傷害致死の事案につき懲役10年の求刑を超えて懲役15年に処した第一

 ローライブラリー
◆ 2015 年 1 月 16 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 刑法 No.85
文献番号 z18817009-00-070851167
傷害致死の事案につき懲役 10 年の求刑を超えて懲役 15 年に処した第一審判決及び
これを是認した原判決が量刑不当として破棄された事例
【文 献 種 別】 判決/最高裁判所第一小法廷
【裁判年月日】 平成 26 年 7 月 24 日
【事 件 番 号】 平成 25 年(あ)第 689 号
【事 件 名】 傷害致死被告事件
【裁 判 結 果】 破棄自判
【参 照 法 令】 刑法 205 条
【掲 載 誌】 裁時 1608 号 15 頁
LEX/DB 文献番号 25446523
……………………………………
……………………………………
うな被告人両名の態度の問題性を十分に評価した
ものとは考えられず、(b) 同種事犯の量刑傾向と
いっても、裁判所の量刑検索システムは、登録数
が限られている上、量刑を決めるに当たって考慮
した要素を全て把握することも困難であるから、
各判断の妥当性を検証できないばかりでなく、本
件事案との比較を正確に行うことも難しく、そう
であるなら、児童虐待を防止するための近時の法
改正からもうかがえる児童の生命等尊重の要求の
高まりを含む社会情勢に鑑み、本件のような行為
責任が重大な児童虐待事犯に対しては、今まで以
上に厳しい罰を科すことがそうした法改正や社会
情勢に適合すると考えられるとして、被告人両名
に対しては傷害致死罪に定められた法定刑の上限
に近い主文の刑が相当であるとした。
第二審判決(大阪高判平 25・4・11 公刊物未登載、
LEX/DB 文献番号 25504301) も、第一審判決の犯
情及び一般情状に関する評価が誤っているとまで
はいえず、各懲役 15 年の量刑も、懲役 3 年以上
20 年以下という傷害致死罪の法定刑の広い幅の
中に本件を位置付けるに当たって、なお選択の余
地のある範囲内に収まっているというべきもので
あって、重過ぎて不当であるとはいえないとして
被告人両名の控訴を棄却した。被告人両名上告。
事実の概要
被告人X及びYは、かねて三女A(犯行当時 1
歳 8 か月)にそれぞれ継続的に暴行を加え、かつ、
これを相互に認識しつつも制止することなく容認
することなどにより共謀を遂げた上、平成 22 年
1 月 27 日午前 0 時頃、大阪府内の当時の被告人
両名の自宅において、Xが、Aに対し、その顔面
を含む頭部分を平手で 1 回強打して頭部分を床
に打ち付けさせるなどの暴行を加え、その結果、
急性硬膜下血腫などの傷害を負わせ、同年 3 月 7
日午後 8 時 59 分頃、同府内の病院において、A
を急性硬膜下血腫に基づく脳腫脹により死亡させ
た。X及びYは、傷害致死罪で起訴された。
第一審判決(大阪地判平 24・3・21 公刊物未登
載、LEX/DB 文 献 番 号 25481018) は、 検 察 官 の X
及びYに対する各懲役 10 年の求刑に対して、各
懲役 15 年の刑を言い渡した。量刑事情について
は、(a) 犯情に関し、(1) 親による児童虐待の傷害
致死の行為責任は重大で、(2) 態様は甚だ危険で
悪質であり、(3) 結果は重大で、(4) 経緯には身勝
手な動機による不保護を伴う常習的な児童虐待が
存在し、(5) 被告人両名の責任に差異なしと評価
され、(b) 一般情状に関し、(1) 堕落的な生活態度、
(2) 罪に向き合わない態度、(3) 犯行以前の暴行に
関し責任の一端を被害者の姉である次女(当時 3
歳)になすり付ける態度を指摘した。その上で、
(a)
検察官の求刑は、(1) 犯行の背後事情として長期
間にわたる不保護が存在することなどの本件児童
虐待の悪質性、(2) 責任を次女になすり付けるよ
vol.7(2010.10)
vol.17(2015.10)
判決の要旨
最高裁は、原判決及び第一審判決を破棄し、X
を懲役 10 年に、Yを懲役 8 年に処した。「第一
審判決の犯情及び一般情状に関する評価につい
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新・判例解説 Watch ◆ 刑法 No.85
て、これらが誤っているとまではいえないとした
原判断は正当である。しかしながら、これを前提
としても、被告人両名を各懲役 15 年とした第一
審判決の量刑及びこれを維持した原判断は、是認
できない」
。
「裁判においては、行為責任の原則を
基礎としつつ、当該犯罪行為にふさわしいと考え
られる刑が言い渡されることとなるが、裁判例が
集積されることによって、犯罪類型ごとに一定の
量刑傾向が示されることとな」り、
「それ自体は
直ちに法規範性を帯びるものではないが、量刑を
決定するに当たって、その目安とされるという意
義をもっている。量刑が裁判の判断として是認さ
れるためには、量刑要素が客観的に適切に評価さ
れ、結果が公平性を損なわないものであることが
求められるが、これまでの量刑傾向を視野に入れ
て判断がされることは、当該量刑判断のプロセス
が適切なものであったことを担保する重要な要素
になると考えられるからである」。「裁判員制度
は、刑事裁判に国民の視点を入れるために導入さ
れた。……しかし、裁判員裁判といえども、他の
裁判の結果との公平性が保持された適正なもので
なければならないことはいうまでもなく、評議に
当たっては、これまでのおおまかな量刑の傾向を
裁判体の共通認識とした上で、これを出発点とし
て当該事案にふさわしい評議を深めていくことが
求められているというべきである」。「第一審判決
は、これまでの傾向に必ずしも同調せず、そこか
ら踏み出した重い量刑が相当であると考えている
ことは明らかである。もとより……これまでの傾
向を変容させる意図を持って量刑を行うことも、
裁判員裁判の役割として直ちに否定されるもので
はない。しかし、そうした量刑判断が公平性の観
点からも是認できるものであるためには、従来の
量刑の傾向を前提とすべきではない事情の存在に
ついて、裁判体の判断が具体的、説得的に判示さ
れるべきである」
。本件では「指摘された社会情
勢等の事情を本件の量刑に強く反映させ、これま
での量刑の傾向から踏み出し、公益の代表者であ
る検察官の懲役 10 年という求刑を大幅に超える
懲役 15 年という量刑をすることについて、具体
的、説得的な根拠が示されているとはいい難い。
その結果、本件第一審は、甚だしく不当な量刑判
断に至っ」ており、また「法定刑の中において選
択の余地のある範囲内に収まっているというのみ
で合理的な理由なく第一審判決の量刑を是認した
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原判決は、甚だしく不当であって、これを破棄し
なければ著しく正義に反すると認められる」。(な
お、白木勇裁判官の補足意見がある。)
判例の解説
一 本判決は、最高裁判所が、裁判員裁判によ
る量刑を破棄した最初の事例である1)。裁判員制
度の導入以降、量刑不当を理由とする検察官控訴
が激減し、量刑不当を理由とする被告人控訴を控
訴審が是認して原判決を破棄する例も大幅に減少
した2)。こうした傾向は、第一審である裁判員裁
判の量刑を基本的には尊重しようとする実務の姿
勢の表れということができよう。本件の第二審判
決も、第一審判決の犯情及び一般情状に関する評
価が誤っているとまではいえないとした点におい
て同様の立場にあるものと解される。これに対し
て本判決は、第二審判決の犯情及び一般情状の評
価自体を正当であるとしながらも、被告人両名を
求刑各 10 年に対して各懲役 15 年に処した第一
審判決及びこれを維持した第二審判決を量刑不当
として破棄したものであり、裁判員裁判において
求刑を上回る量刑の比率が上昇しているという状
況の中で3)、社会的にも注目を集めた。
二 本判決は、前提として、裁判例の集積によ
る犯罪類型ごとの量刑傾向は「それ自体は直ちに
法規範性を帯びるものではないが、量刑を決定す
るに当たって、その目安とされるという意義を
もって」いるとする。そして公平性の観点からは、
量刑傾向を視野に入れて判断を行うことが「当該
量刑判断のプロセスが適切なものであったことを
担保する重要な要素」であって、評議に際して
も「裁判体の共通認識とした上で、これを出発点
として」検討がなされるべきであるとする。この
判示は、裁判員量刑検索システムの量的・質的限
界を理由として量刑傾向から離脱する判断を示し
た第一審判決、及び量刑傾向はあくまでも参考に
すぎず、法律上も事実上も拘束力はないとした
第二審判決の立場4)とは異なるものであり、「国
民の視点」を量刑にも反映させようとする裁判員
制度の趣旨に反するとの批判が生じうる。もっと
も、本判決も「これまでの傾向を変容させる意図
を持って量刑を行うことも、裁判員裁判の役割と
して直ちに否定されるものではない」ことを認め
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新・判例解説 Watch ◆ 刑法 No.85
ている。ただし「そうした量刑判断が公平性の観
点からも是認できるものであるためには、従来の
量刑の傾向を前提とすべきではない事情の存在に
ついて、裁判体の判断が具体的、説得的に判示さ
れるべきである」とするのである。これは、白木
裁判官の補足意見に示された「同種事犯の量刑の
傾向を考慮に入れて量刑を判断することの重要性
は、裁判員裁判においても何ら異なるものではな
い」ことを最高裁としても確認したものといえ
る5)。
ここでは、
「同種事犯間における公平性」と「個
別事犯における判断の妥当性」との相克という、
量刑理論の根本問題が正面から争点となってい
る。そして本判決は、公平性の視点から原則とし
て従来の量刑傾向を踏まえることの重要性を指摘
しつつも、
「具体的、説得的な根拠」が示される
ことを条件として、量刑傾向を「変容させる」こ
とを是認している。ここに本判決の意義がある。
これは、平成 21 年度司法研究が「これまでの量
刑傾向を絶対視することはできず、合理的な理由
があれば、従来の量刑傾向と異なる量刑判断がな
されることも許容されるというべきである」6)と
していることにも沿ったものといえよう。
三 本判決は「従来の量刑の傾向を前提とすべ
きではない事情の存在について」の「具体的、説
得的な根拠」の提示を要求しているが、その内容
については明らかにしていない7)。本判決からの
帰結は「近時の法改正からもうかがえる児童の生
命等尊重の要求の高まりを含む社会情勢」の重視
だけでは十分な根拠とはならないということのみ
であるが、同時に、第一審判決が求刑及び量刑傾
向を超える判断を行った理由として掲げた (1) 犯
行の背後事情、ならびに (2) 被告人両名の態度の
問題性、といった要因では説得性がないというこ
とも含意されているのであろう。そこから、犯情
そのものではない事情の存在は「具体的、説得的
な根拠」の対象とはならず、犯行態様の悪質性、
行為者の主観的要素、結果の重大性などの犯情に
関する事実について、特別に非難されるべき事情
の存在を示すことが「具体的、説得的な根拠」と
して本判決では想定されているとの見解8) もあ
る。
本判決の「行為責任の原則を基礎としつつ……
裁判例が集積されることによって、犯罪類型ごと
vol.7(2010.10)
vol.17(2015.10)
に一定の量刑傾向が示される」との判示を前提と
するならば、ここでの「量刑傾向」とは、行為責
任とほぼ同義の、すなわち犯情を中心的要素とし
て類型化された当該犯罪行為に対する非難可能性
の程度を表すものであると解される。前掲司法研
究が指摘する「犯罪行為の社会的類型(ないし刑
事学的類型)を前提とし」た量刑傾向9) という
表現も、このことを示しているように思われる。
その意味では、確かに犯情そのものではない事情
(「一般情状」あるいは予防的考慮)を理由として従
来の量刑傾向を超える刑罰を科すことは、行為責
任主義に反するものであり、いかなる根拠が示さ
れても許容されるべきではない。
これに対して、犯情自体に特別に非難すべき事
情があることを理由として、従来の非難可能性の
程度を上回る評価を行うことには、格別の問題が
ないようにも見える。しかし、その際の評価方法
が「具体的、説得的」であるかどうかは個別に検
討されなければならない。既に、裁判員裁判にお
いて、強姦未遂の既遂化、強制わいせつと強姦の
同視、傷害致死の殺人化といった新たな傾向が看
取され、場合によっては控訴審で是正されるべき
10)
ことが指摘されている 。本件でも、第一審判
決は、暴行の態様が「凶器の使用もなく 1 回手で
叩いただけのものである」とする一方で、重い死
の結果発生の高い危険性が内在すること、仮に打
撲傷に止まらない負傷可能性の認識があったとす
ると、それを死亡の認識可能性と評価すべき場合
も少なくないことから、「本件暴行の態様は、殺
人罪と傷害致死罪との境界線に近いものと評価す
るのが相当である」との結論に至っており、まさ
に「傷害致死の殺人化」ともいうべき評価が行わ
れている。確かに、第二審判決も述べるように、
傷害致死罪が想定している暴行の行為態様には、
殺人罪の実行行為に近いものも存在しうるが、そ
こから両罪の故意を同一視することはできない
し、直ちにそれを本件の行為責任に反映させるこ
とも適切ではない。ところが第一審判決は、Xの
認識が打撲傷の可能性に止まることを認定しなが
らも、それに止まらない場合をあえて「仮定」す
ることによって、暴行の態様の危険性・悪質性を
導き出している。本判決は第一審及び第二審判決
の量刑事情の評価を是認しているが、このような
評価方法は、結果の重大性を重視するあまり、犯
罪の主観的要素の判断を相対化し、それを行為態
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新・判例解説 Watch ◆ 刑法 No.85
様にも影響させ、ひいては各犯罪類型間の区別な
いし相互関係を軽視するものとなっているとの批
11)
判を免れないであろう 。従来の量刑傾向から
踏み出す場合の「具体的、説得的な根拠」は、特
別な量刑事情の存在自体のみならず、それらの評
価方法にも伴うことが必要であると思われる。
●――注
1)本判決の評釈・解説として、前田雅英・捜研 763 号(2014
年)30 頁以下、土本武司・同 125 頁以下、小池信太郎・
法時 86 巻 11 号(2014 年)1 頁以下、原田國男・刑ジャ
42 号(2014 年)43 頁以下、松宮孝明・法セ 719 号(2014
年)111 頁、笹倉佳奈・同 112 頁などがある。また、担
当弁護人による解説として、間光洋・刑弁 80 号(2014 年)
69 頁以下参照。
四 本判決の射程範囲は、あくまで量刑傾向を
重い方向で踏み出す場合についてであり、軽い方
向で踏み出す場合については判断していないとの
12)
がある。これに対しては、量刑判断の公
指摘
平性の観点を理由としていることから、軽くする
場合も同様に裁判体の判断が具体的、説得的に判
13)
も主張
示されることを要求しているとの見解
されている。本判決が、量刑傾向に対して「当該
量刑判断のプロセスの適切さ」を担保する重要性
を認める趣旨からすれば、軽くする場合について
も具体的、説得的な説明が必要であると解してい
ることは明らかであると思われるが、上述のよう
にその内容には相違が生じる。すなわち、量刑に
おける行為責任主義を前提にすれば、従来の量刑
傾向を下回る場合には、犯情に関する事実のみな
らず、一般情状ないし予防的考慮に関する事実が
「具体的、説得的な根拠」を要する対象に含まれ
ることになる。
2)最高裁判所事務総局『裁判員裁判実施状況の検証報告書』
(2012 年)113 ~ 114 頁参照(紙幅の関係で、具体的数
値は省略する)。
3)最高裁判所事務総局・前掲注2)91 頁。
4)同様の見解は、高裁判例では既に東京高判平 22・6・
29 東高時報 61 巻 1 = 12 号 140 頁などによって示され
ていた。
5)この点につき、松宮・前掲注1)111 頁参照。
6)井田良ほか『裁判員裁判における量刑評議の在り方に
ついて』司法研究報告書 63 輯 3 号(法曹会、2012 年)
26 頁。
7)小池・前掲注1)3 頁は、本件のように量刑傾向から
出発しつつ、それとはかけ離れた重い刑を科すことが「具
体的、説得的根拠」の提示により正当化される状況があ
りうるのかは疑問であるとして、量刑傾向からの「変容」
は漸進的なものに止めるべきであるということが本判決
のメッセージであるとする。
8)間・前掲注1)73 頁。
9)井田ほか・前掲注6)19 頁。
10)原田・前掲注1)51 頁。さらに、同「裁判員裁判にお
ける量刑傾向」慶應ロー27 号(2013 年)170 頁以下参照。
11)原田・前掲注1)51~52 頁は、
「傷害致死の殺人化」は、
五 被告人両名をいずれも懲役 15 年に処した
第一審判決及びこれを維持した第二審判決に対し
て、本判決はXを懲役 10 年に、Yを懲役 8 年に
14)
それぞれ処している 。その理由は、Xについ
ては「第一審判決の量刑事情の評価に基づき検討
を行っ」た結果であり、Yについては「実行行為
に及んでいないことを踏まえ、犯罪行為にふさわ
しい刑を科すという観点から」量定したというも
のである。第一審判決は、被告人両名が不保護を
伴う常習的な幼児虐待を行っていたことを重視
し、
「本件に至るまでの被告人Yの行動を踏まえ
た本件の共謀状況にかんがみると、被告人Yの刑
事責任は、被告人Xの刑事責任と差異がないと評
価するのが相当である」と判示していたことから
すれば、両名の刑期に差を設けたことについて
は、単に実行行為に及んだか否かという点に止ま
らず、さらに詳細な説明が必要であったように思
15)
われる 。
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法定刑の基本的枠組みを崩す量刑を招くおそれがあると
する。さらに、井田ほか・前掲注6)11 頁参照。
12)間・前掲注1)73~74 頁、笹倉・前掲注1)112 頁。
13)原田・前掲注1)53 頁。
14)最高裁がこれまで刑訴法 411 条 2 号により原判決を破
棄した全 25 件中、(破棄差戻しにしたもの、及び死刑
を無期懲役に減軽したものを除いて)懲役刑を実刑のま
ま減軽したものは本判決のほか 1 件のみであり、他はい
ずれも実刑を執行猶予にしたものである(河上和雄ほか
(編)
『大コンメンタール刑事訴訟法〔第 2 版〕第 9 巻』
(青
林書院、2011 年)616~617 頁[原田國男]参照)。
15)この点につき、前田・前掲注1)41 頁注 8 を参照。笹
倉・前掲注1)112 頁は、第一審に差戻しをせずに自判
したことへの疑問を提起している。
北海道大学教授 城下裕二
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新・判例解説 Watch