ローライブラリー ◆ 2015 年 2 月 20 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 経済法 No.48 文献番号 z18817009-00-120481183 ソフトバンクによる独禁法 24 条に基づく差止請求事件 【文 献 種 別】 判決/東京地方裁判所 【裁判年月日】 平成 26 年 6 月 19 日 【事 件 番 号】 平成 23 年(ワ)第 32660 号 【事 件 名】 独占禁止法第 24 条に基づく差止請求事件 【裁 判 結 果】 一部認容、一部却下(確定) 【参 照 法 令】 独占禁止法 24 条、電気通信事業法 33 条 【掲 載 誌】 判時 2232 号 102 頁、判タ 1405 号 371 頁 LEX/DB 文献番号 25504287 …………………………………… …………………………………… を求めたにもかかわらず、Yらがこれを拒否した。 なお、認可の対象となった接続約款では、本件シェ アドアクセス方式に係る接続方法は定められてい なかった。 事実の概要 1 原告であるXら(ソフトバンクテレコム株式 会社およびソフトバンク BB 株式会社) は、音声伝 送、データ伝送および専用線の各固定通信事業の ほか、ADSL サービス、FTTH サービスおよび IP 電話サービス等を目的とする電気通信事業者であ る。これに対し、被告であるYら(東日本電信電 話株式会社および西日本電信電話株式会社)は、日 本電信電話株式会社等に関する法律に基づき、東 西日本を地域とする地域電気通信業務とこれに付 帯する業務等を目的とした電気通信事業者であ る。 3 そこで、XらはYらの当該拒否が電気通信 事業法に基づく接続義務に違反すること、およ び、YらがXらとの取引を不当に拒絶し、これが 優越的地位の濫用に相当するものであることを理 由に、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関す る法律(以下、「独禁法」という)19 条に違反する ことなどを理由に、同法 24 条に基づき、①Xら の希望する接続方法によること(主位的請求)、お よび、②Yらが当該接続を行う義務を負うこと(予 備的請求)をそれぞれ求めたのが、本件である。 2 本件において問題となる戸建て向け FTTH サービス(以下、「本件サービス」という) を提供 するにあたり、ネットワークとその利用者の戸建 て住宅との間にデータの一群を送受して通信を行 うための光ファイバの設備(以下、「加入者光回線 設備」という)が必要であるところ、総務大臣は、 電気通信事業法 33 条 1 項に基づき、Yらの設置 する加入者光回線設備を第一種指定電気通信設備 に指定し、Yらは、同条 2 項に基づき、自ら定 めた接続約款につき同大臣の認可を受けていた。 本件サービス提供に要するYらの設備に接続し ようとするXらは、接続の単位を 1 分岐単位とし、 それを可能とするYらの局舎内の光信号主端末回 線収用装置(Optical Subscriber Unit)(以下、「OSU」 という)をXらと共有する方式であって 1 本の光 ファイバ回線を最大 32 ユーザで共有する方式(以 下、「本件シェアドアクセス方式」という)での接続 vol.7(2010.10) vol.17(2015.10) 判決の要旨 一部認容、一部却下。 1 「独占禁止法 24 条は、不公正な取引方法 に係る規制に違反する行為によってその利益を侵 害され又は侵害されるおそれがある者は、その利 益を侵害し又は侵害するおそれがある事業者に対 し、『その侵害の停止又は予防』を請求すること ができると規定しているところ、ここでいう不公 正な取引方法に係る規制に違反する行為が不作為 によるものである場合もあり得ることから考える と、差止請求の対象である『その侵害の停止又は 予防』は、不作為による損害を停止又は予防する ための作為を含むと解するのが相当である。」 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 経済法 No.48 本件シェアドアクセス方式による接続が、総務省 における情報通信行政・郵政行政審議会における 調査・審議のうえ、その結果として、消極的な結 論に至ったとの背景事情2)、そして、判決の要旨 3は、電気通信事業法における紛争解決(利害関 係の是正)を目指して設計された制度を優先して 紛争解決を試みたとの位置付けができる。これら のことから、本件は差止訴訟における機能として 指摘のある「公正取引委員会による不問の扱いに 対する問題提起3)」に係る典型例といえる一方、 政策審議または事業法上の救済制度を超えて独禁 法上の紛争解決を図ることができるか、といった 事業法と独禁法の関係性に係る課題4) を改めて 提起する貴重な先例的事例と思われる。 2 「もとより、電気通信事業法による規制は、 独占禁止法による規制を排除するものではなく、 電気通信事業法に基づき総務大臣が認可した接続 約款による接続が、具体的な事案において、独占 禁止法違反の要件を満たす場合に、独占禁止法に 基づく規制に服することがあり得ることは否定で きない(前記最高裁平成 22 年 12 月 17 日第二小 法廷判決参照) 。しかしながら、前記のとおり、 Yらは、本件請求に係る接続に関する接続約款等 についての総務大臣の認可がない以上、電気通信 事業法上、このような接続に応じてはならない義 務を課されている状況にあるといえるのであっ て、にもかかわらず、独占禁止法により、このよ うな接続をしなければならない義務を被告らに課 すことは、Yらに相互に矛盾する法的義務を課す ことにほかならないことを考えると、独占禁止法 24 条に基づき、Yらに対してこのような接続を 請求することはできないと解される。」 二 差止請求について 1 独禁法 24 条の解釈(概要) 差止訴訟に係る独禁法 24 条の規定のうち、本 件において問題とされたのが「侵害の停止又は予 防を請求することができる」の該当性である。 一般論として、当該文言は、裁判所に対しその 積極的行為(作為)の停止または予防を命ずるこ とになり、このことに見合う同条対象の不公正な 取引方法(8 条 5 号、19 条) がこれにあてはまる ことになる。しかしながら、本件においてXらの 主張にもある単独の取引拒絶(一般指定 2 項) の ようなケースでは、同じ不公正な取引方法の中で も、仮にこれが差止訴訟の対象とされる場合には、 条文の文言とは必ずしも一致しない内容を請求す ることになり、これまで解釈上の争点とされてき た。 裁判例では、作為命令を独禁法 24 条の対象と して否定する著名判決に三光丸事件(東京地判 平 16・4・15 判時 1872 号 69 頁)が挙げられるが、 同事件では、①独禁法上の文理からは相手方に直 接的な作為義務を課すことは予定していないとい うべきであること、②仮に直接的な作為義務を認 めたとしても、強制執行は不可能であること、③ 独禁法上の差止請求権は公法上ではなく民事法上 の請求権であり、民事上の権利関係に基づく請求 は排除されていないこと、を理由付けとしていた。 当該事件については多数の評釈・解説が公表され ているところ、上記①に理解を示す見解もある が5)、独禁法 24 条の対象として認めるのが大半 である6)。 「電気通信事業法は、同法 32 条により接 3 続に関する協定を締結し維持しなければならない 場合であっても、当事者間に協議が調わなかった ときには、総務大臣の裁定により協定の具体的内 容を定めることとし、これにより同条の規定を担 保することとしたものと解されるのであって、当 事者の協議が調わない場合に、このような裁定の 手続を経ないまま、一方の当事者が協定の具体的 内容を定め、その承諾の意思表示を請求すること により、相手方にその内容を強制できるとする理 由は見出し難く、このような事態は電気通信事業 法 32 条の想定するところではないと解されるか ら、同条に基づく請求としても理由がないという ほかはない。」 判例の解説 一 本判決の意義 本件は、独禁法 24 条に基づく不公正な取引方 法の差止請求事件であるが、請求自体が棄却され ている点では、従前の当該請求に係る判断傾向に 沿う一方1)、Xらが取引拒絶該当行為に対する作 為命令を求めた点において、数少ない事例の一つ であるとともに、差止訴訟において作為命令を可 能とした点に大きな特徴がある。 他方、電気通信事業法上の規制との関係から、 2 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 経済法 No.48 する接続約款等についての総務大臣の認可がない 以上、電気通信事業法上、このような接続に応じ てはならない義務を課されている状況にあるとい えるのであって、独占禁止法により、このような 接続をしなければならない義務をYらに課すこと は、Yらに相互に矛盾する法的義務を課すことに ほかならない」と判示しており、この部分が枢要 かつ最も論議を呼ぶ箇所と思われる。 既刊評釈の中には、この判示部分につき、Xら がYらに対し「接続に係る約款又は協定の認可を 申請する前提として、1 分岐単位の接続の申し込 12) みを承諾することを求めている 」と解したり、 接続約款の認可や実際の接続行為を行う前に当事 「接続実務」 者間の協議が先行する実務対応(以下、 という)を前提に「単に、実際の接続行為は認可 接続約款等に基づかねばならないことを述べるに 13) すぎないと読むべき 」と解するものもあるよ うに、概ね批判的である。 思うに、上記に掲げた批判は、約款認可に先行 する形で行われる当事者間の合意形成という接続 実務を当然の前提としたものと考えられるのに対 14) し 、本判決は「接続に応じてはならない義務 を課されている」といった断定的表現があるよう に、本判決があくまで電気通信事業法の規定に 則って事案解決に当たろうとしたことがあり、両 見解は平行線をたどっているように思われる。こ の点につき、本件シェアドアクセス方式のような 接続条件等について、接続約款に定められていな い状態で、電気通信事業法がYら自らの意思に よって当該方式を変更する自由な意思表示を容認 していると解されれば、Yらの既存行為(当該方 式による接続を認めないという在り方) につき、独 禁法上の実体判断の可能性があると解する余地が あろう。 そこで、電気通信事業法上の規制構造に照らし て本判決を見る必要がある。 2 本判決について まず、判決の要旨1において一般論を示してい る部分は、三光丸事件に係る理由付けの上記①部 分と真逆の判示方法である7)。ただし、本判決が 作為命令を差止訴訟において肯定する理由は、X らの主位的請求について、その内容を個々に検討 したうえで、 「請求に係る行為それ自体は強制執 行が可能な程度に特定されているというべき」と の理解にあるため、検討を要する。 この点、本判決では請求内容を具体的に検討し たうえで、Xらの主位的請求に強制執行の可能性 を見出した点は、三光丸事件の上記②部分の判断 枠組みを前提としているといえ、その意味では、 本判決が同事件の延長線にある。その一方、作為 命令を肯定した立場での上記③部分に係る判示 は見られないため、本件強制執行の可否によって 個々に事案処理を図ろうとした点は、学説上の判 断傾向に沿っており首肯できよう8)。そこで、強 制執行の可能性(特定性)に係る判示部分の評価 が問題となるが、既刊の本判決に係る評釈には、 Yらの選択の合理性をどのように担保するかが重 要といった指摘9) も見られるように、本来的に はこの点が問題となる。 思うに、Yらに委ねられた選択範囲が作為命令 によって実現可能なのかにつき、本判決があえて 簡潔に処理したと思われる所以は、Xらの求めが あくまで本件シェアドアクセス方式での接続要求 にかかっており、これが一義的に明白と理解した 10) ことにある 。しかしながら、この作為命令が YらのXらに対するいかなる行為を指すかは漠然 との危惧は払拭できないように思われ(実際の取 引段階なのか、約款認可の申請段階なのか等)、問題 11) が残ろう 。 三 電気通信事業法上の規定と独禁法の 適用可能性 1 問題の所在 本判決は、NTT 東日本 FTTH 事件(最判平 22・ 12・17 民集 64 巻 8 号 2067 頁)を前提にしているが、 これは、事業法上の規制を受けていても独禁法の 適用をアプリオリに排除しない旨確認した部分と して、特段異論のない箇所と思われる。 次に、本判決は「電気通信事業法による規制は、 独占禁止法による規制を排除するものではな」い としたうえで、Yらは「本件請求に係る接続に関 vol.7(2010.10) vol.17(2015.10) 2 本判決の構造 本判決では、①Xらが求めた本件シェアドアク セス方式による接続が電気通信事業法 33 条 2 項 にいう「接続」に該当することを前提に、②同項 によってYらが接続約款を定め総務大臣による認 可を要するにもかかわらず、当該方式に係る接続 料および接続条件の定めはないこと、③同条 9 項 では認可を受けた接続約款に拠らなければ協定締 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 経済法 No.48 応じて判断すべきであり、本判決の理由付けには 不足があると感じる。 なお、以上の接続約款および 10 項協定の適用 関係は別にして、少なくとも独禁法の適用余地に ついていえることは、作為命令の容認を前提に、 本件シェアドアクセス方式を命ずることの可否に つき、Yらの認可申請前の段階においても、より 確実に独禁法上の実体判断をなしうるのではなか ろうか。その意味として、これを一切否定した本 判決の立論方法には問題が残ったといえよう。 結ができず、10 項では「接続約款等により難い 「10 特別な事情」により協定を締結する場合(以下、 項協定」という) であっても認可を要することを 確認している。 この本判決の論理は、本件シェアドアクセス方 式が電気通信事業法 33 条 2 項に基づき総務大臣 の認可対象となる接続約款、または、10 項協定 のいずれかに含まれる結果、総務大臣による認可 の必然性を念頭に置いたものであるといえ、当事 者の合意を前提とはしつつも、接続行為を行政処 分の網にかからせることが規制構造の主眼との理 解に立つとすれば、概ね正当な理解といえる。 ●――注 1)従前の諸事例については、根岸哲『注釈独占禁止法』 (有 斐閣、2009 年)575~576 頁[泉水文雄執筆]等参照。 3 検討 2)この詳細は、石岡克俊編著『電気通信事業における接 しかし、本判決の以上の立論方法については、 以下のような批判的評価が可能である。 第 1 に、本件シェアドアクセス方式が電気通 信事業法から接続約款の対象と読み取ることが困 難な点である。電気通信事業法 33 条 4 項は、接 続約款の認可を要すべき事項につき規定するもの の、約款事項はXら以外の他の事業者にも当ては まる一般的方式と認識される場合のものであり、 当該方式がこの約款事項に含まれる必然性がある とは言い難い面がある。 第 2 に、仮に約款認可事項でなくとも 10 項協 定の対象と解すべきとの理解にも問題がある。例 えば、電気通信事業法 33 条 10 項は、同条 4 項 1 号イ・ロ(技術的条件・料金)を除外しているた め、当該方式がこの除外事項に該当しないことを 認定してはじめて 10 項協定の対象可否の問題に なるが、本判決ではそのあたりの整理が見られな い。元より協定対象外とすれば、独禁法上の実体 判断に入る余地があったと考えられ、電気通信事 業法との補完的関係を意識した立論が求められた 部分と思われる。 第 3 に、電気通信事業法上の手続が独禁法上の 救済手続を遮断する効果ありと解した点である。 電気通信事業法 35 条は、事業者間において協議 に応じないなどの事由があれば、協議開始命令等、 行政手続を通じた紛争解決システムを準備する が、本判決は、このことを独禁法上の差止請求の 否定根拠と解した。しかし、本判決が念頭に置く ように、果たして電気通信事業法 35 条が総務大 臣による裁定制度を利用強制していると解し、本 件差止訴訟を不可とする必要があるかは、事案に 4 続と競争政策』 (三省堂、2012 年)198 頁以下[石岡執筆]。 3)白石忠志『独占禁止法〔第 2 版〕』(有斐閣、2009 年) 653 頁。 4)この問題に対する評者の整理として、友岡史仁『ネッ トワーク産業の規制とその法理』(三和書籍、2012 年) 83 頁以下参照。 5)村上政博=山田健男『独占禁止法と差止・損害賠償〔第 2 版〕』(商事法務、2005 年)37 頁参照。 6)例えば、池田千鶴「判批」公取 647 号(2004 年)43 頁、 白石忠志『独禁法事例の勘所〔第 2 版〕』(有斐閣、2010 年)191 頁等参照。本判決との関係では、土田和博=栗 田誠=東條吉純=武田邦宜『条文から学ぶ独占禁止法』 (有斐閣、2014 年)254 頁[土田執筆]。 7)土佐和生「判批」NBL1038 号(2014 年)81 頁が本判 決の意義付けとして「上記三光丸事件地裁判決の判示に 正反する裁判例」との記述はこの趣旨と思われる。 8)石岡克俊「判批」公取 769 号(2014 年)31 頁は、こ の趣旨と思われる。 9)内田清人「判批」ジュリ 1472 号(2014 年)5 頁参照。 10)土佐・前掲注7)81 頁は、「当該内容自体が一義的に 明確でさえあれば、……複数の措置が考えられるとして も、事後の強制執行(間接強制)の点で不都合はない」 として、本判決が妥当と解する。 11)村上政博編集代表『条解独占禁止法』 (弘文堂、2014 年) 604 頁[中野雄介=鈴木悠子執筆]は、 「ただし、同判決は、 電気通信事業法と独禁法の関係を検討したうえで原告の 差止請求を棄却しているため、傍論」と評するが、一つ の見方として首肯できる。 12)松宮広和「判批」ジュリ 1474 号(2014 年)118 頁。 13)土佐・前掲注7)82 頁。 14)石岡・前掲注8)31~32 頁は、より明示的に、本判決 が接続実務を踏まえていない点を問題視する。 日本大学教授 友岡史仁 4 新・判例解説 Watch
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