『地域に根づく教育活動』 奈良市立登美ヶ丘北中学校 吉川俊美 1.地域の概要 奈良市西部地域の人口増加にともない、奈良県最北部の丘陵地を開発した新興住宅地に、本校 は昭和 52 年に開校しました。関西文化学術研究都市の開発にともない、近鉄けいはんな線奈良 登美ヶ丘駅が開業されて以降、ますます大規模な住宅地造成や商業施設誘致が行われ、快適で便 利な街づくりが進められています。古都奈良に在りながら校区内には寺社仏閣もなく、地域の祭 りや伝統行事に参加する機会には恵まれていません。大阪や京都のベッドタウンとして都会に雇 用を求める住民や保護者も多く、また地元に残る卒業生も尐なく同窓会組織も定着していないの が実情です。マンションや住宅地ごとに管理組合がつくられ、地域全体の連携に必要な自治連合 組織が成立しない地区もあります。ひと昔前は「向かい3軒両となり」の近所づきあいがあたり まえのことでしたが、新しい町にはそれなりの工夫が必要となってきました。 幸運なことに、本中学校区には日本の繁栄を築いてこられた団塊の世代の住民が多く、校区内 で学校園支援ボランティアとして活躍いただいてます。地域ぐるみの子育て活動を通して、人生 経験に裏打ちされた叡智と日本の美徳である和の心を頂いてます。豊かな地域人材とともに生き 生きとした活動を体験させることが、地域の子どもたちにとって何よりも大切であると考えます。 「地域の子どものためなら喜んで協力しよう!」と地域からの温かい支援をうけ、子どもたちが 地域の良さを受け継ぎ持続発展させてくれることを願い、地域に根づく教育活動に取り組んでい ます。地域・家庭・学校の連携による、地域創生につながる本中学校区の活動をご紹介いたしま す。 2.地域連携 本校では「地域で子どもを育てる」という意識のもと、学校と地域が連携した取組を進めてき ました。 『地域力の創造(地域と学校の連携) 』~ここにいてよかった、ここでよかった!~をテ ーマとして、本中学校区の良さを発揮し地域独自の活動を行ってきました。 【とみきた塾】 地域人材に恵まれた本地域では、本中学校区内の学校園のニーズに合わせて様々な地域との交 流活動が生まれてきました。 「農園クラブ」 「おやじクラブ」 「草刈モウモウクラブ」など、学校 園と地域との連携の取組が自然な形で行われてきました。年間を通した取組が『とみきた塾』と してより計画的な活動として定着しています。毎年新たな活動が生まれ、本年度は「理科実験お もしろクラブ」 「昆虫クラブ」 「音楽を楽しむクラブ」 「合唱クラブ」 「ならまち歴史・体験クラブ」 「天平クラブ」 「ミンゾク学クラブ」などの 14 クラブが活動中です。 【登美ヶ丘北中学校区サマーセミナー】 『とみきた塾』の活動を地域全体に広げるとともに、地域の良さを次世代につなげることをね らい、夏期休業中に実施されるサマーセミナー活動へと発展するようになりました。地域のだれ でもが希望の講座を選び、入場無料で参加することができます。家族連れで参加する講座も多く 見られました。 『奈良市長と奈良の未来を語る』 『学校と学習塾』 『弁護士の仕事』 『アナウンサー レッスン』 『パソコンの環境』など、奈良市長・前弁護士会長・大学教授・教師・芸術家・アナ ウンサーなど、専門性の高い講師による、学校ではできない 16 講座が実施されました。参加者 総数 190 名の講座に対する評価は 96%と高く、参加者から継続開催の希望が強くありました。ア ンケート結果から、講座は「とても参考になった」と評価した人が 93%であり、講座内容のレベ ルが充実し参加者のニーズに合った講座運営ができました。このサマーセミナーは、毎年本校と 中学校区内の 2 小学校および公民館の4会場で行われています。 【農園活動】 本校敷地内には約 700 平方メートルの農園があり、玉ねぎ、じゃがいも、カボチャ、トマトな ど約 10 種類の作物が栽培されています。10 年前までは、雑草が茂り荒れ放題で教育環境的にも 生徒指導上も問題であった空き地でした。これを改善すべく地域に呼びかけ、有志を募って環境 整美活動が始まりました。平成 20 年頃からは地域と学校が一体となって、栽培活動および収穫 祭を行うようになりました。 地域への感謝をこめて全校環境美化奉仕活動を行ったところ、約 60 名の地域住民および保護 者の協力により、農園で収穫された夏野菜をふんだんに使ったカレーパーティ-を実施していた だきました。採れたてのじゃがいも、玉ねぎ、にんじんなど約 120kgが大鍋で煮込まれ、生徒 および保護者・地域からの参加者 500 人にカレーがふるまわれました。奉仕作業を終えた生徒た ちは、各教室で地産の味を堪能し、 「学校で採れた野菜だけれど、売っているものよりもうまか った」と、みんな大喜びでした。 このカレーパーティ―を通して、みんなの心がひとつとなり、地域で生きる喜びと感謝の気持 ちを分かち合う良い機会となりました。また、非常災害時に備え、炊き出し訓練を兼ねることで、 地域を守るたくましい人材として中学生に育って欲しいとの願いが、手作りのカレーの中に込め られていました。 3.ひつじ放牧プロジェクト 丘陵高台にある本校の西側斜面には急斜面が広がり、また高圧電線が並行して走っているため 長年除草作業が進みません。困難で危険な作業を伴うため、専門委託業者に委ねなければならず 多大な費用もかかるため数年に1度しか整備できません。数年間放置状態の荒れ果てた所に誰も 足を踏み入れることはありませんでした。 「放置状態の場所こそ手を入れることが大切!」 「困難な課題に挑む姿を子どもたちに示すこ とが大人の役割」との思いに至り、ひつじをレンタルし放牧するプロジェクトを実験的にやって みようということになりました。今年の 3 月、ジャングル状態の急斜面を分け入り、作業足場の ための階段および放牧地を囲うためのフェンス設置作業が始まりました。毎週土日に地域ボラン ティアが集結し作業していただくことで、6 月に奈良県山添村めえめえ牧場からひつじ4頭を迎 え入れ、地域・人にやさしい除草作業を開始することができました。奈良公園のようにきれいに 整備された西側斜面にのんびりと草を食むひつじの姿を見て、近隣の住民が家族連れで訪ねてこ られるようになりました。卒業生も訪れるようになり、ひつじの頭をなでながら、 「在学中、こ んな良い場所があるの知らなかった。日当たりもよく広大な斜面もったいないな」とつぶやきま した。放ったらかしの所も手を入れ整美すれば、何か次の道が開けます。ひつじ放牧地に集まる 人々とともに、花畑・植樹・ソーラーパネル場などの夢を膨らませながら夕日を愛でることが楽 しい日課となりました。 ひつじ放牧プロジェクトによりいろいろな地域の方々とともに活動し、 ともに語り、ともに思いを分かちあうことができ地域連携の大きな収穫となりました。このプロ ジェクトにより、これまで雑草に埋もれていた『北中』の文字が浮かび上がったことは大きな感 動でした。10 年前の校長先生がさつきにより植栽したものが復活したのです。このことで改めて、 根のある人間づくりの大切さを学びました。生まれ育った所に根付くことを定めとする生物の中 で、人間ほど根を大切にしない生物はないのではないでしょうか。変化や移動の激しいこの地域 この時代にこそ、人間の根を大切に育てる営みとともに地域との絆づくりが大切であると痛感し ました。 4.登美ヶ丘フェスタ 今年の秋、地域をあげて大きなイベントを地域ボランティア の手作りで実施することができました。子どもから高齢者まで が素晴らしい地域環境の中で交流し、育みあうことで、地域コ ミュニティ―のさらなる充実と発展を目指して、 『登美ヶ丘フェ スタ』が開催されました。 音楽・文化の秋として、親子による天平衣装の発表、本校吹 奏楽部と大阪桐蔭高等学校とのジョイントコンサート、本校卒 生によるオペラ、室内管弦楽、宝蔵院弓道演技等が披露されま した。食欲の秋として、奈良のうまいもん販売、奈良が発祥の 地である日本酒・饅頭に関するフォーラム、奈良が支出金日本 一であるということでパン・コーヒーの販売等が行われました。 地域の良さ、奈良の誇りをテーマにして、手づくりによる秋祭 りを企画・運営することができました。地域がまとまる機会が 尐なかったこの地域において、参加者 2,000 人を超える大規模 な秋祭りとして成功をおさめたことは、校区内の子どもたちに とって大きな喜びとなり、また地域の連帯感を実感する良い機会となりました。 5.あすなろ 勤勉で礼節を重んじる個人と、他を思いやり協調を尊ぶ集団が育つのは日本の美徳です。資源 の尐ない小国に過密な人口を抱える日本が、世界のどこよりも幸せな国であることに対して、私 たちは自信と誇りを持つべきです。地域ぐるみの子育て活動が可能であるのは、 「和をもって尊 ぶ」 「慈愛の心を子どもに捧げる」日本の良さの証であると思います。この日本の美徳を受け継 ぎ、持続発展させることが大切であり、それは教育の使命であると考えます。 変化する社会、グローバル化の荒波の中では、自分の立ち位置を定めることが大切となります。 子どもたちがたくましく人生を切り拓くためには、 『生きる力』の根を育てなければなりません。 そのためには、地域と学校の連携により、子どもたちの自信と意欲をしっかりと育て、自己有用 感を高めることが必要となります。豊かな地域ぐるみの活動により地域の根を受け継ぐことで、 郷土に生まれ育った喜びと感謝の心が培われます。地域に根づく教育活動により、子どもたちが 地域および日本の将来を担う「あすなろの大樹」としてたくましく育つことを期待しています。
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