどではないが大変キワどいことになって
いることに気がついた。
﹁⋮ど、どうしよう日向ぁ⋮﹂
﹁⋮なんで忘れていたんだ﹂
﹂
﹁だって⋮日向が海の上では見るものなどいないって言うから⋮﹂
﹁⋮瑞雲で隠すか
﹁⋮明石さんに怒られちゃうよう﹂
﹁⋮普通に腕で隠せばいいじゃないか﹂
﹁だって⋮堂々と帰投したいし⋮﹂
⋮ないもん﹂
﹁⋮伊勢は見栄っ張りだな﹂
﹁そ、そんなこと
ザバン
突然穏やかな波間に水柱が上がった
おかえりーっ
何かが勢い良く飛びたしたのだ
﹁ヤッホー
伊勢の姉さんに日向さん
﹂
⋮って、何してんの
お腹痛いの
﹁いや腹痛ではないんだ
!
﹂
?
﹁へ
⋮なになに
⋮⋮
⋮⋮⋮⋮
﹁なるほどなるほど
どうったのー
⋮君のは布地が少ないからなぁ⋮﹂
?
﹁普通に腕で隠せばいいのに⋮
﹂
伊勢は見栄っ張りだからな﹂
﹁見栄っ張りじゃないもん
!
210
?
!
⋮ほんとだ、あの船こっちに来てるや﹂
!
!!
!
!
﹁⋮い、イムヤ∼⋮﹂
?
?
?
﹁君に聞くのも悪いのだが⋮イムヤ
ダメだよ
その着物を⋮﹂
﹁ダメダメ
!
﹂
﹂
背丈、背丈の方の話だからね﹂
姉さんたちが来たら提督指定の水着が破れちゃうって
⋮あ、ごめんね
﹁そうか⋮﹂
﹁グスン⋮﹂
﹁⋮あ、そうだ
?
⋮姉さんたち運がいいよ
﹁⋮
﹂
!
!
おい、デッキ
お二方の様子はどうだ
﹂
潜水艦です
﹄
!
﹃日向さんはお怪我ないようです
⋮あと、あれは⋮潜水艦
﹁イムヤが
おそらくは伊号168かと
!
伊勢はどうなっとる
﹁⋮これは提督に報告ですな﹂
﹁無論だ
⋮伊勢は
﹂
⋮あの小娘、ここまで遊びに来とるのか
!
﹁⋮なに
﹂
﹁⋮怪我でもなさったのでしょうか
﹁⋮甲板に応急整備を向かわせろ﹂
﹂
﹂
先ほどから日向さんの影に隠れておられまして⋮﹄
?
?
!
﹁ぶつかったところで被害があるのはこっちだがな ぶつかるな﹂
﹁⋮距離をしっかりとるように
⋮
⋮
﹁⋮へ
?
﹃そ、それが⋮
!
!
!
?
!
!
?
?
211
?
﹁はっ
⋮
﹂
﹁⋮速度を上げたぞ﹂
﹂
姉さん
﹁なんでよっ
﹁ちょっ
!
!?
﹁応急整備班
出来たよ
﹂
﹂
うごかないでって
い、いらないのにーっ
﹁だから
⋮よしっ
﹁⋮おい、なんだそれ﹂
﹁んふふ
!
﹂
前に怪我した時にちょっとねん
﹂
!
!
!
!!
!?
甲板に赤い帽子の連中がいるな⋮﹂
﹁伊勢が負傷したと思っているのかもしれん
ボタンしめられないでしょ
!
!
!
﹁⋮なんかパツパツする⋮﹂
212
!
!
﹁赤い帽子のお兄さん﹂
伊勢の異常を知り、速度を早めた夕凪は2人まであと数キロという
距離に迫っていた。
﹂
﹂
その間も甲板では赤い作業帽を被った者たちを筆頭に、様々な人員
が動き回っている。
﹁カッターだせ
赤帽の奴らを伊勢さんのところまで連れて行く
﹂
﹁さっき取り付けたばかりで今少し時間がかかります
﹁だったらもっと速度を上げるよう艦長に言え
その中でもひときわ目立つのが応急整備班の面々であろう
彼らは彼女達、艦むすが現れてから結成された医療チーム⋮いや、
工兵チームと言った方が正しいか。
応急医工入渠隊
通称﹁赤帽﹂
名前の由来は彼らが身につけた赤に染め上げられた作業帽である。
前線にほど近い島々や、生き残った帝国の大型艦などに常駐してお
り、艦むすが撤退不可能なほどの傷を負った場合、少数精鋭の船乗り
達と共に前線に乗り込み、治療、救助する突貫医療部隊。
人体医学と機械工学の両方に長け、艦むすの﹁人﹂の部分と﹁船﹂の
部分、両方をある程度治療できる⋮ある程度と軽く言ってはいるが、
﹂
結成当時から数々の海戦で艦むす達の轟沈を防いできたエリート集
団である。
﹁隊長、見えますか
﹁どうですか
﹂
は夕凪の医務官兼艦むすの応急整備士として活躍している。
彼らは鎮守府近海掃海戦からこのあたりの海域の担当となり、いま
夕凪には計3人、赤帽のメンバーがいる。
﹁あぁ、よく見えてる﹂
?
装甲服に若干のほつれが見てとれるが⋮治療が必要とは言えない
213
!
!
!
!
﹁日向さんはほとんど無傷だ
?
な﹂
﹁伊勢さんの方は
﹂
﹂
赤帽の一人が質問すると、甲板二階、対空銃座のあたりからひょっ
この辺りならよく見えます
こりもう一人の赤帽が顔を出した。
﹁隊長
あれ
⋮何やらイムヤの奴に、え
⋮着付けでもしてもらっているようです⋮
﹂
﹁なんで疑問形なんだ⋮どういうことだ
﹂
しっかり説明しろ
﹁は、はい
報告を受ける。
?
﹁⋮はぁ
﹂
﹁はははは
見えた見えた
着てたな、迷彩服
﹂
!
?
ありゃあ医療用の手術服でもなけりゃそこらの島々が使っている
﹁いや、そりゃあねぇだろう
るまいな﹂
﹁⋮陸のやつらがまたろくでもない知識つけて変な治療したのではあ
隊長はケタケタ笑うがもう一人の赤帽は不満げに顔を歪める。
!
⋮伊勢さんが何故か、陸軍の迷彩服を着ているのでありますが⋮﹂
﹁は、はい
ている。
人の赤帽、もう一人の隊長と呼ばれた男はそれを聞いてケラケラ笑っ
明らかに何かを言いよどんだ若い赤帽の態度に苛立ちを覚える一
﹁なんだ、どうした
﹂
だが、それが当たり前とばかりに2人は何事もなかったかのように
余程目がいいのか細かい箇所を的確に報告する若い赤帽
少の装甲服の焼けつきが目立ちます⋮えぇと⋮﹂
﹁⋮オイル漏れなし、弾痕なし、頭髪に少々の焼け焦げあり、あとは多
勢達を凝視した。
他の2人と比べて若いその赤帽は、慌てて双眼鏡を持ち直すと、伊
!
?
!
!
!
!
214
?
?
?
!
﹂
ような古い柄でもねぇ⋮ありゃ提督が大量に買い取ったってやつ
じゃねえのか
﹁ちょいと失敬⋮﹂
一人が隊長と呼ばれた男の双眼鏡を取ると、同じように伊勢達を見
た。
﹁なるほど⋮ありゃポンチョですな﹂ ﹂
﹁さっきイムヤが着付けてたってのもそれだろう
ふむ⋮おい﹂
﹁わかっております
⋮今すぐカッターをおろせるか
!?
我が班の救命艇はいますぐにでも
﹂
ドカドカと足音をたてながら一人の作業員に迫る赤帽
﹁は
﹁うんそうか
ならそれを借りるぞ
﹂
!
!
!
少し距離をとって待機するようにと
!
⋮それと艦長にお伝えしろ
今すぐ反転
﹂
215
?
!
!
﹁はっ
!
﹁主役は何を
﹂
﹁なんや、やっぱり日向さん達帰ってらっしゃるのかいな﹂
今、僕と沙苗は海軍の郵便課にいる。
注文した備品を受け取りに来たのだが、僕が受けつけをしている間
に、沙苗が別の整備士と話していた。
﹁夕凪の帰りが遅いから何事かとおもって確認したんだ
たまたま伊勢型の人たちの帰投ルートと被ったらしい
もうあと2時間ぐらいの所でしどろもどろしてるってさ﹂
ふむ⋮なるほど。
﹁その日向さんって人、怪我でもなさったのかな
?
?
その船はたまたまその艦むすの子達と帰り道が一緒になってしま
い⋮何かしらの事があって帰りが遅れているのだろうか
﹁そか、あんがとな﹂
﹁いいってことよ
⋮それと新型の艦爆のことなんだが﹂
﹁あぁすまん
﹂
後で工廠で打ち合わせしよ﹂
﹁おっとそうか
じゃあ、また後でな
﹁おう﹂
﹁すまん、またせた﹂
﹂
﹁いいんだよ、こっちこそ悪かったな
仕事の話だろ
﹁なぁに、もう趣味みたいなもんや
趣味はやっぱり仲間がいた方がおもろいやろ
⋮わからんが、とりあえず平気なようだ。
﹂
口に咥えた楊枝を小刻みに動かすとニッと笑った。
話終えたのか沙苗はこちらに向かって歩いてくる。
!
受け取った荷物の半分を渡すと、郵便課を後にした。
?
?
216
?
!
いま、ちょっとダチと来てんねん
!
何やら問題が起こってるらしいじゃないか﹂
ガタガタと動く中身を心配し、人を避けながら歩く。
⋮我ながら手慣れたものだ。
﹁あの人に限ってそりゃあないとは思うが⋮
﹂
伊勢姉さんがなぁ、そそっかしいからあの人は﹂
﹁日向さんにはお姉さんがいるのか
﹂
﹁んや、しっかりはしとるんやけど
﹁ふーん⋮結構手がかかる、とか
いるけどありゃあ妹みたいなものやな﹂
﹁いる
だけで皆仲睦まじく感じられるほどには仲がいい。
中には例外もいるし、あまりそうは見えない者もいるが、見ている
元が船なだけあって艦むすには姉妹が多い。
?
﹁⋮モザイクの次はステンドグラスかいな﹂
そう言われてしまうのは仕方ないが、モザイクまでやるのだ。折角
ならとことんやりたいではないか。
﹁ええ加減、基礎をやろうや⋮
こんなん店ができてからでもできるやん﹂
﹁基礎はもうできてるんだよ
後は床と壁紙、一部の窓だけだし
それが終わったら棚の設置、商品の搬入
⋮んでおしまい﹂
の最後のパーツがいつもはまらないのだが。
後それさえ決めれば終了という所までもう進んでいるのだ。⋮そ
⋮床を決めるまで遊んでいたわけではない。
!
217
?
妹に対抗心持ちすぎてるねん、あの人は﹂
?
まぁ、姉妹だしそういうのがあっても仕方ないと思うが。
﹂
﹁所でこれはなんなんや
あー⋮
結構重たないか
﹁ん
?
これはな、ステンドグラス用の色つき割れガラス﹂
?
﹁そか、なら少しは欲出してもいいかもな﹂
ステンドグラス﹂
﹁そう言われると助かるよ
見たことあるか
﹂
さて、部屋に着いたぞ
仕事だ仕事
これからどんどん華やかにしよう
﹁⋮﹂ガタ⋮ガタ⋮
ステンドグラス用の接着剤も買ったし、後は⋮ん
﹁んしょ⋮待って⋮﹂ガタガタ⋮ゴトン
⋮なんだこの物音
沙苗も気づいたようだ。
⋮誰かいるな、あそこ、奥の備品室のあたりに。
!
⋮何をしてるんだ、女の子の声
ちょっ⋮ダメ、逃げちゃ⋮﹂
﹁⋮ん、あ
2人でゆっくりと備品室に近づく。
ダメだ、と返すと沙苗はゆっくりと頷いた
手振りで示してきた。
ゆっくりとバールを置くと、
﹁声は出しちゃダメなのか
﹂と身振り
沙苗がバールを手に持つが、手振りでやめるようにいう。
?
!
見回すと真新しい木材に囲まれた殺風景な部屋だが
とりあえずこの荷物は地面に置かせて中身を確認するかな。
!
僕が見た時はも少し興奮したものだが⋮。
思っていたより反応が悪いな。
﹁ん、まぁな﹂
﹁綺麗だったろ
﹁⋮長崎の教会で一度だけな﹂
?
沙苗を見るが首を傾げている
?
そこには
⋮
218
?
!!
備品室のドアノブに手をかけ、音をたてぬようゆっくりと回す。
?
!
⋮
﹂
﹁⋮やっと⋮捕まえた
﹁ニャー
﹁グルグル⋮﹂
﹁じゃあ⋮でようか
﹁ナーン﹂
﹂
﹁あのー⋮﹂
﹁ひゃっ
﹁ちょっといいかな
﹁⋮ご、ごめんなさい
﹂
﹁いや、いいんだいいんだ
﹂
⋮抱きしめられている猫が苦しそうだ⋮
申し訳なさそうに頭を下げる女の子
⋮勝手に入ってきちゃって⋮﹂
!
﹂
早く追い出さないと⋮
大人二人でやっと運べるものがゴロゴロあるところだ
⋮そうだとしてもここは危ない
だろう。
話の内容から察するに猫を追って、ここまで入ってきてしまったの
えらい小さい子が猫をふん捕まえてなだめている⋮
⋮
﹂
﹁ふふ⋮いい子だね﹂なでなで
﹁ナォー⋮﹂
﹂
﹂
?
⋮わかってくれた
﹁⋮大人しくなった
﹁ナーン﹂
⋮一緒にでよう
ここは工事するところだから⋮入ったら危ないよ
﹁⋮ダメだよ
﹁ナオーン⋮﹂
﹁こ、こら⋮ダメだよ暴れちゃ⋮ね
!
?
?
?
219
?
?
!
!
猫を追って入ってきちゃったんだろう
﹁⋮えーと﹂
﹁⋮﹂
る。
﹁沙苗、知ってる子じゃないのか
知らん、と首を振る沙苗
﹂
猫は律儀なことに暴れることなく少女の腕のなかにおさまってい
話しかけても、沙苗が頬をつついても反応しない⋮
﹁お嬢ちゃん、大丈夫か
﹂
外に出ると女の子はまさに借りてきた猫みたいになった
⋮
﹁うん⋮﹂
でもここはちょっと危ないからな、外に出ようか﹂
?
おそらく、この子も
沙苗は僕より少しここでの生活が長い
﹂
それでも知らない子となると⋮
﹁⋮お名前は
﹁⋮﹂
怖い思いをさせてしまったのだろうか
﹁⋮ごめんね、大人二人に囲まれたらそりゃ怖いよね
?
この基地にいる子⋮女の子は大抵艦むすだ
?
﹂
でも大丈夫、この人は見た目はチンピラだけど
とってもいい人なんだ、な
﹁原因を俺にするのかいな
?
﹂
?
﹁ん
﹂
﹁⋮ていとくが﹂
沙苗はそういうと照れ臭そうに頭をかく
俺はまぁ、いい人な方やと思うで
⋮まぁ、自分で言うこととちゃうけど
!?
220
?
⋮少し手が震えてるか⋮
?
﹁提督が⋮知らない人と話しちゃダメだって
?
⋮大声出して逃げろって⋮﹂
﹂
えらいシャイな子だな
﹂
﹂
﹁それで
﹁⋮え
﹁いいかな、お名前を聞いても
﹂
女の子は少し僕の顔を見ると、ゆっくりとうなづいた。
?
ふむ、しっかりした子だ。
﹂
でもさっきは別に大きな声をあげたりしてないぞ
﹁どうしてそうしなかったの
﹁ナーン
﹁⋮﹂カーッ⋮
ありがとうな、そう思ってくれて嬉しいよ﹂
﹁⋮ん、そっか
﹁⋮悪い人じゃ⋮なさそうだったから⋮﹂
?
⋮うつむいて猫の頭をつつき始めた⋮
?
?
﹂
﹁あられ⋮﹂
﹁ん
221
?
?
﹁朝潮型9番艦の霰⋮です﹂
?
﹁来たぞ、霰ちゃん﹂
﹁ふむ、つまり⋮
お昼寝をしようと思ったが食事をとっていないことに気づき、食堂
で食事をとっていたら伊勢型のお二方の帰投の報をきき、港で2人の
帰投を待とうと思っていたが可愛い柄の猫がいたから追いかけてこ
こまで来た⋮と﹂
実に女の子らしい理由だ⋮といいたいが、なんと移り変わりの激し
い子なのだろう⋮。
ふらふらしているというか、落ち着いていないこととはまた少し違
うような⋮。
﹁うん⋮﹂ブチブチ
こうしている間も猫の頭の毛を抜き続けている⋮。
猫さんよ、お前は気持ち良さそうな顔をしているが、刻一刻とまだ
﹁⋮なんか、近所の子供思い出してな
ごめんな、つついて﹂
そう言って霰の頭をポンポンと叩くと、さっきまで運んでいたガラ
スの入った箱を近くの机に運び始めた。
﹁⋮気にしない﹂
沙苗はこの小さな声に気づいたのか、箱を机に運ぶついでにもう一
回、霰の頭をポンと叩いた。
⋮より一層猫の毛を毟るのが早くなった。
222
らハゲになっていることに気づいているだろうか
﹁ははは⋮それはまぁ
大変だったなと言うべきなのかな﹂
﹁⋮変わった子やなぁ﹂
沙苗は霰の頬をつつき続けている。
⋮痛くないのだろうか
?
沙苗は我にかえったとばかりに驚くと、照れ臭そうに頭をかく。
﹁沙苗、やめろ﹂
あ、いま嫌そうな顔をした。
?
⋮恨むなら沙苗を恨んでくれ。
﹁ナオン⋮﹂ゴロゴロ
⋮お前はそれで良さそうだな
あ、そういえば⋮
﹁あー⋮君は伊勢型の2人を迎えようと思ってたんだろ
﹂
﹂
ならそろそろ行かないとまずいんじゃないかな﹂
﹁⋮え
﹁さっき放送があってから随分経つだろ
⋮もうそろそろ来てるんじゃないか
﹁⋮忘れてた﹂
大丈夫なのか
コトコと歩いて行った。
﹁お前も知らない子なのか
﹂
出入り口を見つけたのか、霰は猫を抱きつつすっと立ち上がり、ト
⋮本当に忘れてたみたいだな。
ハッとした顔をすると辺りを見回し、出入り口を探す。
?
⋮考えても仕方がない、僕は僕の仕事に集中しよう。
放っておいたら、どこまでも一人で行ってしまいそうな⋮
⋮少し心配になる子だったな。
﹁そうか⋮﹂
話したことはなかったなぁ﹂
﹁⋮何処かで見たことはあるから顔は知っとるんやけど
箱を運び続ける沙苗に問いかける。
?
まずはあの箱の中身を出して⋮
﹂
⋮グイッ
﹁おぅっ
!
﹁⋮﹂
﹁ナオーン⋮﹂
いや、正確には服の裾か。
たようだ。
この関節を後ろに置いて来たような感覚⋮、襟を誰かに引っ張られ
!
223
?
?
?
﹁な、何か忘れ物でもしたのかな
﹂
⋮あぁ
⋮いい加減仕事をさせてくれと
⋮勘弁してくれといいたい
﹂
その顔には不安がありありと出ていた。
腰をおろして霰と目線を合わせる。
﹁ん
﹁⋮くなっちゃった﹂
⋮どうしたというのだ。
目だけを動かして後ろを見ると輝きのある黒髪が見えた。
振り向くまでもない、多分あの子だろう。
?
﹁⋮帰り道⋮わかんなくなっちゃった⋮﹂
﹁ナオー⋮﹂
グッバイ⋮お仕事
224
?
﹁雪の香り﹂
僕としてもここに配属になって一度も港に行ったことがなかった
し、沙苗のいう日向さんを見られるのなら行ってみる価値のあること
だ、うん。
⋮今日はステンドグラス、やるつもりだったんだけどなぁ
﹁⋮﹂
ガッシリ
この子は僕を逃がすまいとしてるのか、服の裾から頑なに手を離さ
ない。
散歩してもらってる犬の気分だ。
部屋を出てから数分は無言だった。
この子が僕の裾を引っ張っている以上、口で説明する必要がないか
らだ。
二年もいるんならこの鎮守府のことぐらいは頭に入るそうなもの
だがなぁ⋮。
225
⋮てもそろそろ話しかけた方がいいのか
ちらりと後ろを見る。
﹁霰はここに来て長いのか
﹁⋮ん﹂
﹁な、なぁ﹂
恥ずかしがり屋なのかもしれない。
先ほどから人とすれ違うたびに僕の後ろに隠れる仕草をするから、
⋮相変わらず僕の服の裾を掴んだまま、猫を抱いて歩いている。
?
僕は1ヶ月と半分位前にここに来たんだけど⋮﹂
?
じゃあ道を教えなくてもここは庭みたいなも
﹁⋮2年くらい⋮です﹂
﹁お、なんだ
﹂
大先輩じゃないか
のだろう
!
首をふるふると横に振り否定する霰。
﹁⋮んーん﹂
?
京都か
﹁霰先輩は出身はどこなんだ
﹁⋮京都﹂
﹁きょうと⋮あ
花の都じゃないか
﹂
?
﹂
?
﹁ん、俺か
﹁⋮お兄さんは
﹂
そこの出身とは羨ましい限りだ。
京都は遠いからなぁ、電車を何本も乗り継がねばならない。
この国に生まれたなら一度は目にしたいものだけどね﹂
そう聞いてる
﹁うん、そうだね
﹁⋮京都は、とても綺麗なところ﹂
らしい。
列島の形は少し違うものの、ほとんどはニホンのものと変わらない
ニホンという国と何かしらの縁があるとしか思えない共通点だ。
違う世界の国なのに、地名がピッタリ同じってのも﹂
﹁うん、不思議なこともあるものだよなぁ
﹁京都⋮知ってるの
すごいなぁ⋮一度は行ってみたいのだが﹂
!
﹁⋮とても寒いところ﹂
裾を引っ張る力が少し強くなった気がする。
﹁そうだな、雪なんか毎年大騒ぎだ
でも米は美味いし、酒は美味いぞ﹂
﹁⋮霰は寒いの嫌い﹂
更に強くなった。
寒いのが苦手なのはしょうがないが、そうあからさまに否定される
となぁ⋮。
﹁そういうなよ
かまくらって雪洞をほってな、そこ中で日中は友達と過ごすんだ、
結構あったかいんだぞ
?
226
!
!
?
新潟ってところの山の中だ﹂
?
もっとも、俺は結構早いうちに千葉に引っ越したから、新潟の友だ
ちは少ないんだがな⋮
﹂
それでも新潟は素敵なところだと思うよ﹂
﹁⋮雪の中で過ごすの
﹁あぁ、そうだよ
雪の中は意外にあったかくてな、火鉢かなんかを持ち込んで餅と
か、煎餅焼いたりしたもんだ﹂
﹁⋮へぇ﹂
お、ちょっと興味でてきた
﹁横須賀にも雪は降るだろ
心なしか目が輝いてる気がしたけど。
?
﹁⋮うん﹂
その時は俺が作ってやるよ、楽しみにしててくれな﹂
?
だからそう裾を引っ張るなって
227
?
﹁鎮守府の港﹂
鎮守府からでて少し歩くとだんだんと海の香りが強くなる、千葉で
は海沿いで暮らしていたから懐かしいなんてものではなく、もはや
﹁お、やっと何時もの感じになった﹂って感じだ。
﹂
﹁いい匂いだ⋮やっぱり海はいいなぁ﹂
﹁⋮﹂
﹁⋮霰先輩
もう港は目の前だぞ
﹁⋮﹂
﹁ナオー﹂
少しチョイチョイと裾を引っ張ってみる。
⋮ガッチリと掴んで離さない⋮。
﹁まぁ、僕も一度港を見ておきたかったし
⋮一緒に行こうか﹂
こっくりと大きく頷く霰。
⋮まぁ、少し位ならね。
港ではせわしなく、小さなトラックが動き回っている。
船に荷物を積むクレーンや、下ろした荷物を運ぶトレーラー、地元
の港では見られないようなものばかりで少し興奮した。
﹁うわー⋮でっかいのな積み込み用クレーンて
遠目でしか見たことなかったから実感なかったけど
こうしてみると⋮﹂
﹁⋮霰たちはいつもあそこから出撃するの﹂
霰が指差す場所を見ると、鎮守府よりは小さいが大きめの建物が目
に入った。
﹂
よく見ると小さな通路で鎮守府と繋がっているようだ。
﹁はぁー⋮すごいもんだ
霰は出撃したことはあるのか
﹁⋮うん、何回か﹂
僕の目を見ながらうなづく霰。
?
228
?
?
何と無く信用されて来たかなと思える。
﹁そっか、すごいなぁお前は﹂
⋮最初は目も合わしてくれなかったからなぁ。
﹁⋮まだ⋮伊勢さん、日向さん⋮着いてないみたい﹂
﹁ん、そうだな
放送も流れてないし、やっぱり少し遅れてるのかな﹂
﹁⋮﹂
少しだけ暗い表情を見せる霰。
﹂
猫が心配そうに腕の中から見上げている。
﹁霰は伊勢さんたちと仲がいいのか
﹁⋮二人とも優しい﹂
霰は猫を撫でながらそうつぶやく
﹁そうか、じゃあちゃんと待ってあげないとな
何処か座るところ探すか﹂
﹂
﹂グリグリ
229
﹁⋮お兄さん、お仕事は
﹁ここまで来ちまえばもう会って帰るしかないでしょ
﹂
お前を一人だけ置いてくわけにはいかないからな﹂
これで予定が一日ずれることになるがな⋮
沙苗よすまん⋮少し帰るのが遅れそうだ
﹁⋮サボるんだ﹂
﹁し、失礼な
サボりではない、これは君のためを思ってだね
どこでそんなことを覚えたんだ⋮
これはこれで結構痛いのだ。
﹁⋮い、いてて⋮痛い﹂
﹂
拳と拳で霰の頭を挟むように締め上げる。
!
?
?
誰がここまで引っ張らせたと思ってるんだこの子は
﹁⋮小さい女の子が好きとか
﹂
﹁そんな不純な動機でもない
?
⋮まったく、人が親切にしてるのにお前という奴は
!
!
?
﹁人の親切を無下にした罰です
!
!
!
!
﹁⋮ごめんなさい
⋮⋮えへへ﹂
⋮
⋮この子もこんな笑い方をするのか
変な方に大人びた子だなとおもっていたが
まだまだ子供というわけか
﹁それはともかくとして
今日はあまり日がでてないからな
﹂
﹂
少し涼しいが間宮で何か買って来てどこかで食べるか﹂
﹁⋮いいの
﹁⋮親切を無下にするのか
﹁⋮いただきます﹂
﹁ん、よろしい﹂
?
?
気分としては、あんみつが食べたいな
230
!
﹁間宮にて 霰と﹂
﹁あら、今度は霰ちゃん
﹂
間宮さんが少し驚きの混じったような声で言う。
僕はそういわれて、あはは⋮と笑いながら頭をかくことしかできな
かった。
今日も間宮はいつもよりは人が少ないがにぎわっている。
外からひと夏の仕事できている、学生の女の子たちで店を回してい
るのだろうか。
間宮さんは店先の緋毛氈の布をかぶせた長椅子に座って日向ぼっ
こをしていた。
﹂
そんな時、店に訪れた僕たちを見て思わず口にしてしまったのだろ
うか。
間宮さんの第一声はそれだった。
﹁ダメですよ
お仕事もせずに毎日女の子を連れまわして
だお盆で僕の頭を軽くたたいた。
﹁め、面目ないです⋮﹂
﹁間宮さん⋮ち、違うの﹂
霰が間宮さんのエプロンの裾をつかんで抗議してくれる。
﹁⋮私が道に迷って⋮寺田さんにここまで連れてきてもらったの⋮﹂
間宮さんはそんな霰を見て珍しいものを見たような顔をする。
しかしすぐにまたいつもの、にこやかな笑顔に戻った。
﹁⋮うふふ、冗談よ
誰も本気で言ってるわけじゃないわ
寺田さんに限ってそんなこと、あるはずないですもの﹂
﹁ハハハ⋮﹂
なんとなく、それはそれで変な重圧を感じるが⋮。
間宮さんはニコニコしながら、ごめんなさいねと僕の頭に手を伸ば
した。
231
?
間宮さんが抗議するように人差し指を立て、もう片方の手でつかん
!
?
﹁痛かった
﹁なんの
﹂
?
﹁⋮霰は暑いの嫌い﹂
﹁さっきは寒いのも嫌いって言ってなかったか
﹁⋮ちょうどいいのがいい﹂
﹁⋮なかなかにだらしない奴だな﹂
﹁うふふ、何か食べていく
僕はあんみつで
﹁じゃあそうします
﹁はい
﹂
あんみつ二つです
⋮⋮
⋮⋮⋮⋮
﹂
﹁伊勢さんたちを⋮迎えに
?
今日のあんみつは少しかき氷が入っていた。
﹁んぐ⋮そうなんです﹂
﹂
⋮きよちゃん、あんみつ二つお願いね﹂
﹁はい
﹁じゃあ二つで
﹁⋮あんみつがいい﹂
﹂
⋮霰はどうする
!
霰に目で聞いてみると、コクリと一回頷いた。
この番傘があれば別に気にすることもない。
今は外の席しかないけれど⋮﹂
?
﹂
⋮これは日向ぼっこしたくなるのも頷けるな⋮。
なって降り注いでなんとも言えない心地よさがある。
確かに、番傘越しに照らされた陽は、ちょうどいい暖かさの光と
こんな日はこの⋮赤い番傘越しに感じる暖かさが心地いいの﹂
﹁そうね。
今日はまた一段と陽が強いですね﹂
これでも帝国の男ですから
?
!
!
232
!
!
?
!
!
みつがいつもよりひんやりとしていて、涼しげだ。
霰もよほど気に入ったのかさっきから無言で食べている、えらい勢
いで⋮。
﹁そうですね⋮放送があったのはもうずいぶん前なのに、まだ帰って
らっしゃらないなんて⋮
何かあったのかしら⋮﹂
﹁お二人は確か⋮戦艦でしたよね
だったら案ずることは⋮﹂
当然か。
﹁初めて
そうなのか、霰
﹁⋮うん
﹂
そう言ってくれてうれしいわ﹂
霰ちゃんは初めてここに来たんですものね
﹁うふふ、そう
﹁⋮冷たい...のに、おいしい﹂
ふとこちらに向き直った間宮さんが、霰に問いかける。
﹁⋮霰ちゃん、おいしい
﹂
沙苗の話だと結構な練度のある武勲艦らしいが⋮心配になるのも
しかし、本当に放送があってから結構な時間がたっている。
すこし心配です⋮﹂
﹁ええ⋮あの二人に限ってそんなことはあるはずないのですけど⋮
?
﹁朝潮ちゃんに連れてきてねとは言ってるんだけど⋮﹂
﹁⋮﹂むぐむぐ
⋮なんぞ訳ありだろうか
霰は海は好きか
﹂
﹁⋮この辺りは海がよく見えてきれいだな
?
すると今度はこちらの瞳を覗くようにじっと見つめてくる。
じっと海を見つめる霰。
霰のスプーンを持つ手が止まる。
?
233
?
この辺りは⋮あんまり来ないから﹂
?
?
﹁ん
﹂
﹂
そういうと霰はあんみつから一口、スプーンにのった寒天を口に運
﹁海は⋮時々⋮怖いから﹂
﹁でも
海を見つめる霰の横顔は何かを悟ったように穏やかだ。
﹁⋮うん⋮でも﹂
なおった。
その行動に疑問を感じた僕が首をかしげると、霰は海のほうへ向き
?
んだ。
234
?
﹁赤帽の紳士達﹂.
50分前
ぎゅいいいいぃ
﹁⋮着水
もっとゆっくり降ろせよ
サスがおじゃんになるだろうが
かばせない者はいない。
﹂
﹁でもなんで俺たちはここで待機なんだ
?
か。
彼は夕凪に常駐する赤帽の⋮いわば下っ端と言ったところだろう
小さなカッターの上で、一人の赤帽が呟いた。
﹁お優しいことですね﹂
⋮⋮
⋮
クルーの一人が立ち上がって走り出す。
﹁あいよ﹂
もう使えるぞ﹂
﹁まあな⋮おい、赤帽の奴ら呼んでこい
⋮女神様はしばらくお預けってことか﹂
﹁あんなに近づいてたのにな
それをやるクルー達にとってはたまったものではない。
距離も取らされたのだ。
伊勢達の方へ向かっていた航路を反転、180度向きを変えた上、
クルー達が思い出したかのように疑問を口にする。
﹁赤帽の奴らの指示だ﹂
﹂
作業をするクルーもそうだが、皆せわしなく動き回り、額に汗を浮
夕凪の右舷、船尾側では小型艇を降ろす作業が進んでいた。
!
!
昇降用のクレーンのワイヤーが軋む音がデッキに響く。
﹂
﹁オーライオーライ
!
若い。
235
!
!
一言で表せばそうなるだろう。
20くらいか、はたまたそれ以下か⋮そう思わせるほどに男は若々
しく、そして中性的なだった。
体格は小柄で、少し目を薄めてみれば女性に見えるほど整った顔立
ちをしている。
実質、船は一定の場所以外は絶対禁煙なのだが、カッターの上なら
関係なしと、久方ぶりの煙草を口の端に咥えて微笑んでいる。
﹁何が﹂
仏頂面で答えたこの男、三人いる赤帽のリーダーである。
治療道具の確認に余念が無いのか、問いかけにも必要最低限、目も
向けずに口だけで答えていた。
﹁まぁ、あの子らも一端の女の子ですからね
﹂
船を反転させたのは少々無茶がありましたけど﹂
﹁誰だってそうするだろ﹂
﹁兵の士気が上がるのでは
リーダーが目線をそう言った男に向ける。
薄めた目には少し威圧感があった。
﹁冗談でもそういうことはやめろ﹂
声にもなんとも言えない凄みがあった。
﹁失礼しました、いやですね
伊勢とは親しいもんで、ついいつもの調子で﹂
﹁それこそ親しき中にも礼儀ありってもんだろが
いまは心配だけしとけ﹂
そう言うとまた、治療道具の入った背嚢をいじり出す。
﹁いつも心配してますよー⋮怒ると結構おっかないんだ、あの人﹂
小声で話しかけたのは、護衛としてつけられた一人の兵士だった。
﹂
脇に97式狙撃銃を抱え、カッターの隅っこに座り込んでいる。
﹁⋮今のはあなたが悪いのでは
﹁お、いうね
﹂
そう問いかけられて男は少し嫌な顔をした。
⋮君はさ、普段なにしてんの
?
?
236
?
あまり知らない人と話すのは好ましくないのだ。
⋮特に馴れ馴れしいやつとは。
﹁海に浮かんだ機雷を⋮掃雷作業をしています﹂
﹁あ、掃海艇にのってやる奴
その狙撃銃といい、君ってもしかして⋮黒橋くん
きた。
﹁ね、ちょっとさわってもいい
﹂
?
﹁どうしたね
﹂
﹁⋮すいません﹂
﹂
黒橋はゆっくり腰を上げるとリーダーの男に近づいた。
て船のヘリによりかかった。
リーダーの男がそう言い放つと、植村と呼ばれた男は頬を膨らませ
﹁やめろ植村⋮ちょっかい出すな﹂
﹁⋮は
﹂
ふーん⋮、と男は言うとニヤニヤと笑ながら体をジロジロと眺めて
﹁⋮鍛えてますから﹂
君がねー⋮どうりで船暮らしのわりにはいい体してるわけだ﹂
﹁へー、そうか。
やすく言い当てられると少し不気味だ。
⋮結構名は知られているようだから仕方がないだろうが、こうもた
驚いた、これだけの情報で名前を言い当てられてしまった。
?
?
﹁植村か
﹁えと⋮あの人なんですが⋮﹂
?
﹁⋮男性、なんですよね
﹁気色悪いか
?
﹁⋮なんといいますか﹂
ていた。
そう言われて振り返ってみると、植村はひらひらと手を振って笑っ
﹁⋮それをやつに言うなよ、喜んじまうから﹂
中性的といいますか⋮﹂
?
気にするな、いつもあんな感じだ﹂
?
237
?
まぁ、そうだろうな﹂
﹁い、いえ⋮そこまでは﹂
リーダーの男は道具の確認が終わったのか、その場に腰を降ろす
と、煙草を探し始めた。
﹂
黒橋が自前の煙草を差し出すと、ニヤッと笑ってそれを受け取っ
た。
﹁あんがとさん﹂
﹁⋮あの人はその⋮どんな人なんです
﹂
そう言うとリーダーは煙草を強めに吸い、口から吐き出した煙で輪
を作った。
﹁⋮ん、そうか。
お前は知らんのか⋮。
これは赤帽の⋮応急整備班のほとんどに言えることなんだがな
?
リーダーは遠い海の向こうを見るように目を薄めると、黒橋に向き
直った。
﹁⋮﹂
まさか応急整備班全体の話になろうとは⋮
!
少し過ぎたことを聞いたかと後悔したが、もう後には戻れない。
238
?
どんな答えが出ようとも冷静に受け止める準備をした。
リーダーが重々しく口を開く。
﹁俺達、応急整備班のほとんどはな⋮
﹂
⋮女にゃ興味がねぇんだよ﹂
⋮
⋮
﹁⋮﹂
⋮
﹁⋮え
!?
閑話休題 人物紹介
寺田 市之丞
本作の主人公
⋮読みは、てらだ いちのじょう
新潟生まれ、千葉育ち
身長167センチ、体重63キロでざんぎり頭
年齢は20歳、顔は結構可愛い顔をしているが、
彼女はいない。
入隊時は二等兵
家は夫婦揃って豪商という商家の出で、
18歳の時に両親の反対を押し切って海軍に志願した。
一年越しで19歳で酒保要員として入隊。
﹁一から事を為す﹂ことが好きで、
今回も若干心が踊り気味。
艦むすに対して抵抗がなく、
当たり障りなく接する⋮が女難の相があるのか、
トラブルによく見舞われる。
生粋の朴念仁であり、
それで過去に何人か女性を泣かしている⋮が、
その後も良縁が続いてしまう不思議な人。
14歳の時に妹をなくしており、
それが大きな心傷としてのこっているためか、
妹に瓜二つの那珂をみてひどく取り乱した。
甘いものが好き。
林田 榮一郎
読みは、はやしだ えいいちろう
生まれは長崎
身長165センチ体重65キロ 5mmの坊主頭
239
年齢は35歳 年下の奥さんがいる
階級は軍曹
寺田が入隊した当日、受付として寺田の案内をした。
海軍の兵士である事に誇りを持っており、
深海棲艦との戦争に開戦時から参加している。
心構えや態度にうるさいものの、
見過ごすところは見過ごしてくれるので、
は無類のむっつりであり、
下士官の中では物分りのいい人として通っている。
若い頃
鎮守府内に幾つもの秘蔵の愛読書を隠し持っていて、
現在もふえている。
本気で怒ると手が付けられないらしい。
艦むすとは仲がよく、
雪風と腕相撲で勝ったことがあるのを、
酒の席で自慢するが、
艦むすを知らない店の人に通報されたことがある。
固いものが好きでスルメをよくストーブで焼いている。
愛妻家で奥さんの実家が、
乾物屋なのもあるのかもしれない。
緒形 稔重
読みは、おがた とししげ
生まれは東京
階級は少将
年齢は68
奥さんは昔はいたらしい
身長183センチ体重80キロ 白髪のオールバック
?
面白いことが好きで、
鎮守府に配属させた。
商家の出である寺田を一人、
甘味処まみやを襲った大盛況っぷりに心を痛め、
横須賀鎮守府の司令官を務める海軍少将。
?
240
?
催しものには積極的に参加しているし、
開催することもしばしば。
艦むすとの間には良好な関係築いており、
おじいちゃん的な立場として指揮している。
戦争には中盤から参加しており、
艦むすの出現とともに反抗戦の指揮についた。
軍上層部では固い信頼と盤石の地位を築いており、
少し無理をすればなんでもできる⋮らしい。
基本的にプライベートなことは明かさないし、
皆も遠慮して聞かない。
奥さんは昔はいたらしい。
艦むすを娘のように思っており、
上層部の何人かから反感をかっているが、
全っ然、きにしていない。
動体視力は艦むす以上。
胡桃を人差し指と中指に挟んで割れる。
遠距離射撃は師範クラス。
三階から飛び降りても平気。
剣道、柔道ともに五段、趣味でやってるらしく、
ヒグマを竹の棒で追い払ったことがある。
人外と言われると傷ついてへこむ。
杉村 完介
読みは、すぎむら かんすけ
生まれは神奈川
身長175センチ体重72キロ さらに短めの短髪
年齢は28 最近彼女と別れた
階級は上等兵
風呂を探していた寺田に行き方を教えた人。
だがそれは行き方ではなく、逝き方であった。
教えた場所は艦むすの浴室兼入渠用の浴室だったため、
241
寺田は艦むすである天龍のあられもない背中を、
目撃することになる。
そのためか、最近、龍田に連れて行かれたとの、
目撃証言があったのを境目に姿を消した、
龍田さんの話では、生きてはいるそうだ。
海軍の兵器や備品を整備する工兵であり、
艦むすが現れる前から整備士として働いていた。
働いている作業員の中では背が高く、
ノッポと言われ、からかわれていた。
担当の艦むすは伊168、
イムヤで手を焼いていたらしい。
腕は中々だったらしく、姿を消した後は、
作業効率が落ちた。
と苦情があったことがある。
艦むすとは結構仲が良かったが、
色目を使ってくる
刺身が好きで醤油にうるさい。
西川 忠文
読みは、にしかわ ただふみ
生まれは千葉
身長165センチ体重57キロ 坊主は怖くて出来ないため
とよく怒られている。
髪の毛は前髪が目に入るくらいの長め、
女か
階級は二等兵
家が無線を扱っていたのもあり、
通信課に配属となったが、
人数合わせのためのくじ引きであぶれたため、
酒保設営の手伝いにまわされた。
無類の石好きで休みを見つけては全国の山を巡って、
珍しい石を探す。
242
!
年齢は18で就職先に困って入隊した
!
宝物は北方の人にもらった貝の化石で、
貝の化石なのに琥珀に包まれている変わったもの。
ちゃんとした品評会に出せば、
家が買えると豪語しているが誰も信じない。
艦むすとは仲がよく、中でも青葉と気が合うそうだ。
写真は魂を取られると真面目に信じているため、
青葉によくいじめられているのが目撃される。
ハッカ飴が好きで、
父親に海外からわざわざとりよせてもらっている。
貧弱そうに見えて健脚で、50m走6秒をきる。
一時期は10キロある下宿先から、
鎮守府に徒歩で通っていた。
沙苗 郎太郎
読みは、さなえ ろうたろう
生まれは奈良、育ちは大阪
身長169センチ体重65キロ 髪は珍しいツーブロック
年齢は沙苗と一個上の21歳 地元に遠距離恋愛中の幼馴染がいる
階級は1等兵
寺田とは鎮守府の寮で知り合い、意気投合、
以降はよくつるんでいる。
寺田より二年早く志願し、
海軍陸戦隊の航空機の整備士として配属されたが、
反抗戦の成功により、
陸戦隊のほとんどが解散、
沙苗も鎮守府の軽空母担当の補助整備士になった。
ぶっきらぼうだが面倒見がよく、
寺田に先輩風を吹かせない。
地元の工業学校を卒業したあと、
すぐに整備士に志願したため、
243
戦争らしい戦争の経験がなく、
周りの整備士からは軽んじられているが、
整備士としての腕は認められつつあり、
大きな仕事もまわされるようになったことを、
内心とても喜んでいる。
決して暇ではないが、
時間を見つけては寺田を手伝いにくる。
お好み焼きが好きだがもう2年食べていない。
そろそろ禁断症状がやばいと、
寺田に愚痴を漏らしている。
黒橋 慎吾
読みは、くろばし しんご
生まれは埼玉 育ちは長野
身長163センチ体重59キロ 髪型は軍指定の長さの坊主
階級は上等兵
鎮守府近海の掃海活動を行う、
軽巡洋艦の﹁夕凪﹂随伴の掃海艇に配属。
爆破担当として活躍する狙撃手。
愛用の銃は97式狙撃銃。
機雷の撤去中、
事故で亡くなった先輩のものを、
上官の許しを得て使用しているが、
その先輩のことは何も知らない。
たまたま整備していたらしっくりきただけである。
元は海軍陸戦隊として、
房総半島の守備にまわるはずだったが、
反抗戦の成功により陸戦隊は解散、
栄転という形で掃海艇勤務となった。
寡黙な性格で友人は少ないが、
その少ない友人はみないい人ばかりである。
244
狙撃の腕は同期では首席であり、
陸軍に引き抜きかれそうなったこともある。 夕凪の艦長には愚痴を言われつつも信頼されており、
真面目なためか先輩からの受けもいい。
氷砂糖に一時期はまっていたが、
塩飴という新たな境地にを見出し、
目を離すといつもコロコロなめている。
245
﹁日向﹂
リーダーの燻らせるタバコの煙が動き始めたカッターの上、巻き起
こる風でかき消えて行く。
黒橋はその様子をなんとも言えない表情で睨んでいた。
﹁女性に興味がない⋮でありますか﹂
ようやく口に出した言葉が、思っていたよりオウム返しだったのに
少し驚き、後悔した。
そんなになんども聞いていいものなのか、わからなかったからだ。
﹁言葉通りさ﹂
リーダーは短く、そう答えた。
急に肩が重くなる。
植村と呼ばれていた男が肩に手を乗せられる距離まで近づいてい
たのだ。
246
﹁この人はさ、あんまり自分のこと話さないから僕にもわからないん
だよね。
⋮どうして女の人に興味をなくしたのか。
この人、別に男が好きってわけじゃないんだよ
勘違いしないであげてね﹂
⋮少し安心してしまった自分がいる。
⋮なんて﹂
そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうぞ
﹁怒んないでよ、もー
ると、それすらも楽しげにケラケラ笑っていた。
なんとも言えない怖気が走り、振り払うように振り返って睨みつけ
る。
植村さんが耳元に口を近づけて、わざと息が当たるようにしてく
﹁ちなみに僕はね⋮﹂
てよいかわからなくなる。
これで、俺は男色家だ⋮なんて言われてしまったらまたなんと答え
?
⋮男が言ってるセリフかと思うと寒気がするが、見た目がこれだか
?
ら違和感がないのが腹が立つ。
植村はまた、船のヘリに背をかけると思い出すかのように目を薄め
た。
﹁この見た目に声色でしょ
﹁⋮
﹂
ぴらぴらと手を振りながら釘をさしてくる。
僕はこの話をするのがすきなんだ﹂
同情して欲しいわけではないから
﹁勘違いしないでね
同情して欲しいのならもっと⋮
僕は不幸自慢も嫌いだ。
ニコニコしながら語るその顔に苛立ちを覚える。
今ここにいるのよ、女の子として⋮ね﹂
﹁でまぁ、色々とあってさ
よく喋る人だなと思いつつも、黒橋は耳を貸し続けていた。
聞いてもいないのにペラペラと⋮
﹁⋮﹂
ら﹂
拾って驚きさ、おじさんは僕のことを女の子だと思ってたんだか
親切なおじさんに拾われたんだけど、
﹁5つの頃に捨てられてね。
この国じゃもう男色の趣味は廃れ来たと聞いたが。
自然と苦い顔になる。
﹁⋮﹂
男だけど女の子なの﹂
﹁開発されちゃったってこと
⋮どういう意味だ
⋮僕はね、金持ちの雇われボンボンだったのさ﹂
?
﹁なんの話をだ
﹂
振り返る前に後ろで声が上がった。
?
247
?
植村の視線が黒橋の後ろへ向いている。
?
﹁うぉっ
﹂
﹁ん、驚かしたか
すまないな
﹂
⋮植村、久しぶりだな
元気にしてたか
﹁久しぶり日向
新造の瑞雲は役に立った
﹁く、黒橋⋮です﹂
よろしく⋮えぇと﹂
私が日向、せんか⋮航空戦艦だ
﹁ああ、そうだ
﹂
つことはおろか、女性に⋮男性でも抱えることは難しいだろう。
この大きさだ、ハリボテでなく、本物の金属の塊であれば、海に立
明らかに金属の質感のある砲台のようなものを背に背負っていた。
その女性はごく自然に海原の上に立っているだけでなく、
﹁あ、あなたが⋮日向﹂
⋮海の上に
そこには黒橋より背の高い女性が一人立っていた。
﹁もちろんだとも﹂
⋮どう
元気そうで何よりだよ
?
おずおずと握手のための手を差し出す
248
?
?
!?
?
﹁飴﹂
﹁迷惑をかけてすまないな
よろしく頼む﹂
そう言って日向は差し出した手を握る。
ごく普通の⋮少し硬めと言った方がいいだろうか
本当に普通の感触だった。
﹁景浦、気を利かせせてくれてありがとう﹂
?
﹁伊勢はあそこだ。
少しまだ距離があるが、なんだったら私が曳航しようか
﹁疲れてるんだろ
無理はするな⋮ほれ、腕﹂
景浦は何かを催促するかのように右手を出す。
日向さんは少し、驚いたような顔をするが、
すぐにまた冷静な顔つきに戻った。
﹁⋮﹂
﹁それだけかばってりゃ誰だって気づく
陸に戻ってもやるこたぁ同じだ
早いとこみせろ﹂
﹂
リーダーは機材をチェックしながらも、片手を上げて答えた。
景浦、というのだろうか。
た。
そうリーダーに向けて呟くと、日向はなんとも言えない笑顔で笑っ
?
日向は、言われてみれば不自然に体の後ろに隠しているように見え
る肘の部分を、景浦に見えるように出した。
﹁すまない、信用してないわけじゃないんだ﹂
﹁わぁーってる
⋮中口径の砲弾か﹂
肘は擦りむいたどころの話じゃなかった。
骨が少し露出している。
彼女たちが怪我をしているのを始めてみたが⋮、
249
?
出血がない。
まるで骨組みに直接肉付けしたような⋮、
そんな色合いの断面がはっきりわかるほどの裂傷だったが、出血は
まったくなかった。
﹁植村、少し速度遅めにしろ
日向はこのまま平行に﹂
景浦はそう言うと医療キットのようなものから、
ピンセットを取り出し、
それでまだ残っている破片を取り除いて行く。
﹁あの、景浦﹂
﹁心配すんな、伊勢の前に行く頃には直してやる﹂
﹁⋮すまん﹂
ある程度破片を取り除いあとは、
お茶の缶ぐらいの大きさのスプレーを取り出した。
250
そのスプレーを吹き付けるのかと思ったが、
景浦は黒橋に白い清潔そうな布を投げつけた。
﹁そこに一応消毒のアルコールがある
それをつけて拭いてやってくれ﹂
そう言うと景浦はまた、カバンを忙しなく漁り始めた。
黒橋は言われて通りにアルコールを布にふりかけると、
﹂
日向の手をとり、布を優しく押し付けた。
﹁⋮ん﹂
﹁す、すいません⋮沁みましたか
驚いたりしませんよ﹂
﹁⋮心配なだけです
﹁驚かないんだな﹂
腕の異質な傷口が、彼女たちが特別なのを表していた。
こうしてみると、普通の女性にしか見えないが⋮、
日向はそう言うとニコリとわらった。
ありがとう﹂
﹁いや、少し冷たかったので驚いただけだ
?
黒橋がそう言うと日向は照れ臭そうに頭を掻いて黙った。
﹁ほい、ご苦労さん⋮腕貸せ﹂
景浦は日向の肘のあたりに二つのスプレーを同時に噴射した。
スプレー独特のガスの匂いが鼻を突く。
スプレーを噴射して数秒で変化が現れた。
傷口がまるでなかったことにするかのように塞がり出したのだ。
それには正直驚いた。
一体、どのような仕組みでこうなるのか、
黒橋は気にはなったが口には出さなかった。
﹁⋮ん﹂
日向はそれ見ているが眉も動かさない。
慣れているのだろうか。
次にもっと驚くことが起こった。
肘周りの装飾、服が直り出したのだ。
これに関しては黒橋はその場で疑問を叫びたかったが、
周りが沈黙を通しているので黙った。
﹁ん﹂
景浦は小さく声を上げると日向の腕を軽く一回叩いた。
﹁ありがとう⋮さすがいい腕だな﹂
日向は腕の調子を確かめるかのように、
手を開いたり閉じたり、
肘を曲げたり伸ばしたりする。
﹁その様子だと痛みはもうねえみたいだな、ほれ﹂
景浦はそう言うと懐から一つ
何かを取り出した。
タバコかと思ったが、ちがう。
﹁⋮ふふ、ありがとう﹂
日向は笑顔でそれを受け取ると、包みを開いて口に含んだ。
それは棒付きの飴だった。
251
﹁治療﹂
風のない穏やかな海、
夕焼けに赤く照らされて幻想的な海の上を、
﹂
小型船は水切りの石のように進んでいた。
﹁その飴は何味なんですか
これは、メロン味⋮だな﹂
﹁私も食べたことはない﹂
﹁⋮ものがものですからね﹂
﹁ふふ、そうだな
⋮君は始めて感じた、味を覚えているか
日向は唐突に黒橋に質問した。
﹂
メロン味の飴や飲み物なんかを飲みたがる。
子供達は本当かどうかもわからない、
そんな貴重なものだからこそ、
だ。
金持ちがやっとの思いをして道楽で手に入れているくらいのもの
今のご時世、スイカならまだしもメロンなんてものは、
緑色で網目が入ってることは知っている。
僕はメロンは食べたことがないなぁ﹂
﹁⋮美味しそうな味ですね、
﹁これか
だが黒橋はふとそんなことを日向に呟いた。
伊勢はもう目の前、すぐそこだ。
?
﹁⋮﹂
﹁おそらく死ぬまで忘れることはないだろう﹂
薄目で眺めながらさらりとそう言った。
日向はもはや目と鼻の先である伊勢を、
﹁私は覚えている﹂
﹁⋮いえ﹂
始めて食べたもの。
普段の生活ではまずすることはないであろう質問。
?
252
?
日向の横顔は何の含みもない、
ただ、真顔という言葉がふさわしい表情だった。
黒橋にはまだ、その顔をみて少し不気味に感じることしかできな
かった。
⋮
﹁日向おっそーい
あともう少し遅かったら、
﹂
伊勢姉さんがなんだか意味のわからないうわ言を、
喋り出すところだったよ
﹁いえっさー﹂
応急処置で足りるか、植村
﹂
﹁脇腹ってことは⋮動力部にゃ異常はなさそうだな。
ニヤニヤとした笑みを浮かべている。
それともまた別の意味があるのか、
伊勢は日向にを見て安心したのか、
脇腹のあたりを少しえぐられている﹂
伊勢が私の隙を埋めるためにいらぬ傷を受けてしまった。
艦爆の爆撃をすんででよけたのだが、
景浦、頼む。
﹁それがもううわ言のようだぞ伊勢、
﹁ひゅうが∼、私別にうわ言なんて言ってない∼﹂
﹁すまんすまん﹂
何分あれは水平線にポツンと見えただけだからな。
遠目で見たことはあったが、
水着ということは、この子は潜水艦娘か⋮。
伊168、イムヤがそう日向に文句を言う。
!
それは艤装をつけている時の話だ。
こいつらは並の人間の数倍、痛覚は弱いが、
﹁黒橋だよな、お前も手伝え。
取り出す。
植村が医療カバンから、人間用のものと、艦むす用のものを別々に
!
253
!!
港に着く前に処理しねえと痛覚の波が一気に来て、
最悪ショック死しちまう﹂
﹁要するに手短に済ませるから手伝えってこと﹂
植村がそういいながら、何やら医薬品の類のものを、
ひとつ、また一つと投げつけてくる。
⋮先ほどの日向さんのようなことは、
艤装、つまり、船としての彼女達の時のみということか。
﹁ここで全部なかったことにすりゃそれで終いだ。
ほれ、傷口は俺たちが見るから、
お前は伊勢の体を支えてやれ﹂
そう言うと景浦はウキのついた桟橋のようなものを、
海に落とした。
これでこの船は﹃L﹄のようなかたちになった。
片方の辺で傷を見て、
254
もう片方で体を支えられるようになっているようだ。
﹁ははは⋮やっほー﹂
﹁だいぶご無理をなさいましたね⋮
肩のほう、失礼します﹂
﹁んーん、全然平気⋮
ただみんなの顔を見たら安心して力抜けちゃったみたい
⋮へへ、陸の人のポンチョなんか着ちゃって、
情けないよね﹂
濃淡のある緑と、黒で構成された陸軍の迷彩ポンチョは、
そのようとから水に強い。
これを選んだのは妥当と言うべきだろう。
肩に手を当て、ある程度波に揺られぬように支える。
﹁今日はさ、友達を港で待たしてるんだ
﹂
だから、なるべく無傷にしたかったんだけど﹂
﹁⋮十分お綺麗じゃないですか﹂
﹁そういうことじゃないんだけどな⋮
へへ⋮こんな状況じゃなかったら惚れてるよ
?
﹁それも光栄な話です﹂
伊勢は汗も見せずにケラケラと笑っているが、
ちらりと見えた患部は、
服もあって目立たなかったが、
人間ならすぐに出血多量で死に至ってしまいそうなほど、
深く、そして広い傷だったと思う。
破片を取り除く、カチャカチャという音が数分続き、
その後にシューッという噴射音が響く。
この人たちの治療は、
あっけないと片付けるにはあまりにも短い、
ものの数十分で終わってしまった。
255
﹁姉妹感覚﹂
﹁∼♪﹂
伊勢さんが聴いたことのないメロディを口ずさむ、でも懐かしいよ
うな響きだ。
口に飴を咥え、ピコピコと動かしながら鼻歌を歌う姿はまるで酔っ
﹂
払いのおじさんのようだ。
﹁どこの国の歌ですか
﹁うん
伊勢さんが小声で歌い出す。
∼♪﹂
わたしはちゃあんと覚えてるよ
﹁日向はダメだなぁ
﹁⋮もう歌詞を忘れてしまったなぁ﹂
日向さんも鼻歌を歌い始める。
﹁∼♪﹂
軍歌だもの、元気ぐらい出てこないと﹂
﹁ふふ、そりゃね
﹁⋮元気がでる曲ですね﹂
笑みを向けた。
海の上を滑りながらそうつぶやく伊勢さんは、黒橋に意味ありげな
﹁⋮まぁね、皆すきだったのよね、この歌﹂
景浦さんがカッターの操舵を行いながら問いかける。
﹁まるで軍歌のような響きだったな﹂
友達がいつも大声で歌うから覚えちゃったのよね﹂
国ってほど大それたものじゃないけど、
⋮うーん、そうねぇ。
?
﹁私は見たぞ﹂
﹁皆は桜を見れたかな﹂
桜の咲きほこる国を思って異国で戦う兵士の歌のようだった。
エンジンの音にかき消されそうなそれを聞き取ると、
?
256
?
﹁私も見たよ
⋮綺麗だったよね﹂
﹁あぁ﹂
やがてカッターは、そこからでも陸が見えるところまで近づいてい
た。
夕凪は定刻通りに帰投するよう努力するのを、
見せるかのようにいつもより速力が早めだ。
どうやらカッターで港まで来いとのことらしい。
﹁あぁ、やだやだ
﹂
歌なんて似合わないもの歌うとしんみりしてダメね
私たちって本当はもっと明るいのよ
黒橋の肩を叩きながら笑う伊勢。
﹁な、なんだと
﹁私達ってなんだ、伊勢だけだろう空回りしてるのは﹂
男ごころにも少し無理をしてるのがわかるような笑だった。
?
!
!
さぁ⋮﹂
﹁りきゅーる
﹁ちがう
﹂
クールビューティー
﹁あぁ、違うな﹂
﹁そういうところがまた
﹂
も∼
﹂
日 向 は い つ も そ う や っ て ク ー ル ビ ュ ー テ ィ ー を 気 取 っ ち ゃ っ て
!
られている。
﹂
﹁⋮お二人は姉妹でしたよね
お姉さまはどちらです
﹁あぁそれは⋮﹂
﹁どっちがおねぇちゃんにみえる
?
﹂
﹁伊勢⋮さんがお姉さんです、かね
﹂
⋮このような姿を見ているとやはり幼く思えてしまうが⋮
伊勢が待ってましたとばかりに身を乗り出す。
!?
?
?
257
!
?
伊勢が日向に掴みかかろうとするが全て華麗といえるほどに、避け
!
!
!!
!
﹁な、なんで疑問形
もっと自信もってよ
﹂
﹂
なんで半泣きになる必要があるのか⋮
﹂
﹁し、しっかりお姉さんらしい方を選びましたよ
﹂
伊勢さんこそもっと自信もってください
﹁ほんと
私、本当に日向のお姉さんだよね
!
伊勢さんが半泣きで日向さんにすがりついている。
﹁どういう意味だよ
﹁まぁ、悩ましいところではあるな﹂
!
!?
!
﹁何を今更すぎることを言ってるんだ﹂
258
?
?
!
﹁いつになっても﹂
一方
軍港、ドックでは慌ただしく警報が鳴り響いていた。
敵襲ではなく、味方の帰還を知らせる警報が。
﹂
﹁⋮帰ってきた﹂
﹁あれが夕凪か
霰は無言で頷く。
まみやを後にしてからの霰は言葉数も少なく、明らかに機嫌が悪い
︶
のか不満があるのか⋮なにか心境の変化があったのは間違いなかっ
た。
︵あんみつじゃ不満だったのだろうか
﹂
被害は大小⋮轟沈がこれまでになかったとはいえ、帰りを待ってる
くる。
どんな精強な艦むすで艦隊を組んでも、大抵一隻は破損して帰って
と早苗はいった。
覚悟、整理をつけているからだ。
﹁⋮大丈夫、大丈夫⋮﹂
そう、早苗に言い聞かされた。
ああいう時の彼女達に声をかけてはいけない。
廠、ドックの前で震えているのを目にしたことがあった。
かくいう寺田はこれまでの生活の中で艦むすらしき娘が医務室、工
⋮これは霰だけではない、知っている。
安そうに震えていた。
なんでもないと言うかのように首を横に振る⋮が、裾を掴む手は不
﹁⋮ん﹂
﹁ん、どうした
そんなことを考えていると、霰が服の裾を掴んできた。
?
彼女達にとっては、その帰ってくる瞬間が一番辛いのだ。
邪魔をしてはいけない。
﹁⋮伊勢さん⋮日向さん⋮﹂
259
?
?
だが
﹂
﹁ねぇ、霰ちゃん﹂
﹁⋮⋮
⋮⋮なに
﹁⋮霰が
﹂
﹁そう、君が
﹁君と⋮霰と二人はいつ会ったんだい
﹂
いる子を前にして平然としていられるほど豪胆でもない。
安心させてあげようなんて大それた気持ちだろうが、不安になって
霰の顔が少し緩んだ気がした。
﹁そうか、ありがとう⋮﹂
﹁⋮⋮ううん、ダメ、じゃない﹂
ダメかな
﹂
お帰りなさいを言う時にしっかりと感情を込めたいから﹂
いか
﹁僕は今から帰ってくる人たちのことをよく知らない、教えてくれな
それは目の前にいる時は、あてはまらないと思う。
?
?
?
指導教官か⋮型にはまった堅い人たちなのだろうか
なった時⋮﹂
艤装も⋮ものすごく重く感じて⋮もうやだって⋮全部投げ出したく
いんだけど⋮冷たいなぁ、なんて思えるぐらい⋮その時間が長くて⋮
﹁⋮その日も一人で⋮足にあたる波の水滴がだんだん⋮本当は感じな
霰は少し微笑みながら語る。
ちなんだろうって⋮﹂
せなくて⋮いつも居残りばっかりで⋮最初の頃はなんてひどい人た
﹁⋮霰は射撃も雷撃も⋮姉さん達より苦手だから⋮いつも目標をこな
トをいじりだす。
語り始めた霰は思い出す時、あるいは話す時ののくせなのかスカー
⋮⋮練習が終わったあとはとっても優しくしてくれた⋮﹂
﹁伊勢さんが優しくて、日向さんが厳しくて⋮たまにその逆だったり
?
﹁⋮二人は、霰が配属された時に駆逐艦の指導教官をしていたの⋮⋮﹂
?
260
?
︵おー
やってるなー、優等生
︵ご苦労だな︶
﹁⋮二人が⋮来てくれた﹂
︶
どうしたの
何処か痛いの
︵うわ
︵⋮うぇっ⋮ぅぇぇぇえっ⋮︶
らなくて﹂
︶
なきゃいけない傷もあるのに⋮笑顔で⋮それで⋮なんでか涙が止ま
﹁⋮うん⋮二人はなんでかわからないけど⋮ぼろぼろで⋮修理を受け
﹁⋮なんだ、とっても明るそうな人たちなんだね﹂
!
︵⋮。
⋮うーんそうだね⋮どうしよーか
︵︵⋮︶︶
︵⋮おおっとー手が滑ったー︶
ッ⋮
ドガアァッ
︵私もー︶
﹂
ドガアァァアン
﹁えっ
﹁⋮ふふ⋮びっくり⋮した﹂
︶
?
﹂
﹁そ、そりゃあびっくりしても仕方ないよ
⋮う、撃っちゃったの
?
!
目標をこなせてないなら、お前をまだ帰す訳にはいかないな︶
しかし⋮ふむ、それは困った
これは早く買って軟膏でも塗らねばな⋮。
︵まったく、人の体なのに休みもせずにずっと機銃を撃つからだ。
︵⋮えぐっ⋮ひんっ⋮で、でも⋮目標数が⋮︶
ほら、見せてみろ︶
それにお前⋮手もまめだらけじゃないか
この寒空にずっと外にいる奴があるか
︵朝潮から霰がまだ帰ってこないと聞いてな、馬鹿者が
!?
!?
!!
!!
261
!
!
!!
!?
﹁⋮うん﹂
霰は微笑みながら語りかけてくる。
︶
よほど懐かしい、いや、嬉しい思い出なのだろう。
︵うーむ⋮火器管制がおかしいのか
︵え⋮え
︶
目標、全部こなしてんじゃん
︶
⋮これは提督にも報告せねばな︶
︵うむ、影も形もない
やるなー優等生
︵ってあれ
︵あ、あの⋮︶
︵今回はけっこうやられたからねー︶
?
︵さーほら、帰ろう
!
らされた影を見て語り続ける。
︶
抱きつくな
︵⋮ぅうえぇぇえぇぇぇ⋮⋮⋮
︵あ、こら
痛いんだってば
!
︶
!
︶
がんばったねえ⋮
?
帰って一緒にあったいうどんでも食べよ
一人で寂しかったでしょ
⋮⋮ほらほら、泣き止めー
︵なんだよそれ
︵私だけ鬼役はごめんだからな︶
︵日向だって
︵自業自得だ、すぐに駆けつけようなんて言うから︶
!
︶
霰は近づく夕凪と、それに続く小型船、そして⋮二つの夕焼けに照
⋮﹂
﹁⋮それが二人のやさしさだって⋮わかるのに時間がかかっちゃって
︵工廠の連中にまた叩かれるな⋮︶
私達も色々ほっぽり出して来ちゃったしさ︶
?
﹁⋮へんなやさしさ⋮だけど﹂
二人がどんな人なのか﹂
﹁優しいね、なんとなくわかった。
!?
!
?
!
262
!
?
!
︵⋮ぇぇえぇ⋮ぇっ⋮︶
︵だから泣き止んでよー︶
︵子供に泣き止んでと言って泣き止むものか︶
︵だったらどうするのさ⋮︶
︵しらん︶
︵日向はいつもそれだ∼︶
︵⋮⋮うえぇぇ⋮えぇぇぇ⋮⋮っ︶
︵うわぁーん、泣き止んでよーあられー⋮︶
︵お前まで泣いてどうする︶
263
おかえりなさい ただいま
気づけば、霰の表情は泣き笑いのような顔になっていた。
僕は驚くことなく、霰の肩に手を乗せる。
﹁本当に⋮優しい人たちなんだね﹂
﹂
霰は手の甲で涙を拭くと僕の方へ向き直った。
﹁うん
⋮そうなの
﹁⋮そうか
﹂
てる。
﹁⋮ん﹂
﹁痛いか
﹂
胸のポケットからハンカチを取り出すと、霰の目元に優しく推し当
少し拭くぞ﹂
あんまり柔らかくはないが、ちゃんと洗ったハンカチだ。
﹁⋮目の下が腫れちゃったな。
﹁⋮うん
﹂
おっし⋮これでしっかりとした気持ちで彼女たちを迎えられるな
!
僕もその笑顔につられるように笑う。
霰は今日一番の笑顔で笑う。
!
!
﹁そろそろいいか
﹁⋮ん、まだ﹂
﹂
﹁⋮ああ、そういうことか﹂
﹁⋮へへ⋮ちょっと⋮ね﹂
らないように手を当て続けた。
霰はハンカチを顔から離そうとせず、僕はあまりまぶたの周りを擦
?
?
﹁こすり過ぎても悪いぞ
﹂
拭いているうちに手をハンカチにあてるようになった。
霰はスカートを手でいじったまま、身動きせずに拭かれていたが、
﹁⋮んん﹂
?
264
!
!
﹁⋮うん⋮不安じゃ⋮なくなったから﹂
﹁うん、わかってる﹂
﹁⋮もう少し⋮ハンカチ﹂
しっとりと、湿り気を増したのを感じながら、僕はハンカチを霰の
顔に当て続けた。
なぜだか、そうしなきゃいけないような気がして。
⋮
﹂
﹁接岸始まるぞ
﹁繋留開始
作業員急げ
!
ていた。
た。
そうやって納得していると、霰の僕の手を握る手を力が強くなっ
彼女たちには彼女たちなりの距離感というものがあるのだろう。
いいのか
と聞こうとしたが、やめた。
にはどこか嬉しそうなものを含みながら、ただただ、2人の様子を見
僕の手を固く握りながら、とても緊張した様子で、それでいて表情
く、ただ少し離れたところから眺めていたのだ。
霰は2人が陸に上がるのを見ると走り出すでも、声をかけるでもな
僕は正直、意外に感じていた。
子を見て安心したのか、すぐにいつもの朗らかな顔に戻っていた。
提督は最初、般若のような顔でその中に入って行ったが、2人の様
明るく作業員たちと会話していた。
その2人の女性はあっけらかんと質問に答え、時に冗談を言うほど
員、そして提督が2人の女性に話しかけていた。
そこには人だかりができていて、その中心には数人の男性と作業
﹁⋮﹂
た。
慌ただしく行き来する人々の中、霰の視線は一箇所に注がれてい
﹂
﹂
﹁医工隊到着
!
2人がこちらに向かって歩き出したのだ。
265
!
!
?
艤装はすでに外している。
1人は松葉杖、もう1人はもう1人を気づかって肩に手を置いてい
た。
一歩、一歩、こちらにちかづくにつれ、力は強くなる。
2人は、こちらに気がついた。
僕は霰から手を離す。
霰もゆっくりと手を離し、僕は霰をふたりの前に軽く押した。
そして
﹁⋮ただいま﹂
﹁いま帰った﹂
2人はそれぞれ、霰の顔の高さに頭を下げ、各々のタイミングで帰
りの声を霰にかけた。
﹁やっぱり、霰が一番だったね。
いつもありがとう﹂
266
﹁今回は、少し時間がかかってしまってすまない。
その分土産話には期待を⋮﹂
霰は間髪入れずに、その小さい手で2人を抱きかかえるようにふた
﹂
﹂
りの頭に抱きついた。
﹁おう
﹁⋮どうした
手、2人に抱かれる手はとても力強くて、それがとても夕日に映えて
僕が見える霰の背中は小刻みに震えていて、それでいて2人を抱く
﹁﹁ただいま﹂﹂
ぶやいた。
の体をしっかりと抱いて、もう1人は手を頭に当てて、一言、霰につ
すくに頬を赤らめ、自然と頬が緩むように笑顔になると、1人は霰
ろ頭を見ていた。
直後、2人は一瞬とても驚いたような顔をして、少しの間、霰の後
2人には確かに届いていたのだろう。
それは僕に聞こえないほどちいさな、とてもちいさな声だったが、
﹁⋮りなさい﹂
?
?
とても綺麗なものに見えて仕方がなかった。
そうして僕は一言、一言だけ、小声で呟いた。
﹁おかえりなさい﹂
小声で言ったそれは、なぜか三人にも聞こえていたようで、2人は
笑顔で、こちらに振り返った霰は涙で頬を濡らしながら、しかし、今
日一番を更新する笑顔でこういったのだった。
ただいま
267
﹁仕事をしよう﹂
あのあと僕は3人と別れ、足早に自分の勤める場所に向かったの
だった。
日はすっかり暮れて太陽は水平線の向こうに消えかけていたが、鎮
守府の明かりがひとつ、またひとつと点き始めてからは足場の暗さを
感じることはなく、僕は予定地へと急いだ。
早苗がもう随分待っているはずだ。
激怒している早苗を想像して冷や汗を流しながら外靴の汚れをブ
ラシで落とし、鎮守府の中へ入る。
なるべく音を立てないように、それでいて最速で。
﹁たまちゃーん、お風呂よー﹂
﹂
僕はまるで競歩の選手のように廊下をかけて⋮いや歩いていく。
﹁あら
不意に後ろで声が上がった。
競歩の姿勢は崩さずに後ろを振り返ると、そこには長身でおとなし
そうな風貌の女性が立っていた。
﹂
多分だが、艦娘だとおもった。
﹁落としたわよー
﹁⋮あっ
﹂
ているハンカチだった。
大分か距離が開いてから女性がひらひらとかざすそれは、僕が使っ
!
﹂
?
!
ていく。
﹁ありがとうございました
⋮親切な人だ。
﹂
女性は困ったような笑みを浮かべると手を振りながら廊下を歩い
﹁走っちゃダメよ
女性からハンカチを受け取る。
﹁はい﹂
﹁す、すいません﹂
僕は素っ頓狂な声をあげてUターンし、女性の元へと駆けていく。
!
268
?
腰に付けていたのは艤装だろうか
おそらく艦娘だろうが、今まで出会った子たちに比べて大人らしさ
を感じる。
ハンカチを胸ポケットにしまい、しばらく女性の後ろ姿を眺めてい
たが、すぐにまた競歩を開始する。
⋮
息も絶え絶えに店の予定地についたものの、明かりはついておら
ず、人の気配は感じられない。
まあ、当然か。
早苗にも早苗の仕事があるのだ。
むしろ今すぐ謝りに行きたいが⋮
まだ装飾の施されていない、無地というべき木目がむき出しの扉に
手をかける。
昨日試しに付けてみたものなので軋むことなく開く扉。
﹁⋮申し訳ないなぁ﹂
早苗にたいする罪悪感が募り、独り言とため息を漏らす。
カウンターに近寄り、その近くにある電源盤のスイッチを起こして
いく。
﹁⋮﹂
急な明るさに驚いた目。
﹂
しばらく視界が利かなくなり、目に鈍い痛みを感じるが、ここは職
場である。
慣れでステンドグラスの備品の棚を探し当てる。
﹁接着剤⋮ガラス片⋮⋮ああ、元絵はどこへやったか⋮
少しフラフラとした足取りで周りを探る。
?
269
?
目はもう完全に慣れ、視界はより明瞭になっていた。
﹂
⋮明瞭になったのはいいのだが。
﹁⋮
いや、備品なのか
﹁なんだ⋮
?
?
見慣れない備品を発見する。
?
あれ⋮﹂
毛布のようなものを無造作にかぶったそれは、確実にここを出た時
にはなかったものだ。
丸い。
丸い何かだ。
それも二つある。
早苗が置いていったのだろうか
﹁⋮﹂
﹂
﹁な、なんでだ⋮
﹂
とりあえず毛布をかけ直す、﹁息苦しくない﹂ように。
﹁⋮﹂
目をパチクリとさせながらそれに目を奪われる僕。
﹁な、なんで
案外早い段階でその正体は割れたのだった。
一瞬マトリョシカ的な展開を想像したが、毛布を二、三枚剥がすと
もう一枚とっても同様だった。
また毛布だ。
警戒することなく近寄り表面を覆う毛布に手をかけた。
?
﹁な、なんで北上さんが
あとこっちの人は
え、なんだこれ﹂
なんだこれ
?
?
1人は知り合い、それも結構な知り合いだ。
すうすうと寝息を立てるそれは、まさしく人だった。
?
270
?
﹁毛布の中の二人﹂
その場から音を立てずに後ずさり、二メートルほど距離を取ったと
ころで止めていた呼吸を再開する。
なんでここに二人⋮
さぼり癖のある北上さんはともかく、もう一人の子は一体誰なんだ
?
取りあえず、二人が体を冷やさないように作業員用の灯油ストーブ
をつける。
いずれ暑くなってくるだろうから、その時は毛布を一枚とってあげ
よう。
今の時間は⋮7時か。
彼女たちの就寝時間は10時だから⋮8時半には起こそう。
入浴する時間も考えての配慮だ。
⋮いや、やっぱり起こすべきだろうか
にうらやましいのだろうか
それでもうらやましがられるが、深夜まで起きていることがそんな
なと起きる時間は変わらないのできついのは一緒だ。
僕の場合は例外として、深夜までの活動は許可されているが、みん
僕たち一般兵は就寝時間は厳守だ。
なにか叱られるときは自分が名前を出せばいいか。
⋮かわいそうだし、やっぱりやめておこう。
る。
時計から二人に目線を戻し、呼吸で上下する毛布の山を見て考え
?
ヤッパリ男は夜更かしが好きなのだろうか
しを開け、書類を取り出す。
会計機の下に収納されていた椅子を引っ張り出し、腰かけて引き出
テンドガラスのデザインにとりかかる。
とりとめのないことを考えながら僕は比較的動きの少ない仕事、ス
?
いる部隊なんかからもうらやましがられるのは⋮少し不思議だ。
沙苗のような技師はわかるとして、鎮守府付きの衛兵の任について
?
271
?
⋮よくよく考えたら、二人は作業員用の腰掛に丸くなって寝ている
のか。
あの硬さでは寝違えてしまうのではと思ったが⋮疲れているのか
もしれないので、そのままにしておくことにした。
一応枕も毛布で作っていたし、痛めることはないだろう。
鉛筆を肥後ナイフで軽く削り、とがらせたらみんなの意見書に目を
通す。
もちろんステンドガラスの意見書だ。
⋮これは、雪風のだな。
⋮彼女にしてはよくできている、といったら失礼か。
海の中を表しているらしく、色鉛筆で描かれている絵には青が多
い。
魚まできれいに描かれているが、これはすこし細かすぎるような気
もする。
驚いき声を上げ、後ろに振り返る。
272
細かいガラス片を用いての作図の方がやりやすいことにはやりや
すそうだが⋮僕たちはこのことに関しては全くの素人だ。
あまり緻密な作業には無理がある気もする。
⋮悪いが、保留だな。
もちろん、どうにかできない話ではない、単純にピースを大きくす
ればいいのだ。
デザイン自体はとてもよくできているし、彼女がデザインしたとい
うことは親近感がわいてお店にいい印象を持たせられるかもしれな
い。
いまは候補の一つとして留め置いて、別のものにも目を通してみよ
う。
デザインの候補はまだある。
﹂
えーと、色付きガラスのサンプルはと⋮。
﹂
﹁何してんのー
﹁うおッ
?
突然後ろから声をかけられる。
!?
﹁悪いね、お邪魔してた﹂
北上さんだった。
毛布を肩に羽織りながら、いつの間にか僕の後ろに回り込んで立っ
ていたのだ。
﹂
視界の前にいたはずなのに⋮どうやらそれでも気づかないほどに
集中していたらしい。
﹁びっくりしましたよ
動機を起こしそうになる胸に手を当てて、ちょっと眉をゆがませ
る。
﹁ごめんー﹂
北上さんは悪びれた様子もなく、テーブルの上に手を置き書類を見
る。
﹁あー、天龍たちが書いてたやつかぁ﹂
﹁よくねてましたね﹂
﹂
僕がそういうと、北上さんはすこし頬をあからめた。
﹁乙女のあられもない姿を見られちゃったねぇ
そういっていたずらな顔をする。
﹁変なことを言わんでください。
風邪ひいちゃいますよ﹂
た。
﹁⋮ふたりはなんでここに
﹁沙苗の手伝いー﹂
﹂
北上さんは椅子の上に座ると、そのまま会計のテーブルに突っ伏し
﹁ナンカ今年は短かったね﹂
﹁夏ももう終わりですからね﹂
もう一脚、椅子を取り出すと北上さんはそれに座る。
?
いつの間にかいたんだよね﹂
﹁多摩は⋮あ、あのこ多摩って言うんだけど、あの子はずっと寝てた。
碌な支持も出せずにごめんな⋮。
ああ、やっぱり今日は大変だったのか⋮。
そういわれて目に手をあてる。
?
273
!
﹁すいません⋮ご苦労様でした﹂
﹁ん、きにするなー﹂
﹂
北上さんは突っ伏したまま手をひらひらとする。
﹁沙苗は大変そうでしたか
﹁なにしてたの
﹂
﹁そうですか⋮﹂
りに行こう。
なるほど、それでも迷惑をかけたことには変わらないか⋮、明日謝
終わったよ﹂
﹁まあ、君がいないとよくわかんないし、今日は床材の手入れと掃除で
?
書類に手を加えながら感謝する。
﹁ええ、ありがとうございます北上さん﹂
本当に得意だな、その顔。
北上さんがまたいたずらな顔で言う。
﹁⋮私も手伝ったもんね∼﹂
﹁本当です、皆さんのおかげですよ﹂
﹁もうあと少しで完成だね、お店﹂
北上さんは息で紙を飛ばすと、その書類を器用に手に取り眺める。
﹁わかってるよう⋮まじめだなあ﹂
そう言って書類を一枚、北上さんの頭にかける。
きいたのやら﹂
⋮女子がたらしなどという言葉を使うのは感心できませんね、誰に
道がわからないっていうから教えてあげただけです。
﹁ちがいますよ。
﹁少女を連れて遊んでたとはね⋮たらしめ﹂
北上さんが頭を横に向けて顔をこちらに向ける。
⋮へえ、めずらしい﹂
男の人と
﹁霰が
﹁ちょっと、霰っていう子を連れて港に行ってたらこんな時間に⋮﹂
?
北上さんはそれが気に食わないようで﹁ちぇ﹂と言いながらそっぽ
274
?
?
を向いた。
﹁いえ本当に﹂
﹁⋮﹂
無視だ。
この人は普段結構ひょうひょうとしてるくせに、すねるときはとこ
とん面倒だからなあ。
﹁⋮感謝が足りない気がする﹂
そういわれるといたずら心が出てくるものである。
﹁⋮そこまで働いてました
﹂
それダメなやつだ
﹁あ∼
﹁いて
す、すいません
﹂
北上さんが跳ね起きて、その場にあった定規で僕の頭をたたいた。
言っちゃだめな奴だよ
﹂
?
!
!
言いすぎましたって
275
!
!
!
!
﹁北上と﹂
手元の書類に軽く手を加えていると、北上さんが手近な紙を取って
﹂
何かを作り始めたのに気がついた。
﹁折り紙ですか
﹁そー﹂
なんとなく、折る姿に目を取られていると、だんだんとそれは形を
なしていった。
﹁なるほど、鶴ですね﹂
﹁うまいもんでしょ﹂
﹂
確かに、折り目もつけずあれほど素早く織り上げたのに、そこにあ
るのは見事に翼を開いた鶴である。
﹁ええ、たしかに﹂
﹁へへー、なにかリクエストはある
言われなくてもこれを折ったらはいるよん﹂
﹁あんたは私のお母さんか。
感覚的には11時くらいだろう。
もう時刻は夜も夜だ。
純粋にそう心配する。
﹁そろそろお風呂入ったほうがいいですよ﹂
たが、それは口にしないでおいた。
白くしなやかな指で折っていく姿は、容姿より幼く見えるものだっ
北上さんは僕がいうのとほぼ同時におり始める。
﹁はいはーい﹂
えーとじゃあ、カエルで﹂
﹁そ、そうですね⋮
いく。
突然の注文に困惑しながらも、折り紙で作れるものを頭に浮かべて
?
へへーん、といたずらっぽく笑いながら北上さんはカエルを折上げ
ていく。
お母さんとはなんだ。
276
?
﹁ほい、かんせーい
﹂
白い紙でおられたカエルは見事に形作られており、今にもピョンと
飛び跳ねそうなものだった。
﹁お見事﹂
﹁もっとほめろ﹂
北上さんが肩に手を乗せ、さらにその上に顎を乗せて顔を近づけて
くる。
﹁なんですそれ﹂
﹁気を許してやっているのだ﹂
﹁それは嬉しい限り﹂
子供っぽい仕草に思わず笑みがこぼれる。
﹁だけど肩が重くて書けないです﹂
肩を軽く上下に動かす。
﹁あ、う、う﹂
振動で変な風に声を発する北上さん。
早く離れればいいのに。
﹁なに書いてるのさ﹂
北上さんは顎はとりあえず離し、手だけを肩において僕の
手元へ視線を移す。
﹁モザイク画も、ステンドグラスもめどが立ちそうなので、そろそろ商
品に目を向けようと思いまして﹂
そういって見せたのは搬入予定の商品のリストだった。
﹁あー、なるほどねぇ﹂
﹂
顎に手を当てて興味深そうに見ている。
﹁なにかありますか
﹁欲しいもの
北上さんらしいと言ったら、らしい注文だ。
﹁意外だ、普通に大丈夫です﹂
﹁そりゃね﹂
北上さんはクルリとまわって椅子から離れ、カウンターの向こうに
277
!
?
⋮うーん、お茶請けにおせんべいくらいかな﹂
?
出る。
﹁ほいじゃ、お風呂入ってきますよ﹂
﹁はい、今日は本当にありがとうございました﹂
軽く頭を下げ、北上さんに感謝を伝える。
北上さんはすこし前のめりになって僕の方を見る。
﹁お返しに期待してるよん﹂
そういってにこりと笑って店の出入り口へと駆けて行き、手を振り
ながら出て行った。
﹁そりゃもちろん﹂
北上さんがいなくなった空間でポツリとつぶなく。
そうしてまた書類に目をむけると、何か忘れている気がすると違和
感を感じた。
辺りを見回すまでもなく、それはそこにいた。
﹁⋮あ﹂
もぞもぞと毛布を自らかけ直す少女。
多摩である。
278
﹁たま﹂
カウンター下の椅子から腰を上げ、たまの眠っている椅子へと近づ
いていく。
相変わらず毛布は呼吸に合わせて上下しており、完全に寝入ってい
るのだと簡単に推測できた。
頭側から覗き込むようにして顔を伺う。
短めの髪に女の子らしい長い睫毛、軽く握った手を両方とも顔の近
くに持ってってきて寝息を立てている姿は、さながら猫のようだなと
思いながら、愛らしさに頬を緩ませる。
だが、それとこれとは話は別である。
﹁たまさん﹂
一応声をかけ、肩を軽く押す。
もちろん、相手は女性なのでデリケートにだ。
﹂
思わず声に出して確認をとる。
目は閉じたままである。
時折、唸るように声を上げるが、どうやら寝ぼけて僕の手を掴んで
いるらしかった。
手の力は存外強く、振りほどくことはせずに僕はもう片方の手、空
﹂
いている右手でたまさんの頭を優しく揺さぶる。
﹁たまさん
たまさんは嫌そうに顔を歪め、もう片方の手で僕の右手を払おうと
する。
279
触った瞬間、一瞬ピクリと身を震わせたがまたすぐに寝てしまう。
﹁たまさん
と顔を見るがどうやら違うらしい。
起きたのか
?
﹂
﹁⋮寝ぼけてる
?
もちろん、たまによってだ。
すると、驚いたことにその手は掴まれてしまった。
仕方がないな、毛布をとろうと肩に置いた手を離す。
ゆさゆさと、肩を揺さぶってみるが起きる気配がない。
?
?
その仕草に手の力は弱まったが、あと少しで起きるかと思ったその
時。
﹁⋮いや⋮にゃ﹂
たまさんが口を開いた。
嫌がっているような口ぶりで、顔を歪ませている。
そう言われるとかわいそうになってくるが⋮。
心を鬼にしてたまさんを揺さぶり続ける。
﹁たまさ⋮﹂
揺さぶる手が止まる。
﹁⋮行かないで⋮みんな﹂
たまさんの頬には一筋の涙が流れていた。
思わず、ハッとした表情のまま固まる。
掴んだ手を自らの頬に当て、まるですがるように手を離さない。
﹁いや⋮にゃ⋮1人は⋮﹂
流れた涙は一筋だったがそれははっきりと、僕の心に刻みこまれ
た。
僕は掴まれた手は動かさずに、毛布をかけ直すとこちらからも優し
く握り返した。
﹁⋮また怒られるんだろうな﹂
そういって苦笑する。
なぜなら僕はこのまま、たまさんが手を離すまでこうしていようと
決めたからで、それを見た誰かがまた勘違いして怒るところまで予想
できたからだ。
足で椅子を一脚こちらに引き寄せ座ると、あの涙が二度は流れない
よう、強く掴まれた手を離すことなく、傍にいてあげようと、その場
にできる限り長くとどまれる体勢をとるのだった。
280
﹁寝起きの多摩﹂
寺田が多摩の手を握り、椅子に腰掛けてから30分程の時間が流れ
た。
周囲には作業用に外部から延長してきた裸電球に、肌寒い夏の終わ
りの夜でも元気に飛び回る虫がキンキンと当たる音だけが響いてい
る。
多摩が寝ている椅子、その上に置かれた北上が使っていたであろう
毛布で作られた枕に寺田は頭を乗せて完全に寝入っていたが、そんな
状態でも手は振りほどかずにいた。
﹁⋮﹂
モゾリと多摩が動いた。
とうとうストーブと毛布の併用効果で暑くなったのか、それとも手
を握られた刺激によるものか、多摩は頭を少し上げ周囲を見まわそう
281
とする。
しかし、見回す以前に目の前に大きな存在感があった。
寝起きの潤んだ視界でそれを見続けていると、それが人であること
﹂
はわかった。
﹁⋮
慌てて動きを止めると、男はまた静かに寝息を立て始めた。
た。
疑問は湧き、頭をかしげていると男はうーんと唸って身じろぎし
かったのか。
寝ぼけて掴んでしまったのか、だとしたら彼はなぜ振りほどかな
だものだと直感した。
手の甲をしっかりと掴んだ自らの手は、おそらくはこちらから掴ん
そこには無意識に固く握っていた彼の手があった。
まった。
その時点で大きな疑問が頭に上ったが、自分の手元を見て思考が止
ついた。
さらに見続けていると、それが見たこともない人であることに気が
?
﹁⋮﹂
優しそうな人だと思った。
いや、実際に優しいに違いなかった。
彼が﹁握らせていてくれた手﹂は彼にとってとても苦しい位置に違
いなかった。
それでも彼はそのままでいてくれたのだ、たぶん。
多摩は思案した。
そして考えるのをやめた。
今度は自分が彼をこのまま、安らかなままで寝かせてあげようと
思った。
そして彼の手を自分の顔の近くまで持ってくると、何も考えずに再
び眠りについた。
多摩にとって男の手のぬくもりは何故かとても安らぐもので、今度
は両手でしっかりと、それでいて包むように握った。
毛布やストーブとは違う暖かさがあるのを感じた。
おそらくはそれが優しさなのだと、勝手に納得して眠りについたの
だった。
⋮
⋮
﹁ん⋮む﹂
まぶたの間から漏れてくる光に気がつき目がさめる。
その光は明らかに裸電球によるものではなく、今日も爛々と輝く日
光によるものだった。
それ気がつき、ガバッと勢いよく跳ね起きる。
周囲を見回し時計を確認すると、針は5時ちょうどを指していた。
﹁⋮﹂
ほっと胸をなでおろす。
まだ点呼まで一時間ある。
安心して余裕ができると、昨日の出来事を思い出して眼下に目を向
けた。
﹁⋮﹂
282
思わず笑みがこぼれた。
﹁⋮ん⋮﹂
そこには昨日と変わらず、多摩が安らかな寝顔でそこにいた。
ただ、しかし。
﹁⋮拘束力がましている﹂
昨晩は片手だったのが両手でがっちりと拘束する形に変化してい
た。
これは身動きが取れない。
しかしだ。
︵今は朝なのだ。
どっちみち起きるのだから、今起こすも起きるのを待つのも同じで
はないか︶
そう自分に言い聞かせるようにして腹を決め、多摩の肩に手をかけ
た。
﹂
283
﹁多摩さん⋮多摩さん﹂
﹁ん⋮にゃ⋮にゃ﹂
さすがに朝の日光が応えるのか、まるで本当の猫の寝起きのように
身悶えする。
﹂
しばらく揺さぶっていると、多摩は薄めを開いてこちらを見た。
﹁⋮おきました
﹁⋮おやすみ﹂
ど、どうしたものかととりあえず笑みを浮かべて眺めていると。
多摩は無言でこちらを無言で見続けた。
?
何故か多摩は再び俺の手をつかみ直して寝に入ろうとした。
﹁え、なんで
!?
﹂
﹁多摩は多摩である 猫ではない﹂
﹁ちょ、ちょっと
おきましょう多摩さん
﹁えぇ
﹂
﹁早すぎ⋮出直してくるにゃ﹂
き上がり、時計を一瞥して言い放った。
俺が慌ててテシテシと連続で頭をはたくと、多摩さんはガバリと起
!
!
﹂
﹁何時から
﹂
﹁⋮私もうすぐ点呼なんですけど﹂
﹁いやだ﹂
手のように見てこちらに向き直り。
未だに片手でがっちりと掴まれた俺の手、掴んだ手をまるで他人の
多摩さんは俺にそう言われて自分の手元を見る。
﹁え
﹁と、とりあえず手は離しましょうよ﹂
ため息をこらえて多摩さんを見据える。
て言われるか⋮。
⋮まったく、まさかあのまま寝入ってしまうとは⋮後で寮監になん
不満そうに目を細めてこちらを睨みつける多摩さん。
!?
﹁ゴロゴロ⋮﹂
﹁ね、ねこなのか、この子は⋮
!
握りながら猫のように喉を鳴らし始めた。
俺が苦笑いで頭をかいていると、多摩さんは猫寝で俺の手を両手で
﹁そ、そんな無茶な⋮﹂
﹁君も寝るにゃ﹂
﹁た、多摩さーん⋮﹂
腕を引っ張られ、また毛布の枕に頭を突っ込みそうになる。
そう言って再び猫寝体制に入る多摩さん。
﹁⋮あと30分寝られる﹂
﹁6時からです﹂ ?
284
?
﹂
多摩さん⋮
﹁⋮
﹂
﹁あら
﹂
﹂
人も中の様子を伺うように中を覗き込み、俺と目があう形となった。
するとちょうどそこに誰か通りかかる瞬間のようで、通りかかった
頭をかきつつ、ふと店の出入り口をみた。
﹁弱ったなぁもう⋮﹂
多摩さん。
と、少し元気に返事をして開いた片目を閉じ、満足そうに寝に入る
﹁ん
30分だけですからね﹂
﹁⋮はぁ。
眠たげに片目を開いてこちらを見る。
?
彼女も艦娘だろうか
﹁え
﹂
﹁あれ⋮多摩ちゃん
﹂
軽く会釈を交わすと、女性は多摩さんの方を見た。
?
背が高く、スラリとした体型の大人な雰囲気の漂う女性。
どうやら女性のようだった。
?
﹁
﹁い、いえいえそんなことは⋮ないです、けど﹂ 俺はかしこまってしまって片手を振って否定する。
深々と頭を下げる女性。
﹁どうも、ご迷惑をおかけしました⋮。﹂
カツカツと音を立てて部屋に入ってくる女性。
隠れてたのね﹂
﹁お風呂も入らずにどこに行ったかと思えば⋮あなたこんなところに
?
多摩が俺の手を握って寝ているのを見て、手を口元に当てる女性。
﹁⋮あらあら﹂
﹁どうにかしていただけると⋮﹂
285
?
!
?
⋮あら﹂
?
女性は俺の方を見ていたずらに笑う。
﹂
﹁あら、いいのかしら
お邪魔じゃない
﹁⋮勘弁願います﹂
﹁あら
覗き魔さんの
﹁⋮﹂
﹁じ、冗談よ
﹂
寺田さん、冗談だからね
﹂
思わず毛布の枕に頭を押し付ける。
ボフ
﹂
寺田市之丞と言います、二等兵です﹂
﹁こ、こちらこそ
はじめましてよね
﹁私、陸奥って言います。
突然女性は思い出したかのように背筋を正し、俺の前に立った。
﹁あ、申し遅れました﹂
そう言って多摩さんのそばで中腰になり、頬を突く女性。
﹁あらあら残念⋮ふふ、多摩ちゃんがねぇ﹂
?
?
﹁お気になさらず、久しぶりだったので少々効いただけです﹂
?
?
286
?
!
?
!
!
﹁多摩起きる﹂
﹁あら、じゃあここがそのお店なわけね﹂
﹁えぇ、まぁ﹂
﹁素敵ねぇ、楽しみだわぁ﹂
陸奥さんはそういって近場の椅子に腰かけた。
﹂
そして多摩を見つめたかと思えば、こちらに向きなおる。
﹁ところでこの子はなんでここに
といい⋮。
﹂
﹂
腰の艤装らしきものといい、頭から突き出たアンテナのようなもの
ろう。
大人びた雰囲気を纏ったこの陸奥という女性は、間違いなく艦娘だ
片手を降りつつ、なんとなく頭を下げてしまう。
﹁あ、いえいえ、お気になさらないでください﹂
﹁迷惑かけちゃってごめんなさいね﹂
確かに猫みたいな子だ。
﹁⋮なるほど、理解しました﹂
い子でしょ
﹁この子は猫みたいな子だから、言い方は悪いけどつかみどころのな
多摩さんの頬をつつきながら呟く陸奥さん。
﹁珍しいこともあるものね⋮ってこの子に失礼かしら﹂
苦笑いを浮かべてそう言うと、陸奥さんは少し微笑んだ。
﹁僕は昨日参加することができなかったので⋮﹂
陸奥さんが意外そうに聞き返してくる。
﹁この子が
どうやら昨日の作業をお手伝いしてくださったようです﹂
﹁詳しいことは僕にもわからないのですが⋮。
?
﹂
⋮あれ、どこかで見たことのあるような
﹁⋮あら
気がついた
?
287
?
?
どうやらこちらの顔を窺っていたようだ。
?
?
﹂
﹁⋮昨日お会いしませんでしたか
﹁素敵なハンカチの方よね
﹂
?
﹂
!
﹁えぇ、そうなの。
もしや、多摩さんを
﹂
﹁そう言えば、あのとき誰か探してらっしゃいましたよね。
微笑みながらそう答える陸奥さん。
﹁いいのよ気にしなくて﹂
﹁あ、あのときはどうもありがとうございました
そうだ、この人は昨日の夜、僕のハンカチを拾ってくれた⋮。
その一言で全てを思い出す。
?
るのよ
﹂
﹁あはは
この子はあまりお風呂に入りたがらないから⋮あ、一応毎日入れて
?
﹁⋮アム﹂
﹁た、多摩さん⋮
﹂
両手でつかんだ僕の手を、あろうことか口に含み始めていた。
多摩さんはなんとも、どういう、なぜなのか、わからないが。
﹁あむ⋮あぐ⋮﹂
陸奥さんも気がついたのか、それを見て声を上げる。
﹁⋮あら﹂
僕はその光景を見て固まった。
を見る。
なんとも微笑ましい話に頬を綻ばせ、ふと自分の手の方、多摩さん
本当に猫のような子だな。
えぇ、わかりました﹂
?
を離す。
!
﹁⋮にゃむ﹂
﹁寝ぼけすぎですよ⋮
﹂
思わず思考停止した頭を振って多摩さんの口から逃れるように手
その次に歯が、遅れて舌のような柔らかいものが触れる。
柔らかな唇が手に触れた。
?
288
!
顔が赤くなっているのを感じながら、ちらりと自分の手を見る。
そこは少し湿りけを帯びていて、可愛らしい歯型がついていた。
﹁⋮あー⋮陸奥さんだぁ﹂
﹁あ、あらあら⋮起きたのね。
おはよう多摩ちゃん﹂
﹁おはよう⋮﹂
多摩さんは目をこすりつつ起き上がり、眠そうな目で僕を見た。
そしてなんとも言えない顔でにこりと微笑むと。
﹁ありがとね﹂
﹂
と一言つぶやいた。
﹁え
ハテナしかない。
僕はこの子に何かしたか
あ、寝かし続けてあげたことか
﹁⋮猫とはいえ、寝すぎもよくありませんよ﹂
皮肉交じりにそう言うと、多摩さんは少し不機嫌そうな顔で。
﹁猫じゃないもん﹂
といった。
289
?
?
?
﹁長門のお願い﹂
多摩さんは不満げに顔をゆがませながら、陸奥さんに抱えられて部
屋を後にした。
陸奥さんに短くお礼を言われてこちらも会釈する中、多摩さんは終
始無言で顔をゆがませていた。
﹁猫ではない﹂と口にした多摩さんだったが、その仕草は終始猫のよう
で、小脇に抱えられて部屋を出ていく様などはまるでお叱りを受けに
連れて行かれる猫のようであった。
この短時間で嵐が通りすぎたかのような感覚におちいり、しばし椅
子の上で放心する。
しかし、時計を見て点呼の時間が近いことに気が付くと、焦りに額
に汗を浮かばせ、手早く身支度を整えて自分も部屋を後にするのだっ
た。
290
・・・
時刻は変わってお昼頃。
戦艦の艦娘である長門は造りかけの寺田の店を前に立ち尽くして
いた。
その顔は怒っているようにも、悩んでいるようにも見えるへの字顔
だ。
通りかかる海兵や艦娘の敬礼も自然と小さく、小声になっている。
﹁あ、長門さん﹂
そんな長門に声がかけられた。
﹁む﹂
﹂
﹁何してらっしゃるんですか、店の前で﹂
﹁寺田⋮﹂
﹁どうしました
﹁⋮ん、いや。
これといった用事はないのだが⋮﹂
?
長門は寺田に向けた視線を逸らす。
﹂
﹁⋮らしくないですね。
どうしたんです
﹁⋮お、お前こそ、今朝はどうしたんだ
朝食の時も食堂に姿を見せんかったではないか﹂
﹁あー、いや、あれはですね﹂
寺田は今朝がた起きたことを話す。
霰と港へ行ったこと、仕事を片付けていたら北上と多摩に遭遇した
こと、多摩さんとの朝のごたごた。
﹁いやー参りましたよ。
点呼には間に合ったんですけど、掃除当番だったのを忘れていて大
目玉でした。
沙苗が代わっててくれたんですけどアイツがまたひどくて⋮﹂
頭をかきつつ、苦笑いを浮かべながらいう。
すると長門は深くため息をついた。
﹁⋮お前はまたそんなことをしていたのか
ませ﹂
﹁寺田﹂
﹁へ、は、はい
﹂
﹁⋮みなさん本当にいい人たちですし、僕も楽しいので気にしちゃい
﹁⋮﹂
﹁いえいえ、迷惑だなんてそんな﹂
だぞ﹂
妹たちの相手をしてくれるのは助かるが、迷惑なら断ってもいいん
?
﹂
長門がこれまたらしくもなく、照れくさそうに話し始める。
﹁⋮わ、私にも何か手伝わせてはくれないか
﹂
?
?
﹁長門さんにはもう十分手伝ってもらってますよ
⋮なにかわけでも
﹁⋮昨日のことだ﹂
長門は語りだした。
?
291
?
?
﹁そ、その⋮なんだ﹂
!
昨日、僕がいないときにお店の作業をみんなが手伝っていたこと、
いつもなら自分も率先して参加するところだが、この鎮守府の旗艦で
ある自分がそう何回も鎮守府の一部署に過ぎない酒保の作業に参加
するのはどうか、と思ったこと。
﹁⋮なるほど﹂
﹁そ、それでお願いがあるのだが﹂
長門は意を決したように言った。
﹁⋮い、今から時間があるならその⋮、みんなに内緒で作業を手伝って
﹂
もいいだろうか
﹂
﹁みんなに内緒で
﹁う、うむ﹂
旗艦である彼女が。
断る理由があるだろうか。
﹁ふふ、全くお優しい姉様ですね﹂
﹁あ、姉っていうな
お前に姉と言われるとなんだかバカにされている気がする
﹁そうですか
﹂
親しみを込めているつもりなのですが⋮。
﹂
⋮じゃあ、今からやっちゃいますか
﹁本当か
いいのか
﹁ええ、一緒に作業しましょう﹂
﹂
休む時間を割いてまで手伝ってくれようというのだ、この鎮守府の
長門の心遣いが身に染みて思わず胸が温かくなる。
でも、私は不器用だから⋮その、悪いかと思って⋮﹂
だから、時間がある時はお前の作業を⋮その、手伝ってやりたい⋮。
の店の作業を手伝ってやれん⋮。
﹁⋮最近、近海での作戦が近いのもあって私も忙しくてな、あまりお前
長門は照れくさそうに手を組む。
﹁なんでです
﹂
?
寺田がそう言うと長門は満面の笑みで微笑んだ。
?
!
!
292
?
?
?
!?
!
﹁うむ
﹂
・・・
﹁じゃあ、これ﹂
﹁⋮これは、電球
﹂
二人は店の中に入り、作業を始めていた。
﹁はい、今日はお店の中の電球をつけていきましょう﹂
﹁⋮う、うむ﹂
﹂
どこか長門が不安げに声を上げる。
﹁どうかしました
﹂
長門はその電球を不安げに見つめるのだった。
寺田が長門の手を取り、その上にポンと電球をおく。
﹁ほらほら、やりましょう一緒に﹂
﹁⋮うむ﹂
何をそんなにへこむことがありますか﹂
﹁反省はもちろん必要ですが、あまり引きずるのもよくありませんよ。
む。
うつむきがちな長門さんのかを下から見上げるようにして覗き込
﹁ふむ⋮長門さん
それを全部営業時用の電球に変えたいのだが⋮。
電球のみである。
あの時の照明は全部取り外されており、今は夜間の明り取り用の裸
ことである。
長門さんとの初対面の時、照明のガラスカバーで頭を怪我した時の
長門の一言で寺田は思い出した。
﹁⋮あ﹂
﹁⋮またお前に迷惑をかけないかと、な﹂
?
?
293
?
!
﹁長門との作業﹂
﹁だいぶ仕上がりつつあるのだな、この店も﹂
長門が足台に立ち、電球を回し入れながらつぶやいた。
﹁えぇ、おかげさまで来月にも開店できそうです。
あとやることはステンドグラスとモザイク絵画と⋮﹂
﹁みんな楽しみにしてるぞ、雪風なんかは特にな。
かくいう私もその1人だが﹂
﹁嬉しいです﹂
思わず顔がほころぶ。
ふと長門さんの方を見ると、それを見ていたのか同じように笑みを
浮かべてこちらを見ていた。
﹁この短い間によくやってくれたな﹂
﹁⋮少し時間をとりすぎたような気もしますが⋮。
長門さん達が手伝ってくださった賜物でしょう﹂
﹁そうだな、そうであれば私も嬉しい﹂
長門さんはまたもくもくと電球を入れる作業に入る。
あれだけ危なっかしかった長門さんも、たくさん手伝いをしてくれ
たおかげですっかり作業が板についている。
少し前であれば電球を握りつぶしてしまいそうになっていたりし
たのだが。
しかし
見れば見るほど、彼女が深海棲艦を圧倒できる力を持っているとは
思えない。
僕がこの鎮守府に来て日が浅く、まだ本格的な戦闘を行う彼女達を
見たことがないというのもあるが⋮雪風や天龍さんなどを見ている
と、どうしてもそういう考えが出てしまう。
艤装を外してしまえば、ただの女の子。
僕には彼女達が兵器とされている事実を、彼女達と暮らす鎮守府で
の生活の中であっても⋮いや、だからこそ、簡単に認められないでい
た。
294
﹂
﹁長門さん﹂
﹁ん
﹁長門さんは、戦艦の艦娘⋮でしたよね
﹁あぁ、そうだ﹂
﹂
長門さんは電球をはめつつ、淡々とした口調で言ってのけてしまっ
た。
﹁私たちの世界、日本という国にあった海軍の旗艦。
世界に7隻存在した巨大戦艦の一隻、ビック7。
それが私だ﹂
﹁⋮長門さんはすごい方だったんですね﹂
﹁そうでもないさ、妹達の方がよっぽど凄い﹂
﹂
そういう長門さんの横顔は誇らしげでもありながら、どこか少し悲
しげな表情をしていた。
﹁陸奥にはもう会ったんだって
﹁はい、先ほど﹂
﹁そうなんですか
﹁あいつは私の、実の妹なんだ﹂
?
﹁うむ﹂
⋮ちょっと見せてください﹂
﹁え
よく入らないぞ﹂
﹁おい寺田、これは大きさが違うのではないか
長門さんが突然疑問の声を上げた。
﹁む﹂
﹁もちろんですよ﹂
妹達ともども、仲良くしてやってくれ﹂
﹁ふふ、そうか
どうりでどこか面影があると、目の当たりとか﹂
!
﹁う、うむ﹂
﹁ちょっと回してみてください﹂
長門さんと同じ台に乗り、長門さんの手元の電球をよく見る。
?
?
295
?
?
?
﹁あー、これは不良品かもですね。
﹂
金具の部分がささくれだってるみたいです﹂
﹁そうなのか
﹁ひわっ
﹂
すると、長門さんはなぜか勢いよく電球を掴んでいた手を離した。
僕は長門さんが支えている電球に手を伸ばそうとする。
﹁危ないから外しちゃいましょう﹂
?
﹂
﹂
右手に確かに感じた手の感触。
まるでその1、2秒だけ時間が遅くなったような感覚。
長門さんが手を伸ばして叫ぶ。
﹁寺田
支えるものもなく、僕は電球とともに店内の宙空へと躍り出た。
﹁うぇ
ふわっとした感覚。
その動きの中、長門さんがつきだした肘が僕の方に当たる。
!
そして僕の視界は闇で包まれた。
296
!?
!
﹁騒乱の火種﹂
視界が闇に染まり、遅く時間が流れ、僕はゆっくりと背中にかかっ
た衝撃を受け止めた。
ゆっくりとはいっても、それは感覚的なもので、実際には相応の衝
撃があったのだが、なんというべきか⋮ゆっくりとじっくりと背中に
衝撃が広がっていったのである。
肺から酸素が吐き出され、明滅する視界。
しかし不思議と痛みは少なかった。
特に頭にかかった衝撃は大したものではなく、意識はすぐに回復し
た。
回復した意識でまず感じたのは匂いだった。
花のような石鹸のような香り、それが何か細かいサラサラしたもの
とともに顔にまとわりついている。
﹂
いるようで振り解けない。
﹁⋮だ、大丈夫だ。
大事ない﹂
長門さんが僕の後ろ頭らへんに顔を突っ込んだまま、返事をした。
297
思わず右手で確認する。
﹁⋮﹂
サラサラしたものの正体は、毛髪だった。
﹂
ふと右を見る。
﹁な、長門さん
長門さん
﹁大丈夫ですか
してくれたようだ。
どうやら、長門さんは手で僕の後頭部が床と直接ぶつかるのを阻止
そして僕は気がつく、僕の後ろ頭に柔らかな感触があることを。
あった。
そこには長門さんと思しき、サラサラとした髪をした頭がそこに
!?
!?
すぐに起き上がろうとするが、長門さんは結構な力でぼくを抱いて
!
﹁すいません
足を滑らせてしまったようで、怪我はありませんか
﹁だ、大事ないと言ってるだろう﹂
﹁よ、よかった⋮﹂
安堵のため息を漏らし、ふと左手を見る。
﹂
そこにはしっかりと、ヒビひとつない電球があった。
﹂
﹁こっちも無事か⋮。
長門さん
﹁な、ななんだ﹂
﹁あの、その⋮怪我がないようでよかったのですが⋮。
は、早くどいていただけると⋮﹂
僕は顔を真っ赤にしてそう懇願する。
なぜならはたから見れば、僕らは長門さんを上にして僕が下で⋮抱
き合っているように見えるからだ。
﹂
﹂
!?
﹁それは困る﹂
﹁え
﹁な、なぜこのままでいなくてはならんのです
﹂
!
﹁い、いやその、なんだ。
﹂
⋮し、正直⋮み、見せられる顔ではない
﹁え
か、顔に怪我でも
﹁ち、違う
!?
な、なにが
そ、そう言われても
⋮決して言葉には出さないが
しっかりと意識が回復したからこそ、いや、してしまったからこそ
!
!
!?
⋮そ、その、なんだ⋮お、落ち着くまでま、待ってほしい⋮﹂
!
だ⋮
298
!?
!
?
あまりに早い即答に思わず声が上がる。
!?
!?
!
今、僕の胸のあたりに恐ろしいクオリティの何かが当たっているの
!
﹂
﹂
﹁⋮じ、自分でも驚いてしまうほどに、顔がほ⋮火照ってしまって⋮
と、とてもお前には見せられん
そういう長門さんの横顔は耳まで真っ赤だ。
﹂
﹁だからってこのままずっとその⋮抱き合うんですか
﹁す、少しの間でいいんだ
﹂
し、辛抱してくれ
な、長門さん
﹁いやいやいやいや
平気です
僕
﹂
長門さんが顔を真っ赤にしてたって平気です
﹁い、いやだめだ
﹂
見せたらきっと私は泣く
﹁泣
﹂
﹂
!?
﹁泣くぞ
!
﹁そ、そんなこといってもですね
299
!
!
!
胸のクオリティが
それ以上に
﹁⋮﹂
!?
!
!?
!
こんなところ誰かに見られでもしたら
!
!
!
!
!
!
!
!?
!
﹁火がついた﹂
誰かに見られたら。
とんでもなく不吉な思考が頭のど真ん中を通り抜けて行った頃、僕
の視界には店のドアを開け放って立ち尽くしている人影が映ってい
た。
赤みを帯びた薄い紫の髪色の少女。
どこか見知った、しかし異質な雰囲気を漂わせた少女はおそらく艦
娘だろう。
驚きに見開かれた瞳はクリッとした輝きを放ちながら僕の顔を映
している。
いや、僕ら⋮だろうか。
あまりのタイミングの悪さ、そして身動きできない状況の中、僕の
思考は一瞬ストップした。
メラを顔に近づけ、それが口元を通過する頃には、歓喜の笑みと変
わっていた。
思考が加速する。
制止を促す声を発する前に、カメラの雷光にも似たフラッシュは無
慈悲にも僕ら2人を照らし出した。
﹁あは♪﹂
少女が無邪気に笑う。
300
悠久にも感じられる長い視線の交わし合いのなか、先に動いたのは
少女だった。
ガサッ
少女が取り出したのは古い型のカメラだった。
レンズがお昼の光を反射して、緑っぽい輝きを放つ。
思考が加速を始める。
少女か無言でカメラを取り出した理由は何か
店の内装を取るため
違う。
?
きつく唇を結んでいた少女の顔つきは、ファインダーを覗こうとカ
?
その時、長門さんにも動きが見られた。
フラッシュに気がついたのか、僕の後ろ頭のあたりに潜り込ませて
いた顔を持ち上げ、僕と同じように少女を見た。
その顔つきは初めこそ羞恥の赤に染まっていたが、状況を理解する
ことによって蒼白へと変貌していき、顔色は見事に上下で青赤に変化
した。
サーという血の引く音が聞こえると思えるほどである。
﹁あ﹂
﹂
長門さんが口を開いた。
﹁青葉
聞いたことのない名前だった。
ああ、おそらく名前だろう。
少女はその声に反応してファインダーから目を離す。
﹁な、が、と、さん♪﹂
﹁お、お前⋮﹂
青葉と呼ばれた少女はカメラを愛しそうに胸に抱きしめ、微笑ん
だ。
﹁んふふ⋮青葉、見ちゃいました﹂
一瞬のことだったと思う。
長門さんが残像を残さんばかりに起き上がり、足を前に踏み込ん
だ。
僕も迅速に動いた。
起きるという一連の動作の時間のロス。
それを省くため、横に転がり青葉に迫る。
しかし、青葉の動きはじんそくだった。
後ろにとびのいて長門さんの手と僕の追撃をかわし、廊下に躍り出
る。
あまりの早さに反応できなかった僕らは接触、致命的なミスを犯し
た。
膝を突かれる形で僕が突っ込んだせいで崩れ落ちる長門さん。
それに踏み敷かれる僕。
301
?
そんな2人を尻目に青葉は脱兎のごとく廊下をかけていく。
振り返りもせず、ただ全力で走り去って行った。
302
﹁青葉はどこだ﹂
長門さんはその光景を眺めているばかりではなかった。
床を抜かんばかりに突き出した腕でバネのように起き上がり、店の
出入り口から小型の台風のような速度で飛び出していった。
僕はほんの数秒、その場で唖然としていたが、すぐに行動を開始。
目標の現在地の特定を急いだ。
⋮
鎮守府3階、中央廊下。
青葉という少女を目撃したという兵士に話を聞く。
﹂
二階でカメラを抱えて走る青葉を見たとのことだ。
﹁どのあたりに走って行きましたか
﹁⋮うーん。
﹂
食堂⋮いや、突き当りを左に曲がったはずだから⋮工廠の方へ行っ
たよ﹂
﹁感謝します
工廠の方へ向かったということは、三階へ再び上がって空中廊下を
使ったのか
﹂
しかし、なぜ工廠に
﹁寺田
?
﹂
﹂
﹂
今にも廊下の床板を踏み抜きそうな勢いだ、怖い。
﹁長門さん
﹂
﹁工廠⋮そうか
﹁いえ⋮ですが、工廠の方へ向かったとの情報が
﹁いたか
!
顔をした。
﹁工廠二階には現像室がある
まずい、青葉の奴はもう写真を現像する気だ
﹂
!
!
長門さんが思い出したような仕草する、拳で手のひらを打って苦い
!
!
!?
303
!?
お礼はしっかりとして、その場を素早く離れる。
!
?
後ろから長門さんが走ってくる。
!
﹁現像室⋮
﹂
なるほど、では早くそこに向かいましょう
﹁あぁ
﹂
まだ時間はそんなに経ってない、現像するには時間がかかるはずだ
!
!
長門さんと一路、現像室を目指す。
!
⋮
鎮守府と工廠をつなぐ、3階空中廊下。
﹁あ、あれ
﹂
﹂
50メートルほどの廊下で、見知った顔とすれ違う。
寺田さん
﹁に、西川さん
あの
青葉という子を見ませんでしたか
﹁青葉ですか
﹁長門さん
﹂
!
いった。
﹂
﹂
﹁助かりました西川さん
﹁何かあったんですか
﹁いえ特には
!
﹁では急ぎますので
﹂
﹁いや、どう見ても少しなんてもんじゃ⋮﹂
ただ青葉さんにすこ∼し用事がありまして
?
﹁行っちゃった⋮。
⋮きになるな、ついていってみよ﹂
⋮
!
!!
僕はお礼も手短に、長門さんの後を追う。
!
﹂
僕の声を聞いた長門さんは、初動から全速力で廊下を駆け抜けて
﹁うむ、わたしは先に行くぞ
﹂
あぁ、あいつならすっごい嬉しそうな顔で工廠の方へ走って⋮﹂
?
!?
!
長門さんと走ってるなんて⋮何かあったんですか
?
!
?
?
!
304
!
工廠、二階現像室前の廊下。
そこには普段は見られないような光景が広がっていた。
パラパラ⋮
︶
現像室の扉が破壊されているのである。
︵な、長門さんの仕業か
﹁全く﹂
﹂
﹂
﹁現像室では明かりは厳禁なのに
それを⋮それをこんな∼
!
ふんすと鼻を鳴らして長門さんが仁王立ちしている。
﹁⋮﹂
そんな中に、破壊されたドアから明かりが降り注ぐ。
現像室は赤いランプが一個付いているだけで、とても暗い。
中から悲痛な泣き声が響く。
﹁ひどいです∼⋮ッ
俺は破片を踏まないように注意しながら現像室の扉をくぐった。
?
﹁だからって扉を破壊するなんて⋮﹂
現像室の真ん中では女の子座りでへたり込んだ少女がいる。
﹂
﹂
くらい現像室の中とはいえ、破壊された扉からの光源ではっきりと
わかる。
青葉という少女だ。
﹁権利の侵害です
表現の権利がわたしにはあるはずです
﹂
!
﹁被写体に許可を取れ馬鹿者
﹂
﹁それじゃあありのままの姿が取れないんです
だから私はゲリラ的に活動をですね
﹁それよりも、ネガはどこだ﹂
﹁ああーッ
!
305
!
﹁貴様が事情も聞かずに撮影した上、逃げたりするからだ﹂
!
!
!
!
やめてください荒らさないで勘弁してください∼ッ
バシャア
!
!
!
﹁ああー⋮ッ
現像液がぁ∼⋮ッ、高いのにぃ∼ッ
﹂
長門さんは気にせず現像室内を家探しする。
﹂
﹂
﹂
﹁怪我、ありません
﹁⋮あ
あんたは間男
ま、間男
﹁ち、違います
あれはですね⋮
﹁いやいや、おかげでいい写真が撮れました
﹂
!?
れ初めは一体
超弩級なわけでもあるんですかねぇ
あいたぁっ
んねぇ、後学のためにお聞きしたいのですがお兄さんと長門さんの馴
まったくぅ、配属されたばかりで超弩級戦艦を落とすとは侮れませ
!
?
!
﹁は、はっ
﹂
話はそれからだ﹂
﹁⋮寺田、お前もそいつは無視してネガを探せ。
そんな青葉の頭に、長門さんの投げた現像液の空き缶が命中する。
と っ て 返 し た か の よ う に 手 帳 と 鉛 筆 片 手 に 記 者 に 変 身 す る 青 葉。
?
?
剣のように鋭利だ。
完璧に軍人モードにクラスチェンジしている長門さんの眼光は銃
!
306
!
!
?
!
!
!
現像室にて
あらためて現像室を確認してみれば、長門さんが暴れたというのも
差し引いても散らかっていた。
﹁鎮守府にこんな設備があったなんて、知りませんでしたよ﹂
とりあえず手の届く範囲の机の上を探してみる。
様々な機材やカメラ、それに現像に用いるのであろう液体容器がゴ
ロゴロと転がっていてとてもネガを探せるような状況ではない。
﹁⋮ここは鎮守府内で発行されてる瓦版の出版所も兼ねてますので、
﹂
写真の現像機材や印刷機まで、一通りのものは揃ってますよ﹂
﹁瓦版⋮そんなものがあるんですか
﹁見たことありません
あたりには瓦版に用いるのであろう写真や原稿が散乱している。
当たり前だろう、仕事場が家探しされているのだ。
青葉は結構不機嫌そうだ。
﹁⋮﹂
﹁えぇ﹂
﹁そ、そうなんですか﹂
﹁取材こそ行ってませんが、鎮守府内じゃ結構話題になってますよ﹂
青葉は身の回りのものをかるくまとめてかたし始める。
﹁お仕事の方は順調そうですね﹂
ので﹂
﹁⋮あんまり見ないですからねぇ、仕事がら一箇所にとどまっている
廊下の掲示板には一通りの張り出してるつもりなんですけど﹂
?
途端に申し訳なくなってきて、それらを一箇所にまとめて置いてお
く。
﹁気にしなくてもいいです。
どうせもうそれは使わないので﹂
﹁そういうわけには⋮﹂
﹂
?
307
?
﹁おーい、そっちはどうだ
見つかったか
?
長門さんが黒いフィルムを何枚も鷲掴みにしてこちらに問いかけ
てくる。
﹁あ、いや⋮まだです﹂
﹂ ﹁いちおう怪しいものはさらってみたのだが⋮。
うう∼⋮こっちか
﹁⋮﹂
﹂
﹁あ、いえ⋮﹂
﹁なんだ、どうした寺田
﹂
そして、僕はあることに気がついた。
﹁あ⋮
僕は苦笑いを浮かべつつも、捜索を続ける。
青葉が頬をぷうと膨らませて僕を見てくる。
?
これらのことからわかるのは⋮。
︵青葉さんは、まだ撮影したカメラを隠し持っている
というのが一番確率が高いだろう。
?
︶
﹁⋮えーと
このあたりかな
﹂
⋮⋮ああ、なるほど。
視線の先は、本棚か
長門さんがいるあたりを、ちらりと見た
︵
﹁⋮﹂
青葉さんは無言であたりのものをかたしているが⋮。
僕はちらりと青葉さんの方を見る。
︶
あるのは型の古いカメラが無造作に置かれているもののみ。
なカメラが見当たらない。
れる場所にはそれらしき形跡はなく、そもそも青葉が使っていたよう
一応、部屋自体は暗室という形は取っていたものの、作業台と思わ
この部屋にはそもそも現像中と思われていたネガがないのである。
実は部屋に入った瞬間に気がついていたことだったのだが。
!?
?
308
!
僕はおもむろに本棚の方に足を運んだ。
?
?
?
?
あくまで自然に、そこにたまたま目が向いたように。
﹁⋮ッ﹂
青葉さんの目の色が変わる。
あたり、かな
﹁あれ⋮このあたりの本⋮なんで少し前に出てるんだ⋮
﹂
僕はわざと長門さんに聞こえないように、それでいて青葉さんには
声が聞こえるように小さく声を上げる。
﹁⋮ぁ﹂
青葉さんがやめて欲しそうな涙目でこちらを見ている。
﹁⋮﹂
チョイチョイ、と青葉さんに向かって小さく手招きをする。
﹁⋮﹂
青葉さんは涙目のまま、こちらをまるで親の仇を見るような目で見
てくる。
僕は苦笑いを浮かべつつも、手招きをする。
すると、青葉さんは長門さんに気づかれないような小さな動きでこ
﹂
﹂
ちらに近づいてくる。
﹁⋮なんです
﹁⋮嘘だね
﹂
フィルムは⋮悔しいですけど、渡しますよ﹂
﹁敗者に善意は不要です∼。
し﹂
恥ずかしいからね、でも⋮君にも少なくとも被害はあったわけだ
﹁もちろん、フィルムはもらうよ。
すか﹂
もういいですよ⋮煮るなり焼くなり好きにすればいいじゃないで
﹁⋮はぁーぁ⋮。
出た不自然な本の出っ張りを指差す。
僕は、
﹁カメラ一個くらいならすっぽり隠れるであろう﹂程度に前に
﹁これ、だよね
?
309
?
?
?
青葉さんはこちらの言葉を聞いて信じられないとばかりに目を見
?
開く。
﹁⋮これは僕のカンだけど、本棚の中にあるカメラ。
﹂
﹂
これはブラフだ、おそらく入っているフィルムも別のもの。
⋮違うかい
﹁⋮どうしてそう思うんです
﹁うーん、君は思った以上に頭が良さそうだ。
それに演技派でもある。
⋮でも、ちょっと油断したね﹂
僕は青葉さんの顔を指差す。
﹁長門さんに気を取られて演技ができてなかった。
僕の前では素がでてしまっていた。
⋮本棚を見る君の目、まるで見つけてほしいみたいだったよ﹂
﹁⋮﹂
﹁それに本棚の偽装もあまりにずさんだ。
これじゃいずれ長門さんにみつかる。
それも君はわかっていたはずだ。
実家の職業柄、人の顔色を見るのは得意なんだ、僕﹂
﹁⋮はぁ⋮完全に負け、ですね﹂
あっさりと負けを認める青葉さん。
そして青葉さんがポケットから一個のフィルムを取り出す。
﹁⋮随分と諦めがいいね﹂
﹁察してくださいよ、短時間にここまでしたんです。
悔しいに決まってるじゃないですか﹂
プイとそっぽを向きつつ、こちらにフィルムを差し出してくる青葉
さん。
﹁はい、確かに﹂
僕はしっかりとフィルムを受け取る。
﹁用が済んだんなら早く帰ってください。
﹂
?
⋮まったく、今日は本当に厄日です﹂
﹁お互い様さ、あんまりこういうことはしない方がいいよ
﹁好きなんですよーだ
!
310
?
?
それに止める権利はあなたにはない⋮でしょう
いたずらに微笑む青葉さん。
僕はため息をついて苦笑いを浮かべる。
﹂
﹁⋮長門さん、フィルムは確保しました﹂
﹁なに
そうか、よくやった寺田
﹂
?
青葉
長門さんがバタバタとこちらに駆け寄ってくる。
﹁まったく
!
﹂
﹂ ﹂
?
﹁そうなのか
長門さんは腕を組んでそう言う。
﹁今回はそれでおあいこだ。
⋮それにあれはな
店の電球を変えようとして起こった事故のようなものでな⋮
﹁まぁまぁ、そのあたりでいいじゃありませんか﹂
僕は長門さんの背中を押して、部屋から出るよう促す。
!?
!
てやらねばだな
﹂
!
﹁フィルムも確保できましたし、よしとしましょうよ
!
こいつはこう言っても結局は理解せんのだから、たまには灸をすえ
﹁しかしだ
﹂
⋮こちらにも一応、扉を壊してしまった非もあるわけだしな﹂
⋮まぁ、わかればいいのだ。
お前にしては素直なことだが⋮。
?
青葉さんが驚いたような顔でこちらを見てくる。
﹁⋮
すんなりと渡してくれましたよ
長門さん、青葉さんはそのあたり、さすがに悪いと思ったのか結構
﹁⋮ふふ。
青葉さんはあんまり反省のなさそうな態度で返事をする。
﹁⋮はーい﹂
るぞ
提督の許可が下りているとはいえ、やっていいことと悪いことがあ
!
!
311
!
!?
!
?
ほらほら﹂
﹁むう⋮﹂
﹁それでは、また後で扉、直しにきますからね﹂
長門さんが部屋から僕に押されて外に出たあと出、青葉さんはなに
やら青葉さんは訝しがるような瞳でこちらを見てきた。
﹁⋮貸し、ですからね﹂
青葉さんはそういうと、暗室の暗い部屋の中へ帰って行った。
312