モモとチュークリン

エッセイ11
モモとチュークリン
先日思わぬことから日曜日一日を棒に振ってしまった。
その日の早朝、二・三日前から家の中をチョロチョロしていた
小さなかわいいネズミが、チュークリンというネバネバしたネズ
モモ(左)とその子
ミ捕りにくっついた。(折角捕れたヤツをこのまま捨ててしまうのも勿体ないなあ。そう
だ、モモにも見せてやろう。)と思い、チュークリンにくっついたネズミを持って、犬小
屋に向かった。「モモ、ほらネズミだぞ。お前見たことねえだろ。」と自慢そうに話しかけ
ながら、犬の鼻先にネズミを差し出した。しかし、モモは大して興味を示す風もなくわず
かに尻尾を振るだけであった。「そうか、お前は犬だからネズミにはあまり関心がないん
だな。そうか、そうか。」と勝手に解釈して、私は、犬が前足を伸ばしても届かないであ
ろうと思われる場所に、チュークリンについたままのネズミを置いて家の中に入った。
一時間程して家族が起き出してきた。部屋の中にチュークリンがないのに気づき、「お
父さん、ネズミは捕れたの?どこにいるの?」とうるさく聞くので、「ああ、小さくてか
わいいヤツだよ。外にいるよ。」と答えながら、家族と共に外に出て唖然とした。
モモが、(これは一体何なんだ。)とでも言いたげな様子で、チュークリンをあっちこっ
ちにくっつけながら悪戦苦闘中なのである。それにあのかわいいネズミの姿はどこにもな
い。(そんな馬鹿な。あの時はまるっきり興味を示さなかったのに。それに手の届かない
所に置いたはずなのに……。)我が目を疑うと同時に、私の行為を軽蔑の眼で見はじめて
いる家族に気がつき、事のいきさつをどう説明していいか言葉につまった。モモは、足の
裏にまでベッタリとチュークリンをくっつけ、私におこられた時にいつも見せる上目づか
いでこちらを見ている。吹き出したいが、(馬鹿なオヤジ)と思っているであろう家族を
目の前に、苦しい弁解も必要な切ない状況だった。
結局、このネバネバをとってやるため、ハサミでネバネバのついた毛を切ったり、バケ
ツにお湯を汲んで足のネバネバを柔らかくしながらとってやったりで、せっかくの休み丸
一日を費やしてしまった。犬の習性を熟知している人は、このような話を聞いたらさぞか
し腹を抱えて大笑いすることだろう。しかし、私はこの日の出来事を通して、己の先入観
だけで物事を判断する怖さを改めて教わった。