コラム:医療と法 「医と法の摩擦―『診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業』を一例に」 的場梁次 大阪府監察医事務所所長 診療行為中もしくは診療や手術後に患者が死亡した場合で、明らかな病死とは考えられず、医療行為が 何らかの形で影響を及ぼしている可能性もある場合を考えてみる。このようなケースの死亡の原因は、1) 病死、2)医療事故或は 3)両者の境界領域等が考えられるが、解剖しないとわからないものであり、これ らを医療関連死と言う。解剖して医療事故であることが判明しても、その中には、医師や看護師などの医 療従事者の過失行為によるものと、そうでない場合があり、前者は医療過誤と呼ばれており、時に裁判に なり、長い間かかって争われることになるが、果たしてその事故が医療過誤か否かは、最終的には法的な 判断である。 さて、解剖についてであるが、1)病理解剖、2)法医解剖(司法解剖と行政解剖)の 2 種類があり、医 師(或は病院)は、いずれを選択するかは、難しいところである。その際に問題となることは、医師法第 21 条「異状死体等の届け出義務」であり、これは、 「医師は、死体又は妊娠 4 月以上の死産児を検案して 異状があると認めたときは、24 時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」というものである。し かしながら、この異状死体とは何かということが、特に医療関連死の例で問題となる。日本法医学会ガイ ドライン(平成 6 年 5 月)では、 「診療行為に関連した予期しない死亡,およびその疑いがあるもの」とし て、 「注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中,または診療行為の比較的直後における予期 しない死亡」を挙げている。しかしながら、平成 13 年 3 月には日本外科学会が「異状死に対する声明」と して、これらは予期された合併症に伴う死亡であり、このようなガイドラインは医療の萎縮を招くとの声 明を出した。そして、医師が異状死体か否かの判断することは難しいので、医療関連死の届け出る場所と して、警察でない第三者機関を設立し、そこに届け出を行い、解剖、死因の究明を行うことの要請を行っ た。これに対し、臨床、病理、法医学会や厚労省が討議した結果、平成 17 年 4 月より、 「診療行為に関連 した死亡の調査分析モデル事業」が立ち上がった。医療機関から診療行為に関連した死亡について調査依 頼を受け付け、臨床医、法医及び病理医を動員した解剖と専門医による臨床面の調査を実施し、死因究明 及び再発防止策を総合的に検討することとしている。また、患者のご遺族と医療機関に適正な死因究明及 び医療の評価結果を提供することで医療の透明性の確保を図るとともに、医療安全の向上の一助とするも のであり、関係者の法的責任の追及を目的とするものではない。 この事業は、各都道府県毎に実施するもので、医療機関で上記の医療関連死が発生した場合、遺族の同 意を取り、窓口のモデル事業事務局に連絡すると解剖が行われる。この医療関連死は、本年 3 月までで全 国で既に 162 例発生している。さて、解剖や病理検査が終わると、評価委員会において、討論が行われる。 この評価委員会において、解剖結果、病理組織診断、医療の経過、看護体制並びに遺族からの意見や要望 などを聞き、当該医療行為についての評価をするわけであるが、ここで種々意見が出てくる。従来の医療 1 Medical-Legal Network Newsletter Vol.22, 2012, Oct. Kyoto Comparative Law Center 裁判においては、多くの時間を費やし、判決が出る訳であるが、この新しいシステムでは、3~6 ヶ月で結 論を出すようにしている。 さて、医師と弁護士(医療側と遺族側の 2 人以上の弁護士)との討論であるが、これがなかなか難しい。 すなわち、医師側は、医療の専門家であるが、法律のことは分からないし、弁護士側は医療のことが分か らない。このモデル事業に携わっていただく医師や弁護士の方々は、それぞれの分野では、大変活躍され ているが、お互いの意見はほとんど分からないと言ってもよいかと思う。とくに、ここで扱う医療事故の 場合、多くは先端医療であり、医師のほうは、その分野でのエキスパートに来ていただくが、法側は、例 えば、循環器や消化器の専門の弁護士さんなどはおられないのが実情である。医師側は、この事例はこう であると説明をされるが、弁護士さんには、なかなか理解できないことが多いと感ずる。一方、法側の質 問、視点などに対し、医療側も充分に説明することは難しい。 私は、法医学を 35 年間続けてきたが、先端医療における事例は、大変鑑定が難しく、しばしば専門医に 相談することがある。今後も益々医療が複雑、先端化すると考えられ、医療事故の評価は困難になると考 えられ、新しい評価、鑑定システムが求められることになると考えられるが、そもそも医療と法という二 つの異なった分野が一致した評価を行うことができるのか、というところに問題はあると考える。このよ うな 2 領域を理解、研究する医師や法曹関係者を育てることが必要と考える。 2 Medical-Legal Network Newsletter Vol.22, 2012, Oct. Kyoto Comparative Law Center
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