【相談 47】精神的な障がいのある患者からの暴力行為に悩んでいます… キーワード:精神障がい、心神喪失、心神耗弱、精神障害者保健・福祉、暴力、労働災害、監督義務者責任、安全配慮義務、精 神保健福祉法 医療事務担当者です。 精神的な障がいがあるために入院あるいは通院している患者からの暴力行為に悩んでいます。このよう な場合、病院側は患者側に対して法的責任を何処まで追及できるのでしょうか。責任能力という点を考え ますと、病院に通院又は入院しているこのような患者に対して法的責任を追及することは原則不可能のよ うに思えますが、泣き寝入りするしかないのでしょうか。 また、患者から暴力を直接受けたスタッフが、勤務する病院を相手に安全配慮義務違反を理由に法的責 任を追及することは可能でしょうか。 【回答】 入院または通院中の精神的な障がいのある患者が病院スタッフに暴力をふるって何らかの被害を発生さ せた場合、この患者が心神喪失の状態にあった場合には、患者個人の民事責任は否定されます(民法第 713 条) 。心神喪失より軽度な心神耗弱の状態にある場合には直接加害者としての責任が認められる可能性はあ りますが、具体的な訴訟遂行の問題などを考えると現実には困難でしょう。直接加害者の家族等の者(こ こにいわゆる「患者側」 )については、直接加害者が民法第 713 条に基づいて責任を問われない場合に、患 者側の者が直接加害者を監督する義務がある者にあたると考えられる場合(精神保健及び精神障害者福祉 に関する法律旧第 20 条 1))には、監督義務者に責任を問えることもありえます(民法第 714 条) 。しかし、 専門的な知見・技能・経験を以て患者の治療にあたる病院の中で働くスタッフに対する加害行為があった 場合に、患者側がその具体的な危険性を認識していながら病院に対してそれを故意に黙秘しているような 特別な事情が認められない限り、監督義務者としての法的責任を患者側に問うことは難しいし、適切では ないと考えられます。 相談事例において患者による暴力によって被害を受けた病院スタッフがその賠償の責任を問いうるのは、 そのスタッフを雇用している病院設置者もしくはその労働を命じている機関です。一般に、契約等を原因 として特別な社会的接触関係に立った者は、双方または一方が相手方のためにその安全に配慮すべき信義 則(民法第 1 条第 2 項)上の義務があると確立した判例(最高裁昭和 50 年 2 月 25 日第 3 小法廷判決、民 集 29 巻 2 号 143 頁)によって認められており、この義務の違反があって損害が発生した場合には賠償責任 が発生します。そして雇用契約において使用者に被用者に対してこの安全配慮義務を課せられていること は、明文で規定(労働契約法第 5 条)されています。したがって、具体的な損害発生の状況において労働 環境の中に安全配慮義務に違反する事情・事態があった場合には、そのことによって損害を被った被害者 (医師等をはじめとするスタッフ)は自らを雇用し、または当該人がそこで働く旨を契約した機関に対し て、その損害の賠償を請求することができます 2)。 1 Medical-Legal Network Newsletter Vol.48, 2014, Dec. Kyoto Comparative Law Center 注 1)従来は「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」の第 20 条に「保護者」に関する規定が置かれていたが、こ の法律の一部を改正する法律(平成 25 年 6 月 13 日に成立し同月 19 日に公布)により保護者制度は廃止された。 2) 東京地裁平成 25 年 2 月 19 日(判例時報 2203 号 118 頁、労働判例 1073 号 26 頁)、横浜地裁相模原支部平成 26 年 8 月 8 日(未公表、LEX/DB インターネットより検索) 。また、大阪地裁平成 16 年 4 月 12 日判決は、精神的な障が いではないが、脳内出血の救急患者が看護助手の腕に噛み付き C 型肝炎に罹患させた事例につき、看護助手が勤務 する病院の安全配慮義務違反の責任を認めた(判例時報 1867 号 81 頁)。 (回答者:山本隆司 立命館大学政策科学部教授) *会員用ウェブサイトの「知恵袋(相談コーナー)」には、もう少し詳しい説明と推奨される対応例を掲載 しております。 2 Medical-Legal Network Newsletter Vol.48, 2014, Dec. Kyoto Comparative Law Center
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