日本放射線技術学会近畿部会雑誌 平 成 17 年 度 秋季勉強会 パネルディスカッション 第11巻3号 「診療放射線技師が行う精度管理とその理由」 乳房撮影の精度管理 大阪府立成人病センター 中島 直 グラフィに対する社会的関心が高まっている. 精 度 管 理 に お け る 品 質 保 証 (QA) や 品 質 管 理 (QC) は, JIS や各団体において定義され, それぞれ の生産, 消費活動において活用されている. われわれ マンモグラフィは, 特殊撮影法に属している . 特 診療放射線技師においても, 最終的に受益者となる被 殊撮影法の解釈は広いが, 特別な条件や操作で装置を 検者に安全で良質なサービスを提供する手段として重 使用することにより問題を解決する手段であり, 高度 要といえる. 具体的には, 品質保証として装置をはじ な技術力が要求される. マンモグラフィにおいては専 めとするシステムの性能について確立された基準を作 用装置, 低エネルギーX線の使用, 撮影手技の熟練な 成することであり, 品質管理としてこの基準を満たす どがあげられる. 現在のマンモグラフィ装置の基本型 ことを保証することになる. マンモグラフィにおいて は, 1967年に CGR 社 (現 GE 社) がモリブデン陽極 もプロセスが確立されつつあるところであり, 経緯と を搭載した Seno1を発売したことに始まり, 以後本邦 現状について簡略に述べる. にも500T (CGR), MAMMOMAT B (SIEMENS), MAMMOREX (PICKER) 等が導入され, 国内でも 製造されているが全体的な台数は少ない. 当初からマンモグラフィ技術力における欧米との差 近年の乳癌死亡数および罹患数の増加傾向は, すで は, 元来罹患数において圧倒的に少ないことや, 外科 によく知られているところである. 本邦では1975年∼ 医主導の診療であり画像診断を軽視していたことなど 2000年の25年間に死亡数は2.8倍増加している. 1990 がうかがえる. そのために診療する施設, 撮影技師が 年に5,843人であった死亡数は, 2001年には9,720人と 限られ, 充分な経験, ノウハウを広く発信, 吸収でき なり, その内女性は9,654人となっている. 将来予測 ない状態であったため, 国内でも格差が生じた. また, でも, 2015年には約11,600人の死亡が見込まれ罹患数 画質に対しても現在のようにシビアではなかった. も48,200人と予測されている . また, 地域がん登録 1990年代中期の主な全国の病院調査 (608施設) では, の推計データでも, 年齢調整罹患率で1995年に胃癌を 1週間あたりのマンモグラフィ撮影件数は, 0 ∼ 5 件 抜き第1位となった . これらの要因として, 疫学的 が46.2%, 6 ∼10件が23.4%と少ない状態となってい 検討によるリスクファクターと関連づけられる. すな た . 欧米では, 1980年中ごろより長時間現像による わち乳癌は, 女性ホルモンと密接に関係しており, 初 画質の高コントラスト化が進められ, 高ガンマーなシ 潮年齢の低下, 晩婚, 高齢出産, 遅い閉経等のサイク ステムが採用されていた. 本邦では, 1993年ごろの撮 ルの変化によるホルモン曝露の長期化によるイニシエー 影分科会の教育的セッションにおいても脂肪性の乳房 ション, プロモーション, プログレッション等の増加 には高ガンマーシステム, 充実性乳房には低ガンマシ があげられる. 食生活面においては, 肉類を毎日摂取 ステムという今とは違った認識であった. このように する女性は取らない人に比べ, 乳癌死亡リスクが2.4 簡単なマンモグラフィの変遷をとらえても, 精度管理 倍高くなると指摘されるなど, 女性のライフスタイル の基本である優れた技術を取り入れた教育, さらに標 や食文化の変化が大きく関連していると言われてい 準化が必要となる. る . このような状況の中で, マンモグラフィ併用検 診が開始され, マンモグラフィが早期発見に有効であ ることがメディア等で報じられるなど高品質なマンモ 2006 年 1 月 ― 49 ― 日本放射線技術学会近畿部会雑誌 第11巻3号 が判明した. そのため NBSS では, このトライアル の技術品質を検証するために, 外部からの調査を依頼 した わが国では, 1989年以来の数次にわたる旧厚生省, . 調査は, 3人の専門医により行われた. 調 厚生労働省がん研究助成金による 「乳癌検診に関する 査方法は, 検診センターのマンモグラム10枚を各年代 研究班」 の活動成果により, 2000年にがん予防重点教 ごとにランダムに抽出し, 頭尾方向ポジショニング, 育およびがん検診実施のための指針の改定が行われ, 側面方向および内外斜位方向ポジショニング, 濃度と 老健第65号通達によるマンモグラフィを用いた乳癌検 コントラスト, 鮮鋭度等をイメージクオリティとする 診が開始された. 欧米では, すでに多くの国で1960年 4評価項目を設定, 点数化した. 具体的には適正な濃 代後半より80年代にかけて乳癌検診の有効性をめぐっ 度, 白黒のはっきりした強いコントラストで細部の黒 て各種のトライアルが行われている. Table 1 は, 代 つぶれがないこと, 現像アーチファクト, スクリーン 表的な各国の有効性評価の方法として最も信頼性の高 アーチファクト, フィルムの密着性, 画像の汚れ等も い無作為化比較試験の結果を示したものである. 現在 含まれている. 点数は各基準について, 0 (悪い), でも多方面からそれぞれ検証が行われ議論は分かれる 1 (中), 2 (やや良い), 3 (良い) に分類され2以 が, おおむね, 現在の欧米でのマンモグラフィを用い 上が合格基準とされた. 各項目の年度別合格割合 た乳癌検診は, 40歳以上の乳癌死亡減少に有効である (Fig.1) をみると頭尾方向撮影ポジショニングを除 と評価されている . 一方, 1980年から1988年にかけ き, トライアル開始後 6 年間は, 低品質なマンモグラ てカナダで行われた NBSS (National Breast Screen- ムであったことがわかる. 最後の 2 年でようやく合格 ing Study)は, 多大な時間, 労力, 資金が投入され 率が70%以上に達した. 調査結果より, これらの主な たにもかかわらず新しい発見がなく, マンモグラフィ 原因としては, まず, 第一としてトライアルを始める を用いた乳癌検診において死亡率の低下を証明するこ 前のマンモグラフィの品質基準が明確にされず, 放射 とができず, 今後の追跡調査も信頼性が低いと結論づ 線科医や撮影技師に対する教育, トレーニングが, ほ けられた . とんどあるいはまったく行われていない状態であった こと. 第二として不適切な線質, 現像機のばらつき, Table 1 フィルムの密着不良, 暗室かぶり等の不備を認識して いたにもかかわらず日常, 定期の品質管理が行われて いなかったこと. 第三として最新の撮影装置を使用し ていなかったこと. などが原因としてあげられている. この調査を担当した一人である米国の放射線科医 Daniel B. Kopans は別の論評 で最新装置が有効性 の尺度ではないと述べているように, カナダトライア ル失敗の最大の原因は精度管理を怠ったことによる低 品質なマンモグラフィによるものである. カナダトライアル NBSS は, 1980年に始まり1988 年初めまで行われた. 検診方法は, 年齢によって 2 種 類に分けられ, 登録時年齢50歳代は毎年 2 方向のマン モグラフィと視触診の検診群と視触診のみのコントロー ル群との比較, および登録時年齢40歳代は毎年 2 方向 のマンモグラフィと視触診の検診群とコントロール群 との 5 年間の比較である. 検診は, 最大15のセンター で行われ, 各年で最低2,886人, 最大36,781人のマンモ グラフィが撮影された. 結果は, 前述のように40歳代, Fig. 1 カナダトライアルの画像評価 50歳代ともに有意な乳癌死亡減少効果がなかったこと 2006 年 1 月 ― 50 ― 日本放射線技術学会近畿部会雑誌 第11巻3号 資格, 精度管理プログラム全体についてなど細部にわ たっている. 米国での精度管理の姿勢は, 品質基準法のもと, 詳 細な基準を作成し, それを忠実に履行することで目的 を達成できるという考え方である. ヨーロッパでは, 欧州マンモグラフィ検診精度管理ガイドライン (EUREF) を基本に, 各国それぞれの方法で管理を行っ ている (Photo 1). いずれにせよ欧米のマンモグラフィ 精度管理は, 国家の関与や法的効力を有するものもが 多く, より強制力の強いものとなっている. Photo 1 本邦でも1995年に日本医学放射線学会より乳房撮影 ガイドラインが刊行され, 以降, 二次の改訂が行われ, 現在のマンモグラフィガイドラインに至っている. ま 米国では, 1986年に米国放射線専門医会 (以下 た, 「マンモグラフィ検診の実施と精度向上に関する ACR) がマンモグラフィ認定プログラム (Mammo- 調査研究」 より, マンモグラフィによる乳癌検診の手 graphy Accreditation Program) を作成しマンモグ 引きが報告されている. これらの指針をもとに, より ラフィの精度基準を設定した. その後, 全米がん協会 具体的に実際の機器や画質の品質管理法を記載したも の要請により精度管理プログラムの作成を開始した. のが, 技術学会編の乳房撮影精度管理マニュアルとな 1990年に, 初版マンモグラフィ精度管理マニュアルが る (Photo 2). 老健65号の指針においても品質管理を 完成し, 認定プログラム参加施設に配布している. さ 行うことが明記されており, マンモグラフィの精度管 ら に 1994 年 に は , マ ン モ グ ラ フ ィ 品 質 基 準 法 理は, これらのマニュアルを基本として, それぞれの (Mammography Quality Standard Act) が施行され 施設に応じたプログラムを構築することになる. また, た. この法律では, マンモグラフィ検査を行うすべて 1996年には, マンモグラフィ検診精度管理中央委員会 の施設が ACR など米国食品医薬品局 (FDA) が承認 (現 NPO 法人) が組織され, 講習会開催や施設画像 した検査機関の認定を受けたうえで, FDA による医 評価などの事業を展開し, マンモグラフィ精度管理の 療監査と認可を受けることが義務付けられている. 内 中核となっている. 容的には, 装置の性能, マンモグラムの画質, 人員の Photo 2 2006 年 1 月 ― 51 ― 日本放射線技術学会近畿部会雑誌 第11巻3号 Table 4 Table 2, 3, 4 は乳房撮影精度管理マニュアルよりの 管理項目である. 項目は, 日常の点検, 中, 長期の点 検項目に分けられている. 日常的な点検項目は ACR Table 2 Table 3 Photo 3 Fig. 2 品質管理を実施している項目 2006 年 1 月 ― 52 ― 日本放射線技術学会近畿部会雑誌 Fig.3 Fig. 4 第11巻3号 精度管理を行わない理由 自施設で保有している管理機器 推奨ファントム (156ファントム) や, ディジタルマ 管理方法としての正確性や再現性が重要となる. ンモシステムでは日本医学放射線学会推奨ファントム (ステップファントム) (Photo 3) を追加した客観的 な画質評価が中心となる. 156ファントムは, X 線の 2005年 6 月に行われた, 第 5 回大阪マンモグラフィ 出力や自動露出機構 (AEC) 等, 装置の状態も把握 講習会で行った精度管理に対する受講者40施設のアン できるため, システムの作動状態を確認することがで ケート結果の一部を述べる. Fig. 2 は, 精度管理各項 きる. また, スクリーン/フィルムシステムでは, 光 目の実施状況である. 中, 長期の管理項目では, 平均 センシトメトリーによる自動現像機の管理が重要とな 15%程度の実施率となっている. 日常点検項目でも50 る. 日常点検の留意点は, 検査を開始するための最低 %を超えたにとどまり低率であった. これらの原因は, 限の確認となり, 必ず臨床を行う前に管理されなけれ Fig. 3, 4 にあるように管理機器の不備と知識不足によ ばならない. 中, 長期の管理項目は, マンモグラフィ るものが要因となっているが, 日常点検項目において システム全体の現状確認を基本として, システムの傾 はファントムを保有していても管理されていない施設 向や変動を読み取り, 品質低下を未然に防ぐことや, もみられた. また, 実施できない品質管理項目の対応 将来動向を推測することになる. そのためには, 施設 としては, メーカに品質管理を依頼する, 管理機器購 の環境, 状態に合った周期での継続した管理が求めら 入にむけて検討する等の回答が得られた. 今後は, マ れる. また, これらの項目には安全面で重要である圧 ンモグラフィ検診精度管理中央委員会や関係学会およ 迫機構の確認や平均乳腺線量の計測等も含まれており, びメーカの品質管理や教育のサポートがさらに必要と 2006 年 1 月 ― 53 ― 日本放射線技術学会近畿部会雑誌 第11巻3号 考えられた. 本邦におけるマンモグラフィの精度管理は, 欧米の 手法を手本にそのシステムが構築されつつある. 被検 者に対して安全, 信頼, 精度の高い検査を保証するた めにも今後, 有効に活用し, 実践していく努力が必要 である. ACR の精度管理マニュアルには, 精度管理 の責任者である放射線医の役割について, 放射線技師 がマンモグラフィのトレーニングと生涯教育を受けら れるようにすること. 精度管理テストのため必要な器 材を手配すること. 精度管理テストの施行, 記録, 評 価に必要な時間を日常業務に組み込むこと. 等が明記 されており, 精度管理に対する取り組みがわれわれと は異なっている. 今後の精度管理のあり方について検 討する必要があると思われる. 1) 黒石哲生 : 乳癌検診の現状. Medical Technology, Vol.30 No.6, 634-639, 2002. 2) 厚生省がん研究助成金 「地域がん登録」 研究班 : 日本のがん罹患率と推移. 85-148, 篠原出版, 1999 3) 平山 雄 : 予防ガン学への道. 乳ガンの激増と高 危険群. 中外医薬, 38 : 693-699, 1985 4) 金森勇雄: X線撮影法. 医療科学社,1998 5) 木戸長一郎,黒石哲生: わが国における乳癌検診の 現状課題. 日獨医報, Vol40 No3,4, 467-480, 1995 6) 森本忠興, 葉久真理 : マンモグラフィ検診による 乳癌死亡減少効果とわが国の現状と展望. 日放技 学誌, 61(6), 749-757, 2005 7) Burhenne, L.J.W., Burhenne, H.J. : The Candian national breast screening study : A Canadian critique. AJR 161 : 761-763, 1993 8) 角田博子 : 北欧,米国など諸外国における乳癌集団 検診の現状. 日獨医放, Vol140 No3,4, 481-495, 1995 9) Bains, C.J., Miller, A. B. et al. : Canadian national breast screening study : Assessment of technical quality external review. AJR 155 : 743-747, 1990 10) Kopans, D. B. : The Canadian screening program : A different perspective. AJR 155 : 748749, 1990 2006 年 1 月 ― 54 ―
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