Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
中国の改善は本物なのか!?
~民間企業で改善進むも、国有企業は焼け太りの懸念、リスクは残されたまま~
発表日:2016年12月8日(木)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 足下の国際金融市場はリスク・オンとリスク・オフが共存する奇妙な状況が続くなか、新興国では資金流出
に伴う通貨安圧力が高まる動きがみられる。中国でも人民元安が進み、外国人投資家を中心とする同国経
済への不信感が資金流出を促している。当局は変動のスムージングを目的に為替介入を行っているとみら
れ、外貨準備が一段と減少する事態を招いている。当局は昨年来の同国発による国際金融市場の動揺を教
訓に神経を尖らせた対応をみせているが、国際金融市場が中国市場に与える圧力には注意が必要である。
 11月の輸出額は前年比でプラスに転じるなど外需の底入れを示唆する動きがみられる。偽輸出の問題もな
く、鉄鋼製品やアルミの輸出も鈍化しているが、手放しで輸出が改善したと判断するには早計である。輸
入も改善しているが、輸出財の生産拡大に繋がる原材料の輸入は弱い一方、鉄鋼石や原油は旺盛な伸びを
みせるなど同国内の生産拡大に繋がる予兆が残る上、商品市況のバブル的な上昇を招くリスクも残る。
 直近の製造業PMIは好不況の分かれ目となる50を上回るなど景気拡大を示唆している。世界経済との連
動性が高い沿海部を中心とする民間企業では在庫調整が進むなど状況が改善する様子がうかがえる。他
方、生産能力や在庫、債務の過剰懸念がある国有企業では在庫調整が進まないなかで増産する様子もみえ
る。先行きについては、引き続き国有企業改革の行方が中国経済の動向を左右する展開が続くであろう。
 先月来の国際金融市場においては、米国大統領選での共和党のトランプ候補の勝利に加え、同日実施された上
下院選挙で共和党が共に過半数を維持した結果、トランプ次期政権の下では大統領と議会の「ねじれ状態」が
解消することとなり、政策運営がしやすくなることが期待されている。結果、トランプ氏が選挙戦を通じて公
約に掲げた大規模減税やインフラ投資などを背景に米国経済が加速感を増すとの見通しから株式市場は活況を
呈する一方、財政悪化懸念から長期金利は上昇しており、資金が安全資産からリスク性資産に移動する「リス
ク・オン」の様相をみせている。その一方、長期金利の上昇を受けてFed(連邦準備制度理事会)が予想外
に早く利上げを実施せざるを得なくなるとの見方を反映して米ドル高圧力が強まるなか、新興国のなかには海
外資金の流出懸念が通貨安に加え、株安や金利上昇を招くなど「リスク・オフ」に直面する事態に繋がってい
る。このように足下の金融市場は一面では「リスク・オン」が、他の面では「リスク・オフ」が共存する奇妙
な展開が続いている。他方、資源国においてはOPEC
図 1 人民元相場(対ドル)の推移
(石油輸出国機構)による減産合意が原油相場の「底値」
を支える展開となるなか、事態悪化が避けられるとの見
方に繋がっており、「リスク・オフ」が過度に広がるこ
とを食い止める一助になっている。ただし、米ドル高の
進展は翻って多くの新興国にとって通貨安圧力となるな
か、中国の通貨人民元の対ドル為替レートを巡っては今
春以降下落基調が強まる展開が続いており、米大統領選
後はその勢いが一段と加速する動きもみられた。足下で
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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は米ドル高圧力の一服に伴い人民元相場も底打ちする動
図 2 外貨準備高の推移
きがみられるものの、外国人投資家を中心に中国経済に
対する不信感が根強いなかでオフショア市場を中心に資
金流出を反映する形で人民元安が進みやすい状況が続い
ている。足下の中国景気はかつてのような力強さに乏し
いなか、金融市場では当局が緩やかな人民元安を容認す
ることで輸出をてこにした景気下支えを図ろうとすると
の見方がある一方、金融市場主導での野放図な人民元安
は資金流出圧力を一段と加速させるなど中国経済にとり
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
新たな火種を生む恐れがある。こうしたことから、当局はオフショア市場において人民元買い(米ドル売り)
オペを通じて人民元相場の動きをスムージングさせる為替介入を実施しているとみられ、結果として外貨準備
が減少する展開が続くなかで先月末時点の外貨準備高は3兆 516 億ドルと3兆割れ寸前の水準となり、先月1
ヶ月だけで 691 億ドルも減少する事態に見舞われている。このように海外資金の流出懸念がくすぶっている背
景には、米国のトランプ次期政権が保護主義的な通商政策を志向するとみられるなか、中国に対して高率の関
税を課す方針や「為替操作国」に認定することなどを通じて中国の通商政策に圧力を掛けることで、結果的に
中国の外需に下押し圧力が掛かることを懸念した動きがある。また、トランプ氏は海外に進出する米国企業に
対して海外で得た収益を米国に還流する際に一度に限り減税を行う(いわゆる「レパトリ減税」)方針を打ち
出しており、この政策も中国に進出する米国企業が大量に資金を還流させるとの思惑にも繋がり、資金流出を
加速させる一因になっている。当局は昨年の基準値算定方法の変更に伴う実質的な人民元相場切り下げを発端
とする国際金融市場の動揺など、同国発で金融市場の動揺を招くことに神経を尖らせており、穏当な政策対応
を続けるとみられるものの、金融市場の動きが同国市場に如何なる形で圧力を与えるかには注意が必要だ。
 こうしたなか、長期に亘って低迷が続いてきた中国の外需にはようやく底入れの兆しが出つつある様子も確認
された。11 月の輸出額は前年同月比+0.1%となり、前月(同▲7.5%)から8ヶ月ぶりに前年を上回る伸び
に転じており、当研究所が試算した季節調整値に基づく前月比も3ヶ月ぶりに拡大に転じるなど一進一退の展
開が続いているものの、世界経済の底打ち期待が外需の底入れを促しつつある。また、今回についてはこれま
でのように香港など保税地域向け輸出を騙る「偽輸出」が輸出額を押し上げるといった動きはみられないなど、
純粋に輸出に底打ち感が出ているものと捉えることが出来る。内訳をみると、海外から素材や部材といった輸
入財の加工組立を中心とする輸出が堅調な動きをみせているほか、同国製品の通常の輸出も大きく押し上げら
れるなど、幅広い財の輸出が拡大している様子がうかが
図 3 石油製品の輸出量の推移
える。国・地域別でも、堅調な景気拡大が続く米国向け
のみならず、EUや日本などの先進国向けが軒並み拡大
基調を強めているほか、ASEANやNIESなどアジ
ア新興国向けも拡大するなど全般的に堅調な動きをみせ
ている。さらに、ここ数年は中国国内における過剰生産
能力の問題に加え、その輸出拡大が世界的なディスイン
フレの一因となるほか、米国との間でも通商摩擦を引き
起こす種となってきた鉄鋼製品やアルミニウムなどの輸
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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出量には急速に調整圧力が掛かっており、当局が過去数ヶ月に亘って生産能力の削減に取り組んできたことが
実を結びつつある模様である。ただし、足下の中国経済を巡っては政府主導によるインフラを中心とする公共
投資の拡充策が景気を下支えする展開が続いており、これに伴って国内における鉄鋼製品やアルミニウムの需
要拡大が輸出量の低下を促している可能性には注意が必要である。また、ガソリンや軽油、ジェット燃料とい
った石油製品の輸出量は依然として高い伸びが続くなど旺盛な推移をみせており、同国内に多数ある独立系の
小規模製油所(いわゆる「ティーポット」)の問題は依然としてくすぶり続けていることには注意が必要であ
る。というのも、11 月の輸入額も前年同月比+6.7%と前月(同▲1.4%)から3ヶ月ぶりに前年を上回る伸
びとなり、前月比も2ヶ月連続で拡大している上にそのペースも加速するなど底入れが進んでいる。しかしな
がら、輸出財の生産に必要な材料や部材などが中心となる経済特区の輸入量は依然低迷しており、先行きの輸
出拡大に繋がるかは不透明である。その代わりに鉄鋼石の輸入量の伸びは再び加速しており、11 月の輸入量
は過去3番目の高水準となるなど依然として旺盛な需要
図 4 鉄鋼石の輸入量の推移
が続いており、足下における鉄鋼製品の輸出鈍化が生産
調整を反映したものでないことを示唆している。さらに、
原油輸入量の伸びも再び加速して過去最高水準で推移し
ており、上述のように石油製品輸出が依然として旺盛な
推移をみせる一方、同国内の石油製品需要が頭打ちの様
相をみせていることを勘案すれば、先行きも石油製品の
輸出が関連製品の世界的な価格抑制要因となるリスクが
ある。石炭の輸入量も高い伸びをみせているが、これは
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
当局による関連企業に対する減産圧力が影響した面が大きく、足下で当局は一転して増産要請を強めているも
のの、企業側は政府による「梯子外し」を警戒して増産に転じていない事態を反映している。また、こうした
国内における需給のタイト化を反映して先物市場では石炭市況が上昇基調を強める事態を招き、バブル的な様
相を呈しているほか、その影響が世界的に広がりをみせつつあるなど新たなリスク要因となりつつある。これ
らと同様に高い伸びが続いている銅の輸入量についても、市況上昇が輸出国にプラスに寄与する一方で投機的
な要素が影響している可能性も指摘されており、先行きの行方が商品市況のみならず、金融市場にも様々な悪
影響を与えるリスクにも注意が必要である。
 今月初めに発表された製造業PMI(購買担当者景況感)を巡っては、政府統計も民間統計(財新PMI)も
ともに好不況の分かれ目となる 50 を上回る推移をみせるなど、足下の製造業を取り巻く環境が改善基調を強
めていることが示されている。特に、財新PMIについ
図 5 製造業 PMI の推移
てはヘッドラインや足下の生産動向、先行きの生産を左
右する受注動向などがわずかに調整する動きはみられた
ものの、完成品在庫の調整が大きく進むなど、在庫の積
み上がりが生産拡大の足かせとなってきた状況は大きく
改善している。財新PMIが調査対象とする企業は、世
界経済との連動性が相対的に高い沿海部に属する企業が
多い上、民間企業が太宗を占めていることを勘案すれば、
こうした企業の多くが真っ当な経営判断の下で企業活動
(出所)国家統計局, Markit より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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を行っている様子がうかがえる。その一方、政府統計版の製造業PMIでは足下の生産に加え、受注動向にも
改善の動きがみられるものの、在庫に関連する指数は一段と悪化するなど在庫調整が進まないなかで増産する
という、異常な経営判断に基づいた行動を行っていると判断出来る。調査対象の太宗を大規模の国有企業が占
めるなど、同国経済が直面する生産設備や在庫、並びに負債など様々な過剰状態の温床となっている企業が多
いことを勘案すれば、足下の状況は必ずしも課題解決に向かっていないものと考えられる。足下の同国景気は
上述したようにインフラを中心とする公共投資の進捗が下支えに繋がっており、過剰状態の負の影響が覆い隠
された状況となっているものの、年明け直後には予算上の問題からこの進捗が滞ることが予想され、結果的に
過剰問題に再び注目が集まる可能性もくすぶる。同国経済が過度に景気減速に陥ることなく必要な構造転換を
着実に前進することが望まれる一方、来年秋の共産党大会を控えて共産党内では「人事の季節」を迎えるなか
でそうした取り組みが後ろ倒しされることも懸念される。そうした動きは短期的にみれば悲観論の後退に繋が
る可能性はあるが、その後に支払うべき社会的コストが増大することを勘案すれば必ずしも望ましいものでは
ない。中国経済が抱える課題の解決に向けた道筋はいよいよ隘路にはまり込む可能性も考えられよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。