水温が 2 種のオハラエビ類の生活史に与える影響 ○渡部裕美(海洋研究開発機構),矢萩拓也(東京大学大気海洋研究所),長井裕季子(海洋研究開発 機構),徐美恵・小島茂明(東京大学大気海洋研究所),石橋純一郎(九州大学),山本啓之・藤倉克則 (海洋研究開発機構),御手洗哲司(沖縄科学技術大学院大学),豊福高志(海洋研究開発機構) 水温は、海洋生物の分布や生活史特性を特徴づける環境因子のひとつである。深海熱水噴出域は海 洋環境の中でも幅広い水温環境を持つことから、水温が生物の分布や生態に与える影響を解明するの に適した環境である。本研究では、沖縄トラフの深海熱水噴出域に生息する2種のオハラエビ類、熱 水噴出孔近傍に分布するエンセイオハラエビ(Shinkaicaris leurokolos)と熱水縁辺域に分布するオ ハラエビ(Alvinocaris longirostris)を対象とし、水温が2種のオハラエビ類の生活史に与える影 響を検討した。NT11−20航海およびNT13−22航海において沖縄トラフの伊是名海穴および伊 平屋北サイトにおいて採集されたオハラエビ類の受精卵を5—30℃の環境下で200−280日間飼 育した。 受精卵の孵化までにかかる時間は、両種とも既往研究と同様に水温が上がれば上がるほど短くなっ たものの、孵化至適水温(本研究では孵化率が50%よりも高い場合とした)はエンセイオハラエビ (15—20℃)の方がオハラエビ(5−15℃)よりも高かった。したがって、抱卵期間はエンセイ オハラエビ(平均36日間)の方がオハラエビ(平均62日間)短くなるものと予想される。オハラ エビ類の多くには繁殖の季節性は観察されていないため、抱卵期間が短いことは繁殖回数が多いこと につながる。これらの観察結果は、エンセイオハラエビでオハラエビよりも高い遺伝的多様性が観察 されていること(Yahagi et al. submitted)とよく一致している。 孵化幼生は負の浮力を持つため、正常な形態を持ち活発に泳ぐ個体のみが飼育容器の中層あるいは 表層に留まり、幼生分散に貢献することができる。遊泳が困難な形態異常を示す個体は、全ての飼育 環境下で確認できたが、エンセイオハラエビでは20℃で最も出現頻度が低く、オハラエビでは10℃ で最も出現頻度が低かった。つまり、浮遊幼生の生育に適した水温も、孵化至適水温同様エンセイオ ハラエビの方がオハラエビよりも高いと考えられる。NT11−20航海では与論海丘および南奄西海 丘においてオハラエビを観察できなかったが、水深が浅いために海底の水温は7—12℃と比較的高温 であるためにオハラエビ幼生の正常な成長が困難であると予想される。また、今回の飼育実験では、 着底・変態できた個体はなかったものの、至適水温環境下での最長浮遊幼生期間は、エンセイオハラ エビでは30日間、オハラエビでは88日間であった。浮遊幼生の生育至適水温からは、エンセイオ ハラエビは表層流を利用した分散が可能であり、沖縄トラフ以外の海域にも分布することが予想され るが、これまでに沖縄トラフ以外の熱水噴出域からエンセイオハラエビの分布は報告されていない。 本研究では、圧力や給餌の影響を検討するには至らなかったが、水温が 2 種のオハラエビ類の分布 や生活史をコントロールする主要な環境因子であることを示すことができた。このような生活史特性 を明らかにすることは、温暖化に伴い深海生物分布がどのように変化するか予測することにつながる とも考えている。
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