カリキュラム・学習指導分科会資料 2015/6/6 渡辺暁生 1.当分科

2015/6/6
カリキュラム・学習指導分科会資料
渡辺暁生
1.当分科会では,それぞれ自由に選んだテーマにもとづく「個人研究」,
「共同研究」に取り組み,多くの成果
をあげてきた.また定例会においても「研究」の内容は討議され深められてきた.
そこで特徴的なことは,これらの研究に関連して指導要領の検討も含め,カリキュラム作成の視点を並行し
て継続的に検討してきたことである.これは「数学教育の原点に立ちもどって研究の方向を探り,カリキュラ
ムの改善を具体的に進めていく」ことに結びつく重要な取り組みであると思う.
ここでは,この「カリキュラムの改善」を前回の研究会で取り上げた
数学教育における「ユークリッド幾何学」の位置づけ
数学と物理学を統合した単元の必要性と概要
( 2,3,4,5 )
( 6,7,8,9,10 )
を視点として考察する.
2 私が中学校(昭和 22 年に新設されたばかりの新制中学校)時代に習った図形に関する定理で一番印象に残る
のは「へロンの公式」である.大昔のことであるが,ほぼ次のような説明だったと記憶している.
[へロンの公式]
三角形 ABC の面積をSとするとき,
ただし
(証明)
図から三平方の定理により
x についての方程式として解くと
したがって 高さhは
=
=
=
三角形の面積Sは
=
=
=
そして.特に興味深く感じたのは次の二点だった.
①
小学校以来定着していた三角形の面積=底面積×高さ÷2 以外の面積の出し方があることを知ったこと.
②
因数分解,式の変形の応用問題としての面白さ.
3.終戦直後の混沌とした時代,校舎は無く,中一の間は小学校を間借りしていた.指導要領も,教育委員会も
存在しない教育環境の中では,教師にとって「教えたいことを教える」ことだけが土台だったのかもしれない.
教科書は全く使わない授業だった.しかしそれが「軍国少年」を「数学少年」に生まれ変わらせたのである.
へロンの公式の学習では,現代風に言えば「数学的活動を通して数学を学ぶことの楽しさや意義を実感した」
のである.
4. ・・・中学校においては、数学的活動に主体的に取り組み、基礎的・基本的な知識・技能を習得し、数学的
に考える力をはぐくむとともに、数学のよさを知り、数学が生活に役立つことや数学と科学技術との関係などに
ついての理解を深め、事象を数理的に考察する能力と態度を養うことを重視して・・・
(「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」,平成20年
1月17日,中央教育審議会 答申より)
とあるのだが,「数学が生活に役立つことや数学と科学技術との関係・・」という表現に注目したい.
数学教育において重要なのは「生活」と「科学技術」の具体的選び方である.だれでもがイメージしやすいこと,
数式化にあたって複雑な条件が生じないこと等が必要であろう.また,それにより「数学的発展」が展望でき「数
学的面白さ」と結びつくことが「数学教育にとって」重要である.
へロンの公式による「三角形の面積計算の発見」はこれに適合していると思う.以前,課題研究で取り上げた
プトレマイオスの定理も同様である.人間にとって基本的に身近な存在である「長さ」や「角度」,それを出発
点とする《ユークリッド幾何学》さらに,そこから発展していった各種の《幾何学》は,このような位置づけか
らも積極的にカリキュラムに組み込む必要があるのではないだろうか
5.
(補足1)現在の中学生にとって,この証明で使われる因数分解は若干難しく感じるかもしれないが「教えた
いことを教えた」中学教師は,徹底的に因数分解をやり,因数定理,多項式÷多項式,なども教えてくれたの
で,この証明は「因数分解は役に立つ」と「楽しく」受けとめることが出来た.
(補足2)この教師はさらに「一般角」の概念も教えてくれた.「使いこなせるようになった」とはいえない
が,
「新鮮な感じ」がして角に対する見方が広がった.教材の選び方のひとつとして,検討してみたい.
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6. ここでは「数学教育の中で物理をどのように取り扱うか」を基本的な視点とする.
「物理教育の中で数学をど
のように取り扱うか」,「物理数学をどう位置づけるか」等も考えられるが,数学のカリキュラムについての問題
点を明確にしていくために,数学を中心として考察する.
現状は「数学教育における物理の位置づけは明確でない」といえるであろう.これを改善するために,まず,
以下の視点を検討することが必要であると思う.
①
歴史的に見て,多くの場面で数学は物理の発展と結びついている.この経過を学ぶことは「どのように数学
は役に立つか」を知ることにつながる.
②
数学の概念を把握する第一歩として「物理現象」はイメージをつかむ上で適切である.
③ 「興味深い式」よりも「興味深い現象」の方が多い.したがって「その現象を説明するための式」という対
応が学習意欲につながる場合もある.
「位置づけ」と言っても,事象によって「いろいろな問題点」がでてくる.まず,これまで課題研究などで取り
上げた具体的な事例をあげてみる.
7. ケプラーの法則とニュートンの万有引力の法則(2011 年課題研究より)
・・・ケプラーは「惑星の運動に関する法則」を発見した.そしてこれを「力」
「運動」と結びつけて解析し,
「遠い星?の法則」を身近な「万有引力の法則」としたのは,ニュートンである.ここで,これを可能にした「数
学の発展」に触れることは数学教育,あるいは物理学教育にとって重要であり,
「理科離れ」
「数学離れ」をなく
す第一歩ともなるであろう.しかし,ここにあるように,物理の教科書ではこの「数学の発展」についての記述
は不十分であり,ほとんどの数学の教科書では全く触れていないのが現状である.
数学の教員を目指す学生が数学好きとはかぎらない,「計算は得意」くらいかもしれない.さらに,教壇に立
った時,前にした生徒たちの半分以上が「数学に拒否反応」を示すかもしれない.
数学に関して「なにやら,難しいことを一部の人間がやっている」,
「君たちはとにかく受験に成功するように頑
張りなさい」という状況は,「数学文化の普及」を使命とする我々は解消していきたい.
これまでも「複素数を利用した交流回路の計算」など,物理と関連した教材を研究してきたが,「生活に結び
ついた数学」
「身近な数学」「役に立つ数学」などの観点で数学を考える場合,物理学と結びつく場合が多い.
「抽象化」「拡張性」の数学の面白さと並行して,物理学を数学教材として探求したい.
・・・・・・・略
プリンキピアの正式名称「Philosophiae naturalis principia mathematica(自然哲学の数学的原理)
」を数
学の目的を考える上での,示唆に富んだ言葉として受け止めることは数学教育上重要であろう.
8. オイラーの公式,回路計算(交流)
複素数にはいくつかの表現形式がある.例えば
x+iy
=
r(cosθ+ i sinθ)=reiθ
電気の回路計算(交流)に範囲を広げれば,i は電流をあらわすので,代わりにj をつかって
x+jy
=
r(cosθ+j sinθ)=rejθ=r∠θ(フェーザ形式)となる.
交流は周期関数である.これをオイラーの公式により指数関数に変換し,計算を容易にする.
9.力学,運動方程式,微積分
・・・・・・・・・・
10. ここでは,ベクトルを中心にして「6」を考察する.
ダニエル・フライシュ:物理のためのベクトルとテンソル,
(まえがき)に下記のような記述がある.
あなたがたがはじめてベクトルに出会ったのは,おそらく高校や大学で力学を学んだときでしょう.その
段階では,ベクトルは速度や力のように,大きさと向きをもった量の数学的な表現として習ったはずです.ま
た,幾何学的な方法や
成分を使う方法で,ベクトルの和の計算の仕方も学んだでしょう.
これは出発点としてはよいのですが,それだけではベクトルのもっている威力を表面的に見ているにすぎませ
ん.ベクトルをもう少し深く理解すれば,つまり,大きさと向きをもった量としてではなく,異なる座標系の
間で変換される量であることを理解できれば,ベクトルの威力を存分に活用できます.そうすると,ベクトル
がテンソルとよばれるグループの仲間であることも理解できます.多くの学生がテンソルに出会うのは学部の
後半になってからです.このテンソルは「宇宙の真実」とよばれていますが,これは決してオーバーな表現で
はありません.なぜなら,アインシュタインが重力理論をテンソルで書き表したことによって,宇宙の基本構
造に対する理解が永遠に変わったからです.
ベクトルの基礎をはじめにしっかりと見につければ,テンソルはとても簡単に理解できます.そして「大きさ
と向き」のレベルと「宇宙の真実」をつなぐ橋を渡ることができます.
数学Bの教科書では,ここでいう「出発点」までである.
もちろん,数学のカリキュラムとして「アインシュタインの重力理論」を目標にする必要は無いであろう.
しかし,
「自然哲学の数学的原理」(自然哲学を物理学と読み替えて)を数学の目的の一つとして考えるとき,
出発点からの道すじをカリキュラムに含めることが重要であり,これによって例えばベクトルの演算における
いろいろな積の意味も納得でき,ベクトルをより深く理解することにつながっていくと思う.
「道すじを示す」というのは「漠然とした表現」であるが,これをテーマとして具体的な内容について研究し
ていきたい.