ティー・エム・イーほか(派遣社員のうつ病罹患と⾃殺に対する損害賠償請求)事件 (東京⾼裁 平27.2.26判決) 派遣先および派遣元は、派遣社員の体調不良を把握した以上、産業医の受診等をさせ るべきであったとして慰謝料請求が認められた事例 掲載誌:労判1117号5ページ [⼀審]静岡地裁 平26.3.24判決 労判1117号12ページ ※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください 1 事案の概要 原⼦⼒発電所の空調設備の監理業務に従事していた派遣社員が⾃殺し、控訴⼈ら遺族 が、①派遣元に対しては債務不履⾏および会社法350条(代表者の⾏為についての損害賠 償責任)、②派遣先に対しては債務不履⾏および使⽤者責任、③派遣元の代表者および派 遣先出張所⻑に対しては不法⾏為に基づき提訴した。具体的には、被控訴⼈らは当該派遣 社員がうつ病に罹患(りかん)していたことを認識しまたは認識することが可能であった にもかかわらず、安全配慮義務等を怠ったために当該派遣社員を⾃殺に⾄らしめたという ものである。これに対して被控訴⼈らは、当該派遣社員がうつ病に罹患しているとは認識 しておらず、また認識することもできなかったものであり、安全配慮義務違反等の法的責 任はない旨主張した。 原審(静岡地裁 平26.3.24判決)は、被控訴⼈(被告)らは当該派遣社員がうつ病に 罹患していたことを認識することが可能であったとはいえないとして、被控訴⼈らの法的 責任をすべて否定した。 2 判断 [1]裁判例の判旨 (1)うつ病罹患についての認識可能性 本件においては、当該派遣社員は⾃⾝がうつ病であるとは派遣元および派遣先に申告し ておらず、診断書も提出していなかったものであり、被控訴⼈らが当該派遣社員について うつ病に罹患していると認識していたとは認められない。また、当該派遣社員が早退した り休暇を取得したりしていたのに対して、派遣元の代表者が当該派遣社員に体調を尋ねた ところ、当該派遣社員からは不眠であり睡眠薬を服⽤しているとの趣旨の説明はあった が、これにより、派遣元代表者は当該派遣社員がうつ病に罹患していたと認識することが 可能であったとはいえない。また、派遣先出張所⻑についても、派遣元代表者から当該派 遣社員が不眠で睡眠薬を服⽤していることを聞いたにとどまり、当該派遣社員がうつ病に 罹患していたと認識することが可能であったとはいえない。 (2)その他安全配慮義務違反の有無 被控訴⼈らにおいて、当該派遣社員がうつ病に罹患していることを認識し、または認識 することができたとまでは認められないが、当該派遣社員の同僚らは、当該派遣社員の精 神状態が尋常ではなかったと感じていたことが認められる。また、「労働者の⼼の健康の 保持増進のための指針」(平18.3.31 基発0331001)においては、「メンタルヘルス 不調への気づきと対応」として、労働者からの相談に応ずる体制を整備し、特に個別の配 慮が必要と思われる労働者から管理監督者が話を聞いたり、労働者の家族に対してストレ スやメンタルヘルスケアに関する基礎知識を提供したりすることが望ましいとしている。 本件においては、被控訴⼈らとしても当該派遣社員の体調が⼗分なものではないことを認 識できていたのであるから、派遣先および派遣元は、従業員に対する安全配慮義務の⼀環 として、当該派遣社員やその家族である控訴⼈らに対して、単に調⼦はどうかと抽象的に 問うだけではなく、より具体的に、どこの病院に通院していてどのような診断を受け、何 か薬等を処⽅されて服⽤しているのか、その薬品名は何かなどを尋ねるなどして、不調の 具体的な内容や程度等についてより詳細に把握し、必要があれば、派遣先または派遣元の 産業医等の診察を受けさせるなどした上で、当該派遣社員の体調管理が適切に⾏われるよ う配慮し、指導すべき義務があったというべきである。それにもかかわらず、派遣先およ び派遣元は、当該派遣社員の通院先の病院や処⽅薬等について何も把握していないので あって、当該派遣社員に対する安全配慮義務を尽くしていなかったものと認めることがで きる。 もっとも、当該派遣社員は解雇等を恐れて被控訴⼈らに対してうつ病であることを明か そうとしなかったと考えられることから、仮に被控訴⼈らが当該派遣社員に対して具体的 な病名を確認しようとしても、当該派遣社員がこれに応じてうつ病またはうつ状態である ことを説明したか否かについては不明という他ないが、当該派遣社員がそのような不安を 抱く原因の⼀つには、被控訴⼈らの当該派遣社員に対する⽇頃の対応があったのではない かと考えられ、そのこと⾃体、派遣元および派遣先において従業員に対する安全配慮義務 の履⾏が必ずしも⼗分なものでなかったことを推認させるものである。 (3)結論 (2)において述べた安全配慮義務違反により、当該派遣社員が受けた精神的苦痛を慰 謝するものとして、派遣先および派遣元に連帯して200万円の損害賠償義務を認めること が相当であるとした(派遣元代表者と派遣先出張所⻑の個⼈的な責任については否定され ている)。なお、被控訴⼈らとして当該派遣社員が⾃殺に⾄るほどに深刻な状況にあるこ とまで把握することは困難であったとして、(2)において述べた安全配慮義務違反と⾃ 殺との因果関係については否定した。 3 実務上のポイント 本判決は、使⽤者は社員が何らかの体調不良の状態にあることを認識していたのであれ ば、安全配慮義務の⼀環として、通院先、診断された病名、処⽅されている薬の有無やそ の薬品名等の確認を⾏わなければならない旨を判⽰したものであり、使⽤者にとっては厳 しい内容である。 本判決においては、社員側は病名等の情報について解雇等を恐れて開⽰しなかったと考 えられると判⽰しており、また、社員がそのような不安を抱く原因の⼀つとしては普段の 使⽤者の社員に対する対応が考えられ、平素から使⽤者の従業員に対する安全配慮義務の 履⾏が⼗分なものでなかったことを推認させるとも判⽰している。しかしながら、解雇等 の不利益を恐れていなくとも病名等のプライバシーに関わる情報を開⽰したくないと考え る社員は存在すると思われるし、社員が病名等を開⽰しないことをもって使⽤者側に問題 があったと推認することは、いささか論理が⾶躍しているとも思われるところである。 通院先や病名等のようなプライバシーに関わる情報については、不利益を受けることま で想定していなくても、社員が使⽤者に開⽰したいとは思わない場合が多いと思われる が、本判決は、社員側の意図や、実際に回答を得られるか否かは問題にせず、とにかく使 ⽤者に対して確認を⾏うことを求めているのである。使⽤者としては、体調不良の社員に 対しては、強制にならないように配慮しつつ、具体的に病名等の確認を⾏うことが求めら れる。 【著者紹介】 秋⽉良⼦ あきづき りょうこ ⾼井・岡芹法律事務所 弁護⼠ 2006年京都⼤学法学部卒業。2008年京都⼤学法科⼤学院修了。 2009年第⼀東京 弁護⼠会登録、⾼井伸夫法律事務所(現・⾼井・岡芹法律事務所)⼊所。経営法曹会 議会員、第⼀東京弁護⼠会労働法制委員会委員。共著として、『現代型問題社員対策 の⼿引(第4版)-⽣産性向上のための⼈事措置の実務-』 (⺠事法研究会)、『労 働裁判における解雇事件判例集 改訂第2版』(労働新聞社)がある。 ◆⾼井・岡芹法律事務所 http://www.law-pro.jp/ ■裁判例と掲載誌 ①本⽂中で引⽤した裁判例の表記⽅法は、次のとおり 事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは⽀部名(3)判決・決定⾔渡⽇(4)判決・決定の別 (5)掲載誌名および通巻番号(6) (例)⼩倉電話局事件(1)最⾼裁(2)三⼩(3)昭43.3.12(4)判決(5)⺠集22巻3号(6) ②裁判所名は、次のとおり略称した 最⾼裁 → 最⾼裁判所(後ろに続く「⼀⼩」「⼆⼩」「三⼩」および「⼤」とは、 それぞれ第⼀・第⼆・第三の各⼩法廷、および⼤法廷における⾔い渡しであること を⽰す) ⾼裁 → ⾼等裁判所 地裁 → 地⽅裁判所(⽀部については、「○○地裁△△⽀部」のように続けて記 載) ③掲載誌の略称は次のとおり(五⼗⾳順) 刑集:『最⾼裁判所刑事判例集』(最⾼裁判所) 判時:『判例時報』(判例時報社) 判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社) ⺠集:『最⾼裁判所⺠事判例集』(最⾼裁判所) 労経速:『労働経済判例速報』(経団連) 労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社) 労判:『労働判例』(産労総合研究所) 労⺠集:『労働関係⺠事裁判例集』(最⾼裁判所)
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