上腕骨近位端骨折に対して上腕骨人工骨頭置換術が施行された一症例

上腕骨近位端骨折に対して上腕骨人工骨頭置換術が施行された一症例
テストは全運動方向とも 2 レベルであった。
山田
ADL 面では結帯、結髪動作は困難なものの、
忠明
反対側上肢を使用して可能であった。
退院後、週 1~2 回での外来理学療法を継続
~キーワード~
したが、術後 4 ヶ月後に転倒により第 4 肋骨
上腕骨人工骨頭置換術、腱板機能、上腕骨近
骨折受傷され、肩関節運動時痛の増強により
位端骨折
関節可動域は低下した。疼痛に応じて可動域
【はじめに】
腱板機能の著しい低下により
練習の許可があったため練習を再開した。
肩関節自動挙上動作の獲得が難渋した症例を
術後 5 ヶ月後より筋力や可動域に徐々に改善
担当した。腱板機能と肩甲骨周囲の機能改善
がみられたものの、自主練習時に代償運動が
を目的に理学療法を実施し、自動屈曲運動に
著明に出現していたため適宜修正を加えた。
改善を認めたので考察を加えて報告する。
術後 10 ヶ月目での関節可動域は肩関節屈曲
【症例紹介】
症例は 70 歳代女性。2009 年
(自動 90°他動 130°)、外旋(自動 30°他動
11 月 28 日転倒受傷して右上腕骨近位端骨折
50°)であった。 徒手筋力テストは肩関節全
との診断を受ける。12 月 9 日(骨折後 11 日)
運動方向 2 レベルであった。静止時アライメ
人工骨頭置換術を施行後、当院プロトコール
ントは右上腕骨頭の前方偏位で、右肩甲骨は
に準じて翌日より理学療法開始となる。2010
軽度外転位で上方回旋位であった。肩甲上腕
年 1 月 10 日(術後 32 日)に自宅退院となり、現
リズムは不整で、肩関節屈曲時に右肩甲骨の
在外来理学療法継続中である。
上方回旋および外転が左肩甲骨に比べて早期
尚、発表に
際して症例には事前に説明し同意を得た。
に出現した。
【手術所見要約】
【結
三角筋、大胸筋間に侵入
果】
自動屈曲角度は自動運動開始時
して大胸筋の上腕骨付着部を一部切離。肩峰
30°(術後 1 ヶ月)から最終評価時 90°(術後 10
下と棘上筋の癒着を剥離してステムを挿入。
ヶ月)に改善を認めた(図 1)。また自動外旋角
大結節・小結節は整復して人工骨頭に固定。
度も 0°(術後 1 ヶ月)から 30°(術後 10 ヶ月)
【理学療法経過】 開始初期は手指、手関節、
に改善を示した(表 1)。しかし、現在でも自動
肘関節の運動と肩甲骨周囲筋へのリラクゼー
運動と他動運動に差が生じている。
ションを中心に行い、右肩関節屈曲他動運動
は疼痛に応じて行った。術後 3 日目でバスト
バンド除去、2 週目より三角巾除去となった。
3 週目より肩関節屈伸の自動介助運動および
外内旋の他動運動開始となったが疼痛が強く
積極的に可動域練習はできなかった。退院時
の右肩関節の関節可動域は屈曲(自動 0°他動
100°)、外旋(自動 0°他動 20°)で、徒手筋力
a
術後 1 ヶ月
図1
b
術後 10 ヶ月
矢状面の肩関節屈曲動作
表1
肩関節可動域術後経過
としている。さらに、大胸筋の筋緊張亢進に
よる上腕骨のアライメントの異常や肩甲胸郭
関節の固定性低下も lag を増強させる因子と
考えられた。これらの状態に対して腱板機能
°
の改善を中心とした理学療法を実施した結果、
自動挙上動作の改善が得られたと考えた。
相澤ら2)は手術時の年齢が術後成績に影響
°
°
°
を与える因子であり、65 歳以上の症例で可動
(ヶ月)
域と筋力が著しく低下すると報告している。
本症例では退院後、自宅での患肢使用頻度が
少なく、防御収縮が強い状態が続いたことも
挙上動作改善が難渋した要因であると考えた。
【考
察】
肩甲上腕関節は関節の安定性を
【まとめ】
右上腕骨近位端骨折に対する、
犠牲にして可動性を重視した関節であり、そ
人工骨頭置換術を施行した症例を担当した。
の不十分な安定性を補うのが腱板の機能であ
腱板機能の著しい低下に着目して機能改善
るとされている1)。
症例では、術後早期か
を目的に、筋力状態に応じた理学療法を実施
らの理学療法開始であったが、術後の疼痛が
した。また、肩甲胸郭関節の機能向上も必要
強くて長期間にわたり運動制限をきたしてい
であると判断してプログラムを追加しながら
た。それによる二次的障害から著明な腱板機
理学療法を継続した。その結果、機能改善に
能の低下を引き起こした。
は時間を要したが、腱板筋群の筋力は徐々に
本来、肩関節挙上動作時には三角筋の前部
改善して自動屈曲運動角度も改善を示した。
と中部線維が骨頭を前上方に転がす。棘上筋
今回のように上腕骨人工骨頭置換術後症例
は上腕骨頭を転がして安定性を付加するため
での理学療法では、腱板機能に着目して早期
に関節を圧迫する。そして残りの腱板筋群が
から筋力に応じた理学療法プログラムの実施
上腕骨頭の過剰な上方並進に抗して、骨頭を
が不可欠であり、十分なリラクゼーションや
下方へ並進させる力を生ずる。しかし、症例
適切な自主練習指導も重要であった。
では腱板筋群の収縮不全があった。三角筋が
働いて上腕骨頭を前上方に転がすが、棘上筋
<引用文献>
による圧迫力や残りの腱板筋群の下方並進の
1) Donald
作用が低下しているために骨頭は前上方へと
過剰に動いて肩峰に衝突していた。
稲垣ら3)によれば、上腕骨人工骨頭置換術
患者の肩甲上腕リズムは崩れていて、臼蓋と
骨頭の形状の相違および筋力低下により充分
A.
Neumann:筋骨格系のキネシ
オロジー,pp136-139,医歯薬出版,2006
2) 相澤利武,
他:上腕骨近位端骨折に対す
る人工骨頭置換術.整形・災害外科 42
(8):855-863,1999
3) 稲垣かず子
他:肩関節における Neer 型
な求心位が取れないために意識的に挙上する
人工骨頭置換術術後の理学療法.理学療法
と、肩甲骨は回旋を伴わず挙上のみを起こす
学 11(Supplement):24,1984