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中 国 税 理 士 会 報
論壇
2015年 6 月10日(No.617)
ネット競馬をめぐる
訴訟について
広島修道大学法学部教授 奥谷 健
3 月10日に最高裁で、インターネットを通じ
回の判決でも課税処分は維持されたままである
て行う競馬(「ネット競馬」)の勝ち馬投票券
ということです。
(馬券)の購入行為による払戻金(
「競馬所得」
)
今回の最高裁判決はあくまでも刑事罰を科す
をめぐる訴訟について、これを雑所得として課
ための前提として、無申告になっていた税額が
税するという判断が示されました
いくらかということの判断です。 この判断に
※ 1
。そこで、
この問題について若干の検討をしてみたいと思
よって課税処分は影響を受けません。行政処分
います。
は、行政訴訟によって取り消されるまでは有効
なものとして扱われます(取消訴訟の排他的管
1
轄、行政処分の公定力)。したがって、大阪の
そもそも、なぜネット競馬に対する課税が
事案でもまだ課税上、ネット競馬による競馬所
行われたのでしょうか。実は、
「ネット」であ
得は雑所得と確定したわけではありません。た
ることが最大の理由と考えられます。
「ネット」
だし、行政訴訟のほうでも、雑所得としての主
を通じた取引は、その形跡が残っているので
張が認められた大阪地裁判決がすでに出ていま
す。FX やアフリエイト(自分の HP で広告な
す。しかし、まだ控訴されていますので判決が
どの紹介をして得られる報酬)に対する課税の
確定していません ※ 6 。
流れから、ネット競馬に対する課税も行われて
いるのです。そして、話題に上ったネット競馬
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に関する問題ですが、
(調べた限りですが)全
今回の最高裁判決が示したように、ネット競
国で 5 件の事例があります。
馬による競馬所得は雑所得として判断されてい
最も注目されているのが、今回最高裁判決の
ます。なぜ、従来の一時所得ではなく、雑所得
出た大阪
と判断されているのでしょうか。大阪の事案を
※ 2
のものです。そのほかに、札幌
※ 3
、
東京で 2 件 ※ 4 、広島 ※ 5 の国税不服審判所での
基にそれぞれの判決内容を確認してみましょう。
裁決が出ています。このうち、訴訟が提起され
まず刑事訴訟の第 1 審である大阪地裁平成25
ているのが、大阪、札幌、東京のものと思われ
年 5 月23日判決 ※ 7 では次のように示されてい
ます。
ます。「本件馬券購入行為は、一般的な馬券購
今回の最高裁判決について注意しておきたい
入行為と異なり、その回数、金額が極めて多
のは、これが刑事事件に対する判決であるとい
数、多額に達しており、その態様も機械的、網
うことです。つまり、大阪の事案は単純無申告
羅的なものであり、かつ、過去の競馬データの
罪の刑事訴訟が問題になっているのです。他の
詳細な分析結果等に基づく、利益を得ることに
事例では刑事事件は問題になっていません。期
特化したものであって、実際にも多額の利益を
限後などで申告がなされているからです。とい
生じさせている。
うことは、大阪の事案では、刑事事件とは別
また、そのような本件馬券購入行為の形態は
に、課税処分の取消判決がなされなければ、今
客観性を有している。そして、本件馬券購入行
2015年 6 月10日(No.617)
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為は娯楽の域にとどまるものとはいい難い。
偶発的、単発的であるといえる。そして、この
…被告人の本件馬券購入行為は、一連の行為
ことは馬券の購入を単に連続して行ったとして
として見れば恒常的に所得を生じさせ得るもの
も何ら異なることはないから、一般的な馬券購
であって、その払戻金については、その所得が
入行為によるものである限り、的中馬券に対す
質的に変化して源泉性を認めるに足りる程度の
る払戻金が『営利を目的とする継続的行為から
継続性、恒常性を獲得したものということがで
生じた所得』に該当することはないものと解さ
きるから、所得源泉性を有するものと認めるの
れる」。このように、一般的には競馬の払戻金
が相当である」
。
に係る所得は一時所得であると示しています。
このように、本件の競馬所得は、
「営利を目
しかし、原告のような機械的・網羅的な馬券購
的とする継続的行為から生じた所得以外の一時
入行為は特殊で、
「継続的な馬券の購入という、
の所得」には該当せず、一時所得に当たらない
一連の継続的行為というべき」であるとしてい
と判断しました。つまり、競馬所得は、原則と
ます。そして、
「これらの一連の行為が、総体
しては一時所得ではあるけれど、例外的に本件
として、恒常的に所得を生じさせているものと
のように機械的・網羅的に多額かつ大量の馬券
認められるのであって、この継続的行為によっ
購入をしているような場合には、
「所得源泉性」
て獲得される払戻金が、偶発的な一時の所得で
を有することになり、雑所得に該当すると示し
あるということはできない」として、雑所得に
たのです。
該当すると判断しています。
また、控訴審判決である大阪高裁平成26年 5
月 9 日判決 ※ 8 でも、本件払戻金に係る所得は
3
雑所得と認められています。ただ、その理由に
いずれの判決も、本件競馬所得を雑所得とし
おいて、地裁判決が判断基準とした「所得源泉
て認めています。そして、その判断基準につい
性」について次のように述べています。「…原
ては、
「所得源泉性」という判断基準が否定さ
判決がいう所得源泉性がどのような概念かは…
れ、
「営利を目的とする継続的行為から生じた
不明確である上、一時所得や雑所得をも課税対
所得」かどうかを判断すれば足りると示されて
象とした現行の所得税法の下で、これを一時所
います。
得かどうかの判断基準として用いるのには疑問
また、競馬所得は一般的には一時所得にな
がある」
。
り、本件のような場合は例外であると示してい
このように、
「所得源泉性」いう基準の問題
ます。これを受けて、新たな問題として考えら
を指摘し、一時所得に当たるかどうかは、所得
れるのは、どういった場合に例外として行為の
税法34条 1 項の文言に従って、行為の態様、規
継続性が認められるのか、ということです。こ
模その他の具体的状況に照らして、
「営利を目
の判断基準について今後の検討が必要になりま
的とする継続的行為から生じた所得」かどうか
す。さらに、本判決では大谷裁判官の意見があ
を判断すればよい、としています。
り、この必要経費に関する部分については検討
そして税務訴訟のほうは、大阪地裁平成26年
が必要と思われます。
10月 2 日判決 ※ 9 が次のように判断しています。
なお、今回は刑事事件に関する判決ですが、
「確かに、一般的な馬券購入行為が、その性質
税務訴訟にも、特に大阪だけでなく札幌の事案
上、…馬券の当たり外れや獲得した払戻金の多
にも影響するでしょう。横浜地裁で事業所得と
寡を楽しむという趣味、娯楽の要素を含むもの
して争われている事案もありますので、その判
であり、馬券が的中するか否か、あるいは、そ
断基準がどうなるか、注目が必要と思われま
の的中した場合に得られる払戻金の額等につい
す。
ても偶然の要素が強いことからすれば、そのよ
うな一般的な馬券購入行為から生ずる所得は、
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ることが営利性や継続性を否定する根拠となる
追記
とは考え難いように思います。このような判断
5 月14日に東京地裁で札幌の事案について
基準は問題があると思われます。一時所得と雑
の判決が出ました。 3 月の最高裁判決もあ
所得、いずれに該当するかの判断基準はますま
りましたので注目されていましたが、 報道
す混乱すると考えられます。
(朝日新聞:http://www.asahi.com/articles/
ASH5G5JHNH5GUTIL01Y.html( 5 月15日確
認))によれば、原告の「馬券購入は一般的な
愛好家と変わらない」と判断され、敗訴してい
ます。原告は「大量に機械的に馬券を購入し、
投資の性質がある」と主張したということです
が、判決は、原告が「レースごとに個別に予想
※ 1 裁判所 HP。
※ 2 平成24年11月26日裁決(タインズ F0-1-491)
。
※ 3 平成24年 6 月27日裁決(タインズ J87-2-08、国税不
服審判所 HP(裁決事例集87号)http://www.kfs.
go.jp/service/JP/87/08/index.html)
。
※ 4 平成25年10月16日裁決(タインズ F0-1-541)、平成
25年 3 月27日裁決(タインズ F0-1-523)
。
して購入」していることから、
「機械的とは言
※ 5 平成24年 5 月15日裁決(タインズ F0-1-489)
。
えない」と判断したようです。そうすると、ソ
※ 6 札幌と東京の 1 つの事案は訴訟が提起されたようで
フトウェアを使用して自動的に、機械的かつ
網羅的に馬券を購入する場合に、
「一連の行為」
として認められ、その「一連の行為」が「営利
を目的とした継続的行為」といえることになる
すが、判決はまだ出ていません。広島の事案は訴訟
提起されていないようです。
※ 7 裁判所 HP、タインズ Z999-9119。
※ 8 裁判所 HP、タインズ Z999-9131。
※ 9 タインズ Z888-1887。
と考えられます。しかし、レースごとに予想す
広島修道大学法学部教授 奥谷 健(おくや たけし)
立命館大学大学院法学研究科博士前期課程公法専攻修了後、2001年から島根大学法文学部講師、
助教授(2004年・准教授)
、2011年より広島修道大学法学部准教授を経て、2014年より現職。
ドイツ税法を比較対象に、所得税や相続税を中心に研究を行っている。主な研究業績は、
「市場
所得説の生成と展開(一)
(二・完)」 民商法雑誌122巻3号324頁、4・5号575頁、
「所得税
における基礎控除と担税力」 税法学551号37頁、
「相続税の課税根拠と課税方式」税法学561
号255頁など。
表紙説明
馬が遊ぶ隠岐の島・国賀海岸
島根県隠岐の島
隠岐・西の島の国賀海岸(くにがかいがん)
たに碧い海と空が混然と交わる水平線、眼下に
は、溶岩が海蝕により削られた通天橋などの奇
は通天橋や摩天崖がファンタジックな風景を展
岩奇勝と、海より200m余りも垂直に立ち上る
開している。野生化している馬は人を恐れるこ
摩天崖などの断崖絶壁、そしてその上に拡がる
ともなく、首を擦り寄せ愛情表現にいそしんで
緑の草原から成る日本有数の景勝地。
いる。微笑ましくて、ついシャッターを押した。
近くには牛や馬がのんびりと草を食み、かな
(広島西支部 山本 哲生)