ベッセル型 ロー・パス・フィルタの設計

ステップ2
第 2 章 通過帯域の位相変動が小さい
フィルタ回路を作るために
ベッセル型
ロー・パス・フィルタの設計
川田 章弘
Akihiro Kawata
● パルス信号には位相変動の小さいフィルタが必要
位相変動が小さいことを「群遅延特性
(後述)の変動
● 周波数とは何か
ここで,信号くんがトラックを 1 周する速さωを考
が小さい」と言います.
えることにしましょう.速さは,距離を時間 t[s]で
この特性は,特にフィルタ回路にパルス信号を通過
させるときにたいせつな特性になります.身近なパル
割ればよいため,
2π
ω=
t
ス信号としては,ビデオ信号があります.
です.
群遅延特性とは?
ここで,
(1/t)は周波数 f にほかなりません.従って,
この式は次のように書き換えられます.
● 位相とは何か
ω= 2 πf
位相変動の話をする前に,まず,位相とは何なのか
について復習します.
2 πf は,ωと表記される角周波数です.つまり,
角周波数とは信号くんがトラックを 1 周する速さのこ
位相を一言で説明すると,信号の進んだ距離のこと
です.図 1 を見てください.「信号くん」が丸型のト
となのです.
ラックを走っています.この円周の長さは,「2 π×
● 位相遅延とは何か
(半径)」ですが,正規化して「2 π」と考えます.信
号くんのスタート地点を 0 とすると,彼がこのトラッ
位相遅延という概念について考えてみます.先ほど,
位相とは信号くんの進んだ距離であると説明しました.
クを 1 周すると 2 πの距離を進んだことになります.
そして,2 周すれば 4 π進んだことになります.
π
2
信号くん
えっほ
えっほ
θ:正
π
π
0
2
3
π
2
r
π
中心
θ:負
θ
(ω)
… 4π←2π←0
スタート
地点
3
π
2
フィルタなどの回
路を通過する信号
くんは「逆走」する
信号くんの足の速さは 2πf ≡ω
信号くんの進んだ距離はθ
(ω)
θ
(ω)
距離
なので
ω になる.
時間
ただ,信号くんは逆走しているので,経過時間は負の値で考えて,
θ
(ω)
−
信号くんが走り始めてからの時間は
2πr r で割って「正規化」すると
この円形のトラックの円周は .
円周は2π.
0からスタートして1周すると進んだ距離は2π.2周なら4πだ
ω
となる.
図 1 位相とは…「信号くん」が進んだ距離
図 2 位相遅延とは…「信号くん」が走った時間
円形のトラック上を一定速度で走り続けている「信号くん」を考える
逆走すると遅れが大きくなる
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2008 年 7 月号
特集*速習! アナログ・フィルタ設計入門
振幅
1Hzくんの3倍足が速い
入力信号
B
入力信号がA地点(スタ
ート地点)からB地点に
進んだのに,出力信号は
A地点にいる.これは出
力信号が だけ遅れてい
T
ることになる
1Hzくんの2倍足が速い
3Hzくん
2Hzくん
1Hzくん
π
A
スタート
地点
2
dθ2
A地点と同じ
π
出力信号
T(ω)
dθ1
0
時間[s]
3
π
2
図 3 位相遅延とは…入力と出力の時間差
出力信号は同じ位置にたどり着くのが遅れている
この位相をθという記号で表します.
θは信号くんの速さωの関数なので,θ(ω)とする
ほうが正確です.
信号くんが走り始めてしばらくしたとき,彼が図 2
の位置にいたとします.このときの信号くんが走り始
めてからどのくらいの時間が経過したか求めてみまし
ょう.
時間は「(距離)÷(速さ)
」です.従って,走り始め
てからの時間 T は,
θ
(ω)
T =−
…………………………………(1)
ω
で求めることができます.
フィルタ回路を通過した信号は,正方向ではなく負
方向(つまり遅れ方向)に変化します.そのため,式
(1)には負の記号が付いています.
この走り始めてからの時間のことを位相遅延 T(ω)
と言い,定義は次のとおりです.
θ
(ω)
T(ω)=−
………………………………
(2)
ω
dθ1 = dθ2 …このとき群遅延が一定という
各周波数の信号くんたちの位置関係が一定
図 4 群遅延とは…各周波数の信号の位置を時間で表したもの
dθで信号くん同士の位置関係を表すことができる
になります.従って,厳密には現在の信号くんの位置
θ(ω)からだけでは位相遅延は計算できないのです.
このことから,フィルタ回路に信号が入力されてか
ら出力されるまでの時間差を位相遅延で考えるのは,
実は難しいということが分かります.
● 群遅延とは何か
位相遅延では不具合があるので,群遅延τ(ω)とい
う概念を使います.群遅延を式で表すと,
dθ
(ω)
τ(ω)=−
dω
です.これは,位相を角周波数で微分した値なので,
定数項である 2 πn は 0 になります.この値を使えば,
信号くんが何周したのかは考える必要がなくなります.
つまり,図 3 に示すように,位相遅延とはフィルタ
位相遅延も群遅延も単位は同じ時間[s]です.
ところで,数式では納得できても,群遅延とは何の
に信号が入力されて,同じ信号が出力されるまでの遅
れ時間のことです.位相遅延の単位は時間と同じ[s]
ことなのかイメージしにくいと思います.
図 4 を見てください.周波数の異なる 3 人の信号く
です.
んが dθ だけ離れた位置で走り続けているとします.
Z位相だけでは正確な遅れが把握できない
ここで少しの間,信号くんに 1 人で走り続けてもら
例えば,それぞれを 1 Hz くん,2 Hz くん,3 Hz くん
とします.2 Hz くんの走る速さは 1 Hz くんの 2 倍で
いました.しばらくして,信号くんの位置を確認した
ところ,またまた図 2 の位置にいました.さて,信号
すし,3 Hz くんの走る速さは,1 Hz くんの 3 倍です.
しかし,それぞれの間には 1 Hz の違いしかありませ
くんの走り続けた時間は?と聞かれても答えられない
と思います.なぜなら,
ん.つまり,1 Hz くんと 2 Hz くんの間の周波数の違
いは 1 Hz ですし,2 Hz くんと 3 Hz くんとの間にも
θ(ω)=θ(ω)+ 2 πn(n は整数)
だからです.信号くんが何周したのかを知らなければ,
時間の計算はできません.
つまり,信号くんが走り続けたときの位相遅延は,
θ
(ω)
2 πn
T(ω)=−
−
ω
ω
2008 年 7 月号
1 Hz の違いしかありません.
このとき,図の dθ1 と dθ2 の大きさが同じであれば,
群遅延量も同じになります.つまり,
dθ(
dθ(
1 ω)
2 ω)
−
=−
=
(一定)
dω
dω
ということです.
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