[401]周作人=魯迅の弟?

上野先生と歩こう 中国語遊歩道 『中国のことばと文化Ⅱ』
[401]周作人=魯迅の弟?
魯迅=周作人の兄?
気になる日本語(14)
(53)わたくしの好きな現代作家
現代の日本の作家のものはあまりというか,ほとんど読みませんが,数少ない例外のお一人は先年
亡くなられた吉村昭さんです。
この人の本領は言うまでもなく綿密な考証に裏付けられた『ふぉん・しいほるとの娘』,『戦艦大
和』,『長英逃亡』,『桜田門外ノ変』,『ポーツマスの旗』などの歴史小説や伝記作品にあります
が,それらの大作の合間に書かれたおびただしい数にのぼる取材秘話や身辺雑記,食べ物談義などの
随筆的な小品もまた捨てがたいものがあります。『私の好きな悪い癖』,『私の引出し』,『わたし
の流儀』,『わたしの普段着』,『回り灯籠』……,どの一冊の,どの一編からも吉村さんのほのぼ
のとしたお人柄が伝わってきます。
(54)津村節子さんのご夫君
吉村さんの奥様は,こちらもまた小説家の津村節子さんです。学習院時代からの文学仲間で,おし
どり夫婦として知られています。どちらが有名かなど論じるのはばかげていますが,わたくしは吉村
さんの作品しか知りません。
吉村さんと奥様の間にこんなエピソードがあります。ご夫婦で奥様の郷里である福井県へ旅行され
た折に,何かの席で「こちらは津村先生のご夫君の吉村昭さんです」と紹介されたというのです。(す
みません,もとの文章に当たらずに記憶だけで書いていますので,正確な引用ではないかもしれませ
ん。)少なくとも郷里では津村節子さんの方が有名人であったというわけですね。
(55)どちらが有名人?
突然,脈絡なしに吉村昭さんご夫妻の話を持ち出したのは,もとより「魂胆」あってのことです。
実は先に引いた『広辞苑』,『大辞林』両辞典の周作人の紹介の記述を読んでいて,共に周作人を
「魯迅の弟」としていることにちょっとひっかかったからです。
「えっ,そうではなかったの?」いいえ,そういうことではないのです。「魯迅の弟」という紹介
のしかたが通用するのは,魯迅が周作人より有名人であることを前提にしてのことです。
こんどこそ,「えっ,そうではなかったの?」でしょうか。ええ,必ずしもそうであったとは言え
ないのです。今でこそ魯迅は中国近代史上の「超」有名人ですが,五四以後のある時期までの北京大
学教授周作人氏は,魯迅を遥かに凌ぐ文化界の大御所的存在でありました。
(56)「周家の三兄弟」樹人,作人,建人
ある時期までの周作人が中国文化界に占めていた位置の大きさについては,いずれ公開されるであ
ろう先にちょっと触れた日本の文学者から受け取った手紙やはがきを見てもわかるはずです。
ここで魯迅論や周作人論を展開するつもりはありませんし,また展開したくてもわたくしにはそれ
だけの準備がありません。まあ愛読者の一人として,周作人は「もっと評価されていいのでは」の一
言だけは記させていただきましょう。
「なんだ,そういうことだったのか」とあきれられるのを承知で打ち明けますと,周作人の名を持
ち出したそもそもは,魯迅の本名が周樹人で,その弟が周作人,もう一人弟がいて周建人。つまり樹
人,作人,建人という三兄弟の命名法が典型的な中国式であることを言いたかっただけです。
2015/5/8
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