KAMIYAMA Reports 特別版

2015年4月
07
「21世紀の資本」時代の投資
第2回(全2回)
チーフ・ストラテジスト
神山 直樹
第2回 格差縮小のために投資信託を買う(g→r)
●民主化された現代の資本主義では、小口にリスク分散した株式の保有ができる。
●機関投資家は会社が適切なリターンを供給するように対話したり、世界に機動的に投資するバランス型の
商品を提供したりする役割を果たす。
●個々の投資家のライフサイクルやタイミングに合わせた商品提供を行なうサービスが必要。
第1回で、rがリスクの報酬と考えられる点を指摘した。これについて、具体的にいくらであるかを想定することは
難しい。程度は別として、r > gの主要な部分をリスクの報酬で説明できるのであれば、格差縮小の方策として、
gのみに依存する家計がよりrを享受できるようにすることが望まれる。
民主化された現代の資本主義で格差拡大を抑えるためには
これまで見てきたように、rの源泉がレントあるいは不労所得であるとの見方は、貴族社会や初期資本主義の
植民地支配の一部にはあり得たかもしれないが、その時代ですら、誰かが最初にリスクある投資を行なったは
ずだ。未来のことは誰にも分からないので、どんな投資もリスクの報酬を要求する。事業からの利益はその分
(安定的で下方リスクの少ない賃金と比べて)高いリターンを供給する。レントは、一部の市場の不完備性の中
に含まれる可能性はあるが、それがリスクの報酬よりも大きいと考える理由に乏しい。ピケティは、一般にレント
という言葉は市場の不完全性を意味するとした上で、レントを「労働ではなく財産の所有権から得る収入」と定
義し、市場の不完全性と関係ないと述べている。しかし、いずれにしても、問題の所在は、相続により生まれて
きた個人の収入格差がr > gの形で現前化することにあるのであって、r > gであること自体ではないはずだ。
そうであれば、資本からの分配が被雇用者にも享受できるようにしたほうがよい。ピケティは「世襲資本主義」
のリスクを問題にしている。格差は固定的であるから税制で強制的に高いrから資金を引出し、格差是正的な
財政支出など(例えば奨学金)で格差をなくすことを主張している。しかし、rがリスクの報酬であるとすれば、1)
税でインセンティブを削ぐことは、成長そのものを弱めることで、格差拡大的になる恐れがある(成長が高いほう
が格差是正的であることはピケティも賛同する)、2)ピケティが思うよりも人は選択的にrを享受する立場に動く
ことができる、ことを強調する必要がある。
もちろん技術の発展の中で労働の付加価値が大きくなるためには、教育水準の向上が有用だ。機械にできる
ことを機械に任せてもなお人間が働く必要がある状態になれば、r – gの格差は小さくなるだろう。技術の発展
を生活水準向上で享受できる方向の一つとして、ピケティによる教育の重要性の指摘は正しい。
■当資料は、日興アセットマネジメントが投資環境などについてお伝えすることなどを目的として作成した資料であり、特定ファンドの勧誘資
料ではありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社ファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。■投資信託は、値動きの
ある資産(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)を投資対象としているため、基準価額は変動します。したがって、元金を割り込むこと
があります。投資信託の申込み・保有・換金時には、費用をご負担いただく場合があります。詳しくは、投資信託説明書(交付目論見書)をご
覧ください。
1/6
だが、いささか大げさに言えば、ロボットが働いて人間が寝て暮らす夢のような生活を実現するには、ロボット
(設備投資)によるリターンを多くの人が享受できる状態が必要だ。ロボット労働は、gのみに依存する人間と異
なり、rへ変えられるとすれば(ピケティもそう考えているようだ)、ロボット労働への資本投下を逡巡させ夢を遠
ざける資本課税よりも、寝て暮らすための資本投下(rの享受)ができる人を増やすほうが得策だ(くれぐれも教
育は重要だが)。第1回で述べたように、そもそもロボット労働が資本分配率をさらに高めると想定することは難
しいが、仮に代替の弾力性が高い未来が来るとすれば、ますますg→rを推進することが望ましい。
さて現状では、資本の集中排除、独占禁止、社会保障、累進課税などが十分にあっても格差が拡大していく
ことをピケティはデータで語っている。資本の所有者が少数かつ集中し、しかも変わらないとなれば、格差拡大
が容認できない程度になる可能性はある。
しかし、資本の集中排除、独占禁止、社会保障、累進課税などを通じて民主化された現代の資本主義にお
いては、rへの参加機会についてかなり平等だと言える。典型的な資本への参加形態である株式は、多くの人
にリスクテークと成長の夢と希望を分け与えるためにできた仕組みと考えることができる。歴史的に金貸しは貨
幣の発明とともにあるといわれるが、それに比べて株式は新しい発明品だ。17世紀の東インド会社の頃に貿易
リスクをとる仕組みとして始まった制度と言われている。また、1720年頃、ジョン・ローがフランス政府のために
使った株式発行(国の借金を株式に置き換えて新世界の夢と希望を振りまいたが、結局、破たんした)は、マ
ネーのあり方を借金と利息から、リスクの報酬の分配に切り替えて小口化していく先駆けだったのかもしれない。
この「株式」という新商品は、g→rの実現の可能性を高めることに貢献する。
小口でリスクを分散しその成果を分配する株式
株式という夢と希望の分配システムは、米国の鉄鋼生産や鉄道の発達につれて大きく発展した。つまり、金融
機関の規模が融資の限界を生み出す一方、産業革命で事業は大規模化し、設備投資の回収に長い年月が
かかることが増えてきた。例えば、製鉄所を作るために5年を費やすとすれば、その5年間は建設費用だけが
出ていき売上はない。通常の融資が3ヵ月後や6ヵ月後からの利払いを求めるとすれば、このような資金負担
には応じられない。一方、株式で資金調達すれば、利益が出れば分配するだけの約束であり償還もないので、
思い切った長期投資が行なえる。融資では、鉄道や鉄鋼がどれだけ儲かろうと決まった額の金利と元本の返
済を受け取るにすぎないという意味で、事業の夢や希望にかかわるわけではないと言える。
株式の小口の買い手は、利益が成長するほど多くのリターンを獲得できる。その代わりに償還の約束も金利も
決めない。目先の金利支払いも償還の約束もないという多大なリスクを特定の数人が背負うことでは、鉄鋼や
鉄道事業はなし得ないだろう。きちんと決めた金額が金利とともに弁済されるのではなく、事業のもうけの分配
を受け取る。このような事業の成果に依存するリターンとリスクを小口化する仕組みが人気となり、いまや株式
会社中心の資本主義が世界を支配しているといえる。さらに、リスクの小口化は、夢と希望の分配の小口化と
多くの人の参加の可能性を意味している。これが現代社会でg→rの可能性を開く。
大きな事業が長期の投資の成果として行なわれるようになれば、小口の資本家と経営の専門家に分業してい
くことは当然の成り行きかもしれない。会社が創業期を乗り越え成長期に入ると、融資だけでは資金が不足す
る局面も増えるだろう。一方で、会社規模の拡大で経営の専門家が必要になるだろう。そこで、経営者がアニ
マル・スピリッツを発揮して事業を行ない、株主は内部留保などで資金を提供し、事業により実現した利益の
分配を受けるようになる。事業の大型化は、小口投資家の参入機会を増やしてきたが、資本家がレントにまみ
れていたようには見えない。鉄鋼や鉄道が発展する資本集約的な時代の世界経済の成長にも関わらず、ピケ
ティの示すように資本の収益率がベル・エポック時代以前と大差なかったとすれば、現代の経済学が想定す
る競争的市場や収穫逓減の法則などがある程度機能していたと言えそうだ。
さらに、戦後の世界的な資本主義の民主化で、経済学の理論的支援(政治的には社会主義への懐柔)も
あって独占の排除が行なわれ、一方で資本保有の集中も(日本においては財閥解体や華族などからの資産
没収の形で)排除されてきた。ところが、ピケティは、それでも相続などで格差は拡大していくことをデータで示
した。第二次世界大戦による破壊に加え、戦後の民主化、社会保障充実後の日本ですら、rを受け取る人が
集中してしまう。
■当資料は、日興アセットマネジメントが投資環境などについてお伝えすることなどを目的として作成した資料であり、特定ファンドの勧誘資
料ではありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社ファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。■投資信託は、値動きの
ある資産(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)を投資対象としているため、基準価額は変動します。したがって、元金を割り込むこと
があります。投資信託の申込み・保有・換金時には、費用をご負担いただく場合があります。詳しくは、投資信託説明書(交付目論見書)をご
覧ください。
2/6
格差縮小のために株式投資信託を買う:r > g ならば g→rへ
「リスクの報酬」の観点から考えられる所有の集中の理由は、市場が完全ではなく、投資家はリスクテークにお
いて適切な行動をとれないことだ。特にリターンとリスクに注目すると、収入の見通しが低いかあるいは収入の
変動が大きいほど、資産運用でリスクを取りにくいと考えられる。
そうであれば、所得が低いことでrを受け取るために適切な投資ができない人ほど、リスク資産を多く持ちそのリ
ターン(r)が分配されれば格差縮小的だ(rがgより高いことは前提として)。rにペナルティを加えて分配を変え
るのではなく、受け取る人を分散するほうが自然に見える。
これがピケティの考える格差をすべて解決するわけではない。リスクの報酬としてのrを享受することを意図す
れば、ある程度簡単に格差を緩和することができるにすぎない。相続税による社会的平等の維持、健康保険
などの社会保障制度、所得税の累進制度も欠かせない。100年前に所得税などなかったのだから資産課税
が未来においてないとはいえないというピケティの意見も考慮に値する。それでも、これまでの議論の帰結は、r
がリスクの報酬である部分が大きいと考えられるので、rを矯正する政策よりもgしか得られない被雇用者がrに
参画する機会を増やすことが(制度的に機会の平等はあるのだから)適切だということだ。少額のリスク資産の
税を引き下げるというNISA導入はこの観点から適切な政策と考える。
ピケティが資産運用の規模のメリットを、格差拡大を示すケースとして例示していることは興味深い。大学の資
金運用において「資本の収益率」は、ハーバード、イェール、プリンストンの基金規模上位3大学は高く、基金規
模が小さいほど低い。ピケティは、基金規模が大きいほど一流のファンドマネージャーに十分な報酬を与えて
雇うことができることをリターン格差の理由として挙げた。また、このような大学基金はヘッジファンド的な運用も
早くから取り入れており、新しい運用手法のリスクテークも規模が大きいゆえにやりやすい。
「21世紀の資本」が言う格差拡大の危機について、rがリスクの報酬だとすれば「gからrへ(g→r)」行動を促す
ことが格差縮小につながると言える。金利は経済成長に近いが、rは資本所有によるリターンに近い。アニマ
ル・スピリッツを持った経営者が、ベストを尽くして事業に投資しリターンを分配するのが株式会社制度だから、
アイデアはないがお金がある投資家は、株式へのエクスポージャーを持つことでrの受け取りに参加できる。
「r > g」の観点だけからとりあえず乱暴に結論すれば「格差縮小のために株式投資信託を買うべき」だ。r がリ
スクの報酬であるとの考えはピケティとは異なるが、ファイナンスの世界では当然に思える。続いて、年金でも
同様の観点から改革の可能性があること、一方でr > gをできるだけ安定して受け取るためには、株主が会社
にリターンを要求する必要があることを述べる。これも機関投資家の社会的役割を強調することになる。
資金の集積とプロの運用:年金も同様
小さい額しか投資できない人でも株式などのリターンを獲得できるようにする制度は、たとえば年金改革で可
能だ。資産課税と異なり、世界中の各政府が同時に行なう必要はない。現在の制度でもある程度実現しては
いるように、年金の掛け金が少ない人ほど年金の受け取りを(拠出額の割に相対的に)多くすることで、年金資
産の株式エクスポージャーの成果を(所得に対する比率としては)多く受け取ることになる。年金制度はそもそ
も人々が年をとった時の生活資金を自ら貯めることが難しいことから、公的に支援(あるいは強制)するために
できた制度だから、人々が(r > gであるにもかかわらず)合理的にリスク資産への投資ができない理由がある
のならば、ある程度強制力のある年金制度の中でrへ参画することを可能とすることができる。
これから追加的にg→rを実現するためには、例えば、掛け金を大きくできない人ほど株式比率を引き上げるよ
うな(つまりマイナンバーのような制度のもとに個々人の所得や年金払込金額に応じて401kのように、個別に
終身年金が管理されるような)方法が実現されれば、所得や年金の掛け金が低いほど株式のアロケーション
を増やすことも概念的にはできそうだ。
通常、年金資金の運用は、大量の資金がプールされることで、プロフェッショナルの手で行なわれ、世界中の
金融商品・手法を投資対象とすることができる。ピケティが大学基金の例で示したように、一般に資金運用に
は規模のメリットがある。さらに、株主ガバナンスが企業の収益力強化を後押しするのであれば、プロの運用者
である機関投資家のパフォーマンスを享受する年金受給者や投資信託保有者は、そうでない場合と比べてr
を享受する可能性が高まる。
■当資料は、日興アセットマネジメントが投資環境などについてお伝えすることなどを目的として作成した資料であり、特定ファンドの勧誘資
料ではありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社ファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。■投資信託は、値動きの
ある資産(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)を投資対象としているため、基準価額は変動します。したがって、元金を割り込むこと
があります。投資信託の申込み・保有・換金時には、費用をご負担いただく場合があります。詳しくは、投資信託説明書(交付目論見書)をご
覧ください。
3/6
「r > g」の確かさ:g→rをさらに支援するために
ところで、これまでr > g であること自体に基本的に疑いをはさまないようにしてきた。しかし、日本株だけを見る
と、リスク資産がそれほど大きなリターンを生んでこなかったように感じる。ピケティも最近の日本に限れば、rが
それほど高くないことを認めている。そもそも r > gは超長期かつグローバルな問題提起だ。
さらに、前回述べた「リスクプレミアム・パズル」(理論的に想定されるリスクに応じたリターンよりも歴史的なリ
ターンが高い問題)は、日本では起きていないと、しばしば報告されている。1980年代まではまだしも、その後
の日本株はリスクに見合ったリターンを与えてこなかった。
このことは、リスクに見合うリターンを投資家が要求し企業が十分リターンを供給しているかという問いと、投資
のタイミング(個々人のライフサイクルと景気などのサイクル)が合わないという問題を提起する。rがgよりも十
分高くあり続けるための仕掛けを強める必要がある。
会社が適切なリターンを社会に提供することが前提
私たちが日本の経済社会に根をおろし円で将来の購買力を維持しようと考える限り、そして日本経済の発展
が日本の株式会社に大きく依存している状態が続く限り、誰にとっても日本株が重要な投資対象となるはずだ。
残念ながら日本株は、リスクテークに十分なリターンを提供してこなかった。これは、世界の主要地域の企業と
比較して、景気の良し悪しにかかわらず、日本企業は十分高いROEを実現しなかったからだ。相対的に低い
ROEは低いマージン(利益/売上)で説明できる。これを財政・金融政策の不適切さなど外部要因だけで説明
することは困難だ。経産省プロジェクトの伊藤レポートでも示されたように、いまの日本企業には「持続的低収
益性」が認められ、2014年の政府の新成長戦略で述べられたように「稼ぐ力」を回復することが求められる。
日本の多くの会社が、世界的にそん色なく十分な利益を獲得し、適切に配当あるいは成長に再投資して株主
へリスクに応じたリターンを提供しようとすることが、r > gでrを享受する前提となる。いま日本の経済社会は
(新成長戦略を通じて)企業の稼ぐ力を増すために株主からの建設的な対話が行なわれることを求めている。
これは、機関投資家を含め株主が経営の詳細に注文を付けるという意味ではない。
株主は、内部留保を預けた当事者(株主総会で配当を決めることで結果として内部留保を決めたことになる)
としてそれが適切に将来の配当増につながるように投資されていることを確認する、株主同士や株主と債権
者などの利益相反が起こらないように経営者に調整してもらう、といった基本動作(会社とのコミュニケーショ
ン)を行なう必要がある。仮に「赤字でなければよい」「成長や効率よりも規模や安定」といった経営が見出され
たとすれば、持続的低収益性の理由になりうるので、変更を依頼する必要がある。
株主は、同じ事業ドメインの競合他社に比べてその会社が長期的に高いマージンの獲得にベストを尽くしてい
るか、内部留保を含め不要な資金調達がないか、などを結果から確認し、必要に応じて会社とコミュニケー
ションを行なう。高いマージンの獲得は突き詰めれば経営者のアニマル・スピリッツと経営の打ち手に依存する
のだが、株主はそのようなスピリッツが動いているのかモニターし、判断に応じてコミュニケーション、売買(価格
付け)、議決権行使を行なう。このメカニズムが日本では弱かった。2014年にスタートした機関投資家のス
チュワードシップ・コードが注目される理由は、(日本においては)企業の稼ぐ力の復活に投資家が適切なモニ
ターとコミュニケーションを行なう可能性を高めたからだ。
ピケティが「レント」と呼んだアニマル・スピリッツからの会社行動の脱落状態は本来株式会社制度の中では株
主のモニターによって避けられている。ちなみにピケティは世界的に農地などに比べて株主による金融資産の
保有の重要性が増していることも報告した。あとは、日本企業の持続的に低い収益性を機関投資家を中心と
した株主の努力で脱却することが、資本の収益を単なるレントから起業精神のリスクテークによって得られる「リ
スクの報酬」に高めていくはずだ。この動きを放置すればr > gの拡大、ひいては格差拡大を意味するが、機会
均等の現代においては、g→rを進めることで被雇用者がrの享受者となることができる。個々人の投資タイミン
グにかかわらず株主投資のリターンが(どんな時期に参加しても)高くなる可能性が上昇する。
■当資料は、日興アセットマネジメントが投資環境などについてお伝えすることなどを目的として作成した資料であり、特定ファンドの勧誘資
料ではありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社ファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。■投資信託は、値動きの
ある資産(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)を投資対象としているため、基準価額は変動します。したがって、元金を割り込むこと
があります。投資信託の申込み・保有・換金時には、費用をご負担いただく場合があります。詳しくは、投資信託説明書(交付目論見書)をご
覧ください。
4/6
機関投資家の社会的役割が高まる
これまで述べたように、個々人が年金や投資信託を通じてrを享受すべき理由は、個々人と比べて機関投資
家が会社とのコミュニケーションの実践的な能力を持つからだ。大量の資金をプールすることで、プロフェッショ
ナルが企業を分析し、適切と思われる企業に多く投資する。仮に日本企業がスチュワードシップ・コードやコー
ポレートガバナンス・コードの導入の効果で、より価格支配力に留意し主要国の企業に負けないマージン獲得
を重視する経営を行なうとすれば、日本においてもr > gが長期的・安定的にみられるようになるだろう。
適切な行動を行なう企業を選別し、売買やコミュニケーションを行なう機関投資家が年金や投資信託を運用
する。機関投資家の資金運用の成果を享受する個人が増える(g→r)ことは、r > gが長期的に見込まれる資
本主義社会で格差縮小的な効果を持つはずだ。
タイミングは無視できない:分散投資とアドバイザリーの重要性
個々人にはそれぞれのライフサイクルがあり、住宅、教育、引退後の生活、医療費などの資金ニーズがある。
ピケティの論点がマクロ経済について長期的かつ世界的に正しくとも、多くの個人がrの恩恵を受けるためには、
政府の財政の安定性への信頼、適切な金融政策による物価や為替の安定が期待できなければならない。逆
に言えば、政策や経済状況の判断が適切に行なわれるほど、投資の成果はより多くの個人が時期を選ばず獲
得できるようになる。
標準的なファイナンス理論は「代表的個人」を想定している。代表的個人は個々人の異なる効用関数の積み
上げの上に想定されているが、ここではそのようなことは問題ではなく、「あなた」や「わたし」が「いま・ここ」で r
を得られるかが問題だ。長期投資は確かに資産価値のボラティリティを引き下げ、リターン向上の可能性を高
める。しかし、リスク資産ならなんでもよい、平均と同じでよいという理由はない。
ここでは分散投資の重要性を強調する。これまでリスク資産の代表として株式をとりあげ、株式投資信託の重
要性を述べてきた。分散投資は、株式のみならず債券などを含む資産のアロケーションを意味する。例えば、
ある個人が家族構成や年齢を考慮したうえで自らの購買力を維持したいと考えるとき、その個人のリスク許容
度を考える一方で、そのタイミングにおいてベストと思われる資産の組み合わせを決め、状況が変われば適宜
調整する意思決定が必要だ。ある程度の資産を持つならば、ファイナンシャル・プランナーを雇うなどが可能
だろうが、ピケティが心配する格差拡大の観点では少々難しいように思われる。
簡単な解決は、プロフェッショナルが運用する投資信託として機動的な資産配分を世界的に行なう商品を提
供すること、販売現場で投資家と対面する人が個々人のリスク許容度や年齢などを考慮してバランス商品に
加えリスクの低い(現預金に近い)商品を組み合わせていくことだろう。つまり(1)プロの判断で景気、金利、通
貨などの見通しに基づいてアロケーションを変更するバランス型投資信託の提供、(2)個々人のリスク許容度
や資産の状況、年齢に応じた収入の見込みなどを総合的に判断して、バランス型投資信託を含むリスク資産
と現金等価資産との組み合わせを考えるサービスを提供すること、の二つの方向から、投資家向けサービス
の充実が必要だ。
景気見通しなどが「当たる」「当たらない」の心配はついて回る(そもそもrはよくわからない未来について市場参
加者がこんなものと納得する程度である)のだが、プロフェッショナルがベストを尽くして考え、状況の変化を
刻々と判断して投資する結果を利用することができれば、rを享受する個人の数を増やせるに違いない。
ピケティが教えてくれたように、r > gが世界的かつ長期的には継続しており、それは(未来のことは分からない
という根源的な理由で)今後も継続すると考えてよい。制度はg→rを過去よりも簡単にしてくれた。米国が典型
的な資本主義でありその制度下で株価が安定して上昇を続ける傾向を見せていることは(格差拡大的だから
こそ)参考となりそうだ。gに甘んじずリスク資産に資金を投入する一方で、適切なサービスと機関投資家の責
任ある行動があれば、リターンが高くなる可能性はある。ピケティの提示した格差問題は、今の日本にとって、
企業の稼ぐ力、投資家と企業の対話、投資信託の適切な商品提供といった問題と相互に密接な関係がある。
■当資料は、日興アセットマネジメントが投資環境などについてお伝えすることなどを目的として作成した資料であり、特定ファンドの勧誘資
料ではありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社ファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。■投資信託は、値動きの
ある資産(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)を投資対象としているため、基準価額は変動します。したがって、元金を割り込むこと
があります。投資信託の申込み・保有・換金時には、費用をご負担いただく場合があります。詳しくは、投資信託説明書(交付目論見書)をご
覧ください。
5/6
まとめ:r > gならばg→rへ
まずピケティが見出したr > g が世界的に長期的に継続していることから議論を始めた。ピケティが主張するよ
うに、一般的には資本の収益を獲得する人が少数かつ固定的であるだろう。今後r への参加がより増えること
で、 r とgのスプレッドを低下させる可能性がある。ピケティの考えとは異なるが、リスクの報酬としてrを位置付
ければ、財産や賃金の水準にかかわらずリスクテークをすることが、格差縮小的となり得る。例えば、株式市
場への参加制約(例えば危機回避的な投資家が多い)が金融知識の向上で低下するならば、投資家の強す
ぎた危機回避が薄まり、rが低下するかもしれない。これは格差縮小の観点では良いことだ。戦後の政策は、
資本集中や独占の排除などを通じて機会の平等を実現している。収入が低いか安定しないためリスク資産を
持てない人ほど「g→r」の恩恵を受ける必要があるはずだ。
ただし、単に資産のリスクを増すだけでは、ライフサイクルにおいて運の良し悪しが個々人の成果を決めやすく
なってしまう。1990年に日本株を買った人は2008年に買い始めた人に比べてリターンが低いだろう。つまりr >
gは長期的に成り立つが、国や時代によって、ある個人が50~60年程度の投資人生において r > gの時期を
生きられるかどうか分からない。
小口投資家が個々人のリスク許容度と年齢などに応じて適切なバランスで資産を持つためには、投資信託の
利用が適切となるはずだ。投資信託において、景気サイクルや経済トレンドを適切かつ機動的に判断する運
用サービスを少額でも受けることができる。また、年金制度でも同様の考え方を導入した改革が可能かもしれ
ない。
この考え方の問題として、個々人の消費が株式市場に代表されるリスク資産のリターン(r)と相関を強める可
能性がある。例えば、金融危機が起きた場合、金融機関から個人に簡単に危機が伝搬してしまいやすい。長
期的に適切にバランスした資産でも、短期的な変動が消費行動に悪影響を及ぼす恐れがある。個々の投資
家が個別のアドバイスを受けられパニックにならないことも重要となる。ピケティの言うように、経済のリテラシー
を強化し民主主義を通じて、適切な政策を行なう政府を選ぶ義務も重要になるだろう。
ピケティが提起したr > gと格差の問題は、資産運用業界に重要な意味を持つと考える。ピケティが、大学基
金における運用資金の規模の違いが格差拡大をもたらした、という例を取り上げたことでもそのことがわかる。
ピケティとは異なるが、r > g の主要部分がリスクの報酬と考えれば、個々人がrを享受するためには、機動的
で最先端の金融サービスを小口でも受けられる投資信託として供給することが、資産運用会社の社会的役
割と言える。
PDFファイルおよびバックナンバーは、日興アセットマネジメントのホームページでご覧いただけます。
http://www.nikkoam.com/products/column/kamiyama-reports
■当資料は、日興アセットマネジメントが投資環境などについてお伝えすることなどを目的として作成した資料であり、特定ファンドの勧誘資
料ではありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社ファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。■投資信託は、値動きの
ある資産(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)を投資対象としているため、基準価額は変動します。したがって、元金を割り込むこと
があります。投資信託の申込み・保有・換金時には、費用をご負担いただく場合があります。詳しくは、投資信託説明書(交付目論見書)をご
覧ください。
6/6