第 章 確率と確率変数

第 章 確率と確率変数
原子や分子の集団のようにある種のものの集団に関して現れる偶
然現象を考えるとき そのようなものの集団の数理モデルは確率空
間として与えられる
これは その集団において ある偶然的な事象が起こることの確
からしさを から までの実数として表現することによって表す数
理モデルである このような から までの数値をその考える事象
が起こる確率といい その値が大きい程その事象が起こる確からし
さ すなわち蓋然性が高いと考える
から までの数値の代わりに百分率の数値を用いることがある
実際 天気予報において 降水確率が
パーセントであるなどとい
う用い方がある
確率の定義
本項においては 公理的方法を用いて確率の概念の定義を与える
定義
確率の概念 空間 とその上の部分集合の族から
を満たす
なる加法族 とその上の集合関数 が次の条件
とき それらの複合概念
を確率空間とい
い
を
上の確率測度という:
は空でない集合である
は
の部分集合の族で 次の
を満たす:
このとき
は
たす:
は完全加法族あるいは
加法族という
上定義された集合関数で 次の
を満
可算直和
完全加法性
このとき
を標本空間
の元を可測事象といい
率という
の部分集合を事象
の元を根元事象
に対し
の値を事象 の確
このように 確率空間
が与えられたとき 事象のう
ちで可測事象に対してだけ確率が定義できる
一般に 公理的方法において確率的現象を考察するときには 一つ
を基礎において 測度論的確率論を用い
の確率空間
て研究する これは 数学的には測度論・積分論の特別な例である
一般に ある集団についての統計的現象の研究においては 数理
モデルとして一つの確率空間
が与えられているとす
る このとき
の中を変動する元である根元事象を と表す 統
計学的には これは個々の試行の結果に相当する
を の事象と
するとき
であるとは 試行 の結果として事象 が起こる
ことを意味する 特に
であるとき 試行の結果
とな
る確率が
である
事象に対して の部分集合としての集合算が定義される すなわ
ち 事象を部分集合と考えて計算したとき 和集合 共通部分 余集
合をそれぞれ和事象 積事象 余事象という また 全空間
空集
合 をそれぞれ全事象 空事象という
このとき 定義
の条件
における完全加法族 は集合
代数であるということがある
算の立場から
二つの事象
が排反であるとは 条件
が満たされ
ることをいう
が排反事象であるとき 和事象
は直和で
あるといい
と表す
であるとき 事象 は事象 の
部分事象であるという
定理
次の
が成り立つ:
証明 定理
の
において
あるときの特別の場合である
定理
の
によって
したがって
によって
で
ゆえに 定理
の
によって
事象の可算列に対して
定理
次の
と同様にして証明される
が成り立つ:
に対し
有限加法性
直和
確率の単調性
確率の完全劣加法性
証明 定義
とおくと
の
において
が成り立つ このとき
であるから
が証明される
定義
の
ある
直和分割
において
が成り立つから
の直和分割
が成り立つから
定理
によって
と
によって
全確率の定理 次が成り立つ:
の場合で
証明 であるから 定理
事象
という
に対し
定理
あって
を
確率の減法性 特に
の
から
によって
を引いた差事象
ならば
で
であるとき
証明 略
空間
が可算集合
であるとき 確率空間
義される:
完全加法族
次の条件
は
を次の条件
によって定
の部分集合全体からなる集合族である
が成り立つ:
事象
=
なる事象であるとき
が根元事象のみから
である ここで
あって 条件
は正の実数列で
を満たす
に対して
が成り立つ
このとき 上記の確率空間
を離散的確率空間という
特に サイコロを振ってでる目の数についての確率の計算のよう
に 空間 が有限集合である場合には次のような確率空間を考える
ことがある
空間
が有限集合
である
有限加法族
次の条件
は
の部分集合全体からなる集合族である
が成り立つ:
事象
=
らなる事象であるとき
である ここで
列であって 条件
を満たす
が根元事象のみか
は正の有限実数
に対して
が成り立つ
個のサイコロの目に関する確率事象を考察するときには上記の
確率空間としては 空間
を考え 確率測度は
によって与えられると考える
このような有限的確率空間を考えるときには確率の概念の定義と
しては 定義
の代りに次の定義
を用いる方が良い
定義
確率の概念 空間 とその上の部分集合の族から
なる加法族 とその上の集合関数 が次の条件
を満たす
とき それらの複合概念
を確率空間とい
を
上の確率測度という:
い
は空でない集合である
は
の部分集合の族で 次の
このとき
は有限加法族という
を満たす:
は
たす:
上定義された集合関数で 次の
を満
直和
有限加法性
このとき
を標本空間
の元を可測事象といい
率という
の部分集合を事象
の元を根元事象
に対し
の値を事象 の確
以下 本書においては 主として定義
において定義された確
率空間を考える 特別な例として有限的確率空間が現れるだけであ
ることを注意しておく
条件付き確率と独立事象
いま 一つの確率空間
このとき 二つの可測事象
を 関係式
確率
を考える
に対し 条件
のもとでの
の
によって定義する ここで
であると仮定する
これは事象 が起こる場合に事象 が起こる確率を表している
これは事象 の起こる確率
に対する事象
の起こる確
率
の割合である
条件付き確率
を記号
で表すこともある
次に 条件付き確率の性質について考察する 以下においては 考
える事象はすべて可測であると仮定する
定理
いま
確率に対して 次の
であるとすると 条件付き
が成り立つ:
が二つずつ互いに排反ならば
特に
証明 単調性によって
ゆえに
であるから 定理
の
の定義によって
等式
が成り立つから 定義
このとき 両辺を
の
によって
で割って等式
が証明される
の確率の
条件付き確率の定義より明らか
系
特に
証明 条件付き確率の定義より明らか
いま
し
であるとき
と
に対し
とする このとき 定理
より
は確率空間になる これを条件 のもとでの条件付き確率空間と
いう
定理
いま
であるとすると
証明 等式
が成り立つ ゆえに 定理
このとき 両辺を
定理
の
によって
で割って定理が証明される
次が成り立つ:
証明 条件付き確率の定義より明らか
定理
乗法定理 次の
が成り立つ:
に対し
らば
とし 次の条件付き確率が定義されるな
証明 条件付き確率の定義より明らか
帰納法を用いて証明される
いま いくつかの事象
を考える このとき これ
らの事象
が独立であるということは そのうちの各
事象の確率が 他の事象やそれらの事象の余事象から作られる積事
象のいずれの条件のもとでのその事象の条件付き確率に等しいこと
である
定理
の
によって次の定理が得られる
定理
が独立ならば 等式
が成り立つ
定理
完全確率の定理 ならば 任意の事象
に対し
証明 等式
が成り立つから 定義
理の等式が証明される
定理
の
と定理
ベイズの定理 ならば 任意の事象
証明 条件付き確率
によって定
に対し
の定義と定理
を得る この等式の第 辺の分母に式
によって定理の等式が証明される
の
の
によって
の右辺を代入すること
ベイズの定理は主として次のような場合に応用される
すなわち いま 事象
は互いに排反で しかもすべ
ての場合を尽くす原因とする このとき 一つの事象 がすでに起
こったことを知ったとき これが第 の原因
によって起こった確
が ベイズの定理を用いて計算される
率
ここで
を の原因の確率あるいは事後確率といい
を存在の確率あるいは事前確率という
確率変数
統計学の目的は ある集団について実際の調査や試行を行うこと
によって得られた数値データに基づいて その集団についての統計
学的な情報の正しさや有意性について統計学的な判断を行うことで
ある そのための数理モデルとして 確率空間とその上で定義され
た確率変数を考える ある集団は確率空間に対応すると考え 数値
データは確率変数の標本と考えられる このような標本を用いて
確率変数の分布状態に関する知識や 統計量についての統計学的な
情報を導き出すのである
したがって 確率変数の概念は統計学の理論において基本的な概
念である 本節においては 確率変数の概念の定義とその基本性質
について考察する
いま 次の確率変数の定義を与える
定義
一つの確率空間
が与えられていると
において定義された実数値 価関数
する このとき
が確率変数であるとは 任意の実数 に対して 条件
が満たされることをいう
このとき 確率変数を単に変数ということがある
いま 確率空間 上の確率変数 が与えられたとき 各試行 の
に対して実数値
が一意に対応していると考えている
結果
更に 簡単のために 記号
などを用いることがある
定義
一つの確率空間
を考える このとき 実関数
上定義された確率変数
を条件
によって定義するとき これを
の分布関数という
ここで 分布関数の基本性質について考察する
定理
定義
が成り立つ:
の記号を用いる このとき 次の
任意の実数
に対して
任意の実数
に対して
は広義単調増加関数であって 任意の実数
に対し
証明 式
等式
によって明らか
によって明らか
のとき 等式
が成り立つから 等式
が得られる したがって
される
定理
任意の実数
確定であり 関係式
を満たす
特に
となり 式
に対して
が証明
は有限
は各点において左連続である また 等式
が成り立つ
証明 定理
によって 極限値
が有限確定値として定まることが従う
したがって 式
と式
の三つの等号を証明すればよい
いま に収束する単調増加数列を
とするとき 等式
が得られる ゆえに 式
によって 等式
を得る
また
に発散する単調減少数列
に発散する単調増加数列
を用いて上と同様にして式
が証明される
定理
任意の実数
に対して 等式
が成り立つ
証明 に収束する単調減少数列を
とすると 等式
が成り立つ したがって 等式
を得る ゆえに 等式
が成り立つことが証明される
確率変数の変域とは
の関数としての確率変数の値域のことを
いう
一般に 確率変数の変域としては種々のものが考えられるが 本
書では 簡単のために 高々可算集合である場合と実数直線上の一
つの区間である場合だけを考える これらの変域をもつ確率変数を
それぞれ離散変数あるいは連続変数という
注意
いま 確率空間
上定義され実数値
の確率変数
を考え
の変域を
とする このとき
の部分集合からなる加法族
と
上の確率
が次の
を満たすように定められていると
測度
する:
ここで
は
のボレル集合全体からなる集合族を表し
は に含まれるボレル集合全体からなる集合族を表す
に対し
ここで
が定義
の意
味の確率空間になっているとする このとき この確率空間を確率
変数
の確率分布という
簡単のために これを
と表すことがある
数学的には 確率変数 の確率分布
は の分布関数
を用いて ルベーグ・スティルチェス測度空間として決定さ
れる
とくに
である場合を考えることもあることを注意する
ここで 大事なことは確率分布
が確率空間であるとい
う事実である
本書で考察する特別なクラスの確率変数に対して後の章で条件を
示す
特に 連続変数の場合には がある確率密度
を用いて
に対し
を満たすように定められるようなものについて考察する
ここで 確率密度
は
であって 条件
満たす