S くんのこと

S くんのこと
綱島 繁
普段の授業では彼のことを S さんと呼んでいるが、ここでは S くん
と呼ぶことにする。その方が私の気持ちにピッタリするから。これま
でに S くんと関わってきた半年間のなかで私が経験し感じ考えたこと
の一部を紹介しよう。
1.
「できるなあ!」
初めて S くんに会ったのは、私がスリランカに来て二日目だった。大学で先生方にお会いした
あと、生活用品の買い物に行くことになり、その手伝いをしてくれたのが S くんと L くんだ。半
日がかりで、隣の町で生活に必要なものを買い、家の窓という窓に蚊を防ぐネットを張り、生活
を始める態勢を整えることができた。そのカギは彼らの高い日本語能力だった。こちらの希望を
正しく理解しシンハラ語で的確に伝えるだけでなく、有益な情報やアドバイスを返してくれる実
践的な日本語能力。「できるなあ」と感心してしまうこの能力を、一体どこでいつ身につけたの
だろうか。興味がわき、早く他の学生たちにも会いたいものだと期待が高まった。
そして初めての授業。40 人近くの学生を前にして緊張する私は、最前列に S くんと L くんの笑
顔を見つけ、ほっとする。こちらから自己紹介や授業計画の説明をした後は作文の授業だ。数日
前の日本の大学生との交流会について感想を書いてもらった。ほとんどの学生がきれいな字です
らすらと原稿用紙に書いていく様子に、
「できるなあ!」とまた感心する。
2.
「すごいなあ!」
学期中盤の会話の授業で8つのグループに分かれて日本についてのプレゼンテーションを行
った。S くんは前に出てグループ分けやテーマ決めを手際よく手伝ってくれた。もちろん自分の
グループ内でも主導的な役割を果たしていた。実際の発表では、どのグループもこちらの予想を
超える素晴らしい出来栄えで、「すごいなあ!」を連発してしまう。パワーポイントを駆使した
発表は(IT 音痴の私には)感動的でさえあり、こんなにすごいことができるのかと胸が熱くなっ
た。早くから IT 教育を受け日本語を学んできたおかげで、インターネットの英語や日本語のサ
イトからデーターや情報を得、グループ内で話し合った内容をパワーポイントにまとめ、発表の
レベルにまで作り上げることができるのだ。そして口頭発表では多少の誤りはあっても、伝えた
い情報や自分たちの考えを日本語でしっかりと伝えることができる。すごい語学力、発表能力だ。
30 年以上日本の英語教育に携わってきた身としては、このように実践的な能力をもつ学生たち
に驚嘆しないではいられなかった。後日、ケラニヤ大学がスリランカの日本語教育の頂点に立っ
ていると聞き、なるほどと納得した次第だ。これまで指導してこられた IT や日本語の先生方に
敬意を表し、努力を積み重ねてきた学生諸君に拍手を送りたい。
3.
「たのもしいなあ!」
授業は決して順調に進んでいったわけではない。プロジェクターが使いたいときに使えないの
は大きな痛手であった。そんな時、瞬時に判断し借りてくるなどの対応をしてくれるのが彼だっ
た。そして借りた器具は必ず返しに行ってくれた。また突然の授業変更などの連絡は彼に頼めば
間違いなく他の学生に伝わった。実に頼もしく信頼できる学生だ。
そればかりでなく、重そうにしていると荷物を持ってくれたり、ドアーを開けてくれたり、自
分の用件のときは受けた電話を切ってかけ直すなど細やかな心遣いもできる人だ。後期試験の期
間中にキャンパスを歩いていて、これから S くんを囲んで勉強会をするのだという彼の後輩に何
度か出会った。助けを必要としている人に対し喜んで手を差し伸べることができる優しさや面倒
見の良さも合わせもっている。
将来の進路希望は教師だそうだ。これまで見てきたように、S くんはよい教師に必要な資質を
十分に備えているように思われる。健闘を祈りたい。こちらも期待に応えられる授業をすること
で側面から応援していきたい。
*ここに登場する「S くん」は特別な人ではありません。たまたま同性ゆえに彼との直接の関
わりが多く、彼のいろいろな面を知ることができ、親しみをもったというだけのことです。第 2、
第 3 の S くんは周囲にたくさんいるように思えます。人間が好きで心優しく、勉強熱心で責任感
の強い頼もしい人たち。このような素晴らしい学生たちと共に過ごした半年は私にとって充実し
た幸せな時間でした。授業のない日は何か物足りなく感じられさえしました。 S くんたちに会
えるのが楽しみで教室に通っていたのかもしれません。
S くんありがとう。みなさんありがとう。