EU Trends ギリシャの債務交換案の問題点 発表日:2015年2月4日(水) ~財政ファイナンスに該当する恐れ~ 第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 田中 理 03-5221-4527 ◇ ギリシャの財務相が提案する債務交換案がこのままの形で認められる可能性は低い。GDP成長率に 連動する支払いが利払いのみか元本を含むかは不明だが、利払いのみとすれば債務軽減の効果は高が 知れている。元本を含む場合には財政ファイナンスに該当する恐れがある。支援提供国側はモラルハ ザードを招く恐れがあることも問題視するだろう。 ◇ ECBの保有するギリシャ国債を永久債に交換する提案も、償還を永久に迎えない国債を保有するこ と自体が財政ファイナンスを禁じた条約に抵触する恐れがあり、ECBが受け入れる可能性は低い。 3日付けのレポート(「ギリシャの新政権から欧州諸国への提案 ~元本削減を伴わない債務交換? ~」)で触れた通り、ギリシャのバルファキス財務相は公的債務の元本削減(ヘアカット)を求めるので はなく、EUからの支援融資の債務をGDP連動国債(支払いが名目経済成長率に連動する国債)に、E CBが保有するギリシャ国債を永久債(元本の償還がない代わりに、発行体が存続する限り、永久に利子 を支払う債券)に交換することを提案している。同氏は財務相に就任する以前にスペインのエル・ムンド 紙のインタビューに答え、債務交換案について以下の様に述べている。 欧州諸国への打撃を最小限にするギリシャの債務軽減策を提案する。 欧州諸国はギリシャの債務のために多大な支払いをしており、平均的なドイツの労働者がそれを憤慨 するのも仕方のないことだ。 債務の持続性を確保するために、ギリシャが数ヶ月毎に欧州諸国から新たな資金を必要とする状況は 持続不可能だ。 ギリシャが再び息をして、平均的な欧州市民の支援負担が軽減するための債務軽減を提案する。 このクリエイティブな財政管理手法を用いれば、ドイツのショイブレ財務相がドイツ議会においてギ リシャ向け債権の放棄を要請する必要はなくなる。 融資の返済期間を先延ばしすることは問題解決とならない。 新たな国債は現在のEUからの支援融資と同じスケジュールで返済する。 支払いはギリシャの名目GDP成長率に連動する。 IMFやECBは向こう20年間のギリシャの名目GDPが7%成長すると見込んでいる。 これを踏まえ、名目GDP成長率が7%を超えた場合には約束した金額の全てを返済する。 名目GDP成長率が5~7%の間の場合には約束した金額の3分の1を返済する。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 1 名目GDP成長率が5%以下の場合にはその年は返済をしない。 全ての国債は2038年に満期を迎え、それまでに支払い可能なものは支払い、支払いできないものは支 払わない。 GDP連動国債はイエール大学のシラー教授などが過去に提唱し(例えばKamstra, Mark and Shiller, Robert (2008)“ The Case for Trills: Giving Canadians and their Pension Funds a Stake in the Wealth of the Nation”, C.D. Howe Institute Commentary, The Pension Papers No.271など、名目GD Pの1兆分の1の利息を支払うことから、“トリル国債”と呼んでいる)、細かい制度設計は異なるが、 2005年の債務再編時のアルゼンチンのほか、1990年代に債務危機に陥ったコスタリカやブルガリアなどが 類似の国債を発行したことがある。2012年のギリシャの債務交換時にも、自発的な債務交換への参加を促 すため、交換後の債券の一部に成長率に連動する債券が含まれたが、これもGDP連動国債の一種だろう。 バルファキス財務相の提案がインタビュー当時と変わっているか、成長率に連動するのが利払いか元本 かその両方か、成長率基準を判定するのが毎年か満期までの平均成長率かなど、依然として不透明な点は 多いが、少なくとも今のままの形で債務交換の提案が欧州諸国に受け入れられる可能性は低い。 ちなみに、シラー教授などが提唱するトリル国債は利払いがGDPの規模に連動するが、アルゼンチン の例では利払いがGDP成長率に連動し、GDPの規模と成長率がいずれも事前に定められた基準を超過 した場合に支払いが発生する。今回のバルファキス財務相の提案はアルゼンチンの例に近いように思える。 仮に成長率に連動するのが利払いのみだったとしよう。既に一次支援での二国間融資・二次支援での EFSF融資ともに2020年まで利払いが猶予されており、2021-38年までの利払いが成長率に連動したとしても、 債務軽減の程度は高が知れている。結果的に成長率が基準に到達せずに利払いが支払われなかった場合、 調達金利を下回る金利で融資をしたことになり、事実上の財政ファイナンスに相当する恐れが出てくる。 他方、元本も成長率に連動する場合、成長率が下振れした場合の債務軽減の効果は大きい。だが、元本 削減はEU条約が禁止する財政ファイナンスに相当する可能性が高く、それはGDP連動債という仕組み の下でも変わらない(法抵触を回避する秘策でもない限り)。 そもそも、上記の制度設計では名目成長率がプログラムの想定を下回らない限り、ギリシャの債務負担 は軽減されない。ギリシャ政府はおそらく、成長率が高まることはギリシャの経済厚生にとって望ましい ことなので、債務負担を軽減するために成長率を低く抑えようとする負のインセンティブは働かないと主 張するだろう。だが、支援提供国側はモラルハザードが働く恐れがあることを問題視する可能性がある。 また、バルファキス財務相は前述のエル・ムンド紙のインタビューでは、ECBの保有するギリシャ国債 を永久債に交換する提案については触れていない。ただ、同インタビューの中で、ECBによる過去のギ リシャ国債購入を痛烈に批判している。 ギリシャは6月までに70億ユーロ相当の資金を欧州諸国から受け取る必要がある。 なぜなら、2010年にECBがギリシャ国債を買ったためだ。 当時のトリシェ総裁は史上最悪の中銀総裁だ。 トリシェ総裁は国債購入でギリシャを救うことが出来ると考えたが、それは大きな失敗だった。 ECBが購入したギリシャ国債は6月に償還を迎える(筆者注:実際には7月) ECBが購入していなければ、今頃これらの国債は90%程度も減価していた筈で、ギリシャはその過 ちが為に支払いをしなければならない。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2 こうした発言からはバルファキス財務相が、ECBの保有する国債を償還を迎えない永久債に交換する ことを提案するに至ったのも不思議でない。ただ、ギリシャ政府が消滅するか、自発的に返済しない限り、 永久に償還を迎えない国債をECBが購入することは財政ファイナンスに抵触する恐れが高い。前例がな いので法解釈の範疇に入ってくるが、おそらくECBは受け入れないだろう。ちなみに英国政府は永久債 (コンソル債)を発行しているが、BOEは資産買入プログラムを通じて永久債を購入したことはない。 なお、4日付けのフィナンシャル・タイムズ紙によれば、ECBはバルファキス財務相が提案した政府 短期証券の発行上限を現在の150億ユーロから250億ユーロに引き上げることにも難色を示している模様だ。 この提案は2月末に期限を迎える現在の支援プログラムが終了した後、ギリシャ政府が6月頃の合意を目 指している新たな支援プログラムまでの財政資金を賄うためには欠かせない。このまま支援が打ち切られ れば、ギリシャ政府が国債発行を通じて自力で財政資金を調達することは難しい。また、ECBは適格担 保基準を満たさないギリシャ国債を担保として受け入れる条件としてEUの支援プログラム下にいること を求めている。バルファキス財務相が主張する“つなぎプログラム”が認められなければ、ギリシャの銀 行向けの資金供給が滞る恐れが出てくる。ギリシャ政府がECBの反対姿勢を和らげる提案が出来るかど うかも、今後の支援見直し協議で重要な鍵を握っている。 以上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3
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