3. 技を刻む − 錺金具の製作技法 錺 - 建築装飾にみる金工技法 (1)金具の製作技法−鋳金・鍛金・彫金・色揚げ ちゅう きん たん きん (2)材料と道具 ちょう きん じ がね 金具の製作技法は「鋳金」 「鍛金」 「彫金」に分類される。金属製品の地金に用い おうどう すず ようかい 地金材料 てん えん はくどう られる材料は、金・銀・銅・黄銅・錫・鉄などがある。金属は「溶解性」 「展延性」 さはり しゃくどう 金・銀・銅・黄銅・白 銅・佐 波理・赤 銅・錫・鉄などの素材を利用した金工品が「正 さくせん ご きん 「削穿性」といった特性をそれぞれが持っており、この特性に即して鋳金、鍛金、彫 倉院宝物」に見られる。このうち金・銀・銅・錫・鉄は「五 金 」と呼ばれる代 金の技術は誕生し、発展した。 表的な原材料で、複数の金属を溶解させることにより新しい金属、すなわち合 鋳金は金属の溶解性、すなわち加熱することにより金属が溶ける特性を利用した ちゅうぞう い もの 金を人間は生み出した。それらをあげてみよう。 い がた あかきん もので、鋳造、鋳物技術とも呼ばれる。土や砂などを固めた型(鋳型)に加熱溶解 まず、「金」の文字が付けられた材料として、金と銅の合金である「赤 金」と させた金属を流し込み、冷却させて製品とする。完成品は鋳造品、鋳物と呼ばれる。 「青 金」、金と銅と銀の合金である「 紫 金 」がある。主金属は金であり、それぞ 鍛金は金属の展延性、すなわち叩くことにより薄く広がる金属の特性(展性)と、 れ色調が異なる。この色味の違いに人々はこだわっていた。金の文字が付けられ ついきん うちもの あおきん つい むらさき がね う きん 針金のように引き延ばせる金属の特性(延性)を利用したもので、鎚金、打物、鎚 ているが「烏 金(別名・赤銅)」は銅が主金属となっている。これに金とその他の き 起とも呼ばれる。完成品は鍛造品と呼ばれる。 金属を加えられたものである。 彫金は金属の削穿性、すなわち削ったり穴をあけたりできる金属の特性を利用し 銅の文字が付く材料名のうち、「黄銅」は銅と亜鉛を主体とした合金で「真鍮」とも たもので、多くの金属製品にこの技法が用いられている。金属表面に陰刻された文 呼ばれる。 「白銅」は銅と錫を主体とした合金で、同じ銅と錫を主体とした「青銅」 しんちゅう せいどう ぞうがん 様はこの彫金によっている。金属に他の金属をはめ込む象嵌技法も彫金技法を応用 に較べ錫の割合が多い。青銅も白銅も溶解性が良く、鋳造に適している。「佐波理」 したものである。 も銅の合金で、これは銅に対してほぼ 20 パーセントの錫を加えたものとしてとくに このように、金属製品は鋳金、鍛金、彫金技法を単独、あるいは組み合わせるこ 名前が付けられていると考えられているが、建築金具にはほとんど使われていない。 いろ あ し ぶ いち とにより製作され、その多くは仕上げ工程で色揚げされて完成品となる。 銅3に対して銀1を標準組成とした合金は「四分一」と呼ばれる。 色揚げは金属表面を色付け(着色)することで、さまざまな溶液を金属表面に塗 るなどして着色する方法と、表面に塗膜層を形成させて着色する方法があり、前者 は金属の化学変化を利用したものである。色揚げは美的効果をねらって行われるだ さび けではない。金属の特性のひとつである錆の発生や、金属の表面に生じる汚れを防 ぐ役目も含んでいる。 1 3. 技を刻む − 錺金具の製作技法 錺 - 建築装飾にみる金工技法 製作道具・用具 うちたて 道具・用具は鍛金用と彫金用に大別され、双方に用いられるものもある。打 立・ とりくち 鳥 口・への字は鍛金用の鉄製用具で、あて金と総称される。鍛金はこのあて金 を頼りにして金具本体を成形する。木製、石製のものはあて台と呼ぶ。彫金の まつやに な たね あぶら じ こ 際に用いる台に金床、木台、ヤニ台がある。ヤニ台は松 脂に菜 種 油 や地 の粉 な どを混ぜて作る。製作する金具の形状に合わせることができる利点があり使用 によって変形する。といっても、ヤニ台は加熱溶解させることにより再使用す ることが可能であり、古くから用いられてきた。 たがね 金属製品を製作する上でなくてはならない道具が鏨 で、その名称は彫金技法 名と密接に関係している。 かな ばさみ いと のこ かね のこ 鏨や金 鋏 で断ち切ったり糸 鋸 (金 鋸 )で透かし切ったりされた金具は、切断 やすり 面に鑢 が掛けられる。鑢掛け面をさらに滑らかにする仕上げ道具にきさげがあ き づち かなづち る。このほか、鍛金に用いられる木 槌 、鍛金・彫金双方に用いられる金 槌や、 かなべら 仕上げ道具としての各種金 箆などがある。 くせ これら道具・用具は自分の癖に合うように職人自らが作ってきた。同時に、代々 図 3-1 錺金具の製作風景(小林正雄氏) 伝わるものも多く、使い込まれた道具・用具には美が宿っているといって過言でな い〔図 3-1、3-2〕 。 11 2 1 3 5 4 6 図 3-2 金具製作の道具 (小林正雄氏 使用道具) 2 7 8 9 1. 鑢 ( やすり ) 2. 金箆 ( かなべら ) 3. ブンマワシ ( 現在のコンパス ) 4. 金鋏 5. 木槌 10 6. 金槌 ( 鍛金用 ) 7. 木矢 ( 成形用 ) 8. 鏨 ( 切断用 ) 9. 鏨 ( 彫金用 ) 10. 金槌 ( 彫金用 ) 11. ヤニ台 3. 技を刻む − 錺金具の製作技法 錺 - 建築装飾にみる金工技法 (3)金具のできるまで −製作工程 六葉金具(主座)の製作工程 金具の製作工程は製作対象物により異なる。ここでは銅板などを地金とした すいぎん と きん 錺金具の工程を、それも水 銀鍍 金 を施す金具製作の伝統的な一方法を示す。同 時に冒頭で紹介した「造法華寺金堂所解」記載の職能名について考察を試みる。 意匠考案・型紙製作 金具製作にかかる前に意匠を考案するが、意匠が決まると原寸図を作り、金具 の形状や文様などを地金表面に写す。この地金に文様などを写すことをここで てんしゃ かたがみ は「転 写」と呼ぶ。転写の方法はいくつかある。原寸図を元に型 紙を作って行 う方法を紹介する。 かきしぶ しぶがみ 型紙用紙には、和紙に柿 渋を塗って作る渋 紙がもっぱら用いられてきたが、 ねん し 渋紙に金具形状や彫金文様を「念 紙 」を使用して写す方法がある。念紙は和紙 に炭粉をすり込んだもので、今日のカーボン紙に当たる。この念紙を渋紙の上 1. 地金切断 あて台に金床を据え、この上に 置いた銅板を外形に沿って鏨で 切断する。 2. 成形 地金を加熱し軟らかくしてから ヤニ台に固定し、六葉の形に成 形する。木矢等を使って鎬(し のぎ)と角を出し、鑢で厚みを 整え、猪の目を開ける。 4. 彫金(文様蹴り彫り) 地金をヤニ台に固定し、転写し た文様を彫金する。写真は平鏨 を用いた蹴り彫りの様子。 5. 彫金( 魚 々子地鋤彫り) 魚々子地を刃鏨で鋤彫りし、魚々 子鏨で魚々子を蒔く。彫り方に あわせて多くの鏨を使い分ける。 に置き、念紙上に置いた原寸図の上から鉄筆などで文様をなぞれば、所要の文 様形状が渋紙上に写る。渋紙上に写った文様に沿って小刀や鏨を用いて穴を開 3. 鍍金(箔鍍金) 水銀を地金表面に塗り広げ金箔 を押す。加熱し水銀を蒸発させ ると表面に金の膜が残る。金箆 で磨いて光沢を出す。 けたもの、これが型紙である。 地金調製 さ 合金を作るなど、近代以前は地金を作ることに相当の労力が割 かれたはずであ かたまり る。銅板の場合、銅の塊 を叩き伸ばして板状にする必要があった。「物作工」「真 作工」はこの工程を担当する工人を指しているのであろうか。あるいは鋳造な どにおける原型製作を担当する工人を指しているのかも知れない。「物」と「真」 の意味の捉え方により判断が分かれるように思われる。 この地金作り、またその後の工程で、鍛金、彫金技法とも地金を加熱する作 ななこじ 業が繰り返される。金具製作にとって火を使うこと、使いこなすことは大事な ことであり、火を管理しこれを維持することが重要であったであろうことは想 像に難くない。この火作りに携わる工人が文字どおり「火作工」であろう。 3 すき に ぐろ め 6. 煮黒目(硫化燻し) 硫化カリ溶液に漬けると、地を鋤 いて銅が現れた部分(魚々子蒔き の部分)のみ黒く色付く。主座の ほか、敷座、菊座、頭座等を重ね て六葉金具が完成する。 3. 技を刻む − 錺金具の製作技法 錺 - 建築装飾にみる金工技法 地金切断 金具の外形に沿って地板を鏨、金鋏などで切断する工程で、切断後、鑢掛けやき 消し鍍金、箔鍍金とも地金表面を金色に色付けるには付与した水銀分を取り さげ掛けをする。変形を起こした地板の整形、歪みの修正も行われる。「銅工」は 除かなければならない。そのために地金を炭火で加熱し、水銀を蒸発させる。 地金の切断を担当する工人、「砥磨工」は鑢・きさげ掛けをするほか、つぎに述 すると地金表面にごく薄い金の膜が形成される。ただし、この段階では金色と すみ と べる炭 研 ぎを行う工人と考えて問題ないであろう。地金切断は彫金工程ののち いえるような発色に至らない。地金表面を金色に仕上げるには入念な研磨作業 に行う場合もある。 が必要で、「苗 藁磨き」「梅 酢 洗い」「あく抜き」ののち、金箆で金具表面を十分 なえわら うめ ず に磨く。表面に傷を生じさせないようにすることが肝心で、何度も磨き上げる 炭研ぎ この金箆仕上げにより、地金表面は光沢を伴った非常に美しい金色を帯びるよ 炭研ぎは地金の色揚げに伴い行われるもので、地金表面の傷を払うとともに、 うになる。仕上げ工程として最後に炭研ぎが行われる。 付着した油脂分を除去し、色揚げが十分に行われるようにする重要な工程であ る。 文様転写 かた は 文様型置き、文様型 刷 きともいう。鍍金後の地金面に文様型紙を置き、その上 と きん 鍍金 から墨を含ませた型刷き刷毛で文様が地金面に写るように墨摺りする工程で、 銅や青銅などの地金を水銀と金を主体とした材料を用いて金色に色揚げする技 先端が尖った鉄筆で直接地板面に文様を描く場合もある。 法を鍍金という。水銀に金をあらかじめ混入したものを地金に塗る方法と、地 金表面にあらかじめ水銀を塗り広げたのち金箔を押す方法の二種類がある。前 け 者を「消 し鍍金」と呼び、古代における鍍金はこの方法で行われていると考え はく られている。後者は「箔 鍍金」と呼び、平安時代ごろからこの方法が普及した すき と考えられている。青銅鋳物や打ち出し、鋤 彫り技法による金具のように形状 が立体的なものは消し鍍金が、「板もの」には箔鍍金が用いられることが多い。 透かし彫り金具の場合は金箔を用いると無駄が生じるため、消し鍍金がもっぱ ら用いられると考えられる。 「金泥工」は消し鍍金用の金泥を金の塊からすりおろす工人、「熨金工」は金 箔押しを行う工人、 「打金薄工」は金箔を製作する工人を指していると思われる。 4 3. 技を刻む − 錺金具の製作技法 錺 - 建築装飾にみる金工技法 鏨彫り・彫金 整形・狂い直し 各種の鏨を使って地金表面に文様を表したり、地金に凹凸を表したりする加飾 歪 み取りとも呼ぶ。透し彫りはもちろん、鏨彫りなどの工程で彫金により地金 工程で、彫金工程と総称される。鏨による陰刻作業は「彫る」作業であるが、「彫 は驚くほど変形する。彫金にとってなまし、整形、研ぎは何度も繰り返される ゆが ま ま ななこ る」とはいわず「蒔 く(撒 く)」といわれる鏨打ち作業がある。いわゆる魚 々子 工程である。 を蒔く作業がこれに当たる。 文様の外側を「地」と呼び、この部分には魚々子が蒔かれる。「魚子打工」は 文字通りのこの彫金を行う工人を指すものである。この魚々子地を墨差しなど で黒く色付けることがしばしば行われる。金と黒との色の対比により鍍金金具 はより華麗さを増す。 ところで、「造法華寺金堂所解」に見られる「堺打」を福山敏男氏は彫金技法 けぼ のひとつである「毛 彫り」と考えている1)。「堺」を文様をかたどる線、すなわ ち文様と考えると、毛彫りに限定する必要はなく、「堺打工」は「彫金工」と 解釈することができよう。 彫金は金床や木台の上で行うほか、ヤニ台に固定して行われる。打ち出しも 絞りも同様である。いずれの場合も彫金を容易にするように地板を加熱して柔 らかくする。この作業を「なまし」と呼ぶ。 注釈 1.出典『日本建築史の研究』p.243 5 3. 技を刻む − 錺金具の製作技法 錺 - 建築装飾にみる金工技法 (4)彫金技法と鏨 け は かた き 彫金は鏨に依存しているといってよい。毛彫り鏨、蹴 り彫り鏨、刃 鏨、片 切 り鏨、 かた 魚々子鏨、象嵌鏨などさまざまな鏨がある。また、型 鏨と総称される鏨がある。 型鏨は花弁や唐草文様などの一部分の形をそのまま鏨の先端の形にしたもので、 作業の省力化を意図している。江戸時代に入ってから普及するが、中には蹴り 彫りに見せかけるために同所に刻み目を入れたものもある。彫金工にとって蹴 り彫りを確かに行うことは魚々子蒔きと同様、一人前の証しといわれる。刻み 目を入れた型鏨は、蹴り彫りにこだわる工人らの意識の現われといってよいで あろう。 点線彫り 先端が尖った「はりいし鏨」で点を打ち、これを連ねて文様を表す彫金技法で、唐 図 3-3 蹴り彫りによる線刻状況 草文をあらわしたものが多い。 毛彫り 毛のように細い線を彫るもので、鏨の使い方により鋭く力強い線や柔和で繊細な 線を表すことができる。線状に彫られるので線彫りとも呼ばれる。毛彫りは地金 面を削るように彫り進められ、切り屑が出る特徴を持つ。同じ線彫りでも型鏨、 平鏨などでは地金に窪みが生ずるだけである。 蹴り彫り 平鏨を縦にして、その角を生かして引くように打つ線刻技法で、引き鏨彫りと も呼ぶ。毛彫りが直線上に表されるのに対し、蹴り彫りは三角形が連なった線 として現れる。金鎚の打ち具合や鏨の引き方により蹴り彫りの線刻結果は大き く変化する。異なる蹴り彫り鏨を使用し彫金具合に変化を持たせることにより、 錺金具としての表現力を高めた作品が見られる〔図 3-3〕。 6 3. 技を刻む − 錺金具の製作技法 錺 - 建築装飾にみる金工技法 すき 鋤彫り 刃鏨で地金を鋤取る技法で、文様輪郭を線状に残すために地金を一段彫り下げ る彫り方と、文様外郭、すなわち地の部分全面を彫り下げる彫り方がある。金 具はレリーフ状となるため、濃密で派手な印象を与える。鋤取った面には魚々 子が蒔かれるが、これは鋤取り面を調整する役目も持つ〔図 3-4〕。 透かし彫り 地金を切り透かす技法で、もっぱら糸鋸が用いられる。元々は文様に沿って穴 をあけ、切鏨でその間を落としていたと考えられている。 しし 肉彫り 立体的な金具を作る技法で、地金を彫りくずして彫刻作品のように製作する「丸 図 3-4 地鋤彫りと魚々子蒔き 彫り」と、金属板を裏から打ち出す「打ち出し」とがある。 ししあい 肉合彫り 肉彫り同様、立体的な金具を作る技法で、地金はやや厚手の平板が用いられる。 文様周囲を一段低く彫り下げて薄肉彫りを施すもので、仕上がった面は地金よ つば たば こ きせ る り高くはならない。鍔 や煙 草 入れ、煙 管 の彫刻にもよく見られる。 片切り彫り 片切り鏨を使用して文様を絵画風に彫るもので、筆描きのごとく地金を鋤取る 〔図 3-5〕。 図 3-5 片切り彫りと魚々子蒔き 7 3. 技を刻む − ぞうがん 錺金具の製作技法 錺 - 建築装飾にみる金工技法 しっぽう 象嵌・七宝 は 地金表面に他の金属を嵌め込む技法で、金・銀などの線材を嵌 め込む「糸象嵌」、 ひら ぬの め 平面状に裁ち切った平板を嵌め込む「平 象嵌」、切鏨で地金面に布 目 状の模様を 線刻し、その面の上に金属を置き鏨で打ち込んで嵌め込む「布目象嵌」とがある。 ゆうやく 金属の代わりに釉 薬を用いて焼き上げたものを「象嵌七宝」という。地金上に ゆうせん 細い金属を置いて仕切りとし釉薬を焼き付けたものを「有 線七宝」、同一区画部 む せん に複数の色の釉薬を置いて焼き付けたものを「無 線 七宝」と呼ぶ。いずれも近 世に普及しはじめる。 ななこ ま 魚々子蒔き ななこ 魚 々子鏨を用いた加飾技法で、「魚子」「七々子」「七子」とも書く。魚々子鏨以 外の鏨の先端が刃物状に加工されているのに対し、魚々子鏨は円文などの文様 図 3-6 蹴り彫り鏨 図 3-7 魚々子鏨 はがね が刻まれている〔図 3-6、3-7〕。この鏨を製作するには鋼 による鏨が必要となる。 いし め きく いし 文 様 が 円 形 の 鏨 を「 石 目 鏨 」、 菊弁形を表す放射状の刻みを持つものを「菊 石 め 目 鏨」という。矩形様のものは総称して「荒らし鏨」と呼ぶ。 円文を横に二粒、三粒と並べたもの、さらには上下何段かに連ねた鏨は「集 団魚々子」などと呼ばれる。鏨を放射状に引く場合、同心円状に引く場合など があり、魚々子の蒔かれ方を観察すること自体興味深い。 魚々子は文様地を埋め尽くすように一面に蒔かれる。いわば余白を埋める役 しずく たま 目を果たすが、同じ余白を埋める目的で「雫 」あるいは「玉 」と呼ばれる文様や、 不定形の模様を文様余白部に彫金した金具が出現するようになる。このような 金具は桃山時代ごろから現れてくる。 8 3. 技を刻む − 錺金具の製作技法 錺 - 建築装飾にみる金工技法 (5)色揚げ技法 金属は錆や汚れが付きやすい。金属製品に施される色揚げは単にその作品を 金具表面を金色に仕上げる方法として、前記の鍍金以外に金具表面に漆で金 美的に見せるためばかりではなく、前述したように、金具表面の汚れや錆びを 箔を貼る技法である漆 箔 がある。金色仕上げの鍍金、漆箔に対し、銀色仕上げ 防止する目的も持っている。 にするものがある。当然ながら金の代わりに銀を用いるわけであるが、技法内 金属は化学変化により本来の色から他の色へと変化する。この金属の特性を 容はほぼ鍍金、漆箔と同じである。 逆に利用して金具表面を着色する方法を人間はあみ出した。それがさまざまな 以上紹介した金具の製作技法は、多彩な金工世界におけるごく一部のもので 溶 液( 酸 化 液 ) を 利 用 し た 技 法 で、 酸 化 液 を 沸 騰 さ せ て 色 揚 げ す る こ と か ら あり、同じ技法であっても、地域によって、職人によって呼び方が異なる場合 に うるし はく あ 「煮 揚 げ」「煮込み」ともいわれる。硫化カリ溶液に銅地金を入れて沸騰させる があることに注意をはらいたい。 りゅうか と表面が黒色に色づく。加熱した硫 化カリ溶液を地金表面に塗布する場合もあ 建築を飾る錺金具は建築を構成する重要な要素の一つであり、冒頭で紹介し しん せき る。浸 漬 時間、塗布回数により茶褐色から黒色までの発色を出すことができる。 に ぐろ め た正倉院文書「造法華寺金堂所解」の金具に関する記事から、また遺存する様々 に ぐろ み この色揚げ技法を煮 黒 目 または煮 黒 味 という。硫化カリ溶液を用いることから、 な金具の素晴らしさから、錺金具の製作技法は古代においてすでに高度なレベ いぶ 硫化燻 しとも呼ばれる。 ルにまで達してることがうかがえる。 溶液を用いる方法以外に金具表面に塗膜層を形成させる方法がある。漆を金 一方、建築における錺金具は近世に花開くが(「2. 建築装飾と錺金具」参照)、様々 やき うるし 属表面に焼き付ける焼 漆 は塗装による色揚げ技法の代表で、加熱した地金面に な意匠と技法で製作されたこれらの錺金具には美が凝縮している。この錺金具 き うるし 生 漆 を塗布してこれを繰り返し黒色に仕上げる。生漆に赤色顔料であるベンガ を生み出し支えたもの、それは金工職人の技術であることは間違いない。同様 ラを混入し赤味色を出すこともある。焼漆は錆の発生防止効果の期待から鉄製 に、職人が使い込んだ諸道具もまた美しい。美しい道具には確かな金工技術が 金具に多用されてきた。 宿っているかのようである。 黒色に仕上げる技法は煮黒目、焼漆以外にもある。燻しは銅地金を硫化カリ 溶液などに漬けて黒色の下着けを行ったのち、金具表面を杉青葉または松葉、 ろう あるいは藁を使って表面を燻し、金具が温かいうちにイボタ蝋 を撒き絹布等で 磨き上げる方法である。イボタ蝋はイボタロウムシの幼虫の分泌液で、丸薬外 て ぐろ 装の艶出しやロウソクの製造などに使用される。手 黒 は燻し同様、硫化カリ溶 はくろう しょうえんずみ 液などで黒色を下着けし、そのあと白 蝋、松脂、松 煙墨を加熱溶解して金具表 面を熱しながら刷毛塗りをする方法である。 燻しも手黒も油煙を金具表面にまんべんなく付着させるが、燻し、手黒にか ぎらず、時代を経た金具表面の観察から色揚げ技法を判断することは難しいも のである。 9
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