技術者が見たあの頃(と今) 32 清掃工場余熱利用推進化調査(その1) JFEエンジニアリング株式会社 小林 正自郎 今回は旧東京都清掃局が、平成 2 年から 4 年間にわたって行なった清掃工場余熱利用推 進化調査を話題にしてみる。筆者もこの調査の後半 2 年間かかわったことから、20 年前にこ のような調査が行なわれたことを紹介させていただきたい。 1 調査の概要 この調査は、平成 2 年当時 8%程度に留まっていた東京 23 区の全清掃工場のごみ焼却熱 エネルギーの利用率拡大を図るために行なわれた。 主な狙いは、発電効率の向上に加え、都市東京の特徴として大きな熱需要が見込まれる ことから、卸熱供給ネットワークをつくり、下水処理水の持つ熱エネルギーなどとともに、臨海 部再開発地域や都心部の一部に冷房や給湯熱源として供給し、清掃工場を都市のエネルギ ー供給施設として活用することだった。 また、この方針は、平成 2 年 11 月東京都策定の「第三次東京都長期計画」※1にも緊急プ ラン「リサイクル型都市づくり」の一環として、「都市の未利用エネルギー有効利用」として位 置づけられた。 平成 2 年度の調査は、清掃工場の余熱利用の現状、都区内の地域熱供給事業の現状と 熱需要の将来見通し、発電や熱供給での熱利用推進化技術、など基礎的な調査を行なっ た。 さらに、熱需要地に清掃工場を立地するモデル、湾岸地域の卸熱供給ネットワークモデル、 23 区の全清掃工場を結ぶ卸熱供給ネットワークモデルの新規の 3 モデルを想定し可能性調 査を行なった。※2 平成 3 年度は、先の 3 モデルの中で、湾岸地域卸熱供給ネットワーク事業化構想の事業化 調査を行なった。※3 この報告書をまとめる頃から、筆者も関ることになった。 平成 4 年度は、湾岸地域卸供給ネットワークの第一期の晴海地区での海水活用も含めた 事業化準備調査、他に、熱需要地立地モデルとして豊島清掃工場から池袋東地区への卸熱 供給事業の可能性、ごみ焼却発電の高効率化などの調査を行なった。※4 この調査は当初 3 年間で終え構想の事業化を図る予定だったが、日本経済のバブル崩壊 と重なり具体化に至らず、1 年間延長し、方向を修正して調査を行なうことになる。 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 26(’14)年 8 月 第 69 号 1 ※無断転載禁止 平成 5 年度は、発電の高効率化に重心を移して調査を行なった。※5 この結果の一部は その後建設された都の清掃工場に反映された。この調査は(その2)で紹介したい。 2 背景 初年度(平成 2 年度)の調査が始められた頃、日本経済はバブル景気の絶頂期で、その後 バブルが崩壊し平成 3 年 4 月から調整局面を迎え、20 年間のトンネルに入っていく。 さらに遡った頃は、我が国では昭和 55 年頃から土地価格が上昇し昭和 60 年代に入りさら に急騰した。東京都は昭和 62 年 6 月、「臨海副都心開発構想」を発表し、昭和 63 年 3 月「臨 海部副都心開発基本計画」が策定された。昭和 30 年代から昭和 50 年代に造成した東京湾 内 442ha の埋立地に臨海副都心をつくり、東京を一点集中型から多心型都市に変え、国際化、 情報化、職住接近未来都市づくりを目指すものだった。 この開発構想は、土地価格の高騰などによる都税収入増、臨海部の膨大な埋立地の市場 価値上昇などに後押しされたもので、昭和 62 年からレインボーブリッジ、臨海新交通「ゆりか もめ」、国際展示場などの建設が順次はじまり、平成 5 年から 7 年にかけ完成した。 また、この開発の起爆剤として計画された世界都市博覧会が知事選の争点となり、青島幸 男新知事誕生により中止されたことを記憶に留めている方もおられるだろう。 現在、東京湾の臨海部には、テレビ局建屋、国際展示場、ホテル、観覧車などとともに、高 層マンションも立ち並び、当初計画どおりではないが年々賑わいを増してきている。 一方、廃棄物処理の分野では、この時期、東京都ではごみ発生量が急増し平成元年には ピークを迎えた。これに対して清掃工場の処理能力が追いつかず、多くのごみが未処理のま ま埋立処分場に処分され、ごみの減量化や可燃ごみの焼却処理能力の増強、最終処分場 の整備などが大きな課題となっていた。 3 卸熱供給ネットワーク構想 平成 2 年度調査で2つの 卸熱供給ネットワークモデル が提案された。一つは東京 湾岸地域の再開発に合わせ 清掃工場に加え発電所や下 水や海水などの熱も活用し て再開発地区や都心の一部 に卸熱供給を行なう湾岸地 域の卸熱供給ネットワーク構 想(図1)である。 図1 湾岸地域の 卸熱供給ネットワーク(※2) 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 26(’14)年 8 月 第 69 号 2 ※無断転載禁止 図1の黒線、点線、二重線と3期にわけて、晴海工場、江東、有明、それに豊洲の火力発 電所を想定して順次卸熱供給ネットワークを整備し、中温水(送り側温度 75℃~95℃で、発 電排熱を活用でき省エネルギー性に優れる。)で熱供給する。熱需要や建設費なども試算し 事業可能性を調査した。 つぎに、上記構想を 23 区部周辺部に広域展開するもので、環状 8 号線沿いの地下鉄など 地下物流構想と共同して整備し、23 区内全清掃工場や下水処理場、火力発電所などの排熱 も活用する 23 区の全清掃工場を結ぶ卸熱供給ネットワークを作る壮大な構想(図2)だった。 図2 23 区の全清掃工場を結ぶ卸熱供給ネットワーク(※2) この調査にあたっては、当時の東京都清掃局に平山直道、田中俊六、深海博明氏など各 分野の学識経験者、通産省資源エネルギー庁、厚生省・建設省・都庁関係局職員に、委員を 委嘱し「余熱利用推進化検討委員会」を設置し助言を得た。清掃局としては、国家プロジェク ト並みの取り組みにしたいとの意図が多少あったのかも知れない。 湾岸地域の卸熱供給ネットワークだけ見てもスケールが大きい構想であり、当時、エネル ギーや経済的に実現可能性があるものであれば、筆者としても実現できればとの思いもあっ た。 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 26(’14)年 8 月 第 69 号 3 ※無断転載禁止 4 卸熱供給ネットワーク構想は実現しなかったが この調査に関ったことで、当時の調査会社の方とのやりとりの中で正否はともかく筆者なり に以下の認識を得た。 ○平均気温の高い日本では、北欧や中欧と比べ温熱(温水)需要が少ない。 ○熱供給事業では、熱需要が少ないときは供給熱のほとんどが導管損失に消えてしまうため、 年間をとおして安定した熱需の確保が不可欠である。 ○敷設費や導管損失が大きくなるため、熱供給導管長は1km 程度以下が望ましい。 ○調査会社の担当者は提案した構想実現に向け多少手前味噌的な条件設定をする傾向が ある。 経済バブルの崩壊等で卸熱供給ネットワーク構想は実現にまで至らなかった。実際、臨海 部の都市形成と熱需要量も計画どおりに進んでいない。 しかしながら、現在の臨海副都心地区では「臨海副都心開発構想」に沿って建設された有 明清掃工場から卸熱供給を行い、地域熱供給事業の供給熱量の約2割を賄っている。 また、晴海清掃工場は現在中央清掃工場として超高層マンションに周囲を囲まれている。 江東工場は新江東工場としてオリンピック競技会場が隣接する予定となっている。 有明清掃工場では、抽気背圧タービンが設置され、熱需要が多いときにはタービンの途中 から低圧の蒸気を抜いて(抽気)地域冷暖房プラントへ送り、熱需要が少ないときには抽気を 絞って蒸気をそのまま発電に使うなど、ごみ焼却炉で発生した蒸気を地域冷暖房事業へ優 先的に使用している。 余談だが、筆者は清掃局で電力や熱の販売担当だったことから、臨海副都心の熱供給事 業の免許申請時に申請者から同行を求められことがあり、その際、国の審査員から「清掃工 場の余熱ならただでもいいのでは」と言われた。確かに「余熱」は「余っている熱」と受け取ら れ、ここでも、「焼却余力」と同様に「余る」という言葉が誤ったイメージを相手に与えてしまっ たようである。 実際、供給した熱は、供給熱量で発電した場合の電力料金相当分の単価で売却している。 いずれにしても、地球温暖化対策や厳しい電力やエネルギー状況への対応が迫られる中 で、清掃工場でのごみ焼却熱エネルギーの有効活用は益々大きな課題となり、様々な可能 性を模索していく必要がある。この調査もなんらかの参考となると思っている。 参考資料: ※1: 「第三次東京都長期計画、マイタウン東京、21世紀をひらく」東京都企画審議室 ※2: 「清掃工場余熱利用推進化調査報告書」 (その1)平成 3 年 3 月東京都清掃局 ※3: 「清掃工場余熱利用推進化調査報告書」 (その2)平成 4 年 3 月東京都清掃局 ※4: 「清掃工場余熱利用推進化調査報告書」 (その3)平成 5 年 3 月東京都清掃局 ※5: 「清掃工場余熱利用推進化調査報告書」 (その4)平成 6 年 3 月東京都清掃局 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 26(’14)年 8 月 第 69 号 4 ※無断転載禁止 これまでの記事のバックナンバーはこちらから 38 号 1.稲村 光郎「良いごみ、悪いごみ」(筆者プロフィール付き) 39 号 2.小林正自郎「物質収支」 (筆者プロフィール付き) 40 号 3.稲村 光郎「性能発注」 41 号 4.小林正自郎「空気比の変遷」 42 号 5.稲村 光郎「清掃工場の公害小史」 43 号 6.小林正自郎「ごみ性状分析」 44 号 7.稲村 光郎「焼却能力の有無」 45 号 8.小林正自郎「清掃工場での外部保温煙突の誕生」 46 号 9.稲村 光郎「煙突のデザイン」 47 号 10.小林正自郎「電気設備あれこれ」 48 号 11.稲村 光郎「完全燃焼と火炉負荷」 49 号 12.小林正自郎「化学薬品」 50 号 13.稲村 光郎「排ガスの拡散シミュレーション」 51 号 14.小林正自郎「化学薬品(その2) 」 52 号 15.稲村 光郎「ごみ発電 -大阪市・旧西淀工場のこと-」 53 号 16.小林正自郎「ごみ埋立地発生ガスの利用」 54 号 17.稲村 光郎「測定数値」 55 号 18.小林正自郎「電気設備あれこれ(その2)」 56 号 19.稲村 光郎「自動化のはじまり」 57 号 20.小林正自郎「排水処理(その1) 」 58 号 21.稲村 光郎「笹子トンネル事故報告書を読んで」 59 号 22.小林正自郎「排水処理(その2)-排水処理への液体キレートの活用-」 60 号 23.稲村 光郎「水槽の話」 61 号 24.小林正自郎「ごみ焼却熱の利用(その1)」 62 号 25.稲村 光郎「東京都におけるごみ性状の推移」 63 号 26.小林正自郎「ごみ焼却熱の利用(その2)」 64 号 27.稲村 光郎「清掃工場の集じん器」 65 号 28.小林正自郎「ごみ焼却熱の利用(その3)」 66 号 29.稲村 光郎「とかく単位は難しい」 67 号 30.小林正自郎「焼却処理能力」 68 号 31.稲村 光郎「見学者への対応、雑感」 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 26(’14)年 8 月 第 69 号 5 ※無断転載禁止
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