ローライブラリー ◆ 2017 年 1 月 20 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 行政法 No.171 文献番号 z18817009-00-021711447 市長と職員の一対一メールについて組織共用性が認められた事例 【文 献 種 別】 判決/大阪地方裁判所 【裁判年月日】 平成 28 年 9 月 9 日 【事 件 番 号】 平成 26 年(行ウ)第 286 号 【事 件 名】 非公開決定処分取消等請求事件 【裁 判 結 果】 一部認容 【参 照 法 令】 大阪市情報公開条例 2 条 【掲 載 誌】 公刊物未登載 LEX/DB 文献番号 25544119 …………………………………… …………………………………… 事実の概要 ゆる同報メール、CC〔カーボンコピー〕、BCC〔ブ ラインドカーボンコピー〕を利用して送信され 大阪市(Y市)情報公開条例 2 条 2 項は、同条 例における 「公文書」とは、 「実施機関の職員(……) が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電 磁的記録(……)であって、当該実施機関の職員 が組織的に用いるものとして、当該実施機関が保 有しているものをいう」と規定している。 Xは、同条例に基づき、Y市長に対し、平成 24 年 11 月 17 日から同年 12 月 17 日の期間にお いて市長とY市の職員(特別職を含む)が庁内メー ルを利用して一対一で送受信した電子メール(一 対一メール)のうち、Y市において公文書として 取り扱っていないもの(本件文書)の公開を請求 した。これに対して、市長は、本件文書は 2 人 の間の送受信にとどまるものであり、組織共用の 実態を備えていないから、公開請求の対象となる 公文書に該当せず、したがって本件文書を保有し ていないとして、非公開決定を下した。 ところで、Y市においては、市長が職員との 間で送受信した電子メール(以下、単に「メール」 という)について、次の(ア)~(ウ)に限って 公開請求の対象となる公文書に該当すると解し、 これらを専用フォルダに登録する取扱いをしてい た。 (ア)一対一メールのうち公用 PC の共有フォ ルダに保有しているもの又はプリントアウト したものを他の職員が保有しているもの (イ)一対一メールの内容を転送先の公用 PC で保有しているもの (ウ)一対多数の形で送受信されたもの(いわ vol.7(2010.10) vol.20(2017.4) たメール) 上記の非公開決定を受けたXは、市長に異議申 立てをしたが、同市情報公開審査会への諮問を経 て、市長は異議申立てを棄却した1)。そこで、X は、Y市を被告として、上記非公開決定の取消し 及び本件文書の公開の義務付けを求める訴えを提 起した。 判決の要旨 「本件文書は、Y市長が職員との間で庁内メー ルを利用して送受信した一対一メールから、公用 PC の共有フォルダに保有しているもの、プリン トアウトしたものを他の職員が保有しているもの 及び他の公用 PC(すなわち他の個人用アドレス) に転送されたものを除いたもの、つまり、上記一 対一メールのうち、プリントアウトしたものを含 め送受信者以外の職員に保有されていないものと いうことになる。 このような本件文書の保存状況からは、本件文 書が専ら個人の便宜のために作成、利用されてい ることがうかがわれる上、一対一メールは、その 性質上、会議日程等の通知や調整といった、業務 との関わりに乏しい事務的、単発的な事項の伝達 に利用されることが少なくないものと思われる。 以上のような作成、利用及び保存の状況にある電 子メールは、業務上必要なものとして、利用又は 保存されている状態には至っていないというべき であるから、本件文書には『組織的に用いるもの』 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 行政法 No.171 に該当しない一対一メールが相当数含まれるもの と考えられる。 しかしながら、①本件文書の送受信者の一方は、 被告の業務を統括するY市長であるところ、Y市 長は、その職責に鑑み、確定した職務命令を発し たり、逆に職務命令に基づく報告を受けたりする など、職員との間で、被告の業務と密接に関連し 継続利用が予定される情報を頻回にやり取りする ことが見込まれること、また、②被告の業務の中 には緊急性及び迅速性が要請されるものがあり、 そのような場合には、書面の受渡しに代えて電子 メールの送受信により情報伝達を行うことも多い と考えられること、一方で、③上記①の情報は、 その性質に照らし、口頭のみでやり取りされるこ とが考え難いこと等の事情を併せ考えれば、本件 文書が送受信された平成 24 年 11 月 17 日から同 年 12 月 17 日までの 1 か月間に、Y市長が一対 一メールを利用して職員に確定した職務命令を発 したこと、及び職員から職務命令に基づく報告を 受けたことがあったものと推認される。そして、 このような業務と密接に関連し継続利用が見込ま れる情報の伝達に一対一メールが利用された場合 には、送受信者は、当該電子メールを個人用メー ルボックスに長期間にわたって保有し、必要に応 じてコピーファイルを貸与された公用 PC 内の記 録媒体に記録したり、プリントアウトしたものを 保有したりするなどして、他の職員への配付や、 後任者への引継ぎに備えて当該電子メールを保存 することも十二分に想定される。 そうすると、被告が的確な反証を行わない本件 においては、本件文書の中には、確定した職務命 令及び職務命令に基づく報告に利用されたものが あると認めるのが相当であり、これらの電子メー ルは、その作成、利用及び保存の状況に照らし、 業務上必要なものとして、利用又は保存されてい る状態にあるというべきであるから、 『組織的に 用いるもの』に該当すると解すべきである」。 「以上によれば、本件文書には、 『公文書』 (情 報公開条例 2 条 2 項)に該当するものが含まれ るというべきである」。 このように述べて、本判決は、本件文書の非公 開決定の取消請求を認容した。なお、本件文書の 公開の義務付け請求については、非公開情報が含 まれている可能性を理由に棄却した。 2 判例の解説 一 メールの組織共用性 本件では、市長と職員の間の一対一メールで あって送受信者以外の職員によって保有されてい ないものが、「実施機関の職員が組織的に用いる もの」に該当するか(言い換えれば、組織共用性を 持つか)が争点となっている(これらのメールが「職 務上作成・取得」されたことについては争いがない)。 本条例 2 条 2 項にいう「公文書」の定義は、 行政機関情報公開法 2 条 2 項にいう「行政文書」 の定義とほぼ同様であるので、後者に関する判例 学説が参考になるが、「組織的に用いるもの」の 意義については、(1) 作成又は取得に関与した職 員個人の利用にとどまるものはこれに該当しない こと、(2) 当該行政機関の組織において、業務上 必要なものとして、利用又は保存されている状態 のものを意味すること、(3) ①文書の作成又は取 得の状況、②文書の利用の状況、③保存又は廃棄 の状況などを総合的に考慮して判断すべきことが 説かれている2)。本判決も同様の考え方を示して いる。 上記の (1) から明らかに組織共用性を否定され るのは、備忘メモとして自分宛に送るメールであ ろう。この場合、送信者と受信者は同一職員であ り、当該職員個人の利用にとどまっている。しか し、メールは通常は、他者に送信されるものであ る。それでは、市長と職員の間で送受信されたメー ルは常に組織共用性を認められるのだろうか。 二 送受信者以外の職員による利用を要するか 組織的に用いられる文書を組織共用文書と呼ぶ が、この表現からも明らかなように、「組織的に 用いる」とは、少なくとも 2 名の職員による利 用を前提としている。なお、同時に 2 名以上の 職員が利用することは必ずしも必要ではなく、後 任者による利用のために保存される場合も、「共 用」に当たると解される。また、当然ながら、こ こでの利用は職務上の利用を指す(私的な「共用」 は除外される) 。 ところで、Y市は、市長と職員の一対一メール であっても、①公用 PC の共有フォルダに保有し ているもの、②プリントアウトしたものを送受信 者以外の職員が保有しているもの、③他の公用 PC(つまり他の個人用アドレス) に転送されたも 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 行政法 No.171 のについては公文書性を、したがって組織共用性 を認めている3)。すなわち、メールの受け手(受 三 「共用」と「組織共用」 メールの送受信の時点で、2 名の職員による「共 用」を認めることができるとしても、それが直ち に「組織共用」に該当するかは、一つの論点である。 この点については、3 つの立場があり得よう。 第 1 に、組織共用性が認められるためには、市 という行政組織を構成する局、部、課といった「単 位組織」による共用を要するとする立場が考えら れる。ここでの単位組織は、特定の案件を処理す るために設置される組織(プロジェクトチームや 4) ワーキンググループなど)を含むものとする 。こ の立場によると、本件文書は、市長と相手方職員 との 2 名によって何らかの単位組織が構成され ているのでない限り、組織共用性を否定されるこ とになろう。 もっとも、Y市自身がこの立場を採用していな い。例えば、市長からA課の職員Bに送信された メールを、Bが同課の別の職員Cに転送した時点 で組織共用性を認めているのであって、A課の全 職員が共用する(自由にアクセスできる)ことは必 要とされていないのである。 第 2 に、「管理監督者」の関与がある限りにお いて、2 名の職員による利用をもって組織共用性 を認める立場が考えられる5)。ここでの「管理監 督者」には、市長は当然のこととして、単位組織 の長(局長等)も含まれると考えられる。本件文 書には必ず市長の関与が認められるので、この立 場によれば、組織共用性は肯定されるであろう。 第 3 に、2 名の職員の利用があるだけで組織共 用性が認められるという立場が考えられる。この 場合、管理監督者の関与は不要であるから、A課 の職員 2 名が課長の承認なく自らの判断で文書を 共用していれば、当該文書は組織共用性を認めら れることになる。この立場によっても、当然、本 件文書の組織共用性は肯定される。 さて、本判決の立場は、上記のいずれに該当す るであろうか。第 1 の立場でないことは明らか であるが、本判決が市長等の管理監督者の関与を 基準としているかは、判然としない。「本件文書 の送受信者の一方は、被告の業務を統括するY市 長であるところ、Y市長は、その職責に鑑み、確 定した職務命令を発したり、逆に職務命令に基づ く報告を受けたりするなど、職員との間で、被告 の業務と密接に関連し継続利用が予定される情報 を頻回にやり取りすることが見込まれる」という 信者に加え、受信者によりメールが転送された転送 先の職員、送信者または受信者によってプリントア ウトされたメールを受け取った職員等を含む。なお、 送信者がプリントアウトした場合も、それを渡され た職員は「送り手」ではなく「受け手」である) が 2 名以上の職員であれば、組織共用性を認めてい る。ここでは、直接の受信者以外の「受け手」の 存在を組織共用性の判断基準としているものと解 される。 おそらく、Y市の取扱いにおいては、メールの 利用者を専ら 「受け手」に限定し、送信者による「利 用」を念頭に置いていなかったのではないだろう か。それ故、 メールの送受信の時点では、未だ「共 用」が成立していないと考えられていたのではな いか。 しかし、職員間でメールの送受信があった時点 で、当該メールは送受信者という 2 名の職員に より「共用」されていると考えるのが妥当であろ う。 なぜなら、送信者にとっては(メールの作成の 時点で利用といえるかは判断が分かれるかもしれな いが、少なくとも)メールの送信の時点で当該メー ルを利用していると思われる(送信メールを後で 読み返すことも「利用」であるが、情報を他者に伝 達する時点で既に「利用」が成立している) し、受 信者にとっては、転送やプリントアウトをするま でもなく、当該メールを読むことでそれを利用し ていることになるからである。メールが受信者に 届いてから実際に当該メールが開かれるまでの間 は、 「受信者による利用のために保存されている 状態」と理解できる。 この点について、本判決がどのような立場であ るかは、必ずしも明らかではない。「他の職員へ の配付や、後任者への引継ぎに備えて当該電子 メールを保存することも十二分に想定される」よ うなメールに限定して組織共用性を認めている点 に注目すると、Y市と同様に、複数の「受け手」 による「共用」を基準にしているようにも解され る。とはいえ、実際に送受信者以外の職員が保有 する段階に至らなくても組織共用性を認めている 点で、Y市の取扱いとは異なる。 vol.7(2010.10) vol.20(2017.4) 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 行政法 No.171 判示が、 「市長の関与」を重視していると解する ならば、第 2 の立場を採用するものと理解でき るかもしれない。これに対し、この判示が「業務 と密接に関連し継続利用が見込まれる」文書であ ることを重視していると解するならば、必ずしも 市長等の管理監督者が送受信者の一方である必要 はないと考えられる。 今後、市長や単位組織の長の関与がない職員間 の一対一メールの開示が請求されたとき、組織共 用性について裁判所がどのように判断するか、注 目される6)。 利用された文書であるが開示請求後利用されるこ とが予定されていないものについても、それが保 存されている限り、説明責任の観点から、開示対 象文書に該当すると考えるべきであろう7)。 そもそもメールには、送信者・受信者ともに、 繰り返し読み返すことができるという特長があ る。したがって、口頭や電話ではなくメールとい う情報伝達手段を選択した時点で、その内容を問 わず、送受信者による継続利用が見込まれている といえるのではないか。 ●――注 1)なお、Y市情報公開審査会は、非公開決定を妥当とす 四 本判決への疑問 本判決に対しては、以下のような疑問がある。 まず、本判決は、本件文書が「専ら個人の便宜 のために作成・利用」されていると述べるが、こ の判示の意味が分からない。繰り返しになるが、 作成者(送信者)については、メモ代わりに自分 宛にメールを送るのならばともかく、他の職員に 送った時点で、もはや個人の便宜を超えている。 受信者については、確かに、それを専ら自分のた めに利用することもあり得るだろうが、そのメー ルは既に送信者によって利用されているものであ る。 次に、本判決は、市長と職員の一対一メールに ついては「会議日程等の通知や調整といった、業 務との関わりに乏しい事務的、単発的な事項の伝 達に利用されることが少なくない」のであってそ のようなメールは「業務上必要なものとして、利 用又は保存されている状態には至っていない」と 述べる一方で、 「確定した職務命令」や「職務命 令に基づく報告」といった「業務と密接に関連し 継続利用が見込まれる」メールに限り、組織共用 性を認めている。 しかし、日程調整メールが「業務との関わりに 乏しい」とか「業務上必要なものとして利用され ていない」 といえるのか、極めて疑問である。また、 「継続利用が見込まれない」メールといえるかも 疑問である。確かに、会議の日程調整メールであ れば、当該会議が終了すれば通常は用済みになる といえそうであるが、とはいえ、少なくとも会議 開催前は繰り返し読み返されている可能性があ る。なお、 会議開催後であっても、当該メールが「業 務上必要なものとして利用された」ことに変わり はない。このように、開示請求前に既に組織的に 4 る答申を行った(大阪市情報公開審査会答申第 378 号(平 成 26 年 8 月 29 日))。大阪市 HP を参照。 2)総務省行政管理局(編) 『詳解情報公開法』 (財務省印刷局、 2001 年)23~24 頁。裁判例として、東京高判平 19・2・ 14 裁判所ウェブサイト、東京地判平 19・3・15 裁判所ウェ ブサイト。 3)Y市のこのような取扱いは、むしろ先進事例として評 価されてきたと思われる。参照、井上禎男「電子メール の公文書該当性」福法 58 巻 3 号(2013 年)563~564 頁。 なお、同論文は直接的には佐賀県情報公開・個人情報保 護審査会のある答申に関するものである。 4)単位組織への着目については、小早川光郎(編著)『情 報公開法――その理念と構造』(ぎょうせい、1999 年) 67 頁[多賀谷一照執筆]から示唆を得た。なお、そこ では「組織単位」という表現が用いられている。 5)総務省行政管理局・前掲注2)24 頁は、「文書の作成 又は取得の状況」を考慮するに当たっての具体的基準の 一つとして、「直接的又は間接的に当該行政機関の長等 の管理監督者の指示等の関与があったものであるかどう か」を挙げる。 6)なお、メールではないが、上司の関与なく職員間で職 務上共用されている文書の行政文書性につき、芝池義一 2016 年)244 頁の「設問」 『行政法読本〔第 4 版〕』 (有斐閣、 を参照。もっとも、ここでは、組織共用性ではなく、 「行 政機関が」保有している文書であるかが問われている。 7)本判決によると、Y市においては職員の「個人用メー ルボックスには容量制限があるが、保存された電子メー ルが自動で削除される仕組みは採られておらず、不要と なった電子メールは職員が適宜削除する必要がある」と されている。それにもかかわらず削除されていないとい うことは、未だ業務上必要なものとして保存されている と解してよいのではないか。 島根県立大学准教授 岩本浩史 4 新・判例解説 Watch
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