【研究者インタビュー No.024】 現象を数学モデルに置き換える力を持つ学生を育てたい 大分工業高等専門学校 機械工学科 准教授 軽部 周 (かるべ・しゅう) 専門: 振動工学。 ▲実験室の振動切削装置。軽部先生が手にしているのが 振動切削装置の主要素となる「ホーン」部分。 ●振動工学はどういう内容でしょう? 最も分かりづらい分野のひとつなどと冷やかされて います。力学には,静かな状態の物体を対象とする 静力学と,動いている状態の物体を対象とする動力 学のふたつがあります。振動工学は動力学の一部 門で,私たちの身の回りで振動するもの全部が対象 です。ところが身の回りのほとんどのものは振動して いますから,範囲が広すぎて捉えにくいのが文句を 言われる理由でしょう(笑い)。 クルマを例に取りましょう。クルマが走ると本体やエ ンジン,タイヤ等が振動します。そこでドライバーを 快適にするため,バネやダンパーをどのようにセット すればよいかを考える武器が振動工学です。手順 は,まずクルマの振動現象を分析し,運動方程式と いう数学モデルに置き換えます。数学モデルはコン ピュータと親和性が高いので,コンピュータシミュレ ーションによってバネやダンパーの強さをどれくらい で設計するのが適切なのかが正確に分かります。 振動工学は,複雑な現象を数学モデルで表現す ることによって計算可能な世界のものにできるのが 特徴です。振動工学の分野は大きくふたつあります。 ひとつは振動を制御する分野。これは建物の耐震構 造の計算などに使われています。もうひとつは振動 を応用する分野です。工場のラインで小さい部品を 運ぶとき細かい振動を応用している事例をご覧にな ったことがあると思います。あるいは振動をホーンで 拡大してバイトに伝え,切削加工に利用する振動切 削です。振動切削は特殊な手法と見られていますが, 実は,運動方程式を純粋な形で適用できるという特 長があります。真円を削り出すのも得意です。これを もっと製造業の現場で使って貰いたいと考えて工夫 しているところです。 地域連携研究コンソーシアム大分 ●教育のポリシーは? 学生には表面的ではなく根本を理解する人にな って欲しいと考えています。授業ではかなり高度 な内容を扱うのですが,重要な点は学生がしっか り理解できるよう,できるだけ分かりやすく教えま す。肝心なところが分からないままでは,せっかく 面白いものも面白くなりませんから。暗記は(私も 嫌いなので)求めていません。 その上で学生には自分の視点で現象を観察し, ゼロベースから自分で運動方程式を導き出す力 をつけて欲しいと思っています。要求レベルがす ごく高いですね(笑い)。でも基礎ができていれば 応用力は後からいくらでもつけることができますか ら高専生には基礎力を徹底的に身につけて欲し いのです。(写真と文/安部博文) 【軽部周(KARUBE Shu)プロフィール】 ▼1971 年,栃木県宇都宮市生まれ。 雨が降ると庭に水たまりができる 様子をじっと観察するのが好きな 子供だった。TV アニメを見てロボッ ト作りに憧れを持つ。▼小学校時 代は昆虫採集、読書、プラモデル に没頭。ブラスバンド部に所属し, 管楽器を担当。▼中学では授業の 進度と関係なく自分のペースで勉 強するのが好きになり,成績もトッ プだった。しかし高校に入ると暗記 科目が増えたことと,アニメーショ ンを作る動画部に入ったため大部分の時間をアニメ制作に費 やしたことから成績が下落。テストの点が下がるとますます やる気がなくなり,いっそう成績が落ちるというマイナスのス パイラルを経験した。物理の公式の使い方が苦手だったが, 後になって微分方程式を使えば公式そのものを自分で導き 出せることを知る。▼1990 年,宇都宮大学工学部機械システ ム工学科に入学。大学では時間の流れがゆったりしており, ものをじっくり考えられる環境だった。大学の文化が自分に合 っていると感じ,再び勉強に熱が入るようになり成績も向上し た。日本機械学会畠山賞を受賞。卒業研究のテーマは歯車 の振動に関する内容。ゼミのスタッフは学問的にも人間的に も尊敬できたことから,ここでもっと勉強したいと思い,大学院 進学を選択。▼1994 年,学部を卒業し,宇都宮大学大学院 工学研究科博士前期課程に進学。博士後期課程に入学して きた社会人院生から振動切削を紹介されたのがきっかけで 修士論文のテーマとして取り組んだ。▼1996 年,同大学院博 士後期課程に進学。振動切削のテーマを掘り下げるため,実 験装置の開発から手がける。▼2000 年,博士後期課程を修 了し,宇都宮大学より学位を取得。博士(工学)。同年から 2003 年 3 月まで宇都宮大学キャンパス内に設置された筑波 大学サテライト VBL で研究員として在籍。切削時における加 工精度のリアルタイム推定技術で特許を取得。▼2003 年 4 月, 大分工業高等専門学校に着任。
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