と表す方法が一通りに決まるとき,この和空間は直和であるといい,W1 ⊕ · · · ⊕ Wk で表す. 前回の講義で線形空間を定義し,部分空間の作り方の一つとして「生成」を紹介した.今回は 和空間 W = W1 + · · · + Wk が直和であるためには,各 i = 2, . . . , k に対して まず,部分空間の作り方として,共通部分と和空間を紹介し,その後で線形空間の基底について述 べる. 4.2.3 (W1 + · · · + Wi−1 ) ∩ Wi = {0} となることが必要十分である. 共通部分と和空間 K 上の線形空間 V の部分空間 W1 , W2 があるとき,その共通部分 W1 ∩ W2 は V の (あるい 問 4.2.2 これを示せ. は W1 の,W2 の) 部分空間である. 問 4.2.1 これを確かめよ.即ち,W1 ∩ W2 は,前回述べた (S0), (S1), (S2) を満たすことを確か 4.3 めよ. 基底と座標 前回,抽象的な線形空間を定義した.抽象的なままで扱うことにも利点があるが,座標系を導入 同じ状況設定の下で,和集合 W1 ∪ W2 は (特別な場合を除き) V の部分空間にならない.そこ して具体的な計算を行えるようにしておくと,何かと便利である.また,Rn や C n のように,あ で W1 ∪ W2 で生成される部分空間 らかじめ標準的な座標系が入っている場合でも,それと異なる新たな座標系を導入する方が,直面 している問題を解決する際には便利なことが多い. Span⟨W1 ∪ W2 ⟩ = {x1 + x2 | x1 ∈ W1 , x2 ∈ W2 } では新たに座標系を導入するには,何が必要であろうか? 誰でも思いつくように, を考え,これを W1 と W2 の和空間といい,W1 + W2 で表す.特に W1 + W2 の各元 x に対し, (1) 座標軸の方向 x = x1 + x2 (x1 ∈ W1 , x2 ∈ W2 ) と表す方法が一通りに決まるとき,W1 + W2 は W1 と W2 の 直和であるといい,W1 ⊕ W2 で表す. (2) 一目盛り を指定すればよいが,線形空間の場合には,ベクトルの組を用いて指定すればよい.この「座標系 を導入するのにちょうど良いベクトルの組」が,これから述べる「基底」である. 命題 4.2.3 線形空間 V の二つの部分空間 W1 , W2 があるとき,和空間 W1 + W2 が直和であるた 基底の定義に移る前に,線形空間に一つ制約を課しておく. めには,W1 ∩ W2 = {0} となることが必要十分である. 一般の線形空間を考えると,座標軸が無限本必要な場合も出てくる.この講義ではそのような場 合は排除し,有限本で収まるような線形空間のみを考えることにする.もっと正確に述べると以下 例 4.2.4 (1) V = R3 とし,u1 , u2 を方向ベクトルする 2 直線 のようになる: を考える.ただし,u1 , u2 は平行でないとする. 以下の講義では特に断らない限り,線形空間 V として,有限個の元で生成されるもの,即ち a1 , . . . , am ∈ V をうまく取れば,V = Span⟨a1 , . . . , am ⟩ と表されるもののみ扱う.このとき V は有限次元であるといい,有限次元でないとき,V は無限次元であるという. このとき W1 ∩ W2 = {0} であり,和空間は 命題 4.3.1 V が有限次元線形空間であるとき,V のどの部分空間も有限次元である. Wi := {tui | t ∈ R}, (i = 1, 2) W1 + W2 = {t1 u1 + t2 u2 | t1 , t2 ∈ R} この命題の主張は当たり前に感じるが,きちんと証明するのは結構面倒なので,ここでは証明抜き で認めて,先に進むことにする.(時間があれば証明します.) であるが,これはこの 2 直線を含む平面に他ならない.なお,2 直線の共通部分が {0} なの で,この和空間は直和である. さて,座標軸の指定の話に戻ろう.座標軸の方向と一目盛りは,ベクトルの組を以て指定すれば (2) V = R3 とし,W1 , W2 を,原点を通る相異なる 2 平面とする.このとき W1 ∩ W2 は 2 平面 の交線であり,W1 + W2 は V = R3 全体である.共通部分が {0} ではないので,この和空 間は直和でない. よいと述べた.ここで平面や空間の座標系について真面目に再考すれば,必要十分な本数の座標軸 を指定するには,ベクトルの組に (1) 線形独立 3 個以上の (有限個の) 部分空間 W1 , . . . , Wk に対しても,共通部分 W1 ∩ · · · ∩ Wk , 和空間 W1 + · · · + Wk を同様に定める.また,x ∈ W1 + · · · + Wk に対し, x = x1 + · · · + xk , (2) V を生成 という条件を課せばよいことがわかる(ここの部分の説明は,図を描くとやりやすいので,プリン トには書かず,板書で説明します). 「線形独立」という概念は,前期第 8 回で数ベクトルに対して x1 ∈ W1 , x2 ∈ W2 , . . . , xk ∈ Wk 定義したが,その定義はそのまま抽象的な線形空間に対しても適用できるので,再定義しておこう. 26 V を K 上の線形空間とする.ベクトルの組 a1 , . . . , am ∈ V があるとする. このとき,(4.3) を ( (1) k1 a1 + · · · + km am x = a1 (k1 , . . . , km ∈ K) という形のベクトルを,a1 , . . . , am の線形結合という. ... k ) 1 . an .. kn (4.4) と書き,(k1 , . . . , kn ) (またはこれを転置した縦ベクトル) を基底 a1 , . . . , an に関する x の座標と (2) いう 1 . k1 a1 + · · · + km am = 0 ( ) ( ) a b ※ 例えば V = R で a1 = , a2 = のとき, c d (4.1) 2 という関係を,a1 , . . . , am の線形関係という. ( ) ( ) ( ) ( )( ) ( a b k1 a + k2 b a b k1 k1 a1 + k2 a2 = k1 + k2 = = = a1 c d k1 c + k2 d c d k2 特に,(k1 , . . . , km ) = (0, . . . , 0) のとき,自明な線形関係という. (3) 命題 k1 a1 + · · · + km am = 0 ⇒ (k1 , . . . , km ) = (0, . . . , 0) (4.2) ( ) ) k 1 a2 k2 である.(4.4) は,この書き方を抽象的なベクトルに対しても適用したものである. が成り立つとき,a1 , . . . , am は線形独立であるといい,そうでないとき a1 , . . . , am は線形従 属であるという. 例 4.3.4 (1) V = K n のとき,基本ベクトル全体の組 (4) b = k1 a1 + · · · + km am と表されるとき,b は a1 , . . . , an に線形従属であるという. 1 0 e1 = .. , . ※ この一連の用語で, 「線形」という言葉を「一次」という言葉で置き換えて, 「一次関係」「一次 独立」などと言うことも多い. ※ この定義の (3) を別の言い方で述べると, 0 「(4.1) を満たす (k1 , . . . , km ) が (0, . . . , 0) しかないとき a1 , . . . , am は線形独立」 「(4.1) を満たすような (k1 , . . . , km ) ̸= (0, . . . , 0) があるとき a1 , . . . , am は線形従属」 0 1 e2 = .. , . ..., 0 0 en = .. . 0 は V の基底である.これを K n の標準基底という. となる. (2) K 係数の n 次以下の多項式全体の集合 Pn (K) (前回の例) の基底として,例えば 1, x, x2 , . . . , xn を取ることができる. 命題 4.3.2 a1 , . . . , am が線形従属なら,これらのうちの少なくとも一つのベクトルは,他のベク (3) R2 や R3 の原点を通る直線 x = tu (t ∈ R) (ただし u ̸= 0) の基底として,u を採用できる. トルに線形従属である.即ち,係数を適切に選べば, ai = k1 a1 + · · · + ki−1 ai−1 + ki+1 ai+1 + · · · + km am (4) R3 の原点を通る平面 x = su + tv (s, t ∈ R) (ただし u と v は平行でない) の基底として, u, v を採用できる. と表すことができる. これで用語が揃った.座標系をうまく定めるようなベクトルの組は,以下のようなものである: 有限次元線形空間 V のベクトルの (順序づけられた) 組 a1 , . . . , an が次の 2 条件を満たすとき, a1 , . . . , an は V の基底であるという: (B1) a1 , . . . , an は線形独立である (B2) a1 , . . . , an は V を生成する,即ち V = Span⟨a1 , . . . , an ⟩ 命題 4.3.3 線形空間 V のベクトルの組 a1 , . . . , an が V の基底であるためには,どの x ∈ V も x = k1 a 1 + · · · + kn a n , 1 k1 , . . . , kn ∈ K (4.3) と表され,この表示法が x に対してただ一通りに定まることが,必要十分である. 1 この言い方はあまり一般的でないかもしれないが,便利なのでこの講義では使うことにする. 27
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