「21世紀の資本」と投資: 「r>g」ならば「g→r」へ

2015年3月
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「21世紀の資本」と投資:
「r>g」ならば「g→r」へ
●ピケティ氏の「r>g」の意味:格差拡大のリスク
●ただしrがリスクの報酬であることは無視できない
●「r>g」ならば「g→r」の実現を:格差縮小のために投資信託を買う
チーフ・ストラテジスト
神山 直樹
ピケティ氏の考えたこと「r>g」
日本の主要な書店で平積みとなっている「21世紀の資本」(トマ・ピケティ著)は、投資の観点からたいへん興
味深い本だ。そもそもマルクスの「資本論(Das Kapital)」と同じタイトル(Le capital)で「21世紀の」と小さく書
いてある。タイトルが「資本主義の危機」について語りたいことを強く訴えかける本だ。
この本が述べることをかなり乱暴に要約すると、次の3点となる。1)資本の収益率(r)は賃金等の成長率(g)よ
りも高い傾向にある、2)このことは格差拡大的で社会不安等を通じて資本主義の危機を招く原因となる、3)
資産への課税を強化することで危機を避けるべき、だ。
このようなことを示すために、世界中の多くのデータを集積し、その一方で数学的な意味での理論モデルを作
り実証するのではなく、現代のみならず歴史資料や、時代を語る文学などを持ち出し、格差拡大による資本主
義の危機を語る。資本主義は、そもそも持っている性格である「r>g」ゆえに格差拡大的で、社会保障などで
は不十分なことから、保有資産に課税するなど人間の工夫によって資本主義を守るべきだと主張している。
しかし r はリスクの報酬のはず
ピケティ氏の「r>g」は、投資の本を読んだ人ならピンとくるだろう。「r – g」はPERの逆数だ(マクロとミクロの違
いはあるが勤労者も一企業とみなしておこう)。「r≦g」では株価は計算不能になってしまう(単純なモデルでは
株価=利益 / (r – g) となりPERはマイナスになる)。同氏は「r=g」になることは現実には難しいと述べてはい
るが、これが株価が計算不能になるということだとは思っていないようだ。rを受け取る人とgを受け取る人が固
定的で異なることを前提にすれば、「r>g」は格差を意味するかもしれない。しかし、世界的に株式会社中心
の資本主義が普通である現代において、「株価が計算不能になる状態が理想的だ」と考えるのはどうも不自
然だ。
この不自然さが出てくる理由は、rが蓄積したストックを投じるリスクの報酬であるのに対し、gは将来のある時点
の利益や賃金の水準を決める数字だからだ。さらに、ファイナンスでもrが長期にわたり少々高すぎるのではな
いかとの議論が行なわれてきたし、そこでは「リスクを高く見積もりすぎ」「心配しすぎ」といった心理学的な分析
も行なわれてきた。だが、rが「いま使わない蓄積したお金を誰にも分からない未来の収入に換える」ことにどの
くらい追加的リターンがあれば「割に合う」と思うのかを示す数字であることに信頼はある。「r>g」は、いつの世
も「未来のことは分からない」からこそおおむねいつも観測される。
「r – g」の幅は経済情勢によって変わるかもしれない。しかし、「r=gになるべきだ」と言ってしまうと、「事業リス
クが非常に低くなる」ことになり適切な資源配分に不安が出てくる。未来のことはだれにも分からないのだが、ア
イデアを持つ誰かがアニマル・スピリッツを持って事業を起こす。このことの報酬がリスクに応じて支払われない
社会を想定することは難しい。rに税金をかけることはアニマル・スピリッツの報酬にペナルティをかけることにな
り、株式会社中心の資本主義を維持する前提では良い方法とは思えない。
■当資料は、日興アセットマネジメントが投資環境などについてお伝えすることなどを目的として作成した資料であり、特定ファンドの勧誘資
料ではありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社ファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。■投資信託は、値動きの
ある資産(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)を投資対象としているため、基準価額は変動します。したがって、元金を割り込むこと
があります。投資信託の申込み・保有・換金時には、費用をご負担いただく場合があります。詳しくは、投資信託説明書(交付目論見書)をご
覧ください。
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「r>g」ならば「g→r」の実現を
資本の集中排除、独占禁止、社会保障、累進課税などが十分導入された現代にあっても格差が拡大していく
ことをピケティ氏はデータで十分語っている。資本の所有者が少数かつ集中し、しかも変わらないとなれば、格
差拡大が容認できないほど大きくなる可能性はある。第二次世界大戦による資本の破壊に加え戦後の民主
化で資産階級が資産を没収され、社会保障等が充実した日本ですら、rを受け取る人が集中してしまう理由を
考える必要がある。
ここであらためて、rがリスクの報酬であるとしてみよう。格差が拡大しているとすれば、リスクを取れない人と取
れる人が固定化している恐れがある。例えば、収入の見通しが低いかあるいは収入の変動が大きい人ほど、
資産運用でリスクを取りにくいだろう。仮にリスクを取ることでrを獲得できると知っていたとしても、それに耐える
力が現在の所得や資産額に依存するとすれば、(それが心理的であれ合理的であれ)適切なリスクを取ってr
を勝ち得ることが難しくなる。そうであれば、「r>g」の世界では、所得が低いことでrを受け取るために適切な投
資ができない人へ、リスク資産を多く持ち得る仕組みを用意して、そのリターン(r)を享受してもらえばよい。
格差縮小のために投資信託を買う
「21世紀の資本論」が「r>g」を発見した。ここでrを獲得する人が固定的であれば格差が拡大しやすい。ただ
し、rがリスクの報酬だと考えるならば、我々は「r>g」だからこそ「g→r(gからrへ)」と飛び出すことができる。ピ
ケティ氏が指摘しているように、ハーバード大学などの大学基金は資金規模が大きいほどリターンが高く、その
理由は規模のメリットがあるからだという。資金の規模のメリットとは、より良いファンドマネージャーの採用、世界
中の投資機会への参加、経済情勢への機動的な対応、さらにヘッジファンドなど新しい投資機会への参画な
どを意味する。
もちろん「r>g」となるほどrが高くなかった経験もある。1990年に日本株を買ったままにしていたとすれば、リス
クに応じたリターンを獲得したとは言いにくい(世界の株式を買っていれば悪くはなかっただろう)。景気循環や
為替などが安定する政策が十分打ち出されること、会社が機関投資家と対話して配当や内部留保からの適
切な投資などを行なってリターンを供給することは、多くの人がrを享受するために必要となる。日本の新成長
戦略が企業の「稼ぐ力」の向上を求め株式投資家の参加を促したことは、機関投資家の重要性を高めた。
このように考えると、勤労者層が自らの意思と責任でrを獲得しようとするためには、世界の株式・債券・不動産
等の市場への参加、プロフェッショナルの運用を実現するなどの点から、投資信託を購入することが有効とみ
られる。少額でも規模のメリットを享受できるからだ。株式へ投資する投信であれば、機関投資家として投信運
用者が会社と対話することによるメリットを得られる。さらに、バランス型投信であれば、景気のさまざまな局面
で適切なアロケーションを行なってくれると期待できる。
適切なリターンのためにプロのアドバイスが必要
もっとも、個々人が高いrを得るためには、それぞれのライフサイクルを考慮する必要がある。収入のみならず
住宅や教育の計画、引退後の生活、医療費などの資金ニーズに対して、リスクを取れる度合いや望む程度を
考えることが必要となる。ピケティ氏の「r>g」が世界的・長期的におおむね成立するとしても、多くの個人がそ
れぞれのタイミングでrの恩恵を受けるためには、景気判断などプロの運用の成果に加え、個々人の状況に応
じた商品の説明や変化する経済・市場状況についての継続的なアドバイスが重要となる。
投資信託を保有することでピケティ氏が心配するすべての問題がなくなるわけではない。しかし、「r>g」として
提起された問題を「g→r」と捉えなおすことで投資信託という金融商品を供給することの意義を考えることがで
きた。今後「21世紀の資本」がこの意味であらためて注目されることを期待する。
■当資料は、日興アセットマネジメントが投資環境などについてお伝えすることなどを目的として作成した資料であり、特定ファンドの勧誘資
料ではありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社ファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。■投資信託は、値動きの
ある資産(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)を投資対象としているため、基準価額は変動します。したがって、元金を割り込むこと
があります。投資信託の申込み・保有・換金時には、費用をご負担いただく場合があります。詳しくは、投資信託説明書(交付目論見書)をご
覧ください。
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