有機化学 III 演習問題 12

有機化学 III 演習問題 12
《問 1》次の反応で得られる生成物 A∼E を構造式で書け。
HN
1)
O
O
2)
A
H+
NaCN
B
H
HCl
O
H2N-NH2
3)
1) NaOH, 200 °C
D
C
EtOH
O
2) H2O
H2C=P(C6H5)3
E
4)
Et2O
《解説》
1)カルボニル基とアミン類の反応。
第 1 級アミン類との反応は次のようになる。アミンが求核剤としてカルボニル炭素を攻
撃し、アミンがカルボニル基の二重結合に付加し、ヘミアミナール(hemiaminal)を
生成する。ヘミアミナールは容易に脱水して、熱力学的により安定なイ ミ ン ( imine )
(Schiff 塩基とも呼ぶ)を生成する。このように、二分子が結合して水やアルコールの
ような簡単な分子が脱離する反応を縮合(condensation)と呼ぶ。この反応は平衡で
あり、イミンを単離するためには生成する水を除く必要がある。一般的にはイミンを単離
することなく、還元アミノ化反応(reductive amination)(21-6 参照)のように続
けて次の反応に使用する。
H
R
O
R
+
H2N R'
R
R
N
O
H
R'
H
R
N R'
R
OH
Hemiaminal
-H2O
R
N R'
R
Imine
(Schiff base)
第 2 級アミンも第 1 級アミンと同様にヘミアミナールを生成するが、窒素上に水素が
ないので、イミンになれない。しかし、α炭素に水素がある場合には脱水が起こりエ
ナミン(enamine)を生成する。
1
R'
R
R'
+
O
R
HN
R
N
R
R'
R'
H
H
R α
N R'
R'
O
H
-H2O
OH
R
Hemiaminal
R'
N R'
R C
H
R
Enamine
問題では cyclohexanone に pyrrolidine(第 2 級アミン)が反応するので、エナミンで
ある 1-(cyclohex-1-en-1-yl)pyrrolidine が生成する。
O
+
HN
H
H
N
N
OH
O
H+
-H+
N
OH
H+
H H
N
-H+
N
-H2O
N
O H
H
2)シアン化物イオンのカルボニル炭素への求核攻撃によるシアノヒドリンの生成反応。
O
CN
H
O CN
H
H CN
HO CN
H
+
CN
シアン化ナトリウムと強酸の塩酸が反応してシアン化水素(猛毒)が発生するので、合
成では極めて要注意である。生成したシアノヒドリン(cyanohydrin)のシアノ基は
加水分解するとα­ヒドロキシアミドやα­ヒドロキシカルボン酸に、また、還元すると
β­ヒドロキシアミンに変換できるので、有機合成上有用である。
3)Wolff-Kishner 還元によるカルボニル基のメチレンへの還元反応。
カルボニル基のメチレンへの還元反応には3つの方法がある。酸性条件下で行う
Clemmensen 還元(concd. HCl/Zn(Hg)/heat)、中性条件下で行うチオアセタール/脱
硫反応、そして塩基条件下で行う Wolff-Kisner 還元である。反応する基質に応じてどの還
元反応を使うかを決める。
この問題では、カルボニル基とヒドラジンの反応からヒドラゾン(hydrazone)へ変
換し、単離せずに引き続き強塩基条件下で加熱することで窒素の遊離を伴って還元が完了
する、いわゆる Wolff-Kishner 還元である。Wolff-Kishner 還元の脱窒素では高温が必要
であり、高沸点の溶媒であるジエチレングリコールやトリエチレングリコールなどが使わ
れる。
2
H
O
O
H2N-NH2
H
HN NH2
HO
N
N NH2
NH2
"Hydrazone"
N
H
N H
N
OH
H
N
N
H
H
N
N
H OH
N
OH
H
"Hydrazone"
N
N
H
H OH
-N2
H
H
H
4)リンイリドを用いるカルボニル基のアルケンへの変換反応で、Wittig reaction(ウ
ィッティッヒ反応)という。カルボニル基という特定の位置で二重結合を形成できる有
機合成上極めて有用な反応。
まず、リンイリド(phosphorus ylide)の生成を行う。求核試薬であるトリフェニルホ
スフィン(triphenylphosphine)がハロゲン化メチルに SN2 反応を起こし、ハロゲン化
メチルトリフェニルホスホスホニウム塩を生成する。この塩のリン原子は陽性なので隣の
炭素の水素は酸性(プロトンとして離れやすい)となっている。よって、強塩基で処理す
ることで脱プロトンが起こり、リンイリド(phosphorus ylide)が生成する。「イリ
ド (ylide) 」 と は 陰 性 の 炭 素 の 隣 に 陽 性 の ヘ テ ロ 原 子 が 共 有 結 合 し た 双 性 イ オ ン
(zwitter ion)のことである。リンイリドは電荷を持たないリンが原子価殻の拡大を起
こした構造(リンと炭素が二重結合構造)と共鳴しているが、寄与は小さい。共鳴ではオ
クテット則が優先し、電気陰性度の大きい炭素(2.6)が負、リン(2.2)が正に帯電した
電荷分離型構造の寄与が大きい。
H
X CH3
PPh3
X
H2C PPh3
B
Methyltriphenylphosphonium
salt
PPh3
O
H2C
PPh3
O
CH2
Phosphorus betaine
H2C
PPh3
H2C=PPh3
Phosphorus ylide
Ph3
P
O
CH2
CH2
+ O PPh3
Oxaphosphacyclobutane
or
oxaphosphetane
次ぎにリンイリドがカルボニル炭素を求核攻撃し、リ ン ベ タ イ ン ( phosphorus
betaine)が生成する。ベタインとは分子内の隣り合わない位置に正電荷と負電荷を持
つ双性イオン(zwitter ion)のこと。リンベタインは電荷分離型なので不安定で、直ちに
リ ン と カ ル ボ ニ ル 酸 素 が 結 合 し て オ キ サ ホ ス フ ァ シ ク ロ ブ タ ン
3
( oxaphosphacyclobutane ) またはオ キ サ ホ ス フ ェ タ ン ( oxaphosphetane )
と呼ばれる四 員 環 構 造 の 化 合 物 となる。続いて、安定なトリフェニルホスフィン
(triphenylphosphine oxide)が生成するように分解し(四中心反応)、結果としてもと
もとカルボニル基であった位置にアルケンが構築される。
生成するアルケンの立体化学は、用いるリンイリドや基質のカルボニル化合物に影響さ
れる。一般に、不安定化リンイリドとの反応ではリンベタインが安定化するように進行し
(速度支配)
、cis 体(Z 体)が優先する。また、共役系により安定化されたリンイリドと
の反応ではオキサホスフェタンの生成が平衡となり、熱力学的に安定な trans 体(E 体)
へと反応が傾く。
4