No.127 チャレンジからイノベーションを 起こすアメリカ サンフランシスコ事務所 仲谷 隆造 先月、大手監査法人 K P M G と自動車の研究機関が共 1 はじめに 同で出したレポート(S e l f - d r i v i n g C a r s : T h e n e x t アメリカには人々のチャレンジを促す巧みな仕掛けが r e v o l u t i o n)で は、2019 年 に は 自動運転 の ク ル マ が ある。アメリカから革新的な成果が生まれる背景には、 ショールームに並ぶという見通しが出て大きな話題にな 一般的にいわれるアメリカン・ドリームを求める精神や った。 失敗が認められる環境の他に、具体的には野心的な課題 ここで生活に身近なクルマに焦点をあて、アメリカで 解決に向けた高い目標設定と、人々を動かすための効果 先行している革新的な自動運転の開発の系譜をたどりな 的な仕組みを活用していることに注目したい。 がら、野心的な課題解決に向けて高い目標を掲げ、その 5月に民間の宇宙船が初めて国際宇宙ステーションに 達成に向けて人々のチャレンジを促す巧みな仕組みが導 ドッキングし、8月には火星探査機が着陸するなど、こ 入されていることを紹介することで、日本が再びイノベ のところアメリカ発の宇宙開発に関するビッグニュース ーションで世界をリードするための参考としたい。 が相次いでいる。アメリカはわずか 200 数十年の歴史の 中で、エジソン、ライト兄弟にはじまり、マイクロソフ ト、グーグル、アップル等がイノベーションで世界をリ 2 革新的な自動運転 ードし続けている。なぜこのような華々しい成果が続く 自動車産業は 125 年の歴史の中で世界中に大きな経済 のか。日本にも誇るべきイノベーションの歴史はある 成長をもたらし、クルマはより安全に、環境にやさし が、一方で「技術はある」という結果に留まることも少 く、そして多くの人々が持てるように大きな進化を遂げ なくない。 てきた。それに対していま開発が進むクルマの自動運転 グーグルの自動運転は累計 30 万マイルを達成 出展:Google Official Blog 16 BUSINESS SUPPORT FUKUOKA 2012.12 リングの促進や高速道路での隊列走行などで二酸化炭素 の排出を減らすことだという。交通事故や渋滞、都市部 における駐車場を減らすことは道路やまちの設計を変 え、健常者でなくても移動が容易になることは人々の生 活が改善していくことになる。現に身体障害者団体や盲 人団体などから早期実用化の強い要請があるという。 今年8月にはグーグルの公道テストは 30 万マイルに 達し、未だ事故を起こしていないことを発表した。雪で 道路が覆われてしまった場合や、一時的な道路工事の標 識への対応など、周辺環境を感知して対応するセンサー 技術や、クルマ同士がコミュニケーションをとるための 自動運転車の赤いナンバープレート 出展:Nevada Department of Motor Vehicles 技術的な課題は残っている。また一般市販するために は、自動運転の事故に対する運転責任の取扱いや、保 険、免許、安全基準、信号など、この先は技術開発より も社会的に自動走行が認められるための環境整備の方が は、これまでの進化の延長線を超える革新的な変化を起 難しいともいわれている。しかし、グーグルの果敢な自 すものであり、現状はアメリカが大きくリードしている。 動運転車の公道走行テストに端を発して、アメリカでは これらの課題に向かって新たなチャレンジが既に始まっ (1) グーグルの実績とネバダ州の認可 ている。 2010 年 10 月グーグルは、カリフォルニア州で市街地 や郊外を含む 14 万マイル(約 23 万キロ)もの公道を、自 動運転で走行したことを発表した。ビデオカメラ、セン 3 アメリカがリードする背景 サー、レーザーによる交通認識、グーグルマップで知ら グーグルの自動運転車を開発しているのは、DA R PA れる詳細な地図情報、そして自社のデータセンターでの (D e f e n s e A d v a n c e d R e s e a r c h P r o j e c t s 膨大な情報解析によってこの快挙は成し遂げられてい A g e n c y : 国防高等研究計画局)が 主催 し た 無人自動運 る。 転車のコンペで活躍したエンジニア達である。米国政府 これを受けて 2011 年6月ネバダ州議会が世界で初め や軍が大きな目標を掲げ、効果的なコンペの開催でチャ て自動運転車を受け入れる立法を承認し、今年5月には レンジを促し技術開発を進展させたことが、現在アメリ 州 の 自動車部(D e p a r t m e n t o f M o t o r V e h i c l e)が カが世界をリードする基盤になっている。 グーグルに初登録を認可した。現在はカリフォルニア州 やハワイ州など、全米で7州が自動運転車の立法を検討 している。 (1) ゴールの設定:軍用車両の無人化 1990 年代から民間企業や大学における自動運転の技 術的な高まりを受け、また特に 1997 年サンディエゴに (2) 自動運転のもたらす効果と実現に向けた課題 おける高速道路の自動運転デモが契機となり、米国連邦 テクノロジーで真に大きな課題を解決することを創業 議会が 2015 年までに軍用車両の1/3を無人自動運転 理念とするグーグルは、なぜ自動運転車を開発している にしなければならないことを議決によって国防省に指示 のか。そのゴールは、世界で年間 120 万人にのぼる交通 し た(N a t i o n a l D e f e n s e A u t h o r i z a t i o n A c t f o r 事故死を半減させ、アメリカ人が通勤で費やす一日平均 F i s c a l Y e a r 2001, P u b l i c L a w 106-398) 。こ の こ 52 分の運転時間を開放して生産性を高め、カーシェア とにより、アメリカでは自動運転の開発が必然になった BUSINESS SUPPORT FUKUOKA 2012.12 17 のである。 ムの中からスタンフォード大学が優勝し賞金2百万ドル を獲得した。2007 年は賞金総額 3.5 百万ドルをかけて (2) 賞金付きコンペの活用 100 チーム以上が登録し、カーネギー・メロン大学が優 米国国防省は、無人自動運転の技術開発に拍車をかけ 勝、スタンフォード大学が準優勝している。これら2回 るため、D A R P A による賞金付きコンペを開催した。 のコンペの優勝メンバーが現在のグーグルの開発を主導 D A R P A は主に最先端科学技術を軍事技術に転用する しているのである。 ための機関で、インターネットの原型や G P S(全地球測 位システム) の開発で知られている。1957 年ソビエト連 ②コンペの成果 邦による人類初の人工衛星の打ち上げ成功「スプートニ それまでの自動運転システムの開発の主流が衝突防止 ク・ショック」 後に設立された。 などの運転支援システムの積み重ねだったのに対し、 米国政府によれば、このコンペのルーツは 1927 年チ D A R P A G r a n d C h a l l e n g e では、砂漠の中で最も通 ャールズ・リンドバーグが初めてニューヨークからパリ 行可能な道らしいルートを見出すという、従来の自動運 まで無着陸横断飛行を達成して獲得した「オルティーグ 転開発にはない進路探索の課題を求めたことが斬新だっ 賞」である。同賞は、ニューヨークのホテル経営者レイ た。そしてこのコンペに基礎を置くグーグルが、市販車 モンド・オルティーグが 1919 年に賞金 25 千ドルを提供 をベースに一気に自動運転車(乗員の乗っている運転者 したもので、航空機の性能向上に多大に貢献した。 の要らない D r i v e r l e s s C a r)の開発に成功したのであ る。米国国防省も 2011 年から無人自動運転の調達を開 ①コンペの概要 始し、当初に掲げた目標に向かっている。コンペは人々 D A R P A の自動運転のコンペは、ロサンゼルス・ラ のチャレンジを誘発し、課題解決に向かう効率的な手法 ス ベ ガ ス 間 の 3 1 2 マ イ ル の 砂 漠 を 走 る「 G r a n d だが、特にこの D A R P A のコンペは的確な企画により C h a l l e n g e 2004」と都市モックアップを走る「U r b a n 効果が高かったといえる。 C h a l l e n g e 2007」の2回行われた。2004 年は完走が無 2011年1月オバマ大統領はA m e r i c a C O M P E T E S かったため翌年に持ち越され、2005 年に応募 195 チー A c t 2007 に賞金付きコンペを追加した同 A c t 2010 に Grand Challenge に優勝したスタンフォード大学 出展:Stanford Racing Team 18 BUSINESS SUPPORT FUKUOKA 2012.12 ー シ ョ ン の 聞 き 手 の 課 題 を 掲 げ、 「S o l u t i o n」でそれに対する自社の解決法 を提案し、 「R e s u l t」でどれだけの改善を 図れるかを順番に示すものだ。自社技術を アピールする「プロダクト・アウト」ではな く、市場 の ニーズ に 応 え る「マーケット・ イン」のスタンスである。この指導を受け た福岡の株式会社ハウス 119 のアメリカ現 Challenge.gov のウェブサイト 地法人 A u r a l S o n i c 社 は、8 月 に シ リ コ ンバレーのプレゼンテーションのコンテス 署名した。これは研究開発を通してイノベーションに投 トで優勝した。シリコンバレーのローカル企業を含む 資することで、アメリカの競争力を高めようというもの 18 社の中から、日本の、かつ福岡発の企業が勝ったこ である。あわせて C h a l l e n g e . g o v というウェブサイト とは快挙といえよう。 を立ち上げ、全省庁が一斉に賞金付きコンペで技術革新 P S R はプレゼンテーションのコンテストに限らず、 や課題解決に向けて国民からアイデアを公募し始めた。 何かを訴えかけるためのあらゆる場面に応用が利く。 8月現在で約 600 件のチャレンジテーマが提出されてい 往々にして「技術はある(S o l u t i o n) 」ということを聞く る。D A R P A のコンペの成功が、全米のあらゆる分野 が、 今回紹介 し た 米国国防省 や グーグ ル は、 大 き な の課題解決に応用され始めたのである。 「P r o b l e m」の認識に対する目標設定と、その目標に向 けた「S o l u t i o n」の組み合わせが機能し、そこに多くの 人々の力を集結することで成果をあげている。我々はこ 4 最後に の点をもっと参考にする必要があるのではないか。 7月 12 日に当事務所は福岡で第6回 F C O C A セミ 本レポートの作成にあたり、アメリカの自動運転の開 ナーを主催した。シリコンバレー在住のマーク・カトウ 発の系譜について S A K U R A A s s o c i a t e s の薦田紀雄 氏が効果的な英語プレゼンテーションの手法について講 氏の情報を元にした。 演し、翌日はアメリカ進出を目指す福岡企業の個別相談 を 引受 け た。 主要 な コ ン セ プ ト は「P S R : P r o b l e m S o l u t i o n - R e s u l t」である。 「P r o b l e m」でプレゼンテ 海外事務所設置状況についてのお知らせ 本県では、中華人民共和国(上海・香港) 、米国(サンフランシスコ) 、ドイツ(フランクフルト) 、タイ(バンコク) に県独自の海外事務所を設置しています。また、韓国(ソウル) には交流プロモーターを配置しています。各海外事 務所及び交流プロモーターは、県内中小企業の皆さんの国際業務の支援をいたします。活用につきましては、お気 軽にご相談・ご利用ください。 連絡先 福岡県商工部国際経済観光課(担当:山端・吉田) T E L(092)643-3430 F A X(092)643-3431 財団法人福岡県中小企業振興センター(担当:蜷川) T E L(092)622-6680 F A X(092)624-3300 BUSINESS SUPPORT FUKUOKA 2012.12 19
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