自分たちの地域を世界史的な視野から説明できる人を育てたい。

【研究者インタビュー No.127】
自分たちの地域を世界史的な視野から説明できる人を育てたい。
別府大学 文学部 史学・文化財学科 准教授 池口 守 (いけぐち・まもる)
専門: 西洋古代史(古代ローマ経済史)。
▲多数のコンピュータのモニターが設置された研究室にて。
●古代ローマ経済史はどういう内容の学問でしょう?
古代ローマ史は,時間的には紀元前 500 年頃から
紀元 500 年頃までのおよそ 1 千年が対象です。空間
的にも現在のヨーロッパ,北アフリカ,中近東を含む
広大な領域に跨っているため,研究テーマは無限に
存在します。私が取り組んでいる経済史は経済活動
(モノの生産・輸送・消費など) の実態を探究する学問で,
自分自身は常に現代の経済との類似性や相違点に
注目しながら研究を進めています。
普通に考えると,今から 2 千年も前のローマの経済
など現代と比べられるのか,とか,比べても何もかも
違っているだろうと思ってしまいますよね (笑い)。確
かに,現代では金融業,情報産業,工業などが高度
に発達しているのに対し,西洋古代では産業の大部
分が農業でしたから,その点には大きな違いがあり
ます。しかし,モノを作り,運び,消費するというプロ
セスは現代でも変わりません。古代イタリアに点在し
た大小の農園では,葡萄やオリーブなどを栽培しワ
インやオリーブオイルを製造し,海運・陸運で市場に
供給していました。また,当時から名産地のヴィンテ
ージ・ワインがもてはやされていました。こうした点も,
現代と変わりません。
歴史家には個別事象の特殊性を重視する立場と,
事象の背後にある法則性に関心を示す立場があり
ます。私の基本姿勢は後者であり,人類の未来を考
えるヒントを歴史から学ぶ作業に対して自分なりの
貢献をしたいと思いますし,そのような目的意識をも
って,自分のフィールドであるローマ経済史の研究
にとり組んでいます。なお,古代ローマ人は日本の
温泉地の人々のように日々銭湯通いをしていました
から,別府に相応しい研究テーマとしてローマの浴
場文化にも関心をもっています。
●教育のポリシーは?
景気低迷で日本の社会全体に余裕がなくなってい
ますが,先行き不透明な時代であればなおさらのこ
と,学生が大学で得た歴史学・文化財学の素養と専
門知識に対しては,社会からの期待が寄せられるべ
きです。学生には,自分の国や地域だけでなく,空
間的・時間的に遠いところにも思いを馳せ,世界史
的な視野でものを考える必要性を強く意識させるよ
うに努めています。一方,今後多くの場面でますます
英語力が必須になっていきますので,英語の授業で
は,文法力・語彙力を基礎から再構築する意識と方
法で学生達を鍛えています。
別府は国際的な観光地です。学生には国内外の観
光客に地元の歴史や文化財を世界史的な視野から
英語でも説明できる力をつけてもらいたい。学内外
の理解を得ながら,今後の観光地で必要とされる人
材を育成したいと思います。(写真と文/安部博文)
【池口 守(IKEGUCHI Mamoru)プロフィール】
▼1968 年,福岡県久留米市生まれ。5 歳から
同県の宗像市に転居し,小学校時代を過ご
す。久留米大学附設中学校に入学。親元を
離れ,寮生活を始める。英語が得意科目。バ
レーボール部に所属。部活の疲れのため寮
での夜の一斉学習は睡魔との戦い。情操教
育が豊かな校風の中で充実した中学生活を
過ごす。3 年時の夏休み,研究論文が課せられる。廣瀬淡窓
の思想と教育をテーマに,大学教員の父の同僚である三宅
英利(みやけ・ひでとし,歴史学)先生に教えを受け,論文を完成。
三宅先生から「歴史の原点はローマにある」という言葉を聞き,
ローマ史の研究者になることを決意。▼同大学附設高等学
校に進学。高校を卒業後 1 年間,浪人生活。▼1988 年 4 月,
東京大学文科Ⅲ類に入学。ローマ史の本村凌二 (もとむら・り
ょうじ) 先生を訪ね,研究者志望の希望を伝える。3 年時から
西洋史学研究室に入る。卒業論文で古代ローマ大農園の収
益性を働き手の属性面(奴隷と自由人労働者)から分析し,
奴隷農業衰退の原因解明に取り組む。▼1993 年 3 月,同大
学文学部西洋史学専修課程を卒業。同年 4 月,同大学大学
院人文科学研究科修士課程に入学。卒論のテーマを拡大深
化させ,古代イタリア中部地域を対象に奴隷制農園を含む農
業構造の実態と変化の原因を探求する。欧米の学術誌で発
表された考古学データを用いて検討し,産地・消費地・輸送
のバランス崩壊が要因になっていることを明らかにする。▼
1995 年 9 月,講演のため来日したケンブリッジ大学・キース・
ホプキンズ教授と知己を得る。▼1997 年 3 月,修士課程を修
了。同年 4 月,同大学院人文社会系研究科博士課程に入学。
本村先生の下で学部時代から下訳を手がけていた訳書の出
版準備や学術論文執筆を進め,発刊。▼1999 年 10 月,渡英
しケンブリッジ大学古典学部博士課程(キングズ・カレッジ)に入
学。ホプキンズ教授から「もっとクリエイティブに!」をモットーに
した指導を受け,研究方法を根本から見直す。模索した結果,
古代ローマの農園経営を現代の経済学理論を応用して分析
する方向性を見出す。教員と学生が差し向かいで研究内容
を検討するスーパーヴィジョン(指導)を毎週 2 時間,積み重
ねる。▼2003 年 3 月,帰国。2006 年 3 月,東大大学院博士課
程を単位取得退学。▼2007 年 9 月,再渡英し学位論文を提
出。▼2007 年 10 月,別府大学着任。▼2008 年,ケンブリッジ
大学より Ph.D. (博士号) 取得。
平成 22 年度大学等産学官連携自立化促進プログラム / 地域連携研究コンソーシアム大分 / 取材時期 平成 23 年 2 月