重症なARDS患者に対する 腹臥位療法

重症なARDS患者に対する
腹臥位療法
茨城県厚生連総合病院水戸協同病院
救急部・集中治療部
阿部智一 先生監修
腹臥位療法の効果
• 仰臥位に比べて酸素化の改善に有効
• VILI(Ventilator-induced lung injury)の予防に有効
• これらの生理学的な利点があるにも関わらず、患者
のアウトカムを改善しない
メタ分析*では、重度の低酸素血症がある患者の
生存者では、仰臥位に比べ、腹臥位で有意な改善が
見られた。
* Minerva Anestesiol 2010; 76: 448–54
Intensive Care Med 2010; 36: 585–599
そこで
• 今回の文献・・・
重症ARDS患者に対して、早期に腹臥位療
法を開始する事は、患者の死亡率を改善す
るかどうか?
方法1 研究デザインと対象者
研究デザイン:多施設共同前向き無作為比較研究
研究場所:
フランスの26のICUとスペインの1つのICU
(5年以上日常的に腹臥位療法を実施している)
対象者:466人の以下の条件を満たすARDS患者
・36時間以上の人工呼吸管理
・重症ARDS患者
– FIO2≧0.6 PEEP≧5cmH2O でP/F<150
– 一回換気量6ml/PBW*で管理
– 人工呼吸開始後12〜24時間で上記を満たす
PBW*: 予測体重
方法2 除外基準
腹臥位実施の禁忌
臨床状況
① 頭蓋内圧>30mmHgもしくは脳環流圧
<60mmHg
② 緊急手術や放射線治療が必要な大量喀
血
③ 15日以内に施行された気管手術や気管
切開
④ 15日以内の重症顔面外傷や顔面手術
⑤ 深部静脈血栓治療開始から2日以内
⑥ ペースメーカー挿入から2日以内
⑦ 脊椎や大腿骨や骨盤の骨折
⑧ 平均血圧65mmHg以下
⑨ 妊婦
⑩ 気胸に対する前胸部へのチェストド
レーン留置
① 肺移植
② 体表面20%以上の熱傷
③ 酸素療法やNIVが必要な慢性呼吸器疾
患
④ 生命予後が1年未満の疾患が既往にあ
る
⑤ 研究登録前に24時間以上NIVを施行し
ている
呼吸の問題
① 研究登録前のNO療法、almitrine
bismesylateの使用、ECMO導入
他の除外基準
① 研究登録前からの終末期医療を受けて
いる
② 30日死亡率が主評価指標となっている
他の研究にすでに登録している
③ 以前に同じ研究に登録している
④ 研究登録前から腹臥位実施
⑤ 未成年、法的に守られている
⑥ 家族が反対している
■詳細な除外基準が定められている
方法4 研究プロトコール
研究プロトコール:
• 全患者12〜24時間は状態の安定化を図り、腹臥
位群と対照群に無作為割り付けされる
• 人工呼吸器は従量式で一回換気量6ml/PBWで、
PEEP値は吸入気酸素濃度に合わせて変更*し、
プラトー圧が30cmH2Oを超えず、pH 7.20〜
7.45の範囲を維持
• 人工呼吸器離脱のプロトコールや、鎮静剤や筋
弛緩剤の管理は両群同じ
PEEP値の設定*
方法4 介入方法
腹臥位群:
• 割り付けられた後、1時間以内に腹臥位をとり、
少なくとも16時間は継続
• 生理学的データの測定は、①腹臥位実施直前、
②実施後1時間、③腹臥位から仰臥位へ戻る直前、
④仰臥位へ戻った4時間後に行われた
• 腹臥位実施には3〜4人が必要となり、シーツ
を用いた方法で行う
対照群
• セミファーラー位をとる
• 生理学的データの測定は、6時間毎に行われた
方法5 腹臥位中止基準
• 酸素化の改善
腹臥位療法終了後4時間経過してもPEEP10以下
かつFIO20.6以下で、P/F 150以上
• 酸素化の悪化
仰臥位時や、連続した前2回の測定に比べP/F が
20%以上の減少
• 合併症が発生
予定外抜管、気管チューブの閉塞、喀血、心肺
停止、心拍数低下、血圧低下、その他生命を脅
かすような状況
方法6 成果指標
Primary end point
28日死亡率
Secondary end point
90日死亡率、抜管成功率、抜管成功まで
の期間、ICU滞在期間、合併症、NPPVの
使用、気管切開の頻度、臓器不全がない
期間、人工呼吸器設定、血液ガス所見、
呼吸系メカニクス
結果1 患者特性
対照群
•
•
腹臥位群
SOFA score、血管作動薬、筋弛緩剤の
使用以外は有意な差がなかった。
腹臥位群で、対照群に比べ、重症度が
低く、血管作動薬の使用患者が少なく、
筋弛緩剤の使用患者が多かった。
結果2 介入前の呼吸状態
両群間に有意な差は見当たらない
1回換気量
予測体重あたりの1回換気量
呼吸回数
プラトー圧
コンプライアンス
両群共にP/F < 150
動脈血のpH
血漿中の重炭酸
結果3 腹臥位の実施
• 無作為割り付けされたあと、55±55分以
内に最初の腹臥位を実施
• 患者一人当たり腹臥位セッションの平均
的な実施回数は4±4回
• 腹臥位の平均継続時間は、17±3時間
• 腹臥位群に割り付けられた患者は少なく
ても一回は腹臥位を実施している
• 腹臥位群の患者は、人工呼吸中の73%を
腹臥位で過ごしている
結果4 成果指標①死亡率
• 28日、90日までの死亡率がそれぞれ、腹臥位群
で有意に死亡率が低い
• これらの死亡率をSOFAスコアで調整し、重症度
の影響を除いても、腹外群で有意に死亡率が低い
結果5 成果指標②人工呼吸器離脱
90日の時点で抜管が成功した患者は、
腹臥位群で有意に多い
(腹臥位80.5% vs 対照群65.0%)
28日あるいは90日までの時点で、
人工呼吸器から離脱できた日数が、
腹臥位群で有意に多い
結果6 90日までの生存曲線
腹臥位群
累積生存率
対照群
日数
• 腹臥位群では、生存率が
なだらかに低下している
• 対照群は、20日までに急
速に生存率が低下し、そ
の後腹臥位群と同様の低
下を示している
結果7 有害事象
チューブトラブルは、
腹臥位群でやや多い
が、有意差はない
心肺停止の発生は、
腹臥位群で有意に少
ない
結論
• 重度の低酸素血症のあるARDS患者におい
て、早期に持続的な腹臥位療法を適応す
ることで、28日と90日の死亡率を低下さ
せる。
私見など
• 腹臥位のみならず対照群でも筋弛緩剤が8〜9割の患者
で使用されており、日本の臨床(薬剤の種類?)とは少
し異なるのかもしれない。
• 個人的な経験として、8時間程度の腹臥位は経験がある
が、16時間以上の腹臥位は経験がなく、実施時の皮膚
トラブル予防、口腔内の分泌物、嘔吐予防など実施中の
管理について検討が必要。
• 腹臥位への方法、仰臥位への戻し方に関しては、本論文
(http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1
214103)を検索すると動画でみることもできる
(youtubeでも検索できた)。
• シーツを使用した前傾側臥位(3/4側臥位)であれば、
完全側臥位よりもマンパワーも少なく実施可能であるが、
完全側臥位と同等の効果があるという証拠はない。