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大 蔵 経 の総 索 引48巻 完 成 に つ い て
大蔵 経 の総 索 引 四十 八巻 完 成 に つい て
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東洋 の文 化 財 ・仏 教 芸 術 と大 蔵 経
今 日, 東洋 に お け る文 化財 の うち, 大 き な組 織 を もつ た経 済 的 援 助 に よつ て,
現 代 的 に開 発 され ね ば な らない もの が, 二 つ あ る。 仏教 芸 術 と大 蔵 経 で あ る。
サ ンチ ー, ア ジ ャ ンタ, ボ ロ ブ ドール, ア ン コー ル ワ ッ ト, 大 同 雲 崩, 奈良 ・
京 都 を始 め とす る東 洋 の仏 教 芸 術 は世 界 の宝 庫 で あ る。
仏教 芸 術 は東 洋 美 術 の精 髄 と して ユネ ス コが近 年 に なつ て世 界 の学 者 を動 員 し,
綜 合 的 開発 に乗 り出 し, 成果 を あ げ てい る。 しか し, 大 蔵 経 の 方 は そ の よ うに は
な らず, 今 日なお 少数 学 者 の開 発 に委 ね られ た ま ま で あ る。 と くに総 索 引48巻 の
作製 と刊 行 は世 紀 の 大事 業 で あ る の に, 時 代 の脚 光 を浴 び る に至 つ て い ない。 現
在 の時 点 で は, 日本 だ け が こ う した 大 事 業 を遂 行 す る に足 る学識 と技 術 を 身 につ
け た学 者 を少 数 で は あ る が持 つ て い る し, 終 戦 後, 新 しい 平 和 社会 の建 設 と国 際
文 化 交 流 を促 進 す るた め の新 しい 学 術機 関 と して設 置 され た 「日本 学 術 会 議 」 の
構 成 母 体 で あ る全 国学 会 の一 つ と して発 足 し, 現 在 で は 世界 に お け る斯 学 最 大 の
学 会 に成 長 して い る 「日本 印 度 学 仏教 学会 」 の よ うな研 究 団 体 さえ あ るの で あ る。
しか し この ま まで も し10年 も放 置 して お くな らば, 日本 に おい て さえ, これ ら貴
重 な タ レン トもそ の跡 を絶 つ にい た るで あ ろ う。
H日
本 撰 述600余
部2700余
巻 を も含 む 大蔵 経
この 大蔵 経 の研 究 と総 索 引 の 完 成 が, い か に国 家 的 な そ して 国民 的 な支援 を 得
て完 遂 され るべ き大 事 業 で あ るか を 次 に記 して, 内 外 の御 賛 助 を仰 ぎた い。
まず漢 文大 蔵 経 の編 集 刊 行 は大 き くい っ て7回 あ る。 中 国 で は宋 ・元 ・明, 朝
鮮 では 高麗
わ が 日本 で は黄 奨 ・明 治 ・大 正 な ど, い ず れ も歴代 の大 事 業 であ つ
た。 こ とに最 後 の 「大 正 新 脩 大 蔵 経 」 は, サ ンス ク リ ッ トや パ ー リ語 仏 典 との 校
合 を し, 原 典 と註 釈 とを分 か り易 く系 列 的 に再 編 成 して, 近代 的 に整 備 され た 世
界 的 な一 大 出版 物 とな つた。 この 中 に は, 聖 徳 太 子 や 最 澄 ・空 海 ・栄 西 ・法 然 ・
親 鷺 ・道 元 ・日蓮 な ど 日本13宗 の祖 師 方 の著 作 は もと よ り, 広 く日本 が生 ん だ 高
僧 知 識 学 匠 の著 書 に至 る ま で, 600余 部2700余 巻 にわ た る 日本 撰 述 を新 し く編 入
して 旧来 の 面 目を一 新 し,「 日本 文 化 」 を広 く世界 へ 紹介 した。
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大蔵経 の総索 引48巻 完成について
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さ らに ス タィ ン ・ペ リオ ・ル コ ック ・大 谷 な どの数 次 にわ た る西域 探 検 隊 に よ
つ て敦 煙 ・亀 絃 な どで 発 見 され た, 数 多 くの 古 逸書 を加 えた ば か りで な く, これ
まで わ が 国の 諸 山 名 刹 に秘 蔵 され てい た 門 外不 出 の宝 典 を編 入 した。 さ らに真 言
秘 密 の事 相, マ ンダ ラ図 絵 な どの公 開 を厳 行 した。 また テ キ ス ト定 本 決 定 のた め
に は, 宋 ・元 ・明 ・高 麗 の諸 版 本 は も と よ り正倉 院 勅封 の天 平 写 経 との校 合 も果
した。
III国
家 的 大事 業 ・大蔵 経 索 引 の製 作 と推 進機 関
こ う した 優 れ た 大 蔵 経 の 出版 事 業 に対 して, この た び の総 索 引 事 業 の特 質 は ど
こに あ るか。 総 索 引 に は, 何 よ りも まず重 要 項 目を選 定 しそれ を採 取す る の に,
専 門 的 な学 的 タ レ ン トを必 要 とす る。 そ して そ れ らを類 計 し集 成 す る人 的 資 源 を
多 数,
しか も長 期 に わ たつ て確 保 せ ね ば完 成 出来 ない 性 質 を もつ て い る研 究 事 業
であ る こ とが先 行 す る。 した が つ て, そ のた めの 経 費 に対 して責 任 を持 ち得 る学
術 機 関 が提 携 して組 織 的 な協 同 体 を作 り, それ が 中核 体 とな つ て, 全 国的 に専 門
学 者 の 協 力 を仰 ぐ仕 組 み に な らね ば な ら な か つ た。 そ の た め 竜 谷 ・大 谷 ・高 野
山 ・駒 沢 ・大正 ・立正 の六 大 学 が 従来 の セ ク ト分 立 性 を 去 り, 提 携 して 同一 事 業
に適 進 す る こ とに な つ た。 この こ とは, これ ま で仏 教 史 上 に な か つ た こと で, 昭
和 の 一 大快 挙 で あ る とい つ て よい ほ どの もの で あ る。 した が つ て この よ うに切 角
横 の 学 的連 絡 を遂 げ て, 現 代 的 姿 勢 の も とに健 全 にす べ り出 した の で あ るか ら,
途 中挫 折 す る よ うな こと の ない よ うに, 国家 的 な そ して国民 的 な援 助 の手 を さ し
伸 べ て頂 きた い の で あ る。
IV
東 西 文 化 の 『か け は し』万 国博 展 示 の大 蔵 経 索 引
漢 文 大 蔵 経 は 日本 文 化 を育 成 し て きた源 泉 で あ る し, わ れ わ れ の祖 先 た ち は,
これ に よつ て 心 の糧 を得, 豊 か な生 活 文化 を も作 つ て きた。 ま た 日本 と中 国 との
文 化 交 流 を増 進 し, 両 国親 善 を深 め る文 化財 と して は, この 漢 文 大蔵 経 の右 に出
る もの は な く, い わ ば唯 一 無 二 の も の とい つ て よい。 さ らに東 洋 全般 の文 化 開 発
をす るた め に も, この総 索 引 は比 較 研 究 の た め の基 本 的 な媒 介 の役 割 を果 す 学 的
意 義 さ え持 つ てい るの で あ る。 した がつ て欧米 文化 との比 較 研 究 を す る学 的 な手
掛 り と もな り, ひい て は東 西文 化 の交 流 お よび 調和 の た め に も役 立 つ て くる の で
あ る。 そ して遠 くは 新 しい時 代 の世 界 文 化 形 成 に さえ も, 願 い を抱 か しめ る ほ ど
の もの で あ り, 大 きな ビ ジ ョンに つ な が る もの で あ る。 このた び 「人類 の進 歩 と
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大蔵 経の総 索引48巻 完成 について
調 和 」 を大 きな標 語 と してい る大阪 開催 の万 国博 覧 会 「法輪 閣 」 に展 示 して, 日
本 の 学 界 が 「東 西 文 化 の か け は し」 と な る世 界 的 貢献 を なす チ ャ ン ス と もなつ た
の であ る。 この こと は大 き くい つ て, わ が 国 民 の世 界 的 栄 誉 で もあ り, 海 外 の参
加 者 には よき文 化 的 贈 物 と もな る で あ ろ う。
V索
引 づ くりの歩 み
も と もと この 総 索 引 の事 業 は, 昭 和33年 日本 学 術 会 護 研 究 費委 員会 委 員 の1人
と して, 筆 者 が 大型 図書 刊 行 の 新 しい企 画 に対 す る雛 形 の 一 つ と し て 提 案 し た
「漢 文 大 蔵 経 総 索 引 」 が採 用 され, そ の完 遂 のた め に 「漢 文大 蔵 経 中 の 自然 人 文
にわ た る学術 用 語 の研 究 」 が 総 合研 究 と して文 部 省 科 学研 究 費 の補 助 を受 け, 竜
谷 ・大 谷 ・高野 山 ・駒 沢 ・大 正 ・立 正6大 学 の協 同事 業 と して発 足 した もの で あ
る。 こ と順 調 に運 ん だ の は, 当 時 の竜 谷 大 学 長 森 川 智徳 先 生 を始 め とす る6大 学
当局 の誠 意 あ る努 力協 賛 に よ る もの で あ る。 そ し て今 日ま で般 若 ・法 華 ・華 厳 ・
密 教 な どの索 引 を刊 行 す る こ とが 出来 た の は, ひ とえ に文 部 省 科 学 研 究 費補 助 の
お 蔭 げで あ る。 しか し刊 行 され た の は ま だ15巻 で あつ て, 全 索 引48巻 完 成 まで に
は なお33巻 を残 してい る。 しか も文部 省 の研 究 費 に は, 毎 年 の限 度 が あ るの で あ
るか ら, この テ ンポ の ま ま であ る と, 完 成 に は なお20年 近 くを要 す るわ け であ る。
そ して現 在 で さ え稀 少 価 値 とな つ て い る索 引項 目選 定 に携 わ る タ レ ン ト学 者 の 方
方 も, あ るい は 幽冥 境 を異 にせ られ る こと に もな るの で あ る。現 下 の漢 字 制 限 の
文 教 政 策下 で は タ レ ン ト後 続 部 隊 の補 充 は, なか なか む ず か しい で あ ろ う。ひ と
た び これ に 思 い を致 す だ に, 身 も心 も冷 え る ほ ど であ る。
VIア
ジ ァ全土 の文 化 を きず い た 仏教 芸 術
近 ご ろ 日本 で シ ル ク ロ ー ドと い え ば, 興 味 を 覚 え る 人 々 が 多 少 あ る。 こ の シ ル
ク ロ ー ドは 貿 易 経 済 を 表 徴 す る も の で あ る が,
混 血 と か,
東 西 文 化 の 雑 居 性,
そ こ に形 成 さ れ て い る 欧 亜 民 族 の
ま た は 戦 後 の 政 治 的 現 実 か ら し て は,
中央 ア ジ ァ
と い う呼 び 名 は 正 し い の で あ る。 か つ て そ れ が 国 際 文 化 通 路 で も あ つ た の で あ る
か ら, ア ジ ア ン タ ・ガ ン ダ ー ラ ・バ ァ ミ ア ン ・ダ レル ・敦 煙 ・奈 良 と 連 想 し た だ
け で も,
こ の シ ル ク ロ ー ドは 「仏 像 ロ ー ド」 で も あ つ た の で あ る。 も と グ レ コ ・
ガ ン ダ ー ラ と呼 ば れ る ギ リ シ ャ 仏 教 芸 術 の 創 作,
こ と に よ つ て,
す な わ ち 「仏 像 」 が 創 作 さ れ た
こ の シ ル ク ロ ー ドが, 大 乗 仏 教 を ア ジ ア 全 土 に 行 き わ た ら し め た
秘 密 を 握 る こ と に も な つ た。 世 界 で 始 め て, 東 西 文 化 を 融 合 した そ の 歴 史 的 表 徴
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大蔵経の総索引48巻 完成 につい て
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が 「仏 像 の 創 作 」 で あ つ た わ け であ る。 しか も, それ に発 育 と成 長 の大 きな 文化
圏 を与 えた の は, ア ジ ア人 で あ る カ ニ シ カ王 で あつ た。 こ うした環 境 に育 成 され
た 大 乗 仏 教 は, 東 西 南 北 を え らば ず, 十方 世 界 に あま ね きユ ニ ヴ ァサ リズ ムの 理
想 像 を, さか ん に ア ジ ア人 に植 えつ け た。 そ の よ うに して 生 れ た新 しい 仏 像 に よ
つ て, イ ン ド入 もギ リシア人 もア ジ ア人 た る中 国人 も朝 鮮 人 も 日本 人 もヴ ェ トナ
ム人 もチ ベ ッ ト ・モ ンゴ ール 人 もは じめ て民 族 を超 えた もの, す べ て に共 通 した
人 類 的 に高 い もの を感 じ, か つ 味 つ た の で あ る。 こ れ は セ イ ロ ン ・ビ ル マ ・タ
イ ・カ ンボ ー ジ ャ ・ラオ ス ・マ レー シヤ ・イ ン ドネ シ ヤ ・イ ラ ン ・パ キ ス タ ンの
人 々ば か りで な く, 現 在 で は多 少 の 欧米 人 に もあ ては ま るの で あ る。
か つ て百 済 の 聖 明王 か ら, わ が 皇 室 へ仏 像 が奉 献 せ られ た 当時 か ら, 飛 鳥奈 良
を経 て現 代 に 至 るま で, 日本 仏教 の もつ てい る よ き場面 の ほ とん ど は, 端 厳微 妙
な仏 像 か らか も し出 され る宗 教 性 が大 き い の であ る。徳 川 時 代 の芭 蕉 で さえ 「菊
の 香 や 奈 良 に は古 き仏 た ち」 と詠 じて い る し, 今 日観光 外 人 が マ ー ク して い るあ
も, この 「古 き仏 た ち」 であ る とい う こと は, 隠 れ もな い大 き な事 実 で あ る。 こ
の仏 像 芸 術 と と もに仏 画 も発 達 した。 そ して それ らを 祭 る塔 廟 崇 拝 は, 大 乗 仏教
を次 第 に東 漸 せ しめ, つ い に ア ジ ァ全 土 に土 着 せ しめ る に至 つ た。
VII自
然 ・社 会 ・人 文 にわ た う文 化 百 般 の宝 庫 ・大蔵 経
しか しこの 仏像 ・仏 画 ・塔 廟 に よ る宗教 芸 術 性 に対 して, 優 る と も劣 らない ほ
どの新 しい 文 化創 造 は 「大 蔵 経 」 に よつ て代 表 され る 宗 教 文 学 性 で あ る。 イ ン
ド ・ヨー ロ ッパ 語 とい わ れ る サ ンス ク リッ トや パ ー リ語 また は 中亜 語 に よつ て綴
られ てい た 仏 典 が, 形 象 文 字 で あ る漢 文 の第
表 出 に よつ て翻訳 され た の であ るか ら,
それ は, す で に 新 しい創 作 的 な文 学 運 動 で あ つ たわ け で あ る。仏 像 が新 しい 宗 教
情 操 を育 成 した よ うに, この形 象 文 字 に よ る新 しい仏 典 か ら生 れ て き た写 経 ・読
経 ・讃 詠, と くに念 仏 者 の礼 讃 の偶, 禅 僧 の公 案 問答 や 遺 偶 な どは, 全 く新 しい
宗教 文 学 形 式 の 処 女 開拓 で あつ た。
近 世 に入 り, 列 強 の西 力東 漸 と な り, 欧米 学 者 に よつ て現 代 的 に開 発 され た も
の に, パ ー リ ・サ ンス ク リッ ト ・チ ベ ッ ト仏 教文 献 が あ る。 さ らに 開拓 の手 が 大
蔵 経 にお よび, 法 顕 の仏 国記 や 玄 焚 の 西域 記 な ど, ア ジ ア探 検 開発 に直 接 役 立 つ
もの は逸 早 く英 仏訳 され た。1955年,
ラ イ シ ャ ワー米 国大 使 に よつ て 慈覚 大 師 円
仁 の 「入 唐 求 法 巡 礼 行記 」 が英 訳 され た。 しか し大 蔵 経 その もの は, ひ と り文 化
地 理 的宝 庫 で あ るば か りで な く, その 仏 典 が作 られ た 当時 の 政 治 ・法 制 ・経 済 社
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大蔵経 の総索引48巻 完成 について
会 の記 録 を含 ん でい る こ とか ら して も, ア ジア社 会 の歴 史 社 会 性 を学 的 に究 明 す
る に は, 唯 一 無 二 の 資 料 で あ る。 そ の他, 建 築 工 芸 ・医術 薬 学 衛 生 ・自然 地 理 ・
動 植 物 ・諸 民 族 の 風 俗 習 慣民 話 俗 信 呪術 な ど50項 目にわ た る文 化 的 学 術 的 宝 庫 と
して無 尽蔵 の もの で あ る。
た だ漢 訳 大 蔵 経 で も 「思 想面 や精 神文 化 面 」 の方 は, 諸 外 国 の学 者 はあ ま り触
れ よ うと し ない け れ ど, 東 西 の文 化 的融 合 とか調 和 とい う理 想 像 か ら して も, ま
た 現 代 世 界 の 大 きな課 題 「人 間性 の 回復 」 か ら して も, 虚 心 に なつ て東 洋 人 の 心
に も入 る用 意 や か まえ な ど も, 大 い に必 要 で あ るの で あ る。
VIII世
界 学 界 に お い て未 開 拓 の大 事 業 ・大 蔵 経 索 引
仏 教 疎 外 の 日本 調 が 支 配 的 な の は, 現代 日本 の特 色 の一 つ で あ る。 そ して さか
ん な の は文 学 ブ ー ム と考 古 歴 史 ブー ムで あ る。 いず れ も仏 教 な しで済 ます 安 易 な
割 り切 りに立 つ てい る よ うで あ るが, 最 近 に な つ て異 変 の兆 しが 少 し見 え は じめ
た よ うであ る。 「日本 の近 代 化 」 に して も, 宗 教 不 在 の線 で押 さ れ て は な ら な い
か ら で あ る。 近 年, 欧 米 へ 渡 る数 多 くの現 代 日本 の エ リー ト秀 才 学 生 た ちや 教 授
諸 氏 が, か の地 で あ ま り 日本 の こ とや 仏教 に つ い て知 らな過 き る とい わ れ てい る
そ の声 が, 大 き くな りつ つ あ る線 にお い て も, 現 代 日本 が持 つ てい る弱 い 一 面 が
で て い る よ うで あ る。
上 記 の こ とを 締 め く くつ て, 現 代 日本 が世 界 に 貢献 す る こと の出 来 る文 化 開拓
の面 に焦 点 を しぼ る と き, や は り 「仏 教 芸 術 」 と 「大 蔵 経 」 の二 つ が, 大 物 と し
て残 る。 そ の うちで も大蔵 経 総 索 引 は, これ ま で着 手 され てい なか つ た 未 開拓 の
大 事 業 で あ る とい う点 と, 科 学 的 に 検討 し開拓 して大 蔵 経 そ の もの に現 代 性 を 与
え る こ とが, 現 代 日本 学 術 界 が果 さな くて は な らない よ き カル マ で あ る とい う2
点 を強 調 し, 日本 お よび 世 界 の 各 界 各 層 の協 讃 と援 助 を仰 ぎ たい。
以 上, 万 国 博 の 会 長 で あ り, 仏 教 学 術 振 興 会 の会 長 で もあ られ る石 坂 泰 三 会 長
の後 に つい て, これ を広 く内 外 の 皆弁
様 に お願 い す る次第 で あ る。
昭和44年12月8日
日本 印 度 学 仏 教 学 会 理 事 長
財団法人
仏教学術振興会理事長
宮
-942-
本
正
尊: