1 事案の概要 2 判断

X協会(モラルハラスメントを理由とする謹慎処分)事件
(東京地裁 平26.6.4判決)
有給での謹慎処分および⼀定程度の謹慎期間延⻑は適法だが、処分の⽬的が変わり、
無給とした後の謹慎処分の継続は違法とされた事例
掲載誌:労経速2225号19ページ
※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください
1 事案の概要
⾮営利団体である被告において機関紙の編集等の業務を担当していた原告が、同じ業務
を担当していた同僚社員に対し機関紙の紙⾯の割り付けについて詰問し、その後当該同僚
社員がストレス反応により出勤できなくなったことを受け、被告は原告に対し1カ⽉間の
謹慎処分を命じた。その間、被告は原告に対しレポートを作成させる等して反省を促した
が、原告の対応は⾃⼰弁護に終始するものであったため、被告は原告に対し謹慎処分の延
⻑、更新を繰り返すこととなった。さらに、謹慎期間中に原告に対して複数回退職勧奨も
⾏われ、また謹慎期間中のある時期から、被告は原告に対し賃⾦を⽀払わなくなった。
原告は賃⾦が⽀払われなくなってしばらくして退職したが、正当な理由なく⾃宅謹慎を
命じられ、また賃⾦の未払いが続いたために退職を余儀なくされたものとして、退職する
までの未払賃⾦と、不法⾏為に基づく損害賠償の⽀払いを求めて提訴した。
2 判断
[1]謹慎命令⾃体の適法性
原告は、平成23年3⽉に、機関紙の紙⾯の割り付けを共に担当していた同僚社員に対
し、当該同僚社員が担当していた紙⾯について原告が割り付けを変更したところ、その後
に当該同僚社員が割り付けを元に戻したことについて詰問し、理事らから注意を受けた。
にもかかわらず、原告は同年4⽉にも再度当該同僚社員の⾏った機関紙の紙⾯の割り付け
についてその理由を執拗(しつよう)に尋ね、当該同僚社員がその理由を説明しても屁理
屈にすぎないと述べるなどしたため、再度理事から叱責(しっせき)を受けるに⾄った。
なお、当該同僚社員が⾏った割り付けはいずれも読者に違和感や不快感を与えるようなも
のではなかった。
平成23年4⽉下旬頃から当該同僚社員の⽋勤が続き、当該同僚社員はストレス反応の診
断を受けるに⾄った。被告が当該同僚社員と⾯談したところ、ストレスの主原因が原告に
あると確認されたことから、同年6⽉に被告理事⻑が原告に対し、当該同僚社員が精神疾
患に罹患したことを告げた際には、原告は⾝に覚えがないと弁明していた。
その後も当該同僚社員は出勤できない状態が続いたことから、当該同僚社員の職場復帰
を最優先するため、平成23年6⽉28⽇に被告は原告に対し同⽇から1カ⽉間の⾃宅謹慎を
命じ、併せてレポートの作成を命じた。
これらの事情からすれば、被告が原告に対して⾃宅謹慎を命じたことには相応の合理性
が認められ、謹慎命令が違法なものであるとはいえない。
[2]謹慎期間延⻑および退職勧奨の適法性
原告は、謹慎期間内に、被告から、ハラスメント、特にモラルハラスメントに関する事
例の研究や、この1年間の当該同僚社員への⾔動は病状と関係なかったかの検証等につい
てレポートを書くよう求められた。しかし、原告が提出したレポートは、⾃⾝について意
識的に⾃分の考えを押し付けたり、プレッシャーを与えたりすることはなく、むしろ⾃分
が多く譲っているつもりであったこと等が記載されたものであった。被告は、このレポー
トを受けて、原告が⾃らの⾔動を客観的に振り返っておらず、⾃⼰弁護に終始していると
判断し、再度レポートの提出を求めた。
原告は再度レポートを提出したが、その内容は、モラルハラスメントに関する書籍の記
載等を引⽤したモラルハラスメントに当たる⾏為類型等を延々と記載し、当該同僚社員の
病状との関係につき、チェックリストに従って⾃らの⾔動につきチェックを⾏った(⼤半
が「したことない」というチェックであった)ものであった。被告は、これも被告の再提
出の指⽰に応える内容にはなっていないと判断し、謹慎期間を延⻑した。その後も謹慎期
間は延⻑、更新され、結局原告が退職する平成24年5⽉31⽇まで継続し、その間複数回
にわたり原告に対し被告理事⻑らから退職勧奨も⾏われた。
これらのレポートの内容に照らせば、被告として原告が真摯に反省していないと判断
し、⼀定程度謹慎期間を延⻑すること⾃体は、賃⾦の⽀払いを継続していることに照らせ
ば、必ずしも違法ではない。また、被告の規模や原告と当該同僚社員らとの関係等に鑑み
れば、賃⾦の⽀払いを継続しつつ退職勧奨を⾏うこと⾃体は、直ちには違法とは⾔い難
い。
しかし、謹慎期間はその後も相当⻑期間にわたって継続されており、原告に対しても、
真摯な反省ないし改善を求めるという⽬的から離れ退職勧奨を⾏うようになっており、被
告が退職勧奨に応じない原告に対する対応を明確にすることなく、原告の⾃主退職を期待
して本件謹慎処分の延⻑、更新を繰り返し、これを漫然と継続したことは違法といわざる
を得ない。
[3]賃⾦不払いの違法性
被告は、謹慎期間の当初は原告に賃⾦を⽀払っていたが、平成24年1⽉分以降は賃⾦を
⽀払わなくなった。原告が労務を提供しなかったのは、被告が労務提供を拒否していたか
らであり、また謹慎処分⾃体が当然に賃⾦不⽀給という措置を含むものであったわけでは
ないことから、原告の退職の意思が明らかでないにもかかわらず、賃⾦を⽀払わない措置
を取ったことは明らかに違法である。
[4]結論
平成24年1⽉分から同年5⽉分の未払い賃⾦および慰謝料として30万円の⽀払いが認め
られた。
3 実務上のポイント
この裁判例は、当初適法であった⾃宅謹慎命令が、⼀定の時期以降は違法になる場合が
あると判断したものである。⾃宅謹慎については、従業員側には労務を提供する意思があ
り、また提供が可能であるにもかかわらず使⽤者側から従業員の労務提供を拒否している
状態(受領拒否)であり、労務提供の対価である従業員の賃⾦請求権は失われないことに
なる(⺠法536条2項参照)。従業員側に謹慎命令を受ける原因があったとしても、その
ことから使⽤者側が直ちに賃⾦の⽀払義務を免れるということにはならない点に注意が必
要である。従業員からの労務提供を拒否し、かつ賃⾦の⽀払いを⾏わないこととしたい場
合、懲戒処分として⾃宅謹慎を命じることは考えられるが、この場合あらかじめ就業規則
に懲戒処分の⼀種として定めておく必要があるし、懲戒事由に該当する事実や、懲戒処分
の相当性も必要である。ただ、本件が仮に懲戒処分として⾏われていたとしても、相当⻑
期間の賃⾦不払いであることからすると、違法であると判断される可能性も否定できな
かったと思われる。
また、本件は、賃⾦を⽀払わなくなった後の⾃宅謹慎は明らかに違法であると述べつ
つ、それ以前に、退職勧奨に応じない場合の対応を明確にすることなく、原告の⾃主退職
を期待して本件謹慎処分の延⻑、更新を繰り返したことについても違法であると述べてい
ることから、⾃宅謹慎期間について賃⾦を⽀払っていたとしても、その⽬的や期間の⻑さ
によっては違法となる可能性があると思われる。本件では具体的にどの時点から⾃宅謹慎
が違法になったかまでは判⽰していないが、⾃宅謹慎中に退職勧奨を⾏い、従業員側が退
職する意思があると明らかにしない場合に⾃宅謹慎を⻑期間継続することは、たとえ有給
であっても従業員を退職させる⽬的で⾃宅謹慎を⾏っていると判断される可能性があり、
注意が必要である。
【著者紹介】
秋⽉良⼦ あきづき りょうこ ⾼井・岡芹法律事務所 弁護⼠
2006年京都⼤学法学部卒業。2008年京都⼤学法科⼤学院修了。 2009年第⼀東京
弁護⼠会登録、⾼井伸夫法律事務所(現・⾼井・岡芹法律事務所)⼊所。経営法曹会
議会員、第⼀東京弁護⼠会労働法制委員会委員。共著として、『現代型問題社員対策
の⼿引(第4版)-⽣産性向上のための⼈事措置の実務-』 (⺠事法研究会)があ
る。
◆⾼井・岡芹法律事務所 http://www.law-pro.jp/
■裁判例と掲載誌
①本⽂中で引⽤した裁判例の表記⽅法は、次のとおり
事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは⽀部名(3)判決・決定⾔渡⽇(4)判決・決定の別
(5)掲載誌名および通巻番号(6)
(例)⼩倉電話局事件(1)最⾼裁(2)三⼩(3)昭43.3.12(4)判決(5)⺠集22巻3号(6)
②裁判所名は、次のとおり略称した
最⾼裁 → 最⾼裁判所(後ろに続く「⼀⼩」「⼆⼩」「三⼩」および「⼤」とは、
それぞれ第⼀・第⼆・第三の各⼩法廷、および⼤法廷における⾔い渡しであること
を⽰す)
⾼裁 → ⾼等裁判所
地裁 → 地⽅裁判所(⽀部については、「○○地裁△△⽀部」のように続けて記
載)
③掲載誌の略称は次のとおり(五⼗⾳順)
刑集:『最⾼裁判所刑事判例集』(最⾼裁判所)
判時:『判例時報』(判例時報社)
判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社)
⺠集:『最⾼裁判所⺠事判例集』(最⾼裁判所)
労経速:『労働経済判例速報』(経団連)
労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社)
労判:『労働判例』(産労総合研究所)
労⺠集:『労働関係⺠事裁判例集』(最⾼裁判所)