診療情報提供書の記載を訂正してくれと患者から言われましたが応じる

【相談 48】診療情報提供書の記載を訂正してくれと患者から言われましたが応じる必要があるでしょう
か。
キーワード:診療情報提供書、無断開封、信書、診療録、開示請求、個人情報保護法、刑法
医師です。
がんで治療中の患者が、セカンドオピニオンを受けたいので診療情報提供書を記載してほしい、と希望
しました。紹介先の宛名は空欄でよいとのことでした。この患者は、以前から、標準的な治療を拒否した
り、自分の思う通りの処置をしてほしい、担当医以外の医師には診てもらいたくないなど、こちらも対応
に困っていました。質問が多いため診察時間が1時間に及ぶこともたびたびありました。患者の求めに応じ
て診療情報提供書を詳細に記載し、患者に渡したところ、後日、記載内容に事実と異なることが書いてあ
る、として訂正を求めてきました。訂正を求めた部分は、治療の経緯について「患者は提示した治療を拒
否した」という箇所です。患者は「私は治療を拒否したことはない。このような書き方だと私が悪いよう
に受け取られる。
」と言うのですが、そもそも、患者が医師に無断で診療情報提供書を開封してもよいので
しょうか。また、治療を拒否したのは事実ですから、それを訂正する必要はあるのでしょうか。さらに、
患者は、診療録にも同様のことが記載してあるならば、全て訂正してほしい、と伝えてきました。なお、
患者は、他の病院での治療を希望しているわけではなさそうで、引き続き通院しています。
【回答】
まず、診療情報提供書を患者が開封していることが問題になります。特定の医師に宛てた診療情報提供
書は、刑法第133条にいう「信書」に当たります。A医師がB医師宛てに作成した診療情報提供書を封緘して
患者やその家族に預けた場合、患者やその家族が、B医師が開封する前に、
「正当な事由なく」それを開封
することは刑法第133条の「信書開封罪」に該当します。もっとも、例えば、患者が急変し、その処置のた
めにB医師以外のC医師が開封して治療の参考にしたような場合は、C医師には「正当な事由」があるので犯
罪は成立しません。また、診療情報提供書を紹介先の医師に渡さず、開封したまま患者自身が所持してい
る場合には、刑法第263条「信書隠匿罪」が適用されるかもしれません。
ご質問の内容から推測する限り、この患者が開封した診療情報提供書には特定の医師への宛名が書かれ
ていなかったようですので、これが刑法第133条にいう「信書」に当たるか否かは、まだ裁判所の判断が出
ておらず、わかりません。もっとも、これに当たらないとする積極的な根拠もありません。もちろん、犯
罪に当たるかどうかはわからなくても、診療情報提供書の性格上、宛先が書かれているか否かに関わらず、
当該患者ではなく、いずれかの医師宛に記載したことは明らかですから、正当な理由がないのに患者が勝
手に開封してよいとはいえません。
ただ、診療情報提供書の場合、記載内容が患者自身の病状であるため、一般の「信書」とは異なり、患
者に、個人情報保護法の趣旨に照らして、場合によってはその内容につき正確な記載を求める「自己情報
コントロール権」による開示・訂正が認められる可能性もあります。すでに、裁判例では、一部で、患者
からの診療録開示請求が認められたものもあります。そうすると、診療録記載情報と同じようなものが診
1
Medical-Legal Network Newsletter Vol.50, 2015, Feb. Kyoto Comparative Law Center
療情報提供書に記載される場合には、その内容についても、場合によっては、患者に開示請求権が認めら
れないとも限りません。そして、その請求に理由があるのに医師が診療録の開示を拒むのであれば、患者
が診療情報提供書を開封することも、正当行為と認められるかもしれません。
このように法状態がはっきりしない中では、実際上の対応として治療中の患者に対して、法律上のこと
を持ち出すのは医師としては避けた方がよいでしょう。
診療情報提供書は、自分が相手の医師に対して記載したものであり、訂正はできないことをやんわりと
伝えます。それでもなお、患者が訂正を求める場合には、診療録を訂正することにもつながるので自分か
らは回答できない、担当部署と相談する、といったん回答を保留にされてはどうでしょうか。一度、患者
相談窓口職員など誰か別の職員が入ることによって、関係性を整理してもよいと思います。また、相談の
ケースでは、診療録の記載の変更も求めてきているようです。数字の誤りなど単純なエラーについては、
誤りの理由とともに追記の形で訂正することはできます。しかし、その場合にも、診療録を勝手に書き換
えることは療養担当規則違反になるため、変更した履歴も全て残ることを患者に伝えます。また、診療録
は医師の考えを記載するものであるので、患者の考えと異なることもあるということを伝えます。堂々巡
りになるかもしれませんが、それ以上の要求には応じられない旨を伝えるしかありません。
回答者:松村由美
京都大学医学部附属病院医療安全管理室 医師
(協力:松宮孝明
立命館大学法務研究科教授)
*会員用ウェブサイトの「知恵袋(相談コーナー)」には、もう少し詳しい説明と推奨される対応例を掲載
しております。
2
Medical-Legal Network Newsletter Vol.50, 2015, Feb. Kyoto Comparative Law Center