No.14

と表す方法が一通りに決まるとき,この和空間は直和であるといい,W1 ⊕ · · · ⊕ Wk で表す.
前回の講義で線形空間を定義し,部分空間の作り方の一つとして「生成」を紹介した.今回は
和空間 W = W1 + · · · + Wk が直和であるためには,各 i = 2, . . . , k に対して
まず,部分空間の作り方として,共通部分と和空間を紹介し,その後で線形空間の基底について述
べる.
4.2.3
(W1 + · · · + Wi−1 ) ∩ Wi = {0}
となることが必要十分である.
共通部分と和空間
K 上の線形空間 V の部分空間 W1 , W2 があるとき,その共通部分 W1 ∩ W2 は V の (あるい
問 4.2.2 これを示せ.
は W1 の,W2 の) 部分空間である.
問 4.2.1 これを確かめよ.即ち,W1 ∩ W2 は,前回述べた (S0), (S1), (S2) を満たすことを確か
4.3
めよ.
基底と座標
前回,抽象的な線形空間を定義した.抽象的なままで扱うことにも利点があるが,座標系を導入
同じ状況設定の下で,和集合 W1 ∪ W2 は (特別な場合を除き) V の部分空間にならない.そこ
して具体的な計算を行えるようにしておくと,何かと便利である.また,Rn や C n のように,あ
で W1 ∪ W2 で生成される部分空間
らかじめ標準的な座標系が入っている場合でも,それと異なる新たな座標系を導入する方が,直面
している問題を解決する際には便利なことが多い.
Span⟨W1 ∪ W2 ⟩ = {x1 + x2 | x1 ∈ W1 , x2 ∈ W2 }
では新たに座標系を導入するには,何が必要であろうか? 誰でも思いつくように,
を考え,これを W1 と W2 の和空間といい,W1 + W2 で表す.特に W1 + W2 の各元 x に対し,
(1) 座標軸の方向
x = x1 + x2 (x1 ∈ W1 , x2 ∈ W2 ) と表す方法が一通りに決まるとき,W1 + W2 は W1 と W2 の
直和であるといい,W1 ⊕ W2 で表す.
(2) 一目盛り
を指定すればよいが,線形空間の場合には,ベクトルの組を用いて指定すればよい.この「座標系
を導入するのにちょうど良いベクトルの組」が,これから述べる「基底」である.
命題 4.2.3 線形空間 V の二つの部分空間 W1 , W2 があるとき,和空間 W1 + W2 が直和であるた
基底の定義に移る前に,線形空間に一つ制約を課しておく.
めには,W1 ∩ W2 = {0} となることが必要十分である.
一般の線形空間を考えると,座標軸が無限本必要な場合も出てくる.この講義ではそのような場
合は排除し,有限本で収まるような線形空間のみを考えることにする.もっと正確に述べると以下
例 4.2.4 (1) V = R3 とし,u1 , u2 を方向ベクトルする 2 直線
のようになる:
を考える.ただし,u1 , u2 は平行でないとする.
以下の講義では特に断らない限り,線形空間 V として,有限個の元で生成されるもの,即ち
a1 , . . . , am ∈ V をうまく取れば,V = Span⟨a1 , . . . , am ⟩ と表されるもののみ扱う.このとき V
は有限次元であるといい,有限次元でないとき,V は無限次元であるという.
このとき W1 ∩ W2 = {0} であり,和空間は
命題 4.3.1 V が有限次元線形空間であるとき,V のどの部分空間も有限次元である.
Wi := {tui | t ∈ R},
(i = 1, 2)
W1 + W2 = {t1 u1 + t2 u2 | t1 , t2 ∈ R}
この命題の主張は当たり前に感じるが,きちんと証明するのは結構面倒なので,ここでは証明抜き
で認めて,先に進むことにする.(時間があれば証明します.)
であるが,これはこの 2 直線を含む平面に他ならない.なお,2 直線の共通部分が {0} なの
で,この和空間は直和である.
さて,座標軸の指定の話に戻ろう.座標軸の方向と一目盛りは,ベクトルの組を以て指定すれば
(2) V = R3 とし,W1 , W2 を,原点を通る相異なる 2 平面とする.このとき W1 ∩ W2 は 2 平面
の交線であり,W1 + W2 は V = R3 全体である.共通部分が {0} ではないので,この和空
間は直和でない.
よいと述べた.ここで平面や空間の座標系について真面目に再考すれば,必要十分な本数の座標軸
を指定するには,ベクトルの組に
(1) 線形独立
3 個以上の (有限個の) 部分空間 W1 , . . . , Wk に対しても,共通部分 W1 ∩ · · · ∩ Wk , 和空間
W1 + · · · + Wk を同様に定める.また,x ∈ W1 + · · · + Wk に対し,
x = x1 + · · · + xk ,
(2) V を生成
という条件を課せばよいことがわかる(ここの部分の説明は,図を描くとやりやすいので,プリン
トには書かず,板書で説明します).
「線形独立」という概念は,前期第 8 回で数ベクトルに対して
x1 ∈ W1 , x2 ∈ W2 , . . . , xk ∈ Wk
定義したが,その定義はそのまま抽象的な線形空間に対しても適用できるので,再定義しておこう.
26
V を K 上の線形空間とする.ベクトルの組 a1 , . . . , am ∈ V があるとする.
このとき,(4.3) を
(
(1)
k1 a1 + · · · + km am
x = a1
(k1 , . . . , km ∈ K)
という形のベクトルを,a1 , . . . , am の線形結合という.
...
 
k
)  1
.

an  .. 

kn
(4.4)
と書き,(k1 , . . . , kn ) (またはこれを転置した縦ベクトル) を基底 a1 , . . . , an に関する x の座標と
(2)
いう 1 .
k1 a1 + · · · + km am = 0
( )
( )
a
b
※ 例えば V = R で a1 =
, a2 =
のとき,
c
d
(4.1)
2
という関係を,a1 , . . . , am の線形関係という.
( )
( ) (
) (
)( )
(
a
b
k1 a + k2 b
a b
k1
k1 a1 + k2 a2 = k1
+ k2
=
=
= a1
c
d
k1 c + k2 d
c d
k2
特に,(k1 , . . . , km ) = (0, . . . , 0) のとき,自明な線形関係という.
(3) 命題
k1 a1 + · · · + km am = 0
⇒
(k1 , . . . , km ) = (0, . . . , 0)
(4.2)
( )
) k
1
a2
k2
である.(4.4) は,この書き方を抽象的なベクトルに対しても適用したものである.
が成り立つとき,a1 , . . . , am は線形独立であるといい,そうでないとき a1 , . . . , am は線形従
属であるという.
例 4.3.4 (1) V = K n のとき,基本ベクトル全体の組
(4) b = k1 a1 + · · · + km am と表されるとき,b は a1 , . . . , an に線形従属であるという.
 
1
 
0

e1 = 
 ..  ,
.
※ この一連の用語で,
「線形」という言葉を「一次」という言葉で置き換えて,
「一次関係」「一次
独立」などと言うことも多い.
※ この定義の (3) を別の言い方で述べると,
0
「(4.1) を満たす (k1 , . . . , km ) が (0, . . . , 0) しかないとき a1 , . . . , am は線形独立」
「(4.1) を満たすような (k1 , . . . , km ) ̸= (0, . . . , 0) があるとき a1 , . . . , am は線形従属」
 
0
 
1

e2 = 
 ..  ,
.
...,
 
0
 
0

en = 
 .. 
.
0
は V の基底である.これを K n の標準基底という.
となる.
(2) K 係数の n 次以下の多項式全体の集合 Pn (K) (前回の例) の基底として,例えば 1, x, x2 , . . . , xn
を取ることができる.
命題 4.3.2 a1 , . . . , am が線形従属なら,これらのうちの少なくとも一つのベクトルは,他のベク
(3) R2 や R3 の原点を通る直線 x = tu (t ∈ R) (ただし u ̸= 0) の基底として,u を採用できる.
トルに線形従属である.即ち,係数を適切に選べば,
ai = k1 a1 + · · · + ki−1 ai−1 + ki+1 ai+1 + · · · + km am
(4) R3 の原点を通る平面 x = su + tv (s, t ∈ R) (ただし u と v は平行でない) の基底として,
u, v を採用できる.
と表すことができる.
これで用語が揃った.座標系をうまく定めるようなベクトルの組は,以下のようなものである:
有限次元線形空間 V のベクトルの (順序づけられた) 組 a1 , . . . , an が次の 2 条件を満たすとき,
a1 , . . . , an は V の基底であるという:
(B1) a1 , . . . , an は線形独立である
(B2) a1 , . . . , an は V を生成する,即ち V = Span⟨a1 , . . . , an ⟩
命題 4.3.3 線形空間 V のベクトルの組 a1 , . . . , an が V の基底であるためには,どの x ∈ V も
x = k1 a 1 + · · · + kn a n ,
1
k1 , . . . , kn ∈ K
(4.3)
と表され,この表示法が x に対してただ一通りに定まることが,必要十分である.
1 この言い方はあまり一般的でないかもしれないが,便利なのでこの講義では使うことにする.
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