4章 コーシーの積分定理,コーシーの積分公式 本章では,複素解析における最も重要な 2 つの定理とその応用について述べる. 1 コーシーの積分定理 定理 1.1 (コーシーの積分定理) D を複素平面 C 内の区分的に C 1 級の単純閉曲線 C で囲まれた 領域とする.このとき,D ∪ C を含む領域で正則な関数 f に対して ∫ f (z)dz = 0 C が成り立つ. 証明. f (z) を実部 u と虚部 v に分けて,f (z) = u(x, y) + v(x, y)i とすると ∫ ∫ ∫ ∫ (∫ ) (∫ ) f (z)dz(= (u + vi)(dx + idy)) = udx − vdy + udy + vdx i C C C C C C が成り立つ.グリーンの定理より,これは ∫∫ ∫∫ ∫∫ (∫ ∫ ∂u ) ∂u ∂v ∂v − dxdy − dxdy + dxdy − dxdy i ∂y ∂x D ∂x D ∂y ∫D∫ ( ∫∫ ( D ) ) ∂u ∂v ∂u ∂v =− + − dxdy + i dxdy ∂y ∂x ∂y D D ∂x に等しい.f が正則関数であれば,コーシー・リーマンの関係式よりこの 2 つの積分の被積分関数 が 0 であるから,積分は 0 である. コーシーの積分定理より,複素平面上の 2 点を結ぶ (自分とは交わらない) 曲線に沿った正則関 数の複素積分は,曲線の取り方に依らないことが分かる.実際,C, C ′ をそのような直線とすると, C ∪ (−C ′ ) は単純閉曲線であり, ∫ ∫ ∫ ∫ ∫ 0= f (z)dz = f (z)dz + f (z)dz = f (z)dz − f (z)dz C∪(−C ′ ) C −C ′ C C′ が成り立つ.したがって, ∫ ∫ f (z)dz = f (z)dz C C′ が成り立つ. ∫ 以下,円周 C = {z; |z| = 1} に沿う複素積分 C 複素積分も同様である. 例 1.1 (1) f (z) = ez ∫ f dz を ∫ は C 上で正則だから, f dz と書く.他の簡単な曲線上の |z|=1 ez dz = 0. |z|=1 (2) f (z) = (z − i)−1 は円周 {z; |z − 1| = 1} の近傍で正則だから (図を書いて確認すること), ∫ 1 dz = 0. |z−1|=1 z − i 1 これに対して,{z; |z − 1| = 1} = {1 + eθi ; 0 5 θ 5 2π} であるから,複素積分の定義に戻って ∫ |z−1|=1 1 dz = z−1 ∫ 2π 0 1 (1 + eθi )′ dθ = 2πi eθi となる.注意:被積分関数 (z − 1)−1 はこの円上で正則ではない. 演習問題 1.1 次の等式が成り立つ理由を書け. ∫ ∫ z3 + z2 + 3 ez dz = 0, dz = 0 z1 + 1 |z−1|=1 |z+1|=2 (z + 2i)(z − 2) 定理 1.2 C0 を単純閉曲線とし,C1 は C0 で囲まれた領域に含まれる単純閉曲線とする.C0 と C1 で囲まれた領域を D とするとき,D を含む領域上の正則関数 f に対して ∫ ∫ f (z)dz = f (z)dz. C0 C1 注意 1.1 下の証明を見ると分かるように,f は C1 で囲まれた領域上で正則である必要はない.例 えば,C0 = {|z| = 2}, C1 = {|z| = 1} のとき,f (z) = z −1 としても等式は成り立つ. C0 , C1 を分解して,区分的に C 1 級の閉曲線 C1′ , C2′ を図のように定める: 証明. C1′ = C0 ∪ ℓ1 ∪ (−C1 ) ∪ ℓ2 , (1) (1) コーシーの積分定理より, ∫ ∫ ∫ f dz + f dz − (1) C0 ∫ (2) C0 ℓ1 f dz − ∫ f dz − ℓ2 (2) ∫ (1) f dz + C1 ∫ C2′ = C0 ∪ (−ℓ2 ) ∪ −(C1 ) ∪ (−ell2 ). (2) C1 f dz = 0, ℓ2 ∫ f dz − f dz = 0 ℓ1 2 (2) が成り立つ.したがって,辺々を加えて ∫ ∫ ∫ f dz + f dz = f dz, (1) (1) (2) C0 C0 ∫ ∫ f dz + (2) C1 f dz = C1 を用いると, ∫ ∫ f dz − C0 C0 ∫ f dz C1 f dz = 0 C1 となる. ∫ ∫ f dz + · · · + f dz = C0 ∫ C1 f dz Cn が成り立つことは,同様に示される. ∫ 例 1.2 r > 0 とする.|a| < r を満たす a ∈ C に対して, 1 dz = 2πi. |z|=r z − a 証明.中心 a、半径 δ の円が,円 {|z| 5 r} に含まれるように δ > 0 を十分小さくとると,定理 1.2 より, ∫ ∫ 1 1 dz = dz |z−a|=δ z − a |z|=r z − a が成り立つ.右辺は,積分の定義より ∫ 2π ∫ 1 1 dz = δieθi dθ = 2πi δeθi 0 |z−a|=δ z − a となり,結論を得る. なお,n が −1 以外の整数であれば, ∫ ∫ n (z − a) dz = (z − a)n dz = 0 |z|=r |z−a|=δ が成り立つ. 3 z n の単位円周 {|z| = 1} 上の積分についてまとめると, (1) n = 1, 2, ..., のときは,z n は単位円の内部およびその近傍で (実際は C 全体で) 正則関数なの で,コーシーの定理より, ∫ z n dz = 0 (n = 1, 2, ...). |z|=1 (2) n = −1 のときは,z = 0 で正則ではなく,定義に戻って計算すると ∫ 1 dz = 2πi. |z|=1 z (3) n = −2, −3, ... のときは,z = 0 で正則ではなく,定義に戻って計算すると,この場合は ∫ z n dz = 0 (n = −2, −3, ...). |z|=1 コーシーの積分定理の応用例を幾つか挙げる. ∫ ∞ π sin x dx = . 例 1.3 x 2 0 eiz f (z) = とおく.z = x ∈ R のとき, z f (x) = cos x + i sin x x である. 2 点復習する. (i) 3 節で述べたように,曲線 C = {z(t) ; a 5 t 5 b} に対して ∫ ∫ b ∫ b f (z)dz = f (z(t))z ′ (t)dt 5 |f (z(t))| · |z ′ (t)|dt. C a a 2 π に対し θ 5 sin θ 5 θ. (証明は,簡単) 2 π 0 < δ < R として,原点中心で半径 R の円の上半分を CR ,−R と −δ を結ぶ線分を C1 ,原点中 心で,半径 δ の円の上半分を Cδ ,δ と R を結ぶ線分を C2 とする.ただし,半円の向きは正の方 向に,線分の向きは実部が増加する方向にとる.(図を描いて確認せよ!) さらに, (ii) 0 5 θ 5 C = CR ∪ C1 ∪ (−Cδ ) ∪ C2 とおくと,C は区分的に C 1 級であり,半円は次のようにパラメータ表示される: CR = {Reθi ; 0 5 θ 5 π}, Cδ = {δeθi ; 0 5 θ 5 π}. f は C の内部およびその近傍で (z = 0 を含んでいなければ) 正則だから,コーシーの積分定理 より ∫ ∫ ∫ ∫ f (z)dz + f (z)dz − f (z)dz + f (z)dz = 0 (*) CR C1 Cδ C2 が成り立つ.右辺の積分を計算して,R → ∞, δ → 0 として,結論を得る作戦である. 4 まず,C1 , C2 上の積分の和は, ∫ ∫ ∫ f (z)dz + f (z)dz = C1 C2 R ∫ = δ ∫ R cos x + i sin x cos x + i sin x dx + dx x x −R δ ∫ R ∫ R cos(−t) + i sin(−t) cos x + i sin x sin x dt + dx = 2i dx −t x x δ δ −δ となり,ここから目標の積分が出てくる. Cδ 上の積分は,パラメータ表示を使って, ∫ ∫ π iδeθi ∫ π eiz e θi θi dz = iδe dθ = i eiδe dθ θi δe Cδ z 0 0 となるから, ∫ lim f (z)dz = πi δ→0 Cδ が成り立つ. CR 上の積分は,媒介変数表示を用いて ∫ ∫ π iReθi ∫ π eiz e θi dz = iRe dθ = i eiR(cos θ+i sin θ) dθ θi z Re CR 0 0 となる.準備した 2 つのことを用いると, ∫ eiz ∫ π iR cos θ −R sin θ dz 5 e e dθ 0 CR z ∫ π ∫ π ∫ 2 −R sin θ −R sin θ e dθ = 2 = e dθ 5 2 0 ∫ となるから, 0 π 2 e− π Rθ dθ = 2 0 π (1 − e−R ) 2R f (z)dz → 0 (R → ∞) が成り立つ. CR したがって,(*) において R → ∞, δ → 0 とすれば, ∫ ∞ sin x 2i dx − iπ = 0 x 0 が得られて,結論を得る. ∫ ∞ ∫ 2 演習問題 1.2 e−x cos(px)dx = −∞ ∞ e−x e−ipx dx = 2 √ −∞ πe− 4 p 1 2 (p ∈ R) を次のようにして 示せ. (1) R > 0 として,−R,R,R + p2 i,−R∫ + p2 i を 4 頂点とする長方形の辺を, C1 = [−R, R] とし ∫ e−z dz, C2 ことを示せ. ∫ 2 (2) e−z dz を簡単にせよ. e−z dz が,R → ∞ のとき 0 に収束する 2 て,順に C2 , C3 , C4 とする.このとき, 2 C4 C3 (3) C1 ∪ C2 ∪ C3 ∪ C4 上の積分に対するコーシーの積分定理の帰結を書き, (1),(2) の結果を用い ∫ ∞ √ −x2 て結論を示せ.ただし, e dx = π は証明なしで用いてよい. ∫ −∞ ∞ ∫ ∞ π cos(x2 )dx = √ を示せ. 2 2 0 0 C1 を 0 と R を結ぶ線分,C2 を八分円 {z = Reθi ; 0 5 θ 5 π4 },C3 を C2 の R でない端点と原点 2 を結ぶ線分として,C = C1 ∪ C2 ∪ C3 上で関数 f (z) = e−z を積分する. 演習問題 1.3 2 sin(x )dx = 5 2 コーシーの積分公式 定理 2.1 D を単純閉曲線の内部とし,C を D に含まれる区分的に C 1 級の単純閉曲線とする.こ のとき,f を D 上の正則関数とすると,C の内部領域 D0 の点 a に対して次が成り立つ: ∫ 1 f (z) f (a) = dz. 2πi C z − a 証明. δ > 0 を中心 a,半径 δ の円盤が C の内部に含まれるように小さくとり,C1 , ..., C6 を図 のようにとる.ただし,曲線の向きはすべて正の方向にとる. f (z) とおくと,F は D から a の近傍を除いた領域で正則である.したがって,コー z−a シーの積分定理より ∫ ∫ ∫ ∫ F (z)dz + F (z)dz + F (z)dz + F (z)dz = 0, C1 C2 −C3 C4 ∫ ∫ ∫ ∫ F (z)dz + F (z)dz + F (z)dz + F (z)dz = 0 F (z) = −C4 −C5 となり, ∫ −C2 ∫ ∫ C1 ∫ − ∫ F (z)dz − F (z)dz + C2 F (z)dz + C4 ∫ F (z)dz − F (z)dz − C5 ∫ F (z)dz + C2 となる.辺々を加えると, ∫ ∫ ∫ F (z)dz + F (z)dz = F (z)dz, C1 F (z)dz = 0, C3 ∫ C4 C6 C6 F (z)dz = 0 C6 ∫ ∫ F (z)dz + C C3 ∫ F (z)dz = C5 F (z)dz |z−a|=δ であるから, ∫ ∫ 2π ∫ ∫ 2π ∫ f (z) f (a + δeθi ) θi f (z) f (z) dz = dz = iδe dθ = dz = i f (a + δeθi )dθ δeθi |z−a|=δ z − a 0 C z−a 0 C z−a となる.δ → 0 とすると, ∫ f (z) dz = 2πi · f (a) z −a C となり,結論を得る. コーシーの積分公式は,正則関数 f の曲線 C(1 次元的) 上の値が分かれば,C の内部 (2 次元的) での値が分かることを示している. 6 例 2.1 点 2i は円 {|z| 5 3} の内部に含まれており,iz 2 はこの円を含む領域 (実は C 全体) で正則 であるから ∫ ( ) iz 2 dz = 2πi i(2i)2 = 8π |z|=3 z − 2i となる. これに対して,点 4i は円 |z| 5 3 の外部であり,この円の近傍を小さく (例えば,{|z| < 72 }) と iz 2 ると f (z) = がその近傍で正則であるようにできる.したがって,コーシーの積分定理より z − 4i ∫ iz 2 dz = 0 |z|=3 z − 4i となる. コーシーの積分公式より,正則関数が何回でも微分可能であることが分かる.まず,定理 2.1 の 設定のもとで, ∫ 1 f (z) f (a) = dz 2πi C z − a の両辺を a に関して微分すると,C 上 z ̸= a だから ∫ 1 f (z) ′ f (a) = dz 2πi C (z − a)2 となる. 同様に,この右辺は a に関して微分可能だから,f ′ (a) も a に関して微分可能であり, ∫ 2 f (z) ′′ f (a) = dz 2πi C (z − a)3 となる. 以下同様に,a に関する微分を実行できて,次の定理を得る. 定理 2.2 定理 2.1 と同じ設定,仮定のもとで,正則関数 f は無限回微分可能で,n 階導関数に対 して次が成り立つ: ∫ n! f (z) (n) f (a) = dz. 2πi C (z − a)n+1 ez の |z| = r 上の積分は次のように計算される. zn n = 1 のときは,コーシーの積分公式より, ∫ ez = 2πi dz = 2πi × ez z z=0 |z|=r 例 2.2 r > 0, n = 1, 2, ... に対して, となる. n = 2 のときは,定理より ∫ ez z ′ = 2πi dz = 2πi × (e ) 2 z=0 |z|=r z であり,n = 3, 4, ... に対して ∫ 2πi ez 2πi ( dn z ) = dz = × e n n n! dz n! z=0 |z|=r z となる. 7 演習問題 2.1 次の複素積分の値を,使用する事実を明確にして,求めよ. ∫ ∫ ∫ ∫ eaz eaz eaz eaz (1) dz (2) dz (3) dz (4) dz 2 2 |z|=1 z − 2 |z|=3 z − 2 |z|=1 (z − 2) |z|=3 (z − 2) ∫ ∫ ∫ eaz 1 z (5) dz (6) dz (7) dz n 2 2 |z−i|=2 z + 4 |z|=2 (9 − z )(z + i) |z|=3 (z − 2) ただし,a は定数,n は自然数とする. (被積分関数が正則でない点と積分路の関係を図を描いて確認すること.) (1),(3) はコーシーの積分定理より 0 である.理由をハッキリ述べること. (6),(7) はコーシーの積分公式から,ほとんど計算することなく求まる. 8
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