KOOHOO 航海から明らかになった相模湾の姿 ―10 回の潜航

KOOHOO 航海から明らかになった相模湾の姿
―10 回の潜航のまとめと今後の展望―
○藤岡換太郎(神奈川大学)、根本卓・富永早希(新江ノ島水族館)、高橋直樹(千葉県中央博)、岩瀬
成知(京急油壺マリンパーク)、森慎一(平塚市博)
、三森亮介・小味亮介・松村哲(東京都葛西臨海
水族園)、平田大二・大島光春(神奈川県生命の星・地球博)、柴田健一郎(横須賀市博)、川上創・藤
井友紀子・廣瀬重之・満澤巨彦・西川徹(海洋研究開発機構)および KO-OHO-O の会*
はじめに
海洋研究開発機構(JAMSTEC)の広報活動の一環として KO-OHO-O 航海(Key Observation and
Outreaching of the Hidden Ocean and Organisms)が 2008 から 2014 年に 3 回、2014 年 12 月に 1 回、
相模湾とその周辺海域で行われた。相模湾の初島沖、熱川沖、小田原沖、相模海丘、三浦海底谷、東
京海底谷と房総半島南沖の野島海底谷、そして伊豆半島南沖の石廊海底谷において合計 10 地点で潜航
が達成され、地質や生物に関する多くの知見が得られた。以下は各地点での観察の概要である。
初島沖(相模湾西部、#904):伊豆半島の東沖にある初島の南東沖の水深 1,234m の地点から海底谷を
北西進し初島へ向かって観察が行われた。相模湾断裂に沿って新しい化学合成生物群集が見つかった。
谷壁には玄武岩の露頭が露出し、初島火山起源であることが分かった。水深 1,162m-1,189m の 3 か所
でシロウリガイ類を観察。約半数が死殻であった。水深 1,000m 付近ではサツマハオリムシ属の一種と
多数の魚類を観察。ゲンゲ科の一種の体を丸める行動やカナダダラの腹鰭での索餌と思われる行動を
観察した。水深 445m-111m ではホッスガイなど多数の底生性無脊椎動物を観察した。
熱川沖(相模湾南部、#905)
:伊豆半島の熱川沖の熱川沖溶岩流の上流部の水深 980m-1,006m の範囲で
観察した。水深 980m 付近のブロック状に破砕された溶岩、水深 990m 付近の長いローブ状形状を呈す
る枕状溶岩、水深 1,000m 付近の枕状溶岩の破砕部分、水深 1,006m 付近の縄状溶岩、であった。水深
1,006m のシート状溶岩は薄い溶岩の重なりであることや渦巻状の形状も確認できた。ソコクロダラ属、
チゴダラ属、ウナギ目、アカギンザメ、ザラカスベなど多数の魚類を観察。カイロウドウケツモドキ、
イソギンチャク目、ウミカラマツなどの付着生物やテヅルモヅル科、オウサマウニ科、エゾイバラガ
ニ、ハリイバラガニなどの無脊椎動物が多く見られた。海丘西側でオオグチボヤが観察された。
小田原沖(相模湾北部、#906):小田原沖酒匂川の流入する海底の斜面の水深 650-700m の範囲を調査
した。海底はすべて泥で覆われ、礫の転石が見出された。谷筋では砂質シルトが見られた。ビニール
や空き缶などのゴミの上を泥が覆っており、緑葉の木の枝もあり新しいと考えられる。ナマコ類やウ
ルトラブンブク、クモヒトデが多く観察された。ナマコ類とウルトラブンブクでは場所による生息密
度の違いが見られ、着底点ではナマコが多数みられたが次第に減少しウルトラブンブクが増加した。
相模海丘(相模湾東部、#907、YKDT#160,161)
:相模湾東部の相模海丘南麓から海丘頂上を目指し調査
した。930m 以浅の観察は Deep-tow で行われた。斜面崩壊によるガレができていて上流から土石が裾野
へと運ばれていた。海丘基部は軟質の泥岩からなるが、谷筋で新しい崩壊地形(937m-1,060m)とその
堆積物を見出され化学合成生物群集は絶滅としたものと考えられる。5層の角礫層があり、東西走向・
南傾斜で、多量の黒色の玄武岩礫を含む。堆積物が無い露頭ではカイロウドウケツモドキやイソギン
チャク、沈木ではコシオリエビなどが見られた。水深 1,090m でシロウリガイの貝殻合弁が見られたが、
過去に発見されているシロウリガイ群集は見られなかった。魚類ではソコダラ科やアシロ目、ウナギ
目などが見られたが、この海域ではソコダラ科と同所的にみられるチゴダラ科が見られなかった。
三浦海底谷(沖ノ山堆列、#1176):三浦海底谷の潜航で採集された転石はいずれも比較的軟質な泥岩
もしくは砂岩からなり,葉山・保田・嶺岡層群に見られるような硬質の岩石は得られていない。従っ
て,三浦海丘の地質は,房総半島の上総層群や豊房層群相当層と考えられる。魚類はソコダラ科やウ
ナギ目のアナゴ類やゲンゲ科の一種が多かった。エゾイバラガニやウニ綱やナマコ綱は海底谷の底よ
り多く確認した。オオグチボヤやホッスガイなどが観察された。ヘラザメ属の一種も視認した。
東京海底谷(相模湾東部、#1177):水深 885m-1,174m の間が観察され以下の 4 層からなる。A層は未
固結の泥層で平坦な地形の表層を覆う沖積層、B層(1,096m-1,148m)は斜面を覆う礫層で急斜面に分
布し、不整合が見られ、蛇紋岩礫が含まれる、C層(885m-1,129m)は半固結の泥岩優勢砂岩泥岩互層
で、水平で斜交葉理、スランピングを伴う、D層(1,130m-1,174m )はやや固結した泥岩優勢砂岩泥
岩互層であった。タラ目とウナギ目の魚類が優占して観察され、底生生物ではウニ類やナマコ類、六
放海綿類、花虫類が多く生息していることが確認された。水深 1,177m、1,008m、800m の泥底でエサ付
マーカーの設置観察を行った。
野島海底谷(房総半島南端沖、#1426):南北性の野島海底谷で激しい浸食構造を示す谷壁には火山性
物質を含む堆積岩の成層構造が見られた。海底谷の中央では砂や泥が厚く堆積しゴミが集まっている
箇所や茶色い葉片が見られた。巨礫の周りにはえぐれた構造が、海底の表面には ripple mark が観察
され、強い流れのあったことが示唆される。海底谷の壁面には、潮流に乗ってくるマリンスノー等の
有機物を摂食する、花虫類、海綿類が多く見られた。生物の分布からも、このポイントは潮流が良く
流れていることが示唆された。
石廊海底谷(伊豆半島南沖、YKDT#162):伊豆半島南部沖の石廊海底谷とその東に南北に分布する海底
谷で観察が行われた。これは潮と風との闘いで、大変な潜航であった。地形的には海底谷の争奪を示
す。東西に両谷を横断する鞍部を越えて南北性の谷を観察した。基盤である湯ヶ島・白浜層群に相当
する火山岩や泥岩が得られた。谷筋には強い流れを示す ripple mark が見られた。伊豆海嶺を越える
ものや湧昇流などによるものであった。KOOHOO 航海の中で最深、1,699m-1,440m、水温2℃台での生物
観察となった。クモヒトデやエビ類、ソコダラの仲間が観察できたが、他の海域と比較して種数、出
現数ともに乏しかった。底付近はマリンスノーが非常に多かったが、カイメンなどの付着生物はあま
り見られなかった。また 1,000m 以浅の海域で頻出する、カニ類や異尾類は全く確認できなかった。
潜航の結果のまとめと今後の課題
相模湾とその周辺海域での 10 回の潜航で、相模湾の東西南北の代表的な場所、相模湾に北から親潮
が、西から黒潮が流入する場所、湾東部の地形的な高まりや海底谷などの場所の観察によりほぼ相模
湾の全域に関する情報が得られた。地質に関しては各地点の岩石、火山の一部や海底火山活動の産物、
玄武岩の礫層、乱泥流堆積物や現世の地滑り堆積物、礫岩、斜面崩壊などが観察・採集された。生物
に関しても浮遊性生物や付着性生物に関して、生物の空間分布や深度分布などに関する多くの知見と
試料が得られた。また、化学的資料として CTD や DO に関するデータも得られている。今後はこれらの
地質試料、生物試料、化学データなどを使った展示や一般公開、小話などの充実を図るとともに科学
的な面に関しても研究を進め、仮説の検証も行いたい。
*茶位
潔(京急油壺マリンパーク)、堀田桃子(葛西臨海水族園)、田代省三・萱場うい子・馬場千
尋・光山菜奈子・大橋みさき(海洋研究開発機構),海洋研究開発機構広報部広報課一同