Hirakou 第43号 no kaze 島根県立平田高等学校 平高の風 ( H27.3.2 ) ~ 社会人一年生の受けた洗礼 勇気を持って大海に漕ぎ出でよ 校長 長野 博 ~ 私は 23 歳で教員になった。本誌 11 号でも触れたが、赴任先は伊豆大島の大島町立第一中学校だ。 伊豆半島から 20 数 km と近い距離にあるが東京都である。1 年目から担任を持った。「1 年B組 長 野先生」の誕生であり、ライバルは武田鉄矢扮する金八先生だ。学生気分が抜けきらない幼稚な性 格の私だったが、教員になったという自覚と緊張感は十分にあった。初めての土地、どこにも逃げ られない離島という環境がよけいにそうさせた。 中学 1 年生はやはり子どもだ。私は何とか生徒の中に溶け込もうと一生懸命だったが、幸か不幸 か私の幼稚さにより思ったより簡単に溶け込めた。 ある男子生徒がFという女子生徒をあだ名で呼んでいた。Fは責任感が強く努力家で、明朗快活 なその性格と相まって、とても人気のある生徒だった。そして少しだけ顎先が細かった。Fは男子 生徒から「三日月」と呼ばれると「もう~」と言って男子生徒を追いかける、その追いかけっこは 笑いの中にあり、その度に教室内は明るい雰囲気に包まれた・・・と思っていた。ある日の掃除の 時、私はFに「三日月っていうあだ名で呼ばれているんだってな。」と言った。Fはそれまでの明る い表情を変えて黙ってしまった。「先生に言われるとは思わなかった。」ということだろうが、私に 向かってその言葉は投げつけられなかった。何か言われる方が良かった、無言の抗議は辛い。この 一件はその後様々な展開を見せ、半年後にようやく仲直りしていただいたが、私に大きな教訓を与 えてくれた。 同じ頃の話である。ある女子生徒の話に私が「それは本当か?」と言ったところ、その生徒は「私 を信用しないんですか。」と言った。信用しないとか、疑うとかのレベルの話ではなく、そんなに考 えもせず、「へえ~」というような気持ちで発した言葉だった。そんなつもりで言ったのではないと すぐに謝り、許してもらった。数日後、その女子生徒と雑談をしていると、今度は彼女が私に「先 生、それ本当ですか?」と言った。私が「本当だよ、おれを信用しないのか?」と言うと彼女は「先 生と会ってまだ一ヶ月も経っていないのに信用なんかできるわけないです。」と言った。教師は出会 ったばかりでも生徒のことを信用しなければいけないが、生徒は教師をすぐに信用しなくても良い ということだ。「上司は部下と出会った時、まずは信用するところから始まるが、部下は時間をかけ て上司を見定めて良い。」という、大人社会の構図がそこにあった。 この二つの出来事は、気分だけ社会人となっていた私への強烈な洗礼だった。3 月末までは学生 で 4 月 1 日を境に社会人となるのだが、人の性格や考え方はカレンダーによって変わるものではな い・・・そんなことも思ってみたが、言い訳にしかならないこともわかっている。 実は、これ以上に大きな問題が 2 年目に起こる。そして、それは今でも私の中で尾を引いている。 考えてみれば、社会人になってからは問題の連続だった。問題が起こる度に心が折れそうになり、 幾度となく同僚に助けてもらった。そして、どうにか解決に至り安堵すると、また次の問題が起こ る、ずっとこの繰り返しだった。学生時代の何と平和だったことか。 学生と社会人の違いは山ほどあるが、その中でも一番の違いは責任なのかもしれない。社員と管 理職でも責任の重さに違いがある。責任は年とともに大きく、多くなっていく。そして、それは自 分で背負うしかない。 <裏面に続く> <表面から続く> さて、卒業生の諸君にとって、この「平高の風」は今号が最終号になる。私が稚拙な文章の中で 送ったメッセージを聞いてくれたか。文章の奥にある風景や表情を思い浮かべてくれただろうか。 様々な話をしてきたが、訴えたかったことは、ものの理(ことわり)を考え、正義を考えること、 日本や世界に目を向け、日本や世界の将来を語れということだ。そしてそのために、感性豊かに日 常的な光景を見ることと、今一つ深く思慮することの大切さを、時に具体例をもって伝えてきた。 私の判断や行動も多く書いたが、君たちが私と同じである必要はない。社会に出れば背負うものは 格段に多くなる。そして、それは年とともに重くなっていく。君たちには卒業を契機に自分で考え、 行動してくれることを望んでいる。 その船を漕いでゆけ お前の手で漕いでゆけ お前が消えて喜ぶ者に お前のオールをまかせるな 私の友人が好きな、中島みゆきの「宙船(そらふね)」という曲の一節である。 明日の卒業式、校長式辞の中で、私は君たちの卒業を祝福し、 「勇気を持って大海に漕ぎ出でよ。 」 と言う・・・そういうことだ。 卒業おめでとう。たっしゃで暮らせ。
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