Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
中国発の不透明感をどう捉えるか
~実体経済以上に当局の管理能力への疑念が影響した可能性~
発表日:2016年2月18日(木)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 年明け以降の世界経済や金融市場では、中国発の不透明感が動揺や混乱を招いている。足下の実体経済は
製造業を中心に減速感が強まるなか、世界経済にとってはサプライチェーンを通じて中国との連動性を強
めてきたことが影響している。過去の大規模景気対策による生産設備などの過剰も懸念されるなか、中長
期的にはこの解消の取り組みが不可欠である一方、当局は景気減速による社会不安の増大を警戒する姿勢
もみせる。市場の不安は、当局が有効な対策を打ち出せていない苛立ちを現している可能性もある。
 「市場との対話」に失敗した最たる例は人民元相場を巡る動きであろう。制度上の歪さを残すなかで外国人
投資家を中心に人民元売り圧力が加速し、当局は為替介入に動かざるを得ず、外貨準備が急減する事態を
招くなど「国際金融のトリレンマ」に直面している。以前の中国であれば資本規制などに動く可能性がある
一方、これまでの「人民元の国際化」の取り組みを勘案すればそうした手段も採りにくい。異常事態を回避
するためには、タイミングを見計らいながら金融市場の自由度を高める取り組みが不可欠になっている。
 上記の大規模景気対策の背後で拡大した過剰債務問題も、市場の不安を増幅させている。統計に対する不
透明さがあるなかで、公式統計上でも債務の過剰感が懸念されるなか、今後はこの圧縮に向けた取り組み
も不可欠である。ただし、性急な債務圧縮は景気減速によるディスインフレ基調が続くなかで、資産デフ
レを通じた本格デフレを招くリスクもある。足下では都市と農村との格差が一段と拡大し、新たな社会不
安の種となる可能性もあるなど、当局の政策対応能力に対する不信感も不安を増幅させていると言える。
《製造業を中心とする景気減速の影響はあるが、それ以上に当局の能力に対する不信感が不安を増幅させた可能性も》
 年明け以降の世界経済及び国際金融市場を巡っては、中国を巡る不透明感が動揺や混乱を招く一因になってい
る。この背景には、中国当局が発表する経済統計の信ぴょう性に対する疑念による景気実態への不透明感とい
った問題のみならず、当局による「市場との対話」が円滑に行われていないという新たな問題も大きく影響し
ている。足下の中国の実体経済については、統計上昨年の経済成長率は前年比+6.9%と 25 年ぶりの低い伸び
に留まるなど、当局も景気の減速感が強まっていることを
図 1 製造業 PMI(購買担当者景気指数)の推移
認識している様子はうかがえる。その一方、当局はこのと
ころの中国経済の成長のけん引役が従来の製造業を中心と
する第2次産業からサービス業をはじめとする第3次産業
にシフトしているとし、これは習政権が進める構造改革に
伴って同国経済が「新常態(ニューノーマル)」に移行し
ていることの証左であるとの認識を示している。企業の景
況感などをみると、サービス業(非製造業)では好調を維
持している動きが確認される一方、製造業については足下
(出所)国家統計局, Markit より第一生命経済研究所作成
の生産がもたついている上、先行きにも不透明感がくすぶるなど製造業は今後もしばらく景況感の浮揚が期待
しにくい展開をみせている。ここ数年の世界経済は、中国を低廉で豊富な労働力を背景とする「世界の工場」
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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とすることでその成長を享受し、製造業を中心とするサプライチェーン化などを通じて中国との連動性を強め
る動きをみせてきた。よって、足下における中国製造業を巡る不透明感はそのまま世界経済の下押し圧力にな
るとの懸念に繋がり、とりわけ中国に対する依存度を強めてきたアジアをはじめとする新興国のほか、中国の
資源需要の拡大の恩恵を最も享受してきた資源国にも悪影響を与えている。中国の景気減速に連動する形で多
くの新興国や資源国の景気に下押し圧力が掛かっていることは、世界経済にとって「伸びしろ」の縮小を招き、
ひいては世界的な製造業をはじめとするサプライチェーンに打撃を与えることも避けられない。他方、サービ
ス業の好調さは中国経済の底堅さを示唆していると考えられるものの、どの国においても元々サービス業は国
内で完結する傾向が強い上、中国の非製造業は他国に比べて外資に対して閉鎖的であることを勘案すれば、こ
れが即ち世界経済のけん引役になるとは考えにくい。さらに、中国の製造業を巡っては世界金融危機後に当局
が実施した大規模景気対策の影響で生産設備の過剰が懸念されているほか、足下における需要鈍化も重なり在
庫の過剰状態も慢性化する事態に直面しており、これらの調整圧力も景気の足かせとなることは避けられない。
当局は昨年末以降、これらの問題解決に向けて「サプライサイド改革」の必要性を度々謳う姿勢をみせるもの
の、その具体策やロードマップなどは示されないなど不透明な状況が続いている。過剰設備や在庫の解消が本
格化することは、中長期的にみれば中国経済にプラスに作用すると見込まれる一方、短期的な景気の落ち込み
は同国内における新たな社会不安の種となるリスクもあるなか、当面の景気維持に拘泥する近視眼的な対応が
繰り返される可能性はある。足下において国際金融市場が描く中国経済を巡るリスクは、当局が有効な政策を
打ち出すことが出来ないという事態を想定していることも考えられよう。
 「市場との対話」という側面でみた場合、最も国際金融市場の注目を集めているのは人民元相場の行方であろ
う。年明け直後には株式市場においてサーキットブレーカーが「暴発」し、国際金融市場の動揺に繋がる事態
を招いたものの、同国の株式市場は取引の太宗を国内の個人投資家が占める上、その動向が必ずしも実体経済
ともリンクしない特殊な市場であることを勘案すれば、その動揺そのものの意味は大きくない。国際金融市場
が最も警戒したのは、個別の取引さえも当局の管理下にあるとされる同国の金融市場が機能不全に陥ったこと
で、当局の管理能力に対する疑念が高まったことであろうと考えられる。その影響が最も色濃く現われている
のは人民元相場の動向であり、昨年末以降は当局の管理下にある中国国内のディーラーに限定されたオンショ
ア市場と、外国人投資家にも開放されている上に取引の自由度が高いオフショア市場との間で、両者の乖離が
拡大したことに現われている。人民元を巡っては、当局が設定する「基準値」を元に変動幅(上下ともに)を
制限する管理変動相場制を採用しているが、昨年8月に当局は突如基準値の算出方法の変更を発表して実質的
な切り下げに動いたほか、昨年末には主要 13 通貨で構成される「通貨バスケット」に連動させる方針を発表
するなど度重なる制度変更を行ってきた。その一方、今年
図 2 外貨準備高の推移
10 月からは人民元がIMF(国際通貨基金)によるSDR
(特別引出権)の構成通貨となるなど「国際通貨」の仲間
入りを果たすものの、実態としての人民元は依然として自
由な取引が可能な「ハードカレンシー」ではないという矛
盾を抱えている。こうしたなか、基準値の設定を巡る思惑
から外国人投資家を中心にオフショア市場で人民元売り圧
力を加速させる動きが強まり、それに伴う資金流出を警戒
して当局は人民元買い(米ドル売り)の為替介入を行うな
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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ど通常考えられないような対応をみせたことで、外貨準備は足下で1ヶ月に約 1000 億ドルのペースで減少す
る異常事態に見舞われている。この背景には、中国経済の減速感が強まるなかで「人民元安による景気刺激」
の思惑を期待する外国人投資家と、あくまで「人民元相場の安定」を目指すとしている当局との間で対話がき
ちんとなされていないことが影響していると考えられる。人民元相場は米ドルに対して比較的緩やかな動きが
続いているが、昨年来の国際金融市場の動揺などによる新
図 3 貿易動向の推移
興国通貨の下落などに伴い実効ベースでは最高値圏での推
移が続くなど輸出競争力は急速に低下している。外国人投
資家の思惑はこうした局面打開に依拠するものと考えられ
る一方、足下の中国の貿易動向を巡っては輸出が低迷する
なかで国内景気の減速を反映して輸入も鈍化したことで貿
易黒字幅は拡大しており、対外収支は反って強固になって
いるとも捉えられる。ファンダメンタルズをみれば人民元
高に繋がってもおかしくない環境ながら、当局の思惑を巡
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
る動きが資金流出を加速させている背景には上述のような制度の歪みが影響している面が大きい。当局は国内
メディアを通じてヘッジファンドを中心とする外国人投資家の動きを痛烈に批判するなどけん制する動きをみ
せているが、市場の自由化を前進させてきた段階で当局が市場の動きを完全に管理することが可能と考える方
が間違いと言える。その意味において、足下の中国金融当局は「自由な資本移動」と「独立した金融政策」
「為替の安定」をすべて維持することは出来ない「国際金融のトリレンマ」に直面している。過去における中
国当局の対応をみれば、資本規制を通じて無理矢理に金融市場を安定化させるといった対応を採る傾向がある
なか、今月末に同国が議長国となるG20が開催されるなかで、一部にそうした対応を是認する動きもみられ
た。しかし、こうした対応に踏み切ることは習政権が進めてきた「人民元の国際化」の取り組みに逆行するこ
とで「政策の失敗」を図らずも認めることとなり、同国で兎角重視される「面子」が丸潰れの格好となる。さ
らに、これまでの取り組みをすべて台無しにするのみならず、現状でも実態として様々な抜け穴を通じた資金
流出が進んでいることを勘案すれば、資金流出の動きを一段と加速させるリスクもある。よって、現実的には
資金逃避を抑制するために徐々に金融政策を引き締めスタンスに移行させながら、為替の自由度を緩やかに拡
大させる取り組みが進むとみられるが、実体経済面では輸出競争力の一段の低下を招くなど景気のさらなる下
押し圧力に繋がることは避けられない。ただし、過去数ヶ月に亘って大量の外貨準備が減少する異常事態を回
避するためには、金融市場の自由化に向けて舵を切る必要性は高まっていると言えよう。
 さらに、中国経済を取り巻く不透明感を増幅させている背
図 4 銀行融資残高と GDP 比の推移
景には、過剰債務を巡る動向も影響していると考えられる。
世界金融危機後に当局が実施した巨額の景気刺激策は、上
述のように製造業を中心とする過剰生産設備を生み出した
ほか、過剰な不動産やインフラ投資を引き起こすとともに
その背後に過剰債務が生まれる元凶となった。中国の金融
セクターを巡っては、元々間接金融への依存度が高い傾向
があるものの、世界金融危機後に拡大基調を強めてきた銀
行融資残高は公表ベースの数字でも昨年末時点においてG
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
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DP比で2倍超の水準に達するなど、足下における景気減速も影響して急上昇する動きがみられる。さらに、
銀行部門におけるオフバランス資産などを含めた資産全体でみれば、この水準を大きく上回っている上、世界
金融危機後はシャドーバンキング(影の銀行)などを通じた融資が急増してきたこともあり、その動きに呼応
する形で地方政府や国有企業などはレバレッジを拡大させてきたことを勘案すれば、経済規模に対して相当規
模のマネーが金融市場に供給されていることは想像に難くない。また、他の新興国や資源国と同様に中国にお
いても、世界金融危機後の米国を中心とする量的金融緩和政策の影響で世界的な「カネ余り」が顕著になり、
先進国を中心にイールドが低下する動きが強まるなかで企業部門を中心に海外に資金調達を依存する動きが広
がった結果、対外債務残高が拡大している。中国国内においてはここ数年、不動産関連や石油・天然ガス関連
が最もレバレッジ比率を拡大させてきたセクターであるなか、足下では依然として一部の大都市を除けば地方
を中心に不動産市況の底入れが進まないほか、原油相場も低位で推移する展開が続くなか、これらの資金繰り
は厳しさを増していると考えられる。さらに、米国の金融政策の正常化が意識されるなかで資金流出圧力が強
まり、人民元安基調が一段と進むことは元本返済や利払いに伴う債務負担の増大を通じて資金繰りの悪化のみ
ならず、金融市場における信用収縮を引き起こす可能性もある。今月 16 日には、人民銀行や国家発展改革委
員会など7省庁が合同で金融支援や資本市場改革などをはじめ 16 項目に及ぶ『産業支援策』を発表したが、
実態として上述の「サプライサイド改革」などを支援するものではなく、金融市場や企業などの資金繰り支援
などに留まれば、さらなる債務拡大を引き起こすことで先行きにおける債務処理が一段と困難になることも懸
念される。ただし、その一方で性急に債務処理を行えば、足下では景気減速に伴うディスインフレが続くなか
で、金融市場における信用収縮が不動産をはじめとする資産市場のデフレを招くとともに、それをきっかけに
本格的なデフレに陥るリスクもくすぶる。直近1月のインフレ率は前年同月比+1.8%と前月(同+1.6%)か
ら加速しているものの、これは春節を前にした生鮮品をはじめとする食料品価格の上昇が影響した側面が強く、
食料品やエネルギーを除いたコアインフレ率は同+1.5%
図 5 インフレ率の推移
と4ヶ月連続で横這いでの推移が続くなど、当局が定める
インフレ目標を大きく下回っている。さらに、川上の物価
に当たる生産者物価上昇率は前年同月比▲5.3%と約4年
近くに亘ってマイナスで推移し、前月比も▲0.5%と2年
以上に亘って下落基調が続くなど物価は上昇しにくい環境
となっている。昨年夏場以降の株式市場の混乱を受けて、
株式市場から流出した資金は再び一部の大都市を中心とす
る不動産市場に流入しており、深圳市では昨年 12 月の新
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
築住宅価格が前年同月比+46.8%に達するなどバブル再燃の兆候も出ている。他方、三級都市や四級都市など
の地方都市では依然として不動産市況に下げ止まりの兆しがみえず、関連産業や金融商品などで資金繰りが悪
化する可能性も残る。大都市が再び活況を取り戻す一方で、地方が一段と疲弊する形で格差が拡大することに
なれば、新たな社会不安を引き起こす種となることも懸念される。足下における「中国発」の不透明感は、実
体経済を取り巻く状況に対する不安も影響しているが、それ以上に様々な面で当局による能力の限界が垣間見
えることで、先行きにおいて政策対応が一層困難になることへの不信感が招いている可能性には注意が必要と
言えよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。