経済のための数理基礎2 数の積に逆数があるように、行列の積にも逆行列なるものが考えられる。 2 逆行列 実数 a に対し、その逆数 a−1 とは、aa−1 = a−1 a = 1 となる数である。もちろん、すべての数に対し て存在するわけではなく、0−1 は存在しない。これを行列で考えると以下のようになる。 定義 2.1 (逆行列). 正方行列 A に対し、その逆行列 (inverse matrix) とは、 AX = XA = E を満たす行列 X である。逆行列は常に存在するわけでなく、逆行列が存在するような行列を正則行列 (regular matrix) と呼ぶ。 注意 2.2. 逆行列が存在すれば、それは一意的である。つまり、A の逆行列が2つ X, Y として存在した とすると、 X = XE = X(AY ) = (XA)Y = EY = Y となる。よって逆行列を A−1 で表す。 定理 2.3. 2次の正方行列 ( A= a b c d ) に対し、逆行列が存在するための必要十分条件は ad − bc ̸= 0 であり、 ( ) d −b 1 −1 A = ad − bc −c a である。 証明 実際 AA−1 と A−1 A を計算してみればよい。 定理 2.4. 行列 A, B はともに正則行列とする。このとき、次が成り立つ。 1. 逆行列 A−1 も正則であり、(A−1 )−1 = A 2. A の転置行列も正則で、(t A) −1 = t (A−1 ) 3. 行列の積 AB も正則で、(AB)−1 = B −1 A−1 証明 1 は、AA−1 = A−1 A = E を A−1 を主体に見れば、A が A−1 の逆行列であることがわかる。2 は、 t At (A−1 ) = t (A−1 A) = t E = E t (A−1 )t A = t (AA−1 ) = t E = E であり。逆も −1 なので、(t A) = t (A−1 ) である。3 は演習。 1 例 2.5. ( A= ( 1 =− 2 A ) 3 4 において、ad − bc = 4 − 6 = −2 であるため、 −1 1 2 ) −2 1 4 −3 命題 2.6. 1つの行、あるいは1つの列の成分がすべて 0 である行列は正則でない。 証明 n 次正方行列 A = (aij ) の第 i 行がすべて 0 であるとする。すなわち、 ai1 = ai2 = · · · = ain = 0 とする。このとき、AX = E となる行列 X = (xij ) が存在したとする。このとき、AX の ii の成分は、 n ∑ aik xki = 0 k=1 であるが、E の ii 成分は 1 なので矛盾する。 定義 2.7. An = O を満たす自然数 n が存在するとき、A をべき零行列(nilpotent matrix)と呼ぶ。 例 2.8. はべき零行列である。 0 1 0 0 0 A2 = 0 さらに、 1 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 1 0 0 1 = 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 A3 = A2 A = 0 0 A = 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 = 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 = O 0 命題 2.9. べき零行列は正則でない。 証明 演習。 命題 2.10. A をべき零行列とする。このとき、E − A は正則である。 証明 A がべき零行列なのである自然数 n に対し、An = O を満たす。 (E − A)(E + A + A2 + · · · + An−1 ) = E − An = E であり、逆の掛け算も同様に E となるので、 (E − A)−1 = E + A1 + A2 + · · · + An−1 である。 命題 2.11. A が正則な対称行列である時、A−1 もまた対称行列である。 2 証明 示すべきことは、t (A−1 ) = A−1 である。まず、AA−1 = E であることから、両辺の転置をとって も同じである。 t (AA−1 ) = t E このとき、右辺は t E = E であり、左辺に積の転置行列の公式を用いて、 t (A−1 )t A = E A が対称行列であることから、t A = A なので、 t (A−1 )A = E である。このとき、両辺に右から A−1 をかけると、 t (A−1 )AA−1 = EA−1 となり、これより、t (A−1 ) = A−1 を得る。 命題 2.12. A が正則な交代行列である時、A−1 もまた交代行列である。 証明 演習。 3
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