Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
中国景気は政府の「さじ加減」次第
~減速基調は変わらず。堅調なところがある一方、不透明な動きにも注意~
発表日:2017年1月20日(金)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 世界経済を巡っては足下で実体経済の底打ちを示唆する動きが続くなか、金融市場でも「カネ余り」を背
景に資産価格は堅調な推移をみせている。世界経済の底打ちは輸出依存度が比較的高い中国経済にも追い
風になるとみられたが、足下の輸出は力強さを欠く展開が続く。人民元相場は対ドルで下落するも実効ベ
ースでは横這いで推移するなか、人件費高騰などに伴う生産コスト上昇が重石になっているとみられる。
 他方、内需を巡ってはインフラを中心とする公共投資の進捗に加え、不動産投資の拡大が年半ば以降の投
資を押し上げる動きが続いてきた。秋口以降に当局は不動産バブルを警戒して規制強化に動いたものの、
足下では依然として不動産投資は旺盛な推移が続いている。長期に亘って低迷した民間投資に底入れの動
きが出ているが、製造業が堅調な一方でサービス業は力強さを欠くなど製造業依存の状況は変わらない。
 個人消費は減税終了やセールなどに伴う先喰いが懸念されたものの、12月も底堅い展開が続いている。た
だし、不動産購入規制の影響が一部で垣間見られるなどの動きもみられる。投資や消費が一進一退の動き
を続けるなかで鉱工業生産には一段と下押し圧力が掛かっている。しかし、過剰生産が懸念される分野で
生産拡大の動きが続いている様子もあるなど、先行きに対する不透明感は残ったままと判断出来る。
 10-12月期の実質GDP成長率は前年比+6.8%と一見底入れしたようにみえるが、前期比年率ベースでは
4-6月期をピークに緩やかに鈍化している。サービス業が景気をけん引するなど当局の狙い通りの動き
もみられるが、依然政府による政策の「さじ加減」が景気を左右する状況は変わらない。今年は海外で
様々な不透明要因が懸念されるなか、当局にとっては「安定」を重視する難しい政策対応が迫られよう。
 昨年の世界経済を巡っては、米国をはじめとする先進国の緩やかな景気拡大が続く一方、年前半には中国の景
気減速懸念が重石となる形で国際商品市況に調整圧力が掛かったほか、国際金融市場の動揺が「リスク・オフ」
の動きを促して新興国や資源国などからの資金流出を引き起こし、これらの国々の景気の足を引っ張ることで
世界経済全体の足かせとなる状況がみられた。しかしな
図 1 世界の製造業 PMI(購買担当者景況感)の推移
がら、その後は中国におけるインフラをはじめとする公
共投資の拡充により景気が下支えされるなか、こうした
動きを反映して長期に亘って低迷が続いてきた製造業の
景況感も改善基調を強めており、年後半にかけては中国
経済を巡る減速懸念が後退する展開が続いてきた。中国
経済の減速懸念後退と公共投資拡充に伴う資源需要の拡
大期待は、鉄鋼石や石炭をはじめとする国際商品市況の
上昇を促したほか、昨年秋以降のOPEC(石油輸出国
(出所)Markit より第一生命経済研究所作成
機構)の減産合意の動きも相俟って原油相場は底入れするなど、長
 期に亘る商品市況低迷により苦境に立たされてきた資源国経済の景気底打ちを促している。また、アジアをは
じめとする新興国の多くは近年、中国経済に対する依存度を高めてきたなか、ここ数年は中国の景気減速が重
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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石となる形で景気に下押し圧力が掛かる展開が続いてき
図 2 世界の株価動向の推移
たものの、足下では中国の減速懸念後退に加え、先進国
の緩やかな景気拡大も追い風に外需を中心に底打ち感が
出る動きもみられる。こうしたことから、足下の世界経
済を巡ってはここ数年に亘って全世界的な景気減速が意
識される展開が続いてきたものの、製造業を中心とする
景況感の改善が進んでいるなど、実体経済の底入れが進
んでいる様子がうかがえる。さらに、昨年末には米国F
ed(連邦制度準備理事会)が1年ぶりとなる利上げを
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
決定し、先行きの利上げペースの加速を示唆するなど金融政策の方向性が転換する兆候が出ているものの、依
然として先進国を中心とする量的金融政策の影響で世界的な「カネ余り」の状況が続いている。昨年 11 月の
米大統領選でのトランプ候補の勝利を受けて、国際金融市場では一時的に新興国からの資金流出が懸念される
事態となったものの、足下では実体経済の底打ちを好感して落ち着きを取り戻す動きがみられ、トランプ次期
政権による経済政策効果を期待して先進国株が上昇するのみならず、新興国株も底堅い動きをみせている。こ
のように金融市場が落ち着きを取り戻していることは、資金流入を通じて新興国や資源国経済にプラスの効果
を与えていると見込まれるなか、結果的に新興国や資源国経済を下支えすることで世界経済の底入れを促す好
循環につながっているとみられる。こうした世界経済の底入れは輸出依存度が依然比較的高い中国経済にとっ
てもプラスに寄与すると見込まれるものの、過去数ヶ月の輸出額は世界的な製造業の景況感改善の動きに歩を
併せる形で緩やかに拡大するも勢いの乏しい展開が続いている。昨年通年の輸出額も前年比▲7.7%と2年連
続で前年割れとなった上、前年(同▲2.9%)からマイナス幅も拡大するなど世界経済の回復期待にも拘らず、
外需を巡る動きが依然低迷を脱し切れていない様子がうかがえる。さらに、足下では輸出財の生産に不可欠な
素材や部材などの輸入にも下押し圧力が掛かるなど、先行きの輸出や生産にとって足かせとなり得る動きもみ
られる。一昨年来人民元は米ドルに対して大幅に下落したものの、他の主要通貨が下落基調を強めたことで過
去半年以上に亘り人民元は実効ベースで横這いで推移するなど価格競争力向上に繋がらないなか、ここ数年の
人件費上昇などに伴い同国の生産コストは急上昇して「生産拠点」としての魅力は低下している(詳細は 13
日付レポート「「中国不安」なき環境は続くのか」をご参照下さい)。米国トランプ次期政権は保護主義姿勢
を強めるなかで同国を最大の「標的」とする動きをみせており、このことも外需の足かせとなる可能性がくす
ぶるなど、中国経済が輸出をてこにした景気回復を実現するハードルは高まりつつあると判断出来よう。
 その一方、同国の内需は上述のように年半ば以降にか
図 3 固定資本投資(前年比/累計ベース)の推移
けてインフラを中心とする公共投資の進捗が景気の下
支え役となる展開が続くなか、2014 年末以降長期に亘
って続く金融緩和政策に伴い同国金融市場は「カネ余
り」の状況も追い風に、余剰資金の一部は大都市部を
中心とする不動産市場に流入した結果、調査対象 70 都
市平均の新築住宅価格(不動産価格)が前年比+10%
超の水準に達している。10 月初めの国慶節の辺り以降、
不動産バブルが懸念される大都市で当局の窓口規制の
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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強化などにより不動産市場への資金流入を厳しく抑制する措置が採られたことで、足下では上昇ペースに陰り
が出る動きがみられる。事実、12 月時点における不動産価格が前月比ベースで上昇した都市数が減少するな
ど、窓口規制をはじめとする不動産購入抑制策強化の効果は出ているとみられるものの、依然として一級都市
や一部の二級都市では過熱感の解消にはほど遠い状況にあるなど火種がくすぶる展開は変わっていない。こう
した動きを反映するように、1月からの累計ベースで 12 月の不動産投資は前年同月比+6.9%と前月(同+
6.5%)から伸びが加速しており、12 月単月ベースでも伸びが加速するなど、商業用不動産で大幅な伸びが続
いていることに加え、住宅用不動産でも堅調な伸びが続いており、度重なる抑制策にも拘らず不動産投資が依
然として活発に推移している様子がうかがえる。他方、全体としての 12 月の固定資本投資は1月からの累計
ベースで前年同月比+8.1%と前月(同+8.3%)から伸びが鈍化しており、12 月単月ベースでも伸びが急減
速するなど勢いに陰りが出つつある。政府による一部の産業を対象とした過剰設備抑制強化に向けた取り組み
が影響し、国有企業関連を中心に投資抑制の動きが出ていることに加え、中央政府が主導するインフラ関連の
公共投資は堅調な推移をみせる一方、地方政府による投資が鈍化したことも全体の重石になったと考えられる。
しかしながら、長期に亘って低迷が続いてきた民間部門による固定資本投資は 12 月に1月からの累計ベース
で前年同月比+3.2%と前月(同+3.1%)からわずかに伸びが加速しており、単月ベースでも緩やかに加速す
るなど昨年夏場を底に回復基調が強まっている。なお、その内訳をみると、製造業を中心とする第2次産業を
中心に投資が活発化している様子もうかがえ、自動車関連や生産設備、電気機械設備関連など、足下の世界経
済の底打ちに伴う需要回復が期待される分野が中心となっている。直近の製造業PMIの動きなどをみると、
民間企業では在庫調整を進める一方で生産拡大に向けた取り組みが進んでいる様子がうかがえることから、足
下の動きはそうした展開を反映したものと捉えられる。不動産など一部では過剰が懸念される分野はある一方、
全体としては健全な方法に向かいつつある兆候も出ている。しかしながら、依然として民間部門を含めて投資
がインフラ関連や不動産、さらに製造業に偏っていることの問題は残っている。
 また、共産党及び政府が景気のけん引役として期待する内需のうち、個人消費を裏打ちする小売売上高は 12
月に前年同月比+10.9%と前月(同+10.8%)からわずかに加速したものの、物価の影響を除いた実質ベース
では同+9.2%と前月(同+9.2%)から横這いで推移し
図 4 小売売上高(前年比/実質ベース)の推移
ており、底堅い動きが続いていると判断出来る。なお、
昨年 11 月には「独身の日(11 月 11 日)」にインター
ネットモールで大々的なセールが展開されたことに加え、
昨年末に小型車を対象とする減税措置が終了することが
予定されたこともあり、需要の「先喰い」が発生したこ
とで小売売上高が大きく押し上げられた可能性があり、
前月比は+0.89%と前月(同+0.98%)から拡大ペース
が鈍化している。とはいえ、依然として都市部のみなら
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
ず、農村部でも個人消費は底堅い展開が続いていると言える。その後、小型車に対する減税措置は規模を縮小
するも今年末まで延長されたこともあり、自動車販売は引き続き高い伸びが続いているほか、この動きも影響
して石油製品関連の売上も大幅に加速する動きもみられた。さらに、電気製品をはじめとする耐久消費財が堅
調なほか、長期に亘って低迷してきた宝飾品などの高額消費にも底入れの動きが出るなど、これまで抑えられ
てきた需要が表面化している可能性も考えられる。一方、建築関連のほか、家具など住宅に起因する需要は軒
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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並み鈍化する動きもみられるなど、不動産購入に対す
図 5 鉱工業生産(前年比)の推移
る規制強化策の影響が個人消費には少なからず足かせ
となっている模様である。投資や消費が一進一退の展
開を続けていることは生産の重石になっているとみら
れ、12 月の鉱工業生産は前年同月比+6.0%と前月(同
+6.2%)から伸びが減速しており、前月比も+0.46%
と前月(同+0.51%)から拡大ペースが鈍化している
ことにも現れている。昨年末での小型車を対象とする
減税措置の終了に伴う需要減を警戒して自動車関連の
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
生産が大きく減速したほか、年末にかけて進捗したインフラを中心とする公共投資が年明け以降は予算執行が
滞ることを警戒して、セメントや鋼材のほか、非鉄金属加工関連で生産の伸びが鈍化したことも下押し圧力と
なったとみられる。なお、過去における生産能力削減の影響で国内需給のひっ迫感が高まっていることを受け
て増産に動いている石炭関連の生産が加速しているほか、冬場の電力需要の拡大を反映して発電量も加速する
など、政策の行方が生産動向を左右する動きもみられる。その一方、世界的なディスインフレ要因の一つとさ
れる石油精製関連のほか、粗鋼生産量の伸びも加速する動きがみられるなど、当局による生産設備圧縮に向け
た意欲にも拘らず依然として生産拡大圧力がくすぶっている状況には変わりがないと判断出来よう。
 このように足下の中国経済は強弱入り混じる展開が続くなか、10-12 月期の実質GDP成長率は前年同期比+
6.8%となり、前期まで3四半期連続で同+6.7%と横這いで推移してきた状況から一見すると底打ちしている
ような形となった。なお、当局が発表した季節調整値に
図 6 実質 GDP 成長率の推移
基づく前期比は+1.7%と前期(同+1.8%)から拡大ペ
ースが鈍化しており、4-6月期(同+1.9%)をピーク
に緩やかに減速基調が強まっていることが示されている。
昨年通年の経済成長率は前年比+6.7%となり、昨年春
に開催された全人代(全国人民代表大会)で示された成
長率目標(6.5~7.0%)をクリアしたものの、一昨年
(同+6.9%)から伸びが減速するなど、中国経済が依
然として減速基調を強めていることが改めて示された。
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成, 試算は当社
分野別では、異常気象が立て続いたことで第1次産業の生産に下押し圧力が掛かる一方、インフラをはじめと
する公共投資や不動産投資の進捗に加え、世界経済の底打ちに伴い製造業での生産に底入れの動きが出ている
ことで第2次産業の生産に底堅さがみられた。さらに、足下ではサービス業の景況感が改善基調を強めている
ことを反映して、第3次産業の生産で底離れの動きがみられることがGDP全体の押し上げに繋がっている。
サービス業が景気のけん引役となっていることは当局の狙い通りであると判断出来る一方、足下では公共投資
を中心とする投資の加速が景気の下支えに繋がっているにも拘らず、サービス関連での投資は依然として盛り
上がりに欠ける展開となるなど、景気の動きに連動しない不自然な状況が続いている。また、生産の動きなど
は政府による政策の「さじ加減」に大きく左右される傾向が強いことから、全体としてみた中国経済は「国進
民退」感を強めている可能性もあり、当局の狙いに必ずしも沿ったものとなっていない可能性もある。昨年末
に開かれた中央経済工作会議では、今年の経済政策の運営方針として「穏中求進」を維持するなど安定を重視
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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する姿勢が示されたなか、3月に予定される全人代でもこうした方針に沿った成長率目標が示されるとみられ
る(当研究所は「6.5%前後」と予想)。特に、今年は秋に共産党大会の開催が予定されるなど「ポスト習体
制」に向けた動きが活発化するとみられるなか、体制移行をより安定的に進める観点から経済面でも安定をよ
り重視する姿勢が強まると見込まれる。米国トランプ次期政権の政策運営や欧州政治の動向など、世界経済を
巡っては不透明感が高い展開が予想され、翻って中国経済にも様々な悪影響が及ぶことも考えられるなか、中
国当局にとっては「安定」を軸に据えた政策調整を志向するとみられるが、その対応は一段と難しくなること
は避けられないであろう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。