[412]消えた成語“又红又专”“一专多能”

上野先生と歩こう 中国語遊歩道 『中国のことばと文化Ⅱ』
[412]消えた成語“又红又专”“一专多能”
成語・ことわざ雑記(10)
(37)“又红又专”1957 年に毛沢東が
“有的放矢”という成語は毛沢東が使ったところから(すでに見たとおり毛沢東が初めて使ったと
いうわけではないが),文化大革命中に盛んに使われ,今日においても文革中ほどではないが,なお
生命を保っている。
一方,文革中に使われ,今日においてはもはや使われなくなった成語もしくは成語もどきのことば
も数多くあるが,その一つは“又红又专”である。
この語は 1957 年 10 月に毛沢東が党中央委員会総会で行なった《做革命的促进派》(革命の促進派
になろう)と題する講話の中に出てくる。
(38)業務に精通するだけではいけない
我们各行各业的干部都要努力精通技术和业务,使自己成为内行,又红又专。(われわれの各業種
の幹部は,みな技術と業務に精通して,それぞれの道の玄人となり,「紅」でもあり「専」でも
あるようにつとめなくてはならない。)
ここにいう「紅」は言うまでもなく思想面でプロレタリア階級としての政治的自覚に優れているこ
とを指しているが,同時に,幹部たる者は業務の面でも「専」,すなわち優れた専門技術を併せ持た
なければならないと説いているのである。
「紅」の中身まで同調できるかどうかはともかく,いかに専門技術に優れていても思想面での自覚
を欠いていては困るという主張は,十分にうなずくことができる。
(39)《现汉》収録は 1978 年 12 月第 1 版のみ
50 年代生まれの“又红又专”は 60 年代に入って,とりわけ 66 年以降の文化大革命中に頻繁に使わ
れた。《现代汉语词典》も 78 年 12 月刊の修訂第 2 版においてこの語を収録している。(ちなみに《现
代汉语词典》は 60 年と 65 年に試用本が出ているが,現在はこの修訂第 2 版を第 1 版と位置づけ,最
新の 12 年 6 月刊の第 6 版に至っている。以下はこの数え方に従う。)
ただし,文革に対するアレルギーが激しかったのであろうか,この語は短命に終わったと見え,手
元の 96 年 7 月刊の修訂本(第 3 版)には収められていない。未確認であるが,83 年 1 月刊の第 2 版
においてもすでに削除されているに違いない。文革のさなかに中国語を勉強したわたくしなどは,
「い
いことばだったのに」という気がしなくもない。
(40)「専門ばか」であってはいけない
“又红又专”と並んで文革中に盛んに使われた成語に“一专多能”がある。一つの専門に通じてい
るほか,他分野の事情にも明るいこと,いわゆる「専門ばか」でないことをいう。そのような人を“多
面手”と称した。
例えば中国文学研究者の中に,私は詩が専門で小説のことはわかりませんとか,詩は詩でも唐詩が
専門で『詩経』のことはどうもとか,同じ唐詩でも杜甫が専門で李白は……,近頃,いやかなり前か
らかな,こういう人がふえているように思う。こういう研究態度は“一专多能”ではないし,こうい
う研究者は“多面手”ではない。もっとも日本の学界では,学界に限らず他の世界においても,
“一专
多能”や“多面手”は「何でも屋」ということで,侮蔑されかねないようであるが……。
2015/7/24
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