べき級数展開と応用

5章 巾級数展開とその応用
1
巾級数展開
|z| < 1 であれば,無限級数 1 + z + z 2 + · · · は収束して
1
= 1 + z + z2 + · · ·
1−z
が成り立つ.これは,C \ {1} 上で正則な関数
1
が {|z| < 1} 上で巾級数展開できることを主
1−z
張している.
本節の目標は,正則な関数が局所的には必ず巾級数展開できることを示すことである.実関数
のテーラー展開と同様の主張であるが,考え方が全く異なる.
f を領域 D 上の正則関数とし,a ∈ D とする.a を中心とし半径 r > 0 の円が D に含まれるよ
うに r を小さくとる.このとき,コーシーの積分公式より,この円の中の点 z に対して
∫
1
f (w)
f (z) =
dw
2πi |z−a|=r w − z
が成り立つ.
ここで,
f (z) =
1
2πi
∫
|z−a|=r
1
f (w)
dw =
(w − a) − (z − a)
2πi
∫
|z−a|=r
1
f (w)
z−a dw
w − a 1 − w−a
z−a
と変形すると,|w − a| = r, |z − a| < r より < 1 だから,(1 − z)−1 (|z| < 1) のべき級数
w−a
展開を用いると,
1
f (z) =
2πi
∫
f (w) ∑( z − a )n
dw
w−a
w−a
∞
|w−a|=r
n=0
∫
∞
∑
1
f (w)
=
dw · (z − a)n
2πi |w−a|=r (w − a)n+1
n=0
と展開できる.
コーシーの積分公式の帰結として示した等式
∫
1
f (w)
1
dw = f (n) (a)
2πi |w−a|=r (w − a)n+1
n!
を用いると,次が証明できたことになる.
定理 1.1 f を領域 D 上の正則関数とし,a ∈ D とする.r > 0 を,中心 a,半径 r の円が D に含
まれるようにとると,|z − a| < r ならば
f (z) =
∞
∑
f (n) (a)
n=0
n!
(z − a)n
と f を巾級数展開 (テイラー展開) できる.
1
2
一致の定理
領域 D 上の正則関数 f は,a ∈ D とすると z が a に十分近いならば
f (z) =
∞
∑
cn (z − a)n ,
cn =
n=0
f (n) (a)
n!
とテイラー展開される.
ここで,f (a) = 0 とすると,この展開は
f (z) = ck (z − a)k + ck+1 (z − a)k+1 + · · · = (z − a)k {ck + ck+1 (z − a) + · · · }
という形になる.ただし,ck ̸= 0.このとき,f は z = a を k 位の零点にもつという.
ここで,
g(z) = ck + ck+1 (z − a) + · · ·
とおくと,g(a) ̸= 0 である.g の連続性から,次が分かる.
定理 2.1 正則関数 f が a を零点とすると,a の近くでは f は a 以外に零点をもたない.
注意 2.2 定理 2.1 において,f が正則関数であるという仮定は外せない.例えば,f (z) = Im(z)
は実軸上で 0 である.
次の定理は,2 つの正則関数が収束する点列上で一致すれば,領域上で一致することを示す.
定理 2.3 f を領域 (開集合)D 上の正則関数とし,D 内の a に収束する点列 {an }∞
n=1 上で f (an ) =
0 (n = 1, 2, ...) とする.このとき,f は D 上で恒等的に 0 である.
証明. f (a) = lim f (an ) = 0 である.前の定理 2.1 より,r > 0 を十分小さくとると |z −a| < r,
n→∞
z ̸= a ならば f (z) ̸= 0 である.ところが,f (an ) = 0 であるから,これは f が {|z − a| < r} 上で
恒等的に 0 であるということである.
次に,f が恒等的に 0 である最大の領域を D′ とする.D′ ̸= D とすると,D′ の境界の点 b で
′
D に含まれる点が存在する.このとき,b に収束する点列 {bn }∞
n=1 で,bn ∈ D であるものが存在
する.
bn ∈ D′ だから f (bn ) = 0 で,上の議論から b を含む円板上で f は恒等的に 0 である.これは,
D′ が最大であることに反する.よって,D′ = D,つまり f は D 上で恒等的に 0 である.
2
3
最大値の原理
まず,正則関数の各点における値は,その点中心の円周上の値の平均と等しいことを示す.
定理 3.1 (平均値の定理) a ∈ C とし,f が円板 {z; |z − a| < R} (R > 0) 上で正則とすると,
1
f (a) =
2π
∫
2π
f (a + reθi )dθ
(0 < r < R).
0
証明.コーシーの積分公式より,
∫
1
f (z)
f (a) =
dz
2πi |z−a|=r z − a
である.z = a + reθi (0 5 θ 5 2π) と円周をパラメータ表示して
1
f (a) =
2πi
∫
2π
0
f (a + reθi ) θi
1
ire dθ =
θi
2π
re
∫
2π
f (a + reθi )dθ.
0
次の定理は,領域上で正則な関数は境界で「最大値」をもつことを示す.
定理 3.2 f は領域 D 上の定数関数でない正則関数とすると,|f (z)| は D の内部で極大値をもた
ない.
証明.D の内部の点 a で |f (z)| が極大とすると,十分小さい r > 0 に対して |z − a| 5 r ならば
|f (z)| 5 |f (a)| である.
ところが,平均値の定理より
∫ 2π
1
|f (a)| 5
|f (a + r′ eθi )|dθ
(r′ < r)
2π 0
であるので,これは |z − a| 5 r ならば |f (z)| = |f (a)| であることを意味する.
したがって,|z − a| 5 r ならば,f (z) = u(x, y) + v(x, y)i と書くと
|f (z)|2 = u(x, y)2 + v(x, y)2 = C (定数)
となる.これから,u, v が定数であることが分かり,f が定数関数でないという仮定に反する.よっ
て,|f (z)| は内部で極大値をとることはない.
詳しくいうと,u2 + v 2 が定数だから,
uux + vvx = 0,
uuy + vvy = 0
が成り立つ.コーシー・リーマンの関係式 ux = vy , uy = −vx を最初の等式に適用して
uvy − vuy = 0,
uuy + vvy = 0
となる.第1の等式に u を掛け,第2の等式に v を掛けて和をとると
(u2 + v 2 )uy = 0
となる.したがって,uy = 0 である.
同様に,ux = 0, vx = 0, vy = 0 となり,u, v は定数である.
3
4
リュービルの定理,代数方程式の根
定理 4.1 複素平面全体の上で正則かつ有界な関数は,定数関数である.
注意 4.2 実数上では,sin(x), cos(x) は有界で,何回でも微分可能である.
証明.f (z) の z = 0 のまわりのテイラー展開 f (z) =
∑∞
n=0 cn z
n
を考えると,係数 cn は
∫
∫ 2π
f (n) (0)
1
1
f (z)
f (reθi )
cn =
=
dz
=
ireθi dθ
n!
2πi |z|=r z n+1
2πi 0 (reθi )n+1
∫ 2π
1 1
=
f (reθi )e−nθi dθ
2π rn 0
によって与えられる.仮定から,|f (z)| 5 M とすると,
1
|cn | 5
2πrn
∫
2π
|f (reθi )|dθ 5
0
M × 2π
2πrn
となる.f は複素平面全体で正則だから r は任意に大きくできるので,この不等式は cn = 0 (n =
1, 2, ...) を意味する.よって,f (z) = c0 となる.
定理 4.3 n を 2 以上の整数とし,a0 , a1 , a2 , ..., an ∈ C とすると,n 次方程式
g(z) = a0 z n + a1 z n−1 + a2 z n−2 + · · · + an−1 z + an = 0
は,k 重根は k 個に数えることとすると,n 個の根をもつ.
証明.まず,根を 1 つもつことを示す.g(z) = 0 が根をもたないとすると,
1
は複素平面全
g(z)
1
1
→ 0 だから
は複素平面上で有界な関数である.した
g(z)
g(z)
1
は定数関数ということになるが,これは矛盾である.
がって,リュービルの定理から
g(z)
よって,g(z) = 0 は少なくとも 1 つ根をもち,根を α とすると g(z) = (z − α)g1 (z) と因数分解
される.g1 (z) は n − 1 次の多項式であるから,同様の議論で g1 (z) = 0 は根をもつ.以下,同じ
議論を繰り返せば g(z) = 0 が n 個の根をもつことが分かる.
体で正則であり,|z| → ∞ のとき
4