技術者が見たあの頃(と今) 41 アナログ人間 稲村技術士事務所 稲村 光郎 1)パソコンやケータイなどいわゆるデジタル機器が急激に普及する中で、その流れに 抵抗を感じ、従来の電気機器(アナログ機器)にこだわる人が少なくなかった時代、 「ア ナログ人間」なる言葉が生まれ、語感がアナクロと似ていたこともあったのだろう、 「ア ナログ」といえば古臭いイメージとなった。手元の広辞苑で引くと、アナログには「① ある量またはデータを、連続的に変化しうる物理量(電圧、電流など)で表現すること、 ②比喩的に、物事を割り切って考えないこと。また電子機器の使用が苦手なこと」との 意味があり、もちろんアナログ人間は後者②の意味から出ている。しかし、「割り切っ て考えないこと」と、 「電子機器の使用が苦手なこと」とは関係がなく、 「比喩的に」と 言われても、なぜ「電子機器の使用が苦手なこと」がアナログなのかは判らず、これら は単なる言葉の説明に過ぎない。どうやら、数値(デジタル)表示されるような電子機 器になじめない人をアナログ人間と言っているだけであって、これではアナログの持つ 意味とどう関係するのか不明である つまり根本的な疑問は、アナログの語源と思われる英語でいうアナロジー(analogy 、 analogue(米語) )は、日本語でいう「類似、相似」の意味だから、これがなぜ①の「連 続量の表現」となるのか、アナログ人間でなくとも、というよりデジタル人間ほど理解 し難いのではないだろうか。 2)筆者の学生時代にはアナログコンピュータという計算機が研究室で使用されていた。 記憶が定かでないのだが、現在では単にコンピュータといえば、デジタルコンピュータ なのだが、当時は必ずしもそうは思われていなかったのかも知れない。いずれにせよ今 では一般的なデジタルコンピュータは飛びぬけて費用が高く、広い設置場所を必要とし、 もちろん現在のウィンドウズのような画面操作(GUI)はなく、プログラミング言語に よるプログラムは紙上に鉛筆で組むのだが、それを機器に入力する前処理(パンチカー ド作成)から始まる操作は専門のオペレータに委ねることから、大学単位の「計算機セ ンター」などという部局で導入するものであり、一研究室で購入できるようなものでは なかった。その上に計算も遅く、今日ならパソコンで一瞬にできる簡易な計算でも時間 がかかったから、当時としては小型で応答の速いアナログコンピュータに期待されたの である。このアナログコンピュータは、電気回路によって事象をアナロジー(類似)さ 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 27(’15)年 5 月 第 78 号 1 ※無断転載禁止 せる仕組みである。複雑な様々な事象を、電気抵抗やコンデンサー等を含む電気回路に 見たて、電流や電圧を入力し、その応答出力値から事象の解析をしようというのである。 例えば、素人考えだが、道路網の車の流れを電流値と抵抗値でアナロジーさせ、信号や 事故を電流のオンオフで表わすといったことを思いつくが、これをデジタルコンピュー タで演算しようとすれば、今日でも簡単なプログラムではないであろう。しかし、電気 回路とすれば、デジタルコンピュータに比べ、はるかに簡単だから、応答が速いのは当 然である。 以上のような使用法からいえば、このコンピュータを「アナログ」と呼んだ理由は明 らかで、デジタルコンピュータが入力から出力まで数値計算(デジタル値)であるのに 対し、こちらは電流、電圧という連続的変化値を入力、応答させたから、広辞苑①のよ うな解釈はおかしくはない。つまり、こうした技術の歴史から、アナログとの言葉がデ ジタルとの対比で生まれ、連続値をアナログ値と呼ぶようになったのではないかと推測 しているのだが、どうだろうか。 3)現在では、いずれの処理施設にうかがっても、電子機器の多くが数値(デジタル) 表示され、アナログ機器などないように見える。しかし、ゲームやシミュレーションと は異なり、扱う熱あるいはガスや液体の流れでは、温度や圧力、流量など自然現象は連 続的な変化をするものだから、そこから得られる情報は基本的には連続量つまりアナロ グ量であり、デジタル化された計装機器は、それをどこかの段階で所定の桁数以下を省 略した数値に変換しているのである。厳密に言えばデジタル計測は、プログラムで現象 のアナログ量を近似のデジタル値に処理していると言える。そうしたことからいえば、 デジタル値の目標はいかに正確に元のアナログ量に近い数値を表示できるかというこ とになるのだろう。もとより現場の実用的な計測でいえば、そのようなことは問題にな ることではないが、CD に代わる高音質として最近になり登場したハイレゾなどは、そ の原理を聞くかぎり、いかに元の音源であるアナログ音に出来るだけアナロジー(類似) した音を再生させるか、コンピュータの高速度化と大容量化、低廉化に合わせて進化さ せたに過ぎないようにみえる。そうしたことからすれば、アナログが古いなどというこ とは論理的にあり得ないと言える。 昔の話にもどれば、当時、アナログとデジタルの違いについて前者を「計算尺」、後 者を「そろばん」となぞらえていた先生がおられた。両方とも博物館でお目にかかれる 現在では、説明自体が判らなくなっているが、どちらが古いと言われれば「そろばん」 すなわちデジタルの方が古そうではある。科学が未発達の時代、一般の日常生活ではそ ろばんに代表されるデジタル値が重要だったからだが、その一方、時間という日常の連 続量を日時計で表した時代もあるから、あるいはアナログ的な考え方も結構古いのかも 知れない。自然現象を数式でアナロジーさせてきた近代科学ないしは工学の発達が連続 量という概念を広く普及させたのだが、その極みとも言うべきコンピュータの発達が数 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 27(’15)年 5 月 第 78 号 2 ※無断転載禁止 値計算を発展させ、逆に連続量を扱う数学への関心を薄れさせているようにも思われる。 現場を預かる立場からすれば、デジタル計測値の背後にある連続的なアナログ量の動 きを、いかに読み取るかが技術力、技術判断というものなのであろう。 これまでの記事のバックナンバーはこちらから 38 号 1.稲村 光郎「良いごみ、悪いごみ」 (筆者プロフィール付き) 39 号 2.小林正自郎「物質収支」 (筆者プロフィール付き) 40 号 3.稲村 光郎「性能発注」 41 号 4.小林正自郎「空気比の変遷」 42 号 5.稲村 光郎「清掃工場の公害小史」 43 号 6.小林正自郎「ごみ性状分析」 44 号 7.稲村 光郎「焼却能力の有無」 45 号 8.小林正自郎「清掃工場での外部保温煙突の誕生」 46 号 9.稲村 光郎「煙突のデザイン」 47 号 10.小林正自郎「電気設備あれこれ」 48 号 11.稲村 光郎「完全燃焼と火炉負荷」 49 号 12.小林正自郎「化学薬品」 50 号 13.稲村 光郎「排ガスの拡散シミュレーション」 51 号 14.小林正自郎「化学薬品(その2) 」 52 号 15.稲村 光郎「ごみ発電 -大阪市・旧西淀工場のこと-」 53 号 16.小林正自郎「ごみ埋立地発生ガスの利用」 54 号 17.稲村 光郎「測定数値」 55 号 18.小林正自郎「電気設備あれこれ(その2)」 56 号 19.稲村 光郎「自動化のはじまり」 57 号 20.小林正自郎「排水処理(その1) 」 58 号 21.稲村 光郎「笹子トンネル事故報告書を読んで」 59 号 22.小林正自郎「排水処理(その2)-排水処理への液体キレートの活用-」 60 号 23.稲村 光郎「水槽の話」 61 号 24.小林正自郎「ごみ焼却熱の利用(その1)」 62 号 25.稲村 光郎「東京都におけるごみ性状の推移」 63 号 26.小林正自郎「ごみ焼却熱の利用(その2)」 64 号 27.稲村 光郎「清掃工場の集じん器」 65 号 28.小林正自郎「ごみ焼却熱の利用(その3)」 66 号 29.稲村 光郎「とかく単位は難しい」 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 27(’15)年 5 月 第 78 号 3 ※無断転載禁止 67 号 30.小林正自郎「焼却処理能力」 68 号 31.稲村 光郎「見学者への対応、雑感」 69 号 32.小林正自郎「清掃工場余熱利用推進化調査(その1) 」 70 号 33.稲村 光郎「ノウハウを考える」 71 号 34.小林正自郎「清掃工場余熱利用推進化調査(その2) 」 72 号 35.稲村 光郎「スイカとごみ汚水」 73 号 36.小林正自郎「災害廃棄物の処理」 74 号 37.稲村 光郎「正月雑感」 75 号 38.小林正自郎「通風設備」 76 号 39.稲村 光郎「白煙防止」 77 号 40.小林正自郎「臭気」 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 27(’15)年 5 月 第 78 号 4 ※無断転載禁止
© Copyright 2025 ExpyDoc