あたまを雲の上に出し 夏休み明け翌週の葉月8月27日の土曜日に

■あたまを雲の上に出し■
夏休み明け翌週の葉月8月27日の土曜日に、産業学習でのペンケヌーシ岳登山が予定
されていた。ところが今夏の北海道は観測史上類を見ない、ひと月間に3度の台風襲来に
遭い、日高町内旧門別町の様子が全国ニュースで報じられるくらいの被害が出た。雨、雨、
雨である。下見では登山道が雨で流され、迂回ルートも安全確保が十分ではないという。
「今回はペンケヌーシ岳を断念し、裏の北日高岳登山にします」
産学主幹が愚輩にそう告げたのは、実施3日前の24日である。北日高岳とは、スキー
場の山である。
「安全確保が難しいのであれば、やむを得ないでしょう」
「まあ、北日高だと登山というよりハイキング程度ですね。アッハッハッハ」
「……」
「で。コーチョー、どうします?北日高でも一緒に登ります?」
「勿論」
27日の土曜日は珍しく愚輩の予定が空いていたので、生徒と一緒に山に登ると産学主
幹に伝えていたのだ。
「まあ、ペンケヌーシ岳に比べたらグッとトーンダウンしちゃいましたけどね」
産学主幹は、まるで今夜は米沢牛のすき焼きだったのに、急遽焼きそばに変更したかの
ような口調で申し訳なさそうに呟いたが、なあに所詮素人である。むしろハイキング程度
がちょうどいい。
27日の朝は9時10分に登山口前集合ということだったので、愚輩は30分前に寮に
顔を出した。
「お早うございます」
寮の舎監さんに挨拶をすると
「お。校長先生お早うございます。早いですね。まだ誰も出発してませんよ」
「ああ、そうですか。じゃあ、一寸ここで待ってます」
そう云って、ふと伝言板のホワイトボードを見ると「フェルマーの最終定理」が書かれ
ているではないか。誰が書いたのかは分からぬが、何とアカデミックな落書きか。
ちなみに「フェルマーの最終定理」とは、
「3以上の自然数nに対して、Xn+Yn=Zn を満たす自然数X、Y、Zは存在しない」
という定理である。17世紀のフランスの数学者フェルマーが「私はこの問題を証明した
が、余白が狭すぎてここに書くことができない」と書き残し、その証明方法を巡って何百
年も世の数学者を悩ませた数学界最大の超難問である。
本当にフェルマーが証明していたのかどうかは愚輩は知らない。17世紀には愚輩はま
だ生まれていなかったし、第一フランス語だって喋れない。だとしたら、愚輩も死ぬ間際
に「世の中の学校から『いじめ』を根絶する方法を見付けたが、それを記すには余白が足
りない」とでも云って息を引き取れば、後々「ヒダカーの最終定理」と名付けられるかも
しれないと馬鹿なことを考えていた。
そうこうするうちに生徒たちも身支度を調え、玄関に現れだした。1年栗山男子や1年
函館男子、1年埼玉女子は肌の露出を少なくして、完璧なダニ媒介脳炎対策を取っている。
1年横浜保土ヶ谷男子も玄関前で 100m 決勝に臨むウサイン・ボルトのような顔をして
入念に靴紐を縛り直していた。
2年新琴似男子はカウボーイに似た帽子を斜に被って、ペットボトル2本を腰に下げた
だけの身軽な恰好。あれでギターを背中にしょっていたら、完全に燃える男の赤いトラク
ター小林旭である。実際2年新琴似男子はこの夏休み、同級生を頼りに関東、関西方面を
旅しており、正真正銘の「渡り鳥」小林旭である。こうした旅ができるのも、全国から生
徒が来ている日高高校の良さのひとつかもしれない。
2年埼玉男子が玄関に出てきた際、ちらっと愚輩を視界に捕らえたかと思ったら、吹き
出すのをこらえて視線を外した。
「あら!?おい、2年埼玉男子。何で今、笑いをこらえたの?」
「いや。何でコーチョーがいるのかなと思って……」
「一緒に山へ登るためだよ」
「(笑)」
「駄目か?」
「いや別に駄目じゃないけど……コーチョーって山登りしてるの?」
「してない。山は下り専門で、登る時はいつもリフト」
「……」
2年埼玉男子の目が呆れたと云っていた。
登山口に集合して点呼と簡単な注意事項を確認した後、隊列になって登りはじめた。愚
輩は後方に付く。昨夜からの雨で道には所々水たまりができている。気を付けながら歩い
ていると、愚輩の左隣りを歩いていた3年遠軽女子が水たまりを全く気にすることなくバ
シャバシャと歩を進める。その様子は高度経済成長時代に日本列島改造を進めたブルドー
ザーを想起させる。細かなことは気にしない。足の向くまま気の向くままといった感じで
ある。ある意味羨ましいほどの割り切り方である。
登りはじめて20分ほどで早めの休憩タイムとなる。
「何十人もが一緒に登る時には、その人達が休める場所というのは限られます。だから、
休めるような場所では早めに休むようにしてください。そうしないと、場所によっては
狭くて全員が一斉に休めなくなります」
山岳ガイドの男性が生徒に説明してくれる。成る程なあと感心していると
「ここから先は道が狭くなって行くンすよ」
と3年栗山富士男子が教えてくれた。
「えっ!?3年栗山富士男子はこのコース、何度か登っているの?」
「7月にも登りました。国少(国立ひだか青少年自然の家)にスカウトされて、7月一杯キ
ャンプ場で国少の手伝いをずっとしていたンすよ。小学生を連れて、この山にも登りま
した」
「へえぇ」
「小学生でも登れたんで、コーチョーも登れますよ」
3年栗山富士男子は励ましてくれたつもりなのだろうが、愚輩は静かに傷付いた。
やがて大きな山道から右手に折れると、人ひとりが通れるほどの細い登山道へと進んで
いった。しっかりと道が付いているので、迷ったりすることはない。だが、昨夜来の雨が
所々に残って、油断すると足元が滑る。ずんずんとさらに進むうちに、隊列が次第に長く
なる。左右の熊笹も背丈が高くなり、ああこんな藪の中からいきなり熊に襲われたらひと
たまりも無いなと考えていると、前方の熊笹から仔熊が飛び出してきた。
「うわっ!!出たっ!」
思わず息をのんだが、仔熊の正体は足元を滑らせた2年埼玉男子であった。
人は疲れてくると錯覚をするものである。疲れが溜まっていたようだ。
その後、休憩と登行を繰り返し、木の枝を払いつつ狭い道を進み続けた。いつの間にか
前を行く集団との差が詰まっており、愚輩の前には2年調布男子がいた。退屈な登行を紛
らわせるためか、2年地元日高男子としりとりをしながら歩いていた。
「き……き……き……キックボクシングってさっき云ったよね?」
「何云ってんの。キーだよ、キー。鍵のキーだからね」
「うそっ」
二人で生産性のない会話を続けていた。だがしかし。実は愚輩は、2年調布男子に昨年
からの成長を感じていた。昨年の彼は愚輩に逢う度、いつも誰かに対する不満をこぼして
いた。
「コーチョー、聞いてくださいよ。あいつクソですよ、クソ」
「どうしたの?」
「マジ、ムカつくことあったンすよ。おかしくないスか、あいつ」
「そうかね」
「絶対おかしいスよ」
「まあ価値観の違いというのは誰にでもあるからね」
「許せないスよ、ホント。クソですよ」
「ハハハ、つまり君としては不快な訳ね」
「そうス。腹立ちますよ」
「成る程。でも、そうした不都合や不快感を解消できる方法を見付けることができると実
はそれがビジネスになるんだよ。腹立つなあ、不快だなあということは、実はビジネス
チャンスでもあるんだよ」
とまあこんな感じの会話を彼とはいつも交わしていたものだ。ところが今年に入って2
年調布男子の口から「あいつクソですよ」という台詞がパタリと聞かれなくなった。かわ
りに、他者に対する度量の深みが加わった。厭なことがあった時、むしろ愁いを帯びた目
をするようになった。と愚輩には映る。
日高の教育が2年調布男子を成長させたのだとしたら嬉しい。指導してきた先生達の成
果である。
山道の斜度が一段と急になった。頭上が開け、空の青さが手に届きそうなくらいに近く
なった。
「この道行ったらもうすぐ頂上ス」
3年栗山富士男子が明るい声でそばにいる者たちにエネルギーを注入してくれる。が。
5分10分15分と歩けど、頂上には到達しない。
「どこが『もうすぐ頂上』なンだよ。嘘つきっ!!」
「おかしいなあ。もう着くんですけどねぇ……」
3年栗山富士男子は、「今、出ました」と答えるそば屋の主人のような声で呟いた。も
おとこ
しこれが計算の上の発言だったとしたら、3年栗山富士男子は相当にしたたかな 漢 と云
える。政治家並みの演技力である。
「あー!!」
隊列の先から突如、悲鳴が聞こえた。何か非常事態が起きたかと身を堅くしたが、バサ
バサと音を立ててカラスが飛んでいった。悲鳴ではなく、カラスの鳴き声だったのだ。カ
ラスにまで馬鹿にされたようで石を投げつけてやりたくなったが、迂闊なことをするとカ
ラスの逆襲に遭うかもしれない。実際本校では今年、理科教諭が通勤途中にカラスの襲撃
に遭っている。お互い武装解除しようじゃないかと伝えたくても、カラスに言葉は通じな
い。被害に遭ったら泣き寝入りするしかない。今度は愚輩の方が泣きたくなった。
さて。この頃には愚輩も隣にいる2年奈良男子も、疲れて目線が足元から上がらなくな
っていた。愚輩達のさらに後方にいる2年地元女子や3年遠軽女子は、とうとう我々の視
界からも見えなくなるくらい間隔が開きつつあった。それでも、足を一歩ずつ前へ送り出
していくと、遂に視界のすべてが空になった。山頂に到達したのだ。
「……着い……た」
2年奈良男子が亡霊のような声で呟いた。程なく、後ろから登っていた2年地元女子、
2年中央区女子、3年遠軽女子達も次々登頂を果たし、全員が無事登頂することができた。
3人ともまるでサウナ風呂から出てきたかのように全身を汗で濡らしていた。
雨上がりの日の早朝、この山では雲海を見下ろすことができる。さすがにお昼近くのこ
の時間では雲海を見ることはできないが、それでも今いる自分の足元が十分な高さである
ことは実感できる。雲より高い位置に自分たちがいる、それを理解してもらうために一寸
画用紙に風景画を描くことを想像してもらいたい。普通は上下1対1の比で空と地面との
境界線を引くところだが、北日高岳の山頂ではその比率が9対1となる。勿論、9が空で
ある。
登り終えた者たちは皆、第4リフト降り場スペースで休息を取っている。愚輩は3年栗
山旭台男子の隣で腰を下ろし、リフト小屋の壁に背をもたせた。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
「どうした。元気ないな?」
「大丈夫です」
「そうか。疲れたのかな?」
「一寸……でも、大丈夫です」
「うん。ところで夏休みは今年も家の手伝いをしていたの?」
3年栗山旭台男子の実家は農家であり、帰宅する度に彼は後継者として働いているのだ。
「まあ、そうです」
「ふうん。そういえば、先日ご馳走になったスイカも家ではつくっているの?」
「いやあれは自分たちで食べるための家庭菜園みたいなものです」
「そうか。3年栗山旭台男子のところは台風の被害は無かったの?」
「イモが一寸やられました。でも、全然大丈夫です」
「そうかい。それはよかったね。北見の方じゃ玉葱なんか相当なダメージを受けたみたい
だものね」
「みたいですね」
3年栗山旭台男子はそう云うと、一寸だけ遠くを見るように視線を伸ばした。空の向こ
うに続くふるさとの畑のことを思い出していたのかもしれない。
休憩中の生徒たちを見ていると、大体が学年毎のグループに固まりその中で気の合う者
同士固まってお喋りをしているが、学年の枠を超えてお喋りする者や一人で心静かに休ん
でいる者もいる。
夏休みを挟み、生徒たちはまたひとつ、人との付き合い方がうまくなった。ように思う。
そもそも愚輩は、「みんな仲良く」という美しく崇高な理想に対し、「人はそんなに単
純にはいかないのでは……」と思うタイプの人間である。
自分の嗜好や価値観と遭わないタイプの人というのはどこにでもいるものだ。ましてや、
生徒の多くは寮において寝食を共にしているのだから、相性の合わない学友というのも必
ずいる筈である。そうした時、「あの人嫌い」と無視したり意地悪をするのは大人の行動
ではない。相性の合わない人には、差し障りなく物理的な距離を取ればいいのだ。その距
離が相手との心理的な距離だと自覚すれば良い。その上で、「お早う」や「ご飯だよ」と
いった社会生活上必要な会話をしていれば、相手からも不快に思われることがなくなる。
その意味で、生徒たちは上手に相手との距離をとれるようになってきたのではないかと、
休憩中の様子を見ていて感じた。高校での勉強は、決して教科の学習だけではないという
ことである。
澄んだ空気に時々1年生のはしゃぐ笑い声が響き、何とも云えない幸福感が辺りに漂っ
ていた。ふと見ると、仰向けに寝そべってうたた寝をしている者がいる。3年秋田男子で
ある。夏休みが終わって戻ってきたこの男の顔は、すっかり青白くなって受験生のそれと
なっていた。以前より口数の少なくなった3年秋田男子には、静かな底力といったものが
宿りはじめている。
カメラ小僧の1年横浜中区男子が、精力的に写真を撮っていた。400mm の望遠レンズ
で一眼カメラを操る1年横浜中区男子は、知らない人からもしばしば声をかけられる。
「このカメラを持っていると『いい機材持ってるね』って声をかけられることが多いンで
すよ」
首から提げたカメラを撫でるようにして、1年横浜中区男子はかつて愚輩に教えてくれ
た。事実、7月の樹魂祭や前日の生活体験発表でも、1年横浜中区男子はプロの新聞記者
から声をかけられていた。いつか機会があれば愚輩の肖像写真を撮ってほしいものだ。
「11時半になったら、出発しますので」
産学職員が愚輩に下山開始の時間を知らせてくれた。
「わかりました」
登りと比べ下りは気持ちが楽だが、気を付けなければ膝や足首をひねって怪我をしてし
まう。スキーコースの斜面を歩いて降りるのだが、思いのほか石が散乱していて足元が滑
りやすい。油断できない。と思っていたら。
「わーっ」
大きな声を出しながら、重力落下に身を任せるように1年横浜保土ヶ谷男子と1年群馬
男子が斜面を駆け下りていった。エネルギーの無駄遣いのようなものだが、若さにはこう
した勢いも必要である。
「あいつら若いっスね」
自分だって十分若いはずなのに、すっかりシニア化した声で3年栗山富士男子が呟いた。
「まあ我々は怪我しないようにゆっくり降りよう」
「そうスね。いやぁ、でもダルいっスね。下るのも」
「そういう時は、降りたらアイスクリームを食べようとか、ゆっくり昼寝をしようといっ
たように楽しいことやご褒美を考えるといいンだよ」
「そんなこと考えたことないスよ」
「これから考えればいいじゃん」
「そんなこと考えるのコーチョーくらいスよ。なんでコーチョー、そんな考え方するンで
すか?」
「何でといわれても……そう考えるとラクだから」
「ハハハ。マジ、コーチョーって変わってますよね」
「厭かい?」
「厭じゃないス。オレは好きっスよ」
「アタシは前の校長の方がいい」
隣を歩いていた3年遠軽女子がいきなり言葉を継いだ。
「アハハハ。それは好みもあるからね。前の校長先生がいいという生徒がいても当たり前
だよ」
「何でかって云うとね、前の校長はすぐお菓子くれたから!」
そんな理由なのかい!好きだと云われた前校長先生も、これではハートが砕けただろう。
麓が見えると1年埼玉女子が前方を歩いていた。
「1年埼玉女子は夏休み何してたの?」
「友だちと遊んでました」
「遊ぶって、何をして?」
「うーん、どこかに行ったり、誰かの家でゲームをしたり」
「友だちって、中学時代の友だち?それとも日高高校の友だち?」
「中学時代の友だちです。あ、でも、日高高校の友だちにも会いました」
「ほう」
「東京にいる人たちと会おうかって LINE してたんですけど、みんなの日程が合わなくて
結局1年埼玉男子とだけ東京で会いました」
「ハハハ。二人とも埼玉なのに、会ったのは東京なんだ」
「はい」
「まあ、同じ埼玉でも場所が違うしね」
「はい」
「でもよかったじゃない。夏休みリフレッシュ出来たみたいで」
「はい」
そんな会話をしているうちに、終点へと到着した。ちょうど正午を知らせるサイレンが
鳴り始めたところだった。
「みなさんお疲れ様でした。全員無事に登って、怪我無く降りることも出来て良かったと
思います。じゃあ、これで解散!」
産学職員が解散を宣言すると、生徒たちは三々五々寮へと戻っていく。愚輩も帰ろうと
背中を向けると、背後から
「お疲れ様です」
と声をかけられた。2年岐阜男子と2年栃木男子が、へへへと笑ってこちらを見ている。
「おう、お疲れ。君らも気を付けて帰れよ」
「ハ~イ」
心地よい疲労に全身を包まれつつ、今しがた登ってきた山を振り返って見上げると、夏
の最後を彩るかのような空の青が、どこまでも高く鮮やかに我々を見守っていた。