解答作成のヒント 課題文を読む まず、課題文の内容をおさえることから始めましょう。課題文では、中学生 を対象とした無料の学習会について述べられています。以下に、課題文から確 認できる特徴をまとめておきます。 〈中学生を対象とした無料の学習会〉 目的 家庭環境に関係なく、すべての子に学習の場を提供する。 利点 ① 無料で学習の相談ができる。 ② 子供の居場所となる。大学生との交流を通じて将来について考えるきっかけ を得る。 このような取り組みは、岩手県のみならず、全国的に広がっています。その 背景には、課題文にあるように、家庭の困窮の問題があると考えられます。 家庭の困窮とは 次に、課題文の背景にある家庭の困窮という問題について確認しておきまし ょう。背景を押さえることによって問題をより深く考察することができます。 そのためには、日頃から社会問題に関心を持って新聞を読んだり、ニュースを 見たりしておかなければなりません。常にアンテナをはっておくことが大切な のです。 さて、家庭の困窮は、大きな社会問題の一つと言えます。通常の生活を送る ことが困難なほど、経済的に困窮している状態を相対的貧困と言います。そう した人々の割合を示す指標に、「相対的貧困率」があります。「相対的貧困率」 とは、国民一人ひとりの所得を順番に並べたとき、中央の値の半分より低い人 が全体に占める割合を算出したものです(この場合の所得とは収入から税金や 社会保険料を差し引いた一人あたりの所得を指します)。厚生労働省によって 発表された「国民生活基礎調査」によると、2012年に日本の「相対的貧困 率」は16.1%、17歳以下の子供の貧困率は16.3%に達しており、これ はほぼ6人に1人にあたります。こうした貧困家庭に育った子供は、経済的な 理由により進学を断念することが多く、より深刻な場合には、3食も満足に食 べられず、必要な医療すら受けることができません。また、親が夜間も仕事を せざるをえなかったり、心労で病気になったりすると、子供の教育に気を配る ことができなくなるため、子供は孤立感を深めていくことになります。それが、 不登校や非行などの問題にもつながっていきます。子供が社会との関係を築く ことができなくなってしまうのです。 1 こうした問題が生じてきたのは、日本ではこれまで子供の教育は原則として 家庭が責任を持つべきであるという考えが強かったからでしょう。日本は教育 費における公的支出が少なく、家庭の負担が重いことが指摘されています。特 に高等教育においては、教育費全体の64.8%を家庭が負担しており、OEC D加盟国31か国の平均30.0%と比べて、負担が重くなっていることが分 かります(「図表で見る教育」OECD,2011)。 しかし、近年では、子供の教育に対して、各家庭だけで責任を負うのではな く、社会全体で取り組んでいくべきだという風潮が高まり、そのためにさまざ まな対策がとられるようになりました。家庭の困窮の対策に、国が積極的に動 き出したのは、貧困が現在の子供だけではなく、次の世代にまで影響するから です。貧困家庭で育った子供は、学校の勉強が分からなくても、学習塾に通う などの対策をとることが難しく、分からないままにしてしまいがちです。学校 教育は、すべての子供を平等に扱うことを原則としているため、個々の生徒の 事情に十分に対処することが難しいのです。すると、周囲の子供たちとどんど ん学力の差が開いていくことになり、学習に対する意欲すら失ってしまうこと になりかねません。また、経済的な事情により低学歴になってしまった場合に は、高所得の職につくことが困難になり、親と同様に子供自身も貧困に陥りが ちです。こうして世代を通じて貧困が連鎖的につながっていくことになるので す。 このような「貧困の連鎖」を断ち切るには、教育が重要な役割を果たすと言 えます。したがって、「貧困の連鎖」の解消のために、国が特に力点をおいて いるのも、教育支援です。例えば、「学校教育法」に基づき、低所得世帯に対 し、給食費や学用品などが支給されてきました。また、2015年から、文部 科学省によって小中学生の家庭学習用教材費の補助や、大学生の無利子奨学金 の拡充が行われることになっています。自治体においても、東京都では「受験 生チャレンジ支援貸付事業」と称して、高校・大学の受験費用に対して無利子 奨学金が行われるなど、さまざまな対策が講じられています。 解答をどのように考えるか さて、このように課題文の内容を把握してきたところで、どのように解答を 考えていけばよいでしょうか。「家庭環境を問わず、すべての子に学習の機会 を提供することを目的とした無料の学習会」については、おそらく誰もが賛同 するでしょう。中学生たちや、その保護者たちの反応を見ると、これらの学習 支援には一定の効果があると考えることができます。このような場合には、課 題文に賛成する方向で解答をまとめていくのがよいでしょう。 ただ、賛成するといっても、「この取り組みはすばらしいので、今後も続け ていくべきだ」とまとめるだけでは、よい評価を得ることはできません。それ では課題文の主張を繰り返すだけで、小論文の解答に必要な独自性が欠けてし 2 まうからです。 今回の解答例では、学習会が家庭の困窮の問題を解消するための対策として すぐれていると言える根拠はどこにあるのか、という視点から論をふくらませ ることで、解答に独自性を出してみようと思います。そこで、以下の2点を考 えてみました。 ⅰ 貧困家庭の子供に対する教育支援として、一般的にどのような対策が考え られるか。 ⅱ ⅰに対して、学習会の利点はどこにあるのか。 この2点を押さえることによって、「家庭の困窮の問題への対策には、学習 会の他にⅰという対策も考えられるが、ⅱという点で学習会に利点がある」と いう説明ができます。このように、根拠を示すことによって学習会が家庭の困 窮の問題に対する支援として効果的であるという自身の論に説得力を与えるこ とができるのです。 それでは、ⅰについて考えていきましょう。家庭の困窮は経済的な理由によ って生じています。ならば、低所得世帯に対して、「教育費の補助」を行うこ とが解決策になると考えることができるのではないでしょうか。補助金を支給 すれば、学習会を開催するために、わざわざ教師役の大学生を集めたり、場所 を確保したりするような手間をかける必要はありません。もちろん、ただお金 を支給するだけでは、国や自治体が意図したものとは無関係なことに使われて しまう心配がありますが、「学習塾の費用」にしか使用できないようにするな ど、使用目的を制限して支給すれば、そうした懸念も回避できそうです。家庭 学習用教材費の補助も「教育費の補助」にあたるでしょう。 しかし、本当に「教育費の補助」だけで、家庭の困窮の問題を解消すること ができるでしょうか。家庭の困窮が学習面のみに影響を与えるのであれば、「教 育費の補助」は絶対的な効果を発揮するでしょう。ただ、家庭の困窮の問題は、 子供の社会的な面においても大きな影響があることは、先ほど確認した通りで す。したがって、社会的に孤立した状態におかれている子供たちに対するケア を考えるならば、「教育費の補助」だけでは不十分だと言えます。 ここで、最初に確認した学習会の利点について振り返ってみましょう。 ① 無料で学習の相談ができる。 ② 子供の居場所となる。大学生との交流を通じて将来について考えるきっかけ を得る。 ①は、学習面についてしか言及していませんので、学習会の利点を説明する 根拠としてあまり有効ではありません。しかし、②「子供の居場所になること」 はどうでしょうか。社会的に孤立している子供に対して、居場所を提供するこ 3 とは、子供の精神的なケアとなることが期待できます。また、他者とコミュニ ケーションを取ることによって、対人スキルを身につけることもできるはずで す。 また、将来について考えるきっかけを持つことができる点も「教育費の補助」 だけでは得ることができない利点です。例えば、大学の進学先や将来の職業に ついて具体的に考えようとするときに、身近な人の経験談を参考にすることが よくあります。しかし、貧困家庭の親は、自分自身が大学に進学していない場 合が多く、子供に自分の経験を語ることができません。その点、大学生であれ ば、大学でどのような勉強をしているのか、将来の職業についてどう考えてい るのかなどの話を聞くことができるため、子供が自分の将来について、具体的 なビジョンを持ちやすくなります。 このように、「教育費の補助」にはない学習会の利点(ⅱ)としては、子供 の居場所となることで、社会的な孤立に陥っている子供の精神的なケアをする ことができること、大学生との交流を通じて、貧困家庭の親では伝えることの できない将来の展望を具体的に示すことが可能であることの2点をあげること ができます。これらは、子供が社会と関わりをもつ機会を提供することにつな がるでしょう。 解答例は、以上の内容についてまとめたものです。 第一段落では、課題文の内容をまとめた上で、学習会に賛同する自分の立場 を明示しました。第二段落では、学習会の背景にある家庭の困窮の問題を指摘 し、現在、国や自治体で行われている「教育費の補助」という対策を説明して います。そして、第三段落では、「教育費の補助」という対策だけでは家庭の 困窮に対して十分な対応をすることができないということ、さらに学習会の利 点がどこにあるのかということについて述べ、第四段落では、家庭の困窮が子 供にもたらす問題についてもう一度確認し、学習会とは貧困から子供を助け出 すとともに、子供が社会と関わるきっかけをつくりだすことができると言う点 からも有意義なものであると結んでいます。 最後に 今回は、課題文に紹介されている取り組みの背景にある社会問題について考 察することで、その取り組みにどのような利点があるのかを掘り下げていきま した。 そろそろ受験シーズンにさしかかってきました。試験本番で、これまで学ん できたことを最大限発揮できるようにお祈りしています。 (田中 友美) 4
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