経済統計学 有効需要の原理について 1 完全競争市場 2 不完全競争市場

経済統計学 有効需要の原理について
マクロ経済学のテキスト [1] にある「有効需要の原理―需要が生産を決定
する」(p.34) について,ミクロ経済学のテキスト [2] を参考に理解しておこ
う.前提として,経済主体の合理的行動,すなわち消費者は効用最大化,企
業は利潤最大化を目的に行動すると仮定する.
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完全競争市場
完全競争市場では,すべての経済主体がプライス・テイカーとして行動す
る.需要と供給の数量が一致した点で均衡価格が決定され,需給のどちら
側も価格支配力を持たない.具体例としては,野菜,果物,鮮魚などの競市
(せりいち)を考えればよい.キャベツやサンマが高くなったり安くなった
りするのは,完全競争市場における需要と供給の関係を反映している.マ
クロ経済学のテキストによると「ケインズ経済学ではそれをむしろ例外と
みなし,
『典型的』なケースとして全く異なる状況を想定する.
」(p.35)「ミ
クロ経済学で不完全競争とよぶ状態にほかならない.
」(p.36) と説明されて
いる.完全競争市場では有効需要の原理は成り立たない.
2
2.1
不完全競争市場
独占
独占企業は利潤を最大にするように価格と生産量の両方を決定できるプラ
イス・メイカーである.独占市場でも需要曲線は右下がりなので,あまり価
格を上げると売れなくなって利潤が減ってしまう.生産量(=販売量)を y ,
価格を p(y),費用を c(y),利潤を π とすると
π = p(y)y − c(y)
(1)
を最大にするように,企業は生産量 y を決定する.ミクロ経済学のテキスト
によると,売り上げ p(y)y は逓減し,コスト c(y) は逓増するので,二つの曲
線の傾きが一致する生産量 y で利潤 π が最大になる (p.258-262).生産を拡
大してもそれほど売り上げが伸びず,残業代や機械のメンテナンスなどで
コストが増加して儲からなくなるのである.独占企業は,限界収入と限界
費用が一致する生産量 y で,利潤 π を最大化する均衡価格 p∗ を選択する.
p∗ =
∆p(y)y
∆c(y)
=
= MC
∆y
∆y
1
(2)
横軸に生産量 y をとって,収入関数 p(y)y と費用関数 c(y) を描くと,c(y) が
直線でも (2) 式が成り立つことがわかる.
2.2
寡占
ある産業で財・サービスを供給する企業の数が少数に限定されていて,そ
れぞれの企業が価格支配力をある程度もっているが,他の企業の行動によっ
ても価格が影響される状態を寡占という.ゲームの理論,カルテルの問題,
特殊な需要曲線など,理論的に難しい問題が多いが現実の市場に近い.牛丼
やガソリンの価格,保険料,住宅ローン金利など,多くの企業はプライス・
メイカーではあるが,同じ供給側に競争相手がいるので,自由に価格を決
定することができない.
3
不完全競争下での企業行動
マクロ経済学のテキストでは,次のように説明されている.
「さて完全競
争との対比を鮮明にするために,限界費用は生産量と並行して逓増するこ
となくほぼ一定である,と仮定することにしよう.すなわち,考えている範
囲では限界費用曲線は水平である.この企業は,売上げ(=収入=価格×販
売数量)から生産費用を引いた利潤を最大にするように価格と生産量(=
販売量)を決定する.ただし,価格と販売量は互いに独立ではない.すでに
述べたとおり,企業は自らが決定する価格が販売量に影響を与える(個別需
要曲線が右下がりである)ことを認識しているからである.ミクロ経済学
で学ぶとおり,企業にとって利潤を最大化する最適な生産水準は,
限界収入=限界費用
という条件が成り立つ点である.もし限界収入が限界費用より大きければ
(小さければ),企業は生産を拡大(縮小)することにより利潤を増大させ
ることができる.したがって利潤が最大になるためには,限界収入と限界費
用が等しくなければならない.
」(p.36-37)
つまり,限界費用曲線が水平なので,需要量の変化が販売量を決定し,価
格は変わらないという説明である.ただし,需要不足で「限界収入>限界費
用」のときに限られる.マクロ経済学のテキストでは,このような論理で
「需要が生産を決定する」有効需要の原理が導かれている.
限界費用曲線が水平ならば,販売数量が増加しても,商品 1 個あたりのコ
ストは変わらない.牛丼を 100 杯売っても 101 杯売っても 1 杯あたりのコス
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トは同じであることを意味している.実際,牛丼店が通常の営業状態であ
れば,牛丼が多く売れるほど利潤が増えるので,水平な限界費用曲線を仮
定しても不自然ではない.例えば,(1) 式を簡単にして,牛丼 1 杯の価格 p
とコスト c が一定であれば,
π = py − cy = (p − c)y,
p>c
(3)
になるので,牛丼が多く売れるほど儲かる.不完全雇用により,多くの企業
に生産余力があれば,経済全体でも,需要が生産を決定するという有効需
要の原理が成り立つ.ただし,牛丼の売り上げ増加にともない,店員や残業
代の増加でコスト c が逓増すると,この議論は成り立たない.
つまり,この説明は短期でしか通用しないのである.なぜなら,さまざま
な要因によって,時間の経過とともに価格 p とコスト c が変化するからであ
る.したがって,短期的には有効需要理論,長期的には一般均衡理論が有効
であるかもしれない.マクロ経済学のテキストによると,ケインズも長期
的には一般均衡理論が成り立つことを認めながら,経済政策に役立たない
という理由で批判的であったようだ.(p.40-41)
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ルーカスによる批判と新しい古典派
ケインズの有効需要理論は短期でしか成り立たないので,有効需要政策の
長期的な効果がわからない.ルーカスが批判したように,政策が合理的な
経済主体の行動を変えるとすると,政策の長期的な作用と副作用について
考えなければならない.経済主体の期待形成の問題が,ケインズの有効需
要理論に対する批判を通じて,RBC モデル,New IS-LM モデルなどの「新
しい古典派」と呼ばれるマクロ経済学理論を生み,今日の金融財政政策の
理論的な拠り所になっている.詳しくはテキスト [3] を参照.
参考文献
[1] 吉川洋『マクロ経済学』第 3 版,岩波書店,2009 年.
[2] 井堀利宏『入門ミクロ経済学』第 2 版,新世社,2004 年.
[3] 加藤涼『現代マクロ経済学講義―動学的一般均衡モデル入門』東洋経
済新報社,2006 年
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