1 事案の概要 - 高井・岡芹法律事務所

⽇本テレビ放送網(傷病⽋勤者の復職拒否)事件
(東京地裁 平26.5.13判決)
傷病⽋勤者の復職拒否を相当とし、就労不能は会社の責任ではないため復職を前提と
した賃⾦請求権を認めなかった例
掲載誌:労経速2220号3ページ
※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください
1 事案の概要
[1]事案
本件の事案は、傷病⽋勤等していた従業員X(原告)が、会社Y(被告)に復職の申し
出を⾏ったところ、Yから当該申し出を拒否されたことに対し、Yの復職拒否には正当な
理由がないとして、XがYに対して、雇⽤契約に基づき、復職可能時より⽀払われるべき
賃⾦の⽀払いを求めた事案である(判決はXの請求棄却)。具体的な経緯は以下のとおり
である。
Xは、うつ病を理由として、平成21年8⽉31⽇以降、有給休暇およびプール休暇(傷病
のため休暇を要する場合に⼀定の要件で認められている休暇)を取得してYに出社せず、
そのまま平成21年10⽉1⽇より傷病⽋勤(最⻑1年6カ⽉取得可能)に⼊った。
その後、平成22年9⽉2⽇に、Xは「病状の安定化に伴い、9⽉中旬からの復職は可能と
判断する。」との主治医診断書をYに提出し、同⽉10⽇より原職に復帰する意思を伝え
た。これに対し、Yは、Xに対し、主治医への⾯談を要請したがXが了承しなかったため、
主治医に対しXの病状等を照会する質問書を送付し、その主治医から同年10⽉15⽇付⽂
書回答を受けた結果、YはXが職場復帰できる状態にはないと判断し、同年11⽉9⽇に復
職を拒否した。
その後、平成23年3⽉31⽇をもって就業規則の定める傷病⽋勤期間を満了したため、Y
は、Xに対し、同年4⽉1⽇より傷病休職(最⻑3年取得可能)とした。
⼀⽅で、Yにはメンタルヘルス不調者のための復職プログラムがあり、職場復帰の可否
判断について、3段階(社内診療所、⼈事局、原職)のリハビリ出勤を経る運⽤をしてい
た。そして、Xは、社内診療所へのリハビリ出勤を同年1⽉5⽇から4⽉14⽇まで⾏った
が、その後は、しばらくの間、⼈事局、原職へのリハビリ出勤をしようとしなかった。し
かし、平成24年7⽉25⽇、Xは産業医⾯談を受け、同年8⽉1⽇から⼈事局のリハビリを
開始し、同年9⽉18⽇をもって原職に復帰した。
以上の経緯を経て、XはYに対し、平成22年9⽉から平成24年9⽉までの未払賃⾦の⽀
払いを請求した。
[2]本事案における争点
本事案における主たる争点は、Xの復職を前提とした賃⾦請求権の有無を判断する上
で、Yの復職拒絶が相当であったかどうかという点である。
なお本件は、Xの復職を前提とした賃⾦請求権が認められた場合のYの⽀払うべき賃⾦
額についても、⼀応争点となっているが、本論ではないため、本稿では割愛する。
2 判断
[1]平成22年8⽉31⽇付けの主治医による「職場復帰可能」の診断書に対するYの復帰
拒否の対応の判断について
上記のとおり、本件は、平成22年8⽉31⽇付の主治医の診断書において「職場復帰可
能」との判断がなされたことに対し、Yは、同年11⽉9⽇にXが職場復帰できる状態にな
いとして、Xの復職を拒否している。
この点に関し、Yが主治医に対するXの病状等を照会する質問書に対し、主治医から同
年10⽉15⽇付⽂書回答を受けているが、その中には「今後も職場復帰における対⼈関係
が休職前と同様である場合には、再度症状の悪化を招く可能性があり、その点に対する配
慮が必要であると考えます。」等と記載されていた。
このことを前提として、本判決では、その後のXによる対⼈関係を不安視する⾔動や、
それに基づく産業医の「復職可能と判断できない」との意⾒、Yおよび産業医からのリハ
ビリ出勤の提案とそれに対するXの「原職復帰すると症状悪化を招く危険がある」旨を主
張しての⼈事局および原職へのリハビリ出勤の拒否等の事実関係から、Xを現状のまま職
場復帰させれば再度症状悪化の危険があるとYが理解したこと、Xが⼈事局および原職の
リハビリ出勤を経るまでは休職事由が消滅したとYが判断できないことについては「相
当」であり、Yが復職を認めなかったことについて、Yの責に帰すべき事由はないと判断
している。
[2]Xのリハビリ出勤の履践とそれに対するYの対応の正当性
次に、Xは、平成23年4⽉11⽇までに復職プログラムを履践したから、Yが同年4⽉12
⽇以降、当該従業員の提供する労務の受領を拒絶したことは正当な理由はないと主張して
いる。
かかるXの主張に対して、本判決は、Xが⾏っていたのが復職プログラムの第⼀段階で
あったこと、その間、Xから「毎⽇社内で7、8時間過ごすのはつらく、このままでは体調
を崩してしまいそうだからペースを落とす」という理由で、週2回約1時間程度、社内診
療所に滞在するのみとなり、さらに、次の段階の⼈事局および原職のリハビリ出勤に進も
うとしなかったこと等の事情があったこと、産業医がこの事情を踏まえて復職可という判
断はできなかったこと等を指摘し、会社の対応を正当とした。
3 実務上のポイント
本件のポイントは、メンタルヘルス不調により⽋勤若しくは休職している従業員から、
「復職可能」との主治医の診断書が提出され、復職を願い出てきたときの対応である。
実務上、当該従業員から「復職可能」との診断書が提出された場合であっても、実際に
は、病状が回復していないケースは多々⾒受けられるところであり、そうしたケースでは
職場復帰後、短期間で再度、⽋勤、休職となるケースも多い。
そこで、会社としては、「復職可能」との診断書だけを鵜呑(うの)みにするのではな
く、本件事案のように、「復職可能」と診断した主治医への⾯談の要請、あるいは主治医
への病状の問い合わせを⾏って、当該診断の具体的な根拠、内容を把握するとともに、よ
り会社の業務の内容を知る産業医の診断を当該従業員に受けさせることで、当該診断書の
判断の妥当性、復職可能性を会社として判断することが必要不可⽋である。
また、本事案のように、すぐに復職をさせるのではなく、リハビリ出勤のように、段階
を追って会社に出勤させながら様⼦を⾒ていくことも有益であろう。
【著者紹介】
⼤村剛史 おおむら つよし ⾼井・岡芹法律事務所 弁護⼠
2002年東京⼤学卒。2007年東京弁護⼠会登録、⽜島総合法律事務所⼊所。2011
年⾼井・岡芹法律事務所⼊所。共著として『現代型問題社員対策の⼿引―⽣産性向上
のための⼈事措置の実務―』(⺠事法研究会)がある。
◆⾼井・岡芹法律事務所 http://www.law-pro.jp/
■裁判例と掲載誌
①本⽂中で引⽤した裁判例の表記⽅法は、次のとおり
事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは⽀部名(3)判決・決定⾔渡⽇(4)判決・決定の別
(5)掲載誌名および通巻番号(6)
(例)⼩倉電話局事件(1)最⾼裁(2)三⼩(3)昭43.3.12(4)判決(5)⺠集22巻3号(6)
②裁判所名は、次のとおり略称した
最⾼裁 → 最⾼裁判所(後ろに続く「⼀⼩」「⼆⼩」「三⼩」および「⼤」とは、
それぞれ第⼀・第⼆・第三の各⼩法廷、および⼤法廷における⾔い渡しであること
を⽰す)
⾼裁 → ⾼等裁判所
地裁 → 地⽅裁判所(⽀部については、「○○地裁△△⽀部」のように続けて記
載)
③掲載誌の略称は次のとおり(五⼗⾳順)
刑集:『最⾼裁判所刑事判例集』(最⾼裁判所)
判時:『判例時報』(判例時報社)
判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社)
⺠集:『最⾼裁判所⺠事判例集』(最⾼裁判所)
労経速:『労働経済判例速報』(経団連)
労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社)
労判:『労働判例』(産労総合研究所)
労⺠集:『労働関係⺠事裁判例集』(最⾼裁判所)