プロジェクト発表区分「環境」 サクラを救え!~不定根法と小さな生き物たち~ 愛知県立稲沢高等学校 1 はじめに 木曽川堤サクラとは昭和2年に国の名勝及び天 然記念物に指定された愛知県一宮市から江南市ま で 約 9 km に わ た り 木 曽 川 堤 防 上 に 植 栽 さ れ た 1800 本 も の サ ク ラ 並 木 で あ る 。し か し 近 年 ,サ ク ラ の 老 齢 化 や 堤 防 の 補 強 工 事 に よ り , 一 時 は 400 本まで減少した。 私たち稲沢高校環境デザイン科は,愛知県下で 古くから造園・植木の学習をしている学科として 世界に多くの担い手を輩出している。その実績・ 図1 木 曽 川 堤 サ ク ラ ( 2010 年 ) 経 験 を 基 に 私 た ち は , 愛 知 県 教 育 委 員 会 文 化 財 保 護 室 と 協 力 し 樹 木 を 守 る 活 動 を 2008 年 ( 平 成 20 年 ) よ り 開 始 し た 。 2 研 究 経 過 ( 平 成 20~ 24 年 度 ) (1) 不 定 根 法 の 実 施 私 た ち が 行 っ て い る 樹 勢 回 復 方 法 は ,不 定 根 法 で あ る 。 不定根法とは幹から新たな根を発根させ,それを地中ま で誘導し,より多くの栄養を地中から吸収させる方法で ある。活動開始時は4本だった施術対象樹木も,本校の 活 動 が 認 め ら れ 年 々 本 数 を 増 や し 現 在 で は 10 本 を 扱 う までになっている。施術した全てのサクラは,翌年より 不定根を発生させることに成功しており,現在既に不定 根が地中へ到達しているものもある。 図2 不 定 根 法( 弘 前 公 園 ) (2) ナ ラ タ ケ な ど 病 原 菌 に よ る 施 術 対 象 樹 木 の 衰 弱 ・ 伐 採 主なサクラの病原菌は,ナラタケ,ナラタケモドキ, カワラダケといったキノコ類の菌糸によるものである。 いずれも衰弱した樹木がかかり,いずれは枯死に至る。 活動3年目の秋,施術対象樹木の 1 本が不定根を発生 していたのにもかかわらず,ナラタケ病に侵され他の木 にまん延しないように伐採を余儀なくされた。他の木曽 川堤サクラにもこれらの菌が潜んでいる可能性はある。 そのため伐採の悲劇を繰り返さないよう早期樹勢回復と 病原菌への耐性をつける研究をする必要がある。 図3 ナラタケ菌 (3) 糸 状 菌 の 分 離 ・ 同 定 平 成 22 年 度 に , 21 年 の 施 術 対 象 樹 木 よ り 糸 状 菌 を 発 見 し た 。 そ の 対 象 樹 木 の 不 定 根 は 他 の 根 と 比 べ 格 段 に 太 く ,ま た 昨 年 度 の 測 定 で も 直 径 が 2 cm に な る ほ ど 成 長 し て い た 。こ の菌糸を採取し,分離・同定を名古屋大学に依頼 し,高大連携事業として共同研究をはじめた。数 種類を単離し塩基配列を解読した結果,有益な菌 と判断された菌の名称は「トリコデルマ」という 菌であった。 (4) ト リ コ デ ル マ 菌 の 特 性 た い じ 対峙実験 PDA 培 地 上 で ,ト リ コ デ ル マ 菌 は 灰 色 カ ビ 病 菌 , サクラの病原菌であるナラタケ菌・ナラタケモド た い じ キ菌・カワラダケ菌との対峙実験で病原菌を食い 図4 不定根周りの菌糸 止め捕食することができた。この結果からこのサクラから分離されたトリコデルマ菌を用 いて,木曽川堤サクラを病気から守ることができると確信した。 対峙実験 灰色カビ病 図5 トリコデルマ菌と灰色カビ病菌 図6 た い じ トリコデルマ菌とサクラの病原菌 た い じ の対峙実験 との対峙実験 (5) ト リ コ デ ル マ 菌 の も う 1 つ の 特 性 (植 物 臨 床 実 験 ) 発見樹木の不定根が太かった現象から,植物の生育を促進することができるのではない かと仮説を立て,各植物臨床実験を試みた。トリコデルマ菌を混ぜた用土と何も混入して い な い 用 土 に そ れ ぞ れ 植 物 を 植 替 え ,経 過 を 観 察 し 生 重 量 と 乾 燥 重 量 を そ れ ぞ れ 計 測 し た 。 使用した植物はヤマザクラ,ワイルドストロベリー,ハツカダイコン,ニンジン,コマ ツナである。実験のコンセプトはトリコデルマ菌による植物の成長量の違いとトリコデル マ菌が作用する部位の検証である。 菌接種区 無接種区 4ヶ月後 図7 ワイルドストロベリー菌接種実験 における生体重の違い 図8 ワイルドストロベリー菌接種実験 における4ヶ月後の様子 ア トリコデルマ菌による成長量の違い ワ イ ル ド ス ト ロ ベ リ ー の 結 果 は , 無 接 種 区 に 比 べ , 地 上 部 の 生 重 量 は 1.7 倍 , 地 下 部 の 生 重 量 は 1.4 倍 , 地 上 部 の 乾 燥 重 量 は 3.4 倍 , 地 下 部 の 乾 燥 重 量 は 1.3 倍 と な っ た 。 ヤ マ ザ ク ラ の 結 果 は ,無 接 種 区 に 比 べ ,地 上 部 の 生 重 量 は 2.5 倍 ,地 下 部 の 生 重 量 は 2.3 倍 , 地 上 部 の 乾 燥 重 量 は 2.6 倍 , 地 下 部 の 乾 燥 重 量 は 2.7 倍 と な っ た 。 こ の 結 果 か ら ,ト リ コ デ ル マ 菌 を 接 種 し た 土 壌 の ほ う が 植 物 の 成 長 が 明 ら か に 良 か っ た 。 サクラ菌接種実験 5株平均 無接種 地上部 生(g) 57.10 地下部 生(g) 41.83 地上部 乾燥(g) 22.42 地下部 乾燥(g) 18.06 菌接種 147.28 98.93 60.50 48.83 5株平均(g) 2.5倍 2.3倍 2.6倍 2.7倍 図9 ヤマザクラ菌接種実験 図 10 における生体重の違い イ ヤマザクラ菌接種実験 における7ヶ月後の様子 トリコデルマ菌が作用する部位の検証 トリコデルマ菌が定着し植物成長を促進する部位が根,葉など,どの特定部位であるか を検証した。使用した植物は,結果が早く出る物を選び,根菜類であるハツカダイコン, ニンジン,葉菜類であるコマツナを実験材料とした。用土は,土壌中の雑菌等によりトリ コデルマ菌の効果が検証できにくいため,オートクレーブによる土壌滅菌消毒をした。培 養土+腐葉土をオートクレーブで滅菌消毒したものとコントロールとして普通の滅菌して いないものを使用した。 播種後 30日 播種後 38日 ・無滅菌・菌× ・無滅菌・菌○ ・滅 菌・菌× ・滅 菌・菌○ 図 11 ハツカダイコンの結果 図 12 コマツナの実験結果 ハツカダイコンの結果において,滅菌土壌の菌 接種区と無接種区の差は無接種区に比べ,根の 断 面 積 は 1.4 倍 , 根 の 生 重 量 は 1.2 倍 , 根 の 乾 燥 重 量 は 1.4 倍 と な っ た 。 コマツナの結果において,菌接種区と無接種 区 の 差 は 無 接 種 区 に 比 べ ,葉 の 生 重 量 は 1.2 倍 , 葉 の 乾 燥 重 量 は 1.2 倍 と な っ た 。 ニ ン ジ ン の 結 果において,菌接種区と無接種区の差は無接種 区 に 比 べ , 根 の 生 重 量 は 1.3 倍 , 葉 の 生 重 量 は 1.4 倍 と な っ た 。 滅 菌 し て い な い 通 常 の 土 壌 に 図 13 ニンジンの結果 おいてもそれぞれ菌接種の方が成長量は大きかった。 以上の結果より,トリコデルマ菌が植物の特定的部位ではなく植物全体における 成長の 促進に役立っていることが証明できた。また,土壌を滅菌消毒しトリコデルマ菌単体での 定着を図ることでより成長の促進作用が見込まれると確信した。植物臨床実験より,トリ コデルマ菌の成長促進機構としてトリコデルマ菌が他の雑菌等を除去し,植物自体が本来 雑菌等へ行う抵抗エネルギーを成長エネルギーとして使用できることで植物の成長が促進 的に行われるという仮説が立てられる。しかし,この仮説を証明するには今後詳細な実験 が必要である。 (6) ト リ コ デ ル マ 菌 の 活 用 と 普 及 活 動 さまざまな形で臨床実験を行い,トリコデ ルマ菌により病原菌を除去すること,また, 植物の成長を促進的に作用することが検証さ れた。このことにより,この菌を農業生物資 源研究所ジーンバンクに登録し,また,近隣 農家や民間企業への使用依頼を積極的に行い, トリコデルマ菌を使った植物再生プロジェク ト と し て ア ピ ー ル し て い る 。近 隣 の 教 育 機 関 , イベント会場での普及啓発活動や学会での発 表,各種メディアに取り上げてもらいより広 く 知 っ て も ら う よ う 活 動 を 進 め て い る 。ま た 、 武田科学技術振興財団より研究の可能性を認 図 14 造 園 学 会 で 研 究 成 果 の 発 表 めていただき「高等学校理科教育振興奨励」を受賞した。また ,本来のプロジェクトであ る木曽川堤サクラへの菌投与を行い,早期樹勢回復を目指す。 3 取組の成果 (1) 不 定 根 法 を 実 施 し た 対 象 樹 木 は い ず れ も 不 定 根 を 発 生 さ せ , ナ ラ タ ケ 菌 に 侵 さ れ 伐 採を余儀なくされた樹木以外は順調に樹勢を回復している。 (2) 木 曽 川 堤 サ ク ラ か ら 分 離 さ れ た 糸 状 菌 は ト リ コ デ ル マ 菌 と 同 定 さ れ , 大 学 な ど の 研 究機関との共同研究において有用性を立証できた。 (3) ト リ コ デ ル マ 菌 を 普 及 す る た め に 農 業 生 物 資 源 研 究 所 ジ ー ン バ ン ク に 菌 種 登 録 し , 日 本 肥 料 (株 )と 共 同 開 発 を す る こ と が 決 定 し た 。 (4) ト リ コ デ ル マ 菌 の 特 性 を 生 か し 地 域 活 性 化 の 足 が か り と し て , 近 隣 農 家 や 民 間 企 業 へ協力の依頼ができた。 (5) 木 曽 川 堤 サ ク ラ の さ ら な る 樹 勢 回 復 の た め , 今 年 度 秋 , ト リ コ デ ル マ 菌 を 投 与 す る 許可 4 が下りた。 今後の取組 (1) 木 曽 川 堤 サ ク ラ の 樹 勢 回 復 の 継 続 継続的な不定根法の実践とトリコデルマ菌による樹勢促進措置や病原菌除去を行う。 (2) 製 品 化 へ の 取 組 本校が分離・同定したトリコデルマ菌を生物資材とし て商品化する。 (3) 樹 木 の 四 大 生 産 地 で あ る 地 元 産 業 の 活 性 化 より多くの近隣農家へ普及を進め,地域全体で生産量を向上させる。
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