サントリーホールディングスほか(上司の注意指導とパワハラ)事件 (東京地裁 平26.7.31判決) ①上司が部下に対して、「新⼊社員以下だ。もう任せられない」等と発⾔したこと、 および、②うつ病の診断書を添えてなされた休職申し出に対して、適切に対応しな かったことが不法⾏為と認められた事例 掲載誌:労判1107号55ページ、判時 2241号95ページ ※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください 1 事案の概要 原告Xは、上場企業であるY1において、購買予算と購買実績の管理等を担当する部署の 従業員であった。Xは、共同して業務を遂⾏している他の部署から勤務態度に問題がある と指摘されたほか、直接の上司であるY2から指⽰された業務について、集計ミス、期限 徒過、不提出その他の複数の問題⾏為が⾒受けられた。 これらの問題⾏為に対して、Y2は、当初は⽉1、2回程度の注意であったが、その後、 Xの集計ミス等による購買システム開発の計画の遅れを受けて注意の回数が増え、時に厳 しい注意となり、Xに対して、「新⼊社員以下だ。もう任せられない」「なんでわからな い。お前は⾺⿅」との発⾔(以下「本件発⾔」という。)をするに⾄っていた。 Xは、ほぼ同時期にうつ病と診断されたため、主治医の診断書を添えた上で、被告に対 して3カ⽉の休職を申し出た。 Xのこの申し出に対して、Y2は、Xに対し、3カ⽉の休養については有給休暇で消化す るよう求め、さらに、Xを隣の部署へ異動させる予定であるが、Xが3カ⽉の休みを取るの であれば異動の話は⽩紙に戻さざるを得ないと告げた上、別部署への異動をとるか、3カ ⽉の休みをとるかの⼆者択⼀を求めた(以下「本件対応」という。)。 Xは休暇を取得せずに異動を選択したが、隣の部署へ異動後もうつ病は回復せず、約1 年の休職をすることになった。Xは、復職後、会社の内部通報室に対して、Y2のパワーハ ラスメントを通報内容とした通報を⾏った。内部通報室室⻑であったY3は、事実関係を 調査の上、Xに対して、合計6回の⾯談、メール等のやりとりにより、パワーハラスメン トはなかった旨を回答した。Xは、パワーハラスメントがなかったという結果および判断 過程について⽂書での回答を要求したが、Y3は⼝頭での説明、回答にとどまった。 その後、Xは、本件でうつ病の初診を受けてから約4年半後に障害等級2級の認定を受 け、①Y2に対して、本件発⾔および本件対応がそれぞれ不法⾏為に該当すること、②Y3 に対して、パワーハラスメントの調査を懈怠したことが不法⾏為に当たること、③Y1に 対して、使⽤者責任および職場環境保持義務違反などを理由に損害賠償請求の訴えを提起 した。 2 判断 [1]Y2の不法⾏為責任 裁判所は、Y2の本件発⾔について、「原告を注意、指導する中で⾏われたもの」であ り、Y2が「原告に対する嫌がらせ等の意図を有していたものとは認めることはできな い」と認定した。しかし、本件発⾔は「屈辱を与え⼼理的負担を過度に加える⾏為であ り」、「原告の名誉感情をいたずらに害する」と評価し、「原告に対する注意⼜は指導の ための⾔動として許容される限度を超え、相当性を⽋く」と認定し、不法⾏為の成⽴を認 めた。 さらに、Y2の本件対応について、Y2は「原告が鬱(うつ)病に罹患したことを認識し たにもかかわらず、原告の休職の申出を阻害する結果を⽣じさせるものであって、原告の 上司の⽴場にある者として、部下である原告の⼼⾝に対する配慮を⽋く⾔動」と認定し、 不法⾏為の成⽴を認めた。 その上で、裁判所は、Xは、Y2の注意、指導によりうつ病を発症し、また回復のために 速やかに休職等を取る機会を奪ったものということができ、このような⾏為がうつ病の発 症および進⾏に影響を与えた違法なものと判⽰した。その上で、障害等級2級の認定を受 けているXに450万円の慰謝料を認めた(ただし、本件発⽣前の既往症を理由に4割の素 因減額および障害年⾦による損益相殺)。 [2]Y1およびY3の不法⾏為 Y3について、裁判所は、XおよびY2双⽅に事情を聞くとともに、複数の関係者に対し て当時の状況を確認するなどして適切な調査を⾏ったと認定し、Y1の内部通報規定に、 「調査過程で得られた個⼈情報やプライバシー情報を正当な事由なく開⽰してはならない とされていることからすると」「調査結果や判断過程等の開⽰を⽂書でしなかったことに は合理性があった」といえ、違法はないと判⽰した。なお、Y1については、Y2の使⽤者 としての使⽤者責任のみを認めるにとどまった。 [3]消滅時効の主張について 被告は不法⾏為責任の消滅時効を主張し、その起算点を本件でXがうつ病と診断された 時点であると主張したが、判決は、初診後も⼼因性の諸症状を併発したことを理由に、早 くとも障害認定がされた時点以降に進⾏を開始すると判⽰した。 3 実務上のポイント 本件の原告Xには、業務を同僚に丸投げするなどの問題、作成するべき資料を期限まで に作成しないこと、および、購買データの集計ミスなど業務遂⾏上の問題⾏為の存在が認 定されており、従業員に対する指導、注意の必要性が存在した。これを受けて、判決にお いても、上司の指導について、「原告を注意、指導する中で⾏われたものであったと認め られ」「原告に対する嫌がらせ等の意図を有していたものとは認めることができない」と 明確に認定されている。 しかしながら、従業員に対する注意、指導の過程に、「新⼊社員以下だ。もう任せられ ない」「なんでわからない。お前は⾺⿅」などのような発⾔が存在した結果、これらの発 ⾔は「注意⼜は指導のための⾔動として許容される限度を超え、相当性を⽋」き、違法と 評価されることとなった。この点、アークレイファクトリー事件(⼤阪⾼裁 平25.10.9 判決)では、「適切な⾔辞を選んでしなければならないのは当然の注意義務と考えられ る」と判⽰されている。嫌がらせ等の⽬的が存在せず、問題⾏為がある従業員を注意、叱 責(しっせき)する場合であっても、⾔辞には⼗分に注意をしなければならないという警 鐘を与える裁判例である。 次に、本件に⾒受けられるようにパワハラの調査が不⼗分であるという主張はしばしば ⾒受けられる。そこで、パワハラ被害の申告があった場合には、⾏った調査の過程を⼗分 に記録しておくことが肝要である。また、本件では、使⽤者側の内部通報規定の条項を理 由に、調査結果および判断過程を⽂書で開⽰しなかったことが合理的であったと判⽰され ている。内部規定がなければ直ちに⽂書による回答義務が認められていたとは考えにくい が、明確な社内規定の策定がリスクを減らす⼀例であるといえる。 【著者紹介】 萩原⼤吾 はぎはら だいご ⾼井・岡芹法律事務所 弁護⼠ 2000年3⽉慶應義塾⼤学経済学部卒業。2006年3⽉慶應義塾⼤学⼤学院法務研究科 修了。2006年9⽉北京語⾔⼤学短期錬成班修了。2008年12⽉第⼀東京弁護⼠会登 録、⾼井伸夫法律事務所(現・⾼井・岡芹法律事務所)⼊所。 ◆⾼井・岡芹法律事務所 http://www.law-pro.jp/ ■裁判例と掲載誌 ①本⽂中で引⽤した裁判例の表記⽅法は、次のとおり 事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは⽀部名(3)判決・決定⾔渡⽇(4)判決・決定の別 (5)掲載誌名および通巻番号(6) (例)⼩倉電話局事件(1)最⾼裁(2)三⼩(3)昭43.3.12(4)判決(5)⺠集22巻3号(6) ②裁判所名は、次のとおり略称した 最⾼裁 → 最⾼裁判所(後ろに続く「⼀⼩」「⼆⼩」「三⼩」および「⼤」とは、 それぞれ第⼀・第⼆・第三の各⼩法廷、および⼤法廷における⾔い渡しであること を⽰す) ⾼裁 → ⾼等裁判所 地裁 → 地⽅裁判所(⽀部については、「○○地裁△△⽀部」のように続けて記 載) ③掲載誌の略称は次のとおり(五⼗⾳順) 刑集:『最⾼裁判所刑事判例集』(最⾼裁判所) 判時:『判例時報』(判例時報社) 判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社) ⺠集:『最⾼裁判所⺠事判例集』(最⾼裁判所) 労経速:『労働経済判例速報』(経団連) 労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社) 労判:『労働判例』(産労総合研究所) 労⺠集:『労働関係⺠事裁判例集』(最⾼裁判所)
© Copyright 2024 ExpyDoc