[414]“祖父”?それとも“祖、父”? 成語・ことわざ雑記

上野先生と歩こう 中国語遊歩道 『中国のことばと文化Ⅱ』
[414]“祖父”?それとも“祖、父”?
成語・ことわざ雑記(12)
(45)二様の解釈が可能であるが
先に引いた曹操が陳琳を難詰した時のことば“汝前为本初作檄,但罪状孤,可也;何乃辱及祖、父
ホンショ
げきぶん
耶?”を岩波文庫版小川環樹訳に従って「そちが先年本初〔袁紹のあざな〕どののために檄文を書い
たとき,わしの罪を数え立てたのは,まあよいとして,何としてわしの祖父にまで恥をあたえたのじ
ゃ」としたが,写しながらちょっとひっかかった箇所がある。原文の“祖、父”を訳文は「祖父」と
しているが,ここは「祖」すなわち「祖父」と「父」と解すべきではないか。
わたくしが引いた原文は 1973 年人民文学出版社刊のもので,この本は毛本と呼ばれる清代以降最も
流行している系統のテキストに拠っている。もっとも,元のテキストには,五四以前の中国書籍の常
として,当然ながら句読点は打たれていないはずである。
(46)句読点は解釈の一種
したがって,元のテキストの“祖父”に並列を示す句読点(、)を加えて“祖、父”としたのは人
民文学出版社版の編者の一種の解釈である。
岩波文庫本の訳者も毛本に拠っておられるようであるが,わたくしのように人様に句読を切っても
らったものではなく,もっと由緒の正しい無標点本であるに違いない。
という次第で,無標点の原本に従って,“祖父”をそのまま一語として読むか標点本の句読に従っ
て“祖”と“父”の二語に読むかは,読み手の判断に委ねられることになる。
では,“祖父”と“祖、父”のどちらに解するのが正しいか。
(47)文脈からは“祖”と“父”の二語
文脈から切り離して考えるならば,“祖父”は「祖父」の一語とも「祖」すなわち祖父と「父」の
二語とも解することができる。現代の中国語では“祖”の一字で祖父を指すことは少ないが,古くは
“祖”の一字で「父の父」,さらには広く祖先を指すことは珍しくなかったからである。
問題は文脈である。陳琳が袁紹のために書いた檄文は「袁紹がために豫州に檄す」と題して『文選』
の巻 44 に収められている。「豫州」とは劉豫州すなわち劉備のことで,徳を失った曹操に付くのをや
めて袁紹に味方せよと,劉備に説いたものであり,古来名文とされている。
とう
すう
この檄文を見る限り,「祖父中常侍騰は……,父嵩は……」と曹操の祖父と父の両方の罪状を並べ
立てていて,問題の“祖父”は“祖”と“父”と解すべきもののごとくである。
(48)汚いことばのオンパレード
陳琳がどのように曹操の並びにその「祖」と「父」を弾劾したかというと,祖父については「中常
とう
かんがん
侍騰は……」とあるように,まず宦官であったことを暴き(中常侍は禁中にあって帝の左右に侍する
さわん
じょこう
ようげつ
すう
ぞう
職で宦官が就いた),その騰が同僚の 左悺,徐璜とともに妖孽をなしたとなじり,父・嵩については贓
ぜいえんいしゅう
い とく
(賄賂)に因りて位を手に入れたと言い,曹操本人については「贅閹遺醜にして本より懿徳なし」と
決めつける。
「贅閹遺醜」はわかりにくいことばであるが,腐れ宦官の出来損ないの孫くらいの意であろうか。
すう
祖父・騰は宦官であったが,夏侯家から嵩を養子に迎えている。弾劾の言は以上に尽きず,ほとんど
知っている限りの汚いことばを駆使して三人をののしっている。
2015/8/7
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